2024/06/29(土) - 18:20
6月上旬、イタリア北部、ドロミテ山塊。各国ジャーナリストたちの前でお披露目されたDOGMA Fを早速テストする機会を得た。自身も生粋のサイクリストである開発者ポロニアート氏のインタビューとともに、新型ピュアレーシングバイクのインプレッションをお届けする。
イタリアで最も自転車競技が盛んな地域とも言えるヴェネト州北部に住み、トレヴィーゾにあるピナレロ本社まで30km自転車通勤しているマッシモ・ポロニアート氏。DOGMA Fの開発を中心になって担当した彼は、その出来をあらためて確認するようにテストライドに帯同した(そしてほとんどのジャーナリストたちを置き去りにした)。
「確かに遠くから見ると旧型と見分けがつかないかもしれない(笑)。横から見ると旧型より直線的なデザインになったぐらい。でも真正面や斜めから見ると違いがよくわかると思う。『わお!』というファンシーな見た目だけの進化を見せるのは簡単。DOGMA F12からDOGMA Fへの変化が大きかっただけにインパクトが少ないかもしれないけど、私たちが目指したのはピナレロのDNAを引き継ぎながら進化すること。ピュアレーシングバイクとして確実に進化している」と落ち着いた言葉のトーンの中に圧倒的な自信を感じさせる。
「エアロ」と「剛性」を強調するプレゼンテーションの中でほぼ使われなかったのが「軽量」という言葉。「確かに軽量性を最大の売りにしているバイクではないし、フレームとフォークはそれぞれ旧型とほぼ同じ重量」という通り、明らかな剛性を感じさせるボリュームアップの結果として重量的なアドバンテージがないと思いきや、フレームとフォーク、シートポスト、ハンドルバーを合わせたフレームキット全体では120gの軽量化を果たしている(サイズ53の場合)。
「特に軽量化につながったのが、時間をかけて開発したステム一体型のハンドルバーです。旧型が320gで新型が280g(幅420mmの場合)なので40gの軽量化。整備性を改善するためにケーブルルーティングをシンプルにしたことで、結果的に軽量に仕上がりました。とにかく内部構造がシンプルになっている。ヘッドセットの小型化もエアロ性能を追求した結果であり、決して軽量化を狙ったものではないものの、ベアリングのサイズが小さくなることでより軽く。ヘッドセットのキャップも薄型になっています。シートクランプも3Dプリンターによるパーツを取り入れるなどして数g軽量化。バイク全体で見ると些細な数字ですが、ネジ一本一本を見直すことで結果的にシートクランプ周辺だけでも10gほど軽くなっています」と、ポロニアート氏の口からは削り取った数字がとめどなく出てくる。マージナルゲイン、つまり塵も積もれば理論が染み渡っている。
「あくまでも軽量性だけを追求したスーパーライトウェイトバイクを目指しているのではなく、デザインも兼ね備えたバイクがピナレロの目指すところ。確かに軽量性だけを求めるのであれば、他社のように軽量な丸いカーボンチューブをつなぎ合わせるだけでいいかもしれない。でもそれではエアロ性能も損なわれ、何よりも美しい佇まいではなくなる。逆にもっとエアロ性能を追求した形状にすると、重量がかさむのと同時に、縦剛性が上がりすぎて快適性が損なわれてしまう。CFDを駆使してフレームの各セクションの形状を最適化。フォークの形状も、上・中・下の3セクションに分けて空気の流れを分析し、現在プロトンの中で主流になっているリム幅やリムハイトに合わせてデザインしています。歴代のDOGMAを生み出してきた経験や選手たちからのフィードバックを詰め込み、バランスを見極めて落とし込んだのが新型DOGMA Fです」。
旧型は最大タイヤ幅が28mmだったのに対して新型は30mm。たかが2mmされど2mmで、クリアランスの確保は特にチェーンステーの設計に大きな影響を及ぼす。「ワイドタイヤ対応にすることでチェーンステーが薄くなり、ジオメトリ的にもリアセンターが伸びて剛性が下がるとともにハンドリングにも影響が出てしまう。もちろんチェーンステーの剛性を上げるためにレイヤリングを増やすと重量が増してしまう。タイヤクリアランスを増やすために失ったものをどうすれば補えるかを突き詰め、ピュアレーシングバイクとして様々なパターンを試した結果がこのバランス」と、開発の苦難を思い出しながら語るポロニアート氏のコメントは明瞭だ。
プレゼンテーションの中で多用された「アート」や「美学」というイタリアらしい視覚的な言葉とは裏腹に、その作りは質実剛健。プレゼンテーションを終え、サイズごとに調整されたピュアレーシングバイクを受け取った私たちは峠道へと繰り出した。
イネオス・グレナディアーズのルーク・ロウがハンドルを握るSUVグレナディアーに先導される形でホテルを出てすぐ、ガルデーナ峠に漕ぎ出してまず全身に伝わってきたのが圧倒的な剛性感だ。ハンドルからリアエンドまで、一本の揺るぎない軸を成す塊感が素晴らしい。
毎年数万人の参加者を集めるイベント「マラトナドロミテ」でも使用される、カンポロンゴ峠、ポルドイ峠、セッラ峠、ガルデーナ峠を繋いだ「セッラロンダ」のルートをDOGMA Fの車列が進む。ヘッドセットが小径化しているが、全くそんな印象を持たせない高い剛性でバイクは下りコーナーにタイヤを押し付ける。
装着されていたのは28Cタイヤだったが、フレームとフォークの剛性を考えると30Cのグリップ感が欲しくなる。正直に言うと下りコーナーにおいてその高い剛性に違和感さえあったが、慣れとは恐ろしいもので、ライド後半には的確にラインを通すのが楽しくなるその鋭いハンドリングが身体に馴染んでいた。世界最高峰のダウンヒラーであるトム・ピドコックがこのバイクを手にして「信頼して下りに挑むことができる」と言ったのも頷ける。
登りでも平地でも踏めば響く。バイクは前に突き進む。具体的には5倍以上で踏むと快活な伸びを見せる。登りでサドルに腰を据えてペダルを回すよりも、ペダルに立って背中から力をこめてハンドルを振った時の響き方が個人的には好印象。高速域から踏み込んでも軽快に跳ねていく。逆に低出力では踏み負けてしまうだろうし、逆に重さを感じてしまうかもしれないが、それはピュアレーシングバイクとして真っ当な剛性だ。勝つための味付けを突き詰めている。
積雪によってダメージを受けたひび割れた峠道でも、カッチリ組み合わされながら縦方向の剛性に角がないので乗り心地は良い。同じコースを楽しく走るのであれば30Cのタイヤを装着したDOGMA Xを選ぶが、レースとしてスピードを求めて走るならDOGMA Fが適正ど真ん中だ。
2023年の新車発表会で試乗したDOGMA Xとの比較という意味では、一言で表すと懐の深いマイルドなXに対してシャープなF。ピナレロはXシリーズを拡充させてエンデュランス方面をカバーすることで、ピュアレーシングを突き詰めたFシリーズに専念できている印象もある。高強度レースの用途がない限り、アマチュアライダーはエンデュランスバイクでありながら走行性能が抜群に高いDOGMA Xの選択肢も大いに有りだと思う。実際に、自分のようなデイリーライドや週末のロングライドを楽しんでいる非レース系ライダーはピナレロ的にXシリーズ層だ。とは言え、最高峰ロードレースを走るレースバイクのスペックを享受できる喜びや爽快さがDOGMA Fにはあり、ライド時間が限られている生活の中でこのとんがったスペックを堪能するのも悪くない。
登りと下り、平地を様々な出力域を試した中で、最も気持ち良さを感じたのが緩斜面2%ほどの登りスプリント。体重の20倍以上の高い出力域での伸びが素晴らしい。過度とも思えたBB周りの剛性が、適度なたわみをもって受け止めて反発してくれる。軽量化されたという細身のハンドルも華奢ではなく頼り甲斐のある細マッチョ。勝つためのピュアレーシングバイクである所以を節々に感じることができた。
ファンシーさではなく、目指したのは着実な進化
イタリアで最も自転車競技が盛んな地域とも言えるヴェネト州北部に住み、トレヴィーゾにあるピナレロ本社まで30km自転車通勤しているマッシモ・ポロニアート氏。DOGMA Fの開発を中心になって担当した彼は、その出来をあらためて確認するようにテストライドに帯同した(そしてほとんどのジャーナリストたちを置き去りにした)。
「確かに遠くから見ると旧型と見分けがつかないかもしれない(笑)。横から見ると旧型より直線的なデザインになったぐらい。でも真正面や斜めから見ると違いがよくわかると思う。『わお!』というファンシーな見た目だけの進化を見せるのは簡単。DOGMA F12からDOGMA Fへの変化が大きかっただけにインパクトが少ないかもしれないけど、私たちが目指したのはピナレロのDNAを引き継ぎながら進化すること。ピュアレーシングバイクとして確実に進化している」と落ち着いた言葉のトーンの中に圧倒的な自信を感じさせる。
「エアロ」と「剛性」を強調するプレゼンテーションの中でほぼ使われなかったのが「軽量」という言葉。「確かに軽量性を最大の売りにしているバイクではないし、フレームとフォークはそれぞれ旧型とほぼ同じ重量」という通り、明らかな剛性を感じさせるボリュームアップの結果として重量的なアドバンテージがないと思いきや、フレームとフォーク、シートポスト、ハンドルバーを合わせたフレームキット全体では120gの軽量化を果たしている(サイズ53の場合)。
「特に軽量化につながったのが、時間をかけて開発したステム一体型のハンドルバーです。旧型が320gで新型が280g(幅420mmの場合)なので40gの軽量化。整備性を改善するためにケーブルルーティングをシンプルにしたことで、結果的に軽量に仕上がりました。とにかく内部構造がシンプルになっている。ヘッドセットの小型化もエアロ性能を追求した結果であり、決して軽量化を狙ったものではないものの、ベアリングのサイズが小さくなることでより軽く。ヘッドセットのキャップも薄型になっています。シートクランプも3Dプリンターによるパーツを取り入れるなどして数g軽量化。バイク全体で見ると些細な数字ですが、ネジ一本一本を見直すことで結果的にシートクランプ周辺だけでも10gほど軽くなっています」と、ポロニアート氏の口からは削り取った数字がとめどなく出てくる。マージナルゲイン、つまり塵も積もれば理論が染み渡っている。
「あくまでも軽量性だけを追求したスーパーライトウェイトバイクを目指しているのではなく、デザインも兼ね備えたバイクがピナレロの目指すところ。確かに軽量性だけを求めるのであれば、他社のように軽量な丸いカーボンチューブをつなぎ合わせるだけでいいかもしれない。でもそれではエアロ性能も損なわれ、何よりも美しい佇まいではなくなる。逆にもっとエアロ性能を追求した形状にすると、重量がかさむのと同時に、縦剛性が上がりすぎて快適性が損なわれてしまう。CFDを駆使してフレームの各セクションの形状を最適化。フォークの形状も、上・中・下の3セクションに分けて空気の流れを分析し、現在プロトンの中で主流になっているリム幅やリムハイトに合わせてデザインしています。歴代のDOGMAを生み出してきた経験や選手たちからのフィードバックを詰め込み、バランスを見極めて落とし込んだのが新型DOGMA Fです」。
旧型は最大タイヤ幅が28mmだったのに対して新型は30mm。たかが2mmされど2mmで、クリアランスの確保は特にチェーンステーの設計に大きな影響を及ぼす。「ワイドタイヤ対応にすることでチェーンステーが薄くなり、ジオメトリ的にもリアセンターが伸びて剛性が下がるとともにハンドリングにも影響が出てしまう。もちろんチェーンステーの剛性を上げるためにレイヤリングを増やすと重量が増してしまう。タイヤクリアランスを増やすために失ったものをどうすれば補えるかを突き詰め、ピュアレーシングバイクとして様々なパターンを試した結果がこのバランス」と、開発の苦難を思い出しながら語るポロニアート氏のコメントは明瞭だ。
プレゼンテーションの中で多用された「アート」や「美学」というイタリアらしい視覚的な言葉とは裏腹に、その作りは質実剛健。プレゼンテーションを終え、サイズごとに調整されたピュアレーシングバイクを受け取った私たちは峠道へと繰り出した。
インプレッションby辻啓
「レース強度で真価を発揮する勝つための味付け」
イネオス・グレナディアーズのルーク・ロウがハンドルを握るSUVグレナディアーに先導される形でホテルを出てすぐ、ガルデーナ峠に漕ぎ出してまず全身に伝わってきたのが圧倒的な剛性感だ。ハンドルからリアエンドまで、一本の揺るぎない軸を成す塊感が素晴らしい。
毎年数万人の参加者を集めるイベント「マラトナドロミテ」でも使用される、カンポロンゴ峠、ポルドイ峠、セッラ峠、ガルデーナ峠を繋いだ「セッラロンダ」のルートをDOGMA Fの車列が進む。ヘッドセットが小径化しているが、全くそんな印象を持たせない高い剛性でバイクは下りコーナーにタイヤを押し付ける。
装着されていたのは28Cタイヤだったが、フレームとフォークの剛性を考えると30Cのグリップ感が欲しくなる。正直に言うと下りコーナーにおいてその高い剛性に違和感さえあったが、慣れとは恐ろしいもので、ライド後半には的確にラインを通すのが楽しくなるその鋭いハンドリングが身体に馴染んでいた。世界最高峰のダウンヒラーであるトム・ピドコックがこのバイクを手にして「信頼して下りに挑むことができる」と言ったのも頷ける。
登りでも平地でも踏めば響く。バイクは前に突き進む。具体的には5倍以上で踏むと快活な伸びを見せる。登りでサドルに腰を据えてペダルを回すよりも、ペダルに立って背中から力をこめてハンドルを振った時の響き方が個人的には好印象。高速域から踏み込んでも軽快に跳ねていく。逆に低出力では踏み負けてしまうだろうし、逆に重さを感じてしまうかもしれないが、それはピュアレーシングバイクとして真っ当な剛性だ。勝つための味付けを突き詰めている。
積雪によってダメージを受けたひび割れた峠道でも、カッチリ組み合わされながら縦方向の剛性に角がないので乗り心地は良い。同じコースを楽しく走るのであれば30Cのタイヤを装着したDOGMA Xを選ぶが、レースとしてスピードを求めて走るならDOGMA Fが適正ど真ん中だ。
2023年の新車発表会で試乗したDOGMA Xとの比較という意味では、一言で表すと懐の深いマイルドなXに対してシャープなF。ピナレロはXシリーズを拡充させてエンデュランス方面をカバーすることで、ピュアレーシングを突き詰めたFシリーズに専念できている印象もある。高強度レースの用途がない限り、アマチュアライダーはエンデュランスバイクでありながら走行性能が抜群に高いDOGMA Xの選択肢も大いに有りだと思う。実際に、自分のようなデイリーライドや週末のロングライドを楽しんでいる非レース系ライダーはピナレロ的にXシリーズ層だ。とは言え、最高峰ロードレースを走るレースバイクのスペックを享受できる喜びや爽快さがDOGMA Fにはあり、ライド時間が限られている生活の中でこのとんがったスペックを堪能するのも悪くない。
登りと下り、平地を様々な出力域を試した中で、最も気持ち良さを感じたのが緩斜面2%ほどの登りスプリント。体重の20倍以上の高い出力域での伸びが素晴らしい。過度とも思えたBB周りの剛性が、適度なたわみをもって受け止めて反発してくれる。軽量化されたという細身のハンドルも華奢ではなく頼り甲斐のある細マッチョ。勝つためのピュアレーシングバイクである所以を節々に感じることができた。
提供:カワシマサイクルサプライ
text:Kei Tsuji
text:Kei Tsuji