2021/08/24(火) - 17:20
シエルブルー鹿屋の拠点訪問後編は、自転車と鹿屋の地域性を生かして目指す町おこしと、黒川GMが新たに立ち上げた「チャリン・コ・クリエイション」の目的について話を聞いた。
初年度目標はランキング5位 でも甘くない現実
8月時点のJプロツアーランキングでは、シエルブルー鹿屋は弱虫ペダルサイクリングチームに次ぐ6位。目標としている年間5位にあと一歩のところまで来ているが、ポイント差はまだ大きい。
(黒川GM=黒川剛ゼネラルマネージャー、若藤代表=若藤英二シエルブルー株式会社代表)
若藤代表
「チームの雰囲気や成績は順調なので、なんとか弱虫ペダルとの差を縮めたい。次の南魚沼は経済産業大臣旗大会なのでポイント配分が高いし、少しでも近づきたいと考えているんですが、なかなかそうはいかないでしょうね。今日は行けると思っても、入部(正太朗)や井上(文成)がうちの石橋、冨尾よりも上にいる。チーム体制的には似たところもあるけれど、やっぱりあの2人が強いのでなかなか差が縮まらないです」
黒川GM
「冨尾も学も、捨て身の積極的な走りをしなければチャンスはないと分かっていて動いているし、脚を貯めて最後1本というレースはしていません。それは僕らがずっと言ってきた『ノー・アタック、ノー・チャンス』を実践しているから。でも捨て身の攻撃をしないとチャンスが巡ってこないほどコマが足りてないのも事実です。国内レースと言えど、甘くないですね」
若藤代表
「甘くないですよ。でももうひと踏ん張りと思っているので、後半戦に向けてもう1回ムチ打ってしかけて行きたいですね。このままでは終われないし、1勝はもぎ取りたいです」
安原監督も絶賛した鹿屋の環境
シエルブルー鹿屋の拠点周辺には、ロードレースのあらゆる練習が出来る環境が揃っている。近くにある鹿屋体育大学自転車部の練習コースもあり、ゆるやかなアップダウンが繰り返される海岸沿いの道を往復するだけでも良い練習になりそうだ。スピード練習をしたければ、鹿児島国体のために整備し直されたトラックもある。それらが移動時間をかけずに行ける場所にあり、自転車競技に打ち込むにはこれ以上ない環境が整っている。
黒川GM
「今年のシーズン前にはマトリックスパワータグが合宿に来て、環境の良さを気に入った安原監督は他の人に教えたくないとまで言ってくれました。海岸線を平坦コースで200kmくらい取れるし、山の中に入って180kmも走れば250kmくらい走ったのと同じくらいの疲労感があると選手は言います。信号も少ないので途切れず走れるのも良いですしね」
シマノレーシングは、鹿児島湾を挟んで鹿屋の反対側にある指宿(いぶすき)で毎年合宿を行っている。2月後半なら14、5度くらいまで気温が上がるというから、シーズン前の合宿をするにはちょうど良い気候だ。
黒川GM
「それを利用して来年2月にオープン戦を企画していましたが、ちょっと時間的に間に合わなくなって今回は見送りました。レースとあわせてチームが合宿に来てくれれば地元経済にもプラスになるし、普段応援してくれる人達に本物のレースを見てもらって確固たるファンを根付かせたい。やっぱり実際に見てもらって『すごいよね』と思ってもらえないと、真のプロチームにはなれないと思います。
早ければ来年の夏頃か、再来年のオープン戦を考えていますが、来年はインカレを鹿児島でやりたいとも考えています。地元を盛り上げていくためにも、Jプロツアーを年1回はやりたいなと思っています」
若藤代表
「チームの立地上仕方ないとは言え、遠征にかかる費用が半端ない額になるので、1試合くらいはホームゲームが欲しいというのもありますね。だから尚のことJプロツアーの1戦や2戦はこっちに持ってきたいという想いは強いですし、実現させたいです」
そう言えるのは、鹿屋市をふくむ周辺の自治体や鹿児島県につながりがあり、協力的であることも大きな要因だ。
黒川GM
「鹿屋周辺の市長さんや町長さんで自転車好きな人が多いのもあり、相談しに行っても『それはウチでは出来ない』と言われることはまず無いし、『大会を誘致してくれるなら予算つけますよ』とまで言ってくれるんです。鹿屋の市長は自転車に詳しくて、紹介した自転車関係者が驚くほどなんです。鹿屋体育大の自転車部とよくサイクリングするんですが、部員の名前と出身地を覚えてくれてるんですよ。
最近はサイクルツーリズムで県を挙げて自転車を活用する企画をしているので、色々教えて欲しいという話も来ます。そこでコネクションがしっかり出来て、これまでの活動で行政に理解いただいていることも大きいと思っています」
世界から鹿屋へ、鹿屋から世界へ
ロードレースチームとして再スタートした一方で、黒川GMは「チャリン・コ・クリエイション株式会社」という新会社を設立。本拠地を鹿屋市に置く他、大阪と東京にも拠点を置き、自転車を通じて鹿児島の素晴らしさを発信していくという。
これまでも、地域密着型チームで同様な取り組みはされてきたが、チーム運営会社の事業のひとつとして進められることはあっても別会社を設立することは無かった。その狙いについて黒川GMは、「チームは鹿屋から世界を目指す組織で、この会社は世界から鹿屋や鹿児島へという流れを作る組織」と説明する。
「これまでたくさんの人にお世話になって迷惑もかけて、鹿屋では自転車がそれなりのポジションに来ることが出来ました。自転車競技の世界で選手が頑張って目立ってはいたけれど、僕らがやりたかったのは地域おこしなので、これからは恩返しをしていかねばならない。せかっく自転車に良い風が吹いているのだから、一過性のムーブメントに終わらせるのではなく、後進につなげられるものをきちっと作っておきたい。選手や自転車屋だけでない、自転車に関わってそれが仕事になるというモデルを作り上げて、若い人達が生活していけるものを作り上げたいと考えて会社を設立しました。
東京と大阪の拠点はアンテナショップ的な役割です。たまたま一緒にやろうと意気投合した人が東京と大阪にうまく分散したのもありますが、人や支援を集めるには都市圏の方が数もニーズもありますから、それらを鹿屋や鹿児島にもってくる流れをつくるための拠点です」
「例えば、鹿屋市のある大隅半島は農産物の宝庫でもあるので、農業体験や焼酎工場の見学などを組み込んだサイクリングツアーを企画して人を呼び込み、逆にそうして作り上げたコネクションを利用して、農産物や加工品を東京や大阪に出していくことも出来ると思います。
今はコロナでストップしているけれど、鹿児島空港は韓国の仁川などから毎日飛行機が来ているので、韓国、香港、台湾あたりからも人を呼び込むことも可能でしょう。仁川なら、羽田や成田に行くよりも近いですからね。韓国体育大学とのネットワークもあるので、インバウンドのニーズも掘り起こせると考えています。
自治体にしても、スポーツ合宿を呼び込むためにグラウンドや施設を整備するけれど、呼び込むアテが無いという話を聞きます。大学勤務の頃にも、自転車のことを教えて欲しいと尋ねてこられる行政の方が多くいました。この方面の専門家がいないので、それならこういう会社があるだけで自治体がイメージすることが形になるという事例を作っていけるのではないかと。観光や健康、道路行政、エコロジー、最近話題のSDGs(持続可能社会)と、自転車がキーワードになっている今、しっかりとしたロールモデルを作り上げたいと思っています」
かつてスペインのバスク地方を拠点としていた「エウスカルテル・エウスカディ」というチームを覚えている方も多いだろう。バスク人の選手で構成され、バスク地方の企業がスポンサーにつき、さらにはバスクの人々が資金的にも支えていたという、地域密着型の見本のようなチームだった。
黒川GMの語る様々な構想が実現すれば、シエルブルー鹿屋はエウスカルテル・エウスカディのようなチームとなるだろうか。その一方で「絵に描いたモチにならないようにしないといけない」と、黒川GMは自戒の言葉も口にする。コロナ禍で困難な情勢が続いているが、実現する日を待ちたい。
text:Satoru Kato
初年度目標はランキング5位 でも甘くない現実
8月時点のJプロツアーランキングでは、シエルブルー鹿屋は弱虫ペダルサイクリングチームに次ぐ6位。目標としている年間5位にあと一歩のところまで来ているが、ポイント差はまだ大きい。
(黒川GM=黒川剛ゼネラルマネージャー、若藤代表=若藤英二シエルブルー株式会社代表)
若藤代表
「チームの雰囲気や成績は順調なので、なんとか弱虫ペダルとの差を縮めたい。次の南魚沼は経済産業大臣旗大会なのでポイント配分が高いし、少しでも近づきたいと考えているんですが、なかなかそうはいかないでしょうね。今日は行けると思っても、入部(正太朗)や井上(文成)がうちの石橋、冨尾よりも上にいる。チーム体制的には似たところもあるけれど、やっぱりあの2人が強いのでなかなか差が縮まらないです」
黒川GM
「冨尾も学も、捨て身の積極的な走りをしなければチャンスはないと分かっていて動いているし、脚を貯めて最後1本というレースはしていません。それは僕らがずっと言ってきた『ノー・アタック、ノー・チャンス』を実践しているから。でも捨て身の攻撃をしないとチャンスが巡ってこないほどコマが足りてないのも事実です。国内レースと言えど、甘くないですね」
若藤代表
「甘くないですよ。でももうひと踏ん張りと思っているので、後半戦に向けてもう1回ムチ打ってしかけて行きたいですね。このままでは終われないし、1勝はもぎ取りたいです」
安原監督も絶賛した鹿屋の環境
シエルブルー鹿屋の拠点周辺には、ロードレースのあらゆる練習が出来る環境が揃っている。近くにある鹿屋体育大学自転車部の練習コースもあり、ゆるやかなアップダウンが繰り返される海岸沿いの道を往復するだけでも良い練習になりそうだ。スピード練習をしたければ、鹿児島国体のために整備し直されたトラックもある。それらが移動時間をかけずに行ける場所にあり、自転車競技に打ち込むにはこれ以上ない環境が整っている。
黒川GM
「今年のシーズン前にはマトリックスパワータグが合宿に来て、環境の良さを気に入った安原監督は他の人に教えたくないとまで言ってくれました。海岸線を平坦コースで200kmくらい取れるし、山の中に入って180kmも走れば250kmくらい走ったのと同じくらいの疲労感があると選手は言います。信号も少ないので途切れず走れるのも良いですしね」
シマノレーシングは、鹿児島湾を挟んで鹿屋の反対側にある指宿(いぶすき)で毎年合宿を行っている。2月後半なら14、5度くらいまで気温が上がるというから、シーズン前の合宿をするにはちょうど良い気候だ。
黒川GM
「それを利用して来年2月にオープン戦を企画していましたが、ちょっと時間的に間に合わなくなって今回は見送りました。レースとあわせてチームが合宿に来てくれれば地元経済にもプラスになるし、普段応援してくれる人達に本物のレースを見てもらって確固たるファンを根付かせたい。やっぱり実際に見てもらって『すごいよね』と思ってもらえないと、真のプロチームにはなれないと思います。
早ければ来年の夏頃か、再来年のオープン戦を考えていますが、来年はインカレを鹿児島でやりたいとも考えています。地元を盛り上げていくためにも、Jプロツアーを年1回はやりたいなと思っています」
若藤代表
「チームの立地上仕方ないとは言え、遠征にかかる費用が半端ない額になるので、1試合くらいはホームゲームが欲しいというのもありますね。だから尚のことJプロツアーの1戦や2戦はこっちに持ってきたいという想いは強いですし、実現させたいです」
そう言えるのは、鹿屋市をふくむ周辺の自治体や鹿児島県につながりがあり、協力的であることも大きな要因だ。
黒川GM
「鹿屋周辺の市長さんや町長さんで自転車好きな人が多いのもあり、相談しに行っても『それはウチでは出来ない』と言われることはまず無いし、『大会を誘致してくれるなら予算つけますよ』とまで言ってくれるんです。鹿屋の市長は自転車に詳しくて、紹介した自転車関係者が驚くほどなんです。鹿屋体育大の自転車部とよくサイクリングするんですが、部員の名前と出身地を覚えてくれてるんですよ。
最近はサイクルツーリズムで県を挙げて自転車を活用する企画をしているので、色々教えて欲しいという話も来ます。そこでコネクションがしっかり出来て、これまでの活動で行政に理解いただいていることも大きいと思っています」
世界から鹿屋へ、鹿屋から世界へ
ロードレースチームとして再スタートした一方で、黒川GMは「チャリン・コ・クリエイション株式会社」という新会社を設立。本拠地を鹿屋市に置く他、大阪と東京にも拠点を置き、自転車を通じて鹿児島の素晴らしさを発信していくという。
これまでも、地域密着型チームで同様な取り組みはされてきたが、チーム運営会社の事業のひとつとして進められることはあっても別会社を設立することは無かった。その狙いについて黒川GMは、「チームは鹿屋から世界を目指す組織で、この会社は世界から鹿屋や鹿児島へという流れを作る組織」と説明する。
「これまでたくさんの人にお世話になって迷惑もかけて、鹿屋では自転車がそれなりのポジションに来ることが出来ました。自転車競技の世界で選手が頑張って目立ってはいたけれど、僕らがやりたかったのは地域おこしなので、これからは恩返しをしていかねばならない。せかっく自転車に良い風が吹いているのだから、一過性のムーブメントに終わらせるのではなく、後進につなげられるものをきちっと作っておきたい。選手や自転車屋だけでない、自転車に関わってそれが仕事になるというモデルを作り上げて、若い人達が生活していけるものを作り上げたいと考えて会社を設立しました。
東京と大阪の拠点はアンテナショップ的な役割です。たまたま一緒にやろうと意気投合した人が東京と大阪にうまく分散したのもありますが、人や支援を集めるには都市圏の方が数もニーズもありますから、それらを鹿屋や鹿児島にもってくる流れをつくるための拠点です」
「例えば、鹿屋市のある大隅半島は農産物の宝庫でもあるので、農業体験や焼酎工場の見学などを組み込んだサイクリングツアーを企画して人を呼び込み、逆にそうして作り上げたコネクションを利用して、農産物や加工品を東京や大阪に出していくことも出来ると思います。
今はコロナでストップしているけれど、鹿児島空港は韓国の仁川などから毎日飛行機が来ているので、韓国、香港、台湾あたりからも人を呼び込むことも可能でしょう。仁川なら、羽田や成田に行くよりも近いですからね。韓国体育大学とのネットワークもあるので、インバウンドのニーズも掘り起こせると考えています。
自治体にしても、スポーツ合宿を呼び込むためにグラウンドや施設を整備するけれど、呼び込むアテが無いという話を聞きます。大学勤務の頃にも、自転車のことを教えて欲しいと尋ねてこられる行政の方が多くいました。この方面の専門家がいないので、それならこういう会社があるだけで自治体がイメージすることが形になるという事例を作っていけるのではないかと。観光や健康、道路行政、エコロジー、最近話題のSDGs(持続可能社会)と、自転車がキーワードになっている今、しっかりとしたロールモデルを作り上げたいと思っています」
かつてスペインのバスク地方を拠点としていた「エウスカルテル・エウスカディ」というチームを覚えている方も多いだろう。バスク人の選手で構成され、バスク地方の企業がスポンサーにつき、さらにはバスクの人々が資金的にも支えていたという、地域密着型の見本のようなチームだった。
黒川GMの語る様々な構想が実現すれば、シエルブルー鹿屋はエウスカルテル・エウスカディのようなチームとなるだろうか。その一方で「絵に描いたモチにならないようにしないといけない」と、黒川GMは自戒の言葉も口にする。コロナ禍で困難な情勢が続いているが、実現する日を待ちたい。
text:Satoru Kato
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