2024/07/30(火) - 18:00
四国一周、目標タイムは35時間。自己最長記録を越えるウルトラロングライドに挑むのは、高岡亮寛と成毛千尋という快速ペア。ホビーレース界を牽引する2人による、本気のチャレンジに密着した。
四国一周を2日間で。
そんなパワーワードに膝から崩れそうになり、続くチャレンジャーの名を聞くや膝を打ち、”あの2人”ならできると直感した。取材を快諾し、カメラ片手に愛媛県松山市へと向かった。
より遠くへ、より速く。それは人間の持つ本能であろうか。
ロードバイクの進化とIT技術の恩恵で、ロングライドは効率的かつ時短可能な「攻略対象」となり、そのエクストリームさは加速度的に進んでいる。その代表は東京-大阪を1日で走破するキャノンボール500kmや、果ては日本縦断TT2,500kmと、ビッグライドを誰でもネットで追体験できる時代になった。レースとは違う、自己挑戦的なロングライドがじわりと存在感を増している、筆者はそのような印象を持っている。
少々アングラな気配も漂うウルトラロング界隈ではあるが、通底するものはシンプルだ。常識はずれの超長距離を、自らの脚で駆け抜ける、ただそれだけだ。「道があるから走る」というサイクリストの初期衝動を、最もピュアに体現したスタイルと言えよう。単にロングライドと聞けば遊びや楽しさを連想しがちだが、突き抜ければそれは畏敬の対象となり、Stravaログには多くのいいねが集まる。
日本トップクラスのホビーレーサーが、本気でウルトラを走ると一体どうなるのか?本稿でその一端を明らかにしたい。
このたびのウルトラロングライドに挑むのが、シクロワイアードでもお馴染みであるRX BIKE代表の高岡亮寛氏、そしてアルディナサイクラリー代表の成毛千尋氏(以下敬称略)。揃って自らショップを運営し、ホビーレース界の第一人者でもあり、ハードなロングライドを愛する”求道者”という佇まいの2人だ。
振り返ると、高岡は2度の日本縦断TTと東京大阪キャノンボール達成、成毛はfestive500最速チャレンジという、抜きん出たロングライド経験を持つ。それらを越える自己最長記録への挑戦、ひいては2027年開催のPBP(パリ・ブレスト・パリ)参戦に興味が湧いたというのが事の始まりである。成毛が持ちかけた御伽話はトントン拍子で進み、2時間後には松山行きのフライトを確保していた。こういうチャレンジは勢いが大切である。2人のコメントや使用機材については、後編で詳報する。
行き先は、かねてから温めていた四国一周ルートに決まった。
さて、今回のコースについて解説したい。
チャレンジの舞台は、本誌でも特集歴のある四国一周ルート、略してシコイチ。松山市の愛媛県庁を0km地点とし、香川、徳島、高知の沿岸を反時計回りに一周する。国道メインの最短経路でも800km超、最外縁を繋げば1,000kmを越える、国内屈指のアイランドコースだ。通常なら7~10日間、または複数の分割輪行でやっと完走できるビッグライドであり、公式記録だけでも2,000人以上が完走を果たしている。また、数年おきに1,000kmブルベも開催されている(制限時間72H)。
ノリと勢いで決まったチャレンジながら、両者ともに四国は初走行。ルートビルダーで860km/獲得標高6,000mオーバーの暫定案を描くと、まさに”修験道”と呼ぶにふさわしい(88ヶ所巡りの文化的背景も含めて)過酷な道のりが浮き彫りとなった。そして、想定平均速度から割り出した目標タイムは、わずか35時間。2日どころか1.5日であり、公式記録にはならずとも、筆者の知る限り歴代最速クラスのタイムである。いかにクレイジーな挑戦かが伝わるだろうか。
本来シコイチは、4県を複数日かけて巡礼する”グレイトジャーニー”という趣のコースだ。僭越ながら筆者は大小合わせて3度シコイチしており、雄大な四国道に心動かされてきた。彼らの前衛的なチャレンジは、己の限界に挑むことを第一に企図されたものであり、旅情要素は二の次だ。ロングライド経験豊富な2人に、もちろん交通ルールは遵守の上で、サポートカー帯同という万全の状態で実施されている点を申し添えておきたい。また、公式のブルベではないことから、2人の意向で反射ベストは未着用という点も補記させていただく。
本チャレンジのメンバーは高岡、成毛、サポーターのあすかさん、筆者中谷の4人。松山で初めての顔合わせをし、郷土料理の鯛めしを味わいつつ手短に作戦会議を済ませた。とはいえ決まったのは概ね100kmごとに休憩をとる事くらいで、全てを綿密に示し合わせた訳ではなかった。準備期間は短く、あとはぶっつけ本番。全ては2人の走り次第、そんな予感がした。
本チャレンジの模様は両者のブログとSNSにも掲載されているので、気になる方はぜひアクセスしてほしい(Stravaログも公開済み)。本稿では、サポートカーからの光景をありのままお伝えしたいと思う。ウルトラロングのリアルを、追体験してもらえたら幸いである。
それは常識を越える旅路、TTともロングライドとも違う”何か”の幕開けであった。
6月25日、午前4時45分。
ホテルから至近の愛媛県庁「四国一周0kmモニュメント」に降り立った。気温24度で厚めの曇り、翌朝からは雨予報。5時スタート、翌日夕方には帰着予定の「一撃シコイチ」が動き出す、はずだった。
最初のトラブルは出走前、ガーミンの不調であった。ルートデータが重過ぎるのか、ナビゲーション機能が全く反応せず15分のロスを喫する。仕方なくナビ無しでスタートし、序盤はブルーラインとスマホのマップ頼りに進むこととなった。巨大なルートデータは分割すべし、そんな学びを得た出来事であった。
早朝の静かな国道196号線を北上していくが、サポートカーのスピードメーターが40km/hを下回らない。飛ばし過ぎじゃないか、そんな心配をよそに淡々とローテーションを回し、あっという間に今治を通過。国道11号線へと接続し、高松方面へ東進し始めた頃に次のトラブルが発生する。
サポートカーが通勤ラッシュの渋滞に嵌り、先行する2人との距離がみるみる拡大、ついに見失ってしまった。彼らの後ろを追走し続けるのが理想的なサポートカーの動きだが、幹線道路ではそうもいかない。ガーミンのライブトラック機能から合流ポイントを逆算、高速経由で先回りを試みるのだが、下道の渋滞に阻まれ差が縮まらず。結局2人をキャッチするまで130km程費やし、あまりのハイペースぶりに戦慄を覚えた。
205km地点の「道の駅源平の里むれ」で補給食を入れ替え、お手製の冷や汁を流し込むと、20分少々で次の100kmへと走り出した。ロングライドで時短する場合、スピードを上げるよりも休憩を短くする方が効果的だが、2人の慌ただしさ(と疲れの少なさ)は予想を越えていた。サポートカーとて、ゆったり構えている暇は無いのだと分かった。
青看板に室戸の字が見えると、55号線をひたすら南下するシンプルかつハイスピードな区間に突入。阿南市を越えると交通量が減り、2人を目視内に追走を続けるが、ペダリングは序盤と変わらず安定している。霧雨を浴びつつ、アップダウンを伴う海岸線の上で、たった2人のチームTTが延々と続いた。このような長時間ファストライドにおいて、DHバーの存在は偉大だ。
室戸市役所前のコンビニでついに闇夜に包まれ、ここから先は痛みや胃腸の限界と共に”眠気”との戦いが待っている。パラチノース入りのコーヒーと、普段絶対口にしないであろう大盛カップ焼きそばを掻き込み、これまでと異なるルーティンで集中力を呼び戻す。20分少々で再出発し、無人の55号線をハイビームで照らしながら、淡々と走る2人の背中を追いかけた。まるでサポートカーも隊列の一部かのような感覚で、この頃にはチームでの連携もスムーズに取れるようになっていた。
ウルトラロングにおける、仮眠と同じくらい重要なルーティンが”歯磨き”だ。甘い補給食続きの歯を労わるのと、眠気覚まし効果も期待できる。急いではいるが、100kmごとにしっかり歯ブラシの時間を設けていた。
須崎市を越えてしばらく先、サポートカーの後席を簡易ベッド代わりに10分の仮眠。横になって眠るのはこれが初めてだった。「眠らず走り続けるのは難しい」という高岡にとって、ここから先は完全にコンフォートゾーンの外。この時点ですでに、日本縦断TT挑戦時を越えるロングライドとなりつつあった。
深夜1時、走行距離550km、シコイチの最高地点である標高289mの「七子峠(ななことうげ)」をパス。改めて紹介すると、シコイチは無限にも思えるアップダウンが続き、平坦部分は半分程度。「登りがあったほうがむしろありがたい」と振り返る2人は、ダンシングを多用してお尻への負担を逃がしているようだった。ここまでの大半はDHポジション(シッティング)で走り、熟練者の彼らとてお尻への負担は計り知れない。もはやサドル相性の良し悪しは関係なく、痛みとの戦いだ。
チャレンジ最大の試練は突如訪れた。サポートカーチームにも眠気が迫るころ、「かつてない枯渇感だった」という成毛が登りで後退。ついにトレインが崩壊してしまう。真っ暗闇に包まれ、小雨の舞う山間路で、それぞれの闘いが始まろうとしていた。
後編へ続きます。
高岡亮寛と成毛千尋が挑む四国一周に密着
四国一周を2日間で。
そんなパワーワードに膝から崩れそうになり、続くチャレンジャーの名を聞くや膝を打ち、”あの2人”ならできると直感した。取材を快諾し、カメラ片手に愛媛県松山市へと向かった。
より遠くへ、より速く。それは人間の持つ本能であろうか。
ロードバイクの進化とIT技術の恩恵で、ロングライドは効率的かつ時短可能な「攻略対象」となり、そのエクストリームさは加速度的に進んでいる。その代表は東京-大阪を1日で走破するキャノンボール500kmや、果ては日本縦断TT2,500kmと、ビッグライドを誰でもネットで追体験できる時代になった。レースとは違う、自己挑戦的なロングライドがじわりと存在感を増している、筆者はそのような印象を持っている。
少々アングラな気配も漂うウルトラロング界隈ではあるが、通底するものはシンプルだ。常識はずれの超長距離を、自らの脚で駆け抜ける、ただそれだけだ。「道があるから走る」というサイクリストの初期衝動を、最もピュアに体現したスタイルと言えよう。単にロングライドと聞けば遊びや楽しさを連想しがちだが、突き抜ければそれは畏敬の対象となり、Stravaログには多くのいいねが集まる。
日本トップクラスのホビーレーサーが、本気でウルトラを走ると一体どうなるのか?本稿でその一端を明らかにしたい。
このたびのウルトラロングライドに挑むのが、シクロワイアードでもお馴染みであるRX BIKE代表の高岡亮寛氏、そしてアルディナサイクラリー代表の成毛千尋氏(以下敬称略)。揃って自らショップを運営し、ホビーレース界の第一人者でもあり、ハードなロングライドを愛する”求道者”という佇まいの2人だ。
振り返ると、高岡は2度の日本縦断TTと東京大阪キャノンボール達成、成毛はfestive500最速チャレンジという、抜きん出たロングライド経験を持つ。それらを越える自己最長記録への挑戦、ひいては2027年開催のPBP(パリ・ブレスト・パリ)参戦に興味が湧いたというのが事の始まりである。成毛が持ちかけた御伽話はトントン拍子で進み、2時間後には松山行きのフライトを確保していた。こういうチャレンジは勢いが大切である。2人のコメントや使用機材については、後編で詳報する。
行き先は、かねてから温めていた四国一周ルートに決まった。
さて、今回のコースについて解説したい。
チャレンジの舞台は、本誌でも特集歴のある四国一周ルート、略してシコイチ。松山市の愛媛県庁を0km地点とし、香川、徳島、高知の沿岸を反時計回りに一周する。国道メインの最短経路でも800km超、最外縁を繋げば1,000kmを越える、国内屈指のアイランドコースだ。通常なら7~10日間、または複数の分割輪行でやっと完走できるビッグライドであり、公式記録だけでも2,000人以上が完走を果たしている。また、数年おきに1,000kmブルベも開催されている(制限時間72H)。
ノリと勢いで決まったチャレンジながら、両者ともに四国は初走行。ルートビルダーで860km/獲得標高6,000mオーバーの暫定案を描くと、まさに”修験道”と呼ぶにふさわしい(88ヶ所巡りの文化的背景も含めて)過酷な道のりが浮き彫りとなった。そして、想定平均速度から割り出した目標タイムは、わずか35時間。2日どころか1.5日であり、公式記録にはならずとも、筆者の知る限り歴代最速クラスのタイムである。いかにクレイジーな挑戦かが伝わるだろうか。
本来シコイチは、4県を複数日かけて巡礼する”グレイトジャーニー”という趣のコースだ。僭越ながら筆者は大小合わせて3度シコイチしており、雄大な四国道に心動かされてきた。彼らの前衛的なチャレンジは、己の限界に挑むことを第一に企図されたものであり、旅情要素は二の次だ。ロングライド経験豊富な2人に、もちろん交通ルールは遵守の上で、サポートカー帯同という万全の状態で実施されている点を申し添えておきたい。また、公式のブルベではないことから、2人の意向で反射ベストは未着用という点も補記させていただく。
本チャレンジのメンバーは高岡、成毛、サポーターのあすかさん、筆者中谷の4人。松山で初めての顔合わせをし、郷土料理の鯛めしを味わいつつ手短に作戦会議を済ませた。とはいえ決まったのは概ね100kmごとに休憩をとる事くらいで、全てを綿密に示し合わせた訳ではなかった。準備期間は短く、あとはぶっつけ本番。全ては2人の走り次第、そんな予感がした。
本チャレンジの模様は両者のブログとSNSにも掲載されているので、気になる方はぜひアクセスしてほしい(Stravaログも公開済み)。本稿では、サポートカーからの光景をありのままお伝えしたいと思う。ウルトラロングのリアルを、追体験してもらえたら幸いである。
それは常識を越える旅路、TTともロングライドとも違う”何か”の幕開けであった。
スタート〜200km
6月25日、午前4時45分。
ホテルから至近の愛媛県庁「四国一周0kmモニュメント」に降り立った。気温24度で厚めの曇り、翌朝からは雨予報。5時スタート、翌日夕方には帰着予定の「一撃シコイチ」が動き出す、はずだった。
最初のトラブルは出走前、ガーミンの不調であった。ルートデータが重過ぎるのか、ナビゲーション機能が全く反応せず15分のロスを喫する。仕方なくナビ無しでスタートし、序盤はブルーラインとスマホのマップ頼りに進むこととなった。巨大なルートデータは分割すべし、そんな学びを得た出来事であった。
早朝の静かな国道196号線を北上していくが、サポートカーのスピードメーターが40km/hを下回らない。飛ばし過ぎじゃないか、そんな心配をよそに淡々とローテーションを回し、あっという間に今治を通過。国道11号線へと接続し、高松方面へ東進し始めた頃に次のトラブルが発生する。
サポートカーが通勤ラッシュの渋滞に嵌り、先行する2人との距離がみるみる拡大、ついに見失ってしまった。彼らの後ろを追走し続けるのが理想的なサポートカーの動きだが、幹線道路ではそうもいかない。ガーミンのライブトラック機能から合流ポイントを逆算、高速経由で先回りを試みるのだが、下道の渋滞に阻まれ差が縮まらず。結局2人をキャッチするまで130km程費やし、あまりのハイペースぶりに戦慄を覚えた。
205km地点の「道の駅源平の里むれ」で補給食を入れ替え、お手製の冷や汁を流し込むと、20分少々で次の100kmへと走り出した。ロングライドで時短する場合、スピードを上げるよりも休憩を短くする方が効果的だが、2人の慌ただしさ(と疲れの少なさ)は予想を越えていた。サポートカーとて、ゆったり構えている暇は無いのだと分かった。
200km〜400km
200km以上走って7時間も経っていない。どうやら35時間切りはマジらしい。2人の様子を見て確信し、こちらも最後まで見届ける覚悟が決まった。2人が鳴門スカイラインを経由する間に、サポートカーは高速経由で先回りし、リクエスト通りの補給を買い揃える。以降は50kmに一度、コンビニ休憩をとるルーティンを組むことになった。車内で2台のスマホを駆使してルートの確認、到着予測を立てている間に、もう次のコンビニに至るという慌ただしさだった。青看板に室戸の字が見えると、55号線をひたすら南下するシンプルかつハイスピードな区間に突入。阿南市を越えると交通量が減り、2人を目視内に追走を続けるが、ペダリングは序盤と変わらず安定している。霧雨を浴びつつ、アップダウンを伴う海岸線の上で、たった2人のチームTTが延々と続いた。このような長時間ファストライドにおいて、DHバーの存在は偉大だ。
400km〜
まだ薄明るい空の下、四国の最果て「室戸岬」を通過。雄大な景観を残す観光スポットではあるが、そんな感慨はこの2人には1ミリも無いらしい。400km以上走って平均速度は33.5km/h。序盤の信号の多さを考えると驚異的なペースで、35時間という目標は一切ブレていないようだった。休憩中も常にタイムを気にかけており、生粋のレーサーという一面を見た。室戸市役所前のコンビニでついに闇夜に包まれ、ここから先は痛みや胃腸の限界と共に”眠気”との戦いが待っている。パラチノース入りのコーヒーと、普段絶対口にしないであろう大盛カップ焼きそばを掻き込み、これまでと異なるルーティンで集中力を呼び戻す。20分少々で再出発し、無人の55号線をハイビームで照らしながら、淡々と走る2人の背中を追いかけた。まるでサポートカーも隊列の一部かのような感覚で、この頃にはチームでの連携もスムーズに取れるようになっていた。
ウルトラロングにおける、仮眠と同じくらい重要なルーティンが”歯磨き”だ。甘い補給食続きの歯を労わるのと、眠気覚まし効果も期待できる。急いではいるが、100kmごとにしっかり歯ブラシの時間を設けていた。
須崎市を越えてしばらく先、サポートカーの後席を簡易ベッド代わりに10分の仮眠。横になって眠るのはこれが初めてだった。「眠らず走り続けるのは難しい」という高岡にとって、ここから先は完全にコンフォートゾーンの外。この時点ですでに、日本縦断TT挑戦時を越えるロングライドとなりつつあった。
深夜1時、走行距離550km、シコイチの最高地点である標高289mの「七子峠(ななことうげ)」をパス。改めて紹介すると、シコイチは無限にも思えるアップダウンが続き、平坦部分は半分程度。「登りがあったほうがむしろありがたい」と振り返る2人は、ダンシングを多用してお尻への負担を逃がしているようだった。ここまでの大半はDHポジション(シッティング)で走り、熟練者の彼らとてお尻への負担は計り知れない。もはやサドル相性の良し悪しは関係なく、痛みとの戦いだ。
チャレンジ最大の試練は突如訪れた。サポートカーチームにも眠気が迫るころ、「かつてない枯渇感だった」という成毛が登りで後退。ついにトレインが崩壊してしまう。真っ暗闇に包まれ、小雨の舞う山間路で、それぞれの闘いが始まろうとしていた。
後編へ続きます。
提供:スペシャライズド・ジャパン text & photo by Ryota Nakatani