2016/01/28(木) - 19:22
1月、地中海のマヨルカ島においてトレーニングキャンプを行うチームスカイを宮澤崇史さんが訪ねた。ライド有り、仲間との再会有り。チーム関係者と過ごした4日間の様子を連載でレポートする。
さんさんと降り注ぐ陽の光が眩しい。冬のさなかの日本から来れば、そのまばゆい感じに、身体がよりいっそう喜んでいるのがわかる。
地中海西部のバレアレス海に浮かぶマヨルカ島。欧州プロサイクリングチームにとって冬季のプレシーズントレーニングを行う島として有名な島だ。私、宮澤崇史も今までに過去1度だけ、この島でシーズンイン前のキャンプを経験した。
今回、Raphaの手配により、チームスカイのキャンプへ帯同する4日間の機会をいただいた。ツール・ド・フランスを制した世界最高のチームのキャンプを訪問し、選手やスタッフと交流することができるという最高のチャンスだ。そして、なんとアテンドしてくれるRaphaトラベルにより、世界各国のメディアと読者代表のグループとともに、この美しいマヨルカ島をライドすることもできるという。まさに夢のような機会だ。
選手を引退して2年、カタチを変えて、かつて同じ場所で共に走った選手や関係者と会えることがまずは嬉しい。そして、素晴らしい島でのライドも楽しみだ。シクロワイアードの綾野 真氏とともに、パリ、バルセロナを経由してマヨルカに飛んだ。
マヨルカ島はイビサ島などバレアレス諸島の他島と同様に、欧州人にはとても人気のある観光地であり、特にドイツとイギリスからの観光客が多い。サイクリストやトライアスリートが冬季にトレーニングして過ごす島としても有名だ。「イレ・バレアレス」と言えば、かつて現モビスターチームのメインスポンサーをつとめたことがあるから聞き覚えがあるだろう。
位置はバルセロナから見て約210km南。地中海の島嶼の中では面積は中規模で、名のマヨルカとはラテン語で「大きなほう」を意味するから、小さな島ではない。
フランスのコルシカ島はツール・ド・フランスに、イタリアのサルデーニャ島はジロ・デ・イタリアに登場したが、まだこのマヨルカ島はおそらくブエルタの舞台としても登場していないと思う。
太陽が燦々と輝く中を、Raphaトラベルのアテンドにより集った、世界各国からの仲間たちと一緒に走る。初対面同士だが、お互いサイクリストとして共通の言葉を持っているから、すぐに打ち解ける。拠点としたのは北東部のアルクーディアという街。
隊列を組めばすぐに解る。皆、けっこうな走り屋だ。冬季に面倒を見るチームのマネジメントや色々な仕事をこなしてきて、少々脂肪を貯めこんでしまった自分にとって、少し心配になるほどのスピードだ。
それにしても太陽が眩しい。マヨルカでは平地では年間300日以上が好天日とされており、古くから「地中海の楽園」と呼ばれる。しかし常夏の島のように暑いわけではなく、冬季の日中の気温は摂氏10〜15度と穏やか。日本の鹿児島市とほぼ等しいという。ちなみに1月の平均最高気温は15.2℃。日中の平均気温は11.7℃だ。
ライドの隊列が向かうのは、かつて走ったコースとは違う方面だった。見たことのない景色のなかを走るのは最高に気持ちがいい。そう、今はバイクに乗っても風景を楽しむ余裕があるのだ。旅はいろいろな発見をくれる。
今回同行の仲間は、イギリス、イタリア、デンマーク、ドイツなど各国のジャーナリスト、そして幸運にもこのスポットを射止めたという各サイクルメディアのゲスト参加者たち。年代も様々。英語やイタリア語でコミュニケーションしながら、ペダルを回す。
広がる平原に、銀色に輝くオリーブ畑。桜にそっくりなアーモンドの花があちこちに咲くマヨルカは、地中海地域の島としては珍しく肥沃で緑豊か。バカンス期は多くの観光客が来るのだろうが、冬は街中もひっそりと静かだ。ライドに適した田舎道はクルマは交通量も少なく、バイク天国だ。
テンポを刻みやすいなだらかな傾斜の峠を経て、2011年にユネスコ世界文化遺産に「文化的景観」として登録されたトラムンタナ山脈へ。峠のカフェには地元の、いや、きっと近隣国からのサイクリストが多く集っている。
白く荒々しい石灰岩の山肌。峠から海へと落ちる、つづら折れのカーブの小径。素晴らしい景観に息を呑んでしまう。レイス峠(Coll de Reis)で、チームスカイの一行に遭遇した。正確に言うとこのあたりで遭うように、このライドは企画されていたようだ。
標高662m、麓から9.5km、平均斜度7%のレイス峠は、世界遺産トラムンタナ山脈を見渡すその素晴らしい眺めから、マヨルカで最も多くのサイクリストが目指す峠だ。プロにとっては適度な傾斜で、ここを何度か往復するのがシーズンイン前のクライミング練習に良いのだろう。
ちょうど峠の頂上で、下りに備えてウェア類を着込んでいたスカイの選手たち。ジャガー改めフォード製になったチームカーから、スタッフたちが手際よくジャケットやウォーマー類を手渡し、身に付ける。
かつてティンコフ・サクソ時代にチームメイトだったニコラス・ロッシュに会って束の間の再会を喜んだ。「コンディションはどう?」と聞くと、「まだまだ。ゆっくり仕上げているところだよ」と笑っていた。グランツールで仕事をする彼は、春先はスロースタートだ。
「このラファのグループと一緒に、後でホテルに行くよ」と伝える。
ひとり、またひとりと選手たちが登ってくる。峠を登ってくる選手は各々のメニューをこなし、道路脇に居ると静まり返った山に選手の息遣いだけが聞こえる。こんな環境はタイミングが合わなければ一生経験することはないだろう。世界各国のレースに行けば、大勢の観客の声に消されてしまうこの息遣いが、地道なシーズンへのステップなのだ。
シーズン初めはどんどんトレーニング強度を上げていき、とりあえずは去年の自分に早く並ぶ力に持っていくことが重要。その後は去年以上の力を発揮するための苦しいトレーニングやレースを行いながら選手は強くなる。
レイス峠から海へと下る道は素晴らしく、何度も足を止め、写真を撮ってしまった。チームスカイの選手たちは、この峠から海への下りを往復しているようだ。僕達のグループも、海へ下ってから、再び峠へと登り返す。
普通は一度下った峠を登り返すのは憂鬱なことだ。しかし、重い脚も徐々に上へ上がるにつれ素晴らしい景観が脚の痛みを忘れさせてくれる。選手の時はメニューに集中するため、頂上までの距離ばかり気になったが、今はそれがまったく嫌にならない。選手にとってもフレッシュな気持ちの時にこうした環境で走ることが、今の時期には大切なんだろう。
僕たちはライドを楽しみ、ホテルに戻り急いでシャワーを浴びた。2時間後に、チームスカイのホテルを訪問することになっていたからだ。心地よい疲労に睡魔が押し寄せるが、それはぐっと我慢して支度を急いだ。
続く。
■この日走ったコースについて。一部は違うものの、ほぼ以下のサイトが紹介するコースに近い。
Puerto Pollensa – Coll de Femenia – Sa Calobra – Puerto Pollensa (112km)
文:宮澤崇史
写真:綾野 真
story:Takashi.MIYAZAWA
photography&edit:Makoto.AYANO
宮澤崇史プロフィール
1978年2月27日生まれ 長野県出身 自転車プロロードレーサー(2014年引退)
高校卒業後、イタリアのチームに所属しロードレーサーとしての経験を積む。しかし23歳の時に母に肝臓の一部を生体移植で提供、成績振るわず戦力外通告によりチーム解雇される。その後フランスで単独活動、オリンピック出場や 日本チャンピオン、アジアチャンピオンなど実績を重ねる。イタリアのアミーカチップス、ファルネーゼヴィーニを経て34歳の時にUCIプロチーム サクソバンクに所属。在籍中にリーダージャージ(個人総合時間賞)・ポイントジャージ(スプリントポイント賞)に日本人選手として唯一袖を通した。18年間の海外レース活動を経て、2014年に引退。現在はチームマネジメントやコーチング、スポーツサイクリング関連のアドバイザーやメディア出演など多方面で活躍。
【主な戦歴】
2006年~2007年 ツール・ド・おきなわ 大会史上初の2年連続優勝
2007年 アジア選手権ロード優勝 アジアチャンピオン
2008年 北京オリンピック出場
2008~2009年 ツール・ド・北海道 大会史上初2年連続総合優勝
2010年 全日本選手権ロードレース優勝
2010年 アジア大会ロード出場(アジアオリンピック)銀メダル獲得
オフィシャルサイト:bravo
さんさんと降り注ぐ陽の光が眩しい。冬のさなかの日本から来れば、そのまばゆい感じに、身体がよりいっそう喜んでいるのがわかる。
地中海西部のバレアレス海に浮かぶマヨルカ島。欧州プロサイクリングチームにとって冬季のプレシーズントレーニングを行う島として有名な島だ。私、宮澤崇史も今までに過去1度だけ、この島でシーズンイン前のキャンプを経験した。
今回、Raphaの手配により、チームスカイのキャンプへ帯同する4日間の機会をいただいた。ツール・ド・フランスを制した世界最高のチームのキャンプを訪問し、選手やスタッフと交流することができるという最高のチャンスだ。そして、なんとアテンドしてくれるRaphaトラベルにより、世界各国のメディアと読者代表のグループとともに、この美しいマヨルカ島をライドすることもできるという。まさに夢のような機会だ。
選手を引退して2年、カタチを変えて、かつて同じ場所で共に走った選手や関係者と会えることがまずは嬉しい。そして、素晴らしい島でのライドも楽しみだ。シクロワイアードの綾野 真氏とともに、パリ、バルセロナを経由してマヨルカに飛んだ。
マヨルカ島はイビサ島などバレアレス諸島の他島と同様に、欧州人にはとても人気のある観光地であり、特にドイツとイギリスからの観光客が多い。サイクリストやトライアスリートが冬季にトレーニングして過ごす島としても有名だ。「イレ・バレアレス」と言えば、かつて現モビスターチームのメインスポンサーをつとめたことがあるから聞き覚えがあるだろう。
位置はバルセロナから見て約210km南。地中海の島嶼の中では面積は中規模で、名のマヨルカとはラテン語で「大きなほう」を意味するから、小さな島ではない。
フランスのコルシカ島はツール・ド・フランスに、イタリアのサルデーニャ島はジロ・デ・イタリアに登場したが、まだこのマヨルカ島はおそらくブエルタの舞台としても登場していないと思う。
太陽が燦々と輝く中を、Raphaトラベルのアテンドにより集った、世界各国からの仲間たちと一緒に走る。初対面同士だが、お互いサイクリストとして共通の言葉を持っているから、すぐに打ち解ける。拠点としたのは北東部のアルクーディアという街。
隊列を組めばすぐに解る。皆、けっこうな走り屋だ。冬季に面倒を見るチームのマネジメントや色々な仕事をこなしてきて、少々脂肪を貯めこんでしまった自分にとって、少し心配になるほどのスピードだ。
それにしても太陽が眩しい。マヨルカでは平地では年間300日以上が好天日とされており、古くから「地中海の楽園」と呼ばれる。しかし常夏の島のように暑いわけではなく、冬季の日中の気温は摂氏10〜15度と穏やか。日本の鹿児島市とほぼ等しいという。ちなみに1月の平均最高気温は15.2℃。日中の平均気温は11.7℃だ。
ライドの隊列が向かうのは、かつて走ったコースとは違う方面だった。見たことのない景色のなかを走るのは最高に気持ちがいい。そう、今はバイクに乗っても風景を楽しむ余裕があるのだ。旅はいろいろな発見をくれる。
今回同行の仲間は、イギリス、イタリア、デンマーク、ドイツなど各国のジャーナリスト、そして幸運にもこのスポットを射止めたという各サイクルメディアのゲスト参加者たち。年代も様々。英語やイタリア語でコミュニケーションしながら、ペダルを回す。
広がる平原に、銀色に輝くオリーブ畑。桜にそっくりなアーモンドの花があちこちに咲くマヨルカは、地中海地域の島としては珍しく肥沃で緑豊か。バカンス期は多くの観光客が来るのだろうが、冬は街中もひっそりと静かだ。ライドに適した田舎道はクルマは交通量も少なく、バイク天国だ。
テンポを刻みやすいなだらかな傾斜の峠を経て、2011年にユネスコ世界文化遺産に「文化的景観」として登録されたトラムンタナ山脈へ。峠のカフェには地元の、いや、きっと近隣国からのサイクリストが多く集っている。
白く荒々しい石灰岩の山肌。峠から海へと落ちる、つづら折れのカーブの小径。素晴らしい景観に息を呑んでしまう。レイス峠(Coll de Reis)で、チームスカイの一行に遭遇した。正確に言うとこのあたりで遭うように、このライドは企画されていたようだ。
標高662m、麓から9.5km、平均斜度7%のレイス峠は、世界遺産トラムンタナ山脈を見渡すその素晴らしい眺めから、マヨルカで最も多くのサイクリストが目指す峠だ。プロにとっては適度な傾斜で、ここを何度か往復するのがシーズンイン前のクライミング練習に良いのだろう。
ちょうど峠の頂上で、下りに備えてウェア類を着込んでいたスカイの選手たち。ジャガー改めフォード製になったチームカーから、スタッフたちが手際よくジャケットやウォーマー類を手渡し、身に付ける。
かつてティンコフ・サクソ時代にチームメイトだったニコラス・ロッシュに会って束の間の再会を喜んだ。「コンディションはどう?」と聞くと、「まだまだ。ゆっくり仕上げているところだよ」と笑っていた。グランツールで仕事をする彼は、春先はスロースタートだ。
「このラファのグループと一緒に、後でホテルに行くよ」と伝える。
ひとり、またひとりと選手たちが登ってくる。峠を登ってくる選手は各々のメニューをこなし、道路脇に居ると静まり返った山に選手の息遣いだけが聞こえる。こんな環境はタイミングが合わなければ一生経験することはないだろう。世界各国のレースに行けば、大勢の観客の声に消されてしまうこの息遣いが、地道なシーズンへのステップなのだ。
シーズン初めはどんどんトレーニング強度を上げていき、とりあえずは去年の自分に早く並ぶ力に持っていくことが重要。その後は去年以上の力を発揮するための苦しいトレーニングやレースを行いながら選手は強くなる。
レイス峠から海へと下る道は素晴らしく、何度も足を止め、写真を撮ってしまった。チームスカイの選手たちは、この峠から海への下りを往復しているようだ。僕達のグループも、海へ下ってから、再び峠へと登り返す。
普通は一度下った峠を登り返すのは憂鬱なことだ。しかし、重い脚も徐々に上へ上がるにつれ素晴らしい景観が脚の痛みを忘れさせてくれる。選手の時はメニューに集中するため、頂上までの距離ばかり気になったが、今はそれがまったく嫌にならない。選手にとってもフレッシュな気持ちの時にこうした環境で走ることが、今の時期には大切なんだろう。
僕たちはライドを楽しみ、ホテルに戻り急いでシャワーを浴びた。2時間後に、チームスカイのホテルを訪問することになっていたからだ。心地よい疲労に睡魔が押し寄せるが、それはぐっと我慢して支度を急いだ。
続く。
■この日走ったコースについて。一部は違うものの、ほぼ以下のサイトが紹介するコースに近い。
Puerto Pollensa – Coll de Femenia – Sa Calobra – Puerto Pollensa (112km)
文:宮澤崇史
写真:綾野 真
story:Takashi.MIYAZAWA
photography&edit:Makoto.AYANO
宮澤崇史プロフィール
1978年2月27日生まれ 長野県出身 自転車プロロードレーサー(2014年引退)
高校卒業後、イタリアのチームに所属しロードレーサーとしての経験を積む。しかし23歳の時に母に肝臓の一部を生体移植で提供、成績振るわず戦力外通告によりチーム解雇される。その後フランスで単独活動、オリンピック出場や 日本チャンピオン、アジアチャンピオンなど実績を重ねる。イタリアのアミーカチップス、ファルネーゼヴィーニを経て34歳の時にUCIプロチーム サクソバンクに所属。在籍中にリーダージャージ(個人総合時間賞)・ポイントジャージ(スプリントポイント賞)に日本人選手として唯一袖を通した。18年間の海外レース活動を経て、2014年に引退。現在はチームマネジメントやコーチング、スポーツサイクリング関連のアドバイザーやメディア出演など多方面で活躍。
【主な戦歴】
2006年~2007年 ツール・ド・おきなわ 大会史上初の2年連続優勝
2007年 アジア選手権ロード優勝 アジアチャンピオン
2008年 北京オリンピック出場
2008~2009年 ツール・ド・北海道 大会史上初2年連続総合優勝
2010年 全日本選手権ロードレース優勝
2010年 アジア大会ロード出場(アジアオリンピック)銀メダル獲得
オフィシャルサイト:bravo
フォトギャラリー
Amazon.co.jp