2023/11/13(月) - 17:22
この日かけたアタックは複数回。明らかに他の選手を圧倒するフィジカルで初の市民200kmを制したのは井上亮(Magellan Systems Japan)だった。初めてのおきなわで挙げた市民140kmの勝利から10年越しの悲願達成。ホビーレース甲子園で新たな王者が誕生した。
雨模様のツール・ド・おきなわ。当日の天気予報では午前中いっぱい降雨が続く見込みで、最低気温は14度。亜熱帯らしからぬ寒さとなった。冷え込むまでは行かないものの、体感温度の低さがレースの行方の鍵を握ることになった。
市民210kmのスタートは7時23分。この日のために日頃の鍛錬を重ねてきたホビーレーサーたち220人が名護市のスタートラインに並んだ。通算8勝目、そして「2度めの3連覇」のかかる高岡亮寛(Roppongi Express)はもっとも遅く来て最前列に並んだ。MCがらぱさんのインタビューに力むことなく受け答えするが、絞り切れたその身体と前週のしろさとTTでの好タイムから好調ぶりは疑いようもない。
一斉発声で「チバリヨー!」を決めたすべての選手たちの表情からも、この日に賭けてきたそれぞれの思いが伝わってくる。2018年の国際チャンピオンレース覇者アラン・マランゴーニ(イタリア)もGCNイタリア制作のドキュメント番組の企画で参戦した。
ニュートラル区間の名護市街地を抜けるとすぐさまアタックが掛かり、散発的に逃げグループが形成される。本部大橋から美ら海水族館を抜け、ひとまず3人の逃げが容認された。
本部半島を抜けると雨は本降りとなり、長い海岸線を淡々と北上する選手たちの体温を奪っていった。普久川ダムへと登る「与那(よな)の坂」1回目は高岡亮寛(Roppongi Express)も先頭にたつ。中腹以降は井上亮(Magellan Systems Japan)や真鍋晃(EMU SPEED CLUB)らがハイペースを刻み、集団はたちまち棒状に長く伸びる。
辺戸岬を含む奥の周回を終え、2回めの与那の坂までは自然淘汰で集団の人数が減ったが、下り切ってからの「学校坂」を越えてからハイペースを刻んだのは井上亮だった。約25人ほどになった集団から抜け出す井上。そしてここでなんと高岡亮寛が遅れだす。
暑さには強いが寒さには弱いと評される高岡。ベストを着込んだまま追走するが、表情は険しい。諦めずにスピードを持ち直して追走を続けるが、集団から抜け出た井上を追ってペースが上がった集団に追いつくまでに至らない。
井上も集団を2分以上離して独走に持ち込むが、そのまま逃げ切る可能性がある危険な動きという認識で集団の意志がまとまっており、東村の海岸線へ出たところで井上は捕まる。しかしこの区間のハイペースが高岡にとっての集団復帰のチャンスを潰した。もはや追いつけない距離がつくことに。高岡の「2度めの3連覇」の可能性はここで潰えた。
東村でいったん仕切り直しとなった集団から、平良湾で抜け出たのは岩島啓太(MIVRO)と西谷亮(ACTIVIKE)。そして又吉コーヒー二段坂で西谷が単独となり、しばらく30秒ほど後続を離すが、嘉陽の坂で再び井上亮がペースアップ。真鍋晃(EMU SPEED CLUB)と中里仁(Rapha Cycling Club)、井上和郎(バルバサイクルレーシングチーム)、小出樹(ロードレース男子部)らが追従するが、登坂では井上の強さが際立つ。
井上、真鍋、中里の3人がカヌチャベイから大浦への緩いアップダウン区間へ。大浦湾への入り口までに後続も追いつくが、登りが始まると再びその3人の争いに。
終盤の最大の勝負どころ、羽地2連トンネルへの登り。井上と真鍋が肩を並べ、ときにぶつかりあいながら速いペースを刻むと、中里が番越トンネルを前にたまらずドロップ。井上はそこから容赦なくペースを上げると、真鍋も東江原(あがりえばる)トンネルを前に振り落とされてしまう。
自らを奮い立たせるように「ヨシっ!俺が勝つ!」と叫び、頂上へと向かってハイケイデンスを刻み続けた井上。その勢いの前には2022年Mt.富士ヒルクライム総合勝者の真鍋も敵わず、差が開いた。
この日2度めの独走に持ち込んだ井上は、決定的な差をもってオリオン坂のダウンヒルを経て名護市街へと降った。
国道56号線のフィニッシュに単独飛び込んできた井上は拳を突き上げてフィニッシュラインを切ると、号泣。「ホビーレース甲子園」の異名をとるツール・ド・おきなわ市民200kmレースで初の栄冠をものにした。
雨で冷えて低体温症に陥る選手が続出。220人がスタートし、60人がDNFとなった過酷なレース。誰の目にもこの日もっとも強かった選手が勝ったレースとなったが、「信じられない」を連発する井上。今から10年前、2013年の市民140kmレースで初めて勝利してロードレース、いやツール・ド・おきなわの魅力に取り憑かれた井上が、10年越しで掴んだ頂点だ。
無類のスポーツ好き医師である39歳の井上。「ボートやトライアスロンなど、様々な競技に取り組んできた自分にとって、初めての大きなタイトルです。今まで他の競技ではそれなりの成績を挙げられても、本当に勝ちたい試合での優勝は無かったんです。夢にまでみた市民200kmの優勝。それが今自分のものになるなんて」。
悲願達成。夏に一度大きく体調を落としたが、秋になって持ち直し、トライアスロン参戦などで好調ぶりを確認してこの日を迎えた。「身体は絞りきれていなかったんですが、この雨のレースではそれが良かったのかもしれない。補給をたくさん食べていたのも良かったと思います」。
23秒差で2位の真鍋晃は下りに恐怖心があるため「普段ヒルクライムばかりでロードレースは出ていないんです」と話すとおり、井上とはZwift上を除き初対面だという。
「最後は井上さんに気持ちで負けましたね。気合を入れ直して踏んでいく井上さんはカッコ良かった。賭けてきた想いの差だと思います。最後の羽地の登り勝負になるだろうな、と思っていましたが、敵わなかったです」。
2連トンネルで遅れたものの、3位表彰台は守った中里仁。
「最後まで耐えてスプリントに持ち込めば必ず勝てると思っていたんです。上位メンバーをみても最後まで行ければ勝てると。人数を絞ったり、途中で攻撃するなどの必要は僕にはなくて、もし番越トンネルを越えた区間で余裕があれば攻撃してもいいかな、と思っていました。でも自分の1.5倍くらい脚が回っていた井上さん。エンデュランス能力の差でしたね」。
勝利を重ねることができなかった高岡亮寛は、9分27秒遅れの18位でフィニッシュ。表彰式会場に現れると井上を祝福した。
「今日は学校坂での井上君のペースアップにシンプルに遅れてしまいました。調子はすごく良かったのに、寒さにやられましたね。最大心拍数のデータを後で見返しても心拍を上げきれていなかった。寒い雨のレースで過去良いリザルトってほぼ無いので、自分が寒さに弱いことは認めざるを得ないです。過去のおきなわで表彰台に10回(優勝7回、2位3回)上がっているのは、常夏の沖縄だから。例外なく暑い中のレースだったからなんです」。
来年、また挑戦するのか?との問いに、高岡はこう答えた。
「今日の井上君の走りには勝てる気がしないですね。井上君は39歳。僕だって40歳から5回は勝ってますから、それを考えるともう無理かなと思いますが、来年もきっと挑戦するでしょう。いや、必ず帰ってきますよ」。
雨模様のツール・ド・おきなわ。当日の天気予報では午前中いっぱい降雨が続く見込みで、最低気温は14度。亜熱帯らしからぬ寒さとなった。冷え込むまでは行かないものの、体感温度の低さがレースの行方の鍵を握ることになった。
市民210kmのスタートは7時23分。この日のために日頃の鍛錬を重ねてきたホビーレーサーたち220人が名護市のスタートラインに並んだ。通算8勝目、そして「2度めの3連覇」のかかる高岡亮寛(Roppongi Express)はもっとも遅く来て最前列に並んだ。MCがらぱさんのインタビューに力むことなく受け答えするが、絞り切れたその身体と前週のしろさとTTでの好タイムから好調ぶりは疑いようもない。
一斉発声で「チバリヨー!」を決めたすべての選手たちの表情からも、この日に賭けてきたそれぞれの思いが伝わってくる。2018年の国際チャンピオンレース覇者アラン・マランゴーニ(イタリア)もGCNイタリア制作のドキュメント番組の企画で参戦した。
ニュートラル区間の名護市街地を抜けるとすぐさまアタックが掛かり、散発的に逃げグループが形成される。本部大橋から美ら海水族館を抜け、ひとまず3人の逃げが容認された。
本部半島を抜けると雨は本降りとなり、長い海岸線を淡々と北上する選手たちの体温を奪っていった。普久川ダムへと登る「与那(よな)の坂」1回目は高岡亮寛(Roppongi Express)も先頭にたつ。中腹以降は井上亮(Magellan Systems Japan)や真鍋晃(EMU SPEED CLUB)らがハイペースを刻み、集団はたちまち棒状に長く伸びる。
辺戸岬を含む奥の周回を終え、2回めの与那の坂までは自然淘汰で集団の人数が減ったが、下り切ってからの「学校坂」を越えてからハイペースを刻んだのは井上亮だった。約25人ほどになった集団から抜け出す井上。そしてここでなんと高岡亮寛が遅れだす。
暑さには強いが寒さには弱いと評される高岡。ベストを着込んだまま追走するが、表情は険しい。諦めずにスピードを持ち直して追走を続けるが、集団から抜け出た井上を追ってペースが上がった集団に追いつくまでに至らない。
井上も集団を2分以上離して独走に持ち込むが、そのまま逃げ切る可能性がある危険な動きという認識で集団の意志がまとまっており、東村の海岸線へ出たところで井上は捕まる。しかしこの区間のハイペースが高岡にとっての集団復帰のチャンスを潰した。もはや追いつけない距離がつくことに。高岡の「2度めの3連覇」の可能性はここで潰えた。
東村でいったん仕切り直しとなった集団から、平良湾で抜け出たのは岩島啓太(MIVRO)と西谷亮(ACTIVIKE)。そして又吉コーヒー二段坂で西谷が単独となり、しばらく30秒ほど後続を離すが、嘉陽の坂で再び井上亮がペースアップ。真鍋晃(EMU SPEED CLUB)と中里仁(Rapha Cycling Club)、井上和郎(バルバサイクルレーシングチーム)、小出樹(ロードレース男子部)らが追従するが、登坂では井上の強さが際立つ。
井上、真鍋、中里の3人がカヌチャベイから大浦への緩いアップダウン区間へ。大浦湾への入り口までに後続も追いつくが、登りが始まると再びその3人の争いに。
終盤の最大の勝負どころ、羽地2連トンネルへの登り。井上と真鍋が肩を並べ、ときにぶつかりあいながら速いペースを刻むと、中里が番越トンネルを前にたまらずドロップ。井上はそこから容赦なくペースを上げると、真鍋も東江原(あがりえばる)トンネルを前に振り落とされてしまう。
自らを奮い立たせるように「ヨシっ!俺が勝つ!」と叫び、頂上へと向かってハイケイデンスを刻み続けた井上。その勢いの前には2022年Mt.富士ヒルクライム総合勝者の真鍋も敵わず、差が開いた。
この日2度めの独走に持ち込んだ井上は、決定的な差をもってオリオン坂のダウンヒルを経て名護市街へと降った。
国道56号線のフィニッシュに単独飛び込んできた井上は拳を突き上げてフィニッシュラインを切ると、号泣。「ホビーレース甲子園」の異名をとるツール・ド・おきなわ市民200kmレースで初の栄冠をものにした。
雨で冷えて低体温症に陥る選手が続出。220人がスタートし、60人がDNFとなった過酷なレース。誰の目にもこの日もっとも強かった選手が勝ったレースとなったが、「信じられない」を連発する井上。今から10年前、2013年の市民140kmレースで初めて勝利してロードレース、いやツール・ド・おきなわの魅力に取り憑かれた井上が、10年越しで掴んだ頂点だ。
無類のスポーツ好き医師である39歳の井上。「ボートやトライアスロンなど、様々な競技に取り組んできた自分にとって、初めての大きなタイトルです。今まで他の競技ではそれなりの成績を挙げられても、本当に勝ちたい試合での優勝は無かったんです。夢にまでみた市民200kmの優勝。それが今自分のものになるなんて」。
悲願達成。夏に一度大きく体調を落としたが、秋になって持ち直し、トライアスロン参戦などで好調ぶりを確認してこの日を迎えた。「身体は絞りきれていなかったんですが、この雨のレースではそれが良かったのかもしれない。補給をたくさん食べていたのも良かったと思います」。
23秒差で2位の真鍋晃は下りに恐怖心があるため「普段ヒルクライムばかりでロードレースは出ていないんです」と話すとおり、井上とはZwift上を除き初対面だという。
「最後は井上さんに気持ちで負けましたね。気合を入れ直して踏んでいく井上さんはカッコ良かった。賭けてきた想いの差だと思います。最後の羽地の登り勝負になるだろうな、と思っていましたが、敵わなかったです」。
2連トンネルで遅れたものの、3位表彰台は守った中里仁。
「最後まで耐えてスプリントに持ち込めば必ず勝てると思っていたんです。上位メンバーをみても最後まで行ければ勝てると。人数を絞ったり、途中で攻撃するなどの必要は僕にはなくて、もし番越トンネルを越えた区間で余裕があれば攻撃してもいいかな、と思っていました。でも自分の1.5倍くらい脚が回っていた井上さん。エンデュランス能力の差でしたね」。
勝利を重ねることができなかった高岡亮寛は、9分27秒遅れの18位でフィニッシュ。表彰式会場に現れると井上を祝福した。
「今日は学校坂での井上君のペースアップにシンプルに遅れてしまいました。調子はすごく良かったのに、寒さにやられましたね。最大心拍数のデータを後で見返しても心拍を上げきれていなかった。寒い雨のレースで過去良いリザルトってほぼ無いので、自分が寒さに弱いことは認めざるを得ないです。過去のおきなわで表彰台に10回(優勝7回、2位3回)上がっているのは、常夏の沖縄だから。例外なく暑い中のレースだったからなんです」。
来年、また挑戦するのか?との問いに、高岡はこう答えた。
「今日の井上君の走りには勝てる気がしないですね。井上君は39歳。僕だって40歳から5回は勝ってますから、それを考えるともう無理かなと思いますが、来年もきっと挑戦するでしょう。いや、必ず帰ってきますよ」。
市民レース200kmリザルト TOP10
1位 | 井上亮(Magellan Systems Japan) | 5:25:09.226 |
2位 | 真鍋晃(EMU SPEED CLUB) | +0:23.304 |
3位 | 中里仁(Rapha Cycling Club) | +0:23.795 |
4位 | 井上和郎(バルバサイクルレーシングチーム) | +1:11.017 |
5位 | 小出樹(ロードレース男子部) | +2:12.953 |
6位 | 皿谷宏人(エキップティラン) | +2:21.398 |
7位 | 牧野郁斗(YURIFit Cycling TEAM) | +2:21.752 |
8位 | 加藤優佑(どすこい巡業沖縄場所) | +2:30.872 |
9位 | 西谷亮(ACTIVIKE) | +2:39.187 |
10位 | 市村直生(湾岸サイクリング・ユナイテッド) | +3:32.233 |
text&photo:Makoto AYANO
photo:Satoru KATO
photo:Satoru KATO
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