2010/07/14(水) - 21:17
山頂ゴールでない、下ってゴールの山岳ステージで、動かないと思われた総合争いが動いた。実は肘に骨折を抱えていたというエヴァンスの陥落は3度目の悪夢。総合争いはアンディとコンタドールの一騎打ちとなりそうだ。
休息日を明けてのステージはいつも選手たちの表情が明るめ。石畳、落車の危険なステージを乗り越え、最初の山岳テストを経た。タフな序盤戦を終え、ツールはさらにアルプスへと深く進んでいく。
1級峠が2つ、そして今大会初めての超級峠が登場するこのステージはアルプスの定番峠を取り入れるものの、「早くからマイヨジョーヌ争いが決してしまわないように」との配慮から山頂ゴールの採用が見送られたという。
お菓子のマドレーヌの名前の由来になっているマドレーヌ峠は上りの距離が25.5kmと長く、下りはテクニカルで標高差1475mを一気に下ることになる。山岳をこなせる下りスペシャリストに向けて設定されたステージだ。
ジロのチャンピオン、イヴァン・バッソ(イタリア、リクイガス)が早めにスタートサインにやってきてファンサービスに務めている。予想通り石畳でタイムを失うが総合でも安定して上位につけているバッソはリラックスしている。ここまで見せ場こそつくらないものの、大きなミスもない。山岳ステージだというのに、それほど緊張感を感じ無い。珍しく質問に答えてくれる余裕ぶり。
— ここまでのところどう?今日はどう走る?
バッソ「毎日毎日様子を見て走っているよ。昨日までの最初の一週間は良くもなく悪くもなく。今日は山岳ステージだけどダウンヒルの日。僕の日じゃない。僕はいいダウンヒラーじゃない(笑)。若い選手が上位の半分を占めているね。彼らの爆発力には敵わないけれど、僕には経験がある。経験を使って闘うよ」。
アームストロングも珍しく早めにサインにやってきた。相変わらずボディガードを連れて警護は固いが、夢が吹き飛んだ後だけに当のランス本人の表情はどこか寂しげだ。ライプハイマーを総合上位に上げるためのアシストをすると話しているという。
エヴァンスはこの日黄色に身を包み、BMCご自慢の純スイス産のカーボンバイクimpec(インペック)もラグが黄色にペイントされたものが用意された。マイヨジョーヌに合うようにパンツはクラシックな黒を履く。
腕には青いテーピングテープが貼られていた。スタート前にケガをしていることは認めたが、「2008年ツールのような深刻なものではない」と話していたそうだ。
マイヨアポアとマイヨヴェールのアタック
スタートしてすぐに決まったマイヨアポアのジェローム・ピノー(クイックステップ)とマイヨヴェールのトル・フースホフト(サーヴェロ・テストチーム)を含むアタック。フースホフトにとってはモルジヌから下ってすぐにあるポイントを取れば、まずこの日の目標達成。そしてその先のポイントへは、ちょっとした冒険になる。しかし97km地点に登場する1級セジ峠は、2009年ツール第17ステージでフースホフトがマイヨ・ヴェール姿で大逃げを打ったときに先頭通過した幸運の峠だ。
ポイント賞トップのフースホフトと2位ペタッキはわずか4ポイント差だが、山岳ステージでも差を広げることができるのがフースホフトの強み。しかしフースホフトは大逃げしてポイントを稼いだ昨年の走りについては「あのような走りは選手生活に一度有るか無いかの走り。いつもできるわけじゃない」と事前にお断りしている。
石畳の第3ステージを制したが、今年のフースホフトの弱みはゴールスプリントにおいてトップを争る調子がないこと。5月の練習中に道に飛び出してきた女の子を避けそこねて転倒し、鎖骨を折ったために、実戦スプリントを重ねられないままツールに入ったからだ。本来のスプリント力が戻るまで、中間スプリント賞を積み重ねていくことが重要になる。
同じ逃げに入ったジェローム・ピノーは本来クライマーでなく典型的なアタッカーと呼ばれる選手。しかし勢いで取ってしまったマイヨアポアを、どうせなら守りたいという考えだ。ピノーは言う「できるかどうかは分からないけど、やってみる」。
ポイント賞も山岳賞も、ステージ中間にあるポイントを地道な努力で集めることが必要な賞だ。
「2位の男」カザール、ツール3つめのステージ優勝
フランスにとって3勝めとなるステージ優勝を遂げたサンディ・カザール(フランセーズデジュー)。昨年のツールでは2度2位になり、悔し涙を飲んだ。カザールには「2位量産」「あと一歩で勝てない男」のイメージがついてまわる。
2009年のツールの第8ステージは4人で逃げ、今日の逃げも共にしたルイスレオン・サンチェスにスプリントで破れての2位。しかし第16ステージの2位は、優勝したミケル・アスタルロサ(スペイン、当時エウスカルテル)のツール後のドーピング陽性発覚・ステージ優勝剥奪により、記録上は繰上優勝になっている。
スプリントを早く掛けることがカザール流だ。潔良さと勇ましさが讃えられる反面、それが災いして2位が続くとも言われる。しかし今回はそれが吉と出た。早めに難しいコーナーに入って抜けだすと、スプリント力のあるダミアーノ・クネゴ(ランプレ)、ルイスレオン・サンチェス(ケースデパーニュ)を寄せ付けなかった。
この日、カザールの後悔の記憶に残っていたのは、超級の峠を下ってからのゴールで2位になった2008年ツールの最高標高のボネット峠を下り切ってゴールするステージだった。
下りきってすぐに設定されたゴールは、スピードが出たままの最終コーナーの急カーブの出口のすぐ先にあった。先行を許したシリル・デッセル(当時アージェードゥーゼル)に敗れ、ゴール前のコースプロフィールを研究しておくことの大切さを痛感した。
この日のゴールも難しく、コース幅が狭いコーナーを繰り返した後にあった。
「デッセルに敗れてステージ2位になってから、今日のようなタイプのフィニッシュには慎重に挑むようになった。レース前にレイアウトをチェックしていたので、最後から2番目のコーナーを先頭で抜ける必要があるのは分かっていたし、それが成功すれば勝てると思っていた」。
カザールがスプリントの時に思い出すのは、かつてスプリンターとして活躍した父アンドレ・カザールの「ゴールまで200mを切ったらスプリントを始めろ」という言葉だ。
父アンドレは2004年にイタリアのヴェローナで開催された世界選手権の期間中に亡くなり、サンディはレース出場を止められ、家に帰った。サンディが活躍するのはそれからだ。ツールでは毎年アタック決め、フランス人の中では総合上位に顔を出すため、フランスを代表する選手と認められている。フランセーズデジューでは何年もエースの座にある。2006年はジロ・デ・イタリアで総合6位になったが、ツールまでに回復しなくて不出場。その年を除いてはかならずツールで見せ場を作ってくれる選手だ。
骨折を抱えていたエヴァンス 悪夢のデジャヴ
マドレーヌ峠で大きく遅れたエヴァンスは、ゴール後に泣き崩れながら第8ステージで起こった落車で肘を骨折していたことを告白した。エヴァンスは第8ステージを走りきったが、休息日にモルジヌの病院に行き診察を受けたところ骨折が判明したという。
エヴァンスとチームはそのことを誰にも話さないで今日のステージをやり過ごそうとした。ライバルたちに知れるとアタックされるからだ。しかしエヴァンスの不調は隠せなかった。チームの完全なコントロールに守られながらも、コンタドールとアンディにアタックさせるほころびを見せてしまった。
エヴァンスは言う「落車の影響が大きく出てしまった。今年は2度も健康上のトラブルを抱えている。1回目はジロ・デ・イタリア。そして2回目が今だ。本来の調子からはほど遠い状態にある」「支えてくれる人々、BMCのボスであるアンディ・リースとその周囲の人々、自分を信じてこのプロジェクトに賛同してくれている人々みんなに感謝している。これまで万事順調に進んでいただけに、彼らを落胆させる結果になって残念だ」
身体を痛めながらそれをおして隠して闘う。そして敗れる。エヴァンスにとって今年2度目の、2008年から数えると3度目の悪夢だ。
2008年ツールはダウンヒルで激しくクラッシュし、背中を痛めた。マイヨジョーヌを獲得して休息日を迎えた状況までもが今ツールと一緒だった。しかしケガの影響で本来の力が出せず、最終日前の個人タイムトライアルでカルロス・サストレ(スペイン)に総合優勝を奪われた。
2度目は5月のジロ・デ・イタリアだった。好調で臨みマリアローザを獲得するも、レース中に高熱が出てそれをおして走った。
発熱したのは第10ステージの夜。38.8度の熱が出て、下がらない不調のまま走った第11ステージでは、有力選手の集団が50人以上の逃げを許すという大失態を演じた。その日のエヴァンスは集団に留まるのがやっとの状態で、みすみすタイムを失った。そしてその後も体調不良は続き、タイムは取り返せなかった。白米だけを食べてレースを続け、ポイント賞を獲得するも総合は5位に終わった。
それら2つの不運の際も、他の選手に口外せずに乗り切ろうとしたが、不調は隠し通せなかった。今シーズンはこれまで以上の好調を見せていたエヴァンスだが、とことん運に恵まれていない。
2009ブエルタ・ア・エスパーニャ、2010ジロ、2010ツールの「3つ連続するグランツールでリーダージャージに袖を通した初めての選手」という新たな記録だけは残ったが、悲願のツール総合優勝の夢は再び遠ざかってしまった。
アンディとアルベルト 2人のマイヨジョーヌ争い
10日間の厳しい闘いを終え、意外にも優勝候補たちが続々と遅れる結果となった。もはやトップ10を目指すしか無いカルロス・サストレ(サーヴェロ・テストチーム)、ブラドレー・ウィギンズ(チームスカイ)、傷付いたエヴァンス、そしてライプハイマーのアシストとなったランス・アームストロング(レディオシャック)...。ハイライトを第3週のピレネーに設定したツールは、それを待たずしてマイヨジョーヌ争いをほぼコンタドールとアンディ・シュレクの2人に絞り込んでしまった。
マドレーヌ峠の攻防は第8ステージのモルジヌ・アヴォリアズの山頂ゴールの再現。アンディがフルスロットルのアタックを繰り返す一方、コンタドールはそれに反応するものの爆発的なアタックは最後まで見せなかった。
むしろエヴァンスが遅れたことで2人の興味は一致していた。アタックを掛けてお互い競り合うが、それ以上にエヴァンスを引き離すことに対して共通のメリットを見出した二人は、協調してスピードを上げた。
コンタドールはレース後に言う「4つのアタックがあった後、同意があった」。ライバルたちを引き離すという共通の意思によってのコラボレーションだ。
アンディは言う「これからは僕とアルベルトの争いだ。フォーカスすべき選手はひとり。これはコンタドールだ」。
コンタドールは言う「ライバルはアンディだ。これから僕は彼のホイールに付いていく」。
マイヨジョーヌを着た喜び。アンディはコンタドールを挑発する。
「昨年との違いは、僕はコンタドールを振り落とすことができないが、コンタドールも僕を振り落とすことができないことだ。タイム差は41秒ある。彼がもし勝ちたいなら、僕にアタックしなければいけない。
コンタドールは今年、浮き沈みがあると思う。彼がスーパーじゃないときを見つければタイム差をさらに稼ぐことはできると思っている。ピレネーでは彼は調子を出すだろう。でも僕もピレネー向きだ。ピレネーでは僕の方がいいと本当に思ってる」。
「アルベルトと僕がレースを決めた。他の選手はアタックできたはずだ。でもしなかった。もし僕が彼らだったら、今日失った5〜8分のタイム差を取り返し、レースを降り出しに戻すために明日アタックするだろうね」。
第8ステージでコンタドールが見せた弱さは、果たしてフェイクか? しかしアンディはその走りをみて自分にチャンスがあると信じている。
闘うべき時はやってくる
アスタナのゼネラルマネジャー、イヴォン・サンケール氏はコンタドールとアスタナの走りに満足している。パオロ・ティラロンゴとダニエル・ナバーロ、そしてアレクサンドル・ヴィノクロフが今日もコンタドールがアンディと闘うまでのお膳立てをした。
サンケール氏は言う。「アスタナにはペースを上げて他のライバル選手たちを苦しめ、レースをハードにするだけの選手が揃っていた。他の選手達は弱さをさらけ出していた。これから闘いは激しさを増すだろう。今日は協調したが、"ノー・ギフト”の時はやって来る」。
セーブしたユキヤはグルペットゴール
ユキヤはいつも同様のグルペット最後尾でマドレーヌ峠を上り、脚を使わずにゴール。山岳ステージでは体力を温存し、来るべき逃げのチャンスに備えるという走りを見せた。
序盤から逃げたアントニー・シャルトーがマイヨ・アポアを獲得したことで、Bboxブイグテレコムはチームでアシストすることになるだろう。ユキヤにも新たな役割分担が増えることにもなるかもしれない。
text:Makoto Ayano
photo:Cor Vos, Makoto Ayano
休息日を明けてのステージはいつも選手たちの表情が明るめ。石畳、落車の危険なステージを乗り越え、最初の山岳テストを経た。タフな序盤戦を終え、ツールはさらにアルプスへと深く進んでいく。
1級峠が2つ、そして今大会初めての超級峠が登場するこのステージはアルプスの定番峠を取り入れるものの、「早くからマイヨジョーヌ争いが決してしまわないように」との配慮から山頂ゴールの採用が見送られたという。
お菓子のマドレーヌの名前の由来になっているマドレーヌ峠は上りの距離が25.5kmと長く、下りはテクニカルで標高差1475mを一気に下ることになる。山岳をこなせる下りスペシャリストに向けて設定されたステージだ。
ジロのチャンピオン、イヴァン・バッソ(イタリア、リクイガス)が早めにスタートサインにやってきてファンサービスに務めている。予想通り石畳でタイムを失うが総合でも安定して上位につけているバッソはリラックスしている。ここまで見せ場こそつくらないものの、大きなミスもない。山岳ステージだというのに、それほど緊張感を感じ無い。珍しく質問に答えてくれる余裕ぶり。
— ここまでのところどう?今日はどう走る?
バッソ「毎日毎日様子を見て走っているよ。昨日までの最初の一週間は良くもなく悪くもなく。今日は山岳ステージだけどダウンヒルの日。僕の日じゃない。僕はいいダウンヒラーじゃない(笑)。若い選手が上位の半分を占めているね。彼らの爆発力には敵わないけれど、僕には経験がある。経験を使って闘うよ」。
アームストロングも珍しく早めにサインにやってきた。相変わらずボディガードを連れて警護は固いが、夢が吹き飛んだ後だけに当のランス本人の表情はどこか寂しげだ。ライプハイマーを総合上位に上げるためのアシストをすると話しているという。
エヴァンスはこの日黄色に身を包み、BMCご自慢の純スイス産のカーボンバイクimpec(インペック)もラグが黄色にペイントされたものが用意された。マイヨジョーヌに合うようにパンツはクラシックな黒を履く。
腕には青いテーピングテープが貼られていた。スタート前にケガをしていることは認めたが、「2008年ツールのような深刻なものではない」と話していたそうだ。
マイヨアポアとマイヨヴェールのアタック
スタートしてすぐに決まったマイヨアポアのジェローム・ピノー(クイックステップ)とマイヨヴェールのトル・フースホフト(サーヴェロ・テストチーム)を含むアタック。フースホフトにとってはモルジヌから下ってすぐにあるポイントを取れば、まずこの日の目標達成。そしてその先のポイントへは、ちょっとした冒険になる。しかし97km地点に登場する1級セジ峠は、2009年ツール第17ステージでフースホフトがマイヨ・ヴェール姿で大逃げを打ったときに先頭通過した幸運の峠だ。
ポイント賞トップのフースホフトと2位ペタッキはわずか4ポイント差だが、山岳ステージでも差を広げることができるのがフースホフトの強み。しかしフースホフトは大逃げしてポイントを稼いだ昨年の走りについては「あのような走りは選手生活に一度有るか無いかの走り。いつもできるわけじゃない」と事前にお断りしている。
石畳の第3ステージを制したが、今年のフースホフトの弱みはゴールスプリントにおいてトップを争る調子がないこと。5月の練習中に道に飛び出してきた女の子を避けそこねて転倒し、鎖骨を折ったために、実戦スプリントを重ねられないままツールに入ったからだ。本来のスプリント力が戻るまで、中間スプリント賞を積み重ねていくことが重要になる。
同じ逃げに入ったジェローム・ピノーは本来クライマーでなく典型的なアタッカーと呼ばれる選手。しかし勢いで取ってしまったマイヨアポアを、どうせなら守りたいという考えだ。ピノーは言う「できるかどうかは分からないけど、やってみる」。
ポイント賞も山岳賞も、ステージ中間にあるポイントを地道な努力で集めることが必要な賞だ。
「2位の男」カザール、ツール3つめのステージ優勝
フランスにとって3勝めとなるステージ優勝を遂げたサンディ・カザール(フランセーズデジュー)。昨年のツールでは2度2位になり、悔し涙を飲んだ。カザールには「2位量産」「あと一歩で勝てない男」のイメージがついてまわる。
2009年のツールの第8ステージは4人で逃げ、今日の逃げも共にしたルイスレオン・サンチェスにスプリントで破れての2位。しかし第16ステージの2位は、優勝したミケル・アスタルロサ(スペイン、当時エウスカルテル)のツール後のドーピング陽性発覚・ステージ優勝剥奪により、記録上は繰上優勝になっている。
スプリントを早く掛けることがカザール流だ。潔良さと勇ましさが讃えられる反面、それが災いして2位が続くとも言われる。しかし今回はそれが吉と出た。早めに難しいコーナーに入って抜けだすと、スプリント力のあるダミアーノ・クネゴ(ランプレ)、ルイスレオン・サンチェス(ケースデパーニュ)を寄せ付けなかった。
この日、カザールの後悔の記憶に残っていたのは、超級の峠を下ってからのゴールで2位になった2008年ツールの最高標高のボネット峠を下り切ってゴールするステージだった。
下りきってすぐに設定されたゴールは、スピードが出たままの最終コーナーの急カーブの出口のすぐ先にあった。先行を許したシリル・デッセル(当時アージェードゥーゼル)に敗れ、ゴール前のコースプロフィールを研究しておくことの大切さを痛感した。
この日のゴールも難しく、コース幅が狭いコーナーを繰り返した後にあった。
「デッセルに敗れてステージ2位になってから、今日のようなタイプのフィニッシュには慎重に挑むようになった。レース前にレイアウトをチェックしていたので、最後から2番目のコーナーを先頭で抜ける必要があるのは分かっていたし、それが成功すれば勝てると思っていた」。
カザールがスプリントの時に思い出すのは、かつてスプリンターとして活躍した父アンドレ・カザールの「ゴールまで200mを切ったらスプリントを始めろ」という言葉だ。
父アンドレは2004年にイタリアのヴェローナで開催された世界選手権の期間中に亡くなり、サンディはレース出場を止められ、家に帰った。サンディが活躍するのはそれからだ。ツールでは毎年アタック決め、フランス人の中では総合上位に顔を出すため、フランスを代表する選手と認められている。フランセーズデジューでは何年もエースの座にある。2006年はジロ・デ・イタリアで総合6位になったが、ツールまでに回復しなくて不出場。その年を除いてはかならずツールで見せ場を作ってくれる選手だ。
骨折を抱えていたエヴァンス 悪夢のデジャヴ
マドレーヌ峠で大きく遅れたエヴァンスは、ゴール後に泣き崩れながら第8ステージで起こった落車で肘を骨折していたことを告白した。エヴァンスは第8ステージを走りきったが、休息日にモルジヌの病院に行き診察を受けたところ骨折が判明したという。
エヴァンスとチームはそのことを誰にも話さないで今日のステージをやり過ごそうとした。ライバルたちに知れるとアタックされるからだ。しかしエヴァンスの不調は隠せなかった。チームの完全なコントロールに守られながらも、コンタドールとアンディにアタックさせるほころびを見せてしまった。
エヴァンスは言う「落車の影響が大きく出てしまった。今年は2度も健康上のトラブルを抱えている。1回目はジロ・デ・イタリア。そして2回目が今だ。本来の調子からはほど遠い状態にある」「支えてくれる人々、BMCのボスであるアンディ・リースとその周囲の人々、自分を信じてこのプロジェクトに賛同してくれている人々みんなに感謝している。これまで万事順調に進んでいただけに、彼らを落胆させる結果になって残念だ」
身体を痛めながらそれをおして隠して闘う。そして敗れる。エヴァンスにとって今年2度目の、2008年から数えると3度目の悪夢だ。
2008年ツールはダウンヒルで激しくクラッシュし、背中を痛めた。マイヨジョーヌを獲得して休息日を迎えた状況までもが今ツールと一緒だった。しかしケガの影響で本来の力が出せず、最終日前の個人タイムトライアルでカルロス・サストレ(スペイン)に総合優勝を奪われた。
2度目は5月のジロ・デ・イタリアだった。好調で臨みマリアローザを獲得するも、レース中に高熱が出てそれをおして走った。
発熱したのは第10ステージの夜。38.8度の熱が出て、下がらない不調のまま走った第11ステージでは、有力選手の集団が50人以上の逃げを許すという大失態を演じた。その日のエヴァンスは集団に留まるのがやっとの状態で、みすみすタイムを失った。そしてその後も体調不良は続き、タイムは取り返せなかった。白米だけを食べてレースを続け、ポイント賞を獲得するも総合は5位に終わった。
それら2つの不運の際も、他の選手に口外せずに乗り切ろうとしたが、不調は隠し通せなかった。今シーズンはこれまで以上の好調を見せていたエヴァンスだが、とことん運に恵まれていない。
2009ブエルタ・ア・エスパーニャ、2010ジロ、2010ツールの「3つ連続するグランツールでリーダージャージに袖を通した初めての選手」という新たな記録だけは残ったが、悲願のツール総合優勝の夢は再び遠ざかってしまった。
アンディとアルベルト 2人のマイヨジョーヌ争い
10日間の厳しい闘いを終え、意外にも優勝候補たちが続々と遅れる結果となった。もはやトップ10を目指すしか無いカルロス・サストレ(サーヴェロ・テストチーム)、ブラドレー・ウィギンズ(チームスカイ)、傷付いたエヴァンス、そしてライプハイマーのアシストとなったランス・アームストロング(レディオシャック)...。ハイライトを第3週のピレネーに設定したツールは、それを待たずしてマイヨジョーヌ争いをほぼコンタドールとアンディ・シュレクの2人に絞り込んでしまった。
マドレーヌ峠の攻防は第8ステージのモルジヌ・アヴォリアズの山頂ゴールの再現。アンディがフルスロットルのアタックを繰り返す一方、コンタドールはそれに反応するものの爆発的なアタックは最後まで見せなかった。
むしろエヴァンスが遅れたことで2人の興味は一致していた。アタックを掛けてお互い競り合うが、それ以上にエヴァンスを引き離すことに対して共通のメリットを見出した二人は、協調してスピードを上げた。
コンタドールはレース後に言う「4つのアタックがあった後、同意があった」。ライバルたちを引き離すという共通の意思によってのコラボレーションだ。
アンディは言う「これからは僕とアルベルトの争いだ。フォーカスすべき選手はひとり。これはコンタドールだ」。
コンタドールは言う「ライバルはアンディだ。これから僕は彼のホイールに付いていく」。
マイヨジョーヌを着た喜び。アンディはコンタドールを挑発する。
「昨年との違いは、僕はコンタドールを振り落とすことができないが、コンタドールも僕を振り落とすことができないことだ。タイム差は41秒ある。彼がもし勝ちたいなら、僕にアタックしなければいけない。
コンタドールは今年、浮き沈みがあると思う。彼がスーパーじゃないときを見つければタイム差をさらに稼ぐことはできると思っている。ピレネーでは彼は調子を出すだろう。でも僕もピレネー向きだ。ピレネーでは僕の方がいいと本当に思ってる」。
「アルベルトと僕がレースを決めた。他の選手はアタックできたはずだ。でもしなかった。もし僕が彼らだったら、今日失った5〜8分のタイム差を取り返し、レースを降り出しに戻すために明日アタックするだろうね」。
第8ステージでコンタドールが見せた弱さは、果たしてフェイクか? しかしアンディはその走りをみて自分にチャンスがあると信じている。
闘うべき時はやってくる
アスタナのゼネラルマネジャー、イヴォン・サンケール氏はコンタドールとアスタナの走りに満足している。パオロ・ティラロンゴとダニエル・ナバーロ、そしてアレクサンドル・ヴィノクロフが今日もコンタドールがアンディと闘うまでのお膳立てをした。
サンケール氏は言う。「アスタナにはペースを上げて他のライバル選手たちを苦しめ、レースをハードにするだけの選手が揃っていた。他の選手達は弱さをさらけ出していた。これから闘いは激しさを増すだろう。今日は協調したが、"ノー・ギフト”の時はやって来る」。
セーブしたユキヤはグルペットゴール
ユキヤはいつも同様のグルペット最後尾でマドレーヌ峠を上り、脚を使わずにゴール。山岳ステージでは体力を温存し、来るべき逃げのチャンスに備えるという走りを見せた。
序盤から逃げたアントニー・シャルトーがマイヨ・アポアを獲得したことで、Bboxブイグテレコムはチームでアシストすることになるだろう。ユキヤにも新たな役割分担が増えることにもなるかもしれない。
text:Makoto Ayano
photo:Cor Vos, Makoto Ayano
フォトギャラリー
Amazon.co.jp