2022/07/02(土) - 16:15
雨のコペンハーゲンを包んだサプライズ。ガンナでもワウトでもない、誰も予想しなかった最初のマイヨジョーヌはイヴ・ランパールトの手に。自転車王国デンマークで、自転車競技王国ベルギーのダークホースが人生最大の勝利を手にした。現地レポートをお届けします。
ツール史上最北での開催となる3日間、デンマークの首都コペンハーゲンで迎えたグランデパール。「世界で最も自転車に優しい都市」を走り出す22チーム、176人の選手たちを迎えたのは雨に濡れたスリッピーなテクニカルコースだった。
第1ライダーのスタートが16時。首都のど真ん中を封鎖して設定されたタイムトライアルコースはコペンハーゲンの名所をくまなく巡るように欲張りなコースが引かれた。
コースオープンからの一斉試走を経て、エルステッド公園でスタートの準備をする選手たちとチーム。ツールに合わせてウェアが変わったチームがいくつかあるが、突き抜けていたのがEFエデュケーションファースト・イージーポスト。ユニークなジャージはすでにプレゼンでお披露目済みだが、チームスタッフまで奇抜なコスチューム?ワークウェア姿で揃えた。スポーツサイクリング界の伝統には絶対有りえなかったセンスとカラー、ロゴの組み合わせ手法は前衛的と表現すればよいのだろうか?
天気予報は3日以上前から「夕方から雨が降る」となっていたが、果たしてそのとおり、昨日の爽やかな晴天から徐々に流れ込んだ薄い雨雲が午後2時半になって崩れだし、雨を降らせた。予定より少し早く。
「デンマークの天気予報は当てにならない」。「けっこう当たる」。関係者はその両論がこの数日の合言葉のようだったが、後者どおりだったのに驚く。さすがは年間の半分が降雨という国。時間指定通りの雨が降り出した。気温は20度近くあり、低くはない。
熱烈なファンに迎えられた2日前のプレゼンテーションから想像できたとおり、いやそれ以上に熱いファンたちが押し寄せ、コース沿道をぎっしり埋め尽くした。自転車王国だからこその熱気と密度。「世界で最も自転車に優しい都市」「自転車政策でもっとも先進的な国」だけにコース上で取材するプレス関係者にも市内の移動にはクルマの使用が止められ、自転車移動が推奨されていた。
しかし雨。メトロ移動に切り替えるジャーナリストたちが多いなかレンタサイクルで移動してコースに向かったが、コース沿道はもはやプレスであっても入り込む余地が無く、危うくレースに接することができずに人垣の向こうで日を終えそうになるほどの人の密度だった。
13.2kmのコースはアマリエンボー宮殿やランゲブロ橋など、コペンハーゲンが誇る観光名所をつなぐように通過していく。リトルマーメイド=人魚姫の像の前を、遊歩道へと迂回させて引いた(ちょっと強引な)コースで選手を誘導し、像の脇を走る選手が「かすめる」ようにするなど、美しいコペンハーゲンの映像を世界に届けようというその意図が感じられる。「世界3大がっかり」のひとつと揶揄される人魚姫は、世界でもっとも優れた選手たちとのツーショット写真を176枚モノにした。
ランゲルニエ埠頭の遊歩道や王宮前の石畳は濡れるとスリッピーと注意喚起されていたが、路上のゴミが浮き出すことで雨の降り始めが一番滑るという教訓どおり、はたしてコースのあちこちにあるコーナーが滑りやすい状態になっていた。
距離の規定で「プロローグ」とは呼ばない第1ステージだが、顔見世の意味がある個人TTでの開幕は有名選手を後半に持ってくるのがスタート順のならわし。しかし天候の崩れない時間帯のチャンスにかけて組まれたスタートオーダーは、有名選手がこぞって早めの出走を選んだものだった。
通常、有力選手のために早い時間に走った選手と帯同したチームカーが、以降に走るそれらの選手に対してアドバイスができることで、少なくとも2走以降に有力選手をもってくるもの。しかし優勝候補プリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)もシュテファン・ビッセガー(スイス、EFエデュケーションファースト・イージーポスト)もチームでの第1走を選んだ。64-65-66スタートにはガンナ-ワウト-ポガチャルという豪華な連名も。
8番スタートのビッセガーは2度のスリップ落車でさっそくチャンスを逃した。デンマークの自転車ファンは優勝候補を(フランス人以上に)良く知っている。自国の選手へのひいきは熱すぎて凄いが、有力選手の落車の知らせにあがる悲鳴もまた熱かった。
事前情報の「完全なタイムトライアルスペシャリスト向けコース」という言葉は晴れたなら言えたこと。遊歩道のくねくね道、石畳、減速を強いられる鋭角コーナーなど、25ヶ所以上あるカーブが雨に濡れると、もはやリスクをどれだけとってテクニカルコーナーをねじ伏せるか、になる。そうしたストレスフルな勝負になったようだ。
この日の勝者は自転車競技をよく知るデンマークの観客たちを含め、ほとんど皆を驚かせた。自転車王国デンマークでのツール・ド・フランスに最初に勝ったのは、自転車競技王国ベルギー人のイヴ・ランパールト(クイックステップ・アルファヴィニル)だった。それは自身でさえ予想しなかったサプライズだった。
涙を流し、頭を抱え、感極まったしかめっ面のような顔をしてランパールトは言う。「信じられない。頭が爆発しそうだよ!トップ10に入ることができれば十分だと思っていた。世界トップの選手たちを破ったんだ。僕はただのベルギーの農家の息子だった。言葉がない。本当に予想外の結果だよ。自分の調子が良いことはわかっていた。でも、でもまさか、ツール・ド・フランスのタイムトライアルを勝つほどとは思わなかった。夢にも見なかったほど素晴らしい結果だ。ファンアールト、ファンデルプール、ガンナを破って掴んだ勝利だなんて」。
ベルギー人のマイヨジョーヌ獲得は2018年のグレッグ・ファンアーヴェルマート(今回不出場)以来。開幕ステージでのマイヨジョーヌを獲得したベルギー人は今までに3人。エディ・メルクス(1970、1972、1974) 、フレディ・マルテンス (1976)、エリック・ヴァンデラールデン(1983)に次ぐ4人目の開幕マイヨジョーヌとなった。
ベルギーのTTチャンピオンに2度輝いているランパールト。2021年にはTT強者レムコ・エヴェネプールに勝っている(2022年はレムコに負けた)。そして6月17日のバロワーズ・ベルギーツアー2022第3ステージでは11.8kmの個人TTで勝利し、今日デンマークの期待が集まったマッズ・ピーダスン(デンマーク、トレック・セガフレード)に対して7秒差をつけている。コペンハーゲンのコースから1.4km短い「似たような距離」、そしてベルギーのテクニカルなコースでマークした平均時速51.8km/hは、今日コペンハーゲンでマークした「もっとリスキーでテクニカルな」コースでの平均時速とほぼ同じ51.8km/h。その勝利のあと「コペンハーゲンを狙っている」ともコメントしていた。それにしても、なサプライズの勝利だった。
ランパールトは新型コロナウィルス感染で開幕直前にメンバーから外れたチームメイトのティム・デクレルクへの想いも話した。ふたりは大の親友だ。ジュリアン・アラフィリップも抜け、マーク・カヴェンディッシュも不選出だったクイックステップ。メンバー的に華を欠くチームにマイヨジョーヌというこれ以上ない華のプレゼントだ。
この日のポディウム登壇選手は2人きり。新人賞ジャージに袖を通したポガチャルは総合狙いのユンボコンビ、ヨナス・ヴィンゲゴーに8秒差、ログリッチには9秒差と、それぞれタイム差をつけることに成功。世界チャンピオンのフィリッポ・ガンナなさえ上回る走りでマイヨジョーヌ争いを繰り広げることになる総合狙いのライバルたちに対して一歩リード。さっそく今年も盤石の調子にあることを示した。
「大きなリスクを冒さずに走った」と話すポガチャル。「これが最初のテスト。そんなに長くないけど十分に力を要求される難しいコースだった。今日はいい脚をもっていることがわかった」「最初のコーナーで慎重に行って、あとはコーナーをこなすに連れてだんだん自信が出てきた。楽しんだよ」と、飄々と話す。マチン・フェルナンデス監督は「タディは雨の日は何時も良くて、テクニカルコースも得意だ。でもツールはあと20日ある。始まったばかりだ」と落ち着き払った喜びの笑顔。
今年、ポガチャルが注意を払うべきと話す「総合優勝を脅かす選手以外の敵」は、ラルプデュエズなど厳しい山岳ステージでの(苦手な)酷暑と、ツール第一週目の混乱と落車。なかでも危険がいっぱいの第1週、どこでも起こる落車事故、パリ〜ルーベの石畳ステージに加えて、明日の第2ステージでは18kmの海の上の吹きっさらしの橋の一本道が待つ。横風の区間で分かっていながらもエシュロンに翻弄され、1分を超えるタイムを失ったのは2年前の初ツールの苦い思い出だ。
text&photo:Makoto.AYANO in Copenhagen Denmark
ツール史上最北での開催となる3日間、デンマークの首都コペンハーゲンで迎えたグランデパール。「世界で最も自転車に優しい都市」を走り出す22チーム、176人の選手たちを迎えたのは雨に濡れたスリッピーなテクニカルコースだった。
第1ライダーのスタートが16時。首都のど真ん中を封鎖して設定されたタイムトライアルコースはコペンハーゲンの名所をくまなく巡るように欲張りなコースが引かれた。
コースオープンからの一斉試走を経て、エルステッド公園でスタートの準備をする選手たちとチーム。ツールに合わせてウェアが変わったチームがいくつかあるが、突き抜けていたのがEFエデュケーションファースト・イージーポスト。ユニークなジャージはすでにプレゼンでお披露目済みだが、チームスタッフまで奇抜なコスチューム?ワークウェア姿で揃えた。スポーツサイクリング界の伝統には絶対有りえなかったセンスとカラー、ロゴの組み合わせ手法は前衛的と表現すればよいのだろうか?
天気予報は3日以上前から「夕方から雨が降る」となっていたが、果たしてそのとおり、昨日の爽やかな晴天から徐々に流れ込んだ薄い雨雲が午後2時半になって崩れだし、雨を降らせた。予定より少し早く。
「デンマークの天気予報は当てにならない」。「けっこう当たる」。関係者はその両論がこの数日の合言葉のようだったが、後者どおりだったのに驚く。さすがは年間の半分が降雨という国。時間指定通りの雨が降り出した。気温は20度近くあり、低くはない。
熱烈なファンに迎えられた2日前のプレゼンテーションから想像できたとおり、いやそれ以上に熱いファンたちが押し寄せ、コース沿道をぎっしり埋め尽くした。自転車王国だからこその熱気と密度。「世界で最も自転車に優しい都市」「自転車政策でもっとも先進的な国」だけにコース上で取材するプレス関係者にも市内の移動にはクルマの使用が止められ、自転車移動が推奨されていた。
しかし雨。メトロ移動に切り替えるジャーナリストたちが多いなかレンタサイクルで移動してコースに向かったが、コース沿道はもはやプレスであっても入り込む余地が無く、危うくレースに接することができずに人垣の向こうで日を終えそうになるほどの人の密度だった。
13.2kmのコースはアマリエンボー宮殿やランゲブロ橋など、コペンハーゲンが誇る観光名所をつなぐように通過していく。リトルマーメイド=人魚姫の像の前を、遊歩道へと迂回させて引いた(ちょっと強引な)コースで選手を誘導し、像の脇を走る選手が「かすめる」ようにするなど、美しいコペンハーゲンの映像を世界に届けようというその意図が感じられる。「世界3大がっかり」のひとつと揶揄される人魚姫は、世界でもっとも優れた選手たちとのツーショット写真を176枚モノにした。
ランゲルニエ埠頭の遊歩道や王宮前の石畳は濡れるとスリッピーと注意喚起されていたが、路上のゴミが浮き出すことで雨の降り始めが一番滑るという教訓どおり、はたしてコースのあちこちにあるコーナーが滑りやすい状態になっていた。
距離の規定で「プロローグ」とは呼ばない第1ステージだが、顔見世の意味がある個人TTでの開幕は有名選手を後半に持ってくるのがスタート順のならわし。しかし天候の崩れない時間帯のチャンスにかけて組まれたスタートオーダーは、有名選手がこぞって早めの出走を選んだものだった。
通常、有力選手のために早い時間に走った選手と帯同したチームカーが、以降に走るそれらの選手に対してアドバイスができることで、少なくとも2走以降に有力選手をもってくるもの。しかし優勝候補プリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)もシュテファン・ビッセガー(スイス、EFエデュケーションファースト・イージーポスト)もチームでの第1走を選んだ。64-65-66スタートにはガンナ-ワウト-ポガチャルという豪華な連名も。
8番スタートのビッセガーは2度のスリップ落車でさっそくチャンスを逃した。デンマークの自転車ファンは優勝候補を(フランス人以上に)良く知っている。自国の選手へのひいきは熱すぎて凄いが、有力選手の落車の知らせにあがる悲鳴もまた熱かった。
事前情報の「完全なタイムトライアルスペシャリスト向けコース」という言葉は晴れたなら言えたこと。遊歩道のくねくね道、石畳、減速を強いられる鋭角コーナーなど、25ヶ所以上あるカーブが雨に濡れると、もはやリスクをどれだけとってテクニカルコーナーをねじ伏せるか、になる。そうしたストレスフルな勝負になったようだ。
この日の勝者は自転車競技をよく知るデンマークの観客たちを含め、ほとんど皆を驚かせた。自転車王国デンマークでのツール・ド・フランスに最初に勝ったのは、自転車競技王国ベルギー人のイヴ・ランパールト(クイックステップ・アルファヴィニル)だった。それは自身でさえ予想しなかったサプライズだった。
涙を流し、頭を抱え、感極まったしかめっ面のような顔をしてランパールトは言う。「信じられない。頭が爆発しそうだよ!トップ10に入ることができれば十分だと思っていた。世界トップの選手たちを破ったんだ。僕はただのベルギーの農家の息子だった。言葉がない。本当に予想外の結果だよ。自分の調子が良いことはわかっていた。でも、でもまさか、ツール・ド・フランスのタイムトライアルを勝つほどとは思わなかった。夢にも見なかったほど素晴らしい結果だ。ファンアールト、ファンデルプール、ガンナを破って掴んだ勝利だなんて」。
ベルギー人のマイヨジョーヌ獲得は2018年のグレッグ・ファンアーヴェルマート(今回不出場)以来。開幕ステージでのマイヨジョーヌを獲得したベルギー人は今までに3人。エディ・メルクス(1970、1972、1974) 、フレディ・マルテンス (1976)、エリック・ヴァンデラールデン(1983)に次ぐ4人目の開幕マイヨジョーヌとなった。
ベルギーのTTチャンピオンに2度輝いているランパールト。2021年にはTT強者レムコ・エヴェネプールに勝っている(2022年はレムコに負けた)。そして6月17日のバロワーズ・ベルギーツアー2022第3ステージでは11.8kmの個人TTで勝利し、今日デンマークの期待が集まったマッズ・ピーダスン(デンマーク、トレック・セガフレード)に対して7秒差をつけている。コペンハーゲンのコースから1.4km短い「似たような距離」、そしてベルギーのテクニカルなコースでマークした平均時速51.8km/hは、今日コペンハーゲンでマークした「もっとリスキーでテクニカルな」コースでの平均時速とほぼ同じ51.8km/h。その勝利のあと「コペンハーゲンを狙っている」ともコメントしていた。それにしても、なサプライズの勝利だった。
ランパールトは新型コロナウィルス感染で開幕直前にメンバーから外れたチームメイトのティム・デクレルクへの想いも話した。ふたりは大の親友だ。ジュリアン・アラフィリップも抜け、マーク・カヴェンディッシュも不選出だったクイックステップ。メンバー的に華を欠くチームにマイヨジョーヌというこれ以上ない華のプレゼントだ。
この日のポディウム登壇選手は2人きり。新人賞ジャージに袖を通したポガチャルは総合狙いのユンボコンビ、ヨナス・ヴィンゲゴーに8秒差、ログリッチには9秒差と、それぞれタイム差をつけることに成功。世界チャンピオンのフィリッポ・ガンナなさえ上回る走りでマイヨジョーヌ争いを繰り広げることになる総合狙いのライバルたちに対して一歩リード。さっそく今年も盤石の調子にあることを示した。
「大きなリスクを冒さずに走った」と話すポガチャル。「これが最初のテスト。そんなに長くないけど十分に力を要求される難しいコースだった。今日はいい脚をもっていることがわかった」「最初のコーナーで慎重に行って、あとはコーナーをこなすに連れてだんだん自信が出てきた。楽しんだよ」と、飄々と話す。マチン・フェルナンデス監督は「タディは雨の日は何時も良くて、テクニカルコースも得意だ。でもツールはあと20日ある。始まったばかりだ」と落ち着き払った喜びの笑顔。
今年、ポガチャルが注意を払うべきと話す「総合優勝を脅かす選手以外の敵」は、ラルプデュエズなど厳しい山岳ステージでの(苦手な)酷暑と、ツール第一週目の混乱と落車。なかでも危険がいっぱいの第1週、どこでも起こる落車事故、パリ〜ルーベの石畳ステージに加えて、明日の第2ステージでは18kmの海の上の吹きっさらしの橋の一本道が待つ。横風の区間で分かっていながらもエシュロンに翻弄され、1分を超えるタイムを失ったのは2年前の初ツールの苦い思い出だ。
text&photo:Makoto.AYANO in Copenhagen Denmark
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