2022/01/29(土) - 18:10
津軽平野の北西に位置する青森県の金木町。大文豪、太宰治が生を享けた地としても知られる町で、雪降りしきる中ファットバイクライドを楽しもうという趣旨で開催された「地吹雪ライド」へ参加したレポートをお届けします。
「地吹雪」と「サイクリング」。まあなんというか、かなり相性の悪い組み合わせであろう。数年前に、ホワイトアウトによって視界が全く失われてしまい、玄関の前で鍵を落としてしまった人が家に入れず凍死した、という事故を耳にしてからというもの、吹雪=怖いもの、と刷り込まれている。そんな恐ろしい天候でわざわざ自転車に乗りに行くなどという、全くもって正気とは思えない企画が青森で行われ、なんとなれば編集部員に取材に来てほしいのだという。
そこで行ってこいと言われたのが私、ヤスオカである。確かにCW編集部の中ではファットバイクでのスノーライドの経験もそこそこあるので、人選としてはわからなくはないのだが、決して雪上生活の経験が豊富というわけではない。
どちらかといえば、極限状態に追い込まれるリアクション芸人のようなものを求められているのかもしれないが、ただ関西出身というだけで白羽の矢が立ったというのであれば、それはもはや差別なのではないだろうか。
早朝の東京駅から出発したはやぶさの中で、そんな経緯をつらつらと思い返しつつ、襲ってきた眠気に身を任せ、うつらうつら。ふと目覚めると車窓の外は真っ白に。そういえば今年はラニーニャ現象が発生中で大雪の地域も多いという。
果たして今回の取材はどうなってしまうのか。無事に帰れるのだろうか。そもそも、地吹雪の中自転車に乗れたとして、写真が撮れるのか?いざとなれば真っ白な画像を貼り付けて、吹雪の写真ですと言い張れば大丈夫なのでは?大体2:8くらいの期待と不安を抱きつつ、集合場所である新青森駅に降り立った。
ここから目的地である五所川原市金木町のかなぎ元気村までは、車で約1時間程。しっかり除雪された高規格道路が通っているのでアクセスは良好だ。津軽山地を越えると意外なことに青森市内よりも雪が少なくなっているような。なんと、海が近く風が強く吹くため、積もる雪の量は少ないのだという。といっても、これはどちらかといえば青森市が洒落にならないほど降る、ということであって一般的な尺度であれば津軽平野もまごうことなき豪雪地帯である。そうでなければ地吹雪ライドなんて酔狂な企画が立つはずもない。
というわけで東京を出て計4時間ほどで到着したかなぎ元気村。こちらは築150年の歴史を持つ古民家「旧傍島家住宅」をリフォームした農家民宿で、太宰治も良く遊びに訪れていたという所縁ある場所。宿泊だけでなく、農業体験やトレイルハイク、そしてサイクリングといったアクティビティの拠点としても用いられている。
今回は、ここを拠点に2日間お世話になることに。それぞれの参加者が抗原検査を行い、全員陰性の確認が取れたら、ランチタイムだ。ちょうどお昼時に到着したこともあり、用意されていたあったかいお蕎麦を頂き、英気を補充。部屋でスノーライド用に持ってきたスキーウェアに着替えて再び外へ。
ライドをアテンドしてくれるのは、青森でサイクリングガイドとして活躍する江利山元気さん。用意されたバイクをそれぞれの体に合わせ、軽くストレッチしたらいざ出発。なんと幸いなことに、この日の金木町は晴れ。青空も見える天候で、絶好のサイクリング日和である。
「残念ながら地吹雪ライドという感じではないですが……」という江利山さんに、「いやーほんとに残念ですね!」と満面の笑みで返してしまう私を誰が責められようか。2日間あるのだから、1日目はまず雪上ライドに慣れるという意味でもこれぐらいでちょうど良い、ハズだ(笑)。
元気村を出るとさっそく裏道へ。基本的に公道を走るのだが、交通量の少ないルートチョイスで不安はほぼ無い。たまにすれ違う車側もかなり安全マージンを取ってくれるので安心である。
津軽平野の水田地帯を一路西へ。真っ白な雪原から街中へと入ると、太宰の生家である太宰治記念館「斜陽館」へ到着。明治40年に建てられた和洋折衷の豪邸で、今にその姿をしっかりと伝えている重要文化財でもある。
更に北へと向かった先にあるのが、太宰が少年時代に多くの時を過ごしたという芦野公園。園内を津軽鉄道が通り、雪に埋もれた線路を自転車を抱えて渡っていると、ちょうど「走れメロス号」がやってくるなんて嬉しいハプニングも。
園路を芦野湖のほとりまで進むと太宰治の銅像が。春には1,500本もの桜が咲き誇る「日本のさくら名所100選」にも選ばれているとのことだが、この時期は完全に一面の銀世界。それだけに桜前線の訪れは感慨深いものがあるのだろう、なんて想像を膨らませる。
すこし体も冷えてきたな、と思ったタイミングで「それじゃあ休憩にしましょう」と江利山さん。自転車を停めた赤い屋根のかわいらしい建物は、津軽鉄道の芦野公園駅の旧駅舎を利用したカフェなのだという。オリジナルブレンドの「駅舎珈琲」をはじめ、リンゴジャムをたっぷり入れた「りんごジャムーン珈琲」なんていう青森らしい一杯も。
ホッと一息ついたらあとは元気村へと戻るだけ。と思いきや、すぐ近くに国内で初めての森林鉄道として運行開始された津軽森林鉄道の機関車が静態保存されているということで少し寄り道。冬の公園は訪う人も少ないのか踏み跡もない中をプチラッセルしつつ車両の元へ。無骨に角ばった機関車の後ろには木材が山と積まれており、往時の活躍を偲ぶことができる。ちなみに、この津軽森林鉄道の軌道跡を辿るのが奥津軽トレイル。森林鉄道の遺構や青森ひばの森を見ながら、奥津軽の自然を楽しめるルートとして整備されているのだという。
さて、街中を抜けしばらく行くと突然高い柵に囲まれた家々がずらりと並ぶ一角に到着する。これが「カッチョ」と呼ばれる防雪柵で、真冬の地吹雪から家を守るための工夫なのだという。
日本海側から吹き込む強風の行きつく先が、この「カッチョ」が守る藤枝地区なのだという。確かに見渡す限りさえぎるもののない水田地帯が続いている。なんとなればこの水田地帯は日本海沿いの屏風山砂丘まで続いており、その間に風を防ぐものはほとんど無いのだか。
近年では主要道路には鉄製の防雪柵が設置されているが、昔はどこもこのように木製の柵を利用していたのだという。本来であれば、夏場は柵を仕舞うそうなのだが、最近は高齢化によって一年中出しっぱなしなのだとか。確かにこの大きさの柵を出し入れするのは大仕事であろう。
ふとここで重要なことに気づく。こんな、今にも巨人が攻めてくるのではないかと思ってしまいそうな高い柵を設置してまで防ごうとしている脅威が「地吹雪」ということに。本当に自転車で走れるような環境なのだろうか。普段から「地吹雪体験ツアー」というトレッキング企画が名物とのことで安全面での心配はないのだろうが、歩きと自転車はやはり別物である。果たして自転車に乗っていられるのかという純粋な好奇心が浮かんでくるが、酷い目に合わなくて良かったとも言える(笑)
今回は天候に恵まれず地吹雪体験はできなかったので、実際のところどの程度のものなのかと尋ねてみると、江利山さんをはじめとしたガイドメンバーは事前に地吹雪といわれる環境下で下見ライドをしており、晴天に比べれば条件は悪いものの十分走れるのだとか。地吹雪の中でいくつものコースをテストした結果、安全かつ安心なコースとして今回のコースが設定されているとのことだ。
なお、ホワイトアウトと呼ばれるような、本当に危険な日はもちろん中止され、そうでなくとも無理な走行は基本的にしない、とのこと。地元を知り尽くしたガイドがいるからこそ可能なアドベンチャーライドだということだ。ちなみにそういった荒天でも楽しめる仕掛けも準備中なのだとか。そちらの企画は、2日目(後編レポート)にて紹介予定だ。
その後は水田地帯を岩木川に突き当たるまで走り、川沿いを南下すればかなぎ元気村はすぐ目の前。距離とすれば12kmと短めのサイクリングではあったけれど、十分満足できる濃密な12kmでもあった。普通のサイクリングであれば40kmほど走ったような満足感で、これが吹雪いていれば、おそらく80km以上には感じていたはず。
冷えた体を近くの温泉で温めたら、かなぎ元気村心づくしの夕食が待っている。囲炉裏の周りには様々な地元食材を使った郷土料理が所せましと並んだ御膳が並べられ、さらに炭火で大きなホタテやホッキが焼かれている。
思わず涎が出そうな私たちの前に現れたのは、五所川原立佞武多囃子「心組」の皆さん。国の重要無形民俗文化財にもなっているという岩木山のお山参詣にて奏でられる登山囃子や、巨大な山車が五所川原の町を練り歩く立佞武多祭りで披露される囃子などを演奏していただき、場は大盛り上がり。「ラッセーラッセーラッセーラー!」の掛け声とともに、金木の夜は更け行くのであった。
text&photo:Naoki Yasuoka
「地吹雪」と「サイクリング」。まあなんというか、かなり相性の悪い組み合わせであろう。数年前に、ホワイトアウトによって視界が全く失われてしまい、玄関の前で鍵を落としてしまった人が家に入れず凍死した、という事故を耳にしてからというもの、吹雪=怖いもの、と刷り込まれている。そんな恐ろしい天候でわざわざ自転車に乗りに行くなどという、全くもって正気とは思えない企画が青森で行われ、なんとなれば編集部員に取材に来てほしいのだという。
そこで行ってこいと言われたのが私、ヤスオカである。確かにCW編集部の中ではファットバイクでのスノーライドの経験もそこそこあるので、人選としてはわからなくはないのだが、決して雪上生活の経験が豊富というわけではない。
どちらかといえば、極限状態に追い込まれるリアクション芸人のようなものを求められているのかもしれないが、ただ関西出身というだけで白羽の矢が立ったというのであれば、それはもはや差別なのではないだろうか。
早朝の東京駅から出発したはやぶさの中で、そんな経緯をつらつらと思い返しつつ、襲ってきた眠気に身を任せ、うつらうつら。ふと目覚めると車窓の外は真っ白に。そういえば今年はラニーニャ現象が発生中で大雪の地域も多いという。
果たして今回の取材はどうなってしまうのか。無事に帰れるのだろうか。そもそも、地吹雪の中自転車に乗れたとして、写真が撮れるのか?いざとなれば真っ白な画像を貼り付けて、吹雪の写真ですと言い張れば大丈夫なのでは?大体2:8くらいの期待と不安を抱きつつ、集合場所である新青森駅に降り立った。
ここから目的地である五所川原市金木町のかなぎ元気村までは、車で約1時間程。しっかり除雪された高規格道路が通っているのでアクセスは良好だ。津軽山地を越えると意外なことに青森市内よりも雪が少なくなっているような。なんと、海が近く風が強く吹くため、積もる雪の量は少ないのだという。といっても、これはどちらかといえば青森市が洒落にならないほど降る、ということであって一般的な尺度であれば津軽平野もまごうことなき豪雪地帯である。そうでなければ地吹雪ライドなんて酔狂な企画が立つはずもない。
というわけで東京を出て計4時間ほどで到着したかなぎ元気村。こちらは築150年の歴史を持つ古民家「旧傍島家住宅」をリフォームした農家民宿で、太宰治も良く遊びに訪れていたという所縁ある場所。宿泊だけでなく、農業体験やトレイルハイク、そしてサイクリングといったアクティビティの拠点としても用いられている。
今回は、ここを拠点に2日間お世話になることに。それぞれの参加者が抗原検査を行い、全員陰性の確認が取れたら、ランチタイムだ。ちょうどお昼時に到着したこともあり、用意されていたあったかいお蕎麦を頂き、英気を補充。部屋でスノーライド用に持ってきたスキーウェアに着替えて再び外へ。
ライドをアテンドしてくれるのは、青森でサイクリングガイドとして活躍する江利山元気さん。用意されたバイクをそれぞれの体に合わせ、軽くストレッチしたらいざ出発。なんと幸いなことに、この日の金木町は晴れ。青空も見える天候で、絶好のサイクリング日和である。
「残念ながら地吹雪ライドという感じではないですが……」という江利山さんに、「いやーほんとに残念ですね!」と満面の笑みで返してしまう私を誰が責められようか。2日間あるのだから、1日目はまず雪上ライドに慣れるという意味でもこれぐらいでちょうど良い、ハズだ(笑)。
元気村を出るとさっそく裏道へ。基本的に公道を走るのだが、交通量の少ないルートチョイスで不安はほぼ無い。たまにすれ違う車側もかなり安全マージンを取ってくれるので安心である。
津軽平野の水田地帯を一路西へ。真っ白な雪原から街中へと入ると、太宰の生家である太宰治記念館「斜陽館」へ到着。明治40年に建てられた和洋折衷の豪邸で、今にその姿をしっかりと伝えている重要文化財でもある。
更に北へと向かった先にあるのが、太宰が少年時代に多くの時を過ごしたという芦野公園。園内を津軽鉄道が通り、雪に埋もれた線路を自転車を抱えて渡っていると、ちょうど「走れメロス号」がやってくるなんて嬉しいハプニングも。
園路を芦野湖のほとりまで進むと太宰治の銅像が。春には1,500本もの桜が咲き誇る「日本のさくら名所100選」にも選ばれているとのことだが、この時期は完全に一面の銀世界。それだけに桜前線の訪れは感慨深いものがあるのだろう、なんて想像を膨らませる。
すこし体も冷えてきたな、と思ったタイミングで「それじゃあ休憩にしましょう」と江利山さん。自転車を停めた赤い屋根のかわいらしい建物は、津軽鉄道の芦野公園駅の旧駅舎を利用したカフェなのだという。オリジナルブレンドの「駅舎珈琲」をはじめ、リンゴジャムをたっぷり入れた「りんごジャムーン珈琲」なんていう青森らしい一杯も。
ホッと一息ついたらあとは元気村へと戻るだけ。と思いきや、すぐ近くに国内で初めての森林鉄道として運行開始された津軽森林鉄道の機関車が静態保存されているということで少し寄り道。冬の公園は訪う人も少ないのか踏み跡もない中をプチラッセルしつつ車両の元へ。無骨に角ばった機関車の後ろには木材が山と積まれており、往時の活躍を偲ぶことができる。ちなみに、この津軽森林鉄道の軌道跡を辿るのが奥津軽トレイル。森林鉄道の遺構や青森ひばの森を見ながら、奥津軽の自然を楽しめるルートとして整備されているのだという。
さて、街中を抜けしばらく行くと突然高い柵に囲まれた家々がずらりと並ぶ一角に到着する。これが「カッチョ」と呼ばれる防雪柵で、真冬の地吹雪から家を守るための工夫なのだという。
日本海側から吹き込む強風の行きつく先が、この「カッチョ」が守る藤枝地区なのだという。確かに見渡す限りさえぎるもののない水田地帯が続いている。なんとなればこの水田地帯は日本海沿いの屏風山砂丘まで続いており、その間に風を防ぐものはほとんど無いのだか。
近年では主要道路には鉄製の防雪柵が設置されているが、昔はどこもこのように木製の柵を利用していたのだという。本来であれば、夏場は柵を仕舞うそうなのだが、最近は高齢化によって一年中出しっぱなしなのだとか。確かにこの大きさの柵を出し入れするのは大仕事であろう。
ふとここで重要なことに気づく。こんな、今にも巨人が攻めてくるのではないかと思ってしまいそうな高い柵を設置してまで防ごうとしている脅威が「地吹雪」ということに。本当に自転車で走れるような環境なのだろうか。普段から「地吹雪体験ツアー」というトレッキング企画が名物とのことで安全面での心配はないのだろうが、歩きと自転車はやはり別物である。果たして自転車に乗っていられるのかという純粋な好奇心が浮かんでくるが、酷い目に合わなくて良かったとも言える(笑)
今回は天候に恵まれず地吹雪体験はできなかったので、実際のところどの程度のものなのかと尋ねてみると、江利山さんをはじめとしたガイドメンバーは事前に地吹雪といわれる環境下で下見ライドをしており、晴天に比べれば条件は悪いものの十分走れるのだとか。地吹雪の中でいくつものコースをテストした結果、安全かつ安心なコースとして今回のコースが設定されているとのことだ。
なお、ホワイトアウトと呼ばれるような、本当に危険な日はもちろん中止され、そうでなくとも無理な走行は基本的にしない、とのこと。地元を知り尽くしたガイドがいるからこそ可能なアドベンチャーライドだということだ。ちなみにそういった荒天でも楽しめる仕掛けも準備中なのだとか。そちらの企画は、2日目(後編レポート)にて紹介予定だ。
その後は水田地帯を岩木川に突き当たるまで走り、川沿いを南下すればかなぎ元気村はすぐ目の前。距離とすれば12kmと短めのサイクリングではあったけれど、十分満足できる濃密な12kmでもあった。普通のサイクリングであれば40kmほど走ったような満足感で、これが吹雪いていれば、おそらく80km以上には感じていたはず。
冷えた体を近くの温泉で温めたら、かなぎ元気村心づくしの夕食が待っている。囲炉裏の周りには様々な地元食材を使った郷土料理が所せましと並んだ御膳が並べられ、さらに炭火で大きなホタテやホッキが焼かれている。
思わず涎が出そうな私たちの前に現れたのは、五所川原立佞武多囃子「心組」の皆さん。国の重要無形民俗文化財にもなっているという岩木山のお山参詣にて奏でられる登山囃子や、巨大な山車が五所川原の町を練り歩く立佞武多祭りで披露される囃子などを演奏していただき、場は大盛り上がり。「ラッセーラッセーラッセーラー!」の掛け声とともに、金木の夜は更け行くのであった。
text&photo:Naoki Yasuoka
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