2011/07/23(土) - 18:29
わずか109.5kmの短い距離に、難関峠が3つ凝縮された超濃厚ステージ。テレグラフ、ガリビエ、ラルプデュエズの1つの1級とふたつの超級山岳の峠が待つアルプス最終日は、驚くべき展開が濃縮された熱いステージになった。
各国ナショナリズム全開の21のコーナー
ガリビエ峠を前日とは逆からのアプローチで登る第19ステージ。テレグラフ峠を経てガリビエ峠を登るルートにはトンネルも登場。そしてラルプデュエズでアルプスのフィナーレを迎える。
ツールの名物山岳ラルプ・デュエズがゴールを迎えるのは今年で27回目。平均勾配7.9%の登りと合計21のコーナーを経て標高1850mのスキーリゾート地に至るこの道は、毎年世界中から多くの観客を集める。そして近年流行しているのが、観客たちが国籍ごとに固まって自国の選手を応援するスタイルだ。
オレンジに染まる有名な「オランダコーナー」。さきがけ(?)のオランダ人たちはゴール6kmほど手前のコーナーに数百人(おそらく500人はいる)で陣取り、路面をオレンジのペンキでペイント(今年新登場)。前夜からロックンロール全開で騒ぎまくっていた。
オランダはラボバンクとヴァカンソレイユの2チームを出している一大勢力でもある。
しかしこのオランダ人、ちょっと悪ノリともいえるワイルドな騒ぎ方で、通行するプレスやキャラバンにも容赦なく水やビールをかけるので困った存在だ。
そして今年目立って増えたのがルクセンブルグの応援団。もちろん=(イコール)でレオパード・トレック応援団とも言えるが、今までコース上にバラバラに散在していた人たちが今年は団結した。ゴール1km手前の直線路の脇に勢ぞろいし、コース脇のカフェを占拠してバンド演奏のブースまで揃え、おなじみ白と水色にライオンの紋章の国旗とシュレク兄弟の旗をはためかせている。オランダ人よりはかなり上品だが、音楽もノリノリでかなり盛り上がっている。
ゴール2km手前のヘアピンコーナーの崖の斜面にはノルウェーの大応援団が陣取る。赤地に紺の十字の国旗をはためかせ、「トール!」「フースホフト!」の大合唱だ。フースホフトとボアッソンハーゲンのたった2名の出場で、この勢力は凄い。ステージ優勝を重ねるごとに観客の人数が増えた気がする。でも「ボアッソンハーゲン」の声が少ないのはちょっと寂しい気もする。
距離が短いならハードに攻めろ
かつて「ラルプ・デュエズを制するものは総合優勝を果たせない」というジンクスがあった。実際のところ、ツールの長い歴史でその年のラルプ・デュエズにおける区間優勝を果たした選手はほとんどその年の総合優勝を果たせなかった。この登りがあまりに苛酷であるため、そこで全力を出してしまうと後のステージで不利になるためだとも言われる。しかし近年ではランス・アームストロングとカルロス・サストレがラルプデュエズを制してなお総合優勝を果たし、このジンクスは薄れつつある。
総合を狙う有力候補たちは、この厳しいラルプデュエズを前に、ステージの距離が短すぎることで決定的なアタックがしにくいという声を挙げていた。いずれも距離が短すぎて差を生みにくく、大きなタイム差がつかないという意見だった。しかしステージをハードにするのも攻め方次第だ。
昨ステージ終了後、エヴァンスは「明日は今日と同じことがたくさん起きる。より短く、そして鋭くなって」と言い、アンディは「フルパワーでスタートして、フルパワーで走って、フルパワーでゴール!」と予想していた。
はたしてレースはその通り、早くから炎上した。14人がアタックを成功させた直後、上りが始まるとすぐにコンタドールがアタック。15km地点、ゴールまで95kmを残したテレグラフ峠‐ガリビエ峠に続く麓で、昨ステージのアンディよりももっと大胆なタイミングでコンタドールがギャンブルに出た。
コンタドールが見せた最後のギャンブル
昨ステージのガリビエ峠のラスト2kmで陥落したコンタドール。もはや総合優勝は不可能になり、総合上位へのカムバックを狙ったか、それともプライドをかけての走りか?
しかしこの一発逆転のギャンブルアタックは、トマ・ヴォクレールのマイヨジョーヌを守る役割から解き放たれたピエール・ロランによって破られることになる。
情熱的な走りを見せたコンタドールの、ステージを終えた表情は爽やかだ。「昨日、ベッドで自分に言い聞かせたんだ。”このまま痛みも栄光もなく、ただ集団にいるのか?”って。何もしないでレースを去るわけにはいかなかった。今日考えていたことはただひとつ。アタックすることだった」。
アタックをラルプデュエズまで待てばステージ優勝は可能だったのではないか?そしてタイム差をもっと返すこともできたのではないか?
そんな記者たちの疑問に対してコンタドールは応える。「もっと最後まで待ったほうが簡単だったかもしれない。今日の足の調子は良かったから。でももしそうしていても、今と同じようには満足できなかっただろう。僕はこのツールじゅう膝に問題を抱えてアタックをためらっていた。もし彼らに対してアタックしなかったら、今こうしてハッピーではいられなかったと思う。今日は楽しみたかったんだ。本当に信じられないぐらい楽しかった。たくさんの観客が応援してくれた。観客のみなさんが楽しんでくれたのなら、僕もハッピーだ」。
途中、コンタドールを追いかける「ドーピングドクター」が登場して並走しながら聴診器をあてようとするが、コンタドールはパンチを食らわしてこれを見事に撃退した。
そして敢闘賞の表彰を受けるときにはシュレク兄弟のサポーターたちからブーイングも受けた。これらのネガなシーンを除いて、コンタドールへ勇気あるアタックに対するラルプデュエズの声援は暖かく、大きかった。ツール3勝、グランツール6連勝の最強レーサーが最後の山岳ステージで見せたスーパーパフォーマンス。しかし得られたのはアンディらに対して返した34秒のタイム差だけ。
「僕には総合で5位になろうが24位になろうが関係ないんだ。正直に言うと、僕にとって総合優勝以外は意味がない」。そう語るコンタドールの2011年ツールはここで終わり。明日の個人タイムトライアルはもう必死に走る必要はなさそうだ。
パリの表彰台を目指すのか? そう訊かれてコンタドールは応える。「今は休みたい。すでにここまで信じられないぐらいのいい年にできたんだ」
ロランの勝利にフランスの期待が膨らむ
アタックしたコンタドールをサムエル・サンチェスと共に追ったピエール・ロランが、ラルプデュエズのラスト2kmでコンタドールを捉え、二人を振りきってステージ優勝を挙げた。
ヴォクレールがマイヨジョーヌを守ることが難しいと理解したフランス人観客たちも、それに代わる予期せぬフランス人の活躍に、驚きを込めて「マニフィーク!(素晴らしい)」を連発した。フランス人の間でも、ロランの名前はマニアックな自転車レースファンにしか認識されていない名前だ。
ロランはサムエル・サンチェスと共にコンタドールを追いながら、サンチェスの先頭交替のを要求を拒否し続けた。ロランの後ろにはマイヨジョーヌのキャプテンがいて、サンチェスはコンタドールの友人だからだ。その連盟はピネローロへゴールするステージでも実証されていたことを覚えていたからだ。「ふたりが同盟を組めば、いいようにあしらわれる」。
しかし、サンチェスを利用してコンタドールを追い詰め、残り1kmの最後の坂で二人を振りきったロランの賢い走りに、ベルノドー監督も大満足だ。
「ロランがサンチェスのプレッシャーに屈しなかったのは凄いことだ。彼は先頭に出なかった。そしてツール・ド・フランスの区間優勝以上のものを手に入れた。ラルプデュエズでの勝利という偉業を。素晴らしい、素晴らしいモニュメントだ」。
ロランの勝利はこのツールで初めてのフランス人によるステージ優勝。そして1986年のベルナール・イノーの勝利以来のフランス人のラルプデュエズでの勝利だ。数ある山岳ステージの中でも、この山頂での勝利は特別なもの。ピエール・ロランの名前はプレートに刻まれ、ラルプデュエズの21のカーブのひとつに取り付けられることになる。
ロランはマイヨジョーヌを着たチームキャプテン、ヴォクレールのためのアシストを2週間に渡ってこなし、山岳ステージではマイヨを死守する働きを続けてきた。今日はその役割を解かれ、自らのステージ優勝と新人賞を目指して走ることが許された。
その指示を出したのはヴォクレール自身。走りながらロランにアタックを許したという。
ロランは言う「ガリビエの登りでトマが僕に言ったんだ。"チャンスをつかめ。僕のことは気にするな"と」。このときあらためて彼が偉大なチャンピオンだとわかった。僕に"ベストなタイミングで行け"と言えるくらいなんだよ」。
ロランは2007年にクレディアグリコルでプロ入り。プロ入り2年目の2008年にドーフィネリベレ(現クリテリウムドーフィネ)で山岳賞を獲得したことで、ステージレースで活躍できる次期人材として一気に注目を浴びる。2009年からジャン=ルネ・ベルノドー率いる現在のチームに移籍。3年連続ツールメンバーになっている。ツール最高位は初出場の2009年の総合21位。
まだ24歳の若さだが、19歳で「フランスの新星」と呼ばれるようになってから早や5シーズン目。しかし近年勝利には恵まれていなかった。
このフランスの星は、ツール5勝の英雄ベルナール・イノーに続くツールで総合優勝を争うオールラウンダーになることを期待されている。しかし24歳の若者は慎重だ。いや、期待されることに慣れているのかもしれない。
「僕はまだ自分のベストの年がこの先10年にわたって待っていることを知っている。僕はただ、あとで後悔しないようにしたい。成功できるように出来る限りのことをするつもりだよ」。
次期ベルナール・イノー?
ベルナール・イノーがここで勝った最後のフランス人だということを知っているよ。その1986年は、僕が生まれた年なんだ。だからその場面は(ライブでは)観ていない。とても誇りに思う。僕自身、次のベルナール・イノーだと振舞うつもりはないよ。それは貴方たちジャーナリストの皆さんが言うことで、僕が言うことじゃない」。
ツール・ド・フランス公式プログラムのチーム紹介文で、ベルナール・イノーはロランについて次のように記している。「ピエール・ロランは今年こそ見せ場を作って、将来のある選手だという印象を残さなくてはならない。そのただひとつの方法はアタックすることだ。打ちのめされても何も批判はされないが、もし何もしないで終われば批判されることになるだろう!」
イノーのこの挑発的な激励に、それ以上の結果で応えたロラン。マイヨブランをシャンゼリゼまで守れれば申し分ないが、しかし個人タイムトライアルに大いなる弱点を抱える。救いはグルノーブルでの個人TTのコースが変化に富み、スペシャリスト向きとは言えないことだ。
落ち着いていたアンディ エヴァンスとの57秒差は大きい?小さい?
コンタドールのアタックに落ち着いて対処し、大きなタイム差を許さなかったアンディ。むしろ総合優勝を争う上の最大のライバルであるエヴァンスを徹底的にマークし、エヴァンスが最後の上りで鋭くアタックしてもそれを逃さなかった。
アンディは言う「このステージは特に恐れていなかった。昨日は強風の中で長い逃げを打ったけど、エネルギーはたっぷり残っていた。僕と近いタイム差のライバルたちも同じ仕事をしていた。彼らも僕以上にそれを警戒していたね。今日山で強かったなら、明日も強いよ」。
エヴァンスとのタイム差は57秒。これは果たして多いのか、少ないのか?
タイムトライアルのスペシャリストのひとりであるエヴァンス。しかし個人タイムトライアルのコースはTTスペシャリスト向きではなく、アップダウンに富んだオールラウンダー向き。アンディはそのグルノーブルのコースを走ったことがないが、エヴァンスは6月のクリテリウムドーフィネで走っている。優勝したトニ・マルティンに対し、1分20秒遅れの6位。
エヴァンス有利という声が強いが、アンディはマイヨジョーヌを守ることに自信をのぞかせる。
「マイヨジョーヌを守れると信じている。すごく調子がいい。そしてコースの特徴は真のスペシリスト向きでない。そしてエネルギーをより残している者が有利だ。僕にはそれがある。誰もがコースは僕向きだと言うんだ。だからそれを信じるよ。そしてすごいパフォーマンスを見せられることを願ってる」。
パリの勝者は誰だ? その質問に対してベルナール・イノーは応える。
57秒はとても少ない差だ。カデル・エヴァンスはいつも至高のタイムトライルライダーであることを証明してきた。しかしこの差ではどちらが勝つか判断がつかないのが本当のところだ。明日どうなるかを待つしかないだろう。
グルノーブルを訪れて現地観戦する予定のアームストロングはTwitterでこう綴る。「たくさん訊かれるけど、明日どうなるかは分からない。3人(アンディ、フランク、エヴァンス)が総合を争う。新聞などではカデルがやるだろうとの話だが、アンディの昨年のTTを忘れてはいけない。すごかったし、彼は明日イエローを着ている。それは数秒以上の意味(有利になる)があるよ」
「短い41km。そして雨の予報が70%。それが大きく影響するね」。
text:Makoto AYANO in France
photo:Makoto AYANO, CorVos
各国ナショナリズム全開の21のコーナー
ガリビエ峠を前日とは逆からのアプローチで登る第19ステージ。テレグラフ峠を経てガリビエ峠を登るルートにはトンネルも登場。そしてラルプデュエズでアルプスのフィナーレを迎える。
ツールの名物山岳ラルプ・デュエズがゴールを迎えるのは今年で27回目。平均勾配7.9%の登りと合計21のコーナーを経て標高1850mのスキーリゾート地に至るこの道は、毎年世界中から多くの観客を集める。そして近年流行しているのが、観客たちが国籍ごとに固まって自国の選手を応援するスタイルだ。
オレンジに染まる有名な「オランダコーナー」。さきがけ(?)のオランダ人たちはゴール6kmほど手前のコーナーに数百人(おそらく500人はいる)で陣取り、路面をオレンジのペンキでペイント(今年新登場)。前夜からロックンロール全開で騒ぎまくっていた。
オランダはラボバンクとヴァカンソレイユの2チームを出している一大勢力でもある。
しかしこのオランダ人、ちょっと悪ノリともいえるワイルドな騒ぎ方で、通行するプレスやキャラバンにも容赦なく水やビールをかけるので困った存在だ。
そして今年目立って増えたのがルクセンブルグの応援団。もちろん=(イコール)でレオパード・トレック応援団とも言えるが、今までコース上にバラバラに散在していた人たちが今年は団結した。ゴール1km手前の直線路の脇に勢ぞろいし、コース脇のカフェを占拠してバンド演奏のブースまで揃え、おなじみ白と水色にライオンの紋章の国旗とシュレク兄弟の旗をはためかせている。オランダ人よりはかなり上品だが、音楽もノリノリでかなり盛り上がっている。
ゴール2km手前のヘアピンコーナーの崖の斜面にはノルウェーの大応援団が陣取る。赤地に紺の十字の国旗をはためかせ、「トール!」「フースホフト!」の大合唱だ。フースホフトとボアッソンハーゲンのたった2名の出場で、この勢力は凄い。ステージ優勝を重ねるごとに観客の人数が増えた気がする。でも「ボアッソンハーゲン」の声が少ないのはちょっと寂しい気もする。
距離が短いならハードに攻めろ
かつて「ラルプ・デュエズを制するものは総合優勝を果たせない」というジンクスがあった。実際のところ、ツールの長い歴史でその年のラルプ・デュエズにおける区間優勝を果たした選手はほとんどその年の総合優勝を果たせなかった。この登りがあまりに苛酷であるため、そこで全力を出してしまうと後のステージで不利になるためだとも言われる。しかし近年ではランス・アームストロングとカルロス・サストレがラルプデュエズを制してなお総合優勝を果たし、このジンクスは薄れつつある。
総合を狙う有力候補たちは、この厳しいラルプデュエズを前に、ステージの距離が短すぎることで決定的なアタックがしにくいという声を挙げていた。いずれも距離が短すぎて差を生みにくく、大きなタイム差がつかないという意見だった。しかしステージをハードにするのも攻め方次第だ。
昨ステージ終了後、エヴァンスは「明日は今日と同じことがたくさん起きる。より短く、そして鋭くなって」と言い、アンディは「フルパワーでスタートして、フルパワーで走って、フルパワーでゴール!」と予想していた。
はたしてレースはその通り、早くから炎上した。14人がアタックを成功させた直後、上りが始まるとすぐにコンタドールがアタック。15km地点、ゴールまで95kmを残したテレグラフ峠‐ガリビエ峠に続く麓で、昨ステージのアンディよりももっと大胆なタイミングでコンタドールがギャンブルに出た。
コンタドールが見せた最後のギャンブル
昨ステージのガリビエ峠のラスト2kmで陥落したコンタドール。もはや総合優勝は不可能になり、総合上位へのカムバックを狙ったか、それともプライドをかけての走りか?
しかしこの一発逆転のギャンブルアタックは、トマ・ヴォクレールのマイヨジョーヌを守る役割から解き放たれたピエール・ロランによって破られることになる。
情熱的な走りを見せたコンタドールの、ステージを終えた表情は爽やかだ。「昨日、ベッドで自分に言い聞かせたんだ。”このまま痛みも栄光もなく、ただ集団にいるのか?”って。何もしないでレースを去るわけにはいかなかった。今日考えていたことはただひとつ。アタックすることだった」。
アタックをラルプデュエズまで待てばステージ優勝は可能だったのではないか?そしてタイム差をもっと返すこともできたのではないか?
そんな記者たちの疑問に対してコンタドールは応える。「もっと最後まで待ったほうが簡単だったかもしれない。今日の足の調子は良かったから。でももしそうしていても、今と同じようには満足できなかっただろう。僕はこのツールじゅう膝に問題を抱えてアタックをためらっていた。もし彼らに対してアタックしなかったら、今こうしてハッピーではいられなかったと思う。今日は楽しみたかったんだ。本当に信じられないぐらい楽しかった。たくさんの観客が応援してくれた。観客のみなさんが楽しんでくれたのなら、僕もハッピーだ」。
途中、コンタドールを追いかける「ドーピングドクター」が登場して並走しながら聴診器をあてようとするが、コンタドールはパンチを食らわしてこれを見事に撃退した。
そして敢闘賞の表彰を受けるときにはシュレク兄弟のサポーターたちからブーイングも受けた。これらのネガなシーンを除いて、コンタドールへ勇気あるアタックに対するラルプデュエズの声援は暖かく、大きかった。ツール3勝、グランツール6連勝の最強レーサーが最後の山岳ステージで見せたスーパーパフォーマンス。しかし得られたのはアンディらに対して返した34秒のタイム差だけ。
「僕には総合で5位になろうが24位になろうが関係ないんだ。正直に言うと、僕にとって総合優勝以外は意味がない」。そう語るコンタドールの2011年ツールはここで終わり。明日の個人タイムトライアルはもう必死に走る必要はなさそうだ。
パリの表彰台を目指すのか? そう訊かれてコンタドールは応える。「今は休みたい。すでにここまで信じられないぐらいのいい年にできたんだ」
ロランの勝利にフランスの期待が膨らむ
アタックしたコンタドールをサムエル・サンチェスと共に追ったピエール・ロランが、ラルプデュエズのラスト2kmでコンタドールを捉え、二人を振りきってステージ優勝を挙げた。
ヴォクレールがマイヨジョーヌを守ることが難しいと理解したフランス人観客たちも、それに代わる予期せぬフランス人の活躍に、驚きを込めて「マニフィーク!(素晴らしい)」を連発した。フランス人の間でも、ロランの名前はマニアックな自転車レースファンにしか認識されていない名前だ。
ロランはサムエル・サンチェスと共にコンタドールを追いながら、サンチェスの先頭交替のを要求を拒否し続けた。ロランの後ろにはマイヨジョーヌのキャプテンがいて、サンチェスはコンタドールの友人だからだ。その連盟はピネローロへゴールするステージでも実証されていたことを覚えていたからだ。「ふたりが同盟を組めば、いいようにあしらわれる」。
しかし、サンチェスを利用してコンタドールを追い詰め、残り1kmの最後の坂で二人を振りきったロランの賢い走りに、ベルノドー監督も大満足だ。
「ロランがサンチェスのプレッシャーに屈しなかったのは凄いことだ。彼は先頭に出なかった。そしてツール・ド・フランスの区間優勝以上のものを手に入れた。ラルプデュエズでの勝利という偉業を。素晴らしい、素晴らしいモニュメントだ」。
ロランの勝利はこのツールで初めてのフランス人によるステージ優勝。そして1986年のベルナール・イノーの勝利以来のフランス人のラルプデュエズでの勝利だ。数ある山岳ステージの中でも、この山頂での勝利は特別なもの。ピエール・ロランの名前はプレートに刻まれ、ラルプデュエズの21のカーブのひとつに取り付けられることになる。
ロランはマイヨジョーヌを着たチームキャプテン、ヴォクレールのためのアシストを2週間に渡ってこなし、山岳ステージではマイヨを死守する働きを続けてきた。今日はその役割を解かれ、自らのステージ優勝と新人賞を目指して走ることが許された。
その指示を出したのはヴォクレール自身。走りながらロランにアタックを許したという。
ロランは言う「ガリビエの登りでトマが僕に言ったんだ。"チャンスをつかめ。僕のことは気にするな"と」。このときあらためて彼が偉大なチャンピオンだとわかった。僕に"ベストなタイミングで行け"と言えるくらいなんだよ」。
ロランは2007年にクレディアグリコルでプロ入り。プロ入り2年目の2008年にドーフィネリベレ(現クリテリウムドーフィネ)で山岳賞を獲得したことで、ステージレースで活躍できる次期人材として一気に注目を浴びる。2009年からジャン=ルネ・ベルノドー率いる現在のチームに移籍。3年連続ツールメンバーになっている。ツール最高位は初出場の2009年の総合21位。
まだ24歳の若さだが、19歳で「フランスの新星」と呼ばれるようになってから早や5シーズン目。しかし近年勝利には恵まれていなかった。
このフランスの星は、ツール5勝の英雄ベルナール・イノーに続くツールで総合優勝を争うオールラウンダーになることを期待されている。しかし24歳の若者は慎重だ。いや、期待されることに慣れているのかもしれない。
「僕はまだ自分のベストの年がこの先10年にわたって待っていることを知っている。僕はただ、あとで後悔しないようにしたい。成功できるように出来る限りのことをするつもりだよ」。
次期ベルナール・イノー?
ベルナール・イノーがここで勝った最後のフランス人だということを知っているよ。その1986年は、僕が生まれた年なんだ。だからその場面は(ライブでは)観ていない。とても誇りに思う。僕自身、次のベルナール・イノーだと振舞うつもりはないよ。それは貴方たちジャーナリストの皆さんが言うことで、僕が言うことじゃない」。
ツール・ド・フランス公式プログラムのチーム紹介文で、ベルナール・イノーはロランについて次のように記している。「ピエール・ロランは今年こそ見せ場を作って、将来のある選手だという印象を残さなくてはならない。そのただひとつの方法はアタックすることだ。打ちのめされても何も批判はされないが、もし何もしないで終われば批判されることになるだろう!」
イノーのこの挑発的な激励に、それ以上の結果で応えたロラン。マイヨブランをシャンゼリゼまで守れれば申し分ないが、しかし個人タイムトライアルに大いなる弱点を抱える。救いはグルノーブルでの個人TTのコースが変化に富み、スペシャリスト向きとは言えないことだ。
落ち着いていたアンディ エヴァンスとの57秒差は大きい?小さい?
コンタドールのアタックに落ち着いて対処し、大きなタイム差を許さなかったアンディ。むしろ総合優勝を争う上の最大のライバルであるエヴァンスを徹底的にマークし、エヴァンスが最後の上りで鋭くアタックしてもそれを逃さなかった。
アンディは言う「このステージは特に恐れていなかった。昨日は強風の中で長い逃げを打ったけど、エネルギーはたっぷり残っていた。僕と近いタイム差のライバルたちも同じ仕事をしていた。彼らも僕以上にそれを警戒していたね。今日山で強かったなら、明日も強いよ」。
エヴァンスとのタイム差は57秒。これは果たして多いのか、少ないのか?
タイムトライアルのスペシャリストのひとりであるエヴァンス。しかし個人タイムトライアルのコースはTTスペシャリスト向きではなく、アップダウンに富んだオールラウンダー向き。アンディはそのグルノーブルのコースを走ったことがないが、エヴァンスは6月のクリテリウムドーフィネで走っている。優勝したトニ・マルティンに対し、1分20秒遅れの6位。
エヴァンス有利という声が強いが、アンディはマイヨジョーヌを守ることに自信をのぞかせる。
「マイヨジョーヌを守れると信じている。すごく調子がいい。そしてコースの特徴は真のスペシリスト向きでない。そしてエネルギーをより残している者が有利だ。僕にはそれがある。誰もがコースは僕向きだと言うんだ。だからそれを信じるよ。そしてすごいパフォーマンスを見せられることを願ってる」。
パリの勝者は誰だ? その質問に対してベルナール・イノーは応える。
57秒はとても少ない差だ。カデル・エヴァンスはいつも至高のタイムトライルライダーであることを証明してきた。しかしこの差ではどちらが勝つか判断がつかないのが本当のところだ。明日どうなるかを待つしかないだろう。
グルノーブルを訪れて現地観戦する予定のアームストロングはTwitterでこう綴る。「たくさん訊かれるけど、明日どうなるかは分からない。3人(アンディ、フランク、エヴァンス)が総合を争う。新聞などではカデルがやるだろうとの話だが、アンディの昨年のTTを忘れてはいけない。すごかったし、彼は明日イエローを着ている。それは数秒以上の意味(有利になる)があるよ」
「短い41km。そして雨の予報が70%。それが大きく影響するね」。
text:Makoto AYANO in France
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