「太陽を目指すレース」の愛称をもつパリ〜ニースも、いよいよ地中海に近づいてきた。最後の数ステージは暖かな太陽に照らされるのが通例だが、今回は少し違う。スタート地点に向かう車のワイパーは最高速で動き続けた。

ワイン畑とチームバスワイン畑とチームバス photo:Kei Tsujiフランスの南の端、イタリアと国境を接するプロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏、なかでもオートプロヴァンスと呼ばれる一帯をパリ〜ニースは走る。近くにはマルセイユやアヴィニョンがあり、位置的には「魔の山」モンヴァントゥーも近い。悪天候によって標高1912mの禿げ山は姿を見せてくれなかったけど。

ラボバンクから移籍したマイケル・マシューズ(オーストラリア、オリカ・グリーンエッジ)のSRMはオレンジのままラボバンクから移籍したマイケル・マシューズ(オーストラリア、オリカ・グリーンエッジ)のSRMはオレンジのまま photo:Kei Tsujiスタートの数時間前まで、豪雨と言っていいほどの雨が一帯に降り付けた。ただでさえワイパーで雨を捌ききれないほどなのに、高速道路には深い水たまりも現れる。それが、不思議と、スタートが近づくにつれて分厚い雲が切れ、太陽が出るまでに回復した。

別府史之(オリカ・グリーンエッジ)が笑顔でスタートに向かう別府史之(オリカ・グリーンエッジ)が笑顔でスタートに向かう photo:Kei Tsujiこの日がレース取材初日だったので、旧知の選手や関係者に会う度に「昨日までの酷い天気を味わってほしかったよ」とつぶやかれる。そして加えて「いい天気を連れてきてくれてありがとう!」と。

スタート地点は、街の至る所にワインの看板が掲げられるシャトーヌフ・デュ・パプ。普段は物静かな田舎町にチームバスの車列が到着すると、地元の老若男女がゾロゾロと家から出てきた。

少しくたびれた表情でチームバスから降りてきた別府史之(オリカ・グリーンエッジ)は、太陽の出現に頬を緩める。よく見ると、スタート前だと言うのにジャージの白い部分やソックスがすでに薄く汚れている。

「ジャージが一着しか無いので(連日の雨で)もはや白くない」と笑いながらフミはスタートに向かう。この日もフミはレース序盤のアタックに加わって逃げに乗る作戦だ。

スタートしてしばらくするとまた雨。しばらくしてまた晴れる。雨と晴れを繰り返しながら、いくつもの山岳を越えながら、170人のプロトンが東の山岳地帯へと向かう。オートプロヴァンスの地形はギザギザで、どこに行っても山と谷しかない。

雨の中を走る別府史之(オリカ・グリーンエッジ)雨の中を走る別府史之(オリカ・グリーンエッジ) photo:Kei Tsuji
身長172cmのリッチー・ポルト(オーストラリア、スカイプロサイクリング)のピナレロ身長172cmのリッチー・ポルト(オーストラリア、スカイプロサイクリング)のピナレロ photo:Kei Tsuji沿道にはレンガ作りの建物がならぶ沿道にはレンガ作りの建物がならぶ photo:Kei Tsuji

ゴール地点のモンターニュ・ド・リュールはカテゴリー1級に設定された本格山岳。頂上は標高1600mで、平均勾配は6.6%。実際に走ってみると、勾配の変化に乏しく、一定の傾斜を保ちながらグングンと標高を上げて行く。ざっくり言って登りの前半6%、後半7%で「アタックが決まるには勾配が足らない」。

雨の中を逃げ続けるイェンス・フォイクト(ドイツ、レディオシャック・レオパード)ら雨の中を逃げ続けるイェンス・フォイクト(ドイツ、レディオシャック・レオパード)ら photo:Kei Tsuji霧に包まれたゴール地点にはかなり冷たい北風が吹き付ける。北に向かって登るため、必然的に選手たちにとっては向かい風。早めの仕掛けが仇となり得る。アシストを風よけとして走り、飛び出すタイミングを極力遅らせるのが吉。「SHUT UP LEGS(脚よ黙れ)」という座右の銘をトップチューブに刻むイェンス・フォイクト(ドイツ、レディオシャック・レオパード)の男前なエスケープは、登りの中程で終わった。

下山用セットをサコッシュに入れてスタッフがゴールで待つ下山用セットをサコッシュに入れてスタッフがゴールで待つ photo:Kei Tsujiスタート地点で少し神経質な表情を浮かべていた総合7位・7秒遅れのリッチー・ポルト(オーストラリア、スカイプロサイクリング)にとって、この日が千載一遇のチャンスだった。

雨で汚れたパイオニアのパワーメーター雨で汚れたパイオニアのパワーメーター photo:Kei Tsuji2010年のジロ・デ・イタリアでマリアローザを着たオーストラリア・タスマニア島出身の28歳は、アシストとしての役目をいとわず、2012年にスカイプロサイクリングに合流した。春先のヴォルタ・アン・アルガルヴェではマルティンを抑えて総合優勝を飾ったものの、ビッグレースではブラドレー・ウィギンズやクリス・フルームの忠実なアシストとして仕えた。

マイヨジョーヌに袖を通すリッチー・ポルト(オーストラリア、スカイプロサイクリング)マイヨジョーヌに袖を通すリッチー・ポルト(オーストラリア、スカイプロサイクリング) photo:Kei Tsujiアシストとして走ることに関してポルトは「快く彼らをアシストするよ。スカイに合流する前から、自分の役目を心得ていた。それに、まだまだ学ぶことが沢山ある。彼らの下で走ることで、自分を伸ばすことが出来る」と昨年会ったとき話していた。

スタッフからジャケットなどを受け取る別府史之(オリカ・グリーンエッジ)スタッフからジャケットなどを受け取る別府史之(オリカ・グリーンエッジ) photo:Kei Tsuji今回のパリ〜ニースにはウィギンズもフルームも出場していない。待ちに待った、巡り巡ってきたチャンス。カンスタンティン・シウトソウ(ベラルーシ)とダビ・ロペスガルシア(スペイン)がライバルたちのアタックを封じ込めると、ポルトが頂上まで1600mを残して飛び立った。

雨と泥で汚れたシューズとソックス雨と泥で汚れたシューズとソックス photo:Kei Tsuji身長172cmで、欧米選手としてはそれほど脚が長くない。どこか日本人に親しみやすいポジションのバイクに乗るポルト。それまで貯めていた脚を爆発させ、マイヨジョーヌに対して33秒ものリードを稼いでゴールした。

「ウィギンズとフルームのいないチャンスを逃すわけにはいかなかった」と、冷たい風が吹く表彰台でマイヨジョーヌを受け取ったポルトは正直に語る。

ポルトが受け取ったLCL(リヨン銀行)ライオンのぬいぐるみを助手席に座らせてニコニコと下山したニコラ・ポルタル監督は「ライバルに対して自らアタックして、タイム差を稼いだことはパーフェクトな勝ち方だ。(マイヨジョーヌの)タランスキーの仕掛けは早すぎた。どのタイミングでアタックするべきかリッチーは知っていた。脚力的にも、戦略的にもリッチーが一番強かった。新加入のメンバーを多く揃えたチームが成し遂げた素晴らしい成功だ」とコメントする。

今回最も強いメンバーを揃えているのはスカイプロサイクリングだ。かと言って、昨年のツール・ド・フランスで見せたような、レースを支配する強さを見せているとは言えない。ガーミン・シャープをはじめとするライバルチームのアシスト体制が脆いと言う他無い。

ポルトは「まだ分からない。明日からはまた様子を見ながら走る」という総合リーダーの定番コメントでインタビューを締めくくったが、1級山岳を最も速く登りきったポルトが得た32秒の総合リードはあまりにも大きい。

別府史之はポルトから21分35秒遅れでゴール。もう少し前でゴールすると予想していたが、集団内の大落車の影響でメイン集団から脱落し、そのまま山岳を遅れて登ったと言う。「前半から動いて、自分が入った逃げが決まりかけたんですが、タイミングが合わなかった」と、下山に備えてジャケットを着込みながらフミは話す。履いていたソックスはますます黒ずんでいる。

昔住んでいたマルセイユの近くを通ったため、沿道からの声援が大きかったらしい。嬉しそうな表情を浮かべて、フミは麓のチームバスまで帰って行った。

text&photo:Kei Tsuji in Manosque, France

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