2010/03/21(日) - 10:42
ヨーロッパに春を告げるクラシックレース・ミラノ〜サンレモ。その「プリッマヴェーラ(春)」というニックネームに憧れて、3月のイタリア・ミラノにやってきた。
私が日本を立つ前から、新城幸也(Bboxブイグテレコム)の出場が決まっていた。伝統あるクラシックレースに出場するユキヤに、会場で会うのが待ち遠しかった。
そして、さらにレースの前日、買い出しや地図の確認などレースの準備に追われていたころに、別府史之(チームレディオシャック)の出場が決まったと連絡を受けた。それも胃腸炎のアームストロングに代わっての出場するというのだから、なんとも頼もしい。急きょ、晴れて日本人2選手が101回目のミラノ〜サンレモに出場することになった。2人とも初出場だ。
レース当日、朝起きて、ホテルの窓を開けると雨は降っていないものの、湿った風が吹いている。今日は雨のレースになるかもな。レインウエアを取り出しやすいところに入れて、はやる気持ちを抑えながら会場に向かった。
ミラノのシンボルでもあるスフォルツァ城がスタート地点。四角い城壁があり、その中の広場がサイン会場になっている。スタートするのは、お城の前からというのもヨーロッパらしい。
レース開始1時間前頃から各チームの大きなチームバスが会場に集まり出す。心配していた天気も、ときおり小雨が降るものの、”雨”というほどではない。しばらくしているとユキヤがチームメイトとバスから降りてきた。
「サインはどこですか?」
ベルギーでのセミクラシックレースで、体調を少し崩していたというが、表情は明るい。そしてタイ合宿によるものか、よく日に焼けている印象を受けた。レース前に話を聞くことができた。
―― 体調はどうですか?
「いいですよ。でも、走ってみないとよくわかりませんね。今シーズン初めての大きなレースだから、チバっていきたいと思っています」。
―― 今日のチームはどんな作戦?
「エースはボネ。彼はとても調子がいいので、ボネを助ける走りをしたいですね。自分としては、大人数の逃げができれば乗りたいと思うけど、どちらかというとスプリントを狙いたい。集団に残って、残り3kmの下りからが勝負です!」
―― 300kmのレースはどう?
「大変だと思う、まずは補給をしっかり摂るようにしたいです、笑」。
そして、しばらくすると、チームレディオシャックのバスからフミが降りてきた。昨日の夜の便でリヨンからミラノに入ったというフミ。突然の出場でコンディションはどうなのだろうか?
―― コンディションはレースに合わせることができましたか?
「もともと他のレースに合わせて、体調を作ってきていました。だから、コンディションはいいですよ! リザーブに入ると連絡を受けたのは1週間前だったので、その時点で準備はしていました。最終決定は一昨日でしたが。まさか走るとは思っていなくって……それも300kmのレースだなんて」。
―― 今日はどう走る予定?
「最初はのんびりと集団のなかで様子を見ながら走ろうと思います。最後にちゃんとチームの仕事ができるように、温存して走りたいですね。でも、レースを仕掛けるなら海に出てから。コンディションは走りながら変わっていくと思うので、まずは様子をみます」。
2人とも表情がよく、日本からの観客にも笑顔を見せて、予定どおり9時35分、スタート地点のスフォルツァ城を旅立っていった。
ミラノからの序盤は平坦が続く。小さな街から街へ、郊外では霧に包まれた息をのむような田園地帯が広がっている。“春”というレースなのだから、温かくて黄色い太陽の光がないと! と私は思っていたが、雨は雨でどこか春らしい印象を受けた。
たまにはこんな年もいいのかもなぁ。なんて思っていたのも束の間、地中海沿いに出るまでのトゥルキーノ峠にさしかかるころには、雨の勢いが増してきた。山肌に雪を残した茶色い峠の景色がよけい寒々しくなり、日本でこれまで見てきたミラノ〜サンレモの写真とは、まったく異なる光景が広がっていく……。
しかし、峠を抜けるとグレーの雲に切れ目が見え始めた。地中海沿いの道に出たときには、雨が止み、薄日も差してきた。地中海沿いの街はどこも海水浴場やヨットマリーナが並ぶリゾート地。建ち並ぶ家もピンクやオレンジ、黄色とカラフルで庭先には檸檬の木が植わっている。天気の回復と合わさって、あたりが急に明るくなった。
ヨーロッパに春を告げるレース。箱根駅伝のような季節を象徴するレースでありながら、レースを追っていくことで、寒々しいミラノから、鮮やかなサンレモへと、冬から春への季節の移り変わりを感じることができるレースでもあると感じた。
298kmという長い距離、選手は大変な思いで走っているけど、ゴールのサンレモが近づくにつれて、周りの景色が明るくなっていくというのは気持ちがいい。101回も多くの人に愛されて続いている理由が1つ、よく理解できた気がした。
そして、フレイレのスプリントで幕を閉じた今年のミラノ〜サンレモ。これまでの過酷なレースを物語るように、ゴールしてきた選手たちの顔は泥で汚れている。選手とマッサーと関係者とで混乱するゴールエリアから日本人2選手を探した。
なんとか見つけ出せたのはユキヤ。無線で「アラシロ」と聞いていたので、リタイアしてしまっていると思っていたが、ゴールエリアからやってきた。
―― レース、どうでしたか?
「僕、最後まで走ってないんですよ。1つ目の上り(チプレッサ)の前でやめました。集団から後れちゃったので……。200kmくらい走ったので、疲れましたね」。
―― なんで遅れたんですか?
「単純に脚がなかったです。まだあまりレース走ってないですからね〜。これからです!」
―― 現時点でジロ出場はどう?
「まだぜんぜんわかりません。直前までわからないんですよ!」
じゃあまた。と別れて、フミを探す。ゴールエリアでは、駐車場が細かく分かれいて、所定のクルマは所定の位置に駐まっているハズなんだけど、いくら探してもレディオシャックのバスはない。チームエリア以外の分岐を一つ一つ確かめていったが、残るは丘の上だけ。本当に駐まっているのかと疑がったが、表彰を追えたボーネンが、通り抜けていったので、クタクタに疲れていたが、仕方ないと、丘を上り始めた。歩くこと1kmくらい。大きな”R”の字が見えた。ありがとう、ボーネン!
ゴールからかなり時間が経ってしまっていたので、バスは今にも走り出そうとしていた。なんとか運転手さんにかけあって、バスを止めてもらい、中にいたフミを呼んだ。
―― 今日のレースの振り返りを一言お願いしたくて!
「楽しかったですよ! すごく楽しかった」。
―― ”楽しい”というのを具体的に言うと?
「距離が長いレースは自分に合っていると思いました。海岸沿いの高スピードなレースも面白かった。途中で脚はきていたけど、また300kmのレースに挑戦したいですね! 本当に楽しかったんです」。
疲れた私とは対照的に、回復食のパンを片手にもったフミはとても爽やかな笑顔を浮かべていた。
本格的な春のクラシックシーズンがここから開幕する。日本人選手の活躍を追いながら、1世紀以上もヨーロッパに根付くクラシックレースの魅力を肌で感じていきたい。
さて、困った問題はいま私がサンレモにいるということ。ホテルのミラノまで、深夜の300kmドライブが待っている。
text&photo:Sonoko Tanaka
私が日本を立つ前から、新城幸也(Bboxブイグテレコム)の出場が決まっていた。伝統あるクラシックレースに出場するユキヤに、会場で会うのが待ち遠しかった。
そして、さらにレースの前日、買い出しや地図の確認などレースの準備に追われていたころに、別府史之(チームレディオシャック)の出場が決まったと連絡を受けた。それも胃腸炎のアームストロングに代わっての出場するというのだから、なんとも頼もしい。急きょ、晴れて日本人2選手が101回目のミラノ〜サンレモに出場することになった。2人とも初出場だ。
レース当日、朝起きて、ホテルの窓を開けると雨は降っていないものの、湿った風が吹いている。今日は雨のレースになるかもな。レインウエアを取り出しやすいところに入れて、はやる気持ちを抑えながら会場に向かった。
ミラノのシンボルでもあるスフォルツァ城がスタート地点。四角い城壁があり、その中の広場がサイン会場になっている。スタートするのは、お城の前からというのもヨーロッパらしい。
レース開始1時間前頃から各チームの大きなチームバスが会場に集まり出す。心配していた天気も、ときおり小雨が降るものの、”雨”というほどではない。しばらくしているとユキヤがチームメイトとバスから降りてきた。
「サインはどこですか?」
ベルギーでのセミクラシックレースで、体調を少し崩していたというが、表情は明るい。そしてタイ合宿によるものか、よく日に焼けている印象を受けた。レース前に話を聞くことができた。
―― 体調はどうですか?
「いいですよ。でも、走ってみないとよくわかりませんね。今シーズン初めての大きなレースだから、チバっていきたいと思っています」。
―― 今日のチームはどんな作戦?
「エースはボネ。彼はとても調子がいいので、ボネを助ける走りをしたいですね。自分としては、大人数の逃げができれば乗りたいと思うけど、どちらかというとスプリントを狙いたい。集団に残って、残り3kmの下りからが勝負です!」
―― 300kmのレースはどう?
「大変だと思う、まずは補給をしっかり摂るようにしたいです、笑」。
そして、しばらくすると、チームレディオシャックのバスからフミが降りてきた。昨日の夜の便でリヨンからミラノに入ったというフミ。突然の出場でコンディションはどうなのだろうか?
―― コンディションはレースに合わせることができましたか?
「もともと他のレースに合わせて、体調を作ってきていました。だから、コンディションはいいですよ! リザーブに入ると連絡を受けたのは1週間前だったので、その時点で準備はしていました。最終決定は一昨日でしたが。まさか走るとは思っていなくって……それも300kmのレースだなんて」。
―― 今日はどう走る予定?
「最初はのんびりと集団のなかで様子を見ながら走ろうと思います。最後にちゃんとチームの仕事ができるように、温存して走りたいですね。でも、レースを仕掛けるなら海に出てから。コンディションは走りながら変わっていくと思うので、まずは様子をみます」。
2人とも表情がよく、日本からの観客にも笑顔を見せて、予定どおり9時35分、スタート地点のスフォルツァ城を旅立っていった。
ミラノからの序盤は平坦が続く。小さな街から街へ、郊外では霧に包まれた息をのむような田園地帯が広がっている。“春”というレースなのだから、温かくて黄色い太陽の光がないと! と私は思っていたが、雨は雨でどこか春らしい印象を受けた。
たまにはこんな年もいいのかもなぁ。なんて思っていたのも束の間、地中海沿いに出るまでのトゥルキーノ峠にさしかかるころには、雨の勢いが増してきた。山肌に雪を残した茶色い峠の景色がよけい寒々しくなり、日本でこれまで見てきたミラノ〜サンレモの写真とは、まったく異なる光景が広がっていく……。
しかし、峠を抜けるとグレーの雲に切れ目が見え始めた。地中海沿いの道に出たときには、雨が止み、薄日も差してきた。地中海沿いの街はどこも海水浴場やヨットマリーナが並ぶリゾート地。建ち並ぶ家もピンクやオレンジ、黄色とカラフルで庭先には檸檬の木が植わっている。天気の回復と合わさって、あたりが急に明るくなった。
ヨーロッパに春を告げるレース。箱根駅伝のような季節を象徴するレースでありながら、レースを追っていくことで、寒々しいミラノから、鮮やかなサンレモへと、冬から春への季節の移り変わりを感じることができるレースでもあると感じた。
298kmという長い距離、選手は大変な思いで走っているけど、ゴールのサンレモが近づくにつれて、周りの景色が明るくなっていくというのは気持ちがいい。101回も多くの人に愛されて続いている理由が1つ、よく理解できた気がした。
そして、フレイレのスプリントで幕を閉じた今年のミラノ〜サンレモ。これまでの過酷なレースを物語るように、ゴールしてきた選手たちの顔は泥で汚れている。選手とマッサーと関係者とで混乱するゴールエリアから日本人2選手を探した。
なんとか見つけ出せたのはユキヤ。無線で「アラシロ」と聞いていたので、リタイアしてしまっていると思っていたが、ゴールエリアからやってきた。
―― レース、どうでしたか?
「僕、最後まで走ってないんですよ。1つ目の上り(チプレッサ)の前でやめました。集団から後れちゃったので……。200kmくらい走ったので、疲れましたね」。
―― なんで遅れたんですか?
「単純に脚がなかったです。まだあまりレース走ってないですからね〜。これからです!」
―― 現時点でジロ出場はどう?
「まだぜんぜんわかりません。直前までわからないんですよ!」
じゃあまた。と別れて、フミを探す。ゴールエリアでは、駐車場が細かく分かれいて、所定のクルマは所定の位置に駐まっているハズなんだけど、いくら探してもレディオシャックのバスはない。チームエリア以外の分岐を一つ一つ確かめていったが、残るは丘の上だけ。本当に駐まっているのかと疑がったが、表彰を追えたボーネンが、通り抜けていったので、クタクタに疲れていたが、仕方ないと、丘を上り始めた。歩くこと1kmくらい。大きな”R”の字が見えた。ありがとう、ボーネン!
ゴールからかなり時間が経ってしまっていたので、バスは今にも走り出そうとしていた。なんとか運転手さんにかけあって、バスを止めてもらい、中にいたフミを呼んだ。
―― 今日のレースの振り返りを一言お願いしたくて!
「楽しかったですよ! すごく楽しかった」。
―― ”楽しい”というのを具体的に言うと?
「距離が長いレースは自分に合っていると思いました。海岸沿いの高スピードなレースも面白かった。途中で脚はきていたけど、また300kmのレースに挑戦したいですね! 本当に楽しかったんです」。
疲れた私とは対照的に、回復食のパンを片手にもったフミはとても爽やかな笑顔を浮かべていた。
本格的な春のクラシックシーズンがここから開幕する。日本人選手の活躍を追いながら、1世紀以上もヨーロッパに根付くクラシックレースの魅力を肌で感じていきたい。
さて、困った問題はいま私がサンレモにいるということ。ホテルのミラノまで、深夜の300kmドライブが待っている。
text&photo:Sonoko Tanaka
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