2024/08/09(金) - 19:00
総距離860km/35時間切りを目指し、高岡亮寛と成毛千尋は四国路を走り続けた。自己最長ライドを通して見えた新たなる地平、そしてウルトラロングの機材やノウハウ、2人のコメントを紹介する。
この先向かう足摺岬は、サイクリングフォトにはまたとない絶景スポットだ。しかし全身全霊でペダルを回す彼らを前に、フォトグラファーとしての目論見は引っ込めざるを得なかった。軽い気持ちで快諾した四国ロケは、1秒を争う総力戦となりつつある。誰もが全力だった。サポートカーはさながら、24時間営業のジェットコースターに思えた。
「先に行ってください」と一言交わすと、成毛はみるみる後方へ下がっていき、見えなくなった。名も無き小丘で分断された2人の、それぞれの戦いが始まろうとしていた。
スタートから596km、深夜3時15分、もう何度目かも覚えのないコンビニ休憩。追走する成毛を待つために、これまでで最長のレストを取ることにした。結局スタート時刻になっても成毛は姿を見せない。サポートチームには苦渋の決断だが、強者優先ではないものの高岡に帯同し、成毛の追走に賭けることとした。グループチャットに書き置きを残し、足摺岬へ続くアップダウンへと転がり出した。
高岡単騎となり巡航速度は落ち着いたが、前半の貯金がある分多少のスローダウンは許容範囲だ。気づけば周囲は明るさを取り戻し、スタートから24時間で620km走破。この時点で高岡自らの1日最長記録を更新した。しかし、前半飛ばしたツケが回ってきたようで、走りにキレが無い。走行ラインが左右に揺れ、ケイデンスも落ちているのが見えた。
ウルトラサイクリングへの適正は胃腸の強さ、不眠耐性の強さが鍵を握る。高岡ももれなく、この2点に苦しめられることとなる。後半は液体の摂取が増え、コンビニで買えるスムージーが1本180〜240kcalと程よく、弱った胃腸に適うエネルギー源となった。ボトルにはパラチノースとグランフォンドウォーターを3倍濃縮したドリンクを仕込み、眠気はコンビニ休憩の僅かな仮眠で凌ぐ。
「常時ハンガーノックのような感覚」という高岡には試練の時となった。すでに推定10,000kcal近く燃やし、筋グリコーゲンも枯渇した身体は、文字通り食べた分しか走れない状態。お腹は膨れ(いわゆるブルベ腹)、膝下が痩せ細っていくのが見た目にもわかった。サポートカーに乗り込む僅かな動作でも、苦痛に顔が歪む。見るからにキツそうだが、信じて見守るしかなかった。
ウルトラロング完走の秘訣は、コースを確実に走り切れる単位に分割(概ね100kmごと)し、気持ちを切り替えながら進むことにある。後半以降は50km先のコンビニをサポートチームから指定し、目先のゴールとして走ってもらう流れができた。休憩頻度は増えてはいるが、ここまでの力走でも驚嘆するには十分で、着実に前に進んでいる。松山でのスタートがもうすっかり遠い記憶のように思えたが、実際には昨朝の出来事だと知って驚いた。
高知最後の市街地、宿毛(すくも)を超えれば国道56号線をひたすら北上するのみ。四国を長方形に見立てれば残すは左辺のみという塩梅だが、アップダウンと市街地走行が増える。まさに最後の難関だ。100kmライドを7回繰り返して、まだ残り150km以上ある計算だ。
当初の予定にあった八幡浜方面へのルートは避け、残りは56号線を確実に走り切るよう提案した。海沿いからは一本逸れるが、正真正銘シコイチと呼べるレベルの微修正だ。仕切り直して再スタートすると、雨は止まないが追い風が吹き、徐々にペダリングに勢いが戻ってきた。気温の低さと適度なアップダウンがプラスに働いたようだ。高岡復調の裏で成毛の安否も気にしていはいたが、グループチャットは既読がつかないまま。ソロライドを続ける2人の、無事の完走を祈る他なかった。道中、ライブトラックを頼りに駆けつけた地元の方の声援を受け、少なからず注目されていることが分かった。
サポートカーは高速経由で松山市街へ先回りし、残り12km地点をゆく高岡をキャッチ。この時点で35時間切りの希望は絶たれてはいたが、目には力を感じた。通行人から見たら800km走ったとは知り得なかったであろう、安定したペダリングでラストスパートをかける。ゴールを目前に、サポートカー車内には安堵と興奮が渦巻いて、眠気も吹き飛んでいた。
スタートから36時間15分、県庁の0kmのモニュメントに高岡が静かに降り立った。ストラバに刻まれたログは、走行距離866.74km / ライドタイム28時間50分 / 平均時速30.1km/h / 獲得標高6,248m / 合計運動量14,981kジュール。何もかもが異次元のライドはわずかに目標には届かなかったものの、十分なインパクトを残したと言えるだろう。高岡のゴールから1時間後、成毛も県庁に到達しチャレンジは成功。19時からの打ち上げはオンタイムで滑り込み(成毛はジャージ姿のまま)、四国の滋味を肴にライドを振り返った。
ここからは、エクストリームライドを支えた2台のバイクを紹介しよう。
高岡と成毛が四国に持ち込んだバイクは、スペシャライズドの誇るエンデュランスロード「Roubaix(ルーベ) SL8」、最上級グレードのS-WORKSだ。最新世代でさらなるエアロ化と軽量化を叶え、”速く遠くに”を志向する本チャレンジにベストフィットするモデルである。加えて、両者揃って機材フリークらしいこだわりのパーツセレクトが散りばめられたマシンを準備してきた。細部を見ると、経験に裏打ちされたウルトラロングへの最適化が見て取れた。
2台の共通項はスラムの新型Red AXS E1、それもフロントシングルを導入している点。ギア比は高岡が50T-10/36T(5.00〜1.38倍)、成毛が52T-10/33T(5.20〜1.57倍)で、DHバー先端には追加のシフトボタン「Blips」を仕込んでいる(高岡機は旧型レバー+有線Blipsを装備)。何千回もの変速動作を、マルチポジションでストレスなく行えるのは電動シフトのメリットであり、ウルトラロングにおいても有用だ。
高岡:「ギア比はこのレンジがベストでした。10%の坂でも問題なかったですし、四国のアップダウンは十分カバーできました。トップギアも5倍あるので修善寺のレースでも使えると思います。新型Redはアプリでギア毎の使用率が分かるのも面白いですね」
次点で印象的なのはアップライト気味に構えたDHバーだが、これらは快適性と抵抗減を両立する”ハイハンズポジション”を狙ってのもの。「深い前傾というよりは、両肩の間に頭をしまうイメージで」という高岡は、全行程の大半をエアロポジションで走り切り、平均30km/hオーバーを叩き出している。まさしく、ウルトラロングの高速化にはマストアイテムだ。
そしてルーベ最大のキーポイントといえば、ステアリングコラムに一体化された衝撃吸収機構「フューチャーショック 3.0」だ。最大20mmのストローク量を持つ小型軽量サスペンションは、大きな違いをもたらしたという。
高岡:「やはりフューチャーショックは偉大ですね。特にDHバーとの相性が抜群で、前荷重になるエアロポジションで前腕への衝撃を和らげてくれます。腕肩の疲れが大幅に軽減された感触がありました」
成毛:「高岡さんに補足すると、ダウンヒルでも恩恵を感じました。ハンドルが路面に吸い付くような感覚が秀逸で、夜間の濡れたコーナーも安心して曲がることができます。ケーブル外出しで、汎用ステムとハンドルが使えるのもユーザーフレンドリーで良いと思います」
その他に細部の違いを列挙すると、高岡号の足回りはS-WORKS Turbo 30cタイヤと、ロヴァールのグラベル系ホイールTerra CLXの組み合わせ。内幅25mmのワイドリム+30cタイヤで、3.0気圧という低圧運用を可能としている。ハンドルはイーストン、DHバーはプロファイルデザインだ。
一方で、成毛号はS-WORKS Turbo Rapidair 28cタイヤ(5.0bar)、ロヴァールのRapide CLXホイール、FSAのハンドル、デダのDHバーを採用。ゼロオフセットのPaveシートポスト、低スタックハイトのターマック用ステムを流用し、レースバイクとほぼ同じポジションを再現している。
どちらかというとレーシングモデルの似合う2人ではあるが、着順を競わないロングライドにおいては話が別だ。長年スペシャライズドを愛用する高岡は、過去のチャレンジについてこう振り返る。
高岡:「2020年の日本縦断TTはルーベで、2023年はターマックで挑みましたが、前者の方が感触がよかった。ターマックは5時間のロードレースで最も速く疲れにくいバイクですが、500km以上ではルーベが最適だと感じます。新機材のテスト(今回はフルフェンダーと新型Red)はロングライドへ挑むモチベーションとなりますが、初挑戦でほぼ完璧な装備を用意できました」
ターマックは”勝利”、ルーベは”挑戦”が似合うバイクだ。そして限界を打破するチャレンジングなライドには、ルーベこそ最良のパートナーとなりうる。彼らの走りはそれを証明するには十分だったと言えよう。
取材を通して見えたのは、ルーベのエンデュランスバイクとしての底力だ。フューチャーショックの快適性と高い運動性能は、低パワーで淡々と距離を積み上げるロングライドにおいても確実にアドバンテージをもたらす。フェンダーとDHバー込みでも走りは軽やかで、エンデュランスロードはダルいという先入観は完全に過去のものだ。トップチューブとダウンチューブにマウントを備える優れた拡張性や、タイヤクリアランスの広さもターマックには無い利点だ。
2人の異次元の走りにはただ脱帽するしかなく、激しく心を動かされた。前代未聞のビッグライドを完遂した今、本チャレンジの意義を再考してみたい。順位も公式記録もつかない、ともすれば自己満足にも映りかねないロングライドには、一体どんな値打ちがあったのだろう?彼らの力走とアフタートークから、筆者はあるインスピレーションを得るに至った。
それは、ロングライドを通じて過去の自分を越えていく、チャレンジ精神の尊さだ。
想像してほしい。レースには積極的に出ないが、スピードを出して軽々と200kmを走りたい。FTPを向上させ、常にベストコンディションを保ちたい。そんなエンスーなサイクリスト像は決して少数派ではないと筆者は思う。人とは競わないが、そこそこ走れる自分でありたい、といった具合に。
ホビーサイクリストにも、壁は確実に存在する。肉体的、精神的な限界や、距離や時間への限界。自らに妥協しないサイクリストであり続けるためには、殻を破るきっかけが必要だ。その入り口がロングライド、それも経験したことのないレベルの超長距離ではないかと思うのだ。
もちろん800kmものウルトラ級を全員に推すつもりはないし、おいそれと真似できるものではない。しかし、見知らぬ道をどこまでも駆け抜ける喜び、痛みや疲労への戦い、そして完走の達成感は、全サイクリストに平等に開かれている。スマートさを善しとする現代にこそ、泥臭くタフなルートを組み、限界の向こう側に挑むことには大きな意義がある。それは初めての100kmライドでも、PBP1,200kmでも、等しく価値のある営みである。人生にも通ずる心構え、とでも言えようか。
まずは自宅から、思い切り遠くへと走り出してみてほしい。本稿がロングライドへの火を灯す、ひとつのきっかけになれば幸いだ。
結びに、2人の言葉を引用する。
成毛:「自分の周りにはレース愛好家が多く、週末はグループライドで賑わう事が多いです。ところが、知らない場所までソロライドに向かう人は意外と少ない。ライバルと競うのもいいですが、ピュアにサイクリングを愛し、どこまでも1人で行ってしまうようなチャレンジャーがもっと増えたら面白いですね。冒険スピリットを持って、新しい景色を見つけて欲しいです」
高岡:「これまで様々なロングライドを経験しましたが、純粋に新しい経験を求めてシコイチにチャレンジしました。いざ走り出すと前半飛ばし過ぎたり、後半休憩が増えたりと改善の余地はいくつもありましたが、ワンライドでの自己最長は越えることができました。二度目(のシコイチ)があるかはわかりませんが、今後のチャレンジの糧にしたいですね」
ロングライドは身体に悪い、苦笑混じりに高岡はチャレンジを振り返った。
しかし筆者は知っている。時にサイクリストはどうしようもなく天邪鬼で、忘れっぽい生き物であることを。彼らがまた、想像を越えるエクストリームライドで我々を驚かせてくれる日は、そう遠くない気がした。
誰もが全力。深夜1時に崩壊した2人のトレイン
この先向かう足摺岬は、サイクリングフォトにはまたとない絶景スポットだ。しかし全身全霊でペダルを回す彼らを前に、フォトグラファーとしての目論見は引っ込めざるを得なかった。軽い気持ちで快諾した四国ロケは、1秒を争う総力戦となりつつある。誰もが全力だった。サポートカーはさながら、24時間営業のジェットコースターに思えた。
500〜600km
「先に行ってください」と一言交わすと、成毛はみるみる後方へ下がっていき、見えなくなった。名も無き小丘で分断された2人の、それぞれの戦いが始まろうとしていた。
スタートから596km、深夜3時15分、もう何度目かも覚えのないコンビニ休憩。追走する成毛を待つために、これまでで最長のレストを取ることにした。結局スタート時刻になっても成毛は姿を見せない。サポートチームには苦渋の決断だが、強者優先ではないものの高岡に帯同し、成毛の追走に賭けることとした。グループチャットに書き置きを残し、足摺岬へ続くアップダウンへと転がり出した。
高岡単騎となり巡航速度は落ち着いたが、前半の貯金がある分多少のスローダウンは許容範囲だ。気づけば周囲は明るさを取り戻し、スタートから24時間で620km走破。この時点で高岡自らの1日最長記録を更新した。しかし、前半飛ばしたツケが回ってきたようで、走りにキレが無い。走行ラインが左右に揺れ、ケイデンスも落ちているのが見えた。
ウルトラサイクリングへの適正は胃腸の強さ、不眠耐性の強さが鍵を握る。高岡ももれなく、この2点に苦しめられることとなる。後半は液体の摂取が増え、コンビニで買えるスムージーが1本180〜240kcalと程よく、弱った胃腸に適うエネルギー源となった。ボトルにはパラチノースとグランフォンドウォーターを3倍濃縮したドリンクを仕込み、眠気はコンビニ休憩の僅かな仮眠で凌ぐ。
「常時ハンガーノックのような感覚」という高岡には試練の時となった。すでに推定10,000kcal近く燃やし、筋グリコーゲンも枯渇した身体は、文字通り食べた分しか走れない状態。お腹は膨れ(いわゆるブルベ腹)、膝下が痩せ細っていくのが見た目にもわかった。サポートカーに乗り込む僅かな動作でも、苦痛に顔が歪む。見るからにキツそうだが、信じて見守るしかなかった。
600〜700km
ウルトラロング完走の秘訣は、コースを確実に走り切れる単位に分割(概ね100kmごと)し、気持ちを切り替えながら進むことにある。後半以降は50km先のコンビニをサポートチームから指定し、目先のゴールとして走ってもらう流れができた。休憩頻度は増えてはいるが、ここまでの力走でも驚嘆するには十分で、着実に前に進んでいる。松山でのスタートがもうすっかり遠い記憶のように思えたが、実際には昨朝の出来事だと知って驚いた。
高知最後の市街地、宿毛(すくも)を超えれば国道56号線をひたすら北上するのみ。四国を長方形に見立てれば残すは左辺のみという塩梅だが、アップダウンと市街地走行が増える。まさに最後の難関だ。100kmライドを7回繰り返して、まだ残り150km以上ある計算だ。
当初の予定にあった八幡浜方面へのルートは避け、残りは56号線を確実に走り切るよう提案した。海沿いからは一本逸れるが、正真正銘シコイチと呼べるレベルの微修正だ。仕切り直して再スタートすると、雨は止まないが追い風が吹き、徐々にペダリングに勢いが戻ってきた。気温の低さと適度なアップダウンがプラスに働いたようだ。高岡復調の裏で成毛の安否も気にしていはいたが、グループチャットは既読がつかないまま。ソロライドを続ける2人の、無事の完走を祈る他なかった。道中、ライブトラックを頼りに駆けつけた地元の方の声援を受け、少なからず注目されていることが分かった。
700km、そしてフィニッシュへ
スタートから795km、経過時間33時間10分。70kmを残して宇和町で最後のコンビニ休憩へ入る。高岡の出走を見送った後、サポートカーはコースを南向きに逆走し、北上中の成毛と鉢合わせる作戦をとった。賭けとなったが、トンネル内で反対車線を走る成毛を捉え、約10時間ぶりの補給物資を手渡すことができた。引き続きゴールまで単騎だが、ここまで来れば完走確実だと安心できた。サポートカーは高速経由で松山市街へ先回りし、残り12km地点をゆく高岡をキャッチ。この時点で35時間切りの希望は絶たれてはいたが、目には力を感じた。通行人から見たら800km走ったとは知り得なかったであろう、安定したペダリングでラストスパートをかける。ゴールを目前に、サポートカー車内には安堵と興奮が渦巻いて、眠気も吹き飛んでいた。
スタートから36時間15分、県庁の0kmのモニュメントに高岡が静かに降り立った。ストラバに刻まれたログは、走行距離866.74km / ライドタイム28時間50分 / 平均時速30.1km/h / 獲得標高6,248m / 合計運動量14,981kジュール。何もかもが異次元のライドはわずかに目標には届かなかったものの、十分なインパクトを残したと言えるだろう。高岡のゴールから1時間後、成毛も県庁に到達しチャレンジは成功。19時からの打ち上げはオンタイムで滑り込み(成毛はジャージ姿のまま)、四国の滋味を肴にライドを振り返った。
ウルトラロング挑戦を支えたスペシャライズド Roubaix SL8
ここからは、エクストリームライドを支えた2台のバイクを紹介しよう。
高岡と成毛が四国に持ち込んだバイクは、スペシャライズドの誇るエンデュランスロード「Roubaix(ルーベ) SL8」、最上級グレードのS-WORKSだ。最新世代でさらなるエアロ化と軽量化を叶え、”速く遠くに”を志向する本チャレンジにベストフィットするモデルである。加えて、両者揃って機材フリークらしいこだわりのパーツセレクトが散りばめられたマシンを準備してきた。細部を見ると、経験に裏打ちされたウルトラロングへの最適化が見て取れた。
2台の共通項はスラムの新型Red AXS E1、それもフロントシングルを導入している点。ギア比は高岡が50T-10/36T(5.00〜1.38倍)、成毛が52T-10/33T(5.20〜1.57倍)で、DHバー先端には追加のシフトボタン「Blips」を仕込んでいる(高岡機は旧型レバー+有線Blipsを装備)。何千回もの変速動作を、マルチポジションでストレスなく行えるのは電動シフトのメリットであり、ウルトラロングにおいても有用だ。
高岡:「ギア比はこのレンジがベストでした。10%の坂でも問題なかったですし、四国のアップダウンは十分カバーできました。トップギアも5倍あるので修善寺のレースでも使えると思います。新型Redはアプリでギア毎の使用率が分かるのも面白いですね」
次点で印象的なのはアップライト気味に構えたDHバーだが、これらは快適性と抵抗減を両立する”ハイハンズポジション”を狙ってのもの。「深い前傾というよりは、両肩の間に頭をしまうイメージで」という高岡は、全行程の大半をエアロポジションで走り切り、平均30km/hオーバーを叩き出している。まさしく、ウルトラロングの高速化にはマストアイテムだ。
そしてルーベ最大のキーポイントといえば、ステアリングコラムに一体化された衝撃吸収機構「フューチャーショック 3.0」だ。最大20mmのストローク量を持つ小型軽量サスペンションは、大きな違いをもたらしたという。
高岡:「やはりフューチャーショックは偉大ですね。特にDHバーとの相性が抜群で、前荷重になるエアロポジションで前腕への衝撃を和らげてくれます。腕肩の疲れが大幅に軽減された感触がありました」
成毛:「高岡さんに補足すると、ダウンヒルでも恩恵を感じました。ハンドルが路面に吸い付くような感覚が秀逸で、夜間の濡れたコーナーも安心して曲がることができます。ケーブル外出しで、汎用ステムとハンドルが使えるのもユーザーフレンドリーで良いと思います」
その他に細部の違いを列挙すると、高岡号の足回りはS-WORKS Turbo 30cタイヤと、ロヴァールのグラベル系ホイールTerra CLXの組み合わせ。内幅25mmのワイドリム+30cタイヤで、3.0気圧という低圧運用を可能としている。ハンドルはイーストン、DHバーはプロファイルデザインだ。
一方で、成毛号はS-WORKS Turbo Rapidair 28cタイヤ(5.0bar)、ロヴァールのRapide CLXホイール、FSAのハンドル、デダのDHバーを採用。ゼロオフセットのPaveシートポスト、低スタックハイトのターマック用ステムを流用し、レースバイクとほぼ同じポジションを再現している。
どちらかというとレーシングモデルの似合う2人ではあるが、着順を競わないロングライドにおいては話が別だ。長年スペシャライズドを愛用する高岡は、過去のチャレンジについてこう振り返る。
高岡:「2020年の日本縦断TTはルーベで、2023年はターマックで挑みましたが、前者の方が感触がよかった。ターマックは5時間のロードレースで最も速く疲れにくいバイクですが、500km以上ではルーベが最適だと感じます。新機材のテスト(今回はフルフェンダーと新型Red)はロングライドへ挑むモチベーションとなりますが、初挑戦でほぼ完璧な装備を用意できました」
ターマックは”勝利”、ルーベは”挑戦”が似合うバイクだ。そして限界を打破するチャレンジングなライドには、ルーベこそ最良のパートナーとなりうる。彼らの走りはそれを証明するには十分だったと言えよう。
取材を通して見えたのは、ルーベのエンデュランスバイクとしての底力だ。フューチャーショックの快適性と高い運動性能は、低パワーで淡々と距離を積み上げるロングライドにおいても確実にアドバンテージをもたらす。フェンダーとDHバー込みでも走りは軽やかで、エンデュランスロードはダルいという先入観は完全に過去のものだ。トップチューブとダウンチューブにマウントを備える優れた拡張性や、タイヤクリアランスの広さもターマックには無い利点だ。
ロングライドは純粋無垢な”挑戦”
2人の異次元の走りにはただ脱帽するしかなく、激しく心を動かされた。前代未聞のビッグライドを完遂した今、本チャレンジの意義を再考してみたい。順位も公式記録もつかない、ともすれば自己満足にも映りかねないロングライドには、一体どんな値打ちがあったのだろう?彼らの力走とアフタートークから、筆者はあるインスピレーションを得るに至った。
それは、ロングライドを通じて過去の自分を越えていく、チャレンジ精神の尊さだ。
想像してほしい。レースには積極的に出ないが、スピードを出して軽々と200kmを走りたい。FTPを向上させ、常にベストコンディションを保ちたい。そんなエンスーなサイクリスト像は決して少数派ではないと筆者は思う。人とは競わないが、そこそこ走れる自分でありたい、といった具合に。
ホビーサイクリストにも、壁は確実に存在する。肉体的、精神的な限界や、距離や時間への限界。自らに妥協しないサイクリストであり続けるためには、殻を破るきっかけが必要だ。その入り口がロングライド、それも経験したことのないレベルの超長距離ではないかと思うのだ。
もちろん800kmものウルトラ級を全員に推すつもりはないし、おいそれと真似できるものではない。しかし、見知らぬ道をどこまでも駆け抜ける喜び、痛みや疲労への戦い、そして完走の達成感は、全サイクリストに平等に開かれている。スマートさを善しとする現代にこそ、泥臭くタフなルートを組み、限界の向こう側に挑むことには大きな意義がある。それは初めての100kmライドでも、PBP1,200kmでも、等しく価値のある営みである。人生にも通ずる心構え、とでも言えようか。
まずは自宅から、思い切り遠くへと走り出してみてほしい。本稿がロングライドへの火を灯す、ひとつのきっかけになれば幸いだ。
結びに、2人の言葉を引用する。
成毛:「自分の周りにはレース愛好家が多く、週末はグループライドで賑わう事が多いです。ところが、知らない場所までソロライドに向かう人は意外と少ない。ライバルと競うのもいいですが、ピュアにサイクリングを愛し、どこまでも1人で行ってしまうようなチャレンジャーがもっと増えたら面白いですね。冒険スピリットを持って、新しい景色を見つけて欲しいです」
高岡:「これまで様々なロングライドを経験しましたが、純粋に新しい経験を求めてシコイチにチャレンジしました。いざ走り出すと前半飛ばし過ぎたり、後半休憩が増えたりと改善の余地はいくつもありましたが、ワンライドでの自己最長は越えることができました。二度目(のシコイチ)があるかはわかりませんが、今後のチャレンジの糧にしたいですね」
ロングライドは身体に悪い、苦笑混じりに高岡はチャレンジを振り返った。
しかし筆者は知っている。時にサイクリストはどうしようもなく天邪鬼で、忘れっぽい生き物であることを。彼らがまた、想像を越えるエクストリームライドで我々を驚かせてくれる日は、そう遠くない気がした。
提供:スペシャライズド・ジャパン text & photo by Ryota Nakatani