コロナ禍で開催に踏み切ったツールが3週間の長旅を経てパリに到着。驚きの逆転劇を経て戦後史上最年少記録の21歳でツールを制覇したポガチャル。「若さ」の一言で片付けられない強さの秘密は、冷静さを保つ精神力と驚異的な回復力にあった。



観客の人影がないリヴォリ通りを走り抜けるプロトン観客の人影がないリヴォリ通りを走り抜けるプロトン photo:ASO/Pauline Ballet
ツール最終日が向かうのはいつもどおりパリ・シャンゼリゼ通り。いつもと違うのは新型コロナウィルス対策。フランスの感染者数は依然として1万人を超える高い数字が続いており、COVID-19下で開催されるツールの正念場だ。

シャンゼリゼのフィニッシュ前後地点のみ観客席が設けられたシャンゼリゼのフィニッシュ前後地点のみ観客席が設けられた photo:Makoto.AYANO
この日パリ警視庁は、公衆衛生法を遵守するためにシャンゼリゼ通りへの最大入場者数を5千人とする立ち入り規制を設けると発表。同時に周辺へのクルマの乗り入れを禁止、もちろんマスクは必須で、検問やボディチェックあり。

ルーブル博物館の中庭を走り抜けるプロトンルーブル博物館の中庭を走り抜けるプロトン photo:ASO/Pauline Ballet
事前情報の通り、チームや関係者が到着するコンコルド広場へのアクセスは経路が限定され、人の流入を防ぐ。一方でバリアや観客席の設置は例年通り。席は社会的距離を置くため疎で使用され、密集を防ぐ。沿道には人影がなく、有料スペースまたは入場に招待IDカードの必要な観客席以外の沿道からの観戦はほぼできなかったようだ。

No to Racism(人種差別反対)のメッセージを書いたマスクを着用したケヴィン・レザ(フランス、B&Bホテルズ・ヴィタルコンセプト)No to Racism(人種差別反対)のメッセージを書いたマスクを着用したケヴィン・レザ(フランス、B&Bホテルズ・ヴィタルコンセプト) photo:ASO/Alex Broadwayメッセージ入りマスクを着けたワウト・ファンアールト。多くの選手がアクションに参加したメッセージ入りマスクを着けたワウト・ファンアールト。多くの選手がアクションに参加した photo:ASO/Alex Broadway


出走前の選手たちがひとつ起こした運動が「No to Racism(人種差別反対)」というメッセージが書かれたマスクをスタートプレゼン時に着用すること。言うまでもなく「Black Lives Matter 」= アメリカで起きた黒人に対する警察の残虐行為に抗議して、非暴力的な市民的不服従を唱える組織的な運動への同調だ。バスケットボールやテニスなど他のスポーツで表明されているスタンスをツールでも示そうと、スタート地点が出身地に近いプロトン唯一の黒人選手であるケヴィン・レザ(フランス、B&Bホテルズ・ヴィタルコンセプト)の発案で出場選手とCPA(プロ選手協会)などが話し合って起こしたアクションだった。

TOGETHER WE WINのレター入りスペシャルバイクを駆るサム・ベネット(ドゥクーニンク・クイックステップ)TOGETHER WE WINのレター入りスペシャルバイクを駆るサム・ベネット(ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:ASO/Alex Broadway
スロベニア出身の5選手。左からマテイ・モホリッチ、ヤン・ポランツ、ログリッチ、ポガチャル、ルカ・メズゲッツスロベニア出身の5選手。左からマテイ・モホリッチ、ヤン・ポランツ、ログリッチ、ポガチャル、ルカ・メズゲッツ (c)CorVos
マイヨジョーヌのタディ・ポガチャルが皆に言われるままのスタートアタックを短く決め、パリまでのパレード走行はお決まりの記念撮影タイム。UAEエミレーツやスロベニア人選手たちのお揃い写真など。ただし今年は4賞のうち3つをポガチャルが獲得するためフォトセッション数はそのぶん減ってしまった。

凱旋門をバックにシャンゼリゼを周回するプロトン凱旋門をバックにシャンゼリゼを周回するプロトン photo:Makoto.AYANO
7月よりも日が傾く18時半頃、無観客で声援の響かないなかルーブル博物館敷地内を通り、COVID-19対策として自転車通勤を奨励するためバイクレーンが常設されることになったリヴォリ通りを経て、マイヨジョーヌ擁するUEAチームエミレーツが先導するプロトンがシャンゼリゼ通りに到着。

ツール・ド・フランスが来たというのにパリ中心部はがらんとしている。コンコルド広場にはVIPエリアが設置され、フィニッシュライン前後にかけての両脇エリアだけに観客が居て、マスク越しの声援が聞こえるという不思議な感覚。

パトルイユ・ド・フランスがシャンゼリゼに凱旋したプロトンを祝福パトルイユ・ド・フランスがシャンゼリゼに凱旋したプロトンを祝福 photo:Makoto.AYANO
周回なかばでパトルイユ・ド・フランスが青・白・赤の煙幕を引くのも例年通り。しかし観客数が少なく静かなだけで、レースはホット。マイヨヴェールを率いたドゥクーニンク・クイックステップがサム・ベネット(アイルランド)を護り、絶妙の牽引でスプリントへ。ベネットはウルフパックのフルサポートを受けて勝利。非公式ながら「スプリンターの世界選手権」と呼ばれるシャンゼリゼフィニッシュをマイヨヴェールを着て勝利し、名実ともに世界のトップスプリンター入りを果たした。

チームメイトに守られて走るサム・ベネット(アイルランド、ドゥクーニンク・クイックステップ)チームメイトに守られて走るサム・ベネット(アイルランド、ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:Makoto.AYANO
マイヨヴェールを着てシャンゼリゼのスプリントフィニッシュを制したサム・ベネット(アイルランド、ドゥクーニンク・クイックステップ)マイヨヴェールを着てシャンゼリゼのスプリントフィニッシュを制したサム・ベネット(アイルランド、ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:Makoto.AYANO
この日ベネットが駆ったスペシャルバイクのフレームには”TOGETHER WE WIN”の文字が描かれていた。文字通り「仲間で力を合わせて勝つ」を実現させる、最高のチームプレイの末の勝利。

パトリック・ルフェーブルGMやドゥクーニンク・クイックステップのスタッフに祝福されるサム・ベネットパトリック・ルフェーブルGMやドゥクーニンク・クイックステップのスタッフに祝福されるサム・ベネット photo:Makoto.AYANO
歓喜するベネットを迎えるチームスタッフはこの日ベネットのイラストと「Green belongs to IRELAND(グリーンはアイルランドのカラー)」とメッセージが書かれたお揃いの特別なTシャツを着ていた。アイルランドとっては1989年のショーン・ケリー以来2度目のシャンゼリゼ勝利。ベネットにとってマイヨヴェールは1枚目だが、ケリーは通算4枚のマイヨヴェールを獲得している(クラシックレースの王様でもある)。

レース後のドゥクーニンク・クイックステップのバス前ではチームが用意した超高級なアイリッシュ・ウイスキーをベネットが皆に振る舞うパーティが続いた。酔いに任せて陽気になったベネットは、勢いで何杯ものグラスを飲み干した(その後が心配になるほどの...)

Green belongs to IRELAND(グリーンはアイルランドのカラー)Green belongs to IRELAND(グリーンはアイルランドのカラー) photo:Makoto.AYANO
栄光のシャンゼリゼ含む2つのステージ勝利とマイヨヴェール獲得。サガンとのマイヨヴェール争いは来年も続くことが必至に思える。今ツールの全体を通してサガンとボーラ・ハンスグローエvsベネットとドゥクーニンク・クイックステップのポイント争いの激しいバトルがレースを盛り上げ、退屈なステージが無いツールとなった。

総合敢闘賞のマルク・ヒルシ(スイス、サンウェブ)総合敢闘賞のマルク・ヒルシ(スイス、サンウェブ) photo:Makoto.AYANO
総合敢闘賞はサンウェブのマルク・ヒルシに。ステージ1勝という勝利数以上に何度も勝利に肉薄する勇敢なトライを続けたヒルシは、この日も脚や腕に包帯を巻きシャンゼリゼを走った。

怪我の治療跡が目立つ総合敢闘賞のマルク・ヒルシ(スイス、サンウェブ)怪我の治療跡が目立つ総合敢闘賞のマルク・ヒルシ(スイス、サンウェブ) photo:Makoto.AYANO
22歳の若さでの初出場のツールで大きな活躍と将来の可能性を見せたヒルシ。そして出場チーム中もっとも平均年齢が若いサンウェブは、セーアン・クラーウアナスンの2勝を入れてステージ3勝も挙げたほか、ニコラス・ロッシュやティシュ・べノートの逃げ、ケース・ボルのスプリント勝利ニアミスなど、チームのスローガンである#Keep Challenging(挑戦し続けろ)そのもののアグレッシブな大活躍を見せた。

初出場&戦後史上最年少21歳のツール覇者

チームメイトとマイヨジョーヌでの完走を祝うタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)チームメイトとマイヨジョーヌでの完走を祝うタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ) photo:Makoto.AYANO
マイヨジョーヌを着てシャンゼリゼに凱旋した21歳のタディ・ポガチャル。フィニッシュラインではスロベニア人のチームメイト、ヤン・ポランツと肩を組んで越えた。戦前の記録を除けば近代ツールでは最年少のツール勝者となった21歳。総合優勝のマイヨジョーヌの他に山岳賞マイヨアポア、新人賞マイヨブランの3枚のジャージを獲得したポガチャルはシャンゼリゼにフィニッシュした翌日月曜に22歳の誕生日を迎え、最高の夢を見てバースデーを迎えることが出来たはずだ。

ガールフレンドのウルスカ・ジガードさんと抱き合うタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)ガールフレンドのウルスカ・ジガードさんと抱き合うタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ) photo:Makoto.AYANO
タデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)の駆ったイエローのコルナゴV3RSを手にするポガチャルの親戚タデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)の駆ったイエローのコルナゴV3RSを手にするポガチャルの親戚 photo:Makoto.AYANO
ポディウムの脇ではスロベニアから駆けつけた家族、そしてガールフレンドのウルスカ・ジガードさん(アレ・チポリーニ所属の自転車選手)らとの対面を果たした。ケガでレースを去ったダヴィデ・フォルモロもイタリアから駆けつけた。サイクリング好きの大統領ボルト・パホル氏も祝福。2019年ブエルタ・ア・エスパーニャのポディウムで、ログリッチの脇で聞いたスロベニア国歌は、今日は立場を変えて自分のために流される。

スロベニアからのファンに囲まれるタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)スロベニアからのファンに囲まれるタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ) photo:Makoto.AYANOチームメイトに迎えられたタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)チームメイトに迎えられたタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ) photo:Makoto.AYANO


マイクを託されると、家族やサポートしてくれたチームメイト、家族、そしてレースに関わった関係者への言葉で感謝の気持を話した。表彰台に向き合う国旗掲揚台の脇にはUAEチームエミレーツのチームメイトとスタッフが陣取り、喜びのサインを送る。するとポガチャルは少しおどけたポーズで反応を返し、しかし堂々とした態度で花束を高々と掲げた。

スロベニア国旗を掲げて表彰台に立つタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)スロベニア国旗を掲げて表彰台に立つタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ) photo:Makoto.AYANO
UAEチームエミレーツの選手やスタッフがポガチャルの表彰式を見守るUAEチームエミレーツの選手やスタッフがポガチャルの表彰式を見守る photo:Makoto.AYANO
総合上位3人の表彰では撮影のためにマスクを外し、それぞれの喜びの顔を見せるサービスも。そして4賞選手が揃う表彰式では、その3つをポガチャルがさらったために表彰台に新人賞と山岳賞ジャージを被せたトルソーが並べられるという前代未聞の表彰方法も採用された。その代わりに家族が白と赤い水玉と黄色のマスクを着けて迎えた。

撮影のためにマスクを外した唯一の写真。個人総合成績上位トップスリー。ポガチャル、ログリッチ、ポート撮影のためにマスクを外した唯一の写真。個人総合成績上位トップスリー。ポガチャル、ログリッチ、ポート photo:Makoto.AYANO
ポガチャルが勝ったツールはログリッチが負けたツールでもある。前哨戦から圧倒的なチーム力を誇りレースを支配したユンボ・ヴィスマの最強のチーム力にも支えられ、ワウト・ファンアールトの勝利を含めてステージ3勝と11日間のマイヨジョーヌを護り続けた。ログリッチ自身は守りと体力温存に徹し、最終的にシャンゼリゼでマイヨジョーヌを着ることを最終的なゴールとして「ほぼ完璧に」闘った。しかしそれを打ち破ったのは強いチームを持たない、たった一人の21歳の若者。しかも同国人の後輩、友人であり、最大のライバルとなったポガチャル。

シャンゼリゼを去るプリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)。ファンを見付けては止まって応援に対するお礼をするシャンゼリゼを去るプリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)。ファンを見付けては止まって応援に対するお礼をする photo:Makoto.AYANO
ポガチャルが一人でも闘えたことに対し、レキップ紙は「世話の要らないマイヨジョーヌ」と称した。

ユンボ・ヴィスマのリチャード・プルッへGMは言う。「最初はベルナルを、そして途中からはポガチャルに対して闘ってきた。彼らに対してなるべく差をつけることを考えて闘い、それはうまくいっていたように思った。57秒差は十分な差だと思っていたが、今にしてみればたぶんそれが間違っていたと言うこともできるだろう。それについてはこれからのために分析しなければならない」。

シャンゼリゼを去るプリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)がファンを見付けては止まって応援に対するお礼をするシャンゼリゼを去るプリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)がファンを見付けては止まって応援に対するお礼をする photo:Makoto.AYANO
チームの目指したゴールはもちろんマイヨジョーヌだった。「ツールにはもっと高い目標をもってやってきた。しかしそれは達成できなかった。このツールで見せたパフォーマンスとステージ3勝というレース内容は誇れるが、ゴールには手が届かなかった。しかしこの結果とともに我々はこれからを生きていく。今は皆が失望している」。

プルッへGMが失意の選手たちにかけたのは「一致団結しよう。顔を上げて外を歩こう。まだ我々にはガッツがあることを示そう」という言葉だった。

ログリッチは言う。「人生には何も確かなことはないんだ。とくにサイクリングではね! つまりはそんなことなんだ。でも僕はこんなことがあっても楽観的だし、自分を信じている。チームは素晴らしい力を見せたし、僕もチームを信じている。ツールには絶対にまた勝ちに戻ってくるよ」。

ログリッチとポガチャルの、主役だった2人のスロベニア人。マテイ・モホリッチ、ヤン・ポランツ、ルカ・メズゲッツの合計5人の出身国スロベニアは人口約2.1百万人、面積はイギリスのウェールズ州と同程度のバルカンの小国。過去に4度訪れて過ごした筆者の経験からは、山、渓谷、高原などアウトドアスポーツに好適な地形を擁した美しい国で、東欧と呼ばれた時代よりインフラも進んだ先進国。データによれば国民の65%がスポーツに親しむという国柄だとか。サッカーが人気だが、スキー、カヤック、クロスカントリーランやトレッキングなど、アウトドアスポーツ大国。ログリッチがスキージャンプ競技出身であるとおり、ジャンプ施設もあちこちにあるほど充実していた。

2年前の実感ではサイクルロードレースは未だマイナースポーツの粋を出なかったが、サイクリング人気は高く、マウンテンバイクを含めたサイクリストは非常に多かった。2人の活躍で当時より熱が高まっていることは確か。国内のロードレースは少ないが、イタリアやクロアチアなど周辺国へのレース参戦は盛んだという。これからの自転車熱の向上はいかに。

ポガチャルの強さの秘密は冷静さと回復力

タデイ・ポガチャルとUAEチームエミレーツの選手たちタデイ・ポガチャルとUAEチームエミレーツの選手たち photo:Makoto.AYANO
昨年は22歳の若さでエガン・ベルナルがツールを制した。今年は21歳のポガチャルが記録を更新。2年連続で「23歳以下のツール」と形容されるツール・ド・ラヴニールの覇者が、その優勝の2年後に世界最高峰のレースであるツール・ド・フランスを制したことになる。

ベルナルの強さの秘密が2,700mを越えるコロンビアの高地出身であることがひとつの身体的優位の要因があると言われる。スロベニアのリュブリャナ近郊(高地ではない)出身のポガチャルは、「冷静な精神力と驚異的な肉体の回復力を備えている」というのだ。

3週間のグランツールにおいても安定した走りを続けることができることは、本人も前日の勝利者記者会見において、それが「遺伝的な要因であり、恵まれた身体に産んでくれた家族に感謝している」と話している。

スペイン人医師で、レアルマドリードの選手などにも関わるUAEチームエミレーツのパフォーマンスディレクターであるイニゴ・サンミラン氏は「2018年末に初めて心理テストを行ったときに、ポガチャルがその世代でもっとも優れたデータをもつことが分かった。その後2年のコーチングを経て、それはDNAに由来する遺伝的なもので、最高の選手の一人であることが分かった」という。

ツール史上初? マイヨを被せたトルソーを起用した4賞表彰式ツール史上初? マイヨを被せたトルソーを起用した4賞表彰式
サンミラン氏がツール後にユーロスポーツに語ったインタビューによれば、ポガチャルには次のような優位性が認められるという。

「ポガチャルは多くの選手とは別次元の領域にあり、ミゲール・インデュラインを思い起こさせる精神の強さ・冷静さを持っている。いつも冷静で謙虚、ユーモアも忘れない。レースをどう走れば良いか、チームプレイをどうすべきかを、人に教えられることなく自ら判断できる。そして近代トレーニングを理解し、自分で組み立てることができる明晰な頭脳を持っている。常に冷静沈着で、レースにおいては常に精神的な余裕があり、緊張することが無い」。

そして代謝能力の検査の結果から、回復力が数値的に証明できるからこそ「2019年にはグランツールのブエルタ・ア・エスパーニャに出場させ、3週間を走らせること(そこで疲弊させてしまうこと)に、コーチとして何の心配も要らなかった」という(そしてステージ3勝と総合3位を獲得)。

そして、ポガチャルは「1時間のレースの組み立て方、出力などを自身で(計器に頼らずに)計算して配分することが出来るため、勝負を決めた第20ステージの個人タイムトライアルでも ”ただ全力で行け” という指示だけで、自身で計算して全力を尽くすことができた」と語っている。「あの日ポガチャルがどれだけ冷静だったかは、そのリラックスした様子をTVで観ただけで判った」と。

あの日ポガチャルはパワーメーターや心拍計を使わなかったことが後で話題になったが、答えは頭脳に備わったセルフコントロール力にあったというのだ。ミトコンドリアと抗癌治療を専門分野するサンミラン医師が、ポガチャルにはDNAに由来する冷静さを失わない脳の優位性が有り、加えて驚異的な代謝、回復力を併せ持つことが研究で分かった、と話す。なんとも想像を越えた話だ。

スロベニア国旗を掲げて表彰台に立つタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)スロベニア国旗を掲げて表彰台に立つタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ) photo:Makoto.AYANO
21歳のツール制覇最年少記録の更新。ベルナルの23歳、マルク・ヒルシの22歳、そしてレムコ・エヴェネプール(ドゥクーニンク・クイックステップ)は20歳だ。若さがもつ無限の可能性は、世代交代という以上のインパクトでプロサイクリング界を変えていく。ポガチャルと年下の怪童との対決は、エヴェネプールがイル・ロンバルディアでの落車による大怪我からの回復途中であるため来シーズンに持ち越しそうだ。

新型コロナウィルス感染拡大下のツールが終わって

ニースでの開幕にあたってクリスチャン・プリュドム氏ら関係者が語った「ツール・ド・フランスが開催されるのは奇跡。そしてパリに到着するならそれは勝利」という言葉。新型コロナウィルス感染拡大下で開催されたツールは無事パリに到着した。選手たちもアフターパーティは控え、家族やスタッフとの抱擁も最小限になるよう控えていた。

表彰を見守るVIPエリアの関係者も全員がマスクを着用表彰を見守るVIPエリアの関係者も全員がマスクを着用 photo:Makoto.AYANOイスラエル(スタートアップネイション)の初出場・完走を国旗で祝うイスラエル(スタートアップネイション)の初出場・完走を国旗で祝う photo:Makoto.AYANO


マスクの着用と消毒の徹底、レースの中心にある選手や大会関係者との接触を避ける「レースバブル」という考え方。定期継続的なPCR検査によって陽性者が規定数以上出ればチームが除外されるというルールのもと、結果的には選手の誰一人、ひとチームも欠けずにシャンゼリゼにたどり着いた。

個人的な感想を言えば、感染拡大を防ぐべく設定された規定に沿って取材を行うことに多大な不便は感じた。しかしマスクを常時装着することに息苦しさや不便を感じても、柵の外からしか撮影できなくても、選手や監督に話しかけることが出来なくても、観客が排除されるときがあったとしても、最終的には「やればできるんだ」と感心した3週間だった。

高速で走るプロトンのコンコルド広場からの眺め高速で走るプロトンのコンコルド広場からの眺め photo:Makoto.AYANO
世界最大のスポーツイベントのひとつであるツール・ド・フランスがやり遂げたこと。他のスポーツイベントや来年に控えた東京オリンピックはその手法を参考にするのだろうか。もっとも、ツールが成功だったのかどうかは、一定期間をおいた後に判明するであろう感染状況により判断されるべきものなのだろう。それは専門家による今後の追跡調査や統計データが示すものだろうと思っている。


text&photo:Makoto AYANO in Paris FRANCE

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