2018/07/24(火) - 13:02
第2回目の休息日をカルカッソンヌで迎えたツール・ド・フランス。注目のチームスカイの記者会見にはフルームとトーマスの2人が揃って現れ、記者たちの質問に答えた。新しいことは何も言わない2人だが、最終の第3週突入に向けて、どちらが本当のエースなのだろうか?
クリストファー・フルームとゲラント・トーマスの2人が臨席したチームスカイの休息日記者会見 photo:Makoto.AYANO
南仏のまばゆい日差しが照りつける世界遺産の街カルカッソンヌ。総合1位にゲラント・トーマス、2位にクリストファー・フルームの2人のイギリス人を擁するチームスカイの記者会見が催された。いつものようにジャーナリスト個別への招待メールはなく、前日のプレスセンターに案内用の紙が置かれただけだったのは、ジャンニ・モスコンのフランス人選手への暴行によるツール除外の騒動があったことも関係があるのだろう。
トーマスとフルームの2人が、チームメイトを伴わずに2人だけの記者会見の席についた。案内が周知されなかったにもかかわらず、会場となったカンパニールホテルの屋外ステージには溢れんばかりの報道陣が詰めかけた。一昨日のマンド飛行場にフィニッシュする第14ステージ後にトム・デュムランが発した、フルームとトーマスの走りについての疑問のコメントもメディアの火種となっていた。
デュムランはステージ終了後にこう話した。「僕にとって難しいステージだったけど、彼らふたりともがそれぞれ自分の優勝に向けて走っているかのようだった。僕が最初にアタックすると、トーマスが僕の後輪につけてきた。フルームがその差を詰めると続いてアタックした。すると今度はトーマスがフルームとの差を詰めようとしているようだった」。
チームスカイの記者会見には会場から溢れんばかりのメディアが詰めかけた photo:Makoto.AYANO
フルームとトーマスの、同チーム内の総合優勝争いというゴシップは、ライバルたちとの順位争いよりも興味を惹くのは確か。トーマスが遅れる気配を見せないなか、ツール・ド・フランス5勝目、「ダブルツール」とグランツール4連勝、合計7勝目という歴史を作ろうとしているフルームが、チームメイトのトーマスに大人しくマイヨジョーヌを譲ることがあるのか? メディアたちの質問はその点に集中した。
しかしトーマスは、今までコメントしてきた「クリス(フルーム)がリーダーで、彼のために走っている」と同じ内容のことを繰り返す。トーマスはあえてこの日マイヨジョーヌを着て現れず、持参もしなかった。チームスカイはフルームのために今までに勝ったグランツールのイラストを入れた新しいピナレロDOGMAを用意した(下部で紹介)。フルームに対して最大の配慮をしていることを感じる。
トーマスは言う。「これまでと何ら変わらず、勝つことは全然考えていないんだ。一日一日、その日のことだけを考えて走っている。ここに来るまでの夢は表彰台に登ることだった。それは今でも気持ちのうえでは変わっていない」。
「リーダーはフルーミー。クリスのために僕は走っている」と繰り返すゲラント・トーマス photo:Makoto.AYANO
「正直に言って、クリスがリーダーだ。彼は3週間のレースの走り方を知っている。対して僕はそうでなく、何でも起こりうる。自分の身体がこれからのステージにどう応じることができるか、わからない」。
トーマスから1分39秒差の総合2位につけるフルームは、慎重に言葉を選んで話す。「チームスカイの選手がパリの表彰台の一番高いところに登ることができれば、僕はハッピーだ」。
これからのピレネーでの3日間で、もし自身が優勝しようというのなら、必然的にチームメイトと闘うことになるが? という問いに対して、フルームは応える。
「総合1位と2位。僕たちは素晴らしいポジションに居る。僕ら同士が闘うのではなく、他のチームの選手たちが僕らに対してタイムを取り返すべくアタックする必要があるということ。僕らにとって理想のシナリオは、僕らが1位と2位のまま(第20ステージの)タイムトライアルを迎えること。それもライバルたちに対して安心できるタイム差を保ったまま。そうすれば最後のタイムトライアルで勝利を決めることは危険なことではなくなる。TTに強いデュムランとログリッチェが居る限り、彼らが最大の懸念材料だ。それは絶対だ」。
フルームとトーマス、ふたりのインタビューは笑顔が絶えない photo:Makoto.AYANO
トーマスは言う。「大事なことは僕らが勝つことで、ふたりの闘いをしていてデュムランが勝つようなことがあってはならない。そうなるのは馬鹿げている。ふたりのうちどちらかが勝てばハッピーだ。もちろん僕は自分が勝てばフルーミーよりハッピーだろうけど」。
並んで座る2人は終始余裕のある笑顔で、緊張感は無い。時折顔を見合わせ、笑う。「これは君の応える番だ」と親しげに合図する様子に、2人の間にわだかまりはあるようには見えない。
リッチー・ポートやヴィンチェンツォ・ニバリ、そしてリゴベルト・ウランらが落車により離脱した今、総合争いは絞られつつあり、総合成績ではトム・デュムラン(サンウェブ)、プリモシュ・ログリッチェ(ロットNLユンボ)、ロマン・バルデ(アージェードゥーゼール)、ミケル・ランダ(モビスター)、ステフェン・クライスヴァイク(ロットNLユンボ)らが2人に続く。
クリストファー・フルームにとってツール5勝目、ダブルツール達成、4連続グランツール制覇の歴史的勝利がかかっている photo:Makoto.AYANO
「誰がもっとも恐れるべきライバル?」との問に、フルームは「デュムラン」と応える。
「デュムランは過去の僕のライバルとは違うタイプの選手だ。例えばコンタドールやキンタナ、ニバリとは違って、グランツールの走り方を学び、知ったタイムトライアルのスペシャリストだ。彼は大きなアタックがあった際もグループから数メートル遅れることを厭わない。一人きりで走ることも問題としない。彼はいつも計算づくだし、プランされた走りをする。他のライバルたちに比べて、トムに対しては別のアクション、闘い方が必要だ」。
ログリッチェに関しては「TTの才能があり、アタックしたとおりこの数日で調子も上げている。これからのステージでさらに脅威になるだろう」と警戒する。
記者の質問は、やはり2人のチーム内バトルに話を戻す。かつて2012年ツール・ド・フランスで、ブラドレー・ウィギンズとフルームが同チーム内でリーダーを争ったように、今回も2人の間に内紛状態が存在するのかどうかを探る。ベルナール・イノーとグレッグ・レモン、ミゲル・インデュラインとペドロ・デルガド、アルベルト・コンタドールとランス・アームストロング...。同一チーム内に強いリーダーが2人いたとき、総合優勝を巡る葛藤と内部闘争は起こってきた。はたして歴史は繰り返すのか?
したたかな性格で知られるゲラント・トーマスだが、フルームと長年の友であることも事実 photo:Makoto.AYANO
トーマスは言う。「僕たちはいい友人だよ。これまで同じチームでずっと、たぶん10年か11年は一緒に走ってきている。(イギリスの)ほぼ同じ地域に住んでいるし、よく一緒に練習する。もちろん今もね」。
フルームとトーマスは2008年から南アフリカ籍のプロチーム「バルロワールド」で一緒のチームメイトだった。そのチームでツール出場を経験し、2010年に誕生したチームスカイに移籍した。付け加えれば、チームスカイは「5年以内にチームからイギリス人選手のツール・ド・フランス優勝者を出す」というミッションをもとに結成されたチームだ。
笑顔を絶やさないフルームが付け加える。「バルロワールドで一緒に走り始めたときを思い返せば、今ここにふたりで、今の順位で、こうして座っていることは本当のことなのかと思ってしまうね。僕についてはツールに4勝し、今2位でツールの最終週を迎えようとしている。あのときのふたりのどちらかが今の状況を信じていたとはとても思えないよ」。
並んで歩きながら話すクリストファー・フルームとゲラント・トーマス。仲の良さは疑いようもない photo:Makoto.AYANO
今のところ、2012年のウィギンズとフルームのときのような問題が有るようには見えない。しかしトーマスも、ただフルームの勝利のために走っているようにも見えない。
遡れば2011年のブエルタ・ア・エスパーニャでは、ウィギンズがチームスカイの絶対リーダーであり、唯一のカードだった。しかし新顔のフルームが山岳で予期せぬ強さを発揮し、同時にウィギンズがバッド・デイを迎えてしまう。フルームは遅れるウィギンズを待ったがために、優勝を逃す。そしてそのしこりを残したまま迎えた2012年ツールでは、ウィギンズの総合優勝を成し遂げたが、フルームがしばしば山岳でウィギンズを(苛立ちながら)待つ仕草を披露し、2人の不仲はツール終了後に露呈した。
デュムランが焚き付けた話だが、ラルプデュエズへのフィニッシュでは2人はうまく協調していたように見える。フルームはマイヨジョーヌのトーマスに対してアタックしなかった。トーマスもフルームに対してアタックはしなかった。フルームはロマン・バルデのアタックを追走したとき以外はマイヨジョーヌをアシストする走りを見せ、トーマスはそれに助けられてデュムランを利用し、最後にはステージ優勝もさらった。2日連続で、ボーナスタイムも獲得。そのトーマスの走りとリザルトがフルームのアシストにもなっている。フルームが言う「チームスカイとしてはパーフェクトなポジション」という言葉どおりに。
第15ステージの1級山岳ピック・ド・ノールを越えるマイヨジョーヌのゲラント・トーマス。前を走るクリストファー・フルームがアシストする photo:Makoto.AYANO
これからのピレネー山岳ステージ連戦でトーマスは自らアタックする必要がないが、フルームにはライバルたちを追ってアタックする自由と役割がある。問題はトーマスがそれについていけるかどうかだ。あるいは、ともにこの先「エゴ」を出すつもりはあるのだろうか?
クリテリウム・デュ・ドーフィネで総合優勝して乗り込んできたこのツール・ド・フランスだが、トーマスには1週間のレースで実績を出せても、3週間のグランツールで2週を越えてリードを保ったことはない。2015年と2016年ツールで、それぞれ15位が2度。それが最高位だ。昨年のデュッセルドルフで開幕したツールのオープニングタイムトライアルで勝利してマイヨジョーヌを着たとしても、その後には続かない。リーダーはフルーム。それは今まで変わることがなかった。
チームスカイ監督のニコラ・ポルタルが質問に応える photo:Makoto.AYANO元選手のニコラ・ポルタル助監督は言う。「G(トーマス)がどれだけ今の好調を維持できるかは我々にもわからない。同様にフルーミーがジロを走った後なのにこれだけ好調なのも我々にとってどちらも驚きだ。我々は1位と2位という凄いポジションについている。これからのピレネーの3日間でチームとして何をすべきかはプランしている。フルームとトーマスも、自分たちが何をすべきかはわかっている」。
遅れる気配をまったく見せないトーマス。先が読めないのは自身も監督陣と同じだ。トーマスは言う。「正直言って、これから何が起こるかわからない。最終週という曲がり角の先に何が待っているか、知る由もない」。
エースがリタイアした際に、次に控えるセカンドエースが繰り上がる「プランB」と言うよりも、トーマスはフルームのメリットのためにも自由に動くことを許された「ダブルエースのひとり」だった。しかも(フルームがピンチを迎えるような)特別な場合を除いては、フルームのために犠牲となる走りに徹することは作戦上も免除されている。
クリストファー・フルーム(チームスカイ)が第3週に乗るべく用意されたバイクにはツール4勝、ブエルタ1勝、ジロ1勝のデザインがあしらわれる photo:Makoto.AYANO
フルームが今までに制したグランツールを表すサイン photo:Makoto.AYANO
こちらは別のバイク。数バージョンか用意されるようだ photo:Makoto.AYANO
フルームは言葉を選びつつも、チームスカイの誰かが勝つことができればいいという方向を示した。ピレネー山岳連戦でトーマスが遅れなければ、TTではおそらく1分程度フルームがタイムを返すだろうと予想される。しかしその1分程度では、マイヨ・ジョーヌはフルームに移らない。現在のトーマスとのタイム差1分39秒。それだけの大きなタイム差がある。
チームスカイの監督のセルヴァイス・クナーフェンは言う。「問題は見えない。ツールがスタートしたときからうまくいっている。Gとフルーミーはすでにうまく一緒に走って年を重ねてきた。今までも問題は無かった。チームスカイは2枚のカードを切れるんだ」。
ツールに勝てるのはひとりだとすると、チームとして2人のうちどちらがリーダーかを決める必要があるのではないのか? という問いに対して、クナーフェン監督はこう応える。
楕円ギア「オシンメトリック」開発者も応援に駆けつけた photo:Makoto.AYANO
日本からの現地観戦ファンもチームスカイのホテルに駆けつけた photo:Makoto.AYANO
「レースがこれからどう展開するかをみていく。何かを決めなければならないときはそうする。しかしレースをしているのはフルーミーとGだけではない。他のライバル選手たちがアタックを仕掛けてくる。ツールはタフなレースだ。展開がどうなるかをみなくてはならない。状況に応じてどういった決定を下すべきか我々は知っている。でもそれをするのはその時で、今じゃない」。
記者会見の後は、チームのスポンサーでもあるスカイのスポーツニュース番組用のインタビューを収録。もちろんチームの意に沿う質問が用意されていた。
「2人の仲良し度をアピール」そうした意向や演出は感じるにせよ、2人の様子を見る限り、仲睦まじいことに演技は無さそうだ。少なくとも、同じチームに居ながら一言も交わさず、空気が冷めきっていたウィギンズとの2012年のツールとは事情が違うのは確かだろう。
■トーマスとフルームが最大のライバルと考えるトム・デュムランの記者会見より
その上向き調子な走りからも、トーマスに1分50秒、フルームに11秒という現在のタイム差からも2人のライバルとなるのがトム・デュムラン(サンウェブ)だ。最終日前に個人タイムトライアルがあることも、現TT世界チャンピオンが打倒マイヨジョーヌ候補として有力視されるのは当然だ。
チームスカイとの闘い方を問われて笑顔で応えるトム・デュムラン(オランダ、サンウェブ) photo:Makoto.AYANO
デュムランは同じ休息日にサンウェブの開いた記者会見でこう話す。「この2週間は、ジロのときに比べて自分が少し強くなっているように感じている。それはいいことだけれど、自分にとっては今年すでにグランツール(ジロ・デ・イタリア)を走った後で、この後のツール第三週をどういうふうに走るのかが問題だ。この1週間でその答えは出るのだけれど」。
昨年ジロで総合優勝したとはいえ、デュムランがツールで総合争いを繰り広げるのははじめてのこと。
「それはジロでも未体験。ジロでは肉体的にもっと多くのものを要求された。ツールの第一週は肉体的にはイージーだったけど、精神的には大変だった。多くの選手がリスクを冒してくることから落車の危険も多かったし、ストレスに満ちていた」。
そしてチームスカイの2人がリードしている状況で、2人を相手に走る。そのうちのどちらがエースなのか。闘うべきはトーマスとフルーム、どちらだと思うのか?
休息日トレーニングに出るトム・デュムランとサンウェブ photo:Makoto.AYANO
デュムランは言う。「今までとはまったく違う状況で、少し奇妙でもある。彼らがどう走るかが見えないし、それに対して、その状況になって自分がどう走るかがわからない。レースのシナリオに何が書いてあるのか、よく考えなくてはならない。それは得意だけれど...。きっと大丈夫だろう」。
最大のライバルは誰?と訊かれ「今の段階ではトーマスのほうがフルームと僕よりもタイムが大きくいいから、トーマスと言わざるを得ない。でもあと6日しかない。シャンゼリゼステージを数えないなら5日。そしてトーマスはすごく強い。ジロでのサイモン(イェーツ)のようなクラック(陥落)は期待していないが、それが起こるとは思わない。僕はチャンスを待つ。今のタイム差はタイムトライアルだけで取り返すには大きすぎる。僕にはトーマスのバッド・デイが必要だろうね」。
ジャンニ・モスコンのレース除外については「レースの最初の段階がモスコンとルーク・ロウの仕事だった。彼らは代わりにそれをする選手を探さなければいけないね」。
郊外のサンウェブのホテルでファンの記念撮影に応じるトム・デュムラン photo:Makoto.AYANO
第17ステージの、65kmという前例の無い短距離の山岳ステージについては「タイムトライアルと同じようなウォームアップが必要なステージと思っている。最初の山でアタックする選手たちが出るだろうけれど、総合優勝争いの選手たちは最後の山を待つだろう。そんなに短い距離の山岳ステージは走ったことがないけど、何が起こるかは楽しみにしている」。
最後に、自身のマイヨジョーヌの可能性についてはこう応えた。「もちろん可能性はある。それ無しにはレースは走れないよ。今はとても神経質になっているけれど、それを隠す必要もないと思っている。誰にとってもナーバスな最終週になる。精神的にも強さが求められるけど、うまく自身をコントロールする自信はある」。
text:Makoto AYANO
photo:Makoto AYANO, Kei Tsuji ,CorVos in Carcassonne France
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南仏のまばゆい日差しが照りつける世界遺産の街カルカッソンヌ。総合1位にゲラント・トーマス、2位にクリストファー・フルームの2人のイギリス人を擁するチームスカイの記者会見が催された。いつものようにジャーナリスト個別への招待メールはなく、前日のプレスセンターに案内用の紙が置かれただけだったのは、ジャンニ・モスコンのフランス人選手への暴行によるツール除外の騒動があったことも関係があるのだろう。
トーマスとフルームの2人が、チームメイトを伴わずに2人だけの記者会見の席についた。案内が周知されなかったにもかかわらず、会場となったカンパニールホテルの屋外ステージには溢れんばかりの報道陣が詰めかけた。一昨日のマンド飛行場にフィニッシュする第14ステージ後にトム・デュムランが発した、フルームとトーマスの走りについての疑問のコメントもメディアの火種となっていた。
デュムランはステージ終了後にこう話した。「僕にとって難しいステージだったけど、彼らふたりともがそれぞれ自分の優勝に向けて走っているかのようだった。僕が最初にアタックすると、トーマスが僕の後輪につけてきた。フルームがその差を詰めると続いてアタックした。すると今度はトーマスがフルームとの差を詰めようとしているようだった」。
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フルームとトーマスの、同チーム内の総合優勝争いというゴシップは、ライバルたちとの順位争いよりも興味を惹くのは確か。トーマスが遅れる気配を見せないなか、ツール・ド・フランス5勝目、「ダブルツール」とグランツール4連勝、合計7勝目という歴史を作ろうとしているフルームが、チームメイトのトーマスに大人しくマイヨジョーヌを譲ることがあるのか? メディアたちの質問はその点に集中した。
しかしトーマスは、今までコメントしてきた「クリス(フルーム)がリーダーで、彼のために走っている」と同じ内容のことを繰り返す。トーマスはあえてこの日マイヨジョーヌを着て現れず、持参もしなかった。チームスカイはフルームのために今までに勝ったグランツールのイラストを入れた新しいピナレロDOGMAを用意した(下部で紹介)。フルームに対して最大の配慮をしていることを感じる。
トーマスは言う。「これまでと何ら変わらず、勝つことは全然考えていないんだ。一日一日、その日のことだけを考えて走っている。ここに来るまでの夢は表彰台に登ることだった。それは今でも気持ちのうえでは変わっていない」。
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これからのピレネーでの3日間で、もし自身が優勝しようというのなら、必然的にチームメイトと闘うことになるが? という問いに対して、フルームは応える。
「総合1位と2位。僕たちは素晴らしいポジションに居る。僕ら同士が闘うのではなく、他のチームの選手たちが僕らに対してタイムを取り返すべくアタックする必要があるということ。僕らにとって理想のシナリオは、僕らが1位と2位のまま(第20ステージの)タイムトライアルを迎えること。それもライバルたちに対して安心できるタイム差を保ったまま。そうすれば最後のタイムトライアルで勝利を決めることは危険なことではなくなる。TTに強いデュムランとログリッチェが居る限り、彼らが最大の懸念材料だ。それは絶対だ」。
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並んで座る2人は終始余裕のある笑顔で、緊張感は無い。時折顔を見合わせ、笑う。「これは君の応える番だ」と親しげに合図する様子に、2人の間にわだかまりはあるようには見えない。
リッチー・ポートやヴィンチェンツォ・ニバリ、そしてリゴベルト・ウランらが落車により離脱した今、総合争いは絞られつつあり、総合成績ではトム・デュムラン(サンウェブ)、プリモシュ・ログリッチェ(ロットNLユンボ)、ロマン・バルデ(アージェードゥーゼール)、ミケル・ランダ(モビスター)、ステフェン・クライスヴァイク(ロットNLユンボ)らが2人に続く。
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ログリッチェに関しては「TTの才能があり、アタックしたとおりこの数日で調子も上げている。これからのステージでさらに脅威になるだろう」と警戒する。
記者の質問は、やはり2人のチーム内バトルに話を戻す。かつて2012年ツール・ド・フランスで、ブラドレー・ウィギンズとフルームが同チーム内でリーダーを争ったように、今回も2人の間に内紛状態が存在するのかどうかを探る。ベルナール・イノーとグレッグ・レモン、ミゲル・インデュラインとペドロ・デルガド、アルベルト・コンタドールとランス・アームストロング...。同一チーム内に強いリーダーが2人いたとき、総合優勝を巡る葛藤と内部闘争は起こってきた。はたして歴史は繰り返すのか?
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フルームとトーマスは2008年から南アフリカ籍のプロチーム「バルロワールド」で一緒のチームメイトだった。そのチームでツール出場を経験し、2010年に誕生したチームスカイに移籍した。付け加えれば、チームスカイは「5年以内にチームからイギリス人選手のツール・ド・フランス優勝者を出す」というミッションをもとに結成されたチームだ。
笑顔を絶やさないフルームが付け加える。「バルロワールドで一緒に走り始めたときを思い返せば、今ここにふたりで、今の順位で、こうして座っていることは本当のことなのかと思ってしまうね。僕についてはツールに4勝し、今2位でツールの最終週を迎えようとしている。あのときのふたりのどちらかが今の状況を信じていたとはとても思えないよ」。
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デュムランが焚き付けた話だが、ラルプデュエズへのフィニッシュでは2人はうまく協調していたように見える。フルームはマイヨジョーヌのトーマスに対してアタックしなかった。トーマスもフルームに対してアタックはしなかった。フルームはロマン・バルデのアタックを追走したとき以外はマイヨジョーヌをアシストする走りを見せ、トーマスはそれに助けられてデュムランを利用し、最後にはステージ優勝もさらった。2日連続で、ボーナスタイムも獲得。そのトーマスの走りとリザルトがフルームのアシストにもなっている。フルームが言う「チームスカイとしてはパーフェクトなポジション」という言葉どおりに。
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クリテリウム・デュ・ドーフィネで総合優勝して乗り込んできたこのツール・ド・フランスだが、トーマスには1週間のレースで実績を出せても、3週間のグランツールで2週を越えてリードを保ったことはない。2015年と2016年ツールで、それぞれ15位が2度。それが最高位だ。昨年のデュッセルドルフで開幕したツールのオープニングタイムトライアルで勝利してマイヨジョーヌを着たとしても、その後には続かない。リーダーはフルーム。それは今まで変わることがなかった。
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チームスカイの監督のセルヴァイス・クナーフェンは言う。「問題は見えない。ツールがスタートしたときからうまくいっている。Gとフルーミーはすでにうまく一緒に走って年を重ねてきた。今までも問題は無かった。チームスカイは2枚のカードを切れるんだ」。
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「レースがこれからどう展開するかをみていく。何かを決めなければならないときはそうする。しかしレースをしているのはフルーミーとGだけではない。他のライバル選手たちがアタックを仕掛けてくる。ツールはタフなレースだ。展開がどうなるかをみなくてはならない。状況に応じてどういった決定を下すべきか我々は知っている。でもそれをするのはその時で、今じゃない」。
記者会見の後は、チームのスポンサーでもあるスカイのスポーツニュース番組用のインタビューを収録。もちろんチームの意に沿う質問が用意されていた。
「2人の仲良し度をアピール」そうした意向や演出は感じるにせよ、2人の様子を見る限り、仲睦まじいことに演技は無さそうだ。少なくとも、同じチームに居ながら一言も交わさず、空気が冷めきっていたウィギンズとの2012年のツールとは事情が違うのは確かだろう。
■トーマスとフルームが最大のライバルと考えるトム・デュムランの記者会見より
その上向き調子な走りからも、トーマスに1分50秒、フルームに11秒という現在のタイム差からも2人のライバルとなるのがトム・デュムラン(サンウェブ)だ。最終日前に個人タイムトライアルがあることも、現TT世界チャンピオンが打倒マイヨジョーヌ候補として有力視されるのは当然だ。

デュムランは同じ休息日にサンウェブの開いた記者会見でこう話す。「この2週間は、ジロのときに比べて自分が少し強くなっているように感じている。それはいいことだけれど、自分にとっては今年すでにグランツール(ジロ・デ・イタリア)を走った後で、この後のツール第三週をどういうふうに走るのかが問題だ。この1週間でその答えは出るのだけれど」。
昨年ジロで総合優勝したとはいえ、デュムランがツールで総合争いを繰り広げるのははじめてのこと。
「それはジロでも未体験。ジロでは肉体的にもっと多くのものを要求された。ツールの第一週は肉体的にはイージーだったけど、精神的には大変だった。多くの選手がリスクを冒してくることから落車の危険も多かったし、ストレスに満ちていた」。
そしてチームスカイの2人がリードしている状況で、2人を相手に走る。そのうちのどちらがエースなのか。闘うべきはトーマスとフルーム、どちらだと思うのか?

デュムランは言う。「今までとはまったく違う状況で、少し奇妙でもある。彼らがどう走るかが見えないし、それに対して、その状況になって自分がどう走るかがわからない。レースのシナリオに何が書いてあるのか、よく考えなくてはならない。それは得意だけれど...。きっと大丈夫だろう」。
最大のライバルは誰?と訊かれ「今の段階ではトーマスのほうがフルームと僕よりもタイムが大きくいいから、トーマスと言わざるを得ない。でもあと6日しかない。シャンゼリゼステージを数えないなら5日。そしてトーマスはすごく強い。ジロでのサイモン(イェーツ)のようなクラック(陥落)は期待していないが、それが起こるとは思わない。僕はチャンスを待つ。今のタイム差はタイムトライアルだけで取り返すには大きすぎる。僕にはトーマスのバッド・デイが必要だろうね」。
ジャンニ・モスコンのレース除外については「レースの最初の段階がモスコンとルーク・ロウの仕事だった。彼らは代わりにそれをする選手を探さなければいけないね」。

第17ステージの、65kmという前例の無い短距離の山岳ステージについては「タイムトライアルと同じようなウォームアップが必要なステージと思っている。最初の山でアタックする選手たちが出るだろうけれど、総合優勝争いの選手たちは最後の山を待つだろう。そんなに短い距離の山岳ステージは走ったことがないけど、何が起こるかは楽しみにしている」。
最後に、自身のマイヨジョーヌの可能性についてはこう応えた。「もちろん可能性はある。それ無しにはレースは走れないよ。今はとても神経質になっているけれど、それを隠す必要もないと思っている。誰にとってもナーバスな最終週になる。精神的にも強さが求められるけど、うまく自身をコントロールする自信はある」。
text:Makoto AYANO
photo:Makoto AYANO, Kei Tsuji ,CorVos in Carcassonne France
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