2020/01/05(日) - 15:30
UAEチームエミレーツ密着取材記第4弾は、チーム代表であるマウロ・ジャネッティ氏へのインタビューをお届け。ジロ・デ・イタリアでの活躍など成功した2019年を振り返りつつ、新加入選手について、そして2020年について、そして「超強力な選手を金で買い、リーダーに据えるようなことはしない」と言う、知られざるチーム方針を話してもらった。
― 今回は取材の機会を頂きありがとうございます。まずはこのウインターキャンプの目的や意味を教えてもらえますか?
30名の選手を抱える我々は常時2レース、多い時には3レースを世界各地で同時にこなすため、1年全ての選手とスタッフが集結するのは今このタイミングしかありません。新加入選手・スタッフも多いので、より強固なチームワークを築きあげるためにはこのウインターキャンプは非常に重要な意味を持ちます。身体検査や、来シーズン使用する機材やウェア、補給食などソフトグッズのテスト、中長期的なスケジュールの構築と、それに合わせたトレーニングプランの作成を、コーチやトレーナー、フィッター、空力などあらゆる専門分野のスタッフ、そして機材スポンサー/サプライヤーのスタッフたちと共に消化していくのです。
例えばサッカーチームの場合、こういった合宿はあまり必要ではないかもしれません。なぜかと言えば、彼らは常にチームとして全体行動するから。でもサイクリングチーム、特にワールドチームのような大所帯になればそれは不可能です。レースのないシーズンだからといってただのんびりと過ごすわけでは決してありません。
― 2019年のワールドチームランキングを4位で終えるなど成功に終わりましたね。2020年は有力選手が加入しますが、チームに期待することは何でしょうか?
我々は創設初年度から将来を見据えたロングタームプロジェクトを進めています。ガビリアもまだ25歳と若いですし、21歳のジャスパー・フィリプセンとポガチャル、ビョルグ、コヴィ、23歳のオリヴェイラ、25歳のモラノなどなど、ワールドチームの中でも平均年齢が若いことが特徴です。その理由は我々のフィロソフィーでもある、若手を育ててチームを築き上げることにあります。中東スポンサーなので誤解されがちですが、超強力な選手を金で買い、リーダーに据えるようなチーム作りは我々のスタイルではありません。
2019年のワールドチームランキングは4位と好成績でした。我々の総合エースであるアルはまだ不調でポイントを稼ぐことはできませんでしたし、ダン・マーティンも例年通りではありませんでしたが、それでもランキング上位で終えたのはたくさんの選手がそれぞれ勝利を重ねたり、上位入賞を繰り返した結果です。もちろん来年もアル、ポガチャル、クリストフ、ガビリアと複数のエースが在籍しますが、全員が等しく活躍できることが我々の目標であり、誰か1人のエースのために他全員を使い捨てるようなことはしません。そのために若手を育て、全員でチーム目標を共有し、全員一丸となって戦うのです。繰り返しにはなりますが、そのためにもこの冬季合宿は大きな意味を持ちます。
― なるほど。その意味では昨年のジロ・デ・イタリアは大成功だったと言えますね?
その通りです。全日程の半分近くである9日もの間、決して総合エースではないコンティとポランツェによるマリアローザ着用は、我々のフィロソフィーが明確に形となった本当に素晴らしいものでした。しかもそれは偶然でもラッキーでもなく、開幕前から狙っていたものだったことも、成功ぶりに拍車をかけたのです。
ジロ開幕の2ヶ月前にアルの不参戦が決まり、さらにガビリアも膝のトラブルでトップコンディションではありませんでした。そこで我々は目標をマリアローザ着用に切り替え、様々な要素を考えながらチャンスを狙ったのです。GMのマチンはコンティに「マリアローザを狙おう」と伝えましたが、コンティ自身も当初は意味が分からなかったそうです。
「いやいや、最終的な総合表彰台は無理でも途中でローザを着るチャンスが君にはあるんだ。このステージはスプリンターには厳しすぎるし、総合成績が決まるほどハードじゃない。だから誰もプロトンをコントロールせず大逃げが決まる可能性がある。だから君が逃げに乗ってローザを狙え。他のチームメイトが集団を抑えるから」とね。
開幕初日からコンティはマリアローザ獲得に向けて動き、監督陣も途中の状況変化に対応しながら的確な指示を出しました。その日も序盤のアタック合戦の中、「あの選手は行かせてはダメだから全員で吸収しろ」「あのグループにはついていけ」と細かく指示を出しました。結果的に逃げ切りが決まり、ステージ優勝こそ逃したもののマリアローザを獲得。身体的にも、精神的にも、作戦も、そして下準備など全要素が噛み合った瞬間でした。とても嬉しかったですね。
― 具体的な2020年の目標は?
ランプレの頃から、常にワールドランキングで6,7位に食い込むことを目標としていましたが、昨年は4位。なのでチームランキングというよりか、より勝利数を重ね、より重要度の高いレースで勝つことが大切です。チームとして第2フェーズに入ったと言えるでしょう。
例えばチームにとって非常に重要なツール・ド・フランス。今年は上位入賞こそできましたがステージ優勝は叶いませんでした。2019年のシーズン勝利数は29勝ですが、これを40勝に上げていくことも目標に据えています。
― やはり注目されるのはポガチャルですね。今年はワールドチーム初年度ながらブエルタでステージ3勝、総合3位とヤングライダー賞獲得など活躍しました。来年はマイヨジョーヌを狙うのでしょうか?それともまだ時期尚早ですか?
彼は彼自身でも驚くほど成功したシーズンを終えました。間違いなく近い将来グランツールを獲る選手ですし、我々もそれに向けてサポートしています。ただしまだ21歳と若いので、今はプレッシャーをかけることなく、常に自由にレースを楽しんでほしいと伝えています。他にもアヴィラ、マクナルティなど有望な若手クライマーが在籍しており、我々は彼らの可能性を信じています。
― ポガチャルやイヴェネプールに代表されるように、近年は若手選手の台頭が目立ちます。チームオーナーとしてこの波をどう捉えていますか?
私が思うに、過去と比べて人類の能力が高まっているのではないかと。過去にも1964・65年生まれにはインドゥライン、リシャール、バッレリーニ、リース、ターフィが、1970・71年生まれにはパンターニ、アームストロング、カサグランデ、バルトリが、1981・82年生まれにはコンタドール、クネゴなど偉大な王者を輩出した"当たり年"があり、現在もそれは同じです。でも、平均的に若い世代ほど高い能力を備えたタレントたちが増えていると思います。
それはおそらく、社会的に禁煙化や、よりバランスの取れた食生活化が進んだりという環境の変化が少なからず影響を与えているのだと思います。第二次世界大戦後には復興の中で健康意識はほぼ皆無だったそうですが、今は違いますからね。
― ジャパンカップやツアー・オブ・ジャパンなど日本レースへの再参戦の可能性はありますか?
私個人の意見としては不可能ではありませんが、どちらも非常に厳しい「チャンピオンのため」のレースです。個人的にもジャパンカップとツアー・オブ・ジャパンで優勝しているので思い出深いですね。
中でも2000年のTOJは生涯忘れることのできないレースです。伊豆ステージを制してリーダージャージを獲得したのですが、次の宇都宮ステージでは現在CCCでスポーツマネージャーを務めるピョートル・ワデツキ(ポーランド)に先行され、総合タイムをかなり詰められてしまった状態で最終東京ステージに臨みました。
逃げを先行させた後はビーニカルディローラのチームメイトと集団コントロールを行いましたが、前を走るチームメイトが不意に石に弾かれて落車してしまいます。私も路面に投げ出されてしまい、激しく背中を打ちつけてひどい怪我を負ってしまいました。もはや立つことすらできず、「ああ、これで終わった」と思ったのですが、私の落車を見たワデツキがレースを止めたんです。
大きく遅れながらも何とかレースに復帰した時、彼が「マウロ、僕はそんな怪我だらけの君にアタックできない。君がフィニッシュできれば君の勝ちだし、レースを降りれば僕の勝ちだ」と言ったんです。痛みに耐えて走りきることができたのですが、あまりの痛みに表彰式でリーダージャージを着ることができず、降段した2分後には倒れ込んでしまいました。そうして掴んだ勝利は非常に思い出深いものですし、決して忘れられません。ワデツキとはその後もいい関係を築いていますし、今もレースで会うたびに話をしますよ。古き良き時代でしたし、そういうこともあって私は日本のことが大好きなんです。ですから可能性が少しでもあればチームとして日本のレースに参戦したいと思います。期待していて下さいね。
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text:So.Isobe
― 今回は取材の機会を頂きありがとうございます。まずはこのウインターキャンプの目的や意味を教えてもらえますか?
30名の選手を抱える我々は常時2レース、多い時には3レースを世界各地で同時にこなすため、1年全ての選手とスタッフが集結するのは今このタイミングしかありません。新加入選手・スタッフも多いので、より強固なチームワークを築きあげるためにはこのウインターキャンプは非常に重要な意味を持ちます。身体検査や、来シーズン使用する機材やウェア、補給食などソフトグッズのテスト、中長期的なスケジュールの構築と、それに合わせたトレーニングプランの作成を、コーチやトレーナー、フィッター、空力などあらゆる専門分野のスタッフ、そして機材スポンサー/サプライヤーのスタッフたちと共に消化していくのです。
例えばサッカーチームの場合、こういった合宿はあまり必要ではないかもしれません。なぜかと言えば、彼らは常にチームとして全体行動するから。でもサイクリングチーム、特にワールドチームのような大所帯になればそれは不可能です。レースのないシーズンだからといってただのんびりと過ごすわけでは決してありません。
― 2019年のワールドチームランキングを4位で終えるなど成功に終わりましたね。2020年は有力選手が加入しますが、チームに期待することは何でしょうか?
我々は創設初年度から将来を見据えたロングタームプロジェクトを進めています。ガビリアもまだ25歳と若いですし、21歳のジャスパー・フィリプセンとポガチャル、ビョルグ、コヴィ、23歳のオリヴェイラ、25歳のモラノなどなど、ワールドチームの中でも平均年齢が若いことが特徴です。その理由は我々のフィロソフィーでもある、若手を育ててチームを築き上げることにあります。中東スポンサーなので誤解されがちですが、超強力な選手を金で買い、リーダーに据えるようなチーム作りは我々のスタイルではありません。
2019年のワールドチームランキングは4位と好成績でした。我々の総合エースであるアルはまだ不調でポイントを稼ぐことはできませんでしたし、ダン・マーティンも例年通りではありませんでしたが、それでもランキング上位で終えたのはたくさんの選手がそれぞれ勝利を重ねたり、上位入賞を繰り返した結果です。もちろん来年もアル、ポガチャル、クリストフ、ガビリアと複数のエースが在籍しますが、全員が等しく活躍できることが我々の目標であり、誰か1人のエースのために他全員を使い捨てるようなことはしません。そのために若手を育て、全員でチーム目標を共有し、全員一丸となって戦うのです。繰り返しにはなりますが、そのためにもこの冬季合宿は大きな意味を持ちます。
― なるほど。その意味では昨年のジロ・デ・イタリアは大成功だったと言えますね?
その通りです。全日程の半分近くである9日もの間、決して総合エースではないコンティとポランツェによるマリアローザ着用は、我々のフィロソフィーが明確に形となった本当に素晴らしいものでした。しかもそれは偶然でもラッキーでもなく、開幕前から狙っていたものだったことも、成功ぶりに拍車をかけたのです。
ジロ開幕の2ヶ月前にアルの不参戦が決まり、さらにガビリアも膝のトラブルでトップコンディションではありませんでした。そこで我々は目標をマリアローザ着用に切り替え、様々な要素を考えながらチャンスを狙ったのです。GMのマチンはコンティに「マリアローザを狙おう」と伝えましたが、コンティ自身も当初は意味が分からなかったそうです。
「いやいや、最終的な総合表彰台は無理でも途中でローザを着るチャンスが君にはあるんだ。このステージはスプリンターには厳しすぎるし、総合成績が決まるほどハードじゃない。だから誰もプロトンをコントロールせず大逃げが決まる可能性がある。だから君が逃げに乗ってローザを狙え。他のチームメイトが集団を抑えるから」とね。
開幕初日からコンティはマリアローザ獲得に向けて動き、監督陣も途中の状況変化に対応しながら的確な指示を出しました。その日も序盤のアタック合戦の中、「あの選手は行かせてはダメだから全員で吸収しろ」「あのグループにはついていけ」と細かく指示を出しました。結果的に逃げ切りが決まり、ステージ優勝こそ逃したもののマリアローザを獲得。身体的にも、精神的にも、作戦も、そして下準備など全要素が噛み合った瞬間でした。とても嬉しかったですね。
― 具体的な2020年の目標は?
ランプレの頃から、常にワールドランキングで6,7位に食い込むことを目標としていましたが、昨年は4位。なのでチームランキングというよりか、より勝利数を重ね、より重要度の高いレースで勝つことが大切です。チームとして第2フェーズに入ったと言えるでしょう。
例えばチームにとって非常に重要なツール・ド・フランス。今年は上位入賞こそできましたがステージ優勝は叶いませんでした。2019年のシーズン勝利数は29勝ですが、これを40勝に上げていくことも目標に据えています。
― やはり注目されるのはポガチャルですね。今年はワールドチーム初年度ながらブエルタでステージ3勝、総合3位とヤングライダー賞獲得など活躍しました。来年はマイヨジョーヌを狙うのでしょうか?それともまだ時期尚早ですか?
彼は彼自身でも驚くほど成功したシーズンを終えました。間違いなく近い将来グランツールを獲る選手ですし、我々もそれに向けてサポートしています。ただしまだ21歳と若いので、今はプレッシャーをかけることなく、常に自由にレースを楽しんでほしいと伝えています。他にもアヴィラ、マクナルティなど有望な若手クライマーが在籍しており、我々は彼らの可能性を信じています。
― ポガチャルやイヴェネプールに代表されるように、近年は若手選手の台頭が目立ちます。チームオーナーとしてこの波をどう捉えていますか?
私が思うに、過去と比べて人類の能力が高まっているのではないかと。過去にも1964・65年生まれにはインドゥライン、リシャール、バッレリーニ、リース、ターフィが、1970・71年生まれにはパンターニ、アームストロング、カサグランデ、バルトリが、1981・82年生まれにはコンタドール、クネゴなど偉大な王者を輩出した"当たり年"があり、現在もそれは同じです。でも、平均的に若い世代ほど高い能力を備えたタレントたちが増えていると思います。
それはおそらく、社会的に禁煙化や、よりバランスの取れた食生活化が進んだりという環境の変化が少なからず影響を与えているのだと思います。第二次世界大戦後には復興の中で健康意識はほぼ皆無だったそうですが、今は違いますからね。
― ジャパンカップやツアー・オブ・ジャパンなど日本レースへの再参戦の可能性はありますか?
私個人の意見としては不可能ではありませんが、どちらも非常に厳しい「チャンピオンのため」のレースです。個人的にもジャパンカップとツアー・オブ・ジャパンで優勝しているので思い出深いですね。
中でも2000年のTOJは生涯忘れることのできないレースです。伊豆ステージを制してリーダージャージを獲得したのですが、次の宇都宮ステージでは現在CCCでスポーツマネージャーを務めるピョートル・ワデツキ(ポーランド)に先行され、総合タイムをかなり詰められてしまった状態で最終東京ステージに臨みました。
逃げを先行させた後はビーニカルディローラのチームメイトと集団コントロールを行いましたが、前を走るチームメイトが不意に石に弾かれて落車してしまいます。私も路面に投げ出されてしまい、激しく背中を打ちつけてひどい怪我を負ってしまいました。もはや立つことすらできず、「ああ、これで終わった」と思ったのですが、私の落車を見たワデツキがレースを止めたんです。
大きく遅れながらも何とかレースに復帰した時、彼が「マウロ、僕はそんな怪我だらけの君にアタックできない。君がフィニッシュできれば君の勝ちだし、レースを降りれば僕の勝ちだ」と言ったんです。痛みに耐えて走りきることができたのですが、あまりの痛みに表彰式でリーダージャージを着ることができず、降段した2分後には倒れ込んでしまいました。そうして掴んだ勝利は非常に思い出深いものですし、決して忘れられません。ワデツキとはその後もいい関係を築いていますし、今もレースで会うたびに話をしますよ。古き良き時代でしたし、そういうこともあって私は日本のことが大好きなんです。ですから可能性が少しでもあればチームとして日本のレースに参戦したいと思います。期待していて下さいね。
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