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ウィリエールの開発チーフに聞くVerticale SLR

開発チーフを務めるクラウディオ・サロモーニ氏(右) photo:wilier

「ただ軽いだけで良ければ500gのフレームを作るのは簡単です。でも剛性や反応性、安定性、エアロなど様々な要素が絡めば絡むほど開発は難しい。Verticale SLRはあらゆる要素を十分に満たすことができた自信作。とても満足しています」と言うのは、白髪と眼鏡がトレードマークのウィリエール開発部長、クラウディオ・サロモーニ氏。新型TTバイク「SUPERSONICA SLR」の開発最終段階という多忙な時を縫ってプレゼンターを務めたサンマリノでの発表会で話を聞く機会を得たのだった。

「革新的なブレイクスルーではなく、地道な改良を繰り返して形になった」というVerticaleのマージナルゲインとは。なぜウィリエールはグルパマFDJともパートナーシップを組み、その声をどのように活かしているのか? ピュアな軽量ロードバイクが数を少なくする今、Verticale SLRにはどのようなメッセージが与えられているのか。開発者だからこそ話せる、奥深いストーリーを紹介したい。

「チームの反応は、とても良かった」

「チームの選手たちは、非常に軽いのに、剛性と安定性が良いと評価してくれました」 photo:wilier

「チームからのフィードバック、特に軽量クライマーたちの印象は良かったですね」とサロモーニ氏は言う。グルパマFDJのツール直前チームキャンプで初めて正式供給を行い、そのフィードバックを確かめた。特にクライマーであるレミ・ロシャス(フランス)の印象は良かったという。

「ロシャスは走りも軽さも非常に喜んでいました。彼のバイクはチームスペックで6.4〜6.5kg(サイズXS)。もちろん6.8kg規制に引っかかるので重りを加える必要がありますが、最も運動性能に影響しない場所を選んで重りを載せることができるのは明確なメリットがあります。

以前カヴェンディッシュと話した時に『僕にとって軽量バイクはすごく必要なもの』と言っていました。『超級山岳ステージは僕らグルペットにとって非常に重要なんだ。一度でもタイムオーバーを喰らえばレースから除外されてしまうし、現在の"最初の山からフルガス"というレースでは1分1秒のロスが完走の明暗を分けてしまう。だからグルペットといえど登りで可能な限り速く走らなければいけない。だから軽いクライマーバイクは僕に必要なんだ』と話してくれました。『ダウンヒルや平坦で遅れを取り戻すのはもちろんですが、登坂で遅れを最小限に留めた方がトータルで速い。だから彼らスプリンターも可能な限り軽いバイクが必要なんだ』とね。

グルパマFDJとの意見を吸い上げて生まれた新ジオメトリー

最新のフィッティング理念を導入するグルパマFDJ。ジオメトリーはそのフィードバックを得て改良された photo:wilier

今年からウィリエールは複数のUCIワールドチームをサポートする数少ないバイクブランドとなった。長らくパートナーシップを組むアスタナに加え、グルパマFDJもウィリエールファミリーに加わった。伝統あるイタリアンブランドと、同じく伝統あるフレンチチームのタッグは少々意外だが、あらゆる面において"新しい手法"を取り入れるグルパマとの協業はメリットがあり、すでに Verticale SLRにも彼らのノウハウが活かされているという。

「グルパマとの協業で驚いたのは、彼らが多くの機材専門スタッフを抱えていることでした。空力や風洞のスペシャリストもいれば、フィッティングの専門家、機材について知り尽くした人たちがいて、細部に至るまで最新のノウハウを持っています。良い例がバイクポジションですね。例えばコラムスペーサー。ほぼ全てのアスタナの選手は最大でも10mmスペーサーを入れる低く遠いポジション。一方グルパマは25mmスペーサーを入れた、もっと現代っぽいポジションを採用します。Verticale SLRはジオメトリーがZero SLRから僅かに変わっていますが、これはグルパマの意見を取り入れたことによるものです。

「プロチームは我々の限界を押し上げてくれる、ウィリエールにとって重要なパートナー」 photo:wilier

メディア発表会に参加したグルパマFDJのメンバー photo:wilier
テストコースのクライマックスはジロ・デ・イタリアにも登場するカルペーニャ。険しい登坂だった photo:wilier


プロチームは我々にとって重要な存在です。極限の領域で戦う彼らの声は我々の限界を押し上げてくれるものだからです。ウィリエールは今まで20年以上に渡って絶えることなくトップチームを支え続けてきました。その中で、Verticaleは最新のバイクフィッティングを取り入れるFDJの要望に応えヘッドチューブを2mm伸ばした。もちろん市販される製品ですから一般ユーザーのことも考えなくてはなりませんが、Verticale SLRはこれまで以上に、現代らしい高性能バイクになったと自負しています」。

軽量エアロモデルに集約する流れをウィリエールはどう見るか

風洞施設でVerticale SLRをテスト。軽さに主眼を置きつつも、空力など各要素を煮詰めた photo:wilier

北米ブランドを中心にロードバイクのエアロモデルと軽量モデルを統合する動きがあるが、ウィリエールはFilanteとの2本柱体制を崩すどころか、Verticaleの登場によって、より一層棲み分けが明確になった。「2モデルを統合したら中途半端なバイクになってしまう危険性があるし、選手の意見も十分含んでいる」と、チームのフィードバックと確かな分析に基づいた判断と自信をのぞかせる。

「もし、Verticale SLRとFilante SLRの完全に融合したバイクを開発できるならそれがベストでしょう。でも正直に言いましょう。現時点でVerticaleの軽さとFilanteのエアロ性能を兼ね備えたバイクは、どのメーカーであっても作れません。どっちつかずの中途半端なバイクになってしまい、結局スプリンターも、クライマーのニーズも満たせません。

実際、我々はSupersonica(正式にツールでデビューした新型TTバイク)を開発する過程で、北米ブランドのレーシングバイクを一緒に風洞に持ち込んでテストを行いました。結果から言えば、空力性能は彼らが発表したほどではなかったのです。例えば、サーヴェロのS5のように超エアロなバイクだったら感覚で分かるほど速いのですが、彼らのバイクはそうではなかった。正直に言えばFilanteの空力性能はS5ほどではありませんが、マーケット全体から見れば極めて優秀で、おまけに軽いという要素が加わります。

「我々は常に選手や一般ユーザーの声を吸い上げることを大切にしている」 photo:wilier

強調したいのは、我々は常に選手や一般ユーザーの声を吸い上げながら、最高のバイク開発を目指して日夜努力しているということです。私たちウィリエールにとって、最新バイクこそ最高であり、今開発しているものはさらにその上をいくよう努力しています。その一方で全ライダーの要求を1モデルで叶えられるとも思っていません。だからこそロードバイクはVerticaleとFilanteがあり、脚力に合わせてSLRグレードとSLグレードを用意している。MTBまでを含めれば、この規模の会社でここまで広いレンジを用意しているところは他に無いといっても過言では無いと自負しています」。

軽量モデルはウィリエールにとってのアイデンディティ

「ただ軽いだけではなく、安定感や剛性も現代のロードバイクとして欠かせない要素」 photo:wilier

今回の発表会は、礎を築いたパンターニ供給バイクにはじまり、Zero.7、Zero.6、そしてZero SLRの展示、さらには獲得標高2,000mに及ぶ山岳ライドと、まさにウィリエール軽量モデルの系譜を辿り、その進化を体感する内容だった。「軽さは常に追い求めているもの。それはいくらエアロ化が進む中においても変わらない」とサロモーニ氏は言い切る。

「今、最も重要視されるのはエアロですが、エアロ性能はいくら改善したとて目には見えず、余程製品テストに慣れている人でない限り正直言って体感することは難しい。でも軽さは誰もが実感できて、幸せになれるものです。自転車は人々を幸せにするスポーツだから、新しいバイクに触れた人全員が幸せになって欲しいという信念があります。だから我々は軽量バイクの開発を止めることはないし、Verticale SLRに余計なエアロ性能を加えることもしませんでした。

我々は独自のカーボンシートを作っていません。我々は東レや三菱など日本企業から既製品のカーボンシートを購入し、それらを組み合わせてフレームを作っています。でもそれはどの自転車ブランドも一緒だし、みんな同じカーボンシートを使っています。でも、我々は、ライバルブランドよりも軽く、剛性や反応性、乗り心地を高い次元でバランスさせたVerticale SLRを作り出すことができた。ここに大きな自信を持っているのです」。

ツール・ド・フランスに向けた合宿でVerticale SLRの感触を確かめる選手たち photo:wilier

技術的なブレイクスルーなく、5年という開発期間の中でひたすら小さな技術改善を繰り返し、積み上げ、そして形になったVerticale SLRは、まさにウィリエールが考える最新最高の軽量モデルだ。「日本はヒルクライムイベントが人気だと聞いていますが、イタリアでも数万人を集めるような山岳グランフォンドが開催されていたりと、日本もイタリアもVerticale SLRが活躍する場面はすごく多いはず。ぜひどこかで試乗するチャンスを探してほしいですね」とサロモーニ氏は自信をのぞかせた。



次章ではミケ、そしてVerticale SLRの試乗で好印象だったKLEOSホイールを総力特集する。自社生産による磨き抜かれた各種製品を武器にする老舗コンポーネントブランドは、ウィリエール傘下となった今、一級ブランドとしての飛躍を見据えてリスタートを切ったばかり。新しくCEOに就任したグレゴリー・ジラール氏へのインタビューを紹介します。
提供:服部産業 / Text:So Isobe