2016/11/11(金) - 16:29
グランツール16回連続出場という途方もない大記録を作ったアダム・ハンセン(オーストラリア、ロット・ソウダル)がサイクルモードに合わせて来日。普段からリドレーのヘリウムSLを愛用する”鉄人”に、そのユニークなポジションや機材セレクトについて聞いた。
他の選手と比べると明らかに異なるポジションはいつから始まったんでしょうか?
そもそも競技を始めた時から「前乗り」が好きで、ポジションに関しては常に速く走るために研究しているんだ。でもTモバイル(その後ハイロード→コロンビア→HTC)でプロ入りした2007年に、メカニックやスタッフの意向でサドルを後ろに下げさせられた。それは正直言って迷惑な話だった。ロット・ソウダルに所属してからは自由にセッティングを行って、良い環境で走らせてもらっているよ。
何回も風洞実験を行った結果、ハンドル幅を狭め、サドルとハンドルの落差をつけてエアロダイナミクスを向上させることが速く走るために不可欠だと分かった。ここまでフレームやホイールが進化した今、エアロダイナミクスの要は人間のポジションだと確信している。他の選手と比べると変わったポジションに見えるかもしれないけど、自分としてはこれがベストなんだ。
180mmという長いクランクを愛用している理由は?
単純に、クランクが長ければ長いほど物理的に大きなパワーを生み出すことができるから。今は自動的にキャリブレーションされるけど、ひと昔前まで必要だったSRMのキャリブレーションをしながら長いクランクの利点をひらめいた。
これまで様々な長さのクランクをそれぞれ時間をかけて試してきた。アマチュアチームで走っていた2006年は機材に制約がなかったので、185mmのTA製クランクを使っていたこともある。でもTモバイルに入った2007年にコンポーネントがシマノになり、最長クランクである180mmに落ち着かざるを得なくなった。もしメーカーが180mm以上のクランクをリリースすれば喜んで使うよ。
ちなみに2005年にチェコのオンドレイ・ソセンカがアワーレコードを更新(49.700km)した時、使用されたのは特別に作られた220mmのクランクだった。それを見て長いクランクを試す価値がある感じた。
今のプロトンを見ると、クライマーと呼ばれる小さい選手たちは172.5mmのクランクを使う傾向にある。自分のような身長186cmの大柄な選手は180mmで、身長160cmの小さい選手が172.5mm。つまり脚の長さとクランクの長さの比率を考えると、自分が決して長すぎるクランクを使っているわけじゃなくて、むしろ小さい選手が長いクランクを使っていることがわかると思う。
さらにシューズのクリート位置が土踏まずに近い位置ですね
クリート位置を後退させることで仮想的に(3時の位置で)長いクランクを使っていることになり、それに伴ってサドル位置も前進する。これにより拇指球と膝蓋骨裏側を結ぶラインが、いわゆるトラディショナルな垂直の状態になるんだ。
サドル先端からBB軸までの水平距離が50mm以上というUCIルールの範囲内で目一杯「前乗り」を実現している。TTバイクではみんなサドルを前進させるのに、UCIはルールを変えようとしない。伝統的な競技だから仕方がないのかもしれない。
市販のシューズを使っていた時は、通常よりも後ろに自分で穴を開けてクリート位置を後退させていた。他の選手たちを見ればわかるけど、クリートを一番後ろまで後退させている選手ばっかりだ。どうしてシューズメーカーがクリート穴をもっと後退させないのか理解できない。だから自分で穴の場所を決めることが出来るオリジナルシューズを作ったんだ。それに市販のものより軽量に作れるという利点もある。スプリンターであればクリートをもう少し前方につけるべきだけど、自分はスプリントしないからこれでバッチリ。
ここ数年はポジションに大きな変化はないけど、最近のサドルは「後ろ乗り」な設計だから時々困っている。セットバックしたシートポストを逆向きに使うことで解消している。追求しているのはストレスなく走ることができるポジション。そうすることでフレッシュな状態をキープしたままその次のレースに挑むことができるんだ。
他の選手と比べるとかなり狭い380mm幅のハンドルを使う理由は?
エアロダイナミクスを追求しているから。一般的に肩幅のハンドルが推奨されているけど、他の選手が下ハンドルを握っている姿を見ると手首が内側に入っている場合がほとんど。つまり広すぎる幅のハンドルを小さく使おうとしている。それに、トラック選手はもっと狭いハンドルで大きなパワーを出している。
Tモバイル時代に使っていたのは大型バスを運転しているような440mm幅で、そこから380mm幅に一気に狭めたけど、何回かのライドですぐに慣れた。今はグレッグ・ヘンダーソンやマルセル・シーベルグも同様に平均よりも狭いハンドルを使っている。アンドレ・グライペルに初めて会った当時、彼は440mm幅を使っていたけど、今は400mm幅を使って結果を出している。
メーカー各社から様々なエアロハンドルバーが出ているけど、どれも420〜440mmが主流になっているのが個人的にはとても残念。もっと380mmのラインナップが増えて、もっと幅の狭いハンドルが増えてほしい。すべては1ワットでも無駄にしないためなんだ。
ハンドルに限らず、どうして選手たちが一つのものに固執して、違うものを試すことに臆病になっているのか理解できない。人はそれぞれ違うのに。
プロトンの中でポジションの流行りのようなものを感じますか?
シーズン中はチームメイトたちとずっとポジションについて話し合っているよ。多くの選手が自分のところにやってきて「どうして長いクランクを使っているんだ?どうしてこんなポジションなんだ?」と聞いてくる。その度にじっくりと説明しているけど、選手によってはあまり説明しすぎるのもどうかと思い始めている。彼らの頭の中で浮かんだ疑問が大きくなって混乱してしまう恐れがあるから。
でも最近はサドルを前に出し、クリートを後退させて「前乗り」する選手が増えているのが実情だと思う。長い伝統によって進歩が止まっていたポジショニングがこの3〜4年で科学的に動き始めたと感じている。具体的には、これまでサドル先端からBB軸までの距離が100mm前後の選手もいたのに、今は限りなく50mmに近い選手が増えた。オフセットのシートポストを使う選手も減っている。
エアロロードのノアSLではなく軽量なヘリウムSLに乗る理由は?
これまで一度も平坦コースで集団から遅れたことがなく、脱落するのは決まって登り区間だから。だから高速巡航性よりもヘリウムの持ち味である軽量性を優先している。そして剛性があるのに軽いし、快適性も高くてハンドリングも扱いやすいからとても気に入っている。とにかく勝負がかかったタイミングの登りで遅れないようにすることが重要なんだ。
でもヘリウム一辺倒というわけではなくて、今年のグランツールの平坦ステージではノアSLにも乗った。登りがないコースではノアSLを選ぶけど、多くのコースでヘリウムSLが自分のスタイルに合っているかな。来シーズンに投入されるチームのフィードバックが入ったヘリウムSLXに乗るのが楽しみだ。
次回、インタビュー後半ではグランツール連続出場記録や年間プログラム、ヨーロッパでの生活について、そして若い選手へのメッセージなどをお届けします。
text:Kei Tsuji
他の選手と比べると明らかに異なるポジションはいつから始まったんでしょうか?
そもそも競技を始めた時から「前乗り」が好きで、ポジションに関しては常に速く走るために研究しているんだ。でもTモバイル(その後ハイロード→コロンビア→HTC)でプロ入りした2007年に、メカニックやスタッフの意向でサドルを後ろに下げさせられた。それは正直言って迷惑な話だった。ロット・ソウダルに所属してからは自由にセッティングを行って、良い環境で走らせてもらっているよ。
何回も風洞実験を行った結果、ハンドル幅を狭め、サドルとハンドルの落差をつけてエアロダイナミクスを向上させることが速く走るために不可欠だと分かった。ここまでフレームやホイールが進化した今、エアロダイナミクスの要は人間のポジションだと確信している。他の選手と比べると変わったポジションに見えるかもしれないけど、自分としてはこれがベストなんだ。
180mmという長いクランクを愛用している理由は?
単純に、クランクが長ければ長いほど物理的に大きなパワーを生み出すことができるから。今は自動的にキャリブレーションされるけど、ひと昔前まで必要だったSRMのキャリブレーションをしながら長いクランクの利点をひらめいた。
これまで様々な長さのクランクをそれぞれ時間をかけて試してきた。アマチュアチームで走っていた2006年は機材に制約がなかったので、185mmのTA製クランクを使っていたこともある。でもTモバイルに入った2007年にコンポーネントがシマノになり、最長クランクである180mmに落ち着かざるを得なくなった。もしメーカーが180mm以上のクランクをリリースすれば喜んで使うよ。
ちなみに2005年にチェコのオンドレイ・ソセンカがアワーレコードを更新(49.700km)した時、使用されたのは特別に作られた220mmのクランクだった。それを見て長いクランクを試す価値がある感じた。
今のプロトンを見ると、クライマーと呼ばれる小さい選手たちは172.5mmのクランクを使う傾向にある。自分のような身長186cmの大柄な選手は180mmで、身長160cmの小さい選手が172.5mm。つまり脚の長さとクランクの長さの比率を考えると、自分が決して長すぎるクランクを使っているわけじゃなくて、むしろ小さい選手が長いクランクを使っていることがわかると思う。
さらにシューズのクリート位置が土踏まずに近い位置ですね
クリート位置を後退させることで仮想的に(3時の位置で)長いクランクを使っていることになり、それに伴ってサドル位置も前進する。これにより拇指球と膝蓋骨裏側を結ぶラインが、いわゆるトラディショナルな垂直の状態になるんだ。
サドル先端からBB軸までの水平距離が50mm以上というUCIルールの範囲内で目一杯「前乗り」を実現している。TTバイクではみんなサドルを前進させるのに、UCIはルールを変えようとしない。伝統的な競技だから仕方がないのかもしれない。
市販のシューズを使っていた時は、通常よりも後ろに自分で穴を開けてクリート位置を後退させていた。他の選手たちを見ればわかるけど、クリートを一番後ろまで後退させている選手ばっかりだ。どうしてシューズメーカーがクリート穴をもっと後退させないのか理解できない。だから自分で穴の場所を決めることが出来るオリジナルシューズを作ったんだ。それに市販のものより軽量に作れるという利点もある。スプリンターであればクリートをもう少し前方につけるべきだけど、自分はスプリントしないからこれでバッチリ。
ここ数年はポジションに大きな変化はないけど、最近のサドルは「後ろ乗り」な設計だから時々困っている。セットバックしたシートポストを逆向きに使うことで解消している。追求しているのはストレスなく走ることができるポジション。そうすることでフレッシュな状態をキープしたままその次のレースに挑むことができるんだ。
他の選手と比べるとかなり狭い380mm幅のハンドルを使う理由は?
エアロダイナミクスを追求しているから。一般的に肩幅のハンドルが推奨されているけど、他の選手が下ハンドルを握っている姿を見ると手首が内側に入っている場合がほとんど。つまり広すぎる幅のハンドルを小さく使おうとしている。それに、トラック選手はもっと狭いハンドルで大きなパワーを出している。
Tモバイル時代に使っていたのは大型バスを運転しているような440mm幅で、そこから380mm幅に一気に狭めたけど、何回かのライドですぐに慣れた。今はグレッグ・ヘンダーソンやマルセル・シーベルグも同様に平均よりも狭いハンドルを使っている。アンドレ・グライペルに初めて会った当時、彼は440mm幅を使っていたけど、今は400mm幅を使って結果を出している。
メーカー各社から様々なエアロハンドルバーが出ているけど、どれも420〜440mmが主流になっているのが個人的にはとても残念。もっと380mmのラインナップが増えて、もっと幅の狭いハンドルが増えてほしい。すべては1ワットでも無駄にしないためなんだ。
ハンドルに限らず、どうして選手たちが一つのものに固執して、違うものを試すことに臆病になっているのか理解できない。人はそれぞれ違うのに。
プロトンの中でポジションの流行りのようなものを感じますか?
シーズン中はチームメイトたちとずっとポジションについて話し合っているよ。多くの選手が自分のところにやってきて「どうして長いクランクを使っているんだ?どうしてこんなポジションなんだ?」と聞いてくる。その度にじっくりと説明しているけど、選手によってはあまり説明しすぎるのもどうかと思い始めている。彼らの頭の中で浮かんだ疑問が大きくなって混乱してしまう恐れがあるから。
でも最近はサドルを前に出し、クリートを後退させて「前乗り」する選手が増えているのが実情だと思う。長い伝統によって進歩が止まっていたポジショニングがこの3〜4年で科学的に動き始めたと感じている。具体的には、これまでサドル先端からBB軸までの距離が100mm前後の選手もいたのに、今は限りなく50mmに近い選手が増えた。オフセットのシートポストを使う選手も減っている。
エアロロードのノアSLではなく軽量なヘリウムSLに乗る理由は?
これまで一度も平坦コースで集団から遅れたことがなく、脱落するのは決まって登り区間だから。だから高速巡航性よりもヘリウムの持ち味である軽量性を優先している。そして剛性があるのに軽いし、快適性も高くてハンドリングも扱いやすいからとても気に入っている。とにかく勝負がかかったタイミングの登りで遅れないようにすることが重要なんだ。
でもヘリウム一辺倒というわけではなくて、今年のグランツールの平坦ステージではノアSLにも乗った。登りがないコースではノアSLを選ぶけど、多くのコースでヘリウムSLが自分のスタイルに合っているかな。来シーズンに投入されるチームのフィードバックが入ったヘリウムSLXに乗るのが楽しみだ。
次回、インタビュー後半ではグランツール連続出場記録や年間プログラム、ヨーロッパでの生活について、そして若い選手へのメッセージなどをお届けします。
text:Kei Tsuji
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