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前作RL8Dから3年、日本のアンカーが完全新作となるエンデュランスロード、RE8を発表した。エンデュランスロードの本懐である快適性や安心感はそのままに、RPシリーズの開発で得られた「速く走るための技術」を加えたという注目作である。vol.3では、開発を担当した長谷川彰洋さんと村河裕紀さんにRE8の生い立ちを聞く。また、ブリヂストンサイクル本社に併設されたカーボンラボのレポートもお届けする。

RE8開発者インタビュー

RE8が生まれた背景

埼玉県上尾市にあるブリヂストンサイクル本社のカーボンラボを訪問。開発者お二人に話を聞いた photo:Nobuhiko Tanabe

RE8の試乗と撮影をした翌日、湘南新宿ラインで大宮まで行き、高崎線に乗り換えて北上尾駅へ。駅舎が陽炎に揺らめくほどの灼熱地獄のなかを5分ほど歩くと、ブリヂストンサイクルの上尾本社が見えてくる。数年前までは本社の脇にポツリと建つアンカーラボが取材場所だったが、最近はもっぱら敷地内に併設されているカーボンラボだ。

受付を済ませて工場の中を数分歩いて、今日もまたカーボンラボへ。商品企画課の村河さんとRE8の開発を担当された長谷川さんが迎えてくれる。「ラボにはエアコンがないので暑いです」と広報の方に脅されていたが、移動式クーラーが頑張って冷気を吐き出してくれていた。

「とはいえ暑いと思うので、これどうぞ」と長谷川さんが凍ったペットボトルを出してくれた。「プリプレグと一緒に冷凍しておきました」の言葉を添えて。ちなみに長谷川さんは3Dプリンタで出力した巨大なカブトムシの角を付けたヘルメットを被って真顔で登場した。おそらくただものではない。

長谷川彰洋さん(左)と村河裕紀さん(右)。RE8開発を推し進めた主力スタッフだ photo:Nobuhiko Tanabe

入社13年目となる長谷川彰洋さんは、軽快車の担当を経てカーボンラボ設立時に現在の部署に異動。オリンピックで使われるトラックバイクやRP9の空力開発を手掛ける。自転車の挙動を解析する業務に携わった後、RE8の開発担当に任命された。

村河裕紀さん。2015年の入社時から商品企画課に勤務し、シティサイクルやキッズバイクを含め幅広く手掛ける。RPシリーズやRE8でも商品企画を担当。市場のニーズやマーケティングの視点から商品のコンセプト、性能目標、パッケージング、販売価格のディレクションを行った。

安井:まず、RE8の開発がスタートしたときの背景や、市場の状況をざっくりと教えてください。

前作RL8D。国産エンデュランスロードとして人気を博した

村河:昨今、レーシングバイクは飛躍的に進化しています。その結果、ハイエンドバイクは完成車で180万円、フレームセットで70万円が珍しくないという状況になりました。昔は105完成車が20万円、デュラエース完成車が50万で買えましたね。その頃は105完成車、アルテグラ完成車、デュラエース完成車と満遍なく売れていたんですが、今は100万円以上のハイエンドモデルと、20~30万円台のミドル〜エントリーモデルに二極化が進んでいると考えています。

安井:確かに。

村河:ではエンデュランスロードはどうなのかと言われると、業界的に優先度が相対的に低くなっていたと考えています。本来であればレーシングとエンデュランスは対の関係であるべきなのに、上下関係になっているケースも多く見られます。

安井:はい。

村河:開発初期の段階で、「レーシングの下に位置する上下関係で作るのか」、それとも「価格帯は違えど対の関係として作るのか」を検討しましたが、以上のような状況を鑑みて、RE8は価格帯としてはRP9の下になるものの、RPシリーズに対して上下関係ではなく対の関係として作ることにしました。

「価格帯は違えど、RPシリーズと対をなす高品質なエンデュランスロードを作りたかった」 photo:Nobuhiko Tanabe

安井:であるならば、車名をRE9にしたり、グレードの概念をとっぱらって数字を付けないという案はなかったんですか。「エンデュランスのハイエンドだ」と認識されて、売上も上がるのではないかと思うのですが。

村河:実はそれも考えました。ただ、価格や重量はRP8と近しいものにする予定だったので、数字をなくしても、お客さんや販売店さんには「RP8と同等だ」と分かってしまいます。なので、「8という名前では出すけどモノはしっかりと作り込む」を最終的な着地点としました。積み重ねてきたものと新しいチャレンジとのバランスが難しかったですね。

なぜグラベルを視野に入れなかったのか


安井:では、RE8のコンセプトについて。RE8は純粋なエンデュランスロードですが、グラベルロードやオールロードとの統合は考えなかったんでしょうか?

村河:当然、エンデュランスロードにするか、グラベルにするか、その真ん中であるオールロードにするかという検討はしました。ただ、オフロードを視野に入れると、クリアしなければならない規格が大幅に変わってしまうんですね。ISOには「レーシング」と「MTB」という規格区分がありますが、「グラベルも走れます」と謳うには、弊社としてはMTB規格を通すべきだと考えています。そうなると、フレーム強度から部品選定までオフロード想定になるので重量がかさみますし、どうしてもオンロード性能が犠牲になります。

安井:ISOの規格ってレーシングとMTBしかないんですよね。その中間がない。

長谷川:そう。まぁそこもメーカーの認識次第なんです。グラベルロードをリリースしているメーカー全てがMTB規格を通しているとは限りません。ロードしか通してないけど「グラベルも行けるよ」と言っているケースもあるかもしれません。

ピュアなオンロード性能を求めたRE8だが、32C以上のタイヤを飲み込むクリアランスが与えられている photo:Nobuhiko Tanabe

長谷川:我々としては、「オフロードも走れる=ISO MTB規格クリアが必須」という認識です。ロードと同じ試験を通しておいて「グラベルもOKです」とは言えない。オフロードを走るならMTBと同じ試験をクリアしなければならない。

村河:「グラベルも走れますよ」と言ってしまうと、シングルトラックまで行かれる方もいらっしゃるでしょうし。

安井:確かに。ユーザーの解釈もさまざまですからね。

長谷川:はい。なので、今回はオフロードを捨てて、オンロード性能をきっちり出そう、と。

村河:また、弊社のラインナップでいうと、エンデュランスロードのRL8Dは発売から時間が経っているという事情があります。ここでグラベルを追加するとなると、RLシリーズに乗っていただいているお客様の乗り換え先になりません。そういう事情を勘案するとエンデュランスが適切だろうという判断でした。

性能だけでなくスタイリングも重視

フレームのスタイリングを決めるために、3Dプリンタで半身を出力し、鏡に接着。完成車になった際の雰囲気を確かめた photo:Nobuhiko Tanabe

安井:では、フレーム形状はどのように決めていったんでしょう?

村河:弊社にはエンデュランスロードのRL8Dと、その対極となるレーシングバイクのRP9という既存モデルがありますが、それらの中間となるフレーム形状のラフスケッチを大量に描いて、性能とコンセプトのイメージを満たすものに絞っていきました。

安井:それは性能ではなくあくまでスタイリングの話?

村河:そうですね。自動車でいうと外装のスケッチをしている段階です。

長谷川:もちろんただのお絵描きではなく、RP9開発時に得られた知見から「空力的にはどうか」や「剛性や重量はどうバランスさせるか」を同時に考えながら進めました。チューブは空力的に優れた断面にし、ラフスケッチを描いたあと、部分的に3Dプリンタで出力、モックアップを使って接合部など細部の検討を行いました。

3Dプリンタで出力したボトムブラケット。こうして形が作り上げられていった photo:Nobuhiko Tanabe

村河:RPシリーズの形状は解析でほぼ決まったので、デザイン主導でいじることはほぼなかったんです。それに比べて、RE8は造形を含むデザインの検討を多く重ねました。今回は、近年のアンカーが構築してきた「より緻密に設計できるようになった基盤技術」と、「フレームの形状が見る人にどのような印象を与えるのかについての検討」を融合させたんです。アンカーがその二軸で開発を進めたのはRE8が初ですね。

安井:エンデュランスというと振動吸収のための可動機構や、荷物を積載するための機構を採用するメーカーも多いですが、RE8はシンプルな構造ですね。

村河:初期段階では、積層だけでやるか、可動機構を入れるかという検討を行いましたが、可動機構を入れると価格は高く、重量は重くなって、長期的な保守も課題になります。例えばサスが入っていると、そのサスの補修部品がなくなるとフレームそのものが使えなくなってしまいます。そういうことを含め、初期段階で機構を入れるという案はなくなりました。

長谷川:他社の機構入りのバイクを購入して試しましたが、なくても十分いいバイクができると判断しました。タイヤのワイド化とチューブレス化もあり、快適性の担保はしやすくなりましたし。可動機構にはデメリットを覆すほどのメリットはなく、シンプルな設計で行ったほうがメリットが大きい、と考えています。

判明した剛性不足

初期の試作フレーム。横剛性が足りていなかったという photo:Nobuhiko Tanabe

長谷川:これが初期の試作フレームです。このときはシェル幅68mmのスレッド式BBだったんですが、乗ってみたら「あらら?」と。十分な剛性が出てなかったんです。狭いBBシェルでタイヤクリアランスを大きくとろうとすると、チェーンステーがペラペラになってしまうんですよね。

村河:設計段階ではある程度剛性を確保できるようモデリングしていましたが、乗ってみて分かることも多いんです。

長谷川:「これじゃダメじゃない?」となって、チェーンステーにカーボンのパーツを後付けして補強してみたら、かなりよくなりました。これで「チェーンステーを強化すべきだ」と分かり、やっぱりプレスフィットでいくべきだ、と。
試作フレームにカーボンシートを巻き足して再度テスト。こうした実験ができるのはカーボンラボがあるからこそ photo:Nobuhiko Tanabe

安井:タイヤクリアランス確保とチェーンステー周辺の剛性確保を同時に達成しようとすると、シェル幅の狭いスレッド式BBでは厳しいものがありますよね。個人的には「スレッド式BB=最高」という風潮には疑問を感じます。
村河:RPシリーズは剛性確保のためにプレスフィットしか選択肢にありませんでしたが、RE8はエンデュランスなので剛性を多少落とすということもあり、最初は汎用性等を考慮しスレッド式で検討を始めたんです。実際に作ってみたところ、剛性が出なかったので、RPシリーズで実績のあるプレスフィットに変更しました。シートステーも最初はもっと細かったんですが、全体の剛性や外観のバランスを考えて太くしており、あわせてシートステーの集合部も、クリアランスを確保しつつ、フォルムが美しく見えるように修正しています。

長谷川:後ろ三角はチェーンステー、シートステー含めて作り直しましたね。

カーボンラボの意味

長谷川:この試作フレームはカーボンラボで製作したものですが、今までだと、金型を起こさないと試作フレームは作れませんでした。でもカーボンラボでは、金型ではなく石膏型で成形することが可能です。金型を作ることなく試作・検討ができますし、このようにチューブの上からさらにプリプレグをオーバーレイしてテストして検討することも可能です。

試作フレームにプリプレグを重ねる。苦労の跡といえる部分だ photo:Nobuhiko Tanabe

村河:フロント三角の剛性を上げた場合に走りがどう変化するのかを検証するためです。

安井:これは、一度成形したフレームにプリプレグを巻いて、もう一回オートクレーブで焼いてるんですか?

長谷川:そうです。

安井:これがまさにカーボンラボの存在意義ですよね。ここで試作フレームを作れて、このように積層を足したりチューブを強化したりして、すぐに検討できる。試作→試乗→フィードバック反映(設計変更)→再び試作→再び検証……のターンが異様に速い。だから開発終了までに検証の数を増やすことができ、各種性能を煮詰めることができる。これを海外にある委託工場とやろうとすると、1ターンに数カ月かかったりするでしょう。

長谷川:その通りです。従来は、まず工場にお願いをして金型を作ってもらいます。その段階で数カ月かかります。試作品の積層変更をするにもまた数カ月かかります。

安井:でも発表・発売のデッドラインは動かせない。そんなのんびりとしたスケジュール感では、剛性感の丁寧な磨き上げは難しい。

「ここで作ってここで乗れる」このメリットは大きい photo:Nobuhiko Tanabe

長谷川:はい。でもカーボンラボなら石膏型が使えるので、ここで切削・積層・成形の全てができます。型を金属じゃない素材で作れるということが大きいんです。積層の変更も、実際に作業者と直接やりとりをしながら行えるので、精度を高めることができます。「ここで作ってここで乗れる」ということは非常に大きなメリットです。

村河:それに、工場に委託する場合、金型を一度作ってもらったら大きな修正はできないので、変えられる範囲でブラッシュアップするのが限界です。68mm幅の中でできることをやるしかない。しかし、石膏型であれば形状変更も自由自在です。

ブリヂストンサイクル上尾工場内にカーボンラボと名付けられたこのスペースができたのは2015年のこと。中には、プリプレグ保管用の巨大な冷凍庫、プリプレグ用のカッティングマシン、3Dプリンタ、マシニングセンタ、なんとオートクレーブ装置まである。技術者にとって夢のような場所だ。

ここが担う役割は2つ。選手用機材の製造と、試作品の製作。我々一般人に直接関係するのは後者である。開発チームが設計したフレームなどをここで実際に形にし、試乗やテストなど製品化に向けた玉成作業に使われる。
石膏型は変更の自由度が大きいというメリットがあるが、熱伝導率が悪く圧力にも弱い。自転車用パーツの製作に用いられる内圧成形は、熱した金型で上下から挟んで圧力をかけて成形するのだから、石膏型を内圧成形に使うのは不可能だ。だからオートクレーブなのである。

要するに、アンカーは「オートクレーブで量産するためにオートクレーブを導入した」のではない。「開発スピードを上げるためにプロトタイプをここで作りたい」→「それには設計変更が迅速に行える石膏型を使う必要がある」→「石膏で成形を行うためにはオートクレーブ装置が必要だ」という順番である。

カーボンラボで生まれ、完成の域に達したRE8。その上でオートクレーブの存在は大きかったという photo:Nobuhiko Tanabe

一般的に言われているようなオートクレーブのメリット(内部を高圧にしつつ真空引きを行うことで、CFRP内の空隙や余分な樹脂を減ずることができ、より軽く強い製品になる)のためではないのだ。ここがカーボンラボの面白いところ。

安井:開発においてこのカーボンラボが果たしている功績は非常に大きいですね。

村河:開発スタートから発売まで限られた時間のなかで、試作回数をこなしていいものに煮詰めていくためには、こういう設備が必須です。

安井:ちなみに、プロトタイプはオートクレーブ成形(型にプリプレグを貼り、加圧用のバッグを被せた後、オートクレーブと呼ばれる圧力釜に入れ、加圧・加熱して硬化させる方法)。市販品は内圧成型(芯材にプリプレグを巻き付け、金型に入れて加熱、同時に芯材を膨らませて内側から加圧し、型に沿わせて成形する方法)。試作品と市販品で製法が変わるわけですが、性能差はでないんですか?

長谷川:製法が違うので、可能性としてはあります。なので、試作品と量産品で性能差がないかは確認しています。

村河:その確認作業がなくていいのであれば、もうちょっと早く発売できましたね(笑)。

剛性バランスの秘密

エンデュランスロードとして重視されたのは「走るけど、硬すぎない」バランス感 photo:Nobuhiko Tanabe

安井:アンカー取材では毎回お聞きしていることなんですが、テストライダーのフィードバックを設計に反映するには?

長谷川:RS9開発時の話ですが、選手から「リヤがたわむ」「リヤが弱い」というフィードバックがありました。それをどう解決したかというと、フロントの強化なんです。人のコメントをそのまんま設計に反映すればいいというものではないんですね。だから言葉としては受け止めますが、実際に設計にどう反映すればいいのかというのは、我々の経験値。完璧な正解は持っていませんし、毎回四苦八苦してるんですが。

村河:ライダーのフィードバックを翻訳するための辞書がノウハウということですね。

長谷川:他社製品にも試乗してもらい、「なんでこういう評価になるんだろう?」という検証も行いました。

安井:なるほど。ではエンデュランスロードの剛性感について。RE8開発において、剛性&剛性感の理想はあったんですか?

村河:そこは非常に難しいところですが、少なくとも、「エンデュランスロードは硬すぎないほうがいい」と考えていました。

長谷川:しかし、単純に柔らかければいいというものでもありません。

村河:そう。「走るけど、硬すぎない」というバランスが大事なんです。全体的に剛性を落とすとぐにゃぐにゃになって進まなくなってしまいます。フレームのしなりを計測するポイントが数カ所あるんですが、それらのバランスが破綻すると進み方が変わってしまうんです。バランスを維持したまま、全体の剛性をある程度は落としたい。

「しなりと揺り戻しのバランスを考えて、エンデュランスロードたる走行フィーリングを実現させる」 photo:Nobuhiko Tanabe

長谷川:とはいえ、「ここにはこれくらいの剛性が必要だ」という指標はあって、落としすぎないように調整しています。

村河:しなりに対する返り方でもフィーリングは大きく変わるので、返り方に関する剛性も確認して、しなり方のバランスを整えています。

安井:ということは、単なる静的な剛性だけではない?

村河:動的なしなりを計測しなくても、いくつかの剛性値の変化を見ることで、いいフィーリングは実現できるんです。そのバランスがうまくとれていないと、「硬いけど進まない」「柔らかくてダメ」ということが起きます。各部の剛性値の比率がレシピです。

安井:“硬すぎないほうがいい”とのことですが、そもそも、なぜフレームが柔らかいと脚に疲れが残りにくいんでしょう?

長谷川:実はそこを解明しようとしたんですが、四苦八苦した結果、現在は断念してます。そこを解明して設計できればよかったんですが、なにか言えるほどの結果は得られなかったんです。

村河:感覚的には硬いと疲れると感じますが、なにが起きているのかの解明には至らずでして。

求めたのは「ホビーユーザーのためのエンデュランスロード」たる乗り味 photo:Nobuhiko Tanabe

長谷川:他社も「ここがこうなるから快適で疲れにくいんです」という明確なロジックはあんまり持っておられないようですね。他社もトライはしているけど解明しきれてはいないのかなと。私も同じところに突っ込んで同じようにゴールせず……という感じです。

安井:でもその解明にトライはされたんですね。素晴らしい。ロードバイクは、微妙な剛性感の違いによって「めっちゃ走る」「全然進まん」「ペダリングが楽しい」「味気ない」「やたらと脚にくる」「全然疲れない」「これぞ駆け抜ける愉しさだ!」などなど、印象が大きく変わります。

長谷川:そうなんです。その「変形量と人間の感覚」は、いずれ繋げられるといいと思っています。

安井:期待してます。そのとき、スポーツバイクは新たな次元に到達するのだと思います。

グラフィック面の挑戦

「グラフィックの面でもアンカーのバイクが新たなステージに踏み込んだ」 photo:Nobuhiko Tanabe

安井:では最後。グラフィックについて。RE8のグラフィックは今までのアンカーのイメージとは異なるテイストですね。個人的には好みです。表層デザインは個人の主観によるところなのでいいの悪いの言ってもしょうがないんですが。

村河:前作のRLシリーズには、ライド中に出会う景色からインスピレーションを得たデザインを採用しました。RE8では、デザイナーから「山の稜線をモチーフにしてみてはどうか」と言われ、色の間を繋ぐアイディアとして採用したんです。

安井:通常は直線で切ったり、シンプルなグラデーションにしたものが多いですが、そこを山の稜線のような揺らぎのあるラインにするだけで、温かみが出ました。知らない景色を見に行きたくなる。

村河:2色の間を稜線のラインで5分割し、グラデーションにしなければいけないわけですが、これが結構苦労しました。ある程度の色の差がないといけませんし、色が離れすぎるとグラデーションにならない。少しでも色がずれると濃い→薄いが逆に見えてしまったりもするんですね。単純に色を割り算したのではなく、色相を調整しながら、5回くらい試作をして、ようやく思い描いていた色になりました。

山の稜線をイメージしたというグラフィック。シャープで、それでいて創造性豊かなデザインだ

安井:ダウンチューブにメーカーロゴがドーン!という従来のセオリーとは違い、ロゴがかなり控えめなことも特徴です。

村河:RPシリーズはそういうデザインにしていますが、RE8はグラフィックやライドシーンとのバランスを考えてロゴを小さくしました。ロゴの大きさも2~3mm刻みで15パターンほど作って実際に試作フレームに貼って検討しました。

安井:先ほど、フレーム形状は性能だけでなく見た目の麗しさも意識されたというお話がありましたが、グラフィックの面でもアンカーのバイクが新たなステージに踏み込んだことを感じますね。

村河:そう言っていただけると嬉しいです。

安井:長時間ありがとうございました。

長谷川:こちらこそ。



RPシリーズで世界レベルに一気に追いついたアンカー。新作RE8では、「扱いやすさ」や「懐の深い走り」など、アンカーが守るべき持ち味はしっかりと残しつつ、空力面・剛性面の洗練を加え、「ちゃんと速いエンデュランスロード」に仕上げてきた。

photo:Nobuhiko Tanabe

さらに、「見る者の感情に訴えるフレーム形状」や、「趣のあるグラフィック」など、これまでのアンカーにはなかったチャレンジも行って垢抜け、これまで多くのサイクリストがエンデュランスロードという乗り物に対してなんとなく抱いていた「脇役的存在」「鈍重なイメージ」を払拭することに成功したと思う。

スポーツバイクはあくまで趣味だから、いくら目的と合致していたとしても、カッコいいと思えないものは欲しくならない。まさにそれが、我々が「レースはしないけどレーシングバイクを買ってしまう」理由の一つなのだが、RE8はそんなすれ違いを円満に解消する存在になるかもしれない。
text&Yukio Yasui
photo:Nobuhiko Tanabe