2011/04/05(火) - 04:11
優勝候補には挙げられていなかったニック・ナイエンスの驚きの勝利。不調とトラブルを抱え、自分の日ではないと感じていたが、ナイエンスは諦めなかった。絶対的優勝候補と言われたファビアン・カンチェラーラは3位。壮絶な走りの末の敗北だが、表彰台の一角を勝ち取ったことに満足だという。レース後のふたりのコメントから。
ニック・ナイエンス(サクソバンク・サンガード) 勝利記者会見にて
今日は「僕の日」じゃなかった。いつもクラッシュの起こる後方にいて、自分も落車した。そのとき、たぶん時速7kmぐらいで走っていた。誰かが(バリアの)ポールに引っかかって落車が起こって、僕もペダルから脚を外せずに落車したんだ。痛くなかったけど、停まったことで自分のレースはもう終わったと思った。
幸いデヴォルデルらもクワレモントで取り残されていたので、彼の働きもあってコッペンベルグまでには先頭に追いつくことができた。
でも引き続きシューズの問題を抱えていた。クリートがずれてしまい、残り70kmをその状態で走ることになった。大きな問題に見えなくても、やっかいな問題だ。直す時間はなかったから、このまま行くしか無いと自分に言い聞かせたんだ。
「ネバー・ギブアップ」。その言葉のとおり諦めずに走り続けた。昨年、僕はロンドをリタイヤしている。200kmすぎでバイクを降り、コース脇に立ってチームカーの乗るのをただ待った。それはキャリアの中でももっとも厳しい時だった。そのときのことが頭をよぎった。
-- (カンチェラーラが残り40km以上あるところで勝負に出たときどう思った?と聞かれて)
カンチェラーラがいったとき、「ウワーォ、まさか」と思った。なぜならまだ勝負どころの序章で易しいパートにすぎなかったし、逃げてひとりになるにはゴールまで遠すぎると思った。もしあのまま逃げ切れたなら、彼のことを天才と呼ばなくてはいけない。
レースが振出しに戻ってからは、12人の誰もが勝てるチャンスがあったと思う。皆が限界の状態で走っていた。ラスト4kmでカンチェラーラが飛びだしたときすぐに追えたのは良かったと言われたけど、追いつくまであとたった5mの差を詰めるのに、100mかかるほど苦労したんだ。
僕は今日一番強くはなかったが、勝てた。こんなところが自転車競技の面白いところだ。
-- (スプリントについて)
レース前、父に「カンチェラーラとのスプリントならお前が勝てる。お前のほうが速い」と言われた。父は僕のほうが速いと信じていた。でもシャヴァネルのスプリントの強さがどれくらいなのかは知らなかった。青いもの(クイックステップのジャージ)が背後に迫るのを感じ、「ホステのデジャヴ」が頭をよぎった。
バリア寄りのラインを取って、そのまま行けと自分に言い聞かせていた。シフトアップして、まだダッシュできると感じた。ラスト50mが長かったことといったら!
-- 2年の不振シーズンを過ごしての勝利だけれど、批判を見返したという気持ちはある?
これは別に僕に対しての批判へのリベンジじゃない。今まで毎年のようにいくつかのレースに勝ってきた。でも今年、素晴らしい2つのレースでの勝利を挙げられるとは思ってもみなかった。そしてロンドに勝つことは本当に特別だ。
-- ロンドのどんなところが特別だと?
ほら、こんなにもたくさん記者がいる(笑)。セミクラシックも大事だ。とくにベルギーではことさらに。ここでは他の選手達の誰もが勝ちたがっているから。
-- これはレオパード・トレックに対するリベンジだという声がチームにあったのでは?
チームはそのようなことを一言も言っていない。レオパードに対するレースではなかったし、カンチェラーラに対するレースでもなかった。誰もそんな話はしていないよ。
-- (サクソバンクについて)
サクソバンクに移籍したのは、リースから僕の代理人に声がかかったから。お金(契約金)の話はなかった。「君と一緒に仕事がしたい」と言ってくれた。
説明するのは難しいけれど...。たくさんの言葉をもらうわけじゃないが、リースの言葉は自信を与えてくれる。トレーニングキャンプのときにかけてもらったひとことが、自信になっている。チームの哲学が好きだ。正しい選択をしたと思う。サクソバンクとの契約は、新しいスタートのように思える。
(ベルギー以外の)外国で多く走るのは、天候の良さを好むため。僕の身体は太陽のもとでよく動く。開幕からベルギーのレースを多く走っていないのはフレッシュな身体を保つためだった。でも僕の思いは常にベルギーのレースにある。小さな子どもがアイスクリームを欲しがるみたいに、ベルギーでレースを走りたいと思っている。
-- 今後のレースは?
パリ~ルーベは走らない。埃に対するアレルギーがあるから。このあとはアムステルゴールドレースに出る。
ファビアン・カンチェラーラ(レオパード・トレック) TVインタビューにて
-- (絶対優勝候補のスーパーマンに何が起こったのか?)
何が起こったかって? スーパーマンも弱さを見せることがあるってこと。優勝候補のなかの優勝候補だと言われ、すべての動きを見られ、すべての選手が挑んできた。出来ること全てをやったし、素晴らしいレースができたことに満足している。
--(ラスト4kmを残したアタックは早すぎたのではないか?)
いつでもメールベケ(ゴール地点ニノーヴの別名)に一人でゴールすることを夢見ている。あのアタックは、その時が”スペシャルな瞬間”だと信じたから。しかしシャヴァネルがいて、ニック(ナイエンス)がいた。
最後まで闘って、諦めないことを示せた。この3位の表彰台には満足だ。決して不満を感じてはいない。失望していない。素晴らしいレースをしたと思っている。そのことには満足だ。
とにかく変な一日だった。レースはどこか変だった。コースは新しく(変わっていて)、結局雨は降らなかったし、しまいには夏のような暑さになった。それらすべてが僕らに対して挑んできたようなレースだった。チームは出来る限りの最大限のことをやってくれた。僕もできるすべてをやった。
-- (シャヴァネルについて)
シャヴァネルと逃げているときは、彼を引き離して勝とうと思っていた。それができると思っていたけれど、BMCが狂ったように引いていると知らされた。
ミュールの登り口で脚を痙攣させてしまい、シャヴァネルにはスーパーじゃないところを知られてしまった。彼に握手をして、ありがとう、幸運を祈ると言った。
もしシャヴァネルも一緒になって引いてくれたら、彼とは優勝と2位をかけたレースができたはずだ。
彼は最後に2位になった。ミュールの後もあのメンバーの中から抜け出せたんだ。もし最初から自分のために協調してくれたなら、彼が2位になれたと思う。
-- (ラスト30kmでボトルを失い、他のチームのソワニエに対してボトルを要求したがもらえなかったこと。それが脚の痙攣を引き起こしたのでは?)
石畳でボトルを無くしてしまったが、それは言い訳にならない。あの状況でボトルを失って、残りの1本にはわずかしか水が残っていなかった。SRM(コンピュータ)もどこかへ飛んで無くしていた。あの夏のような暑さのなかで...。
他のチームのソワニエたちにボトルを要求したが、きっと自分のチームの選手を探していたから見えなかったんだろう(もらえなかった皮肉を込めて)。
チームは完璧な仕事をしてくれたけれど、チームカーが上がってくるのが少し遅かった。水がほんの少しでも欲しかった。昨日、たっぷり水を飲んではいたけれど、状況は悪い方に、悪い方に変わった。
-- (最後に12人に絞られて)
残り10km、ミュールの後、ジルベールがアタックしてきた。バッランがいて、ルークマンスとシャヴァネルが一緒になった。残りの選手も追いついてきて、突然「宝くじ」状態になった。誰もが勝つことも負けることもできる状態だ...。優勝候補のスーパーマンでも、弱みを見せれば負けることになる。
しかしまだ勝てる見込みはあると思っていた。しかし問題は彼らが僕の勝ちかたを知っているということだった。やすやすと逃がしてはくれなかった。でもラスト3.5kmでアタックして、この3位を勝ち取るために最大限のことを示せた。
シャヴァネルは自分のレースをしたと思う。ニック(ナイエンス)も彼のレースをした。彼はスプリントに持ち込むことが彼のレースだった。ラスト3.5kmでアタックするのが僕のレースだった。もし僕が完璧な状態なら、ゴールまで独走できた。でも脚が痙攣した状態ではそうはいかなかった。僕は集団の95%の選手たちの標的だった。だからこの美しいレースで3位になれたことを喜びたい。
-- (BMCに追われたことについて不満を感じるか?)
あのときは6人いた? 6人で追えば何でも可能だ。スーパーマンも敵わない。
違いを見せようと思ったのか、おそらく何かの戦術だったんだろう。ミュールの登り口であの人数を揃えておきながら、最後に表彰台にも上がれなかったことを悔しがるべきだろうね。どのチームにも違う作戦があり、それができたチームは満足すべき。しかしできなかったチームは悔しがるべきだね。
text:Makoto.AYANO
ニック・ナイエンス(サクソバンク・サンガード) 勝利記者会見にて
今日は「僕の日」じゃなかった。いつもクラッシュの起こる後方にいて、自分も落車した。そのとき、たぶん時速7kmぐらいで走っていた。誰かが(バリアの)ポールに引っかかって落車が起こって、僕もペダルから脚を外せずに落車したんだ。痛くなかったけど、停まったことで自分のレースはもう終わったと思った。
幸いデヴォルデルらもクワレモントで取り残されていたので、彼の働きもあってコッペンベルグまでには先頭に追いつくことができた。
でも引き続きシューズの問題を抱えていた。クリートがずれてしまい、残り70kmをその状態で走ることになった。大きな問題に見えなくても、やっかいな問題だ。直す時間はなかったから、このまま行くしか無いと自分に言い聞かせたんだ。
「ネバー・ギブアップ」。その言葉のとおり諦めずに走り続けた。昨年、僕はロンドをリタイヤしている。200kmすぎでバイクを降り、コース脇に立ってチームカーの乗るのをただ待った。それはキャリアの中でももっとも厳しい時だった。そのときのことが頭をよぎった。
-- (カンチェラーラが残り40km以上あるところで勝負に出たときどう思った?と聞かれて)
カンチェラーラがいったとき、「ウワーォ、まさか」と思った。なぜならまだ勝負どころの序章で易しいパートにすぎなかったし、逃げてひとりになるにはゴールまで遠すぎると思った。もしあのまま逃げ切れたなら、彼のことを天才と呼ばなくてはいけない。
レースが振出しに戻ってからは、12人の誰もが勝てるチャンスがあったと思う。皆が限界の状態で走っていた。ラスト4kmでカンチェラーラが飛びだしたときすぐに追えたのは良かったと言われたけど、追いつくまであとたった5mの差を詰めるのに、100mかかるほど苦労したんだ。
僕は今日一番強くはなかったが、勝てた。こんなところが自転車競技の面白いところだ。
-- (スプリントについて)
レース前、父に「カンチェラーラとのスプリントならお前が勝てる。お前のほうが速い」と言われた。父は僕のほうが速いと信じていた。でもシャヴァネルのスプリントの強さがどれくらいなのかは知らなかった。青いもの(クイックステップのジャージ)が背後に迫るのを感じ、「ホステのデジャヴ」が頭をよぎった。
バリア寄りのラインを取って、そのまま行けと自分に言い聞かせていた。シフトアップして、まだダッシュできると感じた。ラスト50mが長かったことといったら!
-- 2年の不振シーズンを過ごしての勝利だけれど、批判を見返したという気持ちはある?
これは別に僕に対しての批判へのリベンジじゃない。今まで毎年のようにいくつかのレースに勝ってきた。でも今年、素晴らしい2つのレースでの勝利を挙げられるとは思ってもみなかった。そしてロンドに勝つことは本当に特別だ。
-- ロンドのどんなところが特別だと?
ほら、こんなにもたくさん記者がいる(笑)。セミクラシックも大事だ。とくにベルギーではことさらに。ここでは他の選手達の誰もが勝ちたがっているから。
-- これはレオパード・トレックに対するリベンジだという声がチームにあったのでは?
チームはそのようなことを一言も言っていない。レオパードに対するレースではなかったし、カンチェラーラに対するレースでもなかった。誰もそんな話はしていないよ。
-- (サクソバンクについて)
サクソバンクに移籍したのは、リースから僕の代理人に声がかかったから。お金(契約金)の話はなかった。「君と一緒に仕事がしたい」と言ってくれた。
説明するのは難しいけれど...。たくさんの言葉をもらうわけじゃないが、リースの言葉は自信を与えてくれる。トレーニングキャンプのときにかけてもらったひとことが、自信になっている。チームの哲学が好きだ。正しい選択をしたと思う。サクソバンクとの契約は、新しいスタートのように思える。
(ベルギー以外の)外国で多く走るのは、天候の良さを好むため。僕の身体は太陽のもとでよく動く。開幕からベルギーのレースを多く走っていないのはフレッシュな身体を保つためだった。でも僕の思いは常にベルギーのレースにある。小さな子どもがアイスクリームを欲しがるみたいに、ベルギーでレースを走りたいと思っている。
-- 今後のレースは?
パリ~ルーベは走らない。埃に対するアレルギーがあるから。このあとはアムステルゴールドレースに出る。
ファビアン・カンチェラーラ(レオパード・トレック) TVインタビューにて
-- (絶対優勝候補のスーパーマンに何が起こったのか?)
何が起こったかって? スーパーマンも弱さを見せることがあるってこと。優勝候補のなかの優勝候補だと言われ、すべての動きを見られ、すべての選手が挑んできた。出来ること全てをやったし、素晴らしいレースができたことに満足している。
--(ラスト4kmを残したアタックは早すぎたのではないか?)
いつでもメールベケ(ゴール地点ニノーヴの別名)に一人でゴールすることを夢見ている。あのアタックは、その時が”スペシャルな瞬間”だと信じたから。しかしシャヴァネルがいて、ニック(ナイエンス)がいた。
最後まで闘って、諦めないことを示せた。この3位の表彰台には満足だ。決して不満を感じてはいない。失望していない。素晴らしいレースをしたと思っている。そのことには満足だ。
とにかく変な一日だった。レースはどこか変だった。コースは新しく(変わっていて)、結局雨は降らなかったし、しまいには夏のような暑さになった。それらすべてが僕らに対して挑んできたようなレースだった。チームは出来る限りの最大限のことをやってくれた。僕もできるすべてをやった。
-- (シャヴァネルについて)
シャヴァネルと逃げているときは、彼を引き離して勝とうと思っていた。それができると思っていたけれど、BMCが狂ったように引いていると知らされた。
ミュールの登り口で脚を痙攣させてしまい、シャヴァネルにはスーパーじゃないところを知られてしまった。彼に握手をして、ありがとう、幸運を祈ると言った。
もしシャヴァネルも一緒になって引いてくれたら、彼とは優勝と2位をかけたレースができたはずだ。
彼は最後に2位になった。ミュールの後もあのメンバーの中から抜け出せたんだ。もし最初から自分のために協調してくれたなら、彼が2位になれたと思う。
-- (ラスト30kmでボトルを失い、他のチームのソワニエに対してボトルを要求したがもらえなかったこと。それが脚の痙攣を引き起こしたのでは?)
石畳でボトルを無くしてしまったが、それは言い訳にならない。あの状況でボトルを失って、残りの1本にはわずかしか水が残っていなかった。SRM(コンピュータ)もどこかへ飛んで無くしていた。あの夏のような暑さのなかで...。
他のチームのソワニエたちにボトルを要求したが、きっと自分のチームの選手を探していたから見えなかったんだろう(もらえなかった皮肉を込めて)。
チームは完璧な仕事をしてくれたけれど、チームカーが上がってくるのが少し遅かった。水がほんの少しでも欲しかった。昨日、たっぷり水を飲んではいたけれど、状況は悪い方に、悪い方に変わった。
-- (最後に12人に絞られて)
残り10km、ミュールの後、ジルベールがアタックしてきた。バッランがいて、ルークマンスとシャヴァネルが一緒になった。残りの選手も追いついてきて、突然「宝くじ」状態になった。誰もが勝つことも負けることもできる状態だ...。優勝候補のスーパーマンでも、弱みを見せれば負けることになる。
しかしまだ勝てる見込みはあると思っていた。しかし問題は彼らが僕の勝ちかたを知っているということだった。やすやすと逃がしてはくれなかった。でもラスト3.5kmでアタックして、この3位を勝ち取るために最大限のことを示せた。
シャヴァネルは自分のレースをしたと思う。ニック(ナイエンス)も彼のレースをした。彼はスプリントに持ち込むことが彼のレースだった。ラスト3.5kmでアタックするのが僕のレースだった。もし僕が完璧な状態なら、ゴールまで独走できた。でも脚が痙攣した状態ではそうはいかなかった。僕は集団の95%の選手たちの標的だった。だからこの美しいレースで3位になれたことを喜びたい。
-- (BMCに追われたことについて不満を感じるか?)
あのときは6人いた? 6人で追えば何でも可能だ。スーパーマンも敵わない。
違いを見せようと思ったのか、おそらく何かの戦術だったんだろう。ミュールの登り口であの人数を揃えておきながら、最後に表彰台にも上がれなかったことを悔しがるべきだろうね。どのチームにも違う作戦があり、それができたチームは満足すべき。しかしできなかったチームは悔しがるべきだね。
text:Makoto.AYANO
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