2011/05/23(月) - 17:40
イタリア語で「ステージ」は「タッパ」。大会の中で最も厳しいステージのことを「タッポーネ」と呼ぶ。ジロ第94回大会のタッポーネは間違いなくこの第15ステージ。ここ数十年のグランツールを見渡しても、これほど厳しいステージは見当たらないと思う。
1級山岳ピアンカヴァッロ、2級山岳フォルチェッラ・チビアーナ、チーマコッピ(大会最標高地点)ジャウ峠、1級山岳フェダイア峠、そして1級山岳ガルデッチャの頂上ゴール・・・。しかも距離は229km。聞くだけで吐き気がしそうなほど厳しい。
累積標高6320mは、どの選手にとっても未知の世界だ。繰り返しになるけど、グランツールの中で累積標高が5000mを超えるステージは稀。しかも前々日にオーストリアのグロースグロックナーを登り、前日に悪天候のモンテ・ゾンコランを登っている。疲労がピークに達している中でのタッポーネは難易度が5つ星では足りない。
ただでさえスタート時間が早いのに、悪天候による平均スピードの低下を懸念してスタート時間が25分早められた。前日のゾンコランのゴール後に約2時間かけてホテルに移動した選手は、朝10時のスタートに合わせてコネリアーノに到着。スケジュール的にもタイトな状態が続く。
前日に引き続いて36x28Tを備えたバイクで登場した別府史之(レディオシャック)。「人生で一番キツいコース」を前に、前日に思い浮かんだという言葉「道は永遠に続くけど、山道は永遠には続かない。進み続ければいずれ頂上に到着する」を歯切れよく発する。
「でも今日は最初から1級山岳なのでかなり厳しいです。チーマコッピのジャウ峠までは集団に残りたい」。
晴れ渡るコネリアーノをスタートした一行を見送り、山間部に向かってクルマを走らせた。当初は、前半の1級山岳山岳や、あわよくばチーマコッピのジャウ峠で撮影してからゴール地点ガルデッチャに向かう予定だったが、日曜日なので山間部の交通量が多い。(フミのコメントも取りたいので)確実にゴールに到着するために、美しい山岳写真を諦めざるをえなかった。
1級山岳フェダイア峠の手前でコースイン。聖地への巡礼のように頂上を目指すサイクリストたちをかき分け、急勾配の登りを進む。前日に引き続いて天候は気まぐれで、冷たい雨が降ったかと思うと、青空が広がって太陽が照らす。
ドロミテの山岳は独特だ。アルプスやピレネーとは様相が異なる。垂直の岩壁が空に向かってそそり立つ。馴染みのないダイナミックな光景に遠近感を失ってしまい、着色した発泡スチロールに粉砂糖をふりかけたハリボテに見えたりする。絵に描いたような山が続くので、ファンタジー映画の中に迷い込んだよう。
山間のヴァル・ディ・ファッサから、シャトルバスに乗ってガルデッチャのゴール地点を目指す。ガルデッチャは冬の間はスキー場として営業していて、イタリア代表チームの指定トレーニングコースだと、沿道の看板は誇らしげに謳っている。
標高1948mのゴール地点は、切り立った山に囲まれた谷に位置していた。登ってきた谷の方面を除いて、270度を山並みに囲まれている。
選手たちの到着までかなり時間があったので、山小屋に置かれたプレスセンターで写真の整理をしていると、ポツポツと雨粒が落ちてくる音がした。やがて雨は本降りになり、あたりが暗くなる。ゴール地点の大型スクリーンに見入っていた観客たちが一目散に軒下に隠れる。
しかも落ちているのは液体だけじゃない。白い固体の物体、霰(あられ)混じりの雨だ。雷も鳴り出して、風も強くなる。前日のゾンコランに続いて嵐のゴールの予感。
雨支度をしてコースに出た。冷たい雨に震える観客たちと話しながら、全身びしょぬれになりながら選手たちを待つ。すると山の向こうに青い空が覗き始めた。先頭のミケル・ニエベ(スペイン、エウスカルテル)が到着するころには、雨はすっかり上がっていた。
苦しい表情も見せず、血色の悪い(まるでゾンビのような)無表情でひたすらゴールを目指す選手たち。すでに累積標高6000mを登っているのに、最後に勾配のキツいガルデッチャ。しかもラスト100mが未舗装の砂利道。ゴールラインを切っても喜ぶような選手はいない。みんな表情を作る気力もないようなフラフラの状態で、スタッフに押されてゴールを去る。
優勝したニエベのタイムは7時間27分14秒。タイムアウトのリミットは15%オーバーなので、単純計算で67分以内にゴールすれば完走扱いだ。
フミは30分待ってもやってこない。ちょうどタイム表示が40分に向かっている頃、リッチー・ポルト(オーストラリア、サクソバンク・サンガード)と一緒に砂利道を登るフミの姿が目に入った。
ゴール後、チームスタッフに押されて着替え用のテントに向かうフミ。タイムは39分59秒遅れ。フミは8時間以上もサドルの上で過ごしたことになる。298kmの世界最長コースで行なわれるミラノ〜サンレモでもレース時間は7時間前後。フミは8時間以上かけて、悪天候の中、累積標高6320m、全長229kmのコースを走りきった。
どの選手も「人生で一番きついレースだった」と口を揃える。下山の準備を終えてテントを出てきたフミもそれに同意する。「自分のキャリアの中で一番厳しい経験をした一日だった」。
「今日はグランツールで誰もが経験するバッドデーだった。昨日まで調子は良かったのに、今日は脚が回らなかった。運悪く、その日が、今日という一番キツいステージにあたってしまった。序盤からきつくて、最初の1級山岳から千切れたり合流したりを繰り返していた」と言う。表情は明るいが、目は疲れ切っている。
「でもイタリアの観客の声援が暖かくて驚きました。周りには(昨年マリアローザを着た)ポルトもいたのに、みんな『ベップー!ベップー!』と名前を呼んでくれた。それが力になりました。」
調子を落としてしまったとは言え、とにかくフミはジロの最大の山場を乗り切った。休息日を挟んで、ジロは最終週に突入する。レディオシャックのスプリンター三人衆(マキュアン、ハンター、カルドソ)はすでにレースを去っている。
最終週の抱負を聞くために、今からレディオシャックのホテルに行ってきます。
text&photo:Kei Tsuji in Val di Fassa, Italy
1級山岳ピアンカヴァッロ、2級山岳フォルチェッラ・チビアーナ、チーマコッピ(大会最標高地点)ジャウ峠、1級山岳フェダイア峠、そして1級山岳ガルデッチャの頂上ゴール・・・。しかも距離は229km。聞くだけで吐き気がしそうなほど厳しい。
累積標高6320mは、どの選手にとっても未知の世界だ。繰り返しになるけど、グランツールの中で累積標高が5000mを超えるステージは稀。しかも前々日にオーストリアのグロースグロックナーを登り、前日に悪天候のモンテ・ゾンコランを登っている。疲労がピークに達している中でのタッポーネは難易度が5つ星では足りない。
ただでさえスタート時間が早いのに、悪天候による平均スピードの低下を懸念してスタート時間が25分早められた。前日のゾンコランのゴール後に約2時間かけてホテルに移動した選手は、朝10時のスタートに合わせてコネリアーノに到着。スケジュール的にもタイトな状態が続く。
前日に引き続いて36x28Tを備えたバイクで登場した別府史之(レディオシャック)。「人生で一番キツいコース」を前に、前日に思い浮かんだという言葉「道は永遠に続くけど、山道は永遠には続かない。進み続ければいずれ頂上に到着する」を歯切れよく発する。
「でも今日は最初から1級山岳なのでかなり厳しいです。チーマコッピのジャウ峠までは集団に残りたい」。
晴れ渡るコネリアーノをスタートした一行を見送り、山間部に向かってクルマを走らせた。当初は、前半の1級山岳山岳や、あわよくばチーマコッピのジャウ峠で撮影してからゴール地点ガルデッチャに向かう予定だったが、日曜日なので山間部の交通量が多い。(フミのコメントも取りたいので)確実にゴールに到着するために、美しい山岳写真を諦めざるをえなかった。
1級山岳フェダイア峠の手前でコースイン。聖地への巡礼のように頂上を目指すサイクリストたちをかき分け、急勾配の登りを進む。前日に引き続いて天候は気まぐれで、冷たい雨が降ったかと思うと、青空が広がって太陽が照らす。
ドロミテの山岳は独特だ。アルプスやピレネーとは様相が異なる。垂直の岩壁が空に向かってそそり立つ。馴染みのないダイナミックな光景に遠近感を失ってしまい、着色した発泡スチロールに粉砂糖をふりかけたハリボテに見えたりする。絵に描いたような山が続くので、ファンタジー映画の中に迷い込んだよう。
山間のヴァル・ディ・ファッサから、シャトルバスに乗ってガルデッチャのゴール地点を目指す。ガルデッチャは冬の間はスキー場として営業していて、イタリア代表チームの指定トレーニングコースだと、沿道の看板は誇らしげに謳っている。
標高1948mのゴール地点は、切り立った山に囲まれた谷に位置していた。登ってきた谷の方面を除いて、270度を山並みに囲まれている。
選手たちの到着までかなり時間があったので、山小屋に置かれたプレスセンターで写真の整理をしていると、ポツポツと雨粒が落ちてくる音がした。やがて雨は本降りになり、あたりが暗くなる。ゴール地点の大型スクリーンに見入っていた観客たちが一目散に軒下に隠れる。
しかも落ちているのは液体だけじゃない。白い固体の物体、霰(あられ)混じりの雨だ。雷も鳴り出して、風も強くなる。前日のゾンコランに続いて嵐のゴールの予感。
雨支度をしてコースに出た。冷たい雨に震える観客たちと話しながら、全身びしょぬれになりながら選手たちを待つ。すると山の向こうに青い空が覗き始めた。先頭のミケル・ニエベ(スペイン、エウスカルテル)が到着するころには、雨はすっかり上がっていた。
苦しい表情も見せず、血色の悪い(まるでゾンビのような)無表情でひたすらゴールを目指す選手たち。すでに累積標高6000mを登っているのに、最後に勾配のキツいガルデッチャ。しかもラスト100mが未舗装の砂利道。ゴールラインを切っても喜ぶような選手はいない。みんな表情を作る気力もないようなフラフラの状態で、スタッフに押されてゴールを去る。
優勝したニエベのタイムは7時間27分14秒。タイムアウトのリミットは15%オーバーなので、単純計算で67分以内にゴールすれば完走扱いだ。
フミは30分待ってもやってこない。ちょうどタイム表示が40分に向かっている頃、リッチー・ポルト(オーストラリア、サクソバンク・サンガード)と一緒に砂利道を登るフミの姿が目に入った。
ゴール後、チームスタッフに押されて着替え用のテントに向かうフミ。タイムは39分59秒遅れ。フミは8時間以上もサドルの上で過ごしたことになる。298kmの世界最長コースで行なわれるミラノ〜サンレモでもレース時間は7時間前後。フミは8時間以上かけて、悪天候の中、累積標高6320m、全長229kmのコースを走りきった。
どの選手も「人生で一番きついレースだった」と口を揃える。下山の準備を終えてテントを出てきたフミもそれに同意する。「自分のキャリアの中で一番厳しい経験をした一日だった」。
「今日はグランツールで誰もが経験するバッドデーだった。昨日まで調子は良かったのに、今日は脚が回らなかった。運悪く、その日が、今日という一番キツいステージにあたってしまった。序盤からきつくて、最初の1級山岳から千切れたり合流したりを繰り返していた」と言う。表情は明るいが、目は疲れ切っている。
「でもイタリアの観客の声援が暖かくて驚きました。周りには(昨年マリアローザを着た)ポルトもいたのに、みんな『ベップー!ベップー!』と名前を呼んでくれた。それが力になりました。」
調子を落としてしまったとは言え、とにかくフミはジロの最大の山場を乗り切った。休息日を挟んで、ジロは最終週に突入する。レディオシャックのスプリンター三人衆(マキュアン、ハンター、カルドソ)はすでにレースを去っている。
最終週の抱負を聞くために、今からレディオシャックのホテルに行ってきます。
text&photo:Kei Tsuji in Val di Fassa, Italy
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