「勝ち続けることの難しい自転車界で、今年のブエルタで総合優勝した意味は大きい」と、プリモシュ・ログリッチ(スロベニア、レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ)は言う。失意のツールから、痛みを抱えて達成したブエルタ総合優勝まで、ログリッチに2024年を振り返ってもらった。



今年ブエルタで4度目の総合優勝を飾ったプリモシュ・ログリッチ(スロベニア、レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ) photo:CorVos

2024年シーズンにおけるハイライトは何か。その筆頭にはポガチャルによるトリプルクラウンやロード世界選手権での独走勝利、あるいはエヴェネプールのパリ五輪2冠、ヴィンゲゴーがツールで見せた復活勝利などを挙げる人もいるだろう。

しかしプリモシュ・ログリッチ(スロベニア、レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ)が達成した4度目のブエルタ・ア・エスパーニャ総合優勝もまた、多くファンの記憶に残ったはず。なぜなら、ツールで脊椎骨を骨折した痛みを抱えながらだったからだ。

シーズン最終レースまで痛みが残るなか、なぜログリッチは走り続けたのか。また何度も敗れ、怪我をしてもレースに戻ってくるバイタリティはどこからくるのか。11月2日(土)に行われたさいたまクリテリウムの2日前、約15分と短い時間だったものの、ログリッチは時折熟考しながら丁寧に言葉を紡いでくれた。



勝ち続けられることの価値

レッドブル・ジャパンで行われたインタビュー photo:Sotaro.Arakawa

―今年はツール・ド・フランスで落車・リタイアする不運がありながら、ブエルタで過去最多タイとなる4度目の総合優勝を飾りました。満足のシーズンだったと言えますか?

プリモシュ・ログリッチ:もちろんだ。特にこの変化する自転車界で、この結果を得られた意味は大きい。

―どういう意味ですか?

僕が初めてブエルタ制覇したのは2019年のこと。2位はバルベルデで、3位はポガチャルだった。またその年のジロ・デ・イタリアではカラパスが優勝し、2位は二バリ。ツールではベルナルが勝ち、2位はトーマス。それから5年が経ち、グランツールの総合優勝者は一変した。いまのグランツールはポガチャルやヴィンゲゴー、エヴェネプールを中心に回っている。

この事実はつまり、5年前からここまで「勝ち続けること」がいかに難しいことであるかを表している。

だからこそ今年、クリテリウム・デュ・ドーフィネとブエルタで総合優勝できたことは僕にとって大きな価値があるんだ。また今年はチームを変え、環境が一変した。人間関係もイチから築かなければならず、多くの挑戦があった。

2019年のブエルタで自身初の総合優勝を達成したプリモシュ・ログリッチ(スロベニア) photo:Kei Tsuji

―バイクもこれまで長く乗ってきたビアンキからサーヴェロを経て、いまはスペシャライズドです。機材面の変更による難しさはありましたか?

いや、ないね。僕はただチームから与えられたものを乗っているだけ。それに毎日乗るだけだよ(笑)。ビアンキとサーヴェロも良いバイクだったし、スペシャライズドは世界的にビックメーカーだ。不満もないし、楽しんでいるよ。



自分を追い込み、走り続けたい

今年のツールで落車し、無念の途中リタイアとなったプリモシュ・ログリッチ(スロベニア) photo:CorVos

―総合優勝を決めたブエルタの第21ステージ、個人タイムトライアルを区間2位で走り終えた直後のインタビューで「痛みがあった」と答えていました。

そうだね。実は背中の痛みはシーズンの最終レースまで続いていたんだ。

―いまも痛みますか?

いいや、もうないよ。イル・ロンバルディアを回避してシーズンを終え、治療に専念したからね。ブエルタの時もバイクに乗ると痛むような状態だった。特に力を込めるとね。

―そんな中、なぜロード世界選手権に出場したのですか?

単純に走りたかったからかな。僕は常に限界に挑み、限界を超えた走りがしたいと思い続けている。(ブエルタで)限界に達したのだが、その後も自分を追い込み続けたかった。そうしないとチャンスはやってこないし、心拍数が求める数値以上に上がらない状態になってしまう。だから走れるレースがあるのならば、できる限り出場したいんだ。

今年7月よりチームのタイトルスポンサーとなったレッドブル photo:Sotaro.Arakawa

―そのモチベーションはどこから湧いてくるのでしょう。キャリアを通して何度も怪我を負い、その度に必ずレースに戻ってきています。

それが僕という人間なのだろう(笑)。たとえレースで勝とうが負けようが、寝て起きたら新しい一日が始まる。そして次なる挑戦が待っている。その時には昨日よりも強い自分がいるんだ。

―あまり過去のことは考えない?

そうだね。それに僕は20歳のような若者ではないし、現状を楽しめていることも大きい。ここまでの選手キャリアには満足しているからね。

ここまで自分自身でも”クレイジー”とも思える結果を残してきた。スキージャンプで世界一を目指していた頃を考えれば、全く予想できなかったこと。オリンピックで金メダルを自転車競技で掴んだんだ。しかもタイムトライアルで。クレイジーだよ。



2020年ツールで学んだ教訓

マイヨジョーヌを着て臨んだ2020年ツール第20ステージ photo:Kei Tsuji

―ブエルタ最終ステージ直後のインタビューでは「勝利を狙いにいった。(勝利を狙わない方が)辛いから」とも語っていました。走る前の時点で総合2位オコーナーとのタイム差は2分2秒。タイムトライアルが得意でない彼とのタイム差を無線で聞きながら、リラックスして走ることもできたはずです。

勝利を狙って走らなければならなかった。なぜならグランツール最後の個人TTで負けた経験があるからね。最後まで何が起きても不思議じゃないのがグランツールだ。だからあの時は勝利を目指すマインドセットの方が、アドバンテージを計算して走るより楽だったんだ。

だからそこ勝利を目指し、全力で踏み込んだ。その方が背中の痛みも忘れられるからね。

―つまり、2020年の第20ステージが教訓になっているのだと。

あの時、僕は別に力を抜いて走ったわけではない。むしろ全力以上の力で踏み続けていた。またあの時はタデイが人並み以上の力を見せたとも言える。何にせよ僕はあの日、勝利に向けてベストな走りをしたまでだ。



「自分はTTスペシャリストではない」

東京五輪のTTで金メダルを獲得したプリモシュ・ログリッチ(スロベニア) photo:CorVos

―インタビューで度々「ロードバイクよりもTTバイクが好き」と答えています。しかし一方で「自分はTTスペシャリストではない」とも。東京五輪のTTで金メダリストになったのにもかかわらず(笑)。

僕にもなぜ自分がTTスペシャリストではないと思うか分からないよ(笑)。というか、TTスペシャリストたちにその定義を聞きたいぐらいだ。

TTが得意なのは自制心は必要な種目だから。それがあれば誰でもTTで速くなることができると思っている。もちろん多くの時間や労力を割かなければならないし、その過程で飽きもくるだろう。でも練習すれば皆が強くなれる。

それに自分とタイムしか考えることがないのもTTが好きな理由だ。(1人で走るため)ランダムな要素が少ないから結果が正直だし、強く踏めば踏むだけ良いタイムが出る。そこにはあまり哲学のようなものは介入しない。

―シンプルなものが好きなのですね。

そうだね。皆より遅く(22歳)に競技をはじめた僕は、短い期間で多くのことを学ばなければならなかった。そんな中で見つけた得意なものがTTだったんだ。

―シンプルと言えばレッドブルに移籍後、チームが用意する4〜5種類のサラダに対し「1つに絞ってくれ」と指示したという話は本当ですか?

そんなこともあったね(笑)。例えば駐車場で1つしか空きがなければそこに停めればいい。でも空きが10ヶ所もあれば迷ってしまうだろう?それは実生活(競技)についても同じこと。迷う要素を減らし、各分野のプロがベストを目指す。そうやって僕らチームはより強くなるために努力しているんだ。



目標は向上し続けること

インタビューの2日後に行われたさいたまクリテでは独走し、見せ場を作ったプリモシュ・ログリッチ(スロベニア、レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ) photo: Yuichiro Hosoda

―最後に短い質問をいくつかさせてください。東京五輪の金メダルは競技者としての人生を変えましたか?

いいや、特に何も変わらなかったかな。でも五輪という歴史にこの名を刻むことができた。いまだにあの時の映像を観ると鳥肌が立つよ。

―来シーズンの目標は?

漠然とした答え方になるが、チームの若い世代と同じく向上し続けることかな。

―先日発表されたツール・ド・フランスのコースの印象は?

まだしっかりとチェックできていないんだ。もちろんモンヴァントゥーやラ・プラーニュ、オータカムなど知っている山岳が登場することは把握している。とりあえす来年のスケジュールを立てるのは、全てのグランツールのコース発表が揃ってからになるだろうね。

―最後の質問です。レース前にレッドブルは飲みますか?

タイムトライアルの前に口をつける程度かな。また東京に来てからも飲んだよ。それも今回のスケジュールの一部だからね(笑)。

来年2年目を迎えるレッドブルにて、さらなる高みを目指すプリモシュ・ログリッチ(スロベニア) photo:Sotaro.Arakawa



編集後記

シーズン中、特にグランツールでインタビューに答えるログリッチを観ていて「こんなに英語が不得手だったか?」と思うことがあった。質問に答える言葉数が少なく、語彙も限られているからだ。そのため今回のインタビューで、流暢かつ言葉を丁寧に選び話すログリッチに驚かされた。おそらくレースに集中すると思考がそちらに取られ、無意識に省エネモードになってしまうのかもしれない。

またインタビュー冒頭では距離を縮めるべく、スキージャンプの話を聞いた。葛西紀明の思い出や今年300mの世界最長記録に臨んだ小林陵侑について、ログリッチは楽しそうに語ってくれた。いまでもスキージャンプの動向は追っており、スロベニアでホームパーティーを開催すればほとんどがスキージャンプの関係者なのだとか。また「オフシーズンはスキーをするために奥さんを説得中なんだ」とも。

text&photo:Sotaro.Arakawa
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