2010/07/06(火) - 21:06
落車につぐ落車。アルデンヌ地方のクラシック「リエージュ~バストーニュ~リエージュ」のコースが取り入れられたコースは雨に濡れて予想外の危険をもたらした。最後は選手たちの話しあいによる自主ニュートラリゼーションが大波乱の事態を最低限に収めた。
1時間半前に会場入りしたブイグテレコムのチームバス。その前でユキヤにコメントをもらおうと待つが、待てど暮らせど出てくる気配なし。バスのカーテンは締め切られ、中でミーティングが開かれている様子だった。
アタック主義のブイグにとっては明らかに勝負をかけるステージ。念入りな作戦会議が開かれていたに違いない。
スタート15分前、集合の鐘が鳴ってようやくバスから出てきた選手たち。
「今日はやりますよ~。僕じゃなくてもチームの誰かが逃げますよ」。ユキヤはそう言うと、集中しきった表情でスタートに向かった。
・日本からの観客たち
この日のスタート地点には3組の日本人観客の姿があった。まずは元選手の橋川健さんの奥さんと息子のジョーくん。橋川健さんはチームNIPPOとユーラシア・ムセウバイクスのスタッフとしてベルギーで活動中。先の全日本選手権にあわせ帰国したままだが、自転車ファンのジョーくんの願いで選手たちにサインを貰おうとやってきた。
ジョーくんの成果は、ユキヤほかお目当ての選手にサインをもらえたが、アームストロングだけは(近づけず)もらえなかった、とのこと。
そしてひときわ目立つ和装のカップルは北九州から来た世良さんご夫妻。昨年も何度も沿道でお会いしたが、今年の手作りの和服コスチュームはなんとブイグテレコム柄。帯にもブイグのロゴが入り、ユキヤ応援のためのワンオフ製作。「これから数日間、沿道に立って応援します」とのこと。この力作のブイグ和服、すみずみのディテールまで撮らせていただいた。
パレード区間の沿道で日の丸を持つのは、現地ブリュッセル在住の女性グループ。プロトン随行中のためお名前を伺うことはできなかったが、一時停止して車窓から写真だけ撮影させていただいた。
・アルデンヌクラシックの味付けがされたツール
北のクラシックのテイストを取り入れた今回のツール。パリ~ルーベの石畳が登場する第3ステージのおかげで影が薄いが、この第2ステージのコースはリエージュ~バストーニュ~リエージュで用いられる坂が後半に登場。違うのはゴールが上りでないこと。そしてこれがツールであること。クラシックハンターが有利という構図はない。
勝負は後半の100kmから。4級と3級が3つずつ、合計6つ控える山岳ポイントは、このステージから初めて競われる山岳賞獲得にも絶好のチャンス。
コースディレクターのジャン=フランソワ・ペシュさんのコメントによれば「アルデンヌのクラシックに流し目を使いながら走るコースだ」。「厳しい登りはないが、フレイレにはこなせてもカヴェンディッシュのような純粋なスプリンターはおいていかれるに十分なコース」。
そして、「いろいろなトラブルのあり得る変化に富んだコース」とも。その言葉どおり、大波乱が待っていようとは。
アルデンヌの丘陵のアップダウン、そして農村をつなぐ細く曲がりくねった道。観客たちは、クラシックレースを見慣れた地元のファンたちが、同じ観戦スタイルでツールの通過を待っている。通過する村々のコース脇にはいくつも特設テントが設けられ、ビールと食事を楽しみながらテレビ観戦するファンたちがたくさん。コース先行のたびにそれらのテントに立ち寄らせてもらった。当然のようにすすめられるビールはお断りして、情報収集と栄養補給に利用させてもらった。
・逃げ屋ピノーの山岳ポイント連取
逃げたシルヴァン・シャヴァネル(フランス、クイックステップ)、ジェローム・ピノー(フランス、クイックステップ)、マシュー・ロイド(オーストラリア、オメガファーマ・ロット)、ユルゲン・ルーランズ(ベルギー、オメガファーマ・ロット)、レイン・ターラマエ(エストニア、コフィディス)、セバスティアン・テュルゴー(フランス、Bboxブイグテレコム)、フランチェスコ・ガヴァッツィ(イタリア、ランプレ・ファルネーゼヴィーニ)ら8名。
そのなかで山岳ポイント獲得に最も積極的だったのはピノーだった。6つある山岳ポイントの前4つを先頭通過する強さで山岳賞を獲得。
ピノーと言えば日本人にはユキヤの力を利用して勝利を「かっさらった」ジロ第5ステージのことが強烈な印象だが、2006年ツールでも序盤に逃げて6日間マイヨ・アポアを手にしている。アタックすることにかけては貪欲で、力の使いどころ、見せ場のつくりどころをさすが心得ている。
・シュット、シュット、シュット(落車、落車、落車)!
狭い道と雨に濡れたスリッピーな路面がメイン集団の落車を誘発した。アンディ・シュレク(ルクセンブルク、サクソバンク)、ランス・アームストロング(アメリカ、レディオシャック)、アルベルト・コンタドール(スペイン、アスタナ)、タイラー・ファラー(アメリカ、ガーミン・トランジションズ)、アレッサンドロ・ペタッキ(イタリア、ランプレ・ファルネーゼヴィニ)、ダミアーノ・クネゴ(イタリア、ランプレ)、エトセトラ、エトセトラ...。
突然降りだした強い雨に流され、路面の砂やゴミが浮いたこと、そして先行するオートバイの転倒によるガソリン漏れも原因になったようだ。オイルが浮いてスケートリンクのような滑りやすい状態になっていたと証言する選手たち。
総合争いの主役たちと、今日のスプリントの主役たちが遅れる混乱の事態に、マイヨジョーヌのファビアン・カンチェラーラ(スイス、サクソバンク)がとりなした。
集団にペースダウンを提案し、スプリント争いをしないように選手たちの同意を取り付けたのだ。
スピードを緩めることで自らのマイヨを失うことになる。それよりもアンディの復帰のためにレース全体をコントロールする。この動きのおかげで第2集団に取り残されていたアームストロングもコンタドール(スペイン、アスタナ)もメイン集団に復帰することができた。
・戦意を失った選手たちがロジェ峠を通過する
今回のツール序盤はCorVos、辻啓とあわせフォトグラファー3名(+)体制のため、私は最後の勝負がかかる残り12km地点のロジェ峠待機で撮影することに。
山頂付近にはこの最後の峠で繰り広げられるであろう攻防を一目見ようと観客が人垣をつくっていた。単独で逃げるシャバネルが通過。マキシム・モンフォール(チームHTC・コロンビア)が続く。
そして実況を聴いていた観客たちの心配事はメイン集団のこと。誰がどう遅れたのか? もう展開はめちゃくちゃだ。
しかしロジェ峠では状況は落ち着きを見せる。カンチェラーラを先頭に、サクソバンクの選手がペースをつくって登ってくる。すでにレースをしていない状態だが、ペースは十分に速く、前を行くモンフォールらは吸収された。ユキヤは集団に30秒ほど遅れて頂上を単独で通過するが、下りで集団に追いついている。
そして、バラバラと遅れて登ってくる選手たち。ペースを落としている前のメイン集団に追いつこうと、グループ毎に協力しあって追っている。しかし、多くの選手がジャージを土で汚し、戦意を喪失してしまっているように見えた。
・シャヴァネル復活の勝利
残り12km地点のロジエ峠山頂で2分48秒に広がった差。もし集団がレースをしていればシャヴァネルは逃げ切れただろうか?シャバネルは言う
「いろいろな気持ちで胸がいっぱいだ。落車があったというのは聞いたけれど、後ろで何が起こっているかわからなかった。分っているのは全力を尽くしたってことだけだ。僕のこの勝利はスプリントなしのステージとなったこととは関係なく勝ち取ったものだ。とにかく下りはかなり慎重に走って、あとはペダリングに集中した。フィニッシュラインまでただ踏み続けたんだ」。
今春のリエージュ~バストーニュ~リエージュでゴール前で激しく落車し、脳震盪を起こして病院へ搬送されているシャヴァネル。ツール出場は絶望視されていたが、執念でレースに復帰、ツール出場にこぎつけていた。奇しくもリエージュと同じコースを使うこのベルギーステージでのリベンジ優勝だ。
「ベルギー国内でベルギーチームに勝利をもたらし、そしてマイヨジョーヌを着て明日フランスに入国するなんて、本当に夢のようだ。まだ自分が何を達成したのか実感が無い。今シーズンは過去最悪と言っていいほど辛い時間を過ごして来た。特にリエージュ~バストーニュ~リエージュでの酷い落車以降、ずっと沈んでいたんだ。この勝利でこれまでの苦しみが全て報われたよ。
このジャージ(マイヨジョーヌ)はパリまで守りたい。ノー(笑)、出来る限り手放したくない。これから数日はスプリンター向きのステージなので、チームメイトたちのサポートを受けながらジャージを着続けたいと思う」。
クイックステップは膝の故障によりトム・ボーネンが開幕直前に不出場を発表。総合力のあるステイン・デヴォルデルも不出場という、エースもスプリンターも不在という、いつもと違うツール参戦となった。
「チームは毎日アタックする。すべてのチャンスを生かし、少なくともステージ1勝、できればいくつか勝ちたい」とは、ロッテルダムでの記者会見で表明したチームの目標だ。
・ステージ勝利を、ツールを失った選手たち
あまりにも多かった落車。今日勝利を狙いたかったスプリンターたちだけでなく、総合争いを失うことになった選手も。結果的にもっとも被害甚大だったのはガーミン・トランジションズ。タイラー・ファラーとクリスティアン・ヴァンデヴェルデ、デーヴィット・ミラー、ジュリアン・ディーン、ロバート・ハンターの5人が落車。
アメリカ人でありながらベルギーに住むファラーはこの一帯が第2の故郷といっていい地域。当然ステージ勝利を望んでいた。19分遅れでゴールに辿り着いたファラーは涙を流していたという。
そしてクリスティアン・ヴァンデヴェルデ(アメリカ)は集団ストライキがあったにもかかわらず集団に追いつけずに6分の遅れを喫し、総合争いからも脱落してしまった。2008年のツール総合4位以来、グランツールでは運が味方してくれない。ジロでも2年連続で落車による骨折が原因でリタイアしている。
・選手たちの自主ニュートラリゼーション
後方メイン集団での争いをやめるように仕切ったカンチェラーラは言う
「クラッシュのあと最初に頭に浮かんだことはアンディとフランクのこと。彼らはもちろんチームのキャプテンだ。チームの結束力、リスペクト、忠誠心を見せたかった。マイヨジョーヌを失ったとしても、レースにおいて優先すべきことだった」。
この判断に対する異論も出ている。
トル・フースホフト(サーヴェロ・テストチーム)は言う。「今日起こったことにはフラストレーションを感じている。チームは今日一日中ハードに仕事をしたし、勝利のチャンスがあるはずだった。なにかはぐらかされたような気持ちだ。スプリンターで先頭集団に残れた選手は少ない。でもだからといってスプリントしないという理由はない。だれもが紳士協定を結んだが、僕はステージを勝つチャンスとポイントを稼ぐチャンスを失ったんだ」。
カヴェンディッシュが遅れていたことで、フースホフトにはマイヨヴェール争いで優位に立てるチャンスがあった。逆の立場で言えば、昨年降格処分のペナルティでポイント争いから脱落したカヴにはストライキが助け舟となった。
チームスカイのブレイスフォード監督は言う。
「選手たちは皆何が起こったかを認識していたから同意したのではないだろうか。お互い競争相手だとはいえ、ある種の連帯感が生まれたんだろう」。
ガーミン・トランジションズのマシュー・ホワイト監督は言う。
「危険以外の何モノでもなかった。あちこちで落車が起こっていた。ほぼ全員が転んだんだろう。リエージュと同じコースなのに、オイルが浮いていたかどうか分からないけど、そこらじゅうで落車していた。これ以上のひどい落車は知らない。
集団内でどういう話になったかは分からないけど、集団の中で話し合われた結果だろう。我々は5人が落車した。クリスチャン(ヴァンデヴェルデ)、タイラー(ファラー)、ジュリアン(ディーン)、ロビー(ハンター)とデイヴィッド(ミラー)。大混乱、クラッシュにつぐクラッシュだった。良い一日ではなかったよ」。
ヴァンデヴェルデは第3ステージを走らずリタイアとなる。
選手たちが決めたニュートラリゼーションによって、アンディ、ランス、コンタドールら3大優勝候補はツールを失わずにステージを終えることができた。波乱があることはある程度は予測されていたが、それは予測以上のものだった。落車がもとで状況が大きく変わろうとしていたが、選手たち自らが歯止めをかけた。
パリ~ルーベ風味に味付けされた翌第3ステージは、7つのパヴェ区間がどういうトラブブルを引き起こすのか、そしてもし何かトラブルがあった際、この日選手たちがとったストライキ行動がどう影響するのだろう。
text:Makoto.AYANO
photo:Makoto.AYANO,Kei.TSUJI,CorVos
1時間半前に会場入りしたブイグテレコムのチームバス。その前でユキヤにコメントをもらおうと待つが、待てど暮らせど出てくる気配なし。バスのカーテンは締め切られ、中でミーティングが開かれている様子だった。
アタック主義のブイグにとっては明らかに勝負をかけるステージ。念入りな作戦会議が開かれていたに違いない。
スタート15分前、集合の鐘が鳴ってようやくバスから出てきた選手たち。
「今日はやりますよ~。僕じゃなくてもチームの誰かが逃げますよ」。ユキヤはそう言うと、集中しきった表情でスタートに向かった。
・日本からの観客たち
この日のスタート地点には3組の日本人観客の姿があった。まずは元選手の橋川健さんの奥さんと息子のジョーくん。橋川健さんはチームNIPPOとユーラシア・ムセウバイクスのスタッフとしてベルギーで活動中。先の全日本選手権にあわせ帰国したままだが、自転車ファンのジョーくんの願いで選手たちにサインを貰おうとやってきた。
ジョーくんの成果は、ユキヤほかお目当ての選手にサインをもらえたが、アームストロングだけは(近づけず)もらえなかった、とのこと。
そしてひときわ目立つ和装のカップルは北九州から来た世良さんご夫妻。昨年も何度も沿道でお会いしたが、今年の手作りの和服コスチュームはなんとブイグテレコム柄。帯にもブイグのロゴが入り、ユキヤ応援のためのワンオフ製作。「これから数日間、沿道に立って応援します」とのこと。この力作のブイグ和服、すみずみのディテールまで撮らせていただいた。
パレード区間の沿道で日の丸を持つのは、現地ブリュッセル在住の女性グループ。プロトン随行中のためお名前を伺うことはできなかったが、一時停止して車窓から写真だけ撮影させていただいた。
・アルデンヌクラシックの味付けがされたツール
北のクラシックのテイストを取り入れた今回のツール。パリ~ルーベの石畳が登場する第3ステージのおかげで影が薄いが、この第2ステージのコースはリエージュ~バストーニュ~リエージュで用いられる坂が後半に登場。違うのはゴールが上りでないこと。そしてこれがツールであること。クラシックハンターが有利という構図はない。
勝負は後半の100kmから。4級と3級が3つずつ、合計6つ控える山岳ポイントは、このステージから初めて競われる山岳賞獲得にも絶好のチャンス。
コースディレクターのジャン=フランソワ・ペシュさんのコメントによれば「アルデンヌのクラシックに流し目を使いながら走るコースだ」。「厳しい登りはないが、フレイレにはこなせてもカヴェンディッシュのような純粋なスプリンターはおいていかれるに十分なコース」。
そして、「いろいろなトラブルのあり得る変化に富んだコース」とも。その言葉どおり、大波乱が待っていようとは。
アルデンヌの丘陵のアップダウン、そして農村をつなぐ細く曲がりくねった道。観客たちは、クラシックレースを見慣れた地元のファンたちが、同じ観戦スタイルでツールの通過を待っている。通過する村々のコース脇にはいくつも特設テントが設けられ、ビールと食事を楽しみながらテレビ観戦するファンたちがたくさん。コース先行のたびにそれらのテントに立ち寄らせてもらった。当然のようにすすめられるビールはお断りして、情報収集と栄養補給に利用させてもらった。
・逃げ屋ピノーの山岳ポイント連取
逃げたシルヴァン・シャヴァネル(フランス、クイックステップ)、ジェローム・ピノー(フランス、クイックステップ)、マシュー・ロイド(オーストラリア、オメガファーマ・ロット)、ユルゲン・ルーランズ(ベルギー、オメガファーマ・ロット)、レイン・ターラマエ(エストニア、コフィディス)、セバスティアン・テュルゴー(フランス、Bboxブイグテレコム)、フランチェスコ・ガヴァッツィ(イタリア、ランプレ・ファルネーゼヴィーニ)ら8名。
そのなかで山岳ポイント獲得に最も積極的だったのはピノーだった。6つある山岳ポイントの前4つを先頭通過する強さで山岳賞を獲得。
ピノーと言えば日本人にはユキヤの力を利用して勝利を「かっさらった」ジロ第5ステージのことが強烈な印象だが、2006年ツールでも序盤に逃げて6日間マイヨ・アポアを手にしている。アタックすることにかけては貪欲で、力の使いどころ、見せ場のつくりどころをさすが心得ている。
・シュット、シュット、シュット(落車、落車、落車)!
狭い道と雨に濡れたスリッピーな路面がメイン集団の落車を誘発した。アンディ・シュレク(ルクセンブルク、サクソバンク)、ランス・アームストロング(アメリカ、レディオシャック)、アルベルト・コンタドール(スペイン、アスタナ)、タイラー・ファラー(アメリカ、ガーミン・トランジションズ)、アレッサンドロ・ペタッキ(イタリア、ランプレ・ファルネーゼヴィニ)、ダミアーノ・クネゴ(イタリア、ランプレ)、エトセトラ、エトセトラ...。
突然降りだした強い雨に流され、路面の砂やゴミが浮いたこと、そして先行するオートバイの転倒によるガソリン漏れも原因になったようだ。オイルが浮いてスケートリンクのような滑りやすい状態になっていたと証言する選手たち。
総合争いの主役たちと、今日のスプリントの主役たちが遅れる混乱の事態に、マイヨジョーヌのファビアン・カンチェラーラ(スイス、サクソバンク)がとりなした。
集団にペースダウンを提案し、スプリント争いをしないように選手たちの同意を取り付けたのだ。
スピードを緩めることで自らのマイヨを失うことになる。それよりもアンディの復帰のためにレース全体をコントロールする。この動きのおかげで第2集団に取り残されていたアームストロングもコンタドール(スペイン、アスタナ)もメイン集団に復帰することができた。
・戦意を失った選手たちがロジェ峠を通過する
今回のツール序盤はCorVos、辻啓とあわせフォトグラファー3名(+)体制のため、私は最後の勝負がかかる残り12km地点のロジェ峠待機で撮影することに。
山頂付近にはこの最後の峠で繰り広げられるであろう攻防を一目見ようと観客が人垣をつくっていた。単独で逃げるシャバネルが通過。マキシム・モンフォール(チームHTC・コロンビア)が続く。
そして実況を聴いていた観客たちの心配事はメイン集団のこと。誰がどう遅れたのか? もう展開はめちゃくちゃだ。
しかしロジェ峠では状況は落ち着きを見せる。カンチェラーラを先頭に、サクソバンクの選手がペースをつくって登ってくる。すでにレースをしていない状態だが、ペースは十分に速く、前を行くモンフォールらは吸収された。ユキヤは集団に30秒ほど遅れて頂上を単独で通過するが、下りで集団に追いついている。
そして、バラバラと遅れて登ってくる選手たち。ペースを落としている前のメイン集団に追いつこうと、グループ毎に協力しあって追っている。しかし、多くの選手がジャージを土で汚し、戦意を喪失してしまっているように見えた。
・シャヴァネル復活の勝利
残り12km地点のロジエ峠山頂で2分48秒に広がった差。もし集団がレースをしていればシャヴァネルは逃げ切れただろうか?シャバネルは言う
「いろいろな気持ちで胸がいっぱいだ。落車があったというのは聞いたけれど、後ろで何が起こっているかわからなかった。分っているのは全力を尽くしたってことだけだ。僕のこの勝利はスプリントなしのステージとなったこととは関係なく勝ち取ったものだ。とにかく下りはかなり慎重に走って、あとはペダリングに集中した。フィニッシュラインまでただ踏み続けたんだ」。
今春のリエージュ~バストーニュ~リエージュでゴール前で激しく落車し、脳震盪を起こして病院へ搬送されているシャヴァネル。ツール出場は絶望視されていたが、執念でレースに復帰、ツール出場にこぎつけていた。奇しくもリエージュと同じコースを使うこのベルギーステージでのリベンジ優勝だ。
「ベルギー国内でベルギーチームに勝利をもたらし、そしてマイヨジョーヌを着て明日フランスに入国するなんて、本当に夢のようだ。まだ自分が何を達成したのか実感が無い。今シーズンは過去最悪と言っていいほど辛い時間を過ごして来た。特にリエージュ~バストーニュ~リエージュでの酷い落車以降、ずっと沈んでいたんだ。この勝利でこれまでの苦しみが全て報われたよ。
このジャージ(マイヨジョーヌ)はパリまで守りたい。ノー(笑)、出来る限り手放したくない。これから数日はスプリンター向きのステージなので、チームメイトたちのサポートを受けながらジャージを着続けたいと思う」。
クイックステップは膝の故障によりトム・ボーネンが開幕直前に不出場を発表。総合力のあるステイン・デヴォルデルも不出場という、エースもスプリンターも不在という、いつもと違うツール参戦となった。
「チームは毎日アタックする。すべてのチャンスを生かし、少なくともステージ1勝、できればいくつか勝ちたい」とは、ロッテルダムでの記者会見で表明したチームの目標だ。
・ステージ勝利を、ツールを失った選手たち
あまりにも多かった落車。今日勝利を狙いたかったスプリンターたちだけでなく、総合争いを失うことになった選手も。結果的にもっとも被害甚大だったのはガーミン・トランジションズ。タイラー・ファラーとクリスティアン・ヴァンデヴェルデ、デーヴィット・ミラー、ジュリアン・ディーン、ロバート・ハンターの5人が落車。
アメリカ人でありながらベルギーに住むファラーはこの一帯が第2の故郷といっていい地域。当然ステージ勝利を望んでいた。19分遅れでゴールに辿り着いたファラーは涙を流していたという。
そしてクリスティアン・ヴァンデヴェルデ(アメリカ)は集団ストライキがあったにもかかわらず集団に追いつけずに6分の遅れを喫し、総合争いからも脱落してしまった。2008年のツール総合4位以来、グランツールでは運が味方してくれない。ジロでも2年連続で落車による骨折が原因でリタイアしている。
・選手たちの自主ニュートラリゼーション
後方メイン集団での争いをやめるように仕切ったカンチェラーラは言う
「クラッシュのあと最初に頭に浮かんだことはアンディとフランクのこと。彼らはもちろんチームのキャプテンだ。チームの結束力、リスペクト、忠誠心を見せたかった。マイヨジョーヌを失ったとしても、レースにおいて優先すべきことだった」。
この判断に対する異論も出ている。
トル・フースホフト(サーヴェロ・テストチーム)は言う。「今日起こったことにはフラストレーションを感じている。チームは今日一日中ハードに仕事をしたし、勝利のチャンスがあるはずだった。なにかはぐらかされたような気持ちだ。スプリンターで先頭集団に残れた選手は少ない。でもだからといってスプリントしないという理由はない。だれもが紳士協定を結んだが、僕はステージを勝つチャンスとポイントを稼ぐチャンスを失ったんだ」。
カヴェンディッシュが遅れていたことで、フースホフトにはマイヨヴェール争いで優位に立てるチャンスがあった。逆の立場で言えば、昨年降格処分のペナルティでポイント争いから脱落したカヴにはストライキが助け舟となった。
チームスカイのブレイスフォード監督は言う。
「選手たちは皆何が起こったかを認識していたから同意したのではないだろうか。お互い競争相手だとはいえ、ある種の連帯感が生まれたんだろう」。
ガーミン・トランジションズのマシュー・ホワイト監督は言う。
「危険以外の何モノでもなかった。あちこちで落車が起こっていた。ほぼ全員が転んだんだろう。リエージュと同じコースなのに、オイルが浮いていたかどうか分からないけど、そこらじゅうで落車していた。これ以上のひどい落車は知らない。
集団内でどういう話になったかは分からないけど、集団の中で話し合われた結果だろう。我々は5人が落車した。クリスチャン(ヴァンデヴェルデ)、タイラー(ファラー)、ジュリアン(ディーン)、ロビー(ハンター)とデイヴィッド(ミラー)。大混乱、クラッシュにつぐクラッシュだった。良い一日ではなかったよ」。
ヴァンデヴェルデは第3ステージを走らずリタイアとなる。
選手たちが決めたニュートラリゼーションによって、アンディ、ランス、コンタドールら3大優勝候補はツールを失わずにステージを終えることができた。波乱があることはある程度は予測されていたが、それは予測以上のものだった。落車がもとで状況が大きく変わろうとしていたが、選手たち自らが歯止めをかけた。
パリ~ルーベ風味に味付けされた翌第3ステージは、7つのパヴェ区間がどういうトラブブルを引き起こすのか、そしてもし何かトラブルがあった際、この日選手たちがとったストライキ行動がどう影響するのだろう。
text:Makoto.AYANO
photo:Makoto.AYANO,Kei.TSUJI,CorVos
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