2010/08/24(火) - 11:55
エンメ・イデアは、今でもビルダーという立場を貫き、磨き上げられた職人の技をもってフレーム制作を行う工房だ。クラシカルで美しい仕上がりのフレームは、オーナーの希望を少しずつ具体化するように、1本づつ手作りで丁寧に制作される。
“M-idea”と書いて“エンメ・イデア”と読む。このイタリア語のネーミングの由来は、ビルダーの頭文字「M」と「考え、思想」を意味する「idea」を組み合わせたものだ。
クラシカルなラグフレームやメッキ処理、それにイタリア語のブランド名から想像するに、イタリアの伝統的な工房のようだが、じつは大阪に工房を構える日本のフレームビルダーだ。1970年代後半よりフレーム制作に関わり、ズノウ製作所やナカガワサイクルワークスを経て、1989年に現在の「M-ideaバイシクルファクトリー」を設立。以来オリジナルのロードレーサー、ピストレーサーの製作を行なっている。
エンメ・イデアは多くの日本のフレームビルダーと同じように、競輪選手用のピストフレームを数多く制作している。自転車に乗ることを職業として、つねに勝負の世界で戦っている競輪選手たちは、自転車への要求も当然のように厳しく多い。そんな彼らの要求に対しても十分に意見や希望を尊重して、それぞれの選手の体格、経験、走り方や、様々な状況を考慮に入れ、なおかつアレンジし、そのうえで美しく造り上げることこそ職人たるビルダーの腕の見せどころだという。
競輪用として使用が認められるには、日本自転車振興会が定めた基準「NJS規格」をクリアする必要がある。これはパーツによって差が出ないよう、また凄まじいパワーで疾走する競輪での使用に耐えられるよう、NJS基準はきわめて高い精度や品質が求められる厳しい基準だ。つまりNJS基準を満たすということは、プロの使用にも耐えられる精度と品質を持った安心の証でもある。
エンメ・イデアがNJS登録をしたのが1997年。それから10年以上が経過するが、現在のNJS登録フレーム工房の中で、M-idea以降に新規に認定された工房は存在していないことからも、この基準の厳しさが伺えることだろう。
スチールパイプから、熟練した作業でフレームを作り出すことに拘るエンメ・イデアは、一人のビルダーが、どのようなオーダーにも等しくエネルギーをかけて製作しているという。
今やロードバイクでは、カーボンに代表される新素材が主流だ。それらは多くのユーザーを想定し、一つの規格にしたがって大量に作られるマスプロ製品。次々に発表される新鮮な商品を比較検討して、その中から気に入った商品を選ぶことは、とても楽しいことでもある。
対して、こちらは一人の職人が一人のユーザーの要望に応えて、1本ずつ作り上げていく。マスプロ製品のように華やかさはないが、出来上がったフレームは自分の専用品だ。
どちらがいいとか、優れているとか、ということではなく、同じロードレーサーでも、全く違うプロセスでフレームを手に入れることが出来る。自転車にはそういう楽しみもあるということは、素直に喜ばしいことでなないだろうか。
なおオーダーに関しては、ビルダー自身が個別の相談を受けたり、ユーザーとの直接対応はしていない。オーダーはサイクルラインズが窓口となり、ライダーと綿密な打ち合わせを行って全ての基本事項を決め、それを基にビルダーと仕様を打ち合わせ、制作に入っていく。
サイズや使用するパイプを指定するなどの具体的な要望はもちろんのこと、「もっと楽に走れたら」「もっと気持ちよく走れたら」といった、感覚的な相談にも真摯になって耳を傾けてくれるそうなので、専門的な知識が無くても決して心配はいらない。
それに窓口となるサイクルラインズの代表は、かつてM-ideaのフレームを駆り、自転車競技選手としてトラックレースやロードレースに出場してきた経験者だけに、様々な相談にものってくれる体制は心強い。
サイクルラインズによれば、このオーダープロセスは「ビルダーが製作に打ち込む時間を確保するため」とのこと。長年の信頼関係が可能にするコラボレーションだ。
さて、ラグ付きスチールフレームという、伝統のフレーム工法によって作られるエンメ・イデアは、単なる古めかしいバイクなのか?それとも匠の技が光る至高の一品なのか?
果たして、2人はどう感じたのだろうか?早速、インプレッションをお届けしよう。
―インプレッション
「クラシックな見た目に騙されちゃいけない、凄い能力を持っている」 鈴木祐一(Rise Ride)
走り出した瞬間に「うわっ」って声が出てしまうほど、走りが良かった。
インプレッションなので、見た目や先入観に影響されずに、走って判断しようとしたけれど、ちょっとビックリしてしまった。これはスゴい!
いま主流となっているカーボンバイクと比べた場合、M-ideaはスチールフレームだし、重量ではこちらの方が重くハンディがあるとは思う。
ところが走り出してみると、全てに調和が取れた上等な走りを体験できる。
これを味わってしまうと「最新のカーボンバイクも、もう少し頑張れよ!」と言いたくなるくらい、このスチールフレームの走りの良さが光っていた。
じつは自分のお店でも、お客さんの中には「昔の自転車が良かった」と言う人が今でもいるんです。自分も自転車を初めた当初は、こういう上質な自転車に乗っていたので、その良さは知っているつもりだったけど、久しぶりに当時の上質な乗り味の記憶が蘇ってきた。
今の時代に、こんなクラシックな外観のラグ付き自転車を作ることは、ターゲットは小さいし、商売としてはすごく冒険なんじゃないかと思ってしまう。
でもこの自転車からは、本物を知っている作り手の情熱を感じることができる。
もう少し具体的に言うと、もしこのバイクをレースで使用することを考えると、ロードレースでも十分に良い成績を取れるくらい、現代のバイクに負けない高性能を備えている。クラシックな見た目に騙されちゃいけない、凄い能力を持っている。
もしこれで週末に人気の峠に行ったとしたら、最新バイクに乗っている大半の人と同じように走れるどころか、追い抜くことも可能だ!こんなクラシックな見た目なのに、みんなを驚かすこともできる。とにかく全てに調和が取れている。
じつはこういう自転車を待っていたんですよ。いやぁ、いいバイクに乗らせてもらいました!
「ペダリングのリズムが掴みやすい、ちょうどよい剛性バランスだ」 三上和志(サイクルハウス ミカミ)
こぎ出しの軽さにまず驚いて、その次に軽やかさを伴って進み、力を掛けてこぎ始めると、今度は伸びやかさが出てくる。決して堅さで進むのではなくて、大きくしなった後にちょうどよい速度で返ってきて、推進力になっている感じ。
クロモリフレームといってもいろんなものがあって、中には柔らかいだけのクロモリフレームもある。でもこれは張りがあってペダリングのリズムが掴みやすく、実用域での伸びやかさが高いフレームという印象だった。
細身の見た目からフロント周りが柔らかいのでは?とちょっと疑って、荒れた路面をダンシングで加速したけど、暴れることなく真っすぐに進んでいったし、クラシックな外観から、レース性能には全く期待していなかったけど、それはいい意味で裏切られた。これなら、ツール・ド・おきなわなどの長い距離のレースなら、十分にレースで使える性能も発揮するだろう。
カーボンフレーム比べればフレームの重量はあるから、ついホイールなどで全体を軽くしたくなると思うかもしれない。でもこのバイクの場合は、フレームの剛性とぴったり合った手組のホイールを組み合わせ、全体の剛性バランスを整えた状態で乗りたい。おそらく現代の軽量で固い完組ホイールを入れると、このバランスは崩れてしまうだろう。
マスプロ製品を集めた“部品のいいバイク”とは対極に、これは全体のバランスに優れたバイクを作り上げる、ということを目標にしたいバイクだ。チューブのパイプを選んだり、フォークの太さを選んだり、チューブラーの手組ホイールを選んだり、ショップの店長と相談しながら、自分だけの1台をじっくり組み上げてほしい。
オーダーはサイズやスケルトンだけではなく、乗る人の体力や経験、走り方を考慮して使用するパイプを選定すると聞いている。今の時代、お金を出しもパイプの厚みまで選べるメーカーはほとんど無いに等しい。
ビルダーが乗り手の意向を汲み取って、それに合わせて作り上げ、結果として体にとけ込む自転車を手に入れられることを思うと、このオーダー価格は安いと思う。
エンメ・イデア ロードレーサー ストラーダ・レーシングスペシャル
フレームサイズ/使用パイプ銘柄:M-ideaが追求するハンドリング・乗り味を基本としながら、ラグの形状、パイプの種類・各寸法を決定
ヘッドタイプ:スレッド、スレッドレス(アヘッド)共に選択が可能
FD取付け:原則として直付け仕様
BBサイズ:JIS
カラー:オーダー対応
めっき部分:前後エンドめっき、フロントフォーク剣先めっき、ヘッドラグ上下めっき、シートステイめっき、チェーンステイめっき
ロード用オリジナルデザイン・ラグ使用
納期:通常約2ヶ月~3ヶ月(作業の進行具合により変更される場合あり)
フレーム価格(税込小売価格):295,000円~
インプレライダーのプロフィール
鈴木 祐一(Rise Ride)
サイクルショップ・ライズライド代表。バイシクルトライアル、シクロクロス、MTB-XCの3つで世界選手権日本代表となった経歴を持つ。元ブリヂストン MTBクロスカントリーチーム選手としても活躍した。2007年春、神奈川県橋本市にショップをオープン。クラブ員ともにバイクライドを楽しみながらショップを経営中。各種レースにも参戦中。セルフディスカバリー王滝100Km覇者。
サイクルショップ・ライズライド
三上和志(サイクルハウスMIKAMI)
埼玉県飯能市にある「サイクルハウスMIKAMI」店主。MTBクロスカントリー全日本シリーズ大会で活躍した経験を生かし、MTBに関してはハード・ソフトともに造詣が深い。トレーニングの一環としてロードバイクにも乗っており、使用目的に合った車種の選択や適正サイズに関するアドバイスなど、特に実走派のライダーに定評が高い。
サイクルハウスMIKAMI
text&edit :Takashi.KAYABA
photo:Makoto.AYANO
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