ペースがどうしても合わない。はぐれた仲間への連絡が繋がらない。もしかしたら、完走は難しいかもしれない。チェックポイント2をめがけ、最後のKOMポイントを散り散りになりながらTeam BNPのメンバーは登っていく。そして、ついに…。



景色はいつしかすっかり変わり果て、大きな山の尾根に出たらしい。この地形はこの土地独特のものなのだろう。何かのポスターかはたまた映像で見たことがあるような、見たこと無いような、うっかりすると現実感を喪失しそうな世界のどこかの風景。いま自分がその中にいる。その風景がダイナミックで、人間の、自分自身のちっぽけさを対比させてしまう。

高い木がまったくない植生の山。それほど標高があるわけではないから、地質によるものだろう。遮るものが何もない尾根には容赦なく風がふきつける。空は厚い雲に覆われ、枯れ草色の大地が左右に広がる。あと少し、季節が先に進んだならば、この草原は青々と新緑に覆われていたことだろう。けれど、今のこの風景は…『罰ゲームやな』。口をついて出た。






標高は大したことないはずだが、太陽がないとこれほどまでに寒いのか。ポケットに入れていたウィンドブレーカーに袖を通す。マリちゃんも、ファスナー壊れてるけど羽織った方がええよ、と声をかけたが…なんと! 邪魔やからチェックポイント1でスタッフに渡してしまったとーーーあちゃー.なんということ!
この気温でここから下るとなれば、もう彼女を後続を待つのにつきあわせるわけにはいかない。ひとりで先へ行ってまたルートをロストする不安もあるだろう。
前回のRGRから変わらず体脂肪多め、かつ、用心して冬インナーを選んでいた私が後続を待つことに決めて、ちはることマリちゃんは先を行く。

さて、にゃおちとやましょうはどこにいるだろう。

携帯電話の電波が圏外になっている場所にいつまでも居る訳にはいかない。電波が入る場所まで戻り、通話を試みる。微弱な電波はつながっても声をとどけるには至らず、すぐに切断してしまう。さらに戻ると牧場の牛舎があったはずだ。

そこなら人も居るから携帯電話も使えるかもしれない。けっこう気持ちよく下ったからな…その分また登ることになるが仕方ない。走りながら何度も通話をリトライし、ようやく連絡が取れたにゃおちはやましょうと一緒には居るけれど、やはりルートをロストしていた。

目印と言えば牧場くらいしかないから、もしそこで使えるならルートラボを立ち上げて、地図で牧場を見つけてほしい、わたしも牧場まで戻ってみるから。そんな話しをして電話を切った。

今度は私がひとりになる番だ。でも、ここまでのルートに不安はなかったから大丈夫。きた道を戻り、牧場からさらに下ったところで二人の姿を見つけた。やましょうはハンガーノックになっていたらしく、にゃおちから食糧をもらってここまで来ていたらしい。ここでわたしのおやつ箱の出番がキタ!ドラッグストアで買ったチョコレートバー、カフェイン入りのクリフバーのグミを補給して再スタート。正直、おやつ持ち過ぎかと思ったけど、やっぱりこういうことって起こる。余分に持ってて良かった。

下り坂、強く吹く風の音にかき消されそうだったけど「ちゅなどん、ここ…もっかい登って戻ってくれたんだね。ありがとう」にゃおちの声に、当たり前じゃん。迎えにいくさ。って明るい声で応えたかったんだけどーーーこみ上げた気持ちが、声にならなかった。

異次元に見えた殺伐とした風景は牧草地帯のはずなのに、牛も馬もおらず(草がまだ生えていないからね)、風景の変わらない尾根道路にいい加減飽きた頃、長い下りに入る。これを下ればしばらくは平地だ。下り切って、すっかり流れが太くなった川と再会し、2車線ある道路に文明を感じる。河辺に、民家の庭木に、春の花が咲いている。ただそれだけなのに、何だろうこの安心感は。人の営みがあるところまで戻ってきたんだ。ひとつ前の集落からここまで、そんなに長かったっけ…





先行したマリちゃん、ちはるこには冷えるからもう待たなくていいよ、と言って、私達はなるべくやましょうのペースに合わせて進む。だが、平地で追い風が吹いていても上がらないペース。もうギリギリなんだな…でもここまで弱音を吐かずに走っている彼女はタフだ。

『今、どこですか?回収されます』

最後のKOM(King of Mountain)を登り始めたところでちはることマリちゃんから連絡が入る。完走のためには16:30までに通過しなければならなかったチェックポイント2はこのKOMを登り終えた終えた先にあった。

私達のRGROはこうして静かに終わった。走り切った感動はもちろんない。10時間ちょっと、110kmちょっと走って、2700mほど登った割には自分でもびっくりするほど身体の疲労もない。弾けるような笑顔もなければ、涙も出ない。ただ、最初から最後までずっと苦しそうだったやましょうが、回収車に乗った途端、元気に話し始めたことで、苦しみから解放されたんだな、という安堵感があった。

先行する背中に完走への強い意志をにじませていたマリちゃんは、それが見ているだけの私にも伝わってくるほどだっただけに、悔しかっただろうな。最後それを見せなかったのは、彼女の優しさだろう。これが私達のRapha Gentrlemen's Race OGUNI だった、としか言えないのはとても残念だ。けれど、これがチームで走る、ということでもある。

このRGR、毎度参加者が苦しむコース設定がなされている。それを5人のチーム員が起こりうるトラブルをも力を合わせて乗り越え走破していく、という対オーガナイザー、プロデューサーへの挑戦が一番の楽しみどころである。

「おまえらここ走ってみろよ」「よし、やってやるぜ」そんな風である。だからこそ、獲得標高は自然と聞くだけで戦慄するような数字になるし、その内容も、ただ乗っているだけではとても走りきれないグラベル区間が設定される。
コースを走っているだけで目にするもの、鼻をくすぐる匂い、風、温度、湿度、野生動物の息づかい…五感を使って最大限感じ取ろうとする気持ちがあれば、いくらでも感じることができる。

オーガナイザーがライダーに『見せたかったもの』はこれか、というものが必ずある。それらが参加者の感動を呼び、さらにこれを広く共有したい、という強い欲求を呼び起こすのだろうと思う。今回も、Instagramの写真のみならず、テキスト、映像を使って、個々のライダー、各チームがそれぞれのRGROを表現している。

このイベントがどんなものか、興味を持ったかたはぜひRapha Japanの公式フェイスブックページなどを参照していただきたい。 たくさんのレポートblogや映像へのリンクを見ることができるはず。


私たちは残念ながら、その挑戦のステージに立ちながら、これを楽しみきるには5人の脚が揃わなかった。
それでも途中、もくもくと蒸気をあげる温泉地が目の前に広がった時は硫黄の匂いとその圧巻の風景に歓声をあげたし、苔むしたお宮さんの池に手をつけて『温泉だ!』とはしゃいだ。

最後に待ち構えていたはずの『ラピュタの道』には辿り着けなかったけれど、これはまた何かの機会に持ち越したい。その時には、これと同じルートをもう一度辿りたいと思う。そして、同行してくれるはずの誰かと(それはたぶん彼だろうけれど)、もういちどあのグラベルを登り「ここ二回登ったんやで!」とドヤ顔をしたいものだ。

サイクリングの楽しみや挑戦は人それぞれあると思うが、このRapha Gentlemen's Race はその中でもとびきりチャレンジャブルでファンな内容であることは間違いない。わたし自身、たった2度しか走ってないのに、この罪なRGRのおかげで舗装路をただ走って(登って)るだけじゃつまらなくなっちゃったひとりである。



あとがき

さて、Team BNPのRGROはいかがでしたか?走ってみたい?楽しそうだった?辛そうだった?

ここで自転車の楽しさに目覚めた女性たちに届けたいメッセージがあります。

今回、私たちがTeam BNPとしてRGROを走るにあたって、一番難関だったのが『メンバーが揃わない』ということだった。5人のメンバーのうち最後のひとりが決まるまで約3週間に渡って、わたしたちは思いつく限りの『RGRを走り切れそうな女性ライダー』にコンタクトを取り、一緒に走ってもらえないかとオファーした。その数はざっと10名+…。

この数、多いと感じるでしょうか、それとも少ないでしょうか…。誰でもいいから女性で、というわけにはいかず、脚はもちろんだけど、一緒に走ってみたいと思えるなにか、できればひとりでもわたしたちのうちの誰かと面識がある方がいい。そうでなければ、一日も早くチームビルディングとして一緒に走って関係を作りたい。当日の一日だけではなく、そのプロセスも一緒に楽しめるのであれば最高だ、と考えていた。

女性のライダーが増えている。それは日々走っていて肌で感じているのだけれど、その全ての女性の自転車に対する楽しみ方は同じではない。ことロードバイクに限ったとしてもその遊びの中身は様々だ。実際、今回のチームだって、街乗りのわたしとやましょう、山乗り(山に暮らしているから、敢えてこう言わせてもらう)のマリちゃん、シクロクロスを競技で楽しむちはることにゃおち、と日頃のベクトルはまったく別の方向を向いている。

けれど、私達はこのチームに集い、チームビルディングライドを重ね、熊本空港から一台のタバコ臭いドンガラのハイエースに乗り込み、地元のスーパーを荒らし(!)、前夜一夜を供にして本番へ臨んだ。蓋を開けてみたらこのチーム、脚はまったく合ってなかったんだけれど、脚は合ったものを揃えるのではなくて、合わないものは合わせればいい、ということを私達は小国を走って学んだんだと思う。

日頃から男性と一緒に走っている女性は多くいらっしゃるだろうと思う。その場合、圧倒的に『男性に合わせてもらっている』という意識が強く働くと思うけれど、実は女性の側も一生懸命『合わせようとがんばってる』ことも多いように思う。そうすることでなんとなく脚が揃い、お互いのストレスを減らしてともに走ることができるのが自転車のような機材スポーツ(機材が個人の能力をある程度補ってくれる)の良いところでもある。

脚の差、それは男性と女性だけではなく、当然、女性同士でも普通にあること。なのに、なぜか同性同士となると、遠慮といわゆる『三味線』と呼ばれる謙遜、あともしかしたらプライドも?が頭をもたげるのか…なかなか一緒に走りましょうということにならないような気がする。でも、よく考えてみてほしい。脚の差、という意味では、対男性より女性同士の方がその差は当然小さくなるのだから、お互い『合わせ易い』はずなのだ。

男性の手加減をある程度見込んで、ちから一杯走ることを頑張る一方なのはある意味キツいけれどラクだ。男性と走る時は当然、前を牽いてもらえる、トラブルのときは助けてもらえる。道に迷うことも考えなくていい。自分はひたすら遅れないようにペダルを踏み、クランクを回し続ければいい「だけ」なのだ。

もし、一緒に走っているのが全員女性だったとしたら、と想像してみてほしい。誰も前を牽いてくれなかったら、誰かが前を牽くことになる。それは自分かもしれない。もし、自分もしくは一緒に走っている誰かがトラブルに遭ったらその対処ができるだろうか。道に迷ったら、そのリカバリーができるだろうか。自分が脚のある側だった場合、その強さを優しさに使うことができるだろうか。自分が一番弱い側だった場合、卑屈にならず謝ることに逃げずに走り続けることができるだろうか。

女同士はめんどくさい。それをオンナは一番良く知っている。顔ぶれによってはそのめんどくささのコントロールが距離や獲得標高よりも高いハードルになる場合だってあり得る…かもしれない(幸いわたしは体験したことがないけれど)…というのは冗談として。

それらすべてをひっくるめて、楽しむことができるだろうか。

私は過去2回のRGRで、2つの女性チームでのエントリーを経て今、脚であり、気ごころ、を合わせて走る楽しさを味わっているところである。これ、決して気の合う仲間、というのではない。強いて言うなら脚や気を『合わせようという気になれる』仲間、である。過去には本番前夜がはじめましてだったメンバーだっていたくらいなのだから。


来る2014年7月20日には、今年もRapha Women's 100が開催される。Raphaは世界中の女性ライダーたちに『この日、100km(もちろんそれ以上の距離でもいい)走りましょう』と呼びかけている。世界中のどこを誰と(もちろんひとりでも)走ってもいい。もし、これまで男性としか走ったことがなく、女性ばかりでのライドに興味があるなら、一緒に走ってみたいと思える女性ライダーがあなたのタイムラインの上にいるなら、これをきっかけに誘いあって走ってみてはどうだろう。FacebookやTwitterなどのソーシャルネットワークサービスはそのハードルをグッと下げてくれていると思う。

そして、海外ではすでに開催されているWomen's Prestige 。これは全てのチームが女性だけで構成されるGentlemen's Race のようなものだと聞いている。これが日本でも開催されるくらい多くの女性ライダーが、新たな遊びとしてチームライドを楽しむようになったら、またひとつ、楽しさの扉が開くんじゃないかな、なんて思っています。



Special Thanks to…

Team BNP
 渕上千春子(ちはるこ/八ヶ岳サイクリングクラブ)
 山本祥子(やましょう/Team TAUGE)
 矢野麻利(マリちゃん/Rapha Japan)
 藤森なおみ(にゃおち/Team TAKARAZUKA LINE)

Rapha Japan
ボランティアスタッフのみなさん
コースプロデューサー丹野さん
この日、この素晴らしい小国をともに楽しまれたライダーのみなさま

そしてRGRへの準備をすべて整えてくれて、行っておいで、と送り出してくれたパートナーに感謝します。

石井美穂(ちゅなどん/CICADA United Ride)

text:Miho.Ishii