2021/06/25(金) - 20:06
気温15℃に届かない寒空のブルターニュ地方。ツールのグランデパールを迎えたブレストの空気をお伝えする。パンデミックが落ち着きを見せるなか、世界最高峰のチームを迎えて静かに盛り上がる。
昨年はパンデミック下で開催され、「プロトンが無事パリにたどり着けばそれは奇跡」とまで言われた秋のツール・ド・フランスから約9ヶ月。東京五輪との兼ね合いで少し早い6月開催となったものの、ここまで順調なスケジュールで問題なく開催にこぎつけた2021ツール。
フランスの西の端、ブルターニュ地方が開幕3日間をホストする。1,200kmをノンストップで走るランドヌール、パリ〜ブレスト〜パリの折り返し点となるブレストがグランデパール都市となる。北らしい鉛色の薄暗い寒空。午前の気温は13℃と、まるで季節を戻したかのような錯覚に陥る。しかしつい先週のフランスは30℃を超える猛暑だったようだが、この地のサイクリストたちはジャケットを着込んで走っている。第1ステージからは雨の予報もあった。
ブレスト港近くの広場で木曜の18時半から開催されたチームプレゼンテーション。昨年ニースでのプレゼンの際は無観客とせずとも厳重な入場制限が敷かれたが、今年は基本的に来る人は拒まずで、ポディウム前の人数は絞られたが、ファンたちは会場外の斜面につけられた階段状のテラスから自由に観れるように配慮がされていた。
ブルターニュといえばこの人、「アナグマ」のあだ名を持つベルナール・イノー氏がクリスティアン・プリュドム氏と登壇。ブルターニュを地元とするツール5勝の英雄イノー氏はASOの職は離れているが、やはりこの地では名誉ある大使として華を添える。
このプレゼンでのサプライズは新たな装いのチームキットを披露したチームが多かったこと。まず皮切りは2番目登場のクベカ・アソス改め「クベカ・ネクストハッシュ」。新スポンサーのネクストハッシュ社加入でチーム名も変わり、「クベカの手」にはバーバリーとのコラボでおなじみのモノグラムがあしらわれた。ツールのプレゼンをその発表の場にして、詳しい情報は同時にリリースされるという手法だ。
トタル・ディレクトエネルジーはディレクト抜きのトタルエネルジーとなり、すでに先日ジャージデザインの変更を発表してからの登壇。「どこかアマチュアっぽい」と揶揄されたものだが、やはり選手が着る実物で見れば新鮮でかっこいい。フランスに多くあるガソリンスタンドでも応援キャンペーンが張られていて、フランスに居るとスポンサーの力の入れようがよく分かる。
アルペシン・フェニックスの紫とオレンジのレトロなジャージデザインは、マチュー・ファンデルプールのお祖父さんである故・レイモン・プリドールが所属したメルシェチームの45年前のジャージを模したカラーとデザイン。「万年2位」というちょっと不名誉な成績で愛された国民的人気の「ププ」ことプリドール氏は、昨年のツール前にこの世を去った。マチューの父アドリがプリドールの娘と結婚して授かった子がマチューであり、お祖父さんの足跡をたどりツール初出場を叶えたマチューのために用意された祖父への追憶を込めたトリビュートジャージということのようだ。バイクにも「メルシェ・ピンク」があしらわれた。
しかしこのジャージはチームプレゼンのみの着用で、レースでは通常デザインのジャージを着用することになるという。キャンペーンサイト「メルシー・ププ」も立ち上がり、このジャージは購入することができる。
バーレーン・ヴィクトリアスはデザインのまったく違う白いジャージで登場。糖尿病と肥満を意識付けする特別チャリティージャージで、暗号を散りばめた「マイヨ・ディスラプティフ(破壊)」と名付けられ、ハッシュタグ「#EVERYPEDALSTROKEISAVICTORY」とともに、ペダルを漕いで肥満と糖尿病から逃げ切れ!というメッセージが込められているキャンペーンだ。そしてソンニ・コルブレッリはイタリア選手権を制してイタリアン・トリコロールジャージで登場。コルブレッリは登れるスプリンターという強みを増し、開幕ステージの台風の目と呼ばれている。
そしてイスラエル・スタートアップネイションのジャージを着たクリストファー・フルームが2年ぶりにツールに登場。ブレストはフルームが2008年にバルロワールドのネオプロ選手としてツールデビューを飾った地であり、怪我からの復帰でこのブレストの地に再びカムバックしたことはフルームにとって感慨深いこと。マイクを握りフランスのファンにフランス語で感謝と喜びの気持ちを語った。
新ジャージで登場したボーラ・ハンスグローエ。ペテル・サガンはスロバキアチャンピオンジャージに身を包んでの登壇。ブルターニュでの開幕2ステージはサガン向けということでマイヨジョーヌ獲得への期待が高まる。
アスタナ・プレミアテックはプレゼン開始前にアレクサンドル・ヴィノクロフが職を解かれたという衝撃的なニュースが飛び込んだ。どうやら新体制となった経営陣がヴィノ氏を失脚させたという話のようだが、訴訟に発展しそうだということで今後の展開を見守りたい。
トレック・セガフレードは新たなメタリックカラーのトレックに乗って登壇したが、メンバーの顔色はどこか冴えない。時を同じくしてチームからはチームキャプテンのクーン・デコルトがオフロードカーを運転していて交通事故に遭い、右手の指を3本失うというショッキングな報が出された。SNSで駆け巡ったニュースに選手たちも心配の色が隠せなかったようだ。
グルパマFDJのダヴィ・ゴデュとアルカンシェルを着たジュリアン・アラフィリップはティボー・ピノの居ないツールでフランス期待の星で、やはり念入りなインタビューが用意されて特別扱い。ゴデュは飾らない素朴な感じでちょっと頼りなく見えるところが愛される点で、LOULOUことアラフィリップは「総合狙いのために力をセーブしてアタックを控えるなんて考えられない」と発言して開幕ステージでのマイヨジョーヌ獲得への期待をさらに高めた。
青いタイヤが注目されるユンボ・ヴィスマ。レースから2ヶ月離れ、久しぶりに姿を表したプリモシュ・ログリッチは高地トレーニングを重ねた通りの深い日焼けで頬は痩せ、絞りきった精悍な髭面で登場した。マイクを握れば突っ込んだ質問に「フォー!」のリアクションを決め、テンションも高い。そしてベルギーナショナルジャージに身を包んだワウト・ファンアールトも開幕ステージのマイヨ・ジョーヌ候補だ。ユンボのマスクには#SAMENWINNEN(=一緒に勝つ)のスローガンが刻まれ、昨年のリベンジの気持ちをよく表している。
最後の登壇はディフェンディングチャンピオン擁するUAEチームエミレーツ。今年はスプリンターのフェルナンド・ガヴィリアも昨ツールの開幕ステージでマイヨジョーヌを着たアレクサンドル・クリストフも今年は家でお留守番。山岳でアシストできる選手を中心に集めてタデイ・ポガチャルの連覇に万全体制を築いた。
レキップ紙が「拳銃をもった子猫ちゃん」と称したポガチャルは、走っていないときは全くオーラのない可愛く見える若者にすぎない。チームに似たスリム体型の選手が揃ったことで、着ているジャージが同じでは見分けがつかないほどだ。
チームプレゼンテーションは全チームの紹介を終えた20時に閉幕。天気と同じく静かなプレゼンだった。
この2日間はプレゼン以外の公式プログラムは空白だが、プレスセンターとチームのホテルをつないでのオンライン記者会見が続々と行われる。特異な風景に見えたこの方式もすでに馴れたもの。移動を伴わないので選手側も楽なようで、かつバブルで守られているので安心感もある。
フランスの新型コロナ感染症は少し落ち着きを見せているため、屋外でのマスク着用は義務ではなくなった。しかしプレゼンでは観客全員にマスクが配布された。
プレスセンターでの感染症拡大防止対策は昨年より少し簡略化された。到着72時間前以内のPCR検査は義務で、陰性証明書と引き換えにIDカードが渡される。センター内はもちろんマスク、出入りごとのアルコールジェル消毒が必須だが、透明アクリル板の仕切り等はなくなり、活動も少ししやすくなった。
ペルマナンス(本部)では専門の医療関係者が常駐し、PCR検査を随時受けることができる。取材活動の制約を記したプロトコルは昨年同様に厳しいものだが、感染状況に応じてやや自由度は増した感じだ。「コロナ禍の極限状況での開催」という感じはすでに無い。
text&photo:Makoto AYANO in Brest, FRANCE
昨年はパンデミック下で開催され、「プロトンが無事パリにたどり着けばそれは奇跡」とまで言われた秋のツール・ド・フランスから約9ヶ月。東京五輪との兼ね合いで少し早い6月開催となったものの、ここまで順調なスケジュールで問題なく開催にこぎつけた2021ツール。
フランスの西の端、ブルターニュ地方が開幕3日間をホストする。1,200kmをノンストップで走るランドヌール、パリ〜ブレスト〜パリの折り返し点となるブレストがグランデパール都市となる。北らしい鉛色の薄暗い寒空。午前の気温は13℃と、まるで季節を戻したかのような錯覚に陥る。しかしつい先週のフランスは30℃を超える猛暑だったようだが、この地のサイクリストたちはジャケットを着込んで走っている。第1ステージからは雨の予報もあった。
ブレスト港近くの広場で木曜の18時半から開催されたチームプレゼンテーション。昨年ニースでのプレゼンの際は無観客とせずとも厳重な入場制限が敷かれたが、今年は基本的に来る人は拒まずで、ポディウム前の人数は絞られたが、ファンたちは会場外の斜面につけられた階段状のテラスから自由に観れるように配慮がされていた。
ブルターニュといえばこの人、「アナグマ」のあだ名を持つベルナール・イノー氏がクリスティアン・プリュドム氏と登壇。ブルターニュを地元とするツール5勝の英雄イノー氏はASOの職は離れているが、やはりこの地では名誉ある大使として華を添える。
このプレゼンでのサプライズは新たな装いのチームキットを披露したチームが多かったこと。まず皮切りは2番目登場のクベカ・アソス改め「クベカ・ネクストハッシュ」。新スポンサーのネクストハッシュ社加入でチーム名も変わり、「クベカの手」にはバーバリーとのコラボでおなじみのモノグラムがあしらわれた。ツールのプレゼンをその発表の場にして、詳しい情報は同時にリリースされるという手法だ。
トタル・ディレクトエネルジーはディレクト抜きのトタルエネルジーとなり、すでに先日ジャージデザインの変更を発表してからの登壇。「どこかアマチュアっぽい」と揶揄されたものだが、やはり選手が着る実物で見れば新鮮でかっこいい。フランスに多くあるガソリンスタンドでも応援キャンペーンが張られていて、フランスに居るとスポンサーの力の入れようがよく分かる。
アルペシン・フェニックスの紫とオレンジのレトロなジャージデザインは、マチュー・ファンデルプールのお祖父さんである故・レイモン・プリドールが所属したメルシェチームの45年前のジャージを模したカラーとデザイン。「万年2位」というちょっと不名誉な成績で愛された国民的人気の「ププ」ことプリドール氏は、昨年のツール前にこの世を去った。マチューの父アドリがプリドールの娘と結婚して授かった子がマチューであり、お祖父さんの足跡をたどりツール初出場を叶えたマチューのために用意された祖父への追憶を込めたトリビュートジャージということのようだ。バイクにも「メルシェ・ピンク」があしらわれた。
しかしこのジャージはチームプレゼンのみの着用で、レースでは通常デザインのジャージを着用することになるという。キャンペーンサイト「メルシー・ププ」も立ち上がり、このジャージは購入することができる。
バーレーン・ヴィクトリアスはデザインのまったく違う白いジャージで登場。糖尿病と肥満を意識付けする特別チャリティージャージで、暗号を散りばめた「マイヨ・ディスラプティフ(破壊)」と名付けられ、ハッシュタグ「#EVERYPEDALSTROKEISAVICTORY」とともに、ペダルを漕いで肥満と糖尿病から逃げ切れ!というメッセージが込められているキャンペーンだ。そしてソンニ・コルブレッリはイタリア選手権を制してイタリアン・トリコロールジャージで登場。コルブレッリは登れるスプリンターという強みを増し、開幕ステージの台風の目と呼ばれている。
そしてイスラエル・スタートアップネイションのジャージを着たクリストファー・フルームが2年ぶりにツールに登場。ブレストはフルームが2008年にバルロワールドのネオプロ選手としてツールデビューを飾った地であり、怪我からの復帰でこのブレストの地に再びカムバックしたことはフルームにとって感慨深いこと。マイクを握りフランスのファンにフランス語で感謝と喜びの気持ちを語った。
新ジャージで登場したボーラ・ハンスグローエ。ペテル・サガンはスロバキアチャンピオンジャージに身を包んでの登壇。ブルターニュでの開幕2ステージはサガン向けということでマイヨジョーヌ獲得への期待が高まる。
アスタナ・プレミアテックはプレゼン開始前にアレクサンドル・ヴィノクロフが職を解かれたという衝撃的なニュースが飛び込んだ。どうやら新体制となった経営陣がヴィノ氏を失脚させたという話のようだが、訴訟に発展しそうだということで今後の展開を見守りたい。
トレック・セガフレードは新たなメタリックカラーのトレックに乗って登壇したが、メンバーの顔色はどこか冴えない。時を同じくしてチームからはチームキャプテンのクーン・デコルトがオフロードカーを運転していて交通事故に遭い、右手の指を3本失うというショッキングな報が出された。SNSで駆け巡ったニュースに選手たちも心配の色が隠せなかったようだ。
グルパマFDJのダヴィ・ゴデュとアルカンシェルを着たジュリアン・アラフィリップはティボー・ピノの居ないツールでフランス期待の星で、やはり念入りなインタビューが用意されて特別扱い。ゴデュは飾らない素朴な感じでちょっと頼りなく見えるところが愛される点で、LOULOUことアラフィリップは「総合狙いのために力をセーブしてアタックを控えるなんて考えられない」と発言して開幕ステージでのマイヨジョーヌ獲得への期待をさらに高めた。
青いタイヤが注目されるユンボ・ヴィスマ。レースから2ヶ月離れ、久しぶりに姿を表したプリモシュ・ログリッチは高地トレーニングを重ねた通りの深い日焼けで頬は痩せ、絞りきった精悍な髭面で登場した。マイクを握れば突っ込んだ質問に「フォー!」のリアクションを決め、テンションも高い。そしてベルギーナショナルジャージに身を包んだワウト・ファンアールトも開幕ステージのマイヨ・ジョーヌ候補だ。ユンボのマスクには#SAMENWINNEN(=一緒に勝つ)のスローガンが刻まれ、昨年のリベンジの気持ちをよく表している。
最後の登壇はディフェンディングチャンピオン擁するUAEチームエミレーツ。今年はスプリンターのフェルナンド・ガヴィリアも昨ツールの開幕ステージでマイヨジョーヌを着たアレクサンドル・クリストフも今年は家でお留守番。山岳でアシストできる選手を中心に集めてタデイ・ポガチャルの連覇に万全体制を築いた。
レキップ紙が「拳銃をもった子猫ちゃん」と称したポガチャルは、走っていないときは全くオーラのない可愛く見える若者にすぎない。チームに似たスリム体型の選手が揃ったことで、着ているジャージが同じでは見分けがつかないほどだ。
チームプレゼンテーションは全チームの紹介を終えた20時に閉幕。天気と同じく静かなプレゼンだった。
この2日間はプレゼン以外の公式プログラムは空白だが、プレスセンターとチームのホテルをつないでのオンライン記者会見が続々と行われる。特異な風景に見えたこの方式もすでに馴れたもの。移動を伴わないので選手側も楽なようで、かつバブルで守られているので安心感もある。
フランスの新型コロナ感染症は少し落ち着きを見せているため、屋外でのマスク着用は義務ではなくなった。しかしプレゼンでは観客全員にマスクが配布された。
プレスセンターでの感染症拡大防止対策は昨年より少し簡略化された。到着72時間前以内のPCR検査は義務で、陰性証明書と引き換えにIDカードが渡される。センター内はもちろんマスク、出入りごとのアルコールジェル消毒が必須だが、透明アクリル板の仕切り等はなくなり、活動も少ししやすくなった。
ペルマナンス(本部)では専門の医療関係者が常駐し、PCR検査を随時受けることができる。取材活動の制約を記したプロトコルは昨年同様に厳しいものだが、感染状況に応じてやや自由度は増した感じだ。「コロナ禍の極限状況での開催」という感じはすでに無い。
text&photo:Makoto AYANO in Brest, FRANCE
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