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発売以降、早速ロードサイクリストより好評の声が挙がっている「AGILEST FAST(アジリストファスト)」。特集ページの第3回目となる今回は、開発の裏側、パナレーサーの物作りについて同社スタッフの言葉を元に、より深くお伝えする。

細かな改良を積み上げて転がり抵抗を低減する

パナレーサーの三上勇輝さん。話を聞き、丹波工場を案内してもらった photo:Hao Moda

AGILESTが発売された後「もっと軽い転がりが欲しい」というユーザーの声に耳を傾け、開発が進められたパナレーサーのプレミアムハイエンドモデル「AGILEST FAST」(アジリストファスト)。その開発の第一歩は、まず客観的な視点に立ちAGILESTの性能を、もう一度冷静に把握することだった。

「開発にあたりベンチマークとなる他社製品を試験機にかけて性能を調べたところ、それらのグリップ力はAGILESTほど高くなかったのです。逆に言えば一般のユーザーが許容できるグリップ力のラインは、我々が想定していたものと乖離があることが分かりました。ノーマルのAGILESTはかなりグリップ力が高かったのです。そこでAGILEST FASTでは、AGILESTからグリップレベルの最適化を図り、同時に転がり抵抗の低減を第一に開発を進めました」と語るのは、パナレーサーのマーケティング担当である三上勇輝さんだ。

他社を優に上回っていたグリップレベルの最適化を図り、バランスを整えることからAGILEST FASTの開発は始まった photo:Hao Moda

AGILEST FASTの開発で主題となる転がり抵抗の低減だが、その実現には「発熱を抑える」ことがキーになると、開発に携わる技術課の高見俊樹さんは言う。当然だがタイヤはゴム製品であり、それはトレッドだけでなくケーシング、耐パンクベルトなど構成部材のほぼ全てに使われる。そしてゴムという素材(粘弾性体)は、そこに力が加えられると変形により熱に変換されエネルギーを消費する(入力と同じ反力がない)性質を持つ。ゴムの変形がエネルギーロス(ヒステリシスロス)を発生させ、このロスが転がり抵抗の大きな要素になるというのだ。

「発熱を抑える」というテーマの元にAGILEST FASTは開発が進められたが、そこにゲームチェンジャーと呼べるような素材があったわけではない。

「(今回は)トレッドコンパウンドに使われる素材を全て見直して開発したわけではありません。今まで使っていたものを、転がり抵抗が低くなるようにコンパウンドの配合を変えるなど、少しずつ積み上げていき、最速解を求めたのが(アジリスト)ファストなんです」と高見さんは語る。

技術者の英知と現場の職人技の融合

ロールでの練り上げ工程。こうして試作品や製品が生まれていく photo:Panaracer

こうした考え方から、今回AGILEST FASTではパナレーサー史上最小の転がり抵抗値を実現する〝最速解〟として、タイヤを構成するそれぞれの部材に「Fマテリアル」というコンセプトを反映させている。トレッドは「ZSGアジャイルコンパウンド」、ケーシングは「アジャイル-Fケーシング」、耐パンクベルトは「アジャイル-Fベルト」として新設計されたものだ。その中でもトレッドのZSGアジャイル-Fコンパウンドは、自社工場でコンパウンドを一から練り上げるパナレーサーだからこそできる仕様である。

「これまでは製造工程で流せる素材、つまり工程ありきでの設計を考えていました。具体的に細かな素材の比率などはお伝えできませんが、今回は目指す性能を実現する上で、本来なら弊社機械では作るのが難しい配合まで突き詰めることができました。これは現場の頑張りによる部分が大きいのです」と高見さんは、ZSGアジャイル-Fコンパウンドの実現がコンパウンドの配合の見直しに加えて、製造現場における協力も大きかったと語る。

本社丹波工場で話を聞く筆者 photo:Panaracer

今回、記事の執筆にあたり筆者(吉本司)は、兵庫県丹波市にあるパナレーサーの本社工場に初めて足を運んだ。三上さんに先導され工場を案内されると、金属製の大きなロールが回転しているセクションがある。コンパウンドの製造部門だ。ここで天然ゴムや合成ゴム、各種の化学薬品が混ぜ合わされて、2つの大きなロールの間を何度も通過してコンパウンドが練り上げられる。その光景が目の前にあることに驚いた。

なぜなら、かつて欧州某タイヤメーカーの開発担当を取材した際「ヨーロッパでもコンパウドを自社製造できるのは我が社ともう1社くらいで、それはタイヤ開発において大きな強みだ」という話を耳にしたからだ。今まで筆者は、パナレーサーが自社でコンパウンドを練り上げているとは知らなかったのだ。

コンパウンドの混合は、配合する原材料の量などにより練り上げる時間や温度が変わるという。しかもそれは(気温や湿度が変わるので)季節によっても原材料の配合を調整したり、練り上げ時間なども仕上がり状態を実際に工員の方が確認して調整するという。てっきり機械に付いた各種のメーターの数値に従って、流れ作業のように行われると想像していたが、そこには工員の方の経験や勘に裏打ちされた職人技ともいえる行いがあったのだ。先に高見さんから「現場に頑張ってもらって……」という言葉があったのも納得である。そして高見さんはこうも言う。

「コンパウンドの配合は(薬品を)ちょっとひとふり、ふたふり変えるような感じではなく、元々の配合比率をかなり大胆に変えるレベルの設計をしています。元の素材はAGILESTと共通する部分も多くありますが、できあがったものは全く別物といえるほど、特別なものになっています」

ケーシングの性能を高めるエレクトロンビーム照射

技術課の高見俊樹さん。AGILEST FASTではこれまで以上に突っ込んだ開発が行われた photo:Panaracer

「コンパウンド自体の特性がすごく良くても、実際にタイヤにしたら性能が悪いことも結構あるんです。だからコンパウンド単体だけで考えるのではなく、タイヤとして見たときに良い性能が出るという判断で開発を突き詰めていくことが大切ですし、それが結果として一番早いです」と高見さんが語るように、当然ながらタイヤの性能はトレッドコンパウンドだけでは決まらない。ケーシングや耐パンクベルトといったその他の構成部材とのバランスにより目指す性能が追求されていく。そうした意味においてAGILEST FASTで注目される技術が、ケーシングに施される「エレクトロンビーム照射」である。

ちなみにAGILEST FASTのケーシングは、糸の素材、太さともにAGILESTと同様だが、ケーシングをコーティングするゴム素材は、転がり抵抗を低減するコンセプトの元で新たに選ばれたものだ。

「発熱を抑えるという意味では、ケーシングに新たにエレクトロンビーム照射という工程を加えたのは大きな部分です。一般的には〝電子線照射〟と呼ばれ、クルマのタイヤ製造では多く採用されている技術です」とは高見さん。そして三上さんがそのメカニズムを以下のように説明する。

「ケーシングにゴムをコーティングすると、その表面は凹凸がある状態なんです。そこにエレクトロンビーム照射をすると、タイヤに加硫処理をした段階で(ケーシングにコーティングをした)ゴムの流動性が制御され(繊維の一つひとつが整列する)ケーシングの表面が平滑になるんです」

AGILEST FASTの根幹を成す、新開発の「ZSGアジャイル-Fコンパウンド」 photo:So Isobe

「ケーシングが整列していないと(繊維間の)くぼんだ箇所に余分なゴムが残り重量増にもなりますが、何より余分なゴムが多いと(変形が生じやすくなり)発熱して転がり抵抗に影響を及ぼします。」と、エレクトロンビーム照射が転がりの向上に効果があると高見さんは説明する。もちろん、その他にもトレッドとケーシングの貼り付け精度や密着度の向上といった効果もあり、総合的に転がり抵抗の削減に作用するというのだ。

こうしたテクノロジーの積み重ねによりAGILEST FASTは、AGILESTに対して転がり抵抗を20%低減すると共に、パナレーサーのロードタイヤ史上最も小さい転がり抵抗を実現したのだ。しかも「今回は弊社の試験だけでなく、海外の第三者機関にも依頼してAGILEST FASTの転がり抵抗値のテストを行いました。その結果は、我々が開発においてベンチマークとした製品と比べても上回っています」と三上さんが語るように、AGILEST FASTはその〝FAST〟という名に恥じない、ワールドクラスの〝速さ〟を秘めたモデルに仕上げられたと言っていいだろう。

パナレーサーのタイヤ作りに対する情熱

成形を終えたタイヤ。一つ一つ職人の目でチェックされていくのだ photo:Panaracer

とはいえAGILEST FASTのスペックについて一つ疑問がわくのは、その重量だろう。250g(28Cサイズ)という重量はアジリストに対して40g重く、この製品がAGILESTよりも高い位置付けとするなら、そこは気がかりにも思える。しかし三上さんによれば、重量へのこだわりは大きくなかったという。
「ベンチマークとした他社製品と同レベルの重量に収めるという大枠はありましたが、AGILESTを意識して軽量化を重視することはありませんでした。転がり抵抗の低減が大きなテーマで、それを実現するためにいろいろやって、理想的な乗り味のタイヤの形になったときにこの重量でした」

さらに言えば、AGILEST FASTの重量に対してネガティブな面もないという。

「実際に乗ってもらい、そこからの意見も分析したのですが、軽量性を強く求められることはありませんでした。AGILESTよりも重量が増えたことで安心感や耐パンク性が上がっているという捉え方で、性能全体のバランスを考えてという点においてもこの重量になりました。もちろん技術的にはもっと重量が軽いタイヤは作れると思います。ですがAGILESTというタイヤは、乗りやすさや扱いやすさといった部分で高い評価を頂いた部分があるので、この名前である以上そこはしっかりと反映する必要もありました」

AGILESTと比較してしまうと重量増が目に留まるが、AGILEST FASTがベンチマークとした製品と比べると同等もしくは、5〜10g程度の差であり、世界有数の小さな転がり抵抗を獲得したと考えれば、それも大きなウイークポイントとはならないだろう。

AGILEST FASTに感じる、ロードサイクリストの快感を揺さぶる〝速さ〟 photo:Hao Moda

AGILEST FASTは、AGILESTの扱いやすさを礎としながら、そこに〝速さ〟に繋がるワールドクラスの転がり抵抗を身につけることで、万能性をさらなる次元へと押し上げた。先のインプレッションでもお届けしたように、その走りはロードサイクリストの快感を揺さぶる〝速さ〟があり、製品のコンセプトがしっかり走りへと反映されている。

そして、この走りを実現しているのは、技術者たちの英知と職人技ともいえる製造現場の密接な関係による緻密な物作りである。AGILESTが登場した際〝職人技〟なる宣伝文句を目にしたが、それは今ひとつ理解できなかった。しかし実際に製造現場を目にするとそれが嘘ではないことが分かる。コンパウンドの練り上げだけでなく、ケーシングの裁断、タイヤの加硫をはじめ、それぞれの現場では工員の方の熟練の手作業が加わり、それが製品の性能や品質を押し上げている。技術者から製造現場に至るまで、地道な努力の積み上げによって生まれたロードレーシングタイヤがAGILEST FASTであり、そこには物作りの理想の姿があり、そしてパナレーサーのタイヤ作りに対する情熱を改めて感じることができる。
提供:パナレーサー text:Tsukasa Yoshimoto / photo:Hao Moda