ヘント〜ウェベルヘム前日の土曜日、ベルギーのロードレースの下見を兼ねて、同じくコルトレイクのすぐ近所で開催されたE3プライス・フラーンデレンを見に行った。そしてプレスルームで、冬のシクロクロスレースでお世話になったプレス担当者と再会した。明日のヘント〜ウェベルヘムも彼がプレスの担当だ。

細い民家のあいだをいくコース細い民家のあいだをいくコース photo:Sonoko Tanaka今回のレースは、多くの人の助けがあり、バイクに乗る交渉をしていた。彼にも「バイクに乗って写真を撮りたいから、パスを発行してほしい」とメールを打っていたが、その返事は「(16人という枠が決まっているので)直前にならないとわからない」とのこと。

どうなったのか、緊張しながら聞いてみると、返事はウィンク! なかなかの強面なおじさんだけど、いつも私はこのウィンクに助けられている。

ボトルを満載して集団に戻って行くアシストたちボトルを満載して集団に戻って行くアシストたち photo:Sonoko Tanakaレース中にバイクに乗って撮影するために必要な要素は、レース主催者が発行したパスと、バイク。そして運転してくれるドライバーだ。パスが取れたなら、次はドライバー探し。レース中になんとか、コンタクトを取っていたドライバーと遭遇することができた。

セキュリティのバイクを運転していた彼は、コース横にいた日本人の私を見つけて、バイクを急停車させて声をかけてきてくれた。挨拶もほどほどに「急きょ、あなたを乗せることができなくなったんだよ。でも代わりのドライバーを用意しといたからな、ナイスガイだよ!」と言って、すぐに走り去ってしまった。

帰りのプレスルームで、紹介されたのは、若くてシャイなキムという男性だった。「明日の朝、10時半からのミーティングでね!」と言って私たちは別れた。にも関わらず、翌朝私は20分ほど遅刻をする大失態。でもキムは優しく大丈夫だよ、とフォローしてくれ、急いで調達してきたステッカーを慌ただしくバイクに貼り付けた。

なんとかスタートに間に合ったので、クラシックレースを連戦中の別府史之(レディオシャック)に会うことができた。

デインセをスタートして行く別府史之(日本、レディオシャック)デインセをスタートして行く別府史之(日本、レディオシャック) photo:Sonoko Tanaka

― 調子はどうですか?
「とてもいいですよ! 今日はいけそうな気がします」。

― 昨日のレースにも出場していましたが?
「昨日は今日のレースのためにじつは脚を貯めて走っていたんです。だから今日は勝負をしにいきますよ」。

自信に満ちた表情でスタートラインに立った。

スタート直後のトイレタイムスタート直後のトイレタイム photo:Sonoko Tanaka選手のスタートを見送ってから、バイクで一行を追いかける。ニュートラルスタート(0km地点)までのあいだは選手たちのトイレタイム。次々に選手が立ち止まって用を足している。こんなスタート直後にするなら、スタート前に済ましてくればいいのに! と思うが、きっとこれも1つの慣例なんだろう。

スタート時の天気は曇り。しかし天気は変わりやすく、時折晴れ間が見えたり、小雨が降ることも。バイクに乗る魅力の1つは、選手たちと同じ気候を感じられること。選手と同じスピードで走行していると、レース序盤は冷たくて強い風を感じた。天候が変わるたびに、アシスト選手たちがレインウエアやグローブ、アームカバー類を後方のチームカーまで運ぶ姿も印象的だった。

ドライバーのキムと撮影の打ち合わせをする。「今日のマストは何?」。勝負どころの坂と、日本人選手を撮りたいと伝えると、「知っているよ、フミだろ? 父親はレディオシャックのマッサーなんだよ」と話し、私が言わなくても、チャンスがあればフミを追ってくれた。

すると目の前で落車が発生。キムが「早く降りて!」とバイクを止めた。行ってみると、何人かの選手が倒れていた。その中にはレディオシャックのジャージに青いアイウエア。……フミだ! 起き上がったものの、痛みを必死にこらえて、苦悶に満ちた表情を浮かべていた。メカニックがすかさずバイクを調整する。

目の前で発生した別府史之(日本、レディオシャック)を含む大規模な落車目の前で発生した別府史之(日本、レディオシャック)を含む大規模な落車 photo:Sonoko Tanaka

フミの手が、落車の衝撃で外れかけている背中のゼッケンに伸びていた。このままゼッケンを外してやめるのかな? やめてもおかしくないくらい、フミの表情は厳しかった。ファインダー越しに不安がよぎる。今日のレースを楽しみにしていたスタート前の表情を思い返すと、こんなに悔しいことはない。

私が泣きそうになっていると、外れかけていたゼッケンをポケットに入れて、フミは再び走り始めた。やっぱり、フミは強い!! 私も急いでバイクに飛び乗って、「フォロー、フミ!!」と叫んだ。

落車の痛みに顔を歪ませる別府史之(日本、レディオシャック)落車の痛みに顔を歪ませる別府史之(日本、レディオシャック) photo:Sonoko Tanaka

集団から、かなりの距離が開いてしまっていたが、フミは1人で必死に前を追いかけていた。落車によるダメージもあるハズなのに、ここでは脚を使わないといけない。小雨が降っていたが、フミの走りは力強かった。しばらく追いかけると、フミが顔をあげて、私と目を合わせて一瞬笑った。

― 大丈夫?
「大丈夫ですよ!」

その言葉に安心して、私は集団に一足早く戻った。

集団復帰を目指す別府史之(日本、レディオシャック)集団復帰を目指す別府史之(日本、レディオシャック) photo:Sonoko Tanaka

その後、レースの終盤にフミは残念ながらリタイアしているが、この落車の一部始終を追えたことは、私にはとても感動的な出来事になった。たかが落車して集団に追いついただけ、と言われれば、そのとおりだが、そのなかにフミのプロとしての強い誇りとレースにかける情熱を感じることができたからだ。バッドラックに見舞われてしまったフミだが、まだシーズンは序盤。今回のダメージをバネに、運をも味方につけるアグレッシブルな走りを期待したいと思う。

そして、1日お世話になったキムには、「今日の素晴らしい体験は、すべてあなたの助けがあったから」と、感謝の気持ちを日本から持ってきていた抹茶味のチョコレートに添えて伝え、それぞれの家に帰っていった。

text&photo:Sonoko Tanaka

最新ニュース(全ジャンル)