2018/07/26(木) - 12:40
3週間に及ぶ長い戦いも結末が見えてきたツール・ド・フランス。長丁場となるレースを裏で支える人々の数も膨大だ。そんな世界最大のレースイベントの運営体制について、帯同する目黒誠子さんがレポート。
独走勝利のキンタナ。フェンスがあっても身を乗り出して応援 photo:Seiko.Meguro
ツール・ド・フランスも残り数日。今日は少しイベント運営やレース主催者目線で、ツールの現場の駐車場や警備等の「インフラ」について、私が見たもの感じたものを紹介します。数多くの関係者が関わりフランス全土が舞台となるマンモスイベントのインフラはどのようになっているのでしょうか?
さて、スタート会場へ!その日によりますが、選手はたいていスタート時間の1時間半前には会場に到着するので、私たちプレスやフォトグラファーも約2時間前には到着します。あるステージでのこと。宿泊先のホテルからスタート場所までの移動に高速道路を走っていたのですが、かなりの渋滞。
誘導されて進むツール関係車両 photo:Seiko.Meguro
「今日はなんだか混んでますね~」と少し焦りも感じていたとき、ツールの警備をしているジャンダルマリの「ウイウイウイウイ~」というサイレン音が聞こえてきました。その車に誘導されてついてきたのは、チームカーやツールのステッカーを張った関係者の車。一番右側の優先車線を悠々と通り越していきます。
「あ!もしかしたら私たちも乗れるはず!」と右側の車線へ移動し一番後ろにぴったりつき、優先車線を走らせてもらうことができました。おかげで渋滞に巻き込まれることなくスタート地点へ到着しました。フィニッシュ後も同様で、特に山岳フィニッシュのステージでは、メディアや関係者の車は、一般車の交通を解除する前に優先して通してもらうことができます。ツール・ド・フランスでは、こういう光景がよくあります。
チームも遅刻にはなりませんでしたが、バスの進入が遅くなってしまうようで、選手自身が自分の荷物を持ち(引き)自転車に乗ってチームパドックまで行く選手も。カートを器用に引く姿はさすが!ピエール・ロランもカメラを向けるこちらに気づいてニッコリ。サンダルで走るローソン・クラドック。
自転車でカートを引いて走るサイモン・クラーク。さすが~ photo:Seiko.Meguro
こちらに気づいたピエール・ロラン photo:Seiko.Meguro
サンダルで走るローソン・クラドック photo:Seiko.Meguro
ロードレースは公道を使って行われるので、スタートやフィニッシュ会場となるのはたいていの場合市街地であり、山岳ステージではスキー場、時にはいたって普通の道路が会場となります。関係者や観客の駐車場も、敷地の広い駐車場や公園、広場などが選ばれることが多いですが、いつもそのような広場があるわけではなく、道路そのものが駐車場となります。
交通規制を敷いていたり、片側だけを路駐に使ったりとその時で変わりますが、なかなか規制が厳しい日本ではあまり見られない光景。「ツール・ド・フランスが来るときだけ」かもしれませんが、「ツールだから街全体・地域全体・みんなで楽しもう」と黙認して楽しんでしまう雰囲気があります。
路駐の場所の指示もあらかじめされています photo:Seiko.Meguro
チームバスも路駐で準備 photo:Seiko.Meguro
中央の車は走っているのではなく駐車されている photo:Seiko.Meguro
「路肩にあげて下さい」と指示され上げてみた photo:Seiko.Meguro
スタート地点においてのプレス用の駐車場は、「プレスアヴォン(スタート前にコースに出る)」と「プレスアリエール(スタート後にコースに出る)」、そして「オーコース(基本的にコースに出ずに回り道をする)」と駐車する場所が決まっていて、各人のプランでどちらかの場所に車を停めます。窓を開けて「ボンジュール!プレスアヴォン」と伝えると、係の人が「あのカルフールの車の隣」などと、どこに停めたらよいか教えてくれます。
場所によっては「路肩に上げちゃって」などとアドバイスをしてくれることもあるのですが、その大胆な停め方に少し驚いてしまうことも。沿道での観客の駐車場もほとんど路駐です。スタート後、「迂回路を抜けコースに入る」というとき、路駐している車がたくさん見えてくると、「コースが近い」という合図。観戦に来る人々の車です。
「ここから先はコースだから」と道路を遮り進入禁止にするときも、ブロックやフェンスだけでなく、トラックや警察車両を道路の真ん中に置き、ブロックしていることが多いです。ジャンダルマリや警備の人がいてコースの中に入りたい時は、その旨伝えればOK。
バスで道をふさいで進入禁止 photo:Seiko.Meguro
鉄柵と車で二重に囲まれています photo:Seiko.Meguro
ブロックでこの先通行止め photo:Seiko.Meguro
公道を使ってのマンモス級に大きいツールの警備は誰が当たっているのでしょうか?もちろん国や自治体や警察の協力がなくては成り立ちません。ツール・ド・フランスの場合、レースを全面的にサポートするのは、ポリスナシオナルとジャンダルマリと呼ばれる2つの系統の警察。
どちらも警察ですが、ポリスナシオナルは警察庁管轄の警察で、ジャンダルマリは国防省管轄の警察。日本で例えるとすれば機動隊にあたるのか、軍隊所属の警察機構で、大統領の護衛から街中の交通整理や取り締りなどもしているそう。全レースのルートを選手とともにオートバイで走るのは約50名の選ばれた精鋭たち。
ポリスナシオナルとジャンダルマリの人数をすべて合わせると、その数約29,000人。(2015年は23,000人)。この数には、ルート上各地域の立哨に当たる、つまりコースに合流するすべての脇道に立つジャンダルマリも含まれています。ラルプデュエズなどの人気のところは、20メートルごとにジャンダルマリを配置させているにも関わらず、今回のニバリのようなことが起こってしまいました。
二キロほど先からバリケード photo:Seiko.Meguro
この直後に腕をつかまれる photo:Seiko.Meguro
後ろを振り向くゲラント・トーマス photo:Seiko.Meguro
第12ステージのラルプデュエズで、ヴィンチェンツォ・ニバリの自転車のハンドルが、観客の構えるカメラのベルトにひっかかってしまい落車、胸椎を骨折する大けがをし、リタイアを余儀なくされました。鉄柵区間のわずか数メートル手前でした。鉄柵やフェンスがあれば防げたかもしれない……、主催者側の警備体制に問題があるのでは、と言われています。
そして、そのように言われている最中に起こったのは今日の第17ステージ。サンラリースランのフィニッシュまで残り150mというところで、マイヨジョーヌを着たゲラント・トーマスの左腕を、フェンスから身を乗り出しわしづかみにしようとした観客がいました。とっさに振り向くゲラント・トーマスを私は見ていたのですが、落車がなくてよかったものの、しっかりとバリアが張られたところでさえも、このようなことが起こってしまいました。
警備をするジャンダルマリ photo:Seiko.Meguro
ロードレースは公道を使って行われるので、いつもの道、いつもの広場で行われるスポーツであるからには、コースすべてに鉄柵をつけるわけにもいかないでしょう。鉄柵やフェンスなどのバリアを使い安全を確保するとなると、1m単位で予算が上がっていき、それはとてつもない数になります。
観客の意識が低下しているのでしょうか?現地でヒアリングしてみました。やはり危険に感じている人は多く、ラルプデュエズで観戦していたドイツ人は「選手が走るスペースを開けないととても危険」と言っていました。主にテレビで観戦しているというフランス人のご夫婦は「ラルプデュエズのステージをテレビで見ていたけど、あれはすごかったよね。ニバリがあんな風になってしまって……」と残念がっていました。
観客の声援に応えるようにボトルを投げるサガン photo:Seiko.Meguro
同じく第17ステージのフィニッシュ後。上着を着て自転車に乗り下山するフルームを、警備をしていたジャンダルマリがファンだと勘違いし、右腕をつかみ落車させてしまいました。もう警備やフェンスなど、物理的な問題ではないような気がします。公道で不特定多数の人々を前に行われるツール・ド・フランスにとってのインフラとは、そこに変化を与える「人」であって、観客やツール・ド・フランスに携わる人すべてに対する啓蒙や意識変化が必要なのかもしれません。
目黒誠子(めぐろせいこ) 筆者プロフィール:目黒 誠子(めぐろせいこ)
宮城県丸森町生まれ。2006年ジャパンカップサイクルロードレースに業務で携わってからロードレースの世界に魅了される。2014年より3年間、ツアー・オブ・ジャパンでは海外チームの招待・連絡を担当していた。ロードバイクでのサイクリングを楽しむ。航空会社の広報系の仕事にも携わり、折り紙飛行機の指導員という変わりダネ資格を持つ。現在は宮城県丸森町に拠点を置きつつ、海外の自転車事情やライフスタイルを取材しながら、ライター、プロデューサー、コーディネーターとして活動。自転車とまちづくり・クリーン工房アドバイザー、「自転車と旅の日~MARUVÉLO(マルベロ)」主宰。(https://www.facebook.com/maruvelo/)
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ツール・ド・フランスも残り数日。今日は少しイベント運営やレース主催者目線で、ツールの現場の駐車場や警備等の「インフラ」について、私が見たもの感じたものを紹介します。数多くの関係者が関わりフランス全土が舞台となるマンモスイベントのインフラはどのようになっているのでしょうか?
さて、スタート会場へ!その日によりますが、選手はたいていスタート時間の1時間半前には会場に到着するので、私たちプレスやフォトグラファーも約2時間前には到着します。あるステージでのこと。宿泊先のホテルからスタート場所までの移動に高速道路を走っていたのですが、かなりの渋滞。
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「今日はなんだか混んでますね~」と少し焦りも感じていたとき、ツールの警備をしているジャンダルマリの「ウイウイウイウイ~」というサイレン音が聞こえてきました。その車に誘導されてついてきたのは、チームカーやツールのステッカーを張った関係者の車。一番右側の優先車線を悠々と通り越していきます。
「あ!もしかしたら私たちも乗れるはず!」と右側の車線へ移動し一番後ろにぴったりつき、優先車線を走らせてもらうことができました。おかげで渋滞に巻き込まれることなくスタート地点へ到着しました。フィニッシュ後も同様で、特に山岳フィニッシュのステージでは、メディアや関係者の車は、一般車の交通を解除する前に優先して通してもらうことができます。ツール・ド・フランスでは、こういう光景がよくあります。
チームも遅刻にはなりませんでしたが、バスの進入が遅くなってしまうようで、選手自身が自分の荷物を持ち(引き)自転車に乗ってチームパドックまで行く選手も。カートを器用に引く姿はさすが!ピエール・ロランもカメラを向けるこちらに気づいてニッコリ。サンダルで走るローソン・クラドック。
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ロードレースは公道を使って行われるので、スタートやフィニッシュ会場となるのはたいていの場合市街地であり、山岳ステージではスキー場、時にはいたって普通の道路が会場となります。関係者や観客の駐車場も、敷地の広い駐車場や公園、広場などが選ばれることが多いですが、いつもそのような広場があるわけではなく、道路そのものが駐車場となります。
交通規制を敷いていたり、片側だけを路駐に使ったりとその時で変わりますが、なかなか規制が厳しい日本ではあまり見られない光景。「ツール・ド・フランスが来るときだけ」かもしれませんが、「ツールだから街全体・地域全体・みんなで楽しもう」と黙認して楽しんでしまう雰囲気があります。
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場所によっては「路肩に上げちゃって」などとアドバイスをしてくれることもあるのですが、その大胆な停め方に少し驚いてしまうことも。沿道での観客の駐車場もほとんど路駐です。スタート後、「迂回路を抜けコースに入る」というとき、路駐している車がたくさん見えてくると、「コースが近い」という合図。観戦に来る人々の車です。
「ここから先はコースだから」と道路を遮り進入禁止にするときも、ブロックやフェンスだけでなく、トラックや警察車両を道路の真ん中に置き、ブロックしていることが多いです。ジャンダルマリや警備の人がいてコースの中に入りたい時は、その旨伝えればOK。
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どちらも警察ですが、ポリスナシオナルは警察庁管轄の警察で、ジャンダルマリは国防省管轄の警察。日本で例えるとすれば機動隊にあたるのか、軍隊所属の警察機構で、大統領の護衛から街中の交通整理や取り締りなどもしているそう。全レースのルートを選手とともにオートバイで走るのは約50名の選ばれた精鋭たち。
ポリスナシオナルとジャンダルマリの人数をすべて合わせると、その数約29,000人。(2015年は23,000人)。この数には、ルート上各地域の立哨に当たる、つまりコースに合流するすべての脇道に立つジャンダルマリも含まれています。ラルプデュエズなどの人気のところは、20メートルごとにジャンダルマリを配置させているにも関わらず、今回のニバリのようなことが起こってしまいました。
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そして、そのように言われている最中に起こったのは今日の第17ステージ。サンラリースランのフィニッシュまで残り150mというところで、マイヨジョーヌを着たゲラント・トーマスの左腕を、フェンスから身を乗り出しわしづかみにしようとした観客がいました。とっさに振り向くゲラント・トーマスを私は見ていたのですが、落車がなくてよかったものの、しっかりとバリアが張られたところでさえも、このようなことが起こってしまいました。
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観客の意識が低下しているのでしょうか?現地でヒアリングしてみました。やはり危険に感じている人は多く、ラルプデュエズで観戦していたドイツ人は「選手が走るスペースを開けないととても危険」と言っていました。主にテレビで観戦しているというフランス人のご夫婦は「ラルプデュエズのステージをテレビで見ていたけど、あれはすごかったよね。ニバリがあんな風になってしまって……」と残念がっていました。
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宮城県丸森町生まれ。2006年ジャパンカップサイクルロードレースに業務で携わってからロードレースの世界に魅了される。2014年より3年間、ツアー・オブ・ジャパンでは海外チームの招待・連絡を担当していた。ロードバイクでのサイクリングを楽しむ。航空会社の広報系の仕事にも携わり、折り紙飛行機の指導員という変わりダネ資格を持つ。現在は宮城県丸森町に拠点を置きつつ、海外の自転車事情やライフスタイルを取材しながら、ライター、プロデューサー、コーディネーターとして活動。自転車とまちづくり・クリーン工房アドバイザー、「自転車と旅の日~MARUVÉLO(マルベロ)」主宰。(https://www.facebook.com/maruvelo/)
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