2020/08/30(日) - 17:28
ニースから走り出したツール。レッドゾーンのコート・ダジュールに踏み込んでみると、待っていたのは雨とスケートリンクのように滑る路面だった。半数近い選手が落車し、負傷。選手たちが自主ニュートラルで危険を回避する動きもみせた。
選手とチーム関係者以チームパドックへは立ち入りは禁止だ photo:Makoto.AYANO
新型コロナの感染拡大「レッドゾーン」に入ったニースで、ツールはグランデパールを迎えた。昨日お伝えした「選手2人の陽性でチームは除外」の”緩和されたツーストライク”ルールが、第1ステージの朝になって変更、当初提案されていたとおり「連続する7日間に選手・スタッフを含むチーム関係者に2人の陽性が出れば大会から除外」に引き戻された。
そしてフランススポーツ省の大臣や政府関係者がニース入りし、この先の大会の継続可否は国が判断することが発表された。ステージが通る各県の感染状況を鑑みて、観客数の制限などの対策を行っていくという。
チームバスの並ぶパドック。関係者以外の立ち入りが禁じられた「レースバブル」だ photo:Makoto.AYANO
スタートを待つチームバスエリア「パドック」への立ち入りは原則選手と関係者、組織委員会の「レースバブル」に属する者のみ。行ってみると、入り口でシャットアウト。しかしその脇のバリア外の通行は可能で、我々メディア関係者もそこを移動してチームバスエリアを外から眺める。中の人たちに話しかけることは距離をとっていればできる。顔見知りの選手やスタッフとは手を挙げての挨拶。
ミッチェルトン・スコットに移籍したブレント・コープランド氏が元チームメイトと手を突き合わせる挨拶 photo:Makoto.AYANO
ミッチェルトン・スコットに移籍したブレント・コープランド氏が、昨年までGMとして率いたバーレーン・マクラーレンのチームバスを訪れて皆に挨拶。スキンシップを大事にする欧米人。バブル内は拳の外側でタッチしあう挨拶が交わされる。
パドック脇のカフェで優雅に食事を楽しむ photo:Makoto.AYANO
パドックの外はカフェの並ぶ通りだ。カフェは通常営業しており、優雅にお茶しながら準備をすすめる選手の様子を眺められるのは観客数が少ないからだ。いつもの人垣や雑踏はなく、移動するにも苦労は無い。
ミヒャエル・シェアー(CCCチーム)がスタート前にくつろぐ photo:Makoto.AYANO
他チームの監督と話し合うマシュー・ヘイマン監督 photo:Makoto.AYANO
ヨーロッパチャンピオンのジャコモ・ニッツォーロ(NTTプロサイクリング)は着れないイタリアチャンプジャージの代わりにバイクにトリコローレをあしらった photo:Makoto.AYANO
「Nice」洒落たマスクを付けたボーラ・ハンスグローエのスタッフ photo:Makoto.AYANO
グランデパールのセレモニーも代表撮影のフォトグラファーのみで撮影できないため、先行してコースに出る。沿道の人は少なく、今まで経験した中でもっとも寂しいグランデパールだ。
エガン・ベルナル(イネオス・グレナディアーズ)は沿道のファンにピースサイン photo:Makoto.AYANO
しかしツール好きの観客の姿は変わらない。キャラバングッズのTシャツやゲットした応援グッズを身に着け、プロトンの通過を待つ。パリ〜ニースが毎年訪れる周辺だけにレースを見慣れた地元観客が多いのだろう。小さな輪を2周、大きな輪を1周するコース。路上に出ると人は少ないが、町単位で歓迎ムードたっぷりだ。
ニース周辺の典型的な山村風景が続く photo:Makoto.AYANO
雨の降るなか山岳地の村を通過するプロトン photo:Makoto.AYANO
それにしても山に入ると通過する村々の美しさに息を呑む。斜面に点在するコミューン(小さな自治体)、可愛い天空都市のような古い町が点在し、霧がかかる山水画のような天気のなかで素晴らしい景観が楽しめる。しかし警告されていたとおり雨が降り出す。コートダジュールの群青色の空が広がる南仏ニースのイメージから一転、ほぼ一ヶ月ぶりの雨だそうだ。ずっと降らない日が続いたのに、祝福すべきツール開幕のときに降るという意地の悪さ。
マスクを着用、おそろいの合羽を着たファンたち photo:Makoto.AYANO
沿道のファン photo:Makoto.AYANO
悪魔おじさん発見。「サイタマ〜サイタマ〜!」とマスクの下で騒ぐ photo:Makoto.AYANO
沿道を走りながら撮影場所を探すのに、暑いからとマスクを下げていると迂闊にも警備員に注意されてしまう。厳しいお達しが出ているようだ。
山岳ポイント脇のカフェで観戦するイスラエルサイクリングアカデミー創始者シルヴァン・アダムス氏 photo:Makoto.AYANO
通過する街のカフェでイスラエルサイクリングアカデミーの創始者、シルヴァン・アダムス氏が地元の人達と一緒になってスマホでレースを観戦しているところを発見。しばし一緒に楽しませてもらう。自身もマスターズのチャンピオンになるほど自転車レースが好き。情熱的で、仲良くなると「一緒に写真撮ろう!」と。クリス・フルームを獲得したことについても話ができた。フルームの信頼を勝ち得たのは、このオープンなフレンドリーさと、口説き落としたに違いないその熱さだろうと思えた。
山岳の村を通過するミヒャエル・シェアー(CCCチーム)ら3人の逃げ photo:Makoto.AYANO
雨が降り出すと落車が次々と起こった。久々に降った雨はクルマのオイルや路上の塵やゴミ、周囲のオリーブ畑のオイルが路面に流れることでどこでも滑る状況。クルマのタイヤも滑る。レースコンボイの前には大型の清掃車が走り、ブラシで路面のゴミを掃除していたのは確認している。しかしそれも効き目がなかったようだ。
何度も落車したパヴェル・シヴァコフ(イネオス・グレナディアーズ) photo:Makoto.AYANO
あまりに頻発する落車に、イニシアティブをとって集団のペースを落とさせたのはユンボ・ヴィズマのトニー・マルティンとプリモシュ・ログリッチだ。集団の前に出てゼスチャーでペースを落とすよう呼びかけ、他の選手たちもこれに合意。下りは自主的にニュートラルとなった。今年のプロトンには若いチャンピオンはいるが、偉大なチャンピオンは居ない。23歳のベルナルは静か。問題に直面すると集団のコントロールをするのは尊敬を集めるチャンピオンの役割。しかしそうした役割を果たせる選手が居ない中で、選手たちが自主的に危険を回避する行動をとった。
落車して大きく遅れたジョン・デゲンコルプ(ドイツ、ロット・スーダル) photo:Makoto.AYANO
痛みに苦しむジョージ・ベネット(ニュージーランド、ユンボ・ヴィスマ) (c)CorVos
しかしそれでも落車は発生し続けた。下りをやり過ごし、フィニッシュまで残り25kmの真っ直ぐな平坦路。審判団からは「ラスト3kmでタイムを計測」という通達があった。つまり総合成績はラスト3km地点でのタイムとなり、あとは順位だけを争うニュートラリゼーションにということ。
雨で滑りやすく危険なコーナーをスローダウンして下る選手たち photo:Makoto.AYANO
ミッチェルトン・スコットのマシュー・ホワイト監督は言う。「審判団の判断は良かった。レースをニュートラルにしたかったんだけれど、選手全員は同意しなかったね」と。そこからの勝利争いでで危険が減ったわけではなく、むしろニース市街に向かう路上はもっと滑りやすいスケートリンクのような状態になっていた。
コーナーは慎重を期してもスリップするほど路面は滑りやすかった (c)CorVos
ワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィズマ)は「オイルと石鹸の泡がそこらじゅうにあった。落車したとき、何もなすすべが無かったんだ。フィニッシュでスプリントが出来なかったのは怖かったから」。マキシミリアン・ヴァルシャイド(NTTプロサイクリング)は「人生でこんなにもたくさんの落車を見たことがないよ」。
雨でニースの海岸通りはスケートリンクのような滑りやすい状態に (c)CorVos
また、ドメニコ・ポッツォヴィーボ(NTTプロサイクリング)は20人規模の落車の原因になったのが観客のせいだとSNSで批判した。バリアを乗り越えて手を伸ばしてセルフィーを撮ろうとしていた観客のスマホにポッツォヴィーボのヘルメットがぶつかり、その勢いで落車してしまったという。covid-19対策としても「セルフィー・ゼロ」が呼びかけられているなか起こったアクシデントだ。
この日にかけて早くもチーム関係者の4分の1を失ったのがロット・スーダルだ。フィリップ・ジルベールは落車して負傷しながらもフィニッシュまで自力でたどり着いたが、レース後のMRI検査で2008年のツールのポルト・ダスペ峠で崖下に転落したときと同じく膝蓋骨を骨折していることが判明した。ジョン・デゲンコルプは落車後に65kmをひとりで走り切り、ニースにたどり着いたもののフィニッシュ審判団の前でわずか2分ほど足りずにタイムオーバーで失格となった。
新人賞のマッズ・ピーダスン(デンマーク、トレック・セガフレード) photo:Makoto.AYANO
ミヒャエル・シェアー(CCCチーム)から敢闘賞の花束を受け取ったチームスタッフ photo:Makoto.AYANO
イネオス・グレナディアーズはパヴェル・シヴァコフが早々からの2度の落車で遅れた。シヴァコフはエガン・ベルナルに何かがあったときの「プランB」の3人のリーダー候補。イネオスはひとつの選択肢をなくした。
エガン・ベルナルのイタリアのファンクラブ。一家のみでの応援にやってきた photo:Makoto.AYANO
太陽降り注ぐ南仏ニースの地にひと月以上ぶりに降った雨はレースを大きく変えた。選手たちのとった自衛ニュートラル、そしてUCIの下したフィニッシュまで残り3kmでのタイム計測のストップ。それでも落車で何らか傷ついた選手は全選手の半数に及ぶ勢いだ。
UCI審判団が下りでの危険の際にニュートラルを実行しなかったこと、ラスト3kmの落車についても選手たちに危険を回避させる策を取らなかったことに対して、選手からは批判の声が挙がっている。ツール・ド・ポローニュでのファビオ・ヤコブセンの落車、イル・ロンバルディアでのレムコ・イヴェネプールの落車etc...。レース再開から多くの落車事故が続いていることで、危険対策に対するUCIの無策ぶりに対し、選手たちは不満を募らせているようだ。
text&photo:Makoto AYANO in NICE FRANCE

新型コロナの感染拡大「レッドゾーン」に入ったニースで、ツールはグランデパールを迎えた。昨日お伝えした「選手2人の陽性でチームは除外」の”緩和されたツーストライク”ルールが、第1ステージの朝になって変更、当初提案されていたとおり「連続する7日間に選手・スタッフを含むチーム関係者に2人の陽性が出れば大会から除外」に引き戻された。
そしてフランススポーツ省の大臣や政府関係者がニース入りし、この先の大会の継続可否は国が判断することが発表された。ステージが通る各県の感染状況を鑑みて、観客数の制限などの対策を行っていくという。

スタートを待つチームバスエリア「パドック」への立ち入りは原則選手と関係者、組織委員会の「レースバブル」に属する者のみ。行ってみると、入り口でシャットアウト。しかしその脇のバリア外の通行は可能で、我々メディア関係者もそこを移動してチームバスエリアを外から眺める。中の人たちに話しかけることは距離をとっていればできる。顔見知りの選手やスタッフとは手を挙げての挨拶。

ミッチェルトン・スコットに移籍したブレント・コープランド氏が、昨年までGMとして率いたバーレーン・マクラーレンのチームバスを訪れて皆に挨拶。スキンシップを大事にする欧米人。バブル内は拳の外側でタッチしあう挨拶が交わされる。

パドックの外はカフェの並ぶ通りだ。カフェは通常営業しており、優雅にお茶しながら準備をすすめる選手の様子を眺められるのは観客数が少ないからだ。いつもの人垣や雑踏はなく、移動するにも苦労は無い。




グランデパールのセレモニーも代表撮影のフォトグラファーのみで撮影できないため、先行してコースに出る。沿道の人は少なく、今まで経験した中でもっとも寂しいグランデパールだ。

しかしツール好きの観客の姿は変わらない。キャラバングッズのTシャツやゲットした応援グッズを身に着け、プロトンの通過を待つ。パリ〜ニースが毎年訪れる周辺だけにレースを見慣れた地元観客が多いのだろう。小さな輪を2周、大きな輪を1周するコース。路上に出ると人は少ないが、町単位で歓迎ムードたっぷりだ。


それにしても山に入ると通過する村々の美しさに息を呑む。斜面に点在するコミューン(小さな自治体)、可愛い天空都市のような古い町が点在し、霧がかかる山水画のような天気のなかで素晴らしい景観が楽しめる。しかし警告されていたとおり雨が降り出す。コートダジュールの群青色の空が広がる南仏ニースのイメージから一転、ほぼ一ヶ月ぶりの雨だそうだ。ずっと降らない日が続いたのに、祝福すべきツール開幕のときに降るという意地の悪さ。



沿道を走りながら撮影場所を探すのに、暑いからとマスクを下げていると迂闊にも警備員に注意されてしまう。厳しいお達しが出ているようだ。

通過する街のカフェでイスラエルサイクリングアカデミーの創始者、シルヴァン・アダムス氏が地元の人達と一緒になってスマホでレースを観戦しているところを発見。しばし一緒に楽しませてもらう。自身もマスターズのチャンピオンになるほど自転車レースが好き。情熱的で、仲良くなると「一緒に写真撮ろう!」と。クリス・フルームを獲得したことについても話ができた。フルームの信頼を勝ち得たのは、このオープンなフレンドリーさと、口説き落としたに違いないその熱さだろうと思えた。

雨が降り出すと落車が次々と起こった。久々に降った雨はクルマのオイルや路上の塵やゴミ、周囲のオリーブ畑のオイルが路面に流れることでどこでも滑る状況。クルマのタイヤも滑る。レースコンボイの前には大型の清掃車が走り、ブラシで路面のゴミを掃除していたのは確認している。しかしそれも効き目がなかったようだ。

あまりに頻発する落車に、イニシアティブをとって集団のペースを落とさせたのはユンボ・ヴィズマのトニー・マルティンとプリモシュ・ログリッチだ。集団の前に出てゼスチャーでペースを落とすよう呼びかけ、他の選手たちもこれに合意。下りは自主的にニュートラルとなった。今年のプロトンには若いチャンピオンはいるが、偉大なチャンピオンは居ない。23歳のベルナルは静か。問題に直面すると集団のコントロールをするのは尊敬を集めるチャンピオンの役割。しかしそうした役割を果たせる選手が居ない中で、選手たちが自主的に危険を回避する行動をとった。


しかしそれでも落車は発生し続けた。下りをやり過ごし、フィニッシュまで残り25kmの真っ直ぐな平坦路。審判団からは「ラスト3kmでタイムを計測」という通達があった。つまり総合成績はラスト3km地点でのタイムとなり、あとは順位だけを争うニュートラリゼーションにということ。

ミッチェルトン・スコットのマシュー・ホワイト監督は言う。「審判団の判断は良かった。レースをニュートラルにしたかったんだけれど、選手全員は同意しなかったね」と。そこからの勝利争いでで危険が減ったわけではなく、むしろニース市街に向かう路上はもっと滑りやすいスケートリンクのような状態になっていた。

ワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィズマ)は「オイルと石鹸の泡がそこらじゅうにあった。落車したとき、何もなすすべが無かったんだ。フィニッシュでスプリントが出来なかったのは怖かったから」。マキシミリアン・ヴァルシャイド(NTTプロサイクリング)は「人生でこんなにもたくさんの落車を見たことがないよ」。

また、ドメニコ・ポッツォヴィーボ(NTTプロサイクリング)は20人規模の落車の原因になったのが観客のせいだとSNSで批判した。バリアを乗り越えて手を伸ばしてセルフィーを撮ろうとしていた観客のスマホにポッツォヴィーボのヘルメットがぶつかり、その勢いで落車してしまったという。covid-19対策としても「セルフィー・ゼロ」が呼びかけられているなか起こったアクシデントだ。
この日にかけて早くもチーム関係者の4分の1を失ったのがロット・スーダルだ。フィリップ・ジルベールは落車して負傷しながらもフィニッシュまで自力でたどり着いたが、レース後のMRI検査で2008年のツールのポルト・ダスペ峠で崖下に転落したときと同じく膝蓋骨を骨折していることが判明した。ジョン・デゲンコルプは落車後に65kmをひとりで走り切り、ニースにたどり着いたもののフィニッシュ審判団の前でわずか2分ほど足りずにタイムオーバーで失格となった。


イネオス・グレナディアーズはパヴェル・シヴァコフが早々からの2度の落車で遅れた。シヴァコフはエガン・ベルナルに何かがあったときの「プランB」の3人のリーダー候補。イネオスはひとつの選択肢をなくした。

太陽降り注ぐ南仏ニースの地にひと月以上ぶりに降った雨はレースを大きく変えた。選手たちのとった自衛ニュートラル、そしてUCIの下したフィニッシュまで残り3kmでのタイム計測のストップ。それでも落車で何らか傷ついた選手は全選手の半数に及ぶ勢いだ。
UCI審判団が下りでの危険の際にニュートラルを実行しなかったこと、ラスト3kmの落車についても選手たちに危険を回避させる策を取らなかったことに対して、選手からは批判の声が挙がっている。ツール・ド・ポローニュでのファビオ・ヤコブセンの落車、イル・ロンバルディアでのレムコ・イヴェネプールの落車etc...。レース再開から多くの落車事故が続いていることで、危険対策に対するUCIの無策ぶりに対し、選手たちは不満を募らせているようだ。
text&photo:Makoto AYANO in NICE FRANCE
Amazon.co.jp