2022/07/03(日) - 17:14
生死を彷徨った事故から2年の復活を経て、夢に見たツールの勝利。ヤコブセンは謙虚にカムバックと勝利を支えた人たちに感謝した。カヴェンディッシュとの問題を問おうとする記者の質問に答えを出したルフェーブルGMもご機嫌だ。
コペンハーゲンから35kmほどのシェラン島の北部ロスキレの街。世界遺産に登録された大聖堂がある街はロックの街でもあり、この日が野外フェス「ロスキレフェスティバル」の最終日にあたっていた。連日の夜の盛り上がりとは別の、初めて迎えるツールで今日は昼からも盛り上がる。
チームバスの並ぶのユンボ・ヴィスマのピットエリアにはグリーンがあしらわれたサーヴェロがあった。個人タイムトライアルで2位だったワウト・ファンアールトはマイヨヴェールを着るが、さっそくヴェール仕様のバイクが用意されていた。
対してマイヨジョーヌを着て登場したイヴ・ランパールトにはマイヨジョーヌバイクの用意があるかと思いきや、手が加えられたのはバーテープのみ。それも模様の差し色のみと、アピールが控えめなことこの上ない。ヘルメットとグローブをイエローに揃えたら、バイクがちょっと地味過ぎた(例年アラフィリップには黄色一色のバーテープが巻かれたのだが)。
スタート前プレゼンテーションのポディウムでは声援の大きなデンマークの観客たちに迎えられ、爽やかに晴れた日差しを楽しむ選手たち。例年危険なレースになるロードステージ初日を前にしてもリラックスした表情だ。フランス国内では個人への応援が熱すぎて緊張しかないティボー・ピノ(グルパマ・エフデジ)もデンマークではマークされないため、くったくのない笑顔で冗談を交わしつつチームメイトと談笑しながらプレゼンを待つ。今年のグルパマ・エフデジはダヴィド・ゴデュがエースという前提だが、完全復調したピノがこの先どう走るかは注目だ。
観客に包まれ、ロスキレ大聖堂を巻いて走り出した選手たち。国全体が田舎のデンマークのさらに郊外へと進んでも、コース上には観客が途切れない。黄色や赤水玉のTシャツやお手製のコスチュームにデコレーション...。様々なスタイルで初めてのツールを迎えた。小高い丘には人がびっしり鈴なりで、アルプス山岳かと見紛うほど。デンマークでのツール人気とその熱い歓迎ぶりにただ驚かされた。
平原には発電用のウィンドミルが並ぶ。海に近い丘の狭いエリアに3つの4級山岳が連続するレース中盤、丘エリアに凄い密集度で詰めかけた観客たち。まさにフェス状態で、しかもそのほとんどすべてが4人逃げに乗っているデンマーク人のマグナス・コルト(EFエデュケーション・イージーポスト)の応援をしているという状態。今日も自国の選手びいきが潔くて素晴らしい。
スヴェンエリック・ビーストルム(ノルウェー、アンテルマルシェ・ワンティ・ゴベールマテリオ)とテールトゥノーズの鍔迫り合いを演じたマグナス・コルトが山岳賞ポイント獲得でマイヨアポアをものにし、山頂ではガッツポーズを決めた。4級山岳がアルプスのように歓声で沸く。
レースの話題はステージ後半に用意されたデンマークの東部と西部の島を結ぶ全長18kmの「グレート・ベルト橋」を渡ること。海の上を行く吹きっさらしの橋の道。先行して通過してみると、横からの向かい風で、高度を増すにつれて風は強くなる。すべてのチームが横風による集団分裂を警戒するなか、前で展開するにも大きな努力を強いられる。そんな印象だった。
混乱は橋の風区間の前後で起こった落車だった。クラッシュに巻き込まれてメカトラを起こしたリゴベルト・ウラン(コロンビア、EFエデュケーション・イージーポスト)、そして橋の上ではマイヨジョーヌのランパールトを含む落車が発生。EFチームのエースとレースリーダーの落車なら復帰を待とうという話し合いがなされたのかは定かでないが、風を利用した作戦の遂行に出るチームは現れなかった。
そして大きな落車は橋を渡りきってから起こった。狭くなったバリアの区間で起きた転倒に選手が突っ込んで堰き止め状態に。混乱を抜けた30〜40人の選手たちだけのスプリントに。クイックステップトレインを牽引したのはデンマーク人のカスパー・アスグリーンと復帰したマイヨジョーヌ。
この日、家の250m付近をツールが通過したというマッズ・ピーダスン(デンマーク、トレック・セガフレード)の先行にフィニッシュに詰めかけた観客が湧く。マイヨヴェールを着るワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ)が並びかけるも、フィニッシュライン直前20mでの急加速で伸びたファビオ・ヤコブセン(オランダ、クイックステップ・アルファヴィニル)が差し切った。
位置取り争いではサガンと接触して「あわや」の場面もあったが、ツール初出場にして初勝利を挙げたヤコブセン。2年前のツール・ド・ポローニュ初日の大事故で生死の淵をさまよい、リハビリを経てのカムバックストーリーはついにツールのステージ優勝という最高の結果として結実した。
大怪我からのカムバック、そして夢に見たツールでの勝利に、ヤコブセンは記者会見では感情を抑えつつ冷静に、謙虚に、丁寧に、サポートしてくれた人々への感謝の気持を語った。
「ここに辿り着くまで長いプロセスを経て、一歩ずつ確実に進んできた。その過程でたくさんの人の助けを借り、この勝利はそんな人達たちへの恩返しでもある。彼らの助けが決して無駄ではなかったと証明することができた。幸運にも僕はいま自転車競技を楽しむことができている。更に幸運にも勝利を掴むことができるまでになった。本当に信じられないし、ここまで連れてきてくれた人々に感謝を伝えたい」。
「怪我が僕を謙虚にした。僕はカムバックできて、今ここにいることが本当に幸運だ。僕はチャンスをもらったけど、怪我からカムバックできなかった選手もいるんだ」。
記者たちからは祝福とともに、マーク・カヴェンディッシュとのことも質問が出た。すでに何度も繰り返された、エディ・メルクスのツール最多勝記録の更新がかかるカヴは選ばれず、自身が選ばれて今、ツールに勝ってたことに対して。ヤコブセンは謙虚に応える。
「その話をする前に、カヴと僕、2人ともここに居るに値するんだ。彼は僕にとって15年間ずっと大きな目標だった。レジェンドなんだ。このスポットをもらえて僕はただ感謝している。たぶん誰か他の選手たちの代わりに。そして、たぶん彼の代わりに。彼は家に居ても僕の勝利を知って喜んでくれているはずだ」。
クイックステップのパトリック・ルフェーブルGMは、この勝利でようやく「うんざりな質問」に終止符を打てることに喜んでいるようだ。
「私は老いた賢い男だ。そして勝者は何時も正しい。だから今、私は正しかったことになる。理解しようとしない賢くない人に対して自分が正しいことを証明する必要はない。決断は我々の手のなかにある。カヴェンディッシュはすでに1月からその決定を理解していた。今週マークに電話をしたけど、彼はクリアに言った。パトリック、君が必要とするときに備えている、と。そして我々は彼を必要としなかった」。
同時にメンバーから外れたアラフィリップにも触れて言う。「イギリスチャンピオンを家に置いていく決断は簡単なことじゃない。世界チャンピオンもだ。でも我々はそれをしてここに来て、勝った。ほかのことはただの過去になる。人は新聞を売らなければならないんだろうし、私について何が書かれているかなんて気にしていない。私は図太い老人だ。私が居て、彼らが勝った。他のことはどうでもいい。すべての人の質問に応えるつもりはない。彼らに自転車競技の何がわかる? 私は40年ここに居るんだ」。
「狙える平坦ステージはまだある」とヤコブセンは自信を覗かせる。「一日一日を戦っていくしかない。パリまでたどり着きたい。全力を尽くす日と、そうでない日とのバランスだ。第1週を無事終えることは最初のゴールだ」。
そしてメンバーセレクション以上に困難だったのは新型コロナとの戦いだったとも。ツール開幕までにチーム内感染者が出たことでメンバー変更を強いられ、頼りにしていた大切な牽引役の「トラクター」ことティム・ディクレルクは陽性により出場できなくなった。
「チームの皆がマスクをしてソーシャルディスタンスをとっている。ファンやメディアのためにはあまり良くないことだけど、彼らのためにもツールに残らないといけないからね。タイムリミットよりCOVIDを恐れているよ」。
じつのところ、表彰式のヒーローはヤコブセン以上にマグナス・コルト(デンマーク、EFエデュケーション・イージーポスト)だった。狙って獲得した山岳賞ジャージのマイヨアポア。フィニッシュエリアに詰めかけたデンマークの大観衆からの名前の連呼を受け、満面の笑顔でそれに応えた。
やはり今年も起こってしまった落車。明日出走できないほどの深刻な負傷をした選手は居なかったように見受けられたが、タデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)も身体の状態を確かめるようにしながら遅れてフィニッシュした。記者会見では自身よりもチームメイトの無事を気遣っていた。
text&photo:Makoto.AYANO in Nyborg, Denmark
コペンハーゲンから35kmほどのシェラン島の北部ロスキレの街。世界遺産に登録された大聖堂がある街はロックの街でもあり、この日が野外フェス「ロスキレフェスティバル」の最終日にあたっていた。連日の夜の盛り上がりとは別の、初めて迎えるツールで今日は昼からも盛り上がる。
チームバスの並ぶのユンボ・ヴィスマのピットエリアにはグリーンがあしらわれたサーヴェロがあった。個人タイムトライアルで2位だったワウト・ファンアールトはマイヨヴェールを着るが、さっそくヴェール仕様のバイクが用意されていた。
対してマイヨジョーヌを着て登場したイヴ・ランパールトにはマイヨジョーヌバイクの用意があるかと思いきや、手が加えられたのはバーテープのみ。それも模様の差し色のみと、アピールが控えめなことこの上ない。ヘルメットとグローブをイエローに揃えたら、バイクがちょっと地味過ぎた(例年アラフィリップには黄色一色のバーテープが巻かれたのだが)。
スタート前プレゼンテーションのポディウムでは声援の大きなデンマークの観客たちに迎えられ、爽やかに晴れた日差しを楽しむ選手たち。例年危険なレースになるロードステージ初日を前にしてもリラックスした表情だ。フランス国内では個人への応援が熱すぎて緊張しかないティボー・ピノ(グルパマ・エフデジ)もデンマークではマークされないため、くったくのない笑顔で冗談を交わしつつチームメイトと談笑しながらプレゼンを待つ。今年のグルパマ・エフデジはダヴィド・ゴデュがエースという前提だが、完全復調したピノがこの先どう走るかは注目だ。
観客に包まれ、ロスキレ大聖堂を巻いて走り出した選手たち。国全体が田舎のデンマークのさらに郊外へと進んでも、コース上には観客が途切れない。黄色や赤水玉のTシャツやお手製のコスチュームにデコレーション...。様々なスタイルで初めてのツールを迎えた。小高い丘には人がびっしり鈴なりで、アルプス山岳かと見紛うほど。デンマークでのツール人気とその熱い歓迎ぶりにただ驚かされた。
平原には発電用のウィンドミルが並ぶ。海に近い丘の狭いエリアに3つの4級山岳が連続するレース中盤、丘エリアに凄い密集度で詰めかけた観客たち。まさにフェス状態で、しかもそのほとんどすべてが4人逃げに乗っているデンマーク人のマグナス・コルト(EFエデュケーション・イージーポスト)の応援をしているという状態。今日も自国の選手びいきが潔くて素晴らしい。
スヴェンエリック・ビーストルム(ノルウェー、アンテルマルシェ・ワンティ・ゴベールマテリオ)とテールトゥノーズの鍔迫り合いを演じたマグナス・コルトが山岳賞ポイント獲得でマイヨアポアをものにし、山頂ではガッツポーズを決めた。4級山岳がアルプスのように歓声で沸く。
レースの話題はステージ後半に用意されたデンマークの東部と西部の島を結ぶ全長18kmの「グレート・ベルト橋」を渡ること。海の上を行く吹きっさらしの橋の道。先行して通過してみると、横からの向かい風で、高度を増すにつれて風は強くなる。すべてのチームが横風による集団分裂を警戒するなか、前で展開するにも大きな努力を強いられる。そんな印象だった。
混乱は橋の風区間の前後で起こった落車だった。クラッシュに巻き込まれてメカトラを起こしたリゴベルト・ウラン(コロンビア、EFエデュケーション・イージーポスト)、そして橋の上ではマイヨジョーヌのランパールトを含む落車が発生。EFチームのエースとレースリーダーの落車なら復帰を待とうという話し合いがなされたのかは定かでないが、風を利用した作戦の遂行に出るチームは現れなかった。
そして大きな落車は橋を渡りきってから起こった。狭くなったバリアの区間で起きた転倒に選手が突っ込んで堰き止め状態に。混乱を抜けた30〜40人の選手たちだけのスプリントに。クイックステップトレインを牽引したのはデンマーク人のカスパー・アスグリーンと復帰したマイヨジョーヌ。
この日、家の250m付近をツールが通過したというマッズ・ピーダスン(デンマーク、トレック・セガフレード)の先行にフィニッシュに詰めかけた観客が湧く。マイヨヴェールを着るワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ)が並びかけるも、フィニッシュライン直前20mでの急加速で伸びたファビオ・ヤコブセン(オランダ、クイックステップ・アルファヴィニル)が差し切った。
位置取り争いではサガンと接触して「あわや」の場面もあったが、ツール初出場にして初勝利を挙げたヤコブセン。2年前のツール・ド・ポローニュ初日の大事故で生死の淵をさまよい、リハビリを経てのカムバックストーリーはついにツールのステージ優勝という最高の結果として結実した。
大怪我からのカムバック、そして夢に見たツールでの勝利に、ヤコブセンは記者会見では感情を抑えつつ冷静に、謙虚に、丁寧に、サポートしてくれた人々への感謝の気持を語った。
「ここに辿り着くまで長いプロセスを経て、一歩ずつ確実に進んできた。その過程でたくさんの人の助けを借り、この勝利はそんな人達たちへの恩返しでもある。彼らの助けが決して無駄ではなかったと証明することができた。幸運にも僕はいま自転車競技を楽しむことができている。更に幸運にも勝利を掴むことができるまでになった。本当に信じられないし、ここまで連れてきてくれた人々に感謝を伝えたい」。
「怪我が僕を謙虚にした。僕はカムバックできて、今ここにいることが本当に幸運だ。僕はチャンスをもらったけど、怪我からカムバックできなかった選手もいるんだ」。
記者たちからは祝福とともに、マーク・カヴェンディッシュとのことも質問が出た。すでに何度も繰り返された、エディ・メルクスのツール最多勝記録の更新がかかるカヴは選ばれず、自身が選ばれて今、ツールに勝ってたことに対して。ヤコブセンは謙虚に応える。
「その話をする前に、カヴと僕、2人ともここに居るに値するんだ。彼は僕にとって15年間ずっと大きな目標だった。レジェンドなんだ。このスポットをもらえて僕はただ感謝している。たぶん誰か他の選手たちの代わりに。そして、たぶん彼の代わりに。彼は家に居ても僕の勝利を知って喜んでくれているはずだ」。
クイックステップのパトリック・ルフェーブルGMは、この勝利でようやく「うんざりな質問」に終止符を打てることに喜んでいるようだ。
「私は老いた賢い男だ。そして勝者は何時も正しい。だから今、私は正しかったことになる。理解しようとしない賢くない人に対して自分が正しいことを証明する必要はない。決断は我々の手のなかにある。カヴェンディッシュはすでに1月からその決定を理解していた。今週マークに電話をしたけど、彼はクリアに言った。パトリック、君が必要とするときに備えている、と。そして我々は彼を必要としなかった」。
同時にメンバーから外れたアラフィリップにも触れて言う。「イギリスチャンピオンを家に置いていく決断は簡単なことじゃない。世界チャンピオンもだ。でも我々はそれをしてここに来て、勝った。ほかのことはただの過去になる。人は新聞を売らなければならないんだろうし、私について何が書かれているかなんて気にしていない。私は図太い老人だ。私が居て、彼らが勝った。他のことはどうでもいい。すべての人の質問に応えるつもりはない。彼らに自転車競技の何がわかる? 私は40年ここに居るんだ」。
「狙える平坦ステージはまだある」とヤコブセンは自信を覗かせる。「一日一日を戦っていくしかない。パリまでたどり着きたい。全力を尽くす日と、そうでない日とのバランスだ。第1週を無事終えることは最初のゴールだ」。
そしてメンバーセレクション以上に困難だったのは新型コロナとの戦いだったとも。ツール開幕までにチーム内感染者が出たことでメンバー変更を強いられ、頼りにしていた大切な牽引役の「トラクター」ことティム・ディクレルクは陽性により出場できなくなった。
「チームの皆がマスクをしてソーシャルディスタンスをとっている。ファンやメディアのためにはあまり良くないことだけど、彼らのためにもツールに残らないといけないからね。タイムリミットよりCOVIDを恐れているよ」。
じつのところ、表彰式のヒーローはヤコブセン以上にマグナス・コルト(デンマーク、EFエデュケーション・イージーポスト)だった。狙って獲得した山岳賞ジャージのマイヨアポア。フィニッシュエリアに詰めかけたデンマークの大観衆からの名前の連呼を受け、満面の笑顔でそれに応えた。
やはり今年も起こってしまった落車。明日出走できないほどの深刻な負傷をした選手は居なかったように見受けられたが、タデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)も身体の状態を確かめるようにしながら遅れてフィニッシュした。記者会見では自身よりもチームメイトの無事を気遣っていた。
text&photo:Makoto.AYANO in Nyborg, Denmark
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