ハイレベルな戦いとなった10月のジャパンカップで先頭集団に残り、4位と健闘したマイケル・ウッズ(カナダ)。しかし今年は原因不明の体調不良に見舞われ、引退も考えたと語る。38歳にして衰え知らぬカナダ王者の、強さの秘訣に迫った。



原因が分からず、引退も考えた体調不良

カナダ王者ジャージでジャパンカップにやってきたマイケル・ウッズ photo:Yuichiro Hosoda

2024年は浮き沈みの激しいシーズンだったと、ウッズは語り出した。今年1月に南アフリカで行った合宿でピロリ菌に罹り、原因を突き止めるのに5ヶ月、治療に1ヶ月を要した。しかし復帰レースとなった6月のカナダ国内選手権で初優勝、つづくブエルタ・ア・エスパーニャでは3度目となるステージ優勝を果たした。

「合宿中に体調を崩し、帰ってきてからも悪化するばかりだった。当然レースで結果が出るわけもなく、出場したジロ・デ・イタリアは落車リタイア。あまりの不調に引退さえ考えたよ。

あらゆる検査をしても原因は分からず、とある研究所の検査でようやくピロリ菌であることが判明した。ピロリ菌は炭水化物も餌とするため、力が発揮できなかったのは当然のことだったのだろう。

抗生物質で体調は劇的に良くなり、治療を始めて4週間後のナショナル選手権で優勝するまで回復した。その後はクラシカ・サンセバスティアンで8位に入り、ブエルタ・ア・エスパーニャで3度目のステージ優勝。またジロ・デッレミリアでも4位と、トップコンディションに戻すことができた」

喜びよりも安堵した、ツールでのステージ優勝

2023年ツール・ド・フランス第9ステージで勝利したマイケル・ウッズ(カナダ) photo:CorVos

陸上競技の中距離から26歳の時に自転車競技に転向。29歳と遅いプロデビューを果たしたウッズは、4年目(2019年)にツール・ド・フランス出場という一つ目の夢を叶える。そして4度目の挑戦となった2023年大会で、逃げに乗ったウッズは超級山岳ピュイ・ド・ドームを駆け上がり、ついに区間優勝という夢も叶えた。

「素晴らしい瞬間だった。ツールは自転車選手が目指す場所であり、このスポーツの頂点でもある。そんな大舞台でのステージ優勝は大きな達成であり、喜びより安堵の気持ちが大きかった。

なぜなら僕は38歳と若くはないからね。年齢を重ねる度に勝利のチャンスは減っていくなか、目指していたツールのステージ優勝に間に合ったんだ。それに母国カナダで自転車競技はまだまだマイナースポーツ。最近はNetflixのおかげで知名度は上がっており、普及の一端となれたことも嬉しかった」

最先端の栄養管理が切り拓く新境地

2018年世界選手権のレース先頭で登りに入るマイケル・ウッズ(カナダ) photo:Kei Tsuji

2024年シーズンはブエルタでの勝利が印象に残るウッズだが、それ以上に話題になったのはロード世界選手権の補給シーンかもしれない。走りながらタッパーを持ち、スプーンで食べる姿が”バズった”のだ。近年のトレンドである栄養管理や補給についてウッズは、2018年から取り組んでいたのだと語る。

「栄養管理の進化は、レースが高速化してパワフルな展開となった要因の一つだろう。僕がプロになった頃、炭水化物の補給は(レースや練習で)1時間につき45〜60gが一般的だった。それがいまは120gがスタンダードとなっている。

僕自身もここ2年ほど徹底的な改善を試みている。だが僕は以前からレース中に多くの炭水化物を摂っていたんだ。たとえば2018年のロード世界選手権では、1時間毎に炭水化物が90g入ったモルテンのドリンクミックスを接種していた。そんな選手は他にはおらず、僕自身も補給とスタミナを結びつけてはいなかった」

258kmで争われた2018年ロード世界選手権で3位に入ったマイケル・ウッズ(カナダ) photo:Kei Tsuji

「僕がそれを飲んでいたのはモルテンがチームのスポンサーだったから(笑)。彼らは科学的な数値と共に補給の重要性を訴えてくれたのだが、当時の自転車界はまだ伝統的な考え方が主流だった。『たくさん食べたら太ってしまう』という考え方がね。

いまはほとんどのレースでモルテンのバイカーブを摂っている。主成分は炭酸水素ナトリウム(重曹)。だが効果は5時間しか持続しないため、長い距離のレースでは走りながら摂取する必要があるんだ」

話題の一酸化炭素吸引について

ウッズにとって2位に入った2019年大会以来、5年振りのジャパンカップとなった photo:Kei Tsuji

栄養管理が急激に発展する近年の自転車界おいて、トレーニング方法もまた日進月歩の進化を見せている。今年7月には一部の選手たちが血中ヘモグロビン濃度の測定と高地トレーニング効果の評価を目的に、一酸化炭素を吸引していることが明らかとなった。そしてイスラエル・プレミアテックもまた、使用を認めているチームの一つだ。

「一酸化炭素の吸引はパフォーマンス向上するものではなく、単純にトレーニングが測定可能な効果を発揮しているか調べるもの。僕らは高地トレーニングに行く前と終了時点で検査した。

正直、僕にとって何の役にも立たなかった。自分が高地トレーニングの効果が出やすい体質であることが、数値化されただけだからね。

もし僕が(プロになったばかりの)30歳の頃やっていたら効果的に使えただろう。でも僕は経験的に、高地合宿の直後に良い走りができることを知っている。もちろん数値で具体的なヘモグロビン量の増加が証明されたことは良いことだけどね」

格段に衰えたスプリントと回復力

登りのたびにアタックを試みるマイケル・ウッズ(カナダ) photo:Makoto AYANO

チームとは別にコーチを雇い、最先端のトレーニング環境を追求しているウッズ。38歳となったいまも、パワーやスタミナなど多くの能力は向上している。しかし、スプリント力と回復力は明らかな衰えを実感しているという。

「パワーなどはいまも自己最高を更新し続けている。だがスプリントに関して言えば、ピークの時よりも格段に衰えている。

また回復も遅く、ここ2年は顕著にそれを感じている。以前はステージレースであっても一晩眠れば元気になっていた。だが最近はレース自体の強度が高くなったこともあり、回復に時間がかかるようになった。

僕には子どもが2人いるのだが、いまは僕専用の寝室で眠っている。Oura Ring*を導入し、1人目が生まれた1〜2年の睡眠の質は酷いものだった。父親になる素晴らしさはもちろん、アスリートとして体調管理する難しさにも直面したんだ」

*睡眠の質など健康状態をトラッキングできる指輪型スマートデバイス

プロ選手の低年齢化への危惧

ジャパンカップで4位だったマイケル・ウッズ(カナダ)が勝者を称える photo:Kei Tsuji

「でも僕は、他の選手たちよりも遅くプロになることができてラッキーだと思っている。大学を卒業し、自転車競技とは別の世界も経験した。仕事もして他の選手たちとは違った視点も手に入れた。それは若くしてプロになった選手たちにはできないこと。

年々プロトンの危険度が高まっていると感じている。理性を司る脳の前頭葉は25歳までに完成すると言われるが、若くしてプロになってしまうと自ら考える機会が失われてしまう。理性的な判断を育むことが難しくなってしまうんだ」。

text:Sotaro.Arakawa