PCR検査を経て陰性が確認されたプロトンは2週めへ向けスタート。島から島への平坦なステージは、風による分断を警戒するプロトンの動きが落車を頻発させた。勝利したサム・ベネットはインタビューで大泣き。その姿が大きな共感を呼んだ。



スタート前にグータッチを交わすペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)とプリモシュ・ログリッチ(スロベニア、ユンボ・ヴィスマ)スタート前にグータッチを交わすペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)とプリモシュ・ログリッチ(スロベニア、ユンボ・ヴィスマ) photo:CorVos
ピレネーから約400kmを北上する移動を経ての休息日に、選手やチームスタッフらレースバブルに属する関係者たち841名が受けたPCR検査。その結果が出るのがレーススタート前の10時半。ちょうど各チームがスタート地点へ向けて移動する時間に色々なフェイクニュースが流れたが、結果は選手全員が陰性というもの。4チームのスタッフに各一人づつ新型コロナウイルス陽性が出たが、スタッフを含む2名の新型コロナウイルス陽性者が出た場合にチームごと撤退しなければならないという「ツー・ストライク、チームアウト」ルールにはあたらず、撤去すべきチームもなくツールは前進することに。

逃げるミヒャエル・シェアーとシュテファン・キュングを尻文字で応援逃げるミヒャエル・シェアーとシュテファン・キュングを尻文字で応援 photo:Makoto.AYANO
しかし遅れて発表されたのは大会ディレクターのクリスティアン・プリュドム氏の陽性だった。大会の顔として多くの人に接するプリュドム氏はレースバブルには含まれておらず、8月には3度の自主検査を受けており、4度目の検査の結果で陽性が判明。無症状とのこと。

「昨日の検査で陽性になったことをさっき聞かされました。私は元気ですが、8日間ツールを離れます。15年ぶりにTVでツールを観ることにします。私にとってもっとも重要なのは、選手の誰一人陽性ではなかったこと。」と語るプリュドム氏が戻ってくるのは第17ステージだ。そして2日前にプリュドム氏と2時間クルマに同乗したカステックス首相も自主隔離し、PCR検査を受けることになるという。プリュドム氏が不在となる間、大会ディレクターの代わりには第3カーに乗っていた、パリ〜ニースで同役を務めた経験のあるフランソワ・ラマルシャン氏が務めることに。

スイスコンビのシュテファン・キュング(スイス、グルパマFDJ)とミヒャエル・シェアー(スイス、CCCチーム)が逃げるスイスコンビのシュテファン・キュング(スイス、グルパマFDJ)とミヒャエル・シェアー(スイス、CCCチーム)が逃げる photo:Makoto.AYANO
選手の陽性者無し、除外チーム無しという吉報と、大会ディレクターの陽性という衝撃の未確認ニュースが飛び交う混乱のなか、レースはスタート。プリュドム氏陽性についてのツール公式のリリースが出されたのはまさにスタート時間間際のことだった。無駄なゴシップを避けるためか、慎重を期した表現で説明がされていた。

オレロン島から全長3,027mのオレロン島橋を渡って一旦フランス本土に渡り、海岸線やスードル川が作り出した平原を走り、全長2,926mのレ島橋を渡ってレ島へ。フランス本土と橋でつながる島から島への平坦レース。最初の橋で飛び出したのはミヒャエル・シェアー(スイス、CCCチーム)とシュテファン・キュング(スイス、グルパマFDJ)。ともに元BMCレーシングのチームメイトであり、大の仲良しとして知られるスイスの2人。

「シュテファン」と「ミッチ」の逃げはSMSで申し合わせたものだった。「(今日は)どう思う?一緒にトライしないか?」ってテキストメッセージが送られてきたんだ。今日のような日は緊張感のあるレースになるはず。お互いのチームに総合順位を争う選手はいないし、スプリンターもいないから、と。「もちろん。プロトンにいるよりも逃げた方が(レースの)ストレスが少ないだろう」って返したんだ(キュング)。

シャラント=マリティム県の田舎町を通過シャラント=マリティム県の田舎町を通過 photo:Makoto.AYANO
獲得標高700mという今大会中もっとも平坦なステージ。2人の逃げは容認されるも、海風での集団分断を警戒し、風があれば分断を図ろうとする集団のスピードが緩むことはなかった。2人が吸収されてからは 数え切れないほどの落車が続いた。

落車で遅れたニコラス・ロッシュ(アイルランド、サンウェブ)が集団を追う落車で遅れたニコラス・ロッシュ(アイルランド、サンウェブ)が集団を追う photo:Makoto.AYANO
早朝にEFプロサイクリングのジョナサン・ヴォーターズGMが「今日のルートは信じられないくらい危険だ。25人の集団なら、あるいは1908年のレースで各選手に20分ぐらいタイム差があればいいんだろうけど、そうじゃない」とツィート。その注意喚起どおり落車が頻発する。海沿いの道は狭く、細かく曲がり、ロンポワン(旋回式交差点)も多い。第7ステージの追い風による集団分断の記憶が新しい選手たちは気の緩む時間のない一日に。

横風吹くレ島橋を渡ってレ島へ横風吹くレ島橋を渡ってレ島へ photo:Kei Tsuji
海上の吹きっさらしの風を受ける、小山のような高度差のあるレ島橋を渡るときは予想された集団分断は起きず。絞られた集団でのスプリントはミケル・モルコフにリードアウトされたサム・ベネット(アイルランド、ドゥクーニンク・クイックステップ)がついに勝利を掴んだ。休息日明けステージに必ず勝つというジンクスをもつカレブ・ユアン(ロット・スーダル)とのハンドルの投げ合い勝負を寸差で制した。最終発射台モルコフは「最後の1kmに自信があった。どのコーナーもトリッキーだったけど、今サムを勝たせるという仕事を果たせたよ」と言う。

ハンドルを投げあうサム・ベネット(アイルランド、ドゥクーニンク・クイックステップ)とカレブ・ユアン(オーストラリア、ロット・スーダル) ハンドルを投げあうサム・ベネット(アイルランド、ドゥクーニンク・クイックステップ)とカレブ・ユアン(オーストラリア、ロット・スーダル) photo:Makoto.AYANO
ジロ、ツール、ブエルタの3つのグランツールすべてでステージ優勝を挙げるという「GT勝利クラブ」入りしたベネットの、キャリア最大、待望の勝利。これまで第1週には多くのチャンスが有った。第1ステージ4位、第3ステージ2位、第5ステージ3位と可能性を示してきたが、勝利には届かなかった。

接戦スプリントを制したサム・ベネット(アイルランド、ドゥクーニンク・クイックステップ) 接戦スプリントを制したサム・ベネット(アイルランド、ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:Makoto.AYANO
ベネットは昨年までボーラ・ハンスグローエの選手で、今季よりドゥクーニンク・クイックステップに移籍した。2018年のジロで3勝しても2018、2019年のツールメンバーに選ばれなかったのは、同チームにペテル・サガンが居ることで、スプリンターとしてダブることを嫌う戦術上のツール不選出が続いたのだ。もちろんサガンのマイヨヴェール獲得はボーラにとって近年で最大の目標であり、そこにベネットの入る余地はなかったことがドゥクーニンクへの移籍の決め手となり、そして今年のツール出場につながった。2020年ツールへの出場はベネットが移籍の際の条件としたもっとも大きな目標だった。

サム・ベネット(アイルランド)を祝福するミケル・モルコフ(デンマーク)サム・ベネット(アイルランド)を祝福するミケル・モルコフ(デンマーク) photo:CorVos
サム・ベネットの勝利に貢献したドゥクーニンク・クイックステップのアシストたちサム・ベネットの勝利に貢献したドゥクーニンク・クイックステップのアシストたち photo:Makoto.AYANO
「ずっとツール・ド・フランスでのステージ優勝を夢見てきた。果たしてそれがどんなものなのか想像さえできなかった。一生勝てないんじゃないかとも思った。勝てたんだ! 妻に、すべてのチームメイトに、特にこの機会を与えてくれたパトリック(ルフェーブルGM)に感謝している」 感極まって突然に涙が溢れ、むせぶベネット。その感情的な様子がツールでの勝利がどれだけ大きなことか、待ち望んだことかを物語っている。

子供のような泣きっ面のインタビューの様子は多くの共感を呼んだ。アイルランド首相官邸もSNSでステファン・ロッシュやショーン・ケリー、ダニエル・マーティンらアイルランド人のツール成功者に名前を連ねたことを祝うメッセージを投稿。

ステージ勝利を喜ぶサム・ベネット(アイルランド、ドゥクーニンク・クイックステップ)ステージ勝利を喜ぶサム・ベネット(アイルランド、ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:Makoto.AYANO
ウィルフリード・ピーテルス監督は「彼はすごく感情的になっていたね。彼はときどき自分に自信が持てない、自信が必要な男の子なんだ。100%のサポートを受けて証明したね」。ルーク・ロウ(イネオス・グレナディアーズ)は「”Sambo(サンボ)”がインタビューに答えようとしてるのに、玉ねぎを切ってたヤツがいるとは本当に失礼だな! 真面目な話、彼を誇りに思うよ」とツィート。元チームメイトからも暖かな祝福の言葉が寄せられた。

注目はサガンとのマイヨヴェール争いだ。中間スプリントはサガンが2位で先着、ベネットは3位だがスプリントは控えめに、脚を温存した。5日前にベネットが着たマイヨヴェールをサガンから取り戻すには、ステージ勝利が必要だった。

サガンは言う「ずっと向かい風、ときどき横風の吹くストレスいっぱいの日だった。そしてすごくとっ散らかったスプリントだった。3位だったけど、まだツールは折り返し点にすぎず、グリーンジャージを取り戻すチャンスはまだあるよ」。

サガンは順位から見るに徐々に調子を上げているが、勝利はまだ無い。アップダウンのあるステージではベネットよりも登れることで中間スプリントはサガンとボーラがより集めていくことができそうだが、明日の第11ステージでのスプリント次第でベネットに可能性が出てくる。パリでマイヨヴェールを着ているのはサガンかベネットか? ポイント争いは非常にホットだ。

落車で身体じゅうに怪我を負ったダヴィデ・フォルモロ(イタリア、UAEチームエミレーツ)落車で身体じゅうに怪我を負ったダヴィデ・フォルモロ(イタリア、UAEチームエミレーツ) photo:Makoto.AYANO
ミハウ・クフィアトコフスキ(イネオス・グレナディアーズ)は危険いっぱいの一日を「今日はすごいクリテリウムだった。平坦だからと言ってイージーとは限らないね」とレース後に一言。集団落車の餌食になったのはギョーム・マルタン(コフィディス)、ブライアン・コカール(B&Bホテルズ・ヴィタルコンセプト)、タデイ・ポガチャル&ダヴィデ・フォルモロ(UAEチームエミレーツ)、エドヴァルド・ボアッソンハーゲン(NTTプロサイクリング)、ニコラス・ロッシュ(サンウェブ)etc...と数え切れない。

幸い総合勢の争いで大きな変動は無し。しかしフォルモロは鎖骨骨折が判明してレースを去ることに。すぐに手術を受け、5〜6週後にレースに戻り、変動シーズン終盤の「秋のアルデンヌクラシック」でレースカムバックを目指すという。UAEチームエミレーツにとってファビオ・アルのリタイアに続き、ポガチャルをアシストできる選手がまた居なくなったのは大きな痛手だ。

マイヨブランのエガン・ベルナル(コロンビア、イネオス・グレナディアーズ)。髪型に注目マイヨブランのエガン・ベルナル(コロンビア、イネオス・グレナディアーズ)。髪型に注目 photo:Makoto.AYANO
表彰式で観客たちの笑いをとったのはエガン・ベルナルの髪型。青く剃り上げた、できそこないのツーブロックのような髪に皆の目が釘付けとなった。

「昨日の休息日は時間があったから自分で髪を切ったんだ。正直に言うと、片側を切りすぎて、結局は大部分を剃らなきゃいけなくなった。ちょっと失敗だった」と語るベルナル。ツールのディフェンディングチャンピオンでありながら笑いを取ることでチームの緊張感を無くそうというのか、自身のプレッシャーを取り除く手段なのか? はたしてそれが「素」な行為なのかは謎だ。

text&photo:Makoto AYANO in La Rochelle FRANCE
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