2010/03/30(火) - 08:25
ヘント〜ウェベルヘム前日の土曜日、ベルギーのロードレースの下見を兼ねて、同じくコルトレイクのすぐ近所で開催されたE3プライス・フラーンデレンを見に行った。そしてプレスルームで、冬のシクロクロスレースでお世話になったプレス担当者と再会した。明日のヘント〜ウェベルヘムも彼がプレスの担当だ。
今回のレースは、多くの人の助けがあり、バイクに乗る交渉をしていた。彼にも「バイクに乗って写真を撮りたいから、パスを発行してほしい」とメールを打っていたが、その返事は「(16人という枠が決まっているので)直前にならないとわからない」とのこと。
どうなったのか、緊張しながら聞いてみると、返事はウィンク! なかなかの強面なおじさんだけど、いつも私はこのウィンクに助けられている。
レース中にバイクに乗って撮影するために必要な要素は、レース主催者が発行したパスと、バイク。そして運転してくれるドライバーだ。パスが取れたなら、次はドライバー探し。レース中になんとか、コンタクトを取っていたドライバーと遭遇することができた。
セキュリティのバイクを運転していた彼は、コース横にいた日本人の私を見つけて、バイクを急停車させて声をかけてきてくれた。挨拶もほどほどに「急きょ、あなたを乗せることができなくなったんだよ。でも代わりのドライバーを用意しといたからな、ナイスガイだよ!」と言って、すぐに走り去ってしまった。
帰りのプレスルームで、紹介されたのは、若くてシャイなキムという男性だった。「明日の朝、10時半からのミーティングでね!」と言って私たちは別れた。にも関わらず、翌朝私は20分ほど遅刻をする大失態。でもキムは優しく大丈夫だよ、とフォローしてくれ、急いで調達してきたステッカーを慌ただしくバイクに貼り付けた。
なんとかスタートに間に合ったので、クラシックレースを連戦中の別府史之(レディオシャック)に会うことができた。
― 調子はどうですか?
「とてもいいですよ! 今日はいけそうな気がします」。
― 昨日のレースにも出場していましたが?
「昨日は今日のレースのためにじつは脚を貯めて走っていたんです。だから今日は勝負をしにいきますよ」。
自信に満ちた表情でスタートラインに立った。
選手のスタートを見送ってから、バイクで一行を追いかける。ニュートラルスタート(0km地点)までのあいだは選手たちのトイレタイム。次々に選手が立ち止まって用を足している。こんなスタート直後にするなら、スタート前に済ましてくればいいのに! と思うが、きっとこれも1つの慣例なんだろう。
スタート時の天気は曇り。しかし天気は変わりやすく、時折晴れ間が見えたり、小雨が降ることも。バイクに乗る魅力の1つは、選手たちと同じ気候を感じられること。選手と同じスピードで走行していると、レース序盤は冷たくて強い風を感じた。天候が変わるたびに、アシスト選手たちがレインウエアやグローブ、アームカバー類を後方のチームカーまで運ぶ姿も印象的だった。
ドライバーのキムと撮影の打ち合わせをする。「今日のマストは何?」。勝負どころの坂と、日本人選手を撮りたいと伝えると、「知っているよ、フミだろ? 父親はレディオシャックのマッサーなんだよ」と話し、私が言わなくても、チャンスがあればフミを追ってくれた。
すると目の前で落車が発生。キムが「早く降りて!」とバイクを止めた。行ってみると、何人かの選手が倒れていた。その中にはレディオシャックのジャージに青いアイウエア。……フミだ! 起き上がったものの、痛みを必死にこらえて、苦悶に満ちた表情を浮かべていた。メカニックがすかさずバイクを調整する。
フミの手が、落車の衝撃で外れかけている背中のゼッケンに伸びていた。このままゼッケンを外してやめるのかな? やめてもおかしくないくらい、フミの表情は厳しかった。ファインダー越しに不安がよぎる。今日のレースを楽しみにしていたスタート前の表情を思い返すと、こんなに悔しいことはない。
私が泣きそうになっていると、外れかけていたゼッケンをポケットに入れて、フミは再び走り始めた。やっぱり、フミは強い!! 私も急いでバイクに飛び乗って、「フォロー、フミ!!」と叫んだ。
集団から、かなりの距離が開いてしまっていたが、フミは1人で必死に前を追いかけていた。落車によるダメージもあるハズなのに、ここでは脚を使わないといけない。小雨が降っていたが、フミの走りは力強かった。しばらく追いかけると、フミが顔をあげて、私と目を合わせて一瞬笑った。
― 大丈夫?
「大丈夫ですよ!」
その言葉に安心して、私は集団に一足早く戻った。
その後、レースの終盤にフミは残念ながらリタイアしているが、この落車の一部始終を追えたことは、私にはとても感動的な出来事になった。たかが落車して集団に追いついただけ、と言われれば、そのとおりだが、そのなかにフミのプロとしての強い誇りとレースにかける情熱を感じることができたからだ。バッドラックに見舞われてしまったフミだが、まだシーズンは序盤。今回のダメージをバネに、運をも味方につけるアグレッシブルな走りを期待したいと思う。
そして、1日お世話になったキムには、「今日の素晴らしい体験は、すべてあなたの助けがあったから」と、感謝の気持ちを日本から持ってきていた抹茶味のチョコレートに添えて伝え、それぞれの家に帰っていった。
text&photo:Sonoko Tanaka
今回のレースは、多くの人の助けがあり、バイクに乗る交渉をしていた。彼にも「バイクに乗って写真を撮りたいから、パスを発行してほしい」とメールを打っていたが、その返事は「(16人という枠が決まっているので)直前にならないとわからない」とのこと。
どうなったのか、緊張しながら聞いてみると、返事はウィンク! なかなかの強面なおじさんだけど、いつも私はこのウィンクに助けられている。
レース中にバイクに乗って撮影するために必要な要素は、レース主催者が発行したパスと、バイク。そして運転してくれるドライバーだ。パスが取れたなら、次はドライバー探し。レース中になんとか、コンタクトを取っていたドライバーと遭遇することができた。
セキュリティのバイクを運転していた彼は、コース横にいた日本人の私を見つけて、バイクを急停車させて声をかけてきてくれた。挨拶もほどほどに「急きょ、あなたを乗せることができなくなったんだよ。でも代わりのドライバーを用意しといたからな、ナイスガイだよ!」と言って、すぐに走り去ってしまった。
帰りのプレスルームで、紹介されたのは、若くてシャイなキムという男性だった。「明日の朝、10時半からのミーティングでね!」と言って私たちは別れた。にも関わらず、翌朝私は20分ほど遅刻をする大失態。でもキムは優しく大丈夫だよ、とフォローしてくれ、急いで調達してきたステッカーを慌ただしくバイクに貼り付けた。
なんとかスタートに間に合ったので、クラシックレースを連戦中の別府史之(レディオシャック)に会うことができた。
― 調子はどうですか?
「とてもいいですよ! 今日はいけそうな気がします」。
― 昨日のレースにも出場していましたが?
「昨日は今日のレースのためにじつは脚を貯めて走っていたんです。だから今日は勝負をしにいきますよ」。
自信に満ちた表情でスタートラインに立った。
選手のスタートを見送ってから、バイクで一行を追いかける。ニュートラルスタート(0km地点)までのあいだは選手たちのトイレタイム。次々に選手が立ち止まって用を足している。こんなスタート直後にするなら、スタート前に済ましてくればいいのに! と思うが、きっとこれも1つの慣例なんだろう。
スタート時の天気は曇り。しかし天気は変わりやすく、時折晴れ間が見えたり、小雨が降ることも。バイクに乗る魅力の1つは、選手たちと同じ気候を感じられること。選手と同じスピードで走行していると、レース序盤は冷たくて強い風を感じた。天候が変わるたびに、アシスト選手たちがレインウエアやグローブ、アームカバー類を後方のチームカーまで運ぶ姿も印象的だった。
ドライバーのキムと撮影の打ち合わせをする。「今日のマストは何?」。勝負どころの坂と、日本人選手を撮りたいと伝えると、「知っているよ、フミだろ? 父親はレディオシャックのマッサーなんだよ」と話し、私が言わなくても、チャンスがあればフミを追ってくれた。
すると目の前で落車が発生。キムが「早く降りて!」とバイクを止めた。行ってみると、何人かの選手が倒れていた。その中にはレディオシャックのジャージに青いアイウエア。……フミだ! 起き上がったものの、痛みを必死にこらえて、苦悶に満ちた表情を浮かべていた。メカニックがすかさずバイクを調整する。
フミの手が、落車の衝撃で外れかけている背中のゼッケンに伸びていた。このままゼッケンを外してやめるのかな? やめてもおかしくないくらい、フミの表情は厳しかった。ファインダー越しに不安がよぎる。今日のレースを楽しみにしていたスタート前の表情を思い返すと、こんなに悔しいことはない。
私が泣きそうになっていると、外れかけていたゼッケンをポケットに入れて、フミは再び走り始めた。やっぱり、フミは強い!! 私も急いでバイクに飛び乗って、「フォロー、フミ!!」と叫んだ。
集団から、かなりの距離が開いてしまっていたが、フミは1人で必死に前を追いかけていた。落車によるダメージもあるハズなのに、ここでは脚を使わないといけない。小雨が降っていたが、フミの走りは力強かった。しばらく追いかけると、フミが顔をあげて、私と目を合わせて一瞬笑った。
― 大丈夫?
「大丈夫ですよ!」
その言葉に安心して、私は集団に一足早く戻った。
その後、レースの終盤にフミは残念ながらリタイアしているが、この落車の一部始終を追えたことは、私にはとても感動的な出来事になった。たかが落車して集団に追いついただけ、と言われれば、そのとおりだが、そのなかにフミのプロとしての強い誇りとレースにかける情熱を感じることができたからだ。バッドラックに見舞われてしまったフミだが、まだシーズンは序盤。今回のダメージをバネに、運をも味方につけるアグレッシブルな走りを期待したいと思う。
そして、1日お世話になったキムには、「今日の素晴らしい体験は、すべてあなたの助けがあったから」と、感謝の気持ちを日本から持ってきていた抹茶味のチョコレートに添えて伝え、それぞれの家に帰っていった。
text&photo:Sonoko Tanaka
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