厳しい激坂とグラベル区間を経て勝利を掴んだのは今まで自己を犠牲にし、チームの勝利に尽くしてきた働き者クフィアト。そしてカラパスはマイヨアポアを手に入れる。2つの勝利が新たな目標を探すイネオスを救った。



メリベル飛行場がスタート地点だメリベル飛行場がスタート地点だ photo:Makoto.AYANO
ウォームアップするプリモシュ・ログリッチとワウト・ファンアールトらウォームアップするプリモシュ・ログリッチとワウト・ファンアールトら photo:Makoto.AYANOタデイ・ポガチャルのコルナゴV3Rのロゴは水玉模様タデイ・ポガチャルのコルナゴV3Rのロゴは水玉模様 photo:Makoto.AYANO


超級山岳ロズ峠でフィニッシュしたクイーンステージの闘いを終えた各チームは昨夜はメリベル周辺のスキーリゾートに分れて宿泊。山岳地の限られた道路網の不便さによる交通規制の影響で、約半数のチームがスタートの約40分前に地点に到着した(通常は2時間前)。遅刻気味に慌ただしくスタートの準備をすすめるそれらのチームを横目に、ユンボ・ヴィスマはいち早く到着してスタートサインを済ませ、ローラー台にバイクをセット。ウォームアップを始めていた。

マイヨジョーヌのプリモシュ・ログリッチを始め、ワウト・ファンアールトも、ロバート・ヘーシンクも念入りにスピニングする光景が見られた。しかし勝負どころは後半のはずだ。

この日は21kmの下りニュートラル区間を経てのスタート。気温は20℃と低くはないものの約1,500mを下るダウンヒルで身体は冷える。その後の0kmアタックでライバルチームの攻勢が無いとは限らない。リードするチームはいつでも奇襲攻撃に備えておく必要がある。ユンボ・ヴィズマには隙がない。

プラトー・デ・グリエールに詰めかけた観客の子どもたち。振るのはオートサヴォワ地方の旗プラトー・デ・グリエールに詰めかけた観客の子どもたち。振るのはオートサヴォワ地方の旗 photo:Makoto.AYANO
イネオス・グレナディアーズのオフロードカーが走るイネオス・グレナディアーズのオフロードカーが走る photo:Makoto.AYANOプラトー・デ・グリエールの観戦エリアはソーシャルディスタンスでプラトー・デ・グリエールの観戦エリアはソーシャルディスタンスで photo:Makoto.AYANO


ステージの話題は今日の最後の超級山岳、グラベルのプラトー・デ・グリエールだ。なだらかな高原のスキー場周辺を貫く未舗装路はわずか1.8kmの距離ながらレースを左右しかねないリスクがある。各チームが乗るバイクのスペックは各メカニックに確認したところ、通常ステージととくに変更点は無し。NTTプロサイクリングは旧モデルのバイクも揃えてスペアバイクの台数を増し、多くのチームはサポートスタッフがホイール持参してグラベル終盤の路肩に立つ準備をするとのこと。むしろ舗装区間の急勾配に備えた低いギア比も重要だという。

このグラベルが2年前に登場したときも話題にはなったが、フィニッシュから遠かったため重要な動きは生じにくかった。しかし今回はこの区間を越えて下ってのフィニッシュまでが30kmしかなく、決定的な違いがでる。

白い道のグラベル区間は「見た目はストラーデビアンケのようだが、もっと荒れている」とは同レース2度の覇者にして今日の勝者ミハウ・クフィアトコフスキ(イネオス・グレナディアーズ)。セップ・クス(ユンボ・ヴィスマ)は「下見ライドをした際よりも今日はもっと荒れていた」とレース後に話した。完全ドライで迎えたこの日、関係車両が通過するたびに巻き上げる砂塵が白い煙幕となり、路面は確かに硬く、細かな石がより尖って見えた。

超級山岳プラトー・デ・グリエールの路面は硬く細かな白い砂利道超級山岳プラトー・デ・グリエールの路面は硬く細かな白い砂利道 photo:Makoto.AYANO
プラトー・デ・グリエールの観戦エリアには子どもたちがいっぱいプラトー・デ・グリエールの観戦エリアには子どもたちがいっぱい photo:Makoto.AYANOタデイ・ポガチャルとユンボ・ヴィズマの応援旗を振るスロベニア人ファンタデイ・ポガチャルとユンボ・ヴィズマの応援旗を振るスロベニア人ファン photo:Makoto.AYANO

 
頂上付近には大勢の観客が詰めかけた。観戦エリアが設置され、大型モニターでのライブ中継も流される。子どもたちの団体が多く、まるでパブリック・ビューイング会場のよう。頂上付近に翻った無数の赤十字の旗はスイス国旗ではなくオートサヴォワの地方旗だ。

スロベニアの旗を翻すファンが見る間に多くなってきたことでパリが近づいたことを実感する。スロベニア人ファンが多い理由は何台もバスをチャーターして観戦に来たとのこと。もちろんパリまで帯同するし、シャンゼリゼでスロベニア人によるツール制覇を見届けたいファン専用のチャーター機の準備も進んでいるそうだ。

ミハウ・クフィアトコフスキとリチャル・カラパスのイネオスコンビが未舗装区間を逃げるミハウ・クフィアトコフスキとリチャル・カラパスのイネオスコンビが未舗装区間を逃げる photo:Makoto.AYANO
白い未舗装路をたった2人で突き進んだのはイネオス・グレナディアーズのクフィアトコフスキとリチャル・カラパス。後続との十分な差を持ってグラベルをクリアし、フィニッシュへと向かった。2人には勝利を祝福する時間はたっぷりあった。昨日までの数日間、カラパスはステージ勝利へ向けてトライを続けたが実らなかった。しかしそれがようやく成功した。

カラパスは山岳ポイントを、クフィアトはステージ勝利を。喜びを分かち合いながらのフィニッシュは、予定された先着順で。乱入者が間違いを起こす?というハラハラ感のおまけ付き。ポーランドの働き者がエクアドル人のジロ勝者と逃げ切っての同時ワン・ツーフィニッシュ。ベルナルが去って寂しい存在になりかけたイネオス・グレナディアースを救う勝利だ。

チームメイト同士の争わないワン・ツーフィニッシュ。過去のツールではベルナール・イノーとグレッグ・レモンによるラルプデュエズでの同じようなシーンがあまりにも有名だが、それは2人の笑顔の裏にエースの座を争う確執と不信が潜んでいた。しかしクフィアトとカラパスにはそれが無い。お互いを祝福し、チームの勝利を祝福する喜びに満ちていたのは疑いようもない。

手を取り合ってフィニッシュするリチャル・カラパス(エクアドル、イネオス・グレナディアーズ)とミハウ・クフィアトコフスキ(ポーランド、イネオス・グレナディアーズ)手を取り合ってフィニッシュするリチャル・カラパス(エクアドル、イネオス・グレナディアーズ)とミハウ・クフィアトコフスキ(ポーランド、イネオス・グレナディアーズ) photo:Luca Bettini
フィニッシュ後に抱き合うリチャル・カラパス(エクアドル、イネオス・グレナディアーズ)とミハウ・クフィアトコフスキ(ポーランド、イネオス・グレナディアーズ)フィニッシュ後に抱き合うリチャル・カラパス(エクアドル、イネオス・グレナディアーズ)とミハウ・クフィアトコフスキ(ポーランド、イネオス・グレナディアーズ) photo:Luca Bettini
ステージ勝利に目標を切り替えざるを得なかったチームが待ち望んだ勝利。カラパスの山岳賞ジャージも達成し、この日の2つの目標が一気に実現した。

元世界選手権王者にしてワンデイクラシックに強いクフィアトは、グランツールでは徹底したチームのアシストだった。チームスカイ〜イネオスでフルームとトーマス、そしてベルナルのツール制覇に貢献し、今年は苦しんだ昨年覇者に寄り添ってサポートした。ツールでは自身の勝利を求めず、いつでも自身を犠牲にして献身的にエースをアシストしてきた。その貢献ぶりは「疲れを知らないアシスト」とも形容される。それが、初めて自分で味わう勝利だ。

クフィアトは「これはチームの、僕の家族の、信じ続けてくれたファンの、そして僕が一生忘れられないだろう勝利だ。ありがとうカラパス、イネオス・グレナディアース」と勝利後にツイートする。スカイ=イネオスのグランツール黄金時代を築いた影の功労者であることは皆が知っている。そんなクフィアトの勝利に祝福の声が止まらない。

遡ってクイックステップ時代にもサポートしてもらったマーク・カヴェンディッシュ(現バーレーン・マクラーレン)も祝福する。「僕の経験では、クフィアトは幾つもの自身の勝利の機会を犠牲にして、他者の勝利をサポートしてきた。バイクに乗っても乗っていなくても彼ほどいいヤツは他に居ないし、今日のレースは観ていて美しくて感情的になったよ。友よ、おめでとう!」。

プラトー・デ・グリエールの未舗装区間を走るマイヨジョーヌのプリモシュ・ログリッチプラトー・デ・グリエールの未舗装区間を走るマイヨジョーヌのプリモシュ・ログリッチ photo:Makoto.AYANO
プラトー・デ・グリエールの未舗装区間を走るタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)プラトー・デ・グリエールの未舗装区間を走るタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ) photo:Makoto.AYANO
ステージ勝利を譲ったカラパスは今年からのイネオスの新顔だ。しかしクフィアトへのリスペクトは知っている。そして自らのミッションだった山岳賞ジャージの獲得という別の目標を達成した。

カラパスは言う「この日の目標はステージ優勝と、僕が水玉ジャージに近いのも知っていた。それらが今日のチームのゴールになっていた。それが、すごくうまくいった。ここまでの数日追い求めていたものが、今日は両方とも一気にやってきた。ふたつの勝利をやっとじっくり味わうことができるよ」。

2人それぞれの目標を達成し、誰しもをハッピーにしてくれる勝利。イネオスがイエローの次に目指すは赤い水玉の確保。目標としたマイヨジョーヌには変えられないが、チームの大きな救いになった。そしてそれをこれからアシストとして支えることをクフィアトは宣言。

そして記者会見の最後には今春に急逝したNICO=故ニコラ・ポルタル監督への言葉で締めくくり、ツイッターでもNICOへ捧げると投稿。言葉を詰まらせながら話すクフィアト。「僕らはニコなしで生きていかなくちゃならない。チームが成功しようが、失敗しようが、僕らは彼を忘れることがない。僕らがどれだけ彼のことを想っていることか。彼も今日起こったことを喜んでくれていると思う。彼が勇気づけてくれる。この勝利はニコへ捧げる」。

前輪がパンクした状態で未舗装区間を走るリッチー・ポート(オーストラリア、トレック・セガフレード) 前輪がパンクした状態で未舗装区間を走るリッチー・ポート(オーストラリア、トレック・セガフレード) photo:Makoto.AYANO
超級山岳プラトー・デ・グリエールでメイン集団から遅れたリゴベルト・ウラン(コロンビア、EFプロサイクリング)超級山岳プラトー・デ・グリエールでメイン集団から遅れたリゴベルト・ウラン(コロンビア、EFプロサイクリング) photo:Makoto.AYANO
獲得標高差が最大という難関山岳ステージでのマイヨジョーヌを巡る争いもマスドスタートでは最後。プラトー・デ・グリエール峠頂上へ向けてのポガチャルの繰り返すアタックにも離されない安定感を見せたログリッチ。逆にグラベル区間ではアタックし、ポガチャル含めたライバルたちが離された。

そしてまとまってのフィニッシュではアシストに徹したワウト・ファンアールトのスプリントで締めくくり、3位のボーナスポイントをポガチャルに絶対に取らせないという徹底ぶりを見せた。ログリッチ自身も4位に入りその必要さえなかったとしても。ユンボ・ヴィスマはセップ・クスもログリッチの近くにとどまり続け、トラブルの際のホイール提供に備えるというチーム力の充実ぶりを見せた。

これで山岳ステージを終え、ログリッチはここまでどの山岳でも遅れる気配さえ見せず、必要なら加速してみせた。ポガチャルとの差57秒はトラブルさえ無ければ盤石・安泰ということを実証。残す正念場は第20ステージの個人タイムトライアルのみ。

プラトー・デ・グリエールを行く集団プラトー・デ・グリエールを行く集団 photo:Makoto.AYANO
プラトー・デ・グリエールのグラベル区間の登りをこなす集団プラトー・デ・グリエールのグラベル区間の登りをこなす集団 photo:Makoto.AYANO
そしてこの日ユンボ・ヴィスマの周辺を騒がせていたのはメーリン・ゼーマン監督のレース除外処分だ。昨ステージのレース後のUCIによる車両検査において検査官が「モータードーピング」検査の目的でログリッチのレースバイクのクランクを取り外した際に傷つけてしまい、それに怒ったゼーマン氏が乱暴な言葉を使ってしまったことで2,000ユーロの罰金とレースからの除外を宣告されたのだ。チームと本人は後になって謝罪のコメントを発表したが、指揮を執る重要な監督のひとりがレースを去ってしまった。

ユンボ・ヴィスマは罰金総額4,700スイスフランで参加チーム中の罰金額トップに(次点はモビスターの2,900スイスフラン。ちなみにロット・スーダル、NTT、トレックは罰金歴無し)。

ともあれユンボ・ヴィスマにとって最大の山場は乗り切った。山岳でのアシストが役割のクスは「今日レースの最後に監督が、”クス、君のツールは今日終わったね”と冗談で言ってきたんだ」と笑った。

対して、峠の頂上を越えてグラベル区間に入るやいなやパンクしたのがリッチー・ポート(トレック、セガフレード)だった。ポートはサポートカーが上がってくるまでパンクしたまま走り続け、交換してからは10km近い独走で追走。しかしファンアールトとドゥムランの2人のアシストをログリッチの元に戻そうというユンボ・ヴィスマの働きに助けられて前方集団復帰を果たした。パンクトラブルで総合順位を落とすことは避けられた。

エリア・ヴィヴィアーニ(コフィディス)がメカニックサポートを受けるエリア・ヴィヴィアーニ(コフィディス)がメカニックサポートを受ける photo:Makoto.AYANO
このことでツールの最終週にグラベルは必要か?という議論が再加熱する。クフィアトコウスキは言う。「見た目のイメージはいいし、良し悪しを言うのは難しいけれど、アタックするポイントじゃない。もし今日ボクかリチャル(カラパス)のどちらかがトラブルが原因でレースを失ったら残念だね。なにしろ僕らは一日中ハードなレースをしていたから。僕らはただそこ(グラベル)を難無く通り過ぎたかっただけ」。

クスは「グラベル区間は本当に過酷で、脚は(18日間走って)すでに終わっているのに、そのうえでそれぞれの仕事をしなきゃならない。それは辛いよ。もしここで何かトラブルが起こったら、とくにツールの最終盤でなら、とても残念なことになる」。

マシュー・ホワイト監督(ミッチェルトン・スコット)は「グラベルはパリ〜ルーベの石畳のように、すでにこのスポーツの一部。多すぎないなら、あっていいだろうね」と容認するコメント。

その日の夜はアスタナと同じホテルに同宿した。通常はレース後3時間程度で終える洗車やメンテナンスの仕事が、この日は真夜中まで続いていた。

作業中のメカニックに話を聞くと「今日はタイヤやホイールも特別なものを使ったわけじゃないし、砂やホコリは洗い流すのにそんなに手間じゃないね。でもディスクブレーキ周りの洗浄は念入りにしているよ。雨にならなかったのは幸い。あのグラベルが泥になったら、とんでもないことになったかもしれない。なにしろステージとも、総合争いとも、レースを決める大事なポイントだったから」と話す。

アスタナのメカニシャンが未舗装路走行で傷んだバイクをメンテナンスするアスタナのメカニシャンが未舗装路走行で傷んだバイクをメンテナンスする photo:Makoto.AYANO
砂塵を噛んだディスクパッドを清掃する砂塵を噛んだディスクパッドを清掃する photo:Makoto.AYANO
第20ステージで使用するTTバイクの準備も進んでいた第20ステージで使用するTTバイクの準備も進んでいた photo:Makoto.AYANO
そして整備をしながら、翌々日の個人タイムトライアルのための機材準備にも入っていた。「今日は身体が2つ欲しいね」と笑いながら、作業は23時まで続いていた。

text&photo:Makoto AYANO in FRANCE

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