2014/11/29(土) - 09:25
さる11月14日に公開され、大きな話題を集めた短編自転車アニメーション「HILL CLIMB GIRL」。自転車への愛情に溢れたアニメーションを製作した谷 東(たに・あづま)監督とはどういったサイクリストなのか。インタビューを通して、その素顔に迫ってみた。
HILL CLIMB GIRLとは?
「女子高生ひなこは、プロロードレーサーに憧れるほど自転車大好き。 毎朝、坂の上の学校まで同級生の男子とママチャリで競っているが、連戦連敗。 悔しいひなこは、憧れの選手のレース映像から勝利のヒントを得て、翌朝に望むのだが… (作品紹介より)」
本編映像 http://animatorexpo.com/hillclimbgirl/
ニコニコ動画を運営するドワンゴと、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズなどの話題作を手掛けるスタジオカラーが共同企画した短編オムニバスアニメーション企画、日本アニメ(ーター)見本市。さまざまなテーマのアニメーション作品が毎週金曜日に1作ずつ公開されるという、まさにエキスポのような企画でアニメファンを中心に注目を集めている。
その中で2週目に公開されたHILL CLIMB GIRLは自転車好きな女子高生が、丘の上にある学校への坂道で同級生の男子高校生と競い合う、というストーリー。途中に出てくるロードレースの中継シーンや自転車の緻密な描写、坂道のシーンでのリアルなアニメの動き方など、様々な細かい部分の描きこみがベテランサイクリストをも唸らせる、圧倒的なクオリティに仕上がったアニメ。
その話題は国内にとどまらず、イェンス・フォイクトや作中に登場したチームスカイなどもフェイスブックやツイッターでシェアするほどの反響を呼び、瞬く間に世界中に広まっていったのだ。ここまでロードレーサーとサイクリストをリアルに描き出した作品監督、谷東氏に話を聞いた。
― このアニメを作ることになったきっかけというのは?
そもそも、このアニメを作るきっかけになったのは、デジタルの強みを生かした作品という題材を考えたときに、手描きでは難しい、「自転車」というテーマをスタジオカラーデジタル部さんが考えて、自転車好きのディレクターということで、指名いただいたんです。
自転車アニメをやりたいねという話をしていたこともあり、こういった形で実現することになりました。それが昨年末のことで、今年の春先には実現に向けて動き出していた、という形です。
― なるほど。手書きだと難しいんですね。自転車のモデリングに関して、相当精巧に作られていると感じました
色々な部品のネジひとつとっても、作りこんでいます。実際には画面に出てこないところが、実は大部分なんですけれど、そういった部分もきちんと作られてるんですよ。アニメ業界って、結構自転車が好きな人が多くて、音響監督さんなんかも、実はロード乗りだったりするので結構こだわりは分かってくれます。
― 隠れた部分も手を抜いていないということですか。自転車だけでなく、キャラクターも細かく描写されていると感じました。設定画でウィギンスの筋肉の付き方についても細かく指示が入っていたりしましたが
実在の人物をアニメにするということで、アニメの絵でありながらウィギンスだとわかるようにキャラデザインはかなり頑張ってもらいました。でも、自転車乗りらしい筋肉の付き方などの細かい部分はサイクリストである私の方が詳しいので、そういった部分は指摘して、修正をお願いしていました。あとこだわった点と言えば、フォームですね。アタックするときの動き方などもすごくこだわりたかったんですけど、スケジュールとの兼ね合いもあって、折り合いをつけるところはありました。
― 本当に自然な描写になっていて、サイクリストから見ても、納得の出来だったと思います。自転車の細部にわたる再現というのは、自転車好きがスタッフにも多かったからということでしょうか?
うーん、もちろんそういった部分もありますけど、やはりスタジオカラーさんの3Dスタッフの心意気というか、プロ意識によるものだと思いますね。実はドグマの3Dモデルは市販のものがあって、最初はそれで行けるじゃん!という話だったんです。でも、やはりギアの一枚一枚というような細かいところまではあまり書き込まれておらず、クローズアップには耐えないな、というものだったのでキチンと作ることになったんですよ。
自転車乗りの皆さんは、すごく細かいところまで見るじゃないですか。今回もツイッターを見ていたら、バルブキャップが付いたままになっているのを「プロレースでは普通つけてないよね。」というように指摘されていて、「しまった!」と思ってしまったり(笑)でも、そういった細かいところでニヤリとしてもらえれば、と思います。
― なるほど。確かに自転車乗りは機材にウルサイですからね。
絵もそうなんですが、音に関してもこだわってます。ディープリム特有の音ってあるじゃないですか。やっぱり知っている人は、そこが気になると思うんですよ。で、荒川で音響効果さんと録音していたんですが、やっぱり結構高速じゃないとあの「ごおおおお」っていう音がでなくて、最初は併走してもらっていたんですが最終的に自分でマイクを持って走って録音していました(笑)
あと面白いエピソードだと、よくお世話になっている自転車店でママチャリをレンタルしてもらって社員の女の子に制服を着てもらって、よみうりランドの坂を上る様子をロケしてたんですけど、迫力が出るようにローアングルで撮影していたら、スタッフに「そろそろ警察きますよ。」って言われちゃいました(一同笑)
― よみうりランドの坂でロケをしていたんですね。舞台となった学校に至る坂のモデルはどこなんでしょう?
さっき出てきた、よみうりランドのジャイアンツ坂と、連光寺坂ですね。学校への坂の前半部分が連光寺で、中腹から頂上にかけてはよみうりランドという設定です。スタート地点もモデルがあって、稲城市体育館という設定です。ツイッターを見ていても、動画の公開から1週間くらいですでにそのスポットを見つけてる人がいたので、みなさん流石だなあ、と。
実際にはそんなところにある学校なんて無いと思うんですけど、アニメなら良いかなと思って。でも自転車乗り、特に坂が好きな人って、会社が山の上にあったらいいな、って考えると思うんですよ。行きは楽しいし、帰りは下りで楽だし。標高1000mくらいに会社があったらいいなとか、高層ビルを見てもそこまで登る坂道があったらいいなとか、いつも考えてるので、こういうストーリーが出来上がったのかもしれないですね。
― 坂が好きということですけど、普段はどういったコースを走られているんですか?
そうですね、今年は少し忙しかったのであまり走れなくて、まだ5,000kmぐらいしか走ってないんですよ。去年まではそこそこ走ってて、同じ時期にどれぐらい走ってたのかなってSTRAVAで確認していたら、大晦日に風張峠に3日連続で行ってましたね。
― それはかなりストイックですねー。自転車を始めたきっかけというのはどういったものでしょうか?
最初にロードを買ったのは大学生の時でしたね。最初はバイクを買おうと思ってお金を貯めていたんですけど、当時あった吉祥寺の西武スポーツっていう店にふと入ったら、パナソニックのオーダー車があって、バイクを買うはずだったお金でつい買っちゃったんですよ。
思い返すと、小さい時から自転車が好きで、中学生くらいのときにNHKでレモンとフィニョンが8秒差だった年(編注:1989年)のツール・ド・フランスの特集をやってて、ロードレーサーにすごく乗ってみたいと思っていたんですけど、家では買ってくれなくて。その反動もあって大学生になってつい買っちゃったんでしょうね。でも、今みたいにあまり情報もなかったので、北海道とかをひとりで走りまわってたんですよ。
― 最初はツーリング志向だったんですね。
そうですね、それからもっと速く走りたいな、と思ったのは、アニメ業界の自転車イベントに参加してからです。学生時代にそんな風に走りこんでいたんで、体力には自信があったし、周りはアニメーターばっかりだろうと思って、良い順位でゴール出来るに違いないと思っていたら、一人すごい速い人がいて。
それが高坂さん(編注:高坂希太郎さん。自転車乗りにはおなじみのアニメ映画茄子シリーズの監督。)で、全然追いつけなくて。それでああいう風に走りたいな、と思って練習していたら、高坂さんと話すようになり、一緒に走るようになって、完全にハマっちゃいましたね。
― アニメ業界は自転車乗りがかなり多いんですか?
そうですね、業界で自転車乗りを集めて東京から長野のほうまでサイクリングするイベントがあるんですけど、今は大体15スタジオ、100人ぐらいが参加してますね。10年くらい前は、ゴール地点に宮崎駿さんがいて応援してくれてたりもしたんですよ。
それで、サイクルハウスイシダにアニメーターが集まって、店に行くとみんな業界のいろんな話をするのでイシダさんがすごくアニメ業界について詳しくなっちゃって。みんな、イシダさんは業界の人じゃないので安心してしゃべっちゃうんですよ(笑)それで、どこのアニメーターが空いてるとか、新しい作品を作り始めたからあそこのスタジオは忙しいとか、そういう情報にどこのアニメーターよりも精通しているという(一同笑)
― ほほー。それくらいアニメ業界の人は乗ってるんですね。
そうなんですよ。それで、去年高坂さんと合宿をしたんですよ。それで、先輩だし、千切っちゃったらまずいかな、とか考えてたんです。でもいざ走ってみたら、ずっと前牽かれちゃって(笑)三日連続で走りに行って、自分の調子が悪かったのかな、なんて思ってたんですけど、その時のデータをSTRAVAにアップしたら全部KOM獲っちゃってて(笑)でも、その1~2分前には高坂さんがいるっていう。
― さすがは高坂さんとしか言いようのないエピソードですが、谷さんも全然負けていないと聞きます。日の出前に奥多摩の峠に登っていたというウワサは本当なんですか?
それがですね、昼過ぎまでに家に帰ってないと家族に怒られちゃうんですよ。風張峠一本くらいだったら、家を6時に出ればなんとか戻ってこれるんですけど、もっとたくさんの山を登ろうとするとどんどん出発時間が早くなっちゃって。最終的には1時出発っていうのが習慣になっていた時期がありましたね。
― い、いちじ?(驚きのあまり思わず声が裏返るインタビュアー)
そうです(笑)まず、梅ヶ谷峠をこえて、奥多摩湖の方へと登っていくんですよ。湖あたりまでは街灯があって、そのあたりで夜が段々明けて来るんです。で、柳沢峠を登って折り返して、今川峠、風張峠を通って帰ってくるとちょうど10時か11時くらいに家に帰ってこれるという。(こころなしか顔がキラキラしている谷さん)
― それって寝れるんですか?
ちょっと早めに、そう11時くらいに就寝して、大体2時間くらいなんとなーく寝て、走ってました。で、そこで気付いたんですけど、1時に出れば会社の始業前に奥多摩で一山越えて帰ってこれるので、週に2回山を登れる。さすがに今はやってないですけど、3年前までは結構やってましたね。
― いや、かなりのハードコアっぷりですね。CW編集部も見習わないと。。
本当に坂が好きで、斜度が厳しいほど燃えます。とくに景色とかはあんまり関係なくて、キツければキツいほどいいですね!登ってる間の背景はグレーのべた塗りでも大丈夫です(笑)といっても、別に下を向いているわけじゃなくて、メーターとにらめっこしているわけでもないんです。調子良い時って、すごく集中力が高まってきて、走る先しか見えなくなるっていう状態が本当に楽しいんですよ!
自分の中で「激坂三兄弟」というのがあってですね、一つ目は御岳山で、ケーブルカーの終点がゴールじゃなくてその上の神社まで登ります。残りは風張林道と鋸山林道ですね。あそこを2周すると良い筋トレになるんですよね。3周したら流石におかしいかと思って2周にとどめてましたけど。(一同爆笑)
― 普通の人は2周もしないですね(笑)レースやイベントに出られたりは?
そうですね、最近は全然なんですけど、3~4年前にMt.富士ヒルクライムに出場したのが最後ですね。あの大会って、65分を切るとゴールドスペーサーがもらえるんですよ。それで挑戦したんですけど、67分くらいで取り逃しちゃって。また、ゴールドスペーサーを獲りに挑戦したいと思ってます。
― 67分! スゴい記録じゃないですか。65分切りって6000人参加して30人いるかいないかですよ。ぜひ、ゴールド目指してください!さて、そんな谷さんを支えてくれる愛車について教えてもらえますか。
今はピナレロのパリに乗ってます。ずっとピナレロが好きで、3代目になりますね。昔インデュラインが乗っていたころから憧れがあったんですけど、その当時は高くて買えなくて。でも20年くらい前からかなり日本にも入ってくるようになって、それからずっとピナレロですね。
1代目がアルミのアングリルというモデルを買って、2代目を買ったあとには通勤用に使っていたんですけど、フレームが金属疲労で割れちゃって。ヘッドチューブにつながるところが割れちゃって、ある日会社に置いてたら昼休みに同僚が「谷さん!大変ですよ、フレームが!」って(一同笑)そのフレームも4万キロは乗ってたんでだいぶ愛着ありました。それで、ずっととっていたんですけど、置く場所がなくなっちゃって、この前処分したんです。結構フレームを捨てるのって抵抗ありますね。
― いろんな思いを共にするのが自転車ですもんね。4万キロも一緒にいた相棒と考えるとその気持ちもわかります。
HILL CLIMB GIRLは、すごく反響が大きかったと思いますが、続編など今後の展開があったりはするのでしょうか?
そうですね、残念ながら特に続編という形で継続していくような予定などは今のところ全くないです。でも、今後も自転車アニメを作っていきたいですね。
さて、こんな自転車愛が深い方が監督を務めていた「HILL CLIMB GIRL」。サイクリストを唸らせる出来に仕上がっていたのも、納得でした。ぜひ、今後もHILL CLIMB GIRLにつづく高品質な自転車アニメを見られることに期待が膨らみます。今後の谷監督の活躍に要注目ですね。
text :Naoki.YASUOKA
photo:So.Isobe
HILL CLIMB GIRLとは?
「女子高生ひなこは、プロロードレーサーに憧れるほど自転車大好き。 毎朝、坂の上の学校まで同級生の男子とママチャリで競っているが、連戦連敗。 悔しいひなこは、憧れの選手のレース映像から勝利のヒントを得て、翌朝に望むのだが… (作品紹介より)」
本編映像 http://animatorexpo.com/hillclimbgirl/
ニコニコ動画を運営するドワンゴと、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズなどの話題作を手掛けるスタジオカラーが共同企画した短編オムニバスアニメーション企画、日本アニメ(ーター)見本市。さまざまなテーマのアニメーション作品が毎週金曜日に1作ずつ公開されるという、まさにエキスポのような企画でアニメファンを中心に注目を集めている。
その中で2週目に公開されたHILL CLIMB GIRLは自転車好きな女子高生が、丘の上にある学校への坂道で同級生の男子高校生と競い合う、というストーリー。途中に出てくるロードレースの中継シーンや自転車の緻密な描写、坂道のシーンでのリアルなアニメの動き方など、様々な細かい部分の描きこみがベテランサイクリストをも唸らせる、圧倒的なクオリティに仕上がったアニメ。
その話題は国内にとどまらず、イェンス・フォイクトや作中に登場したチームスカイなどもフェイスブックやツイッターでシェアするほどの反響を呼び、瞬く間に世界中に広まっていったのだ。ここまでロードレーサーとサイクリストをリアルに描き出した作品監督、谷東氏に話を聞いた。
― このアニメを作ることになったきっかけというのは?
そもそも、このアニメを作るきっかけになったのは、デジタルの強みを生かした作品という題材を考えたときに、手描きでは難しい、「自転車」というテーマをスタジオカラーデジタル部さんが考えて、自転車好きのディレクターということで、指名いただいたんです。
自転車アニメをやりたいねという話をしていたこともあり、こういった形で実現することになりました。それが昨年末のことで、今年の春先には実現に向けて動き出していた、という形です。
― なるほど。手書きだと難しいんですね。自転車のモデリングに関して、相当精巧に作られていると感じました
色々な部品のネジひとつとっても、作りこんでいます。実際には画面に出てこないところが、実は大部分なんですけれど、そういった部分もきちんと作られてるんですよ。アニメ業界って、結構自転車が好きな人が多くて、音響監督さんなんかも、実はロード乗りだったりするので結構こだわりは分かってくれます。
― 隠れた部分も手を抜いていないということですか。自転車だけでなく、キャラクターも細かく描写されていると感じました。設定画でウィギンスの筋肉の付き方についても細かく指示が入っていたりしましたが
実在の人物をアニメにするということで、アニメの絵でありながらウィギンスだとわかるようにキャラデザインはかなり頑張ってもらいました。でも、自転車乗りらしい筋肉の付き方などの細かい部分はサイクリストである私の方が詳しいので、そういった部分は指摘して、修正をお願いしていました。あとこだわった点と言えば、フォームですね。アタックするときの動き方などもすごくこだわりたかったんですけど、スケジュールとの兼ね合いもあって、折り合いをつけるところはありました。
― 本当に自然な描写になっていて、サイクリストから見ても、納得の出来だったと思います。自転車の細部にわたる再現というのは、自転車好きがスタッフにも多かったからということでしょうか?
うーん、もちろんそういった部分もありますけど、やはりスタジオカラーさんの3Dスタッフの心意気というか、プロ意識によるものだと思いますね。実はドグマの3Dモデルは市販のものがあって、最初はそれで行けるじゃん!という話だったんです。でも、やはりギアの一枚一枚というような細かいところまではあまり書き込まれておらず、クローズアップには耐えないな、というものだったのでキチンと作ることになったんですよ。
自転車乗りの皆さんは、すごく細かいところまで見るじゃないですか。今回もツイッターを見ていたら、バルブキャップが付いたままになっているのを「プロレースでは普通つけてないよね。」というように指摘されていて、「しまった!」と思ってしまったり(笑)でも、そういった細かいところでニヤリとしてもらえれば、と思います。
― なるほど。確かに自転車乗りは機材にウルサイですからね。
絵もそうなんですが、音に関してもこだわってます。ディープリム特有の音ってあるじゃないですか。やっぱり知っている人は、そこが気になると思うんですよ。で、荒川で音響効果さんと録音していたんですが、やっぱり結構高速じゃないとあの「ごおおおお」っていう音がでなくて、最初は併走してもらっていたんですが最終的に自分でマイクを持って走って録音していました(笑)
あと面白いエピソードだと、よくお世話になっている自転車店でママチャリをレンタルしてもらって社員の女の子に制服を着てもらって、よみうりランドの坂を上る様子をロケしてたんですけど、迫力が出るようにローアングルで撮影していたら、スタッフに「そろそろ警察きますよ。」って言われちゃいました(一同笑)
― よみうりランドの坂でロケをしていたんですね。舞台となった学校に至る坂のモデルはどこなんでしょう?
さっき出てきた、よみうりランドのジャイアンツ坂と、連光寺坂ですね。学校への坂の前半部分が連光寺で、中腹から頂上にかけてはよみうりランドという設定です。スタート地点もモデルがあって、稲城市体育館という設定です。ツイッターを見ていても、動画の公開から1週間くらいですでにそのスポットを見つけてる人がいたので、みなさん流石だなあ、と。
実際にはそんなところにある学校なんて無いと思うんですけど、アニメなら良いかなと思って。でも自転車乗り、特に坂が好きな人って、会社が山の上にあったらいいな、って考えると思うんですよ。行きは楽しいし、帰りは下りで楽だし。標高1000mくらいに会社があったらいいなとか、高層ビルを見てもそこまで登る坂道があったらいいなとか、いつも考えてるので、こういうストーリーが出来上がったのかもしれないですね。
― 坂が好きということですけど、普段はどういったコースを走られているんですか?
そうですね、今年は少し忙しかったのであまり走れなくて、まだ5,000kmぐらいしか走ってないんですよ。去年まではそこそこ走ってて、同じ時期にどれぐらい走ってたのかなってSTRAVAで確認していたら、大晦日に風張峠に3日連続で行ってましたね。
― それはかなりストイックですねー。自転車を始めたきっかけというのはどういったものでしょうか?
最初にロードを買ったのは大学生の時でしたね。最初はバイクを買おうと思ってお金を貯めていたんですけど、当時あった吉祥寺の西武スポーツっていう店にふと入ったら、パナソニックのオーダー車があって、バイクを買うはずだったお金でつい買っちゃったんですよ。
思い返すと、小さい時から自転車が好きで、中学生くらいのときにNHKでレモンとフィニョンが8秒差だった年(編注:1989年)のツール・ド・フランスの特集をやってて、ロードレーサーにすごく乗ってみたいと思っていたんですけど、家では買ってくれなくて。その反動もあって大学生になってつい買っちゃったんでしょうね。でも、今みたいにあまり情報もなかったので、北海道とかをひとりで走りまわってたんですよ。
― 最初はツーリング志向だったんですね。
そうですね、それからもっと速く走りたいな、と思ったのは、アニメ業界の自転車イベントに参加してからです。学生時代にそんな風に走りこんでいたんで、体力には自信があったし、周りはアニメーターばっかりだろうと思って、良い順位でゴール出来るに違いないと思っていたら、一人すごい速い人がいて。
それが高坂さん(編注:高坂希太郎さん。自転車乗りにはおなじみのアニメ映画茄子シリーズの監督。)で、全然追いつけなくて。それでああいう風に走りたいな、と思って練習していたら、高坂さんと話すようになり、一緒に走るようになって、完全にハマっちゃいましたね。
― アニメ業界は自転車乗りがかなり多いんですか?
そうですね、業界で自転車乗りを集めて東京から長野のほうまでサイクリングするイベントがあるんですけど、今は大体15スタジオ、100人ぐらいが参加してますね。10年くらい前は、ゴール地点に宮崎駿さんがいて応援してくれてたりもしたんですよ。
それで、サイクルハウスイシダにアニメーターが集まって、店に行くとみんな業界のいろんな話をするのでイシダさんがすごくアニメ業界について詳しくなっちゃって。みんな、イシダさんは業界の人じゃないので安心してしゃべっちゃうんですよ(笑)それで、どこのアニメーターが空いてるとか、新しい作品を作り始めたからあそこのスタジオは忙しいとか、そういう情報にどこのアニメーターよりも精通しているという(一同笑)
― ほほー。それくらいアニメ業界の人は乗ってるんですね。
そうなんですよ。それで、去年高坂さんと合宿をしたんですよ。それで、先輩だし、千切っちゃったらまずいかな、とか考えてたんです。でもいざ走ってみたら、ずっと前牽かれちゃって(笑)三日連続で走りに行って、自分の調子が悪かったのかな、なんて思ってたんですけど、その時のデータをSTRAVAにアップしたら全部KOM獲っちゃってて(笑)でも、その1~2分前には高坂さんがいるっていう。
― さすがは高坂さんとしか言いようのないエピソードですが、谷さんも全然負けていないと聞きます。日の出前に奥多摩の峠に登っていたというウワサは本当なんですか?
それがですね、昼過ぎまでに家に帰ってないと家族に怒られちゃうんですよ。風張峠一本くらいだったら、家を6時に出ればなんとか戻ってこれるんですけど、もっとたくさんの山を登ろうとするとどんどん出発時間が早くなっちゃって。最終的には1時出発っていうのが習慣になっていた時期がありましたね。
― い、いちじ?(驚きのあまり思わず声が裏返るインタビュアー)
そうです(笑)まず、梅ヶ谷峠をこえて、奥多摩湖の方へと登っていくんですよ。湖あたりまでは街灯があって、そのあたりで夜が段々明けて来るんです。で、柳沢峠を登って折り返して、今川峠、風張峠を通って帰ってくるとちょうど10時か11時くらいに家に帰ってこれるという。(こころなしか顔がキラキラしている谷さん)
― それって寝れるんですか?
ちょっと早めに、そう11時くらいに就寝して、大体2時間くらいなんとなーく寝て、走ってました。で、そこで気付いたんですけど、1時に出れば会社の始業前に奥多摩で一山越えて帰ってこれるので、週に2回山を登れる。さすがに今はやってないですけど、3年前までは結構やってましたね。
― いや、かなりのハードコアっぷりですね。CW編集部も見習わないと。。
本当に坂が好きで、斜度が厳しいほど燃えます。とくに景色とかはあんまり関係なくて、キツければキツいほどいいですね!登ってる間の背景はグレーのべた塗りでも大丈夫です(笑)といっても、別に下を向いているわけじゃなくて、メーターとにらめっこしているわけでもないんです。調子良い時って、すごく集中力が高まってきて、走る先しか見えなくなるっていう状態が本当に楽しいんですよ!
自分の中で「激坂三兄弟」というのがあってですね、一つ目は御岳山で、ケーブルカーの終点がゴールじゃなくてその上の神社まで登ります。残りは風張林道と鋸山林道ですね。あそこを2周すると良い筋トレになるんですよね。3周したら流石におかしいかと思って2周にとどめてましたけど。(一同爆笑)
― 普通の人は2周もしないですね(笑)レースやイベントに出られたりは?
そうですね、最近は全然なんですけど、3~4年前にMt.富士ヒルクライムに出場したのが最後ですね。あの大会って、65分を切るとゴールドスペーサーがもらえるんですよ。それで挑戦したんですけど、67分くらいで取り逃しちゃって。また、ゴールドスペーサーを獲りに挑戦したいと思ってます。
― 67分! スゴい記録じゃないですか。65分切りって6000人参加して30人いるかいないかですよ。ぜひ、ゴールド目指してください!さて、そんな谷さんを支えてくれる愛車について教えてもらえますか。
今はピナレロのパリに乗ってます。ずっとピナレロが好きで、3代目になりますね。昔インデュラインが乗っていたころから憧れがあったんですけど、その当時は高くて買えなくて。でも20年くらい前からかなり日本にも入ってくるようになって、それからずっとピナレロですね。
1代目がアルミのアングリルというモデルを買って、2代目を買ったあとには通勤用に使っていたんですけど、フレームが金属疲労で割れちゃって。ヘッドチューブにつながるところが割れちゃって、ある日会社に置いてたら昼休みに同僚が「谷さん!大変ですよ、フレームが!」って(一同笑)そのフレームも4万キロは乗ってたんでだいぶ愛着ありました。それで、ずっととっていたんですけど、置く場所がなくなっちゃって、この前処分したんです。結構フレームを捨てるのって抵抗ありますね。
― いろんな思いを共にするのが自転車ですもんね。4万キロも一緒にいた相棒と考えるとその気持ちもわかります。
HILL CLIMB GIRLは、すごく反響が大きかったと思いますが、続編など今後の展開があったりはするのでしょうか?
そうですね、残念ながら特に続編という形で継続していくような予定などは今のところ全くないです。でも、今後も自転車アニメを作っていきたいですね。
さて、こんな自転車愛が深い方が監督を務めていた「HILL CLIMB GIRL」。サイクリストを唸らせる出来に仕上がっていたのも、納得でした。ぜひ、今後もHILL CLIMB GIRLにつづく高品質な自転車アニメを見られることに期待が膨らみます。今後の谷監督の活躍に要注目ですね。
text :Naoki.YASUOKA
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