2019/06/01(土) - 14:24
2級山岳サンマルティーノ・ディ・カストロッツァでマリアローザ争いは大きく動かなかった。病気に苦しんだチャベスの復活勝利と溢れる涙。感動的なフィニッシュで締めくくられたジロ・デ・イタリア第19ステージを振り返ります。
スタート地点のトレヴィーゾは賑わっていた。平野に位置し、しかも城壁に囲まれた街の中が細く入り組んでいるので、他の街よりも自転車利用率が高い印象を受ける。人口8万人のトレヴィーゾの街中にはこんこんと流れる水路が張り巡らされているのが特徴で、ベネトンとデロンギというイタリアを代表する2つの世界的メーカーの本拠地でもある。
チームバスの駐車場には2012年にベネトングループの社長に就任したトレヴィーゾ出身のアレッサンドロ・ベネトン氏も登場。NIPPOヴィーニファンティーニ・ファイザネの選手たちと記念撮影し、初山翔(NIPPOヴィーニファンティーニ・ファイザネ)ともじっくりと話をしていた。
そんなトレヴィーゾの喧騒を離れ、再び山岳地帯に舵を切る第19ステージ。幹線道路に入ってもなかなか正式なスタートが切られず、やけにニュートラル区間が長いと思ったら、6kmほど走ってようやく0km地点を示すアーチが見えてきた。その横にある立派な建物はトレヴィーゾに拠点を置くピナレロの本社。大会スポンサーの一つであるピナレロ社の真ん前でスタートフラッグが振られた。
ステージ前半の見どころは、ヴァルドッビアーデネからコネリアーノにかけての広大なプロセッコ天国。世界的なスパークリングワインを生み出す葡萄畑をプロトンが駆け抜ける。その際に、いつも表彰台でステージ優勝者とマリアローザ着用者が振り回すプロセッコを提供しているアストリア社の本社前も通過した。伝統的に、コースが不自然な迂回をしている場合はスポンサー関係であることが多い。
グランツールは3週間にわたるSTRAVAのKOMセグメント更新の旅でもある。今回のジロでは全出場選手の約1/5にあたる30名ほどが毎日GPSログをSTRAVAにアップ。地元の強者たちが記録したタイムを更新している。ワールドチームに所属するトップ選手でもパワーデータや心拍データを公開している場合が多い。
例えば第19ステージ終了後にマリアローザのカラパスが公開したログを見ると、登坂距離11.3km/平均勾配6%の2級山岳サンマルティーノ・ディ・カストロッツァを平均スピード26.2km/h、登坂時間25分57秒で駆け上がっており、平均出力345W、VAMは1632だった。追い風だったことも手伝ってSTRAVAのKOMセグメント最速タイムを更新。それまでは2018年6月22日のアドリアティカイオニカレース(UCI2.1)第3ステージで記録された29分28秒が最速タイムで、カラパスはこれを3分31秒更新したことになる。参考までに、アマチュアサイクリストの中では30分06秒が最速だった。
そのカラパスよりも44秒早くサンマルティーノ・ディ・カストロッツァの山頂にフィニッシュしたミゲルアンヘル・ロペス(コロンビア、アスタナ)はSTRAVAを使用していないが、史上最速登坂タイムを記録したらしい。
コロンビア人が逃げグループから飛び出してステージ優勝を飾り、コロンビア人がメイン集団から飛び出してタイムを挽回し、エクアドル人がマリアローザを守る。近年ヨーロッパで活躍する南アメリカ勢の走りが目立つステージとなった。コロンビア人選手によるグランツールのステージ優勝は80勝目(ジロでステージ29勝、ツールでステージ19勝、ブエルタでステージ32勝)。
笑顔が素敵なエステバン・チャベス(コロンビア、ミッチェルトン・スコット)は誰もが愛するキャラクター。2014年からオーストラリアチームに所属していることもあってコロンビア人の中では最も流暢に英語を話し、イタリア在住が長いのでスペイン語っぽさのないイタリア語を話す。前半ステージの現地レポートでも書いたが、やはり現地語を操るか否かがその選手の人気を大きく影響する。イタリアで(イタリアだけじゃないけど)チャベスは愛されている。
苦しい2018年シーズンを過ごしたチャベスが1年ぶりの勝利。チャベスは2018年ジロのエトナ山頂フィニッシュでサイモン・イェーツ(イギリス)とワンツー勝利を飾ったが、立て続けにバッドデーを迎えて総合成績を落とし、精彩を欠いたまま総合72位でレースを終えている。その後、チャベスはエプスタインバールウイルスによる伝染性単核球症と診断され、残るシーズンを棒に振った。
復帰までに長い時間を要した。しかしチャベスは諦めなかった。最後の勝利から1年経ったジロで、強いチャベスが帰ってきた。駆けつけた両親と涙とともに抱き合ったチャベスは、レース直後のインタビューで「みんな涙を流している。なんて美しい日なんだろう」という印象的なコメントを残す。「フィニッシュラインまで決して結果はわからないから、挑戦し続け、前に進み続け、闘い続けること、諦めないことが大切だと示すことができた」。開幕から3週間、何かが喉につっかえたような表情を浮かべていた「チャビート」の顔に満面の笑みが戻った。
第19ステージを終えた時点の総合トップスリーの成績を振り返っておくと、カラパスから1分54秒差でニバリ、2分16秒差でログリッチェ。最終日の個人タイムトライアルでの力を比べるとログリッチェ>ニバリ>カラパスだが、17kmの距離でログリッチェが2分16秒差をひっくり返すのは難しいと、ユンボ・ヴィズマの首脳陣も認めている。
つまり、イタリアやコロンビア、エクアドルをしのぐ圧倒的な数のスロベニア応援団の期待を受けるログリッチェは第20ステージで攻撃しないといけない。もちろんニバリも攻撃しないといけない。ランダという強力なアシストを得たカラパスも、マリアローザを盤石なものにするために攻撃に打って出るかもしれない。
「ここまでの3週間を全てひっくり返す事態も起こり得る」。プレスセンター内でそう囁かれる第20ステージでマリアローザ争いはいよいよクライマックスを迎える。新しく『チーマコッピ』に設定されたマンゲン峠を含むコースの獲得標高差は前日の倍近い5,500m。グルペット完走者たちのため息が聞こえてくる。
text&photo:Kei Tsuji in San Martino di Castrozza, Italy
スタート地点のトレヴィーゾは賑わっていた。平野に位置し、しかも城壁に囲まれた街の中が細く入り組んでいるので、他の街よりも自転車利用率が高い印象を受ける。人口8万人のトレヴィーゾの街中にはこんこんと流れる水路が張り巡らされているのが特徴で、ベネトンとデロンギというイタリアを代表する2つの世界的メーカーの本拠地でもある。
チームバスの駐車場には2012年にベネトングループの社長に就任したトレヴィーゾ出身のアレッサンドロ・ベネトン氏も登場。NIPPOヴィーニファンティーニ・ファイザネの選手たちと記念撮影し、初山翔(NIPPOヴィーニファンティーニ・ファイザネ)ともじっくりと話をしていた。
そんなトレヴィーゾの喧騒を離れ、再び山岳地帯に舵を切る第19ステージ。幹線道路に入ってもなかなか正式なスタートが切られず、やけにニュートラル区間が長いと思ったら、6kmほど走ってようやく0km地点を示すアーチが見えてきた。その横にある立派な建物はトレヴィーゾに拠点を置くピナレロの本社。大会スポンサーの一つであるピナレロ社の真ん前でスタートフラッグが振られた。
ステージ前半の見どころは、ヴァルドッビアーデネからコネリアーノにかけての広大なプロセッコ天国。世界的なスパークリングワインを生み出す葡萄畑をプロトンが駆け抜ける。その際に、いつも表彰台でステージ優勝者とマリアローザ着用者が振り回すプロセッコを提供しているアストリア社の本社前も通過した。伝統的に、コースが不自然な迂回をしている場合はスポンサー関係であることが多い。
グランツールは3週間にわたるSTRAVAのKOMセグメント更新の旅でもある。今回のジロでは全出場選手の約1/5にあたる30名ほどが毎日GPSログをSTRAVAにアップ。地元の強者たちが記録したタイムを更新している。ワールドチームに所属するトップ選手でもパワーデータや心拍データを公開している場合が多い。
例えば第19ステージ終了後にマリアローザのカラパスが公開したログを見ると、登坂距離11.3km/平均勾配6%の2級山岳サンマルティーノ・ディ・カストロッツァを平均スピード26.2km/h、登坂時間25分57秒で駆け上がっており、平均出力345W、VAMは1632だった。追い風だったことも手伝ってSTRAVAのKOMセグメント最速タイムを更新。それまでは2018年6月22日のアドリアティカイオニカレース(UCI2.1)第3ステージで記録された29分28秒が最速タイムで、カラパスはこれを3分31秒更新したことになる。参考までに、アマチュアサイクリストの中では30分06秒が最速だった。
そのカラパスよりも44秒早くサンマルティーノ・ディ・カストロッツァの山頂にフィニッシュしたミゲルアンヘル・ロペス(コロンビア、アスタナ)はSTRAVAを使用していないが、史上最速登坂タイムを記録したらしい。
コロンビア人が逃げグループから飛び出してステージ優勝を飾り、コロンビア人がメイン集団から飛び出してタイムを挽回し、エクアドル人がマリアローザを守る。近年ヨーロッパで活躍する南アメリカ勢の走りが目立つステージとなった。コロンビア人選手によるグランツールのステージ優勝は80勝目(ジロでステージ29勝、ツールでステージ19勝、ブエルタでステージ32勝)。
笑顔が素敵なエステバン・チャベス(コロンビア、ミッチェルトン・スコット)は誰もが愛するキャラクター。2014年からオーストラリアチームに所属していることもあってコロンビア人の中では最も流暢に英語を話し、イタリア在住が長いのでスペイン語っぽさのないイタリア語を話す。前半ステージの現地レポートでも書いたが、やはり現地語を操るか否かがその選手の人気を大きく影響する。イタリアで(イタリアだけじゃないけど)チャベスは愛されている。
苦しい2018年シーズンを過ごしたチャベスが1年ぶりの勝利。チャベスは2018年ジロのエトナ山頂フィニッシュでサイモン・イェーツ(イギリス)とワンツー勝利を飾ったが、立て続けにバッドデーを迎えて総合成績を落とし、精彩を欠いたまま総合72位でレースを終えている。その後、チャベスはエプスタインバールウイルスによる伝染性単核球症と診断され、残るシーズンを棒に振った。
復帰までに長い時間を要した。しかしチャベスは諦めなかった。最後の勝利から1年経ったジロで、強いチャベスが帰ってきた。駆けつけた両親と涙とともに抱き合ったチャベスは、レース直後のインタビューで「みんな涙を流している。なんて美しい日なんだろう」という印象的なコメントを残す。「フィニッシュラインまで決して結果はわからないから、挑戦し続け、前に進み続け、闘い続けること、諦めないことが大切だと示すことができた」。開幕から3週間、何かが喉につっかえたような表情を浮かべていた「チャビート」の顔に満面の笑みが戻った。
第19ステージを終えた時点の総合トップスリーの成績を振り返っておくと、カラパスから1分54秒差でニバリ、2分16秒差でログリッチェ。最終日の個人タイムトライアルでの力を比べるとログリッチェ>ニバリ>カラパスだが、17kmの距離でログリッチェが2分16秒差をひっくり返すのは難しいと、ユンボ・ヴィズマの首脳陣も認めている。
つまり、イタリアやコロンビア、エクアドルをしのぐ圧倒的な数のスロベニア応援団の期待を受けるログリッチェは第20ステージで攻撃しないといけない。もちろんニバリも攻撃しないといけない。ランダという強力なアシストを得たカラパスも、マリアローザを盤石なものにするために攻撃に打って出るかもしれない。
「ここまでの3週間を全てひっくり返す事態も起こり得る」。プレスセンター内でそう囁かれる第20ステージでマリアローザ争いはいよいよクライマックスを迎える。新しく『チーマコッピ』に設定されたマンゲン峠を含むコースの獲得標高差は前日の倍近い5,500m。グルペット完走者たちのため息が聞こえてくる。
text&photo:Kei Tsuji in San Martino di Castrozza, Italy
Amazon.co.jp