2022/12/19(月) - 18:00
カーボンバイク開発の先駆者であり、スポーツバイク史に輝く数々の名車を手がけ、そしてAethos開発を強力に押し進めたピーター・デンク氏へのインタビューを紹介する。Aethosとは、そしてAethosに込められた思いとは。
ピーター・デンク。スポーツバイク、それも軽量バイクを好む方であれば一度は彼の名を耳にしたことがあるだろう。
彼はスコットのCR1を皮切りに、ADDICTやキャノンデールのSUPERSIX EVOといった希代の軽量バイクを世に放ったドイツ生まれのエンジニア。軽量カーボンバイク設計の先駆者であり、”軽さの魔術師”と呼ばれ、周知の通りAethosの開発にも大きく携わった。
デンク氏がドイツ、フライベルクにある彼自身のエンジニアカンパニー(デンク・エンジニアリング)と共にスペシャライズドと関わり始めたのが6、7年前のこと。当時その名前がアピールされることはなかったものの、Tarmac SL6や過去2世代のEpicシリーズ、E-バイクのCREO、さらにはグラベルロードのDivergeなど、同社のありとあらゆるハイパフォーマンスバイクの開発を後押しし、深い知見から性能の引き上げに携わってきた。10名のエンジニアで構成されるデンク・エンジニアリングは、現在スペシャライズド・フライベルクとして活動している、とも。
「僕のチームは、特に優れたコントロール性や乗り味に大きく関わる"剛性の配分"が得意。それゆえクロスカントリーからロードレースをメインに軽量モデルの開発を中心に行っています。特にTarmac SL6は空力性能、群を抜いた軽さ、そして剛性の配分などスペシャライズドの開発技術を大きく広げた1台でした」とデンク氏は振り返る。
スペシャライズド自慢のエアロも、衝撃吸収システムもない、極めてノーマルなAethosのフォルム。トレンドを追うのではなくあえてシンプルな設計にこだわった。「たった2年ほどで古臭く見えるバイクではなく、長く乗れるクラシックな見た目のロードバイクやグラベルバイク。シンプルで軽く、何も考えずに乗り出せるバイクを作りたかったのです」とデンク氏は言う。クラシックなフォルムだが、兄弟車のCRUXも含めハイテクな(先端技術の詰め込まれた)バイクだ、とも。
「驚くほどシンプルな外観をしているので、『これのどこが凄いのだろう』と疑問に思うことでしょう。しかしフレームをよく見てみると、ヘッドチューブの直径を大きくし、わずかに湾曲させています。トップチューブは前側が一般的なバイクより太く、後ろ側にかけて細く作りました」とも。ダウンチューブもヘッド側が太く、BB側が細いという現代バイクの逆をいく設計だが、結果的にカーボンの剛性レイヤーを追加する必要がなくなったため大幅な軽量化に成功したという。
驚くべきは、デンク氏が「一般的な高性能バイクと比べチューブの厚みや剛性を減らしていない」と言い放ったこと。「その理由は安全ではないバイクを作りたくないから。実際にバイクを愛している僕達自身が山を走る時、どんな状況でも絶対に安全だと言い切れるバイクで走りたいからです」と加える。
「多くの人がAethosの堅牢性(丈夫さ?)を過小評価しています。確かに超軽量バイクですが、グラベルライドに耐えうるレベルのテストをクリアしています。実際に私自身も、38mmタイヤをAethosに履かせてグラベルライドを楽しんでいます。シングルトラックはマウンテンバイクで走りますが、普通のグラベルであればAethosを使います。それに足る堅牢性があるからです」。
少々余談となるが、Aethosの開発手法を応用したCRUXも超軽量グラベルバイクとしてリリースされた。見た目こそAethosにそっくりだが、タイヤクリアランスやジオメトリーなどを作り替えるのには想定以上の時間を要したという。
「新型CRUXではより過酷な用途を想定したテストを用いました。マウンテンバイクが行うテストをクリアしているので、その気になればダウンヒルコースも走ることができます。ここフライベルクにはダウンヒルコースが5本あり、一緒に働くうちの2人はCRUXでそのコースを下っています。僕はそんな怖いことはしませんけどね。一人はシクロクロスの元チャンピオンなので、転ばずに走れることができるのは彼のテクニックがあるからですが...(笑)」。
軽く、高剛性/高強度を叶えるフレーム形状を見つけ出すために、Aethosの開発では新しいカーボンレイアップシミュレーションソフトが開発され、その上で10万通りを越えるテストが行われた。膨大なデータを扱うためスーパーコンピュータを借りた、とも。Tarmac SL6をベースに新しいレイアップの確証プロセスを行った結果、フレーム重量は640gに減。これをベースにして、ヘッド剛性は100通り、BB剛性は実に10万通りの中からAethosの形状が導きだされたという。
こうしたシミュレーションはデンク氏のお家芸と呼べるもの。Aethosに投じられた新システム自体は企業秘密というが、F1やモーターサイクル、航空産業やそれらに使われるカーボンファイバーの開発において、世界的に最も進んでいる北イタリアのエンジニアを2人雇用した。熱心なサイクリストでもあったエンジニア2人からシミュレーションのノウハウを得て、反対にデンク氏たちはカーボンレイアップのノウハウを伝授。この2人は今、スペシャライズドのエンジニアとして活躍しているという。
元々、ダウンヒル用マウンテンバイクのサスペンションエンジニアだったデンク氏。そのうちロードバイクも手がけるようになり、試乗をしているうちにロードライドへの愛も芽生え始めた。工場でチューブやカーボンが製造される工程を熱心に見て学び、そうした知見がフレームに生じた問題や、フレームの製造方法の理解に役立っている。
それゆえ、いちライダーとして「自ら乗って楽しいバイク」づくりがモットー。すぐに壊れてしまったり、剛性が十分ではないものは論外。当然軽さも意識しているが、それはライドを楽しむ上での一要素にすぎないのだ。
「失敗からは多くのことを学ぶことができるのです。例えば誰かが間違いを犯したとき、それを素早く共有してくれれば"その失敗を僕は10回も繰り返しているよ"と次に進めるわけです。大切なのは常に自分が無知だという事実を忘れないこと。自分がテクノロジーのことを何も知らないからこそ、もっと知りたいという好奇心を持つことができる。学び続けることができるのです。「僕は何でも知っている」という姿勢では良いものは作れません」。
インタビューの最後、デンク氏は「そういえば先日、CRUXやAethosで犯した間違いについて話し合いました」と、少しはにかみながら教えてくれた。内容こそ秘密だったものの、「その場を設けたことで次のアイディアが浮かんだ」とも。この過程があるからこそ、次により進化したモノを作れる。これがスペシャライズドと、チーム・デンクの強みと言えるだろう。
職人の感性がロードレーサーを作り上げていた時代が終わり、世界中どのメーカーも解析ソフトベースの開発を行う今だからこそ、古くから"カーボンの魔術師"と呼ばれていたデンク氏の先進性が活きるというもの。
スペシャライズド・ジャパンの協力を受けて実施された今回のインタビュー。Aethosの開発秘話だけはなく、デンク氏自身についても触れる貴重な機会となった。
次章は、そんなAethosを手に入れたCWスタッフ、磯部によるライドストーリーを紹介する。
ピーター・デンク。スポーツバイク、それも軽量バイクを好む方であれば一度は彼の名を耳にしたことがあるだろう。
彼はスコットのCR1を皮切りに、ADDICTやキャノンデールのSUPERSIX EVOといった希代の軽量バイクを世に放ったドイツ生まれのエンジニア。軽量カーボンバイク設計の先駆者であり、”軽さの魔術師”と呼ばれ、周知の通りAethosの開発にも大きく携わった。
デンク氏がドイツ、フライベルクにある彼自身のエンジニアカンパニー(デンク・エンジニアリング)と共にスペシャライズドと関わり始めたのが6、7年前のこと。当時その名前がアピールされることはなかったものの、Tarmac SL6や過去2世代のEpicシリーズ、E-バイクのCREO、さらにはグラベルロードのDivergeなど、同社のありとあらゆるハイパフォーマンスバイクの開発を後押しし、深い知見から性能の引き上げに携わってきた。10名のエンジニアで構成されるデンク・エンジニアリングは、現在スペシャライズド・フライベルクとして活動している、とも。
「僕のチームは、特に優れたコントロール性や乗り味に大きく関わる"剛性の配分"が得意。それゆえクロスカントリーからロードレースをメインに軽量モデルの開発を中心に行っています。特にTarmac SL6は空力性能、群を抜いた軽さ、そして剛性の配分などスペシャライズドの開発技術を大きく広げた1台でした」とデンク氏は振り返る。
―Aethosをあえてクラシックな見た目にした
スペシャライズド自慢のエアロも、衝撃吸収システムもない、極めてノーマルなAethosのフォルム。トレンドを追うのではなくあえてシンプルな設計にこだわった。「たった2年ほどで古臭く見えるバイクではなく、長く乗れるクラシックな見た目のロードバイクやグラベルバイク。シンプルで軽く、何も考えずに乗り出せるバイクを作りたかったのです」とデンク氏は言う。クラシックなフォルムだが、兄弟車のCRUXも含めハイテクな(先端技術の詰め込まれた)バイクだ、とも。
「驚くほどシンプルな外観をしているので、『これのどこが凄いのだろう』と疑問に思うことでしょう。しかしフレームをよく見てみると、ヘッドチューブの直径を大きくし、わずかに湾曲させています。トップチューブは前側が一般的なバイクより太く、後ろ側にかけて細く作りました」とも。ダウンチューブもヘッド側が太く、BB側が細いという現代バイクの逆をいく設計だが、結果的にカーボンの剛性レイヤーを追加する必要がなくなったため大幅な軽量化に成功したという。
―グラベルライドで優に耐える耐久性
56サイズでフレーム重量585g(平均値)。超軽量かつ細身のフォルムだが、Aethosは通常のロードバイク向けテスト基準値を優に超える強度を誇る。あまりの軽さゆえ開発地チームのスタッフですらも安全性を疑っていたというが、Tarmac SL6やSL7など基準値から更に10〜20%を上乗せした安全性テストを優にクリア。そもそもスペシャライズドの安全基準は一般規格よりもはるか高いレベルに設定されており、Aethosの優位性を改めて証明する結果になったそうだ。驚くべきは、デンク氏が「一般的な高性能バイクと比べチューブの厚みや剛性を減らしていない」と言い放ったこと。「その理由は安全ではないバイクを作りたくないから。実際にバイクを愛している僕達自身が山を走る時、どんな状況でも絶対に安全だと言い切れるバイクで走りたいからです」と加える。
「多くの人がAethosの堅牢性(丈夫さ?)を過小評価しています。確かに超軽量バイクですが、グラベルライドに耐えうるレベルのテストをクリアしています。実際に私自身も、38mmタイヤをAethosに履かせてグラベルライドを楽しんでいます。シングルトラックはマウンテンバイクで走りますが、普通のグラベルであればAethosを使います。それに足る堅牢性があるからです」。
少々余談となるが、Aethosの開発手法を応用したCRUXも超軽量グラベルバイクとしてリリースされた。見た目こそAethosにそっくりだが、タイヤクリアランスやジオメトリーなどを作り替えるのには想定以上の時間を要したという。
「新型CRUXではより過酷な用途を想定したテストを用いました。マウンテンバイクが行うテストをクリアしているので、その気になればダウンヒルコースも走ることができます。ここフライベルクにはダウンヒルコースが5本あり、一緒に働くうちの2人はCRUXでそのコースを下っています。僕はそんな怖いことはしませんけどね。一人はシクロクロスの元チャンピオンなので、転ばずに走れることができるのは彼のテクニックがあるからですが...(笑)」。
軽く、高剛性/高強度を叶えるフレーム形状を見つけ出すために、Aethosの開発では新しいカーボンレイアップシミュレーションソフトが開発され、その上で10万通りを越えるテストが行われた。膨大なデータを扱うためスーパーコンピュータを借りた、とも。Tarmac SL6をベースに新しいレイアップの確証プロセスを行った結果、フレーム重量は640gに減。これをベースにして、ヘッド剛性は100通り、BB剛性は実に10万通りの中からAethosの形状が導きだされたという。
こうしたシミュレーションはデンク氏のお家芸と呼べるもの。Aethosに投じられた新システム自体は企業秘密というが、F1やモーターサイクル、航空産業やそれらに使われるカーボンファイバーの開発において、世界的に最も進んでいる北イタリアのエンジニアを2人雇用した。熱心なサイクリストでもあったエンジニア2人からシミュレーションのノウハウを得て、反対にデンク氏たちはカーボンレイアップのノウハウを伝授。この2人は今、スペシャライズドのエンジニアとして活躍しているという。
―軽さは機能とパフォーマンスを追い求めた上の副産物
「僕が追い求めているのはあくまでもバイクの機能性とパフォーマンス。軽さはその副産物でしかない」と、インタビューの最中、デンク氏は意外とも取れる言葉を放った。追求しているのはライドクオリティーや機能性、乗っていて楽しいと思えるバイクを作ること、と続ける。元々、ダウンヒル用マウンテンバイクのサスペンションエンジニアだったデンク氏。そのうちロードバイクも手がけるようになり、試乗をしているうちにロードライドへの愛も芽生え始めた。工場でチューブやカーボンが製造される工程を熱心に見て学び、そうした知見がフレームに生じた問題や、フレームの製造方法の理解に役立っている。
それゆえ、いちライダーとして「自ら乗って楽しいバイク」づくりがモットー。すぐに壊れてしまったり、剛性が十分ではないものは論外。当然軽さも意識しているが、それはライドを楽しむ上での一要素にすぎないのだ。
―失敗を祝福せよ
「我々の強みは、失敗や間違いの重要性を正しく理解していること」とデンク氏は胸を張って言い切った。失敗を恥じるのではなく、讃えることで失敗を隠す風潮をラボやオフィスから消し、ミスを素早く見つけることができる、とも。「失敗からは多くのことを学ぶことができるのです。例えば誰かが間違いを犯したとき、それを素早く共有してくれれば"その失敗を僕は10回も繰り返しているよ"と次に進めるわけです。大切なのは常に自分が無知だという事実を忘れないこと。自分がテクノロジーのことを何も知らないからこそ、もっと知りたいという好奇心を持つことができる。学び続けることができるのです。「僕は何でも知っている」という姿勢では良いものは作れません」。
インタビューの最後、デンク氏は「そういえば先日、CRUXやAethosで犯した間違いについて話し合いました」と、少しはにかみながら教えてくれた。内容こそ秘密だったものの、「その場を設けたことで次のアイディアが浮かんだ」とも。この過程があるからこそ、次により進化したモノを作れる。これがスペシャライズドと、チーム・デンクの強みと言えるだろう。
職人の感性がロードレーサーを作り上げていた時代が終わり、世界中どのメーカーも解析ソフトベースの開発を行う今だからこそ、古くから"カーボンの魔術師"と呼ばれていたデンク氏の先進性が活きるというもの。
スペシャライズド・ジャパンの協力を受けて実施された今回のインタビュー。Aethosの開発秘話だけはなく、デンク氏自身についても触れる貴重な機会となった。
次章は、そんなAethosを手に入れたCWスタッフ、磯部によるライドストーリーを紹介する。
text:CW編集部
提供:スペシャライズド・ジャパン
提供:スペシャライズド・ジャパン