2016/10/14(金) - 09:35
イタリアのフリウリ・ヴェネチア・ジュリア州と静岡県が、自転車を通じた国際交流を進めていく事になり、10月1日(土)、2日(日)の2日間に渡り、静岡県でヒルクライムとサイクリングの2つのイベントが開催された。イタリアからの参加者を迎えてのイベントの模様をレポート。
フリウリ・ヴェネチア・ジュリア州(以下フリウリ州)はイタリア北東部、イタリア半島の付け根に位置する。州北部のオーストリア国境近くにある標高1750mの「ゾンコラン山(モンテ・ゾンコラン)」は、ジロ・デ・イタリアのコースに組み込まれる事でも有名だ。
2014年秋、フリウリ州から富士山がある静岡県に自転車を通じた交流の提案があり、2015年8月にグランフォンドの大会「カルニアクラシック・インターナショナル・FUI-ZONCOLAN」が開催された。1500人以上が参加したグランフォンド大会に、日本から8人が参加。その後、静岡県とフリウリ州との間で自転車を通じた交流をしていく事が正式に決まり、双方で交流イベントを開催していく事となった。ちなみに2016年は、日本とイタリアが日伊修好通商条約を締結してから150年目にあたる。
ふじあざみラインを登るヒルクライム「FUI-ZONCOLANヒルクライムin小山町2016」
ヒルクライムのコースは、ツアー・オブ・ジャパンの富士山ステージと同じ「ふじあざみライン」。このコースは、ジロ・デ・イタリアのコースとして使用されたゾンコラン山西側のオヴァーロからのルートに似ていると言う。ふじあざみラインは、平均勾配10%、最大勾配22%。ゾンコラン山のオヴァーロ・ルートは、平均勾配11.2%、最大勾配22%。上に行くほど勾配が厳しくなるという特性も似通っているとか。この事が、静岡県とフリウリ州が交流を始めたきっかけにもなったそうだ。
今回の大会では、男女合わせて7つのカテゴリーが設定され、イタリアから参加した13人と、オープン参加の窪木一茂らNIPPOヴィーニファンティーニの3人を含む80人が参加した。
大会当日は朝から雨。勾配がきつい区間では、後輪がスリップするほどだったと言う参加者の声も聞かれた。しかし標高1800mを超えるゴール地点では時折陽が差し、スタート地点よりも暑く感じるほど。
レースは、かつてこのコースの日本人記録を持っていた森本誠(GOKISO)が、45分46秒で全体のトップタイム。「年に一度はあざみラインを登っておかないと、と思って参加しました。今日は天気が悪かった事もありますが、ベストにほど遠いタイムだったので残念でした。でも僕があまり目立つのもどうかと思うので、次はオープン参加でお願いします。」とコメント。
女子のトップは望月美和子。1時間1分28秒というタイムは、男子を含めた全体でも32位という結果だ。この大会を含めて今年7つのヒルクライム大会に出場し、全てで優勝していると言う強者。「今日は天気が悪くて霧が出ていたので、景色が見えなかったのは残念でした。でもイタリアの人達と交流出来て楽しかったです」と、感想を話してくれた。
ヒルクライム終了後は、参加者を集めてのランチパーティが開かれた。会場では和太鼓の演奏や盆踊り、餅つきなどが行われ、イタリア人参加者も日本文化を体験して楽しんだようだ。
2日間で伊豆半島を巡る「伊豆半島一周サイクリング」
一方、「伊豆半島一周サイクリング」は、2日間で212.1kmを走るサイクリングイベント。修善寺の日本サイクルスポーツセンターをスタートし、伊豆半島の海岸線に沿って時計回りにぐるりと周回する。初日の10月1日は半島の東側から南端を周り、西伊豆の松崎町までの130.5kmを走行。2日目は松崎町から半島の西側を北上して修善寺に戻る81.9kmだ。
前日のヒルクライムを走ったイタリア人参加者らが、2日目の松崎町からのスタートに合流。小雨が降るあいにくの天候の中、本場のグランフォンド仕込みの快走を見せた。途中5ヵ所のエイドステーションが設けられていたが、コース後半ではエイドステーションをパスする事も。休憩時間が短めだった事もあり、多くの日本人参加者よりも1時間近く早いペースでゴールの日本サイクルスポーツセンターに到着した。これでメンバーの多くが50歳以上というから驚きだ。
ゾンコランにジロを呼び込んだエンツォ・カイネロ氏
今回、ゾンコラン山にジロ・デ・イタリアを招致した、エンツォ・カイネロ氏も一緒に来日。前夜祭の際にお話を伺った。(通訳:NIPPOヴィーニファンティーニ大門宏監督)
「イタリアのプロ連盟の会長をしていた2001年に、私の地元にあるゾンコラン山にジロ・デ・イタリアを呼ぼうと考え、招致活動を始めました。ゾンコラン山には、西側のオヴァーロからのルートと、東側のストリオからのルートの2つがあります。勾配が厳しいオヴァーロ・ルートの方でやりたかったのですが、道幅が狭くてチームカーが通れなかったので、ストリオからのルートで2003年に初めてジロが来ました。その後オヴァーロのルートは道幅を広げる工事をして、2007年にジロのコースとなりました。
ジロのおかげでゾンコラン山は有名になりました。みんなを驚かせようと思って厳しい峠道を探し回り、他にいくつか登りの厳しいコースをジロの主催者に紹介しました。2018年にまたジロが来る事になっています。
今回は、ジロの主催者であるRCSが2年くらい前から日本と何かやりたいと考えていた事もあり、ゾンコラン山があるフリウリ州と、富士山がある静岡県とで交流を進める事にしました。
イベントの開催で重要なのは、開催地に経済的効果がある事。それがあってこそスポーツも発展すると考えています。ただ自転車のレースをするのではなく、開催地の産業、例えばフリウリ州であればワイン、静岡であれば海産物などの産業を発展させて行く事です。これから日本とイタリアで交流していく中で、お互いに発展させていく事が出来るようにしたいと考えています。」
カイネロ氏が特に強調していたのは、開催地への経済効果の事。自転車レースのオーガナイザーでありなががら、自転車以外の部分を考える事が出来るからこそ、ジロ・デ・イタリアのようなビッグイベントを招致出来たのだろうと感じた。開催地あってのイベントという考え方は、日本も見習いたい部分だ。
来年フリウリ州で開催される大会には、日本から参加者が行く事になるそうだ。難関の山岳コースがあることから始まった自転車の国際交流が、今後も末永く続くように期待したい。そして、ジロのコースになったことでゾンコラン山を誇りに思うフリウリ州の人達のように、地元の人達が「富士山でこんな大会をやってるよ」と自慢できる大会になって欲しいと思う。
text&photo:Satoru.Kato
取材協力:静岡県
フリウリ・ヴェネチア・ジュリア州(以下フリウリ州)はイタリア北東部、イタリア半島の付け根に位置する。州北部のオーストリア国境近くにある標高1750mの「ゾンコラン山(モンテ・ゾンコラン)」は、ジロ・デ・イタリアのコースに組み込まれる事でも有名だ。
2014年秋、フリウリ州から富士山がある静岡県に自転車を通じた交流の提案があり、2015年8月にグランフォンドの大会「カルニアクラシック・インターナショナル・FUI-ZONCOLAN」が開催された。1500人以上が参加したグランフォンド大会に、日本から8人が参加。その後、静岡県とフリウリ州との間で自転車を通じた交流をしていく事が正式に決まり、双方で交流イベントを開催していく事となった。ちなみに2016年は、日本とイタリアが日伊修好通商条約を締結してから150年目にあたる。
ふじあざみラインを登るヒルクライム「FUI-ZONCOLANヒルクライムin小山町2016」
ヒルクライムのコースは、ツアー・オブ・ジャパンの富士山ステージと同じ「ふじあざみライン」。このコースは、ジロ・デ・イタリアのコースとして使用されたゾンコラン山西側のオヴァーロからのルートに似ていると言う。ふじあざみラインは、平均勾配10%、最大勾配22%。ゾンコラン山のオヴァーロ・ルートは、平均勾配11.2%、最大勾配22%。上に行くほど勾配が厳しくなるという特性も似通っているとか。この事が、静岡県とフリウリ州が交流を始めたきっかけにもなったそうだ。
今回の大会では、男女合わせて7つのカテゴリーが設定され、イタリアから参加した13人と、オープン参加の窪木一茂らNIPPOヴィーニファンティーニの3人を含む80人が参加した。
大会当日は朝から雨。勾配がきつい区間では、後輪がスリップするほどだったと言う参加者の声も聞かれた。しかし標高1800mを超えるゴール地点では時折陽が差し、スタート地点よりも暑く感じるほど。
レースは、かつてこのコースの日本人記録を持っていた森本誠(GOKISO)が、45分46秒で全体のトップタイム。「年に一度はあざみラインを登っておかないと、と思って参加しました。今日は天気が悪かった事もありますが、ベストにほど遠いタイムだったので残念でした。でも僕があまり目立つのもどうかと思うので、次はオープン参加でお願いします。」とコメント。
女子のトップは望月美和子。1時間1分28秒というタイムは、男子を含めた全体でも32位という結果だ。この大会を含めて今年7つのヒルクライム大会に出場し、全てで優勝していると言う強者。「今日は天気が悪くて霧が出ていたので、景色が見えなかったのは残念でした。でもイタリアの人達と交流出来て楽しかったです」と、感想を話してくれた。
ヒルクライム終了後は、参加者を集めてのランチパーティが開かれた。会場では和太鼓の演奏や盆踊り、餅つきなどが行われ、イタリア人参加者も日本文化を体験して楽しんだようだ。
2日間で伊豆半島を巡る「伊豆半島一周サイクリング」
一方、「伊豆半島一周サイクリング」は、2日間で212.1kmを走るサイクリングイベント。修善寺の日本サイクルスポーツセンターをスタートし、伊豆半島の海岸線に沿って時計回りにぐるりと周回する。初日の10月1日は半島の東側から南端を周り、西伊豆の松崎町までの130.5kmを走行。2日目は松崎町から半島の西側を北上して修善寺に戻る81.9kmだ。
前日のヒルクライムを走ったイタリア人参加者らが、2日目の松崎町からのスタートに合流。小雨が降るあいにくの天候の中、本場のグランフォンド仕込みの快走を見せた。途中5ヵ所のエイドステーションが設けられていたが、コース後半ではエイドステーションをパスする事も。休憩時間が短めだった事もあり、多くの日本人参加者よりも1時間近く早いペースでゴールの日本サイクルスポーツセンターに到着した。これでメンバーの多くが50歳以上というから驚きだ。
ゾンコランにジロを呼び込んだエンツォ・カイネロ氏
今回、ゾンコラン山にジロ・デ・イタリアを招致した、エンツォ・カイネロ氏も一緒に来日。前夜祭の際にお話を伺った。(通訳:NIPPOヴィーニファンティーニ大門宏監督)
「イタリアのプロ連盟の会長をしていた2001年に、私の地元にあるゾンコラン山にジロ・デ・イタリアを呼ぼうと考え、招致活動を始めました。ゾンコラン山には、西側のオヴァーロからのルートと、東側のストリオからのルートの2つがあります。勾配が厳しいオヴァーロ・ルートの方でやりたかったのですが、道幅が狭くてチームカーが通れなかったので、ストリオからのルートで2003年に初めてジロが来ました。その後オヴァーロのルートは道幅を広げる工事をして、2007年にジロのコースとなりました。
ジロのおかげでゾンコラン山は有名になりました。みんなを驚かせようと思って厳しい峠道を探し回り、他にいくつか登りの厳しいコースをジロの主催者に紹介しました。2018年にまたジロが来る事になっています。
今回は、ジロの主催者であるRCSが2年くらい前から日本と何かやりたいと考えていた事もあり、ゾンコラン山があるフリウリ州と、富士山がある静岡県とで交流を進める事にしました。
イベントの開催で重要なのは、開催地に経済的効果がある事。それがあってこそスポーツも発展すると考えています。ただ自転車のレースをするのではなく、開催地の産業、例えばフリウリ州であればワイン、静岡であれば海産物などの産業を発展させて行く事です。これから日本とイタリアで交流していく中で、お互いに発展させていく事が出来るようにしたいと考えています。」
カイネロ氏が特に強調していたのは、開催地への経済効果の事。自転車レースのオーガナイザーでありなががら、自転車以外の部分を考える事が出来るからこそ、ジロ・デ・イタリアのようなビッグイベントを招致出来たのだろうと感じた。開催地あってのイベントという考え方は、日本も見習いたい部分だ。
来年フリウリ州で開催される大会には、日本から参加者が行く事になるそうだ。難関の山岳コースがあることから始まった自転車の国際交流が、今後も末永く続くように期待したい。そして、ジロのコースになったことでゾンコラン山を誇りに思うフリウリ州の人達のように、地元の人達が「富士山でこんな大会をやってるよ」と自慢できる大会になって欲しいと思う。
text&photo:Satoru.Kato
取材協力:静岡県
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山と溪谷社