2010/03/06(土) - 22:31
ついに山場がやってきた。ランカウイが誇る超級山岳ゲンティン・ハイランドで総合争いは一気に変動。優勝候補ルハノが順当に勝利を挙げるなか、西谷、マナンに続くアジア人選手ゴンがクライマーとして好走。アジア自転車界の明るい兆しを感じつつ現地からレポートします。
今大会唯一の山岳ステージは、当然のようにランカウイの代名詞ゲンティン・ハイランドが舞台となる。漢字で「雲頂」と書くゲンティン。雲に届かん高地のヒルクライムレースは、どんな展開を見せるのか…。
愛三工業レーシングチームの今回の目標はスプリンター西谷泰治の区間優勝。その目標達成のために、前4ステージではチーム一丸となって力を使ってきた。そして第4ステージで見事に目標を達成する1勝を上げた。チームの狙いはあくまで平坦ステージであるから、今日は愛三としては、翌日を見越しての走りになるだろう。
しかし、愛三には日本で指折りのヒルクライマー別府匠がいる。どうしたって、ゲンティン・ハイランドでの走りに期待してしまうというもの。2006年大会でゲンティンを経験済みの別府は今日をどう走るのか。
別府 「前回走った時は、集団の一番後ろのグルペットで登り、勝負する走りをしたことはないので何とも言えないところなんですが。最近は大きなヒルクライムをしていないので、どこまで走れるかはわからないのですが、実力以上のものは出せないと思うので、それをうまく見極めて走りたいと思います」
どこか淡々と、気負うでもなく語ってくれた別府だが、最後に少し付け足した。「山岳って結果がすべてなので簡単なんです。残酷ですけれど」
昨日の優勝の波に乗るのはクムサン・ジンセン・アジアだ。マレーシアの星アヌアル・マナンはスプリント賞ジャージを最後に獲得するのが最大の目標となる。このレースでチームのキャプテンを務める五十嵐丈士は昨日の勝利をこう語る。
「昨日は最終局面で3人になって、僕が先頭、2番手にキム(・ヨンウク 韓国)がついて、3番手にアヌアルという態勢でスプリントに臨みました。うまくかみ合って、アヌアルをいい位置でスプリントさせることができたと思います。
チームにはプチョン(タイ)とジウェン(シンガポール)というクライマーがいますが、チームの目標はあくまでアヌアルをスプリント賞トップに導くことです。今日は山岳ステージなので、序盤の中間スプリントポイントを獲りにいく走りになるはずです」
愛三とクムサン。今大会ではどちらも平坦ステージのスプリントを狙うアジアのチームだ。ともに1勝ずつ上げており、アジアの自転車競技の今のレベルを、世界的なレースで提示してみせた。そして、今日のゲンティン・ハイランドで、また別のアジア人ライダーがその才能を見せることになるのだが、それはまた後に触れよう。
スタート地点プトラジャヤは、首都クアラルンプールから南に20kmほどのところにある新興の行政都市。国の機能としては実質上の首都だという。建物もこれまでのマレー半島東岸のものと違い、巨大で現代的だ。スタート前は曇り空で雨がぱらついたが、スタートする頃には晴れ間が覗き、いつもの暑熱がやってきた。
今日はモト(バイク)でレースを追いかける。まず目指すのは第1中間スプリントポイント。ここは逃げた2人の選手が先に通過したが、3位のポイントを争ってやはり飛び出したのはマナンとマシューズ。マシューズはチームメイトを伴ってポイント獲得を狙ったが、マナンの自力が2人のオージーを撃破。マナンは「どうだ!」と言わんばかりにマシューズに向けてガッツポーズ。
序盤のメイン集団の中で、愛三の選手たちは後ろを固め、控えめに走る。ただ一人、別府匠だけ一列棒状に伸びる集団前方に位置し、今日のステージへの気合いを感じさせる走りを見せる。第2スプリントポイントは、マナンがマシューズをぴったりマーク。どちらも集団から飛び出すことなく通過していった。
60km手前の最後のスプリントポイントは、すでに集団のコントロールを開始したISD・ネーリ勢が淡々と通過した。ここから40km先のゲンティン・ハイランド頂上まで、いよいよクライマー達の宴の始まりだ。
ゲンティン・ハイランドの正式な登り始めはゴールまで20kmのところから始まるが、実際はこのスプリントポイントを過ぎてまもなく、ゆるい林道の登りが始まる。だらだらとゆるやかに登るが、集団は40km近いハイスピードを維持したまま走っていく。
残り25km地点を迎えて突然選手たちがこぼれはじめる。ぽつ、ぽつと遅れ出す選手たち。ゲンティン・ハイランドを迎える前に、集団内では無言のふるい落としが始まったのだ。そして残り20km。「ここからゲンティン」の山岳の標識を過ぎると、突然道が大きく開け、そして斜度がキツくなる。
一気に縮小する集団。しかしこの登り始めの集団には別府匠の姿がある。今日の優勝候補筆頭のホセ・ルハノ(ヴェネズエラ)擁するISD・ネーリが、ルハノのために懸命に集団を牽引。先頭に2人の巨大な選手、そしてその後ろにひときわ小さく見えるルハノが涼しい顔をしてついていく。
ゴール前7kmの地点に先頭でやってきたのは2人。ルハノとイランの強豪クライマー、ホセイン・アスカリ(イラン、タブリス・ペトロケミカル)だ。
そして次に続く3人のパックの先頭を牽くのはゴン・ヒュソク(ソウルサイクリング)。韓国が誇るヒルクライマーがいいテンポで登っていく。
ゴールシーンを撮影するために選手をモトで追い抜いていく。残り5kmを待つまでもなく、ルハノが独走を開始していた。非常に軽快なペダリングで、見るからに異次元の走り。2005年ジロ・デ・イタリア山岳王が再び玉座に就かんと雲の上の頂を目指す。
果たして、ゴールに単独でやってきたのはルハノ。ジャージのファスナーを上げると、背中のポケットから何かカードのようなものを取り出し、それを掲げてゴール。その時は何を出したのかわからなかったが、後で写真で確認してみると…
愛する妻と子どもの写真のようだ。世界の中心で愛を叫ぶことはだいぶ流行を見せたけれど、雲の上の頂きで愛をかざすのも素敵なこと。もしかしたら、今年のジロ・デ・イタリアの山岳ステージで再びルハノが写真をかざすかもしれない。
単独で2位でやってきたのはゴン・ヒュソク! 並みいる選手たちを抑えてのゴールはゴン自身納得の走りだったのだろう、ガッツポーズを見せる歓喜のゴールだった。
ツアー・オブ・ジャパンの富士山TTでも存在感を見せつけたゴンだが、このランカウイの超級山岳で強豪選手たちと台頭以上に渡り合ったことはアジアの自転車界にまたひとつ明るいニュースだ。
ゴンは今後、間違いなくアジア随一のクライマーとして数多くの山岳で活躍するだろう。スプリンターとして西谷、マナン。クライマーにゴンと、アジア人のポテンシャルを充分に感じさせるこのツール・ド・ランカウイだ。
日本人選手で一番にゲンティン頂上にやってきたのは鈴木謙一。順位こそルハノから9分15秒遅れの31位だが、この超級山岳で粘り強い走りを見せた。
続いた別府匠は苦しい表情。平坦狙いに特化したチームの中で別府に山岳の結果を求めることは酷なのかもしれないが、はからずも今朝の別府のコメントを思い出した。山岳とは、残酷なもの。
雲の頂き、とはうまい言葉だなと思わせるゲンティン・ハイランド。霧にけぶるゴールラインに続々と選手が登ってくる。2人の選手の今日のゴールはなかなかに印象的だったので、最後に触れておきたい。
まず第2ステージからここまでリーダージャージを着続けたトビアス・エルラー(ドイツ、タブリス・ペトロケミカル)。山岳に強いチームの狙いは総合成績なため、リーダージャージを着ながらも集団の先頭を牽く姿が何度も見られたこの選手だが、リーダージャージの最後のゴールをウイリーでおどけてゴールしてみせた。
そして今日、ポイント賞ジャージ獲得に向け前進したマナン。ゲンティンでは早々に遅れたものの、21分8秒遅れのゴールラインで高々と両手を上げた。「ショーマン」と彼を評したジャーナリストがいるが、マナンはなかなかに観客の心をつかむのがうまい。
愛三は明日のクリテリウムに全てを注ぐ。西谷の2勝目こそがチームの悲願だ。しかしポイント賞ジャージを着るもうひとりのアジアンスプリンターには注意が必要だ。純白の全日本ジャージと、ターコイズブルーのポイントリーダーのスプリント争い。アジア人スプリンターの真価を見せつける舞台は、明日の最終ステージ、首都クアラルンプールだ。
愛三工業レーシングチームのホームページ内にツール・ド・ランカウイ2010特集サイトが特設されています。愛三の選手の戦いぶりはこちらでもご覧ください。
text&photo:Yufta Omata
今大会唯一の山岳ステージは、当然のようにランカウイの代名詞ゲンティン・ハイランドが舞台となる。漢字で「雲頂」と書くゲンティン。雲に届かん高地のヒルクライムレースは、どんな展開を見せるのか…。
愛三工業レーシングチームの今回の目標はスプリンター西谷泰治の区間優勝。その目標達成のために、前4ステージではチーム一丸となって力を使ってきた。そして第4ステージで見事に目標を達成する1勝を上げた。チームの狙いはあくまで平坦ステージであるから、今日は愛三としては、翌日を見越しての走りになるだろう。
しかし、愛三には日本で指折りのヒルクライマー別府匠がいる。どうしたって、ゲンティン・ハイランドでの走りに期待してしまうというもの。2006年大会でゲンティンを経験済みの別府は今日をどう走るのか。
別府 「前回走った時は、集団の一番後ろのグルペットで登り、勝負する走りをしたことはないので何とも言えないところなんですが。最近は大きなヒルクライムをしていないので、どこまで走れるかはわからないのですが、実力以上のものは出せないと思うので、それをうまく見極めて走りたいと思います」
どこか淡々と、気負うでもなく語ってくれた別府だが、最後に少し付け足した。「山岳って結果がすべてなので簡単なんです。残酷ですけれど」
昨日の優勝の波に乗るのはクムサン・ジンセン・アジアだ。マレーシアの星アヌアル・マナンはスプリント賞ジャージを最後に獲得するのが最大の目標となる。このレースでチームのキャプテンを務める五十嵐丈士は昨日の勝利をこう語る。
「昨日は最終局面で3人になって、僕が先頭、2番手にキム(・ヨンウク 韓国)がついて、3番手にアヌアルという態勢でスプリントに臨みました。うまくかみ合って、アヌアルをいい位置でスプリントさせることができたと思います。
チームにはプチョン(タイ)とジウェン(シンガポール)というクライマーがいますが、チームの目標はあくまでアヌアルをスプリント賞トップに導くことです。今日は山岳ステージなので、序盤の中間スプリントポイントを獲りにいく走りになるはずです」
愛三とクムサン。今大会ではどちらも平坦ステージのスプリントを狙うアジアのチームだ。ともに1勝ずつ上げており、アジアの自転車競技の今のレベルを、世界的なレースで提示してみせた。そして、今日のゲンティン・ハイランドで、また別のアジア人ライダーがその才能を見せることになるのだが、それはまた後に触れよう。
スタート地点プトラジャヤは、首都クアラルンプールから南に20kmほどのところにある新興の行政都市。国の機能としては実質上の首都だという。建物もこれまでのマレー半島東岸のものと違い、巨大で現代的だ。スタート前は曇り空で雨がぱらついたが、スタートする頃には晴れ間が覗き、いつもの暑熱がやってきた。
今日はモト(バイク)でレースを追いかける。まず目指すのは第1中間スプリントポイント。ここは逃げた2人の選手が先に通過したが、3位のポイントを争ってやはり飛び出したのはマナンとマシューズ。マシューズはチームメイトを伴ってポイント獲得を狙ったが、マナンの自力が2人のオージーを撃破。マナンは「どうだ!」と言わんばかりにマシューズに向けてガッツポーズ。
序盤のメイン集団の中で、愛三の選手たちは後ろを固め、控えめに走る。ただ一人、別府匠だけ一列棒状に伸びる集団前方に位置し、今日のステージへの気合いを感じさせる走りを見せる。第2スプリントポイントは、マナンがマシューズをぴったりマーク。どちらも集団から飛び出すことなく通過していった。
60km手前の最後のスプリントポイントは、すでに集団のコントロールを開始したISD・ネーリ勢が淡々と通過した。ここから40km先のゲンティン・ハイランド頂上まで、いよいよクライマー達の宴の始まりだ。
ゲンティン・ハイランドの正式な登り始めはゴールまで20kmのところから始まるが、実際はこのスプリントポイントを過ぎてまもなく、ゆるい林道の登りが始まる。だらだらとゆるやかに登るが、集団は40km近いハイスピードを維持したまま走っていく。
残り25km地点を迎えて突然選手たちがこぼれはじめる。ぽつ、ぽつと遅れ出す選手たち。ゲンティン・ハイランドを迎える前に、集団内では無言のふるい落としが始まったのだ。そして残り20km。「ここからゲンティン」の山岳の標識を過ぎると、突然道が大きく開け、そして斜度がキツくなる。
一気に縮小する集団。しかしこの登り始めの集団には別府匠の姿がある。今日の優勝候補筆頭のホセ・ルハノ(ヴェネズエラ)擁するISD・ネーリが、ルハノのために懸命に集団を牽引。先頭に2人の巨大な選手、そしてその後ろにひときわ小さく見えるルハノが涼しい顔をしてついていく。
ゴール前7kmの地点に先頭でやってきたのは2人。ルハノとイランの強豪クライマー、ホセイン・アスカリ(イラン、タブリス・ペトロケミカル)だ。
そして次に続く3人のパックの先頭を牽くのはゴン・ヒュソク(ソウルサイクリング)。韓国が誇るヒルクライマーがいいテンポで登っていく。
ゴールシーンを撮影するために選手をモトで追い抜いていく。残り5kmを待つまでもなく、ルハノが独走を開始していた。非常に軽快なペダリングで、見るからに異次元の走り。2005年ジロ・デ・イタリア山岳王が再び玉座に就かんと雲の上の頂を目指す。
果たして、ゴールに単独でやってきたのはルハノ。ジャージのファスナーを上げると、背中のポケットから何かカードのようなものを取り出し、それを掲げてゴール。その時は何を出したのかわからなかったが、後で写真で確認してみると…
愛する妻と子どもの写真のようだ。世界の中心で愛を叫ぶことはだいぶ流行を見せたけれど、雲の上の頂きで愛をかざすのも素敵なこと。もしかしたら、今年のジロ・デ・イタリアの山岳ステージで再びルハノが写真をかざすかもしれない。
単独で2位でやってきたのはゴン・ヒュソク! 並みいる選手たちを抑えてのゴールはゴン自身納得の走りだったのだろう、ガッツポーズを見せる歓喜のゴールだった。
ツアー・オブ・ジャパンの富士山TTでも存在感を見せつけたゴンだが、このランカウイの超級山岳で強豪選手たちと台頭以上に渡り合ったことはアジアの自転車界にまたひとつ明るいニュースだ。
ゴンは今後、間違いなくアジア随一のクライマーとして数多くの山岳で活躍するだろう。スプリンターとして西谷、マナン。クライマーにゴンと、アジア人のポテンシャルを充分に感じさせるこのツール・ド・ランカウイだ。
日本人選手で一番にゲンティン頂上にやってきたのは鈴木謙一。順位こそルハノから9分15秒遅れの31位だが、この超級山岳で粘り強い走りを見せた。
続いた別府匠は苦しい表情。平坦狙いに特化したチームの中で別府に山岳の結果を求めることは酷なのかもしれないが、はからずも今朝の別府のコメントを思い出した。山岳とは、残酷なもの。
雲の頂き、とはうまい言葉だなと思わせるゲンティン・ハイランド。霧にけぶるゴールラインに続々と選手が登ってくる。2人の選手の今日のゴールはなかなかに印象的だったので、最後に触れておきたい。
まず第2ステージからここまでリーダージャージを着続けたトビアス・エルラー(ドイツ、タブリス・ペトロケミカル)。山岳に強いチームの狙いは総合成績なため、リーダージャージを着ながらも集団の先頭を牽く姿が何度も見られたこの選手だが、リーダージャージの最後のゴールをウイリーでおどけてゴールしてみせた。
そして今日、ポイント賞ジャージ獲得に向け前進したマナン。ゲンティンでは早々に遅れたものの、21分8秒遅れのゴールラインで高々と両手を上げた。「ショーマン」と彼を評したジャーナリストがいるが、マナンはなかなかに観客の心をつかむのがうまい。
愛三は明日のクリテリウムに全てを注ぐ。西谷の2勝目こそがチームの悲願だ。しかしポイント賞ジャージを着るもうひとりのアジアンスプリンターには注意が必要だ。純白の全日本ジャージと、ターコイズブルーのポイントリーダーのスプリント争い。アジア人スプリンターの真価を見せつける舞台は、明日の最終ステージ、首都クアラルンプールだ。
愛三工業レーシングチームのホームページ内にツール・ド・ランカウイ2010特集サイトが特設されています。愛三の選手の戦いぶりはこちらでもご覧ください。
text&photo:Yufta Omata
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