機材の進化と選手の能力向上により、年々高速化が進む自転車ロードレース。スピードに比例して高まる危険性について、いま「ギヤ比制限」が注目されつつある。スーダル・クイックステップの2人にその訴えを聞いた。



2023年ツールでファンアールトが使用したバイク photo:So Isobe

世界のトップ選手であるワウト・ファンアールト(ベルギー、ヴィスマ・リースアバイク)は2024年、2度の大怪我を負った。特に深刻だったのは3月のドワルス・ドール・フラーンデレン。勝負所の登坂である「カナリエベルグ」に向けてスピードを上げている最中に、選手同士が接触し落車によって鎖骨と肋骨、胸骨を骨折したのだ。

そんなファンアールトが先日、ベルギーメディアの取材に対しこう語った。

「レースの高速化が進むなか、ギヤ比制限が安全性を高めると考えている。いまはギヤ比が大きすぎるため、選手は下り坂であっても追い抜こうとする。だが制限があれば誰も追い抜くことができない」

この問題については、スーダル・クイックステップの2選手、イヴ・ランパールトとイラン・ファンウィルデル(共にベルギー)も昨年10月、シクロワイアードのインタビューで同様の懸念を示している。

高速化を抑制する「ギヤ比制限」案

イヴ・ランパールト(ベルギー) photo:So Isobe

「長年議論されているサラリーキャップ*のように、リアカセットの10T禁止も議論されるべきだ」とランパールトは主張する。またファンウィルデルも賛同し、「10Tはフロントチェーンリング58Tのような走りを可能にする」と指摘した。

*チーム全体の年俸総額に上限を設ける制度

ギヤ比とはフロントチェーンリングとリアスプロケットの歯数の比率を指し、この比率が大きいほど高速走行が可能となる。問題となっている10Tはリアスプロケットの最小歯数を示す。現在、ワールドチームが使用するバイクのコンポーネントは主にシマノとスラムの2社が提供。スーダルが使用するシマノは11Tがトップギアとなるが、ヴィスマらが使用するスラムのコンポーネントでは10Tまで使用可能だ。

2023年ツールでフロント56Tに10-33Tカセットを組み合わせるピーダスン。 photo:So Isobe

ランパールトは続ける。「ロードレースで10Tは下り坂でしか使わない。タイムトライアルでは制限のないままとし、ロードレースでは54-11Tを最大とするべきだ。なぜなら下りの速さが増せばその分危険性が高まる。それが集団落車へと繋がる」

下り区間で高まる事故リスク

イラン・ファンウィルデル(ベルギー) photo:So Isobe

10Tの危険性が特に顕著となるのは、レースの勝負所となる特定の地形だとファンウィルデルは説明する。

「危険なのは単純な下り坂ではない。たとえば下りの直後にコーナーがあり、その出口から勝負所の登りが始まるようなセクションだ。下りで集団の前方に行きたいと踏みたくなる気持ちはわかる。だがその結果コーナーでブレーキングが遅れがちになり、集団落車を引き起こすんだ」

身を乗り出し熱っぽく語るファンウィルデルの隣で、ランパールトは「ファンアールトが今年3月に落車したのも、たしかそんな地形だったよ」と言葉を重ねた。

広がる安全対策の取り組み

ドワルス・ドール・フラーンデレンの主催者は昨年11月、ファンアールトを含め10名以上の選手たちが落車した「カナリエベルク」を、今年コースから除外すると発表した。また今年のツール・ド・フランスでは、落車時に完走タイムを保証する「3kmルール」が残り5kmに延長されるなど、安全性を重視したコース設定の動きが拡大している。

UCIが2021年に禁止したスーパータック(クラウチングポジション) photo:Makoto.AYANO

しかし、安全性を訴える声は年々高まるばかりだ。2021年に禁止された、空気抵抗を減らすためにトップチューブに乗るスーパータックを引き合いに、ファンウィルデルはこうインタビューを締めくくった。

「(ライディング)ポジションを制限するならば、単純にギヤ比を制限すればいい。たとえ時速65kmが60kmに下がったとしてもレースの本質は変わらない。その代わり、安全性は格段に向上するだろう」

text:Sotaro.Arakawa
photo:So Isobe