2014/07/13(日) - 19:06
いよいよ始まるヴォージュ山塊での3ステージ。アルプス、ピレネーとも違う「リズムの取りにくい」山々が続く。総合を狙う選手たちの、脚試しのファーストステップだ。
ヴォージュ初日は上りゴール。中級山岳ステージに臨む朝、昨日のチーム成績1位で牛のぬいぐるみをもらってゴキゲンな笑顔の新城幸也(ユーロップカー)は言う。「今日はどこのチームも逃げを狙ってくると思います。集団はアスタナしか引かないから、他のすべてのチームが逃げを狙っていると思いますよ。今日の僕の役割は逃げに乗ることで、一緒に逃げるトマ(ヴォクレール)のアシストです」。
ー そろそろ疲れがでてきている頃?
「疲れはとくに出ていないです。ユーロップカーはここまで逃げにも乗っていないし、集団も引いていないので元気な状態が残っているチームです。昨日(アレクサンドル)ピショが転んだだけなので、落車の影響も少ないです」。
ー 自分のチャンスがなかなか来ないけれど?
「まあそれは最初からわかっていたことなので、しょうがないです。まだまだ先は長いので、この先チャンスは回ってくるでしょう!」。
スタート直後のアタックが戦に備えて集中しているユキヤの脇を、マイヨ・ジョーヌのニーバリが悠々と通り過ぎていった。ユーロップカーはパンチ力のあるクライマーであるトマ・ヴォクレールとシリル・ゴティエの2人(のどちらか)を逃げに送り込み、ステージ優勝を狙いたい考え。ユキヤはその逃げの中でのアシストというわけだ。逃げに入ることそれ自体が難しいことであっても。
昨日のステージでも平坦路で先頭を引き続けたジ・チェン(ジャイアント・シマノ)。
ー エスケープ・キラーのニックネームをもらって、ずっと集団を引き続けるのはどんな気分?
「実際すごくハードだ。その間は苦しいだけ。でも、その仕事をすればチームにチャンスが生まれ、勝利が返ってくることを信じているからできるんだ。勝利の喜びに比べたら苦しみは大したことじゃなく、頑張れるんだ。チームが勝利のための集団コントロールを早い段階で始めたのは最近のこと。以前はラスト8kmぐらいから列車を組んでいたが、早めにコントロールする必要がでてきた。だから僕がその役目を与えられたんだ」。
「中国でのツールの放送は人気のようで、すごい視聴率なんだ。自転車レースの人気が中国で高まっているのは嬉しいね。僕自身のチャンスは数年先になるだろう。今はこのアシスト仕事に集中しているよ」。
2002年から自転車レースを始めたというチェン。英語での受け答えも完璧。料理が得意で、チームメイトに手料理を振る舞うこともあるとか。
##ハッシュタグで楽しむツール##
昨日のステージで勝利を飾ったマッテオ・トレンティン。オメガファーマ・クイックステップのチームピットに並んだバイクにはすべて「#WEW1N 」のハッシュタグが書かれたステッカーが貼り付けられた。
これは、「We Win」を遊んだもので(1はiのアテ文字)、勝利を挙げる毎にアピールされるという。ニーバリがステージ優勝を挙げた翌日にも貼られた。バイクスポンサーのスペシャライズド(@iamspecialized)が始めたもので、フェイスブックページも用意されている。トレンティンも朝このバイクを見て驚いて、喜びのツィートをしている。
もうひとつ目立ったハッシュタグがベルキン・プロサイクリングのビアンキのバイクに貼られた「#BELIEVE」。これはシマノ(@ShimanoROAD)が展開するキャンペーンで、「夢を見ること、信じればその夢は叶う」というニューヨークのハーレム地区出身の音楽プロデューサー&作詞家ショーン・コムズの言葉からとったもの。キャンペーンサイトもある。
ともにスポンサー主導のキャンペーンだが、ハッシュタグをさかのぼってみると選手たちの喜びが素直に表現されていて楽しめる。(ただし#BELIEVEは関係ないものも多く表示される)。ベルキンチームのもとには女子チームの選手たちが激励に来ていて賑やかだった。
チームバスエリアにはノルウェーからの応援団が詰めかけ、アレクサンダー・クリストフ(カチューシャ)の名前を連呼していた。ツールで見慣れたグループだが、最近活躍目覚ましいクリストフの応援を聞くのは初めて。気づけばエドヴァルド・ボアッソンハーゲン(チームスカイ)が不在、トル・フースホフト(BMCレーシング)も引退を表明してツールには居ない。クリストフが今大会では唯一のノルウェー人出場選手だ。
ティンコフ・サクソには昨夜からオレグ・ティンコフ氏が同行を始めたという。チームメンバー、スタッフはこれからスポンサー本人であるオレグ氏の放言にやや恐々としながらのツール生活を送ることになる。チームバスには大型犬を連れた奥さんもいた。美人の奥さんはいいが、その大きな御犬様に、どのチームカーに乗ってもらうのか? さっそく困った声がささやかれていた(ただしこれは内部機密情報)。
「やっかいな山」 ヴォージュ山地の3連戦へ
ドイツの色を感じるロレーヌ地域圏の都市ナンシーからプロトンが向かうのはヴォージュ山地。アルプスともピレネーとも違う山容で「丸い山」と形容される、湖と森林が多い山地だ。
険しさではなく、安らぎと穏やかさをもつ等身大の自然が特徴だが、その短くて急峻な坂は、ツールの山岳ステージでは典型的な上りとは言えないものだ。
フランス期待のティボー・ピノとアルテュール・ヴィショ(FDJ.fr)はともにヴォージュ出身。なかでもヴォージュステージ3日目の月曜日に上るシュヴレール峠は、オート・ヴァレ・ドゥ・ロニョンのメリゼー村に住むピノの家から数キロしか離れていないホームコースとも言える場所だ。ピノとヴィショは故郷を走るツールに大いに期待している。
ピノはこの一帯の山について言う「走り慣れた山だけど、リズムが取りにくい、やっかいな山だよ。いままで一度だっていいリズムで登れたことがない。誰だって同じだと思う」。土曜(今日)がパンチャー向け、日曜が山岳が得意な逃げ屋向け、そして月曜が総合争いの激闘が必ず起こるステージだと予想される。各チームは3日間の闘いのイメージをもってヴォージュ山地に向かう。
ヴォージュ山地麓の入り口の町、エピナルに向けてはなだらかな丘陵地帯が続く美しい道。少しのあいだ天気の回復した沿道には、観客たちの賑やかな応援風景が戻っていた。なかでもフランス出身のライダー達の活躍を期待した声援が多い。人気者シャヴァネルが逃げていると知って盛り上がる。集団の先頭は常にアスタナ勢が固定。強い選手を揃えるも、マイヨジョーヌを守ることの負担は大きそうだ。
3つの山、ラ・モズレーヌの1.8km急坂ゴールで繰り広げられた闘い
プロトンがヴォージュ山塊へ到達する頃に、ちょうど雨が降りだす。しかも雷を伴った激しい雨になった。イギリスはヨークシャーからこのかた、スッキリ晴れ上がらないツールだ。雨に濡れた急な坂道は、登りではタイヤのスリップを生み、下りを難しくした。転倒したアンドリュー・タランスキー(ガーミン・シャープ)は危うく沿道の子供に突っ込むところだったが、父親が子供を間一髪で救ったという。
逃げグループからのアタックを最初の山で敢行したシルヴァン・シャヴァネル(IAMサイクリング)。この時ブレル・カドリ(AG2R)は「今までの経験からこの危険なライダーを先に行かせるわけにはいかない」と瞬時に思ったという。シャヴァネルに追いつくのには骨が折れたが、追いついてみると自分のほうが余裕があることがわかった。そして「下りになったらシャヴァネルに置いて行かれる」。そう判断してひとりで逃げることにした。
このときカドリが警戒していたのが後方から追ってくるサイモン・イェーツ(オリカ・グリーンエッジ)の存在だった。ダニー・ファンポッペル(トレックファクトリーレーシング)が昨日リタイヤしたことでツール最年少選手になったイェーツは、地元イギリス国内で脚光を浴びたネオプロ。カドリは言う「イェーツは新人だけどツール・ド・ラヴニールで活躍したクライマーだってことを知っていた。上りでは僕より強いことを知っているから、彼にだけは追いつかれるとまずいと思っていた。彼はこの先、素晴らしい未来が待っていると思う」。
走りの安定しない濡れた山道。細い道にひしめく観客たち。何かがあると全てが吹き飛ぶ。そのことを恐れながらカドリは慎重に走り続け、ジェラルメーの街から最後の3級山岳ラ・モズレーヌの1.8kmの上りに独走で取り付いた。追走とは2分以上の差が開いていたが、勝利を確信したのはラスト200mを切ってから。
フランス人の勝利に、ツールは沸く。カドリは昨年誕生した新しいレース「ローマ・マキシマ」での一勝があるが、その勝利とツールでの勝利とでは比べ物にならないものがあると言う。そして、今日のアージェードゥーゼルの逃げを狙った作戦が実ったことを喜んだ。
「今日は誰かが逃げに入る作戦だった。僕に運良くその役が回ってきたね。マイヨアポアのことは考えてもいなかった。とにかく、逃げ切ることで精一杯だったんだ」。今ツールで初のフランス人による勝利。フランス革命記念日を14日に控え、ひと足お先のお祝いだ。アージェードゥーゼルは昨年クリストフ・リブロンがラルプデュエズを制し、敢闘賞も獲得した。チームは山岳ステージでの勝ち星を多く挙げることを目的に走っている。
勝利と勘違いしたコンタドールとニーバリのつばぜり合い
カドリの登ってきた約2分後に、マイヨ・ジョーヌ集団がラ・モズレーヌの上りに突入した。この時、まだ自分たちの前には逃げたカドリが居ることを知らなかったコンタドール。
ラスト500mからはニーバリとのサシの勝負だ。ペースを上げつつも、ニーバリの走りを横目に、振り返りながら何度も確認し、警戒しつつもその様子を目で見ておこうというコンタドールの走り。対するニーバリはコンタドールに比べると明らかにギアが重く、どうやら機材選択ミスをしたようだった。
ステージ優勝に向けてコンタドールが最後のペダルを踏むと、ニーバリはついていけなかった。タイム差はわずかに3秒。パンチ力のあるコンタドールに適した上りで、ニーバリは大きな差を許さなかった。コンタドールが先頭だと勘違いして先着にこだわったから?
ニーバリは言う。「ラスト1.8kmはとてもハードだった。僕は爆発的な加速が得意なタイプじゃないから。アルベルトのアタックに対応できるように備えていたんだ」。
コンタドールは言う「僕はステージ優勝に向かっているものと思っていた。フィニッシュに向けてスプリントの用意をしていたのはそのため。見上げた掲示板に2分のタイム差の表示があったから、そこで前にまだ逃げていた選手が居たことに気がついた。でもそれは大きな問題じゃない。今日僕はニーバリがそうしたように、調子の良さを示したかった。明日は今日より厳しいし、明後日はもっと厳しい。最初の山のステージで、僕たちチームは素晴らしい働きができたと思う。調子の良さを感じた。脚もよく反応してくれた。小さな差だったけれど、短いステージだったからね」。
アスタナは、一度遅れたヤコブ・フグルサングの元にタネル・カンゲルトが(ニーバリから離れ)アシストに向かうという動きを見せた。ティンコフ・サクソはアシスト全員が最後までコンタドールだけのために力を尽くしたのに対し、フグルサングの総合2位の座を守った。アスタナは保険として2人目のリーダーを残しておく作戦のようだ。そのことについて訊かれたニーバリは「僕が指示したことじゃないけど、僕のそばにはスカルポーニがいるから問題なかった。その質問はマルティネッリ監督にして欲しい」と言う。
コンタドールのアタックに反応できず、少し離されたリッチー・ポート(チームスカイ)だが、ゴールに向けてはテンポを取り戻し、ニーバリから4秒遅れ、コンタドールから7秒遅れにとどめた。予想通り3強が上位に来た。
ニーバリは言う「ポートは確かにロマンディでは振るわなかったけど、彼はフルームを山岳で最後までアシストできる選手で、総合争いに必ず絡んでくる男だと思っていたから驚きはない。あと、少し遅れはしたけれどバルベルデも今後総合争いをすることになる選手として加えなければ」。バルベルデはコンタドールに遅れること19秒、総合は9位から2分27秒差の5位に上げた。
最後の坂に苦しみ、3分37秒遅れの18位でフィニッシュしたユルゲン・ファンデンブロック(ロット・ベリソル)は、3分2秒遅れの総合10位に順位を落とした。しかしファンデンブロックは落ち着いている。「終盤、山岳に突入してからのティンコフ・サクソが引くハイペースに苦しんでいた。最初のクロワ・デ・モワナ峠でのハードなテンポに、すでに息が上がってしまい、100%の状態でなくなってしまった。2つめの峠では少し回復して大きなタイムロスを食い止められたけれど...。
昨日、医師には今までの3度の落車での怪我を軽く見ないほうがいいと忠告を受けていた。だからパニックにはならなかった。今日は身体が言うことをきかなかった。今日順位を落としたことはがっかりだけど、もっと高い山はこの後やってくる」。
結局は逃げにメンバーを送り込めなかったユーロップカー。ユキヤは最後のグルペット内で、20分32秒遅れの163位でゴールしている。ユキヤは「今日優勝したブレル(カドリ)はプラニャック時代のチームメイト。素晴らしい勝利におめでとうと言いたい。しかし、チームとしては作戦通りにいかず、失敗。レースはなかなか思い通りにいかない…。ちょっとコミュニケーションミスなところもあった。
明日はきついステージになりそうだが、タイムアウトの時間制限が厳しいので、気持ちを切り替えて、頑張らなくてはいけない。明日、明後日をいい形で乗り越えて、中盤戦に臨みたい」とコメントしている。
photo&text:Makoto.AYANO in FRANCE
photo:CorVos,TimDeWale,A.S.O,
※新城幸也のコメントはユキヤ通信より
ヴォージュ初日は上りゴール。中級山岳ステージに臨む朝、昨日のチーム成績1位で牛のぬいぐるみをもらってゴキゲンな笑顔の新城幸也(ユーロップカー)は言う。「今日はどこのチームも逃げを狙ってくると思います。集団はアスタナしか引かないから、他のすべてのチームが逃げを狙っていると思いますよ。今日の僕の役割は逃げに乗ることで、一緒に逃げるトマ(ヴォクレール)のアシストです」。
ー そろそろ疲れがでてきている頃?
「疲れはとくに出ていないです。ユーロップカーはここまで逃げにも乗っていないし、集団も引いていないので元気な状態が残っているチームです。昨日(アレクサンドル)ピショが転んだだけなので、落車の影響も少ないです」。
ー 自分のチャンスがなかなか来ないけれど?
「まあそれは最初からわかっていたことなので、しょうがないです。まだまだ先は長いので、この先チャンスは回ってくるでしょう!」。
スタート直後のアタックが戦に備えて集中しているユキヤの脇を、マイヨ・ジョーヌのニーバリが悠々と通り過ぎていった。ユーロップカーはパンチ力のあるクライマーであるトマ・ヴォクレールとシリル・ゴティエの2人(のどちらか)を逃げに送り込み、ステージ優勝を狙いたい考え。ユキヤはその逃げの中でのアシストというわけだ。逃げに入ることそれ自体が難しいことであっても。
昨日のステージでも平坦路で先頭を引き続けたジ・チェン(ジャイアント・シマノ)。
ー エスケープ・キラーのニックネームをもらって、ずっと集団を引き続けるのはどんな気分?
「実際すごくハードだ。その間は苦しいだけ。でも、その仕事をすればチームにチャンスが生まれ、勝利が返ってくることを信じているからできるんだ。勝利の喜びに比べたら苦しみは大したことじゃなく、頑張れるんだ。チームが勝利のための集団コントロールを早い段階で始めたのは最近のこと。以前はラスト8kmぐらいから列車を組んでいたが、早めにコントロールする必要がでてきた。だから僕がその役目を与えられたんだ」。
「中国でのツールの放送は人気のようで、すごい視聴率なんだ。自転車レースの人気が中国で高まっているのは嬉しいね。僕自身のチャンスは数年先になるだろう。今はこのアシスト仕事に集中しているよ」。
2002年から自転車レースを始めたというチェン。英語での受け答えも完璧。料理が得意で、チームメイトに手料理を振る舞うこともあるとか。
##ハッシュタグで楽しむツール##
昨日のステージで勝利を飾ったマッテオ・トレンティン。オメガファーマ・クイックステップのチームピットに並んだバイクにはすべて「#WEW1N 」のハッシュタグが書かれたステッカーが貼り付けられた。
これは、「We Win」を遊んだもので(1はiのアテ文字)、勝利を挙げる毎にアピールされるという。ニーバリがステージ優勝を挙げた翌日にも貼られた。バイクスポンサーのスペシャライズド(@iamspecialized)が始めたもので、フェイスブックページも用意されている。トレンティンも朝このバイクを見て驚いて、喜びのツィートをしている。
もうひとつ目立ったハッシュタグがベルキン・プロサイクリングのビアンキのバイクに貼られた「#BELIEVE」。これはシマノ(@ShimanoROAD)が展開するキャンペーンで、「夢を見ること、信じればその夢は叶う」というニューヨークのハーレム地区出身の音楽プロデューサー&作詞家ショーン・コムズの言葉からとったもの。キャンペーンサイトもある。
ともにスポンサー主導のキャンペーンだが、ハッシュタグをさかのぼってみると選手たちの喜びが素直に表現されていて楽しめる。(ただし#BELIEVEは関係ないものも多く表示される)。ベルキンチームのもとには女子チームの選手たちが激励に来ていて賑やかだった。
チームバスエリアにはノルウェーからの応援団が詰めかけ、アレクサンダー・クリストフ(カチューシャ)の名前を連呼していた。ツールで見慣れたグループだが、最近活躍目覚ましいクリストフの応援を聞くのは初めて。気づけばエドヴァルド・ボアッソンハーゲン(チームスカイ)が不在、トル・フースホフト(BMCレーシング)も引退を表明してツールには居ない。クリストフが今大会では唯一のノルウェー人出場選手だ。
ティンコフ・サクソには昨夜からオレグ・ティンコフ氏が同行を始めたという。チームメンバー、スタッフはこれからスポンサー本人であるオレグ氏の放言にやや恐々としながらのツール生活を送ることになる。チームバスには大型犬を連れた奥さんもいた。美人の奥さんはいいが、その大きな御犬様に、どのチームカーに乗ってもらうのか? さっそく困った声がささやかれていた(ただしこれは内部機密情報)。
「やっかいな山」 ヴォージュ山地の3連戦へ
ドイツの色を感じるロレーヌ地域圏の都市ナンシーからプロトンが向かうのはヴォージュ山地。アルプスともピレネーとも違う山容で「丸い山」と形容される、湖と森林が多い山地だ。
険しさではなく、安らぎと穏やかさをもつ等身大の自然が特徴だが、その短くて急峻な坂は、ツールの山岳ステージでは典型的な上りとは言えないものだ。
フランス期待のティボー・ピノとアルテュール・ヴィショ(FDJ.fr)はともにヴォージュ出身。なかでもヴォージュステージ3日目の月曜日に上るシュヴレール峠は、オート・ヴァレ・ドゥ・ロニョンのメリゼー村に住むピノの家から数キロしか離れていないホームコースとも言える場所だ。ピノとヴィショは故郷を走るツールに大いに期待している。
ピノはこの一帯の山について言う「走り慣れた山だけど、リズムが取りにくい、やっかいな山だよ。いままで一度だっていいリズムで登れたことがない。誰だって同じだと思う」。土曜(今日)がパンチャー向け、日曜が山岳が得意な逃げ屋向け、そして月曜が総合争いの激闘が必ず起こるステージだと予想される。各チームは3日間の闘いのイメージをもってヴォージュ山地に向かう。
ヴォージュ山地麓の入り口の町、エピナルに向けてはなだらかな丘陵地帯が続く美しい道。少しのあいだ天気の回復した沿道には、観客たちの賑やかな応援風景が戻っていた。なかでもフランス出身のライダー達の活躍を期待した声援が多い。人気者シャヴァネルが逃げていると知って盛り上がる。集団の先頭は常にアスタナ勢が固定。強い選手を揃えるも、マイヨジョーヌを守ることの負担は大きそうだ。
3つの山、ラ・モズレーヌの1.8km急坂ゴールで繰り広げられた闘い
プロトンがヴォージュ山塊へ到達する頃に、ちょうど雨が降りだす。しかも雷を伴った激しい雨になった。イギリスはヨークシャーからこのかた、スッキリ晴れ上がらないツールだ。雨に濡れた急な坂道は、登りではタイヤのスリップを生み、下りを難しくした。転倒したアンドリュー・タランスキー(ガーミン・シャープ)は危うく沿道の子供に突っ込むところだったが、父親が子供を間一髪で救ったという。
逃げグループからのアタックを最初の山で敢行したシルヴァン・シャヴァネル(IAMサイクリング)。この時ブレル・カドリ(AG2R)は「今までの経験からこの危険なライダーを先に行かせるわけにはいかない」と瞬時に思ったという。シャヴァネルに追いつくのには骨が折れたが、追いついてみると自分のほうが余裕があることがわかった。そして「下りになったらシャヴァネルに置いて行かれる」。そう判断してひとりで逃げることにした。
このときカドリが警戒していたのが後方から追ってくるサイモン・イェーツ(オリカ・グリーンエッジ)の存在だった。ダニー・ファンポッペル(トレックファクトリーレーシング)が昨日リタイヤしたことでツール最年少選手になったイェーツは、地元イギリス国内で脚光を浴びたネオプロ。カドリは言う「イェーツは新人だけどツール・ド・ラヴニールで活躍したクライマーだってことを知っていた。上りでは僕より強いことを知っているから、彼にだけは追いつかれるとまずいと思っていた。彼はこの先、素晴らしい未来が待っていると思う」。
走りの安定しない濡れた山道。細い道にひしめく観客たち。何かがあると全てが吹き飛ぶ。そのことを恐れながらカドリは慎重に走り続け、ジェラルメーの街から最後の3級山岳ラ・モズレーヌの1.8kmの上りに独走で取り付いた。追走とは2分以上の差が開いていたが、勝利を確信したのはラスト200mを切ってから。
フランス人の勝利に、ツールは沸く。カドリは昨年誕生した新しいレース「ローマ・マキシマ」での一勝があるが、その勝利とツールでの勝利とでは比べ物にならないものがあると言う。そして、今日のアージェードゥーゼルの逃げを狙った作戦が実ったことを喜んだ。
「今日は誰かが逃げに入る作戦だった。僕に運良くその役が回ってきたね。マイヨアポアのことは考えてもいなかった。とにかく、逃げ切ることで精一杯だったんだ」。今ツールで初のフランス人による勝利。フランス革命記念日を14日に控え、ひと足お先のお祝いだ。アージェードゥーゼルは昨年クリストフ・リブロンがラルプデュエズを制し、敢闘賞も獲得した。チームは山岳ステージでの勝ち星を多く挙げることを目的に走っている。
勝利と勘違いしたコンタドールとニーバリのつばぜり合い
カドリの登ってきた約2分後に、マイヨ・ジョーヌ集団がラ・モズレーヌの上りに突入した。この時、まだ自分たちの前には逃げたカドリが居ることを知らなかったコンタドール。
ラスト500mからはニーバリとのサシの勝負だ。ペースを上げつつも、ニーバリの走りを横目に、振り返りながら何度も確認し、警戒しつつもその様子を目で見ておこうというコンタドールの走り。対するニーバリはコンタドールに比べると明らかにギアが重く、どうやら機材選択ミスをしたようだった。
ステージ優勝に向けてコンタドールが最後のペダルを踏むと、ニーバリはついていけなかった。タイム差はわずかに3秒。パンチ力のあるコンタドールに適した上りで、ニーバリは大きな差を許さなかった。コンタドールが先頭だと勘違いして先着にこだわったから?
ニーバリは言う。「ラスト1.8kmはとてもハードだった。僕は爆発的な加速が得意なタイプじゃないから。アルベルトのアタックに対応できるように備えていたんだ」。
コンタドールは言う「僕はステージ優勝に向かっているものと思っていた。フィニッシュに向けてスプリントの用意をしていたのはそのため。見上げた掲示板に2分のタイム差の表示があったから、そこで前にまだ逃げていた選手が居たことに気がついた。でもそれは大きな問題じゃない。今日僕はニーバリがそうしたように、調子の良さを示したかった。明日は今日より厳しいし、明後日はもっと厳しい。最初の山のステージで、僕たちチームは素晴らしい働きができたと思う。調子の良さを感じた。脚もよく反応してくれた。小さな差だったけれど、短いステージだったからね」。
アスタナは、一度遅れたヤコブ・フグルサングの元にタネル・カンゲルトが(ニーバリから離れ)アシストに向かうという動きを見せた。ティンコフ・サクソはアシスト全員が最後までコンタドールだけのために力を尽くしたのに対し、フグルサングの総合2位の座を守った。アスタナは保険として2人目のリーダーを残しておく作戦のようだ。そのことについて訊かれたニーバリは「僕が指示したことじゃないけど、僕のそばにはスカルポーニがいるから問題なかった。その質問はマルティネッリ監督にして欲しい」と言う。
コンタドールのアタックに反応できず、少し離されたリッチー・ポート(チームスカイ)だが、ゴールに向けてはテンポを取り戻し、ニーバリから4秒遅れ、コンタドールから7秒遅れにとどめた。予想通り3強が上位に来た。
ニーバリは言う「ポートは確かにロマンディでは振るわなかったけど、彼はフルームを山岳で最後までアシストできる選手で、総合争いに必ず絡んでくる男だと思っていたから驚きはない。あと、少し遅れはしたけれどバルベルデも今後総合争いをすることになる選手として加えなければ」。バルベルデはコンタドールに遅れること19秒、総合は9位から2分27秒差の5位に上げた。
最後の坂に苦しみ、3分37秒遅れの18位でフィニッシュしたユルゲン・ファンデンブロック(ロット・ベリソル)は、3分2秒遅れの総合10位に順位を落とした。しかしファンデンブロックは落ち着いている。「終盤、山岳に突入してからのティンコフ・サクソが引くハイペースに苦しんでいた。最初のクロワ・デ・モワナ峠でのハードなテンポに、すでに息が上がってしまい、100%の状態でなくなってしまった。2つめの峠では少し回復して大きなタイムロスを食い止められたけれど...。
昨日、医師には今までの3度の落車での怪我を軽く見ないほうがいいと忠告を受けていた。だからパニックにはならなかった。今日は身体が言うことをきかなかった。今日順位を落としたことはがっかりだけど、もっと高い山はこの後やってくる」。
結局は逃げにメンバーを送り込めなかったユーロップカー。ユキヤは最後のグルペット内で、20分32秒遅れの163位でゴールしている。ユキヤは「今日優勝したブレル(カドリ)はプラニャック時代のチームメイト。素晴らしい勝利におめでとうと言いたい。しかし、チームとしては作戦通りにいかず、失敗。レースはなかなか思い通りにいかない…。ちょっとコミュニケーションミスなところもあった。
明日はきついステージになりそうだが、タイムアウトの時間制限が厳しいので、気持ちを切り替えて、頑張らなくてはいけない。明日、明後日をいい形で乗り越えて、中盤戦に臨みたい」とコメントしている。
photo&text:Makoto.AYANO in FRANCE
photo:CorVos,TimDeWale,A.S.O,
※新城幸也のコメントはユキヤ通信より
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