2020/04/18(土) - 09:18
米国の5大グラベルレースのうちの一つ、ザ・ミッドサウスに挑んだ女性グラベルレーサー竹下佳映選手(パナレーサー・ファクター p/b バイシクルエクスチェンジ)の参戦レポート後編をお届け。雨で粘土質になった赤土のグラベル、そして寒さが容赦なく襲います。
(レポート前篇はこちら)
まさに「赤い泥道」。こんな状態の道が、相当の距離で続くのだ
「グラベル」の直訳は「砂利」ですが、バイクレース界では未舗装路なら何でもグラベルと呼ばれています。実際、このコースは165kmのうち舗装路が5%、砂利が5%、残りは全て赤土の道、いや「赤い泥道」でした。レース前半では気にする暇もありませんでしたが、後半になって気付いた口の中のジャリジャリ感は酷く、気持ち悪かったです。直接口に入ってくる以外に、補給食を掴む指先も水ボトルも赤土の粒まみれで、飲食する度に、否応なしに鉄分摂取していました...。
サングラスも泥だらけ photo:241Photography
どんなにしっかり通常・事前のメンテを行っていても、自分のと周囲の自転車のドライブトレインから嫌な音がし始めるまで時間は掛かりませんでした。マーフィーの法則「起こる可能性のあることは、実際に起こる」はグラベルにとても良く当てはまります。リアディレーラーハンガーの破損は、いつ起こってもおかしくない状況ですし、レース放棄の理由の一つがこれでしょう。コース上の修理はタイムロスが痛すぎますし、都合よく雨宿りしながら、という訳にもいきません。出来る限り泥の量の少ないライン選択、負荷をかけないようにシフト、使用するギアの制限をしたりして、破損リスク回避を心掛けました。
普段考えられないほど摩耗するプーリー。リアディレイラー破損、ブレーキパッド消滅に加え、この日よくある光景のうちの一つ photo:241Photography
どんなにペダルを踏み込んでも、エネルギーの半分は泥に吸い取られていくようです。走行速度は遅く、なかなか中間地点に辿り着きません。雨はレース開始後3時間ほどで止みましたが、灰色の雲は厚く、気温も5℃位に上がっただけ。身体は激しく動き続けているのに、徐々に寒気がしてきました。
道端で泥を落とすよう試みてみるが... photo:241Photography
あるところで泥が更に深くなり「このままじゃ泥で車輪が止まる!」という直前で降りて止まり、まずはタイヤとフレーム間の泥を取り除きました。道の脇を流れる泥水でリアディレーラーを洗い、また乗って走れる場所に着くまで歩きました。
皆んな泥まみれで、レースの早い時点で見分けがつかず、誰がどこにいるのかすら良く分かりませんでした。ドラフティングしての集団走行が可能な状況ではないので、バラバラなソロ走行が目立ちました。女子フィールドの中での自分の位置も大体の場所しか分かりませんでしたが、その心配より、まずは自分自身と自転車が故障せずに走り続けられることに集中です。
中間地点では洗車場がレース参加者用に開放されていた photo:241Photography
中間サポート地点のある場所は、小さな田舎町です。舗装路の走行感が凄く久し振りな感じがしました。止まって自転車から降りると、それまで4時間近く泥にまみれて直進すらまともに出来なかったので、急に固いアスファルト上で停止しているのが変な感じで、ふらふらと眩暈がしました。完全に水浸しになった防水グローブは乾いたものと取り換え、酷く寒かったので更に1枚レイヤーを追加し、燃料補給。その間チェーンには注油、ボトルも交換。ほんの少し息をついただけでしたが、かなり気分が良くなり元気に再出発しました。
熱い応援! photo:241Photography
町を出て舗装路が終わると、綺麗になったドライブトレインも前の状態に逆戻りです。「コース後半は、前半より泥の具合が酷い」と地元の住人が言っていましたが、正にその通りでした。泥沼シクロクロスレースも何度も体験していますが、クロスは機材交換・パワーウォッシュ使用が毎周回可能ですし、レースそのものが1時間かそれ以下です。悲惨さを比較すればザ・ミッドサウスの足元にも及びません。
体力・機材と共に、忍耐力が問われる photo:241Photography
その上、懸念していた通りのことが起こりました。まだまだ先は長いので雨が止んだこと自体は良いのですが、同時に地面の水っぽさが減り、ベタベタ感が増してきました。赤土は、その粘土質の威力を更に大発揮。容赦なくありとあらゆる部分にこびり付き、非常に厄介です。
雨で両側が流されてしまった「道」 photo:241Photography
誰もが自転車から降りて歩くことを強いられた場所も後半で2か所程ありました。歩く度、べったり付着した泥でシューズが重くなります。フレームのタイヤクリアランスが大きければ大きい程、泥詰まりが起こりにくく、最小限の時間しか歩かずに走り続けることが出来るため、そういった機材を走らせているライダーに圧倒的に有利な状況でした。私は残念ながら、自転車を担いで歩くことを余儀なくされた場面が一日を通して何度もあり、その間に追い抜かれたり、引き離されたり、後方とのギャップが狭まったりしました。しかし変えられないものはどうしようもないので、前進あるのみです。
壊れかけた小さな木の橋を渡る。下の水の流れはかなり速い photo:241Photography
途中、千人も渡ったら壊れてしまうのでは? と思わせる、一部だけ残った壊れかかった木橋や、雨で削れて両側が深い溝になっている道とも言えない道もありました。去年は走破出来た小川は、膝上まで水嵩が上がっていて歩いて渡るしかありませんでした。最中、見えない溝につまずいて、下手して転んだら潜水してしまうところでしたが、最悪の事態は回避。この時点で水の冷たさがあまりよく感じられませんでした。
べとべとな、泥、泥、泥... photo:Matthew Fowler / Gravel Guru
フレーム、ペダル、シューズの泥を洗い流すライダーたち photo:241Photography
途中、ジープを1、2台見かけました。「全て自己責任」が基本ルールなグラベルですが、場所と状況が過酷なため、主催者が地元のジープ愛好家クラブをパトロール兼レスキューとして採用していました。普通車では到底辿り着けない道を走っているので、車体もオフロード仕様が必要です。中間サポート地点とコース上から、走行継続不可能になった多くのライダーを救助するのに、30台もが活躍しました。また、このレースは最後の最後の完走者が戻ってくるのを祝福するまで終了しないので、真っ暗闇の中、後方ライダー達の位置確認にも活躍してくれます。(今年は、ラストライダーは16時間弱かかって完走)
濁った川は底が見えず、つまずいて転びそうに photo:241Photography
地元のジープ愛好会からボランティアで何台も出動してくれた photo:241Photography
なにせ厳しいコンディションでした。血糖値が下がり、目を開けているのが辛くて眠くなる瞬間もありました。通常の倍は用意したカロリーでもガス欠になるかと思いました。途中、ポップアップ休憩所が出現し、水とウイスキー(?!)が提供されていたようですが、ここで止まると再出発が難しくなると思い、そのまま突き進みました。
誰もが歩かなければならない区間もあった photo:241Photography
歩いて、担いで、担いで、歩いて... photo:241Photography
特に最後の25kmは、午前中に比べ気温そのものは1〜2℃上がっているはずなのに、風も出てきたのか一気に寒くなって、スピードもパワーも落ちたのが直ぐに分かりました。「ちょっとヤバいけど、絶対完走出来る、大丈夫、大丈夫」と何度も自分に言い聞かせながら、最後の最後まで走り切りました。
要した時間は去年の3時間増しでしたが、無事に帰還・完走しました! 笑顔で帰ってこれて、とても嬉しいです。今年の100マイル完走者は365人だったそうです。
完走直後、普段飲まないコーラが美味しい photo:TBL Photography
フィニッシュ後。生き返る思いだった photo:Daniel-san
ザ・ミッドサウスは、シーズン序盤のレースとして挑戦し甲斐があるだけでなく、グラベルコミュニティー仲間が大集結するポジティブさ満載のイベントです。ここ数年で出来たグラベル仲間との再会の場で、会場にいた時間でお喋りが尽きることはありませんでした。
このレポートを書いている今は、COVID-19自宅滞在命令が出てから暫くしていて、何週間も誰とも自転車に乗っていませんし、人と会うことも少ないので、まるでイベント週末が夢だったかのようです。
次にまた皆んなと会って、ライドやレースをすることが出来るがいつになるのかは分かりませんが、その日まで、自宅トレーニング、バーチャルライド、自宅の近所ソロ走行で、健康とモチベーションを維持していきたいと思っています。また来年このレースに参加出来るのを楽しみにしています。
竹下佳映(パナレーサー・ファクター p/b バイシクルエクスチェンジ) photo:Salsa Cycles 竹下佳映 (たけした かえ)プロフィール
北海道札幌市出身。
パナレーサー・ファクター p/b バイシクルエクスチェンジ(アメリカ)所属
2019年 女性グラベルライダー・オブ・ザ・イヤー (米国グラベルポッドキャスト、グローディオ主催)、2019年 グラベル・ランキング女子1位 (米国自転車メディア、ピュア・グラベル主催)
(レポート前篇はこちら)
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「グラベル」の直訳は「砂利」ですが、バイクレース界では未舗装路なら何でもグラベルと呼ばれています。実際、このコースは165kmのうち舗装路が5%、砂利が5%、残りは全て赤土の道、いや「赤い泥道」でした。レース前半では気にする暇もありませんでしたが、後半になって気付いた口の中のジャリジャリ感は酷く、気持ち悪かったです。直接口に入ってくる以外に、補給食を掴む指先も水ボトルも赤土の粒まみれで、飲食する度に、否応なしに鉄分摂取していました...。
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どんなにしっかり通常・事前のメンテを行っていても、自分のと周囲の自転車のドライブトレインから嫌な音がし始めるまで時間は掛かりませんでした。マーフィーの法則「起こる可能性のあることは、実際に起こる」はグラベルにとても良く当てはまります。リアディレーラーハンガーの破損は、いつ起こってもおかしくない状況ですし、レース放棄の理由の一つがこれでしょう。コース上の修理はタイムロスが痛すぎますし、都合よく雨宿りしながら、という訳にもいきません。出来る限り泥の量の少ないライン選択、負荷をかけないようにシフト、使用するギアの制限をしたりして、破損リスク回避を心掛けました。
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どんなにペダルを踏み込んでも、エネルギーの半分は泥に吸い取られていくようです。走行速度は遅く、なかなか中間地点に辿り着きません。雨はレース開始後3時間ほどで止みましたが、灰色の雲は厚く、気温も5℃位に上がっただけ。身体は激しく動き続けているのに、徐々に寒気がしてきました。
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あるところで泥が更に深くなり「このままじゃ泥で車輪が止まる!」という直前で降りて止まり、まずはタイヤとフレーム間の泥を取り除きました。道の脇を流れる泥水でリアディレーラーを洗い、また乗って走れる場所に着くまで歩きました。
皆んな泥まみれで、レースの早い時点で見分けがつかず、誰がどこにいるのかすら良く分かりませんでした。ドラフティングしての集団走行が可能な状況ではないので、バラバラなソロ走行が目立ちました。女子フィールドの中での自分の位置も大体の場所しか分かりませんでしたが、その心配より、まずは自分自身と自転車が故障せずに走り続けられることに集中です。
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中間サポート地点のある場所は、小さな田舎町です。舗装路の走行感が凄く久し振りな感じがしました。止まって自転車から降りると、それまで4時間近く泥にまみれて直進すらまともに出来なかったので、急に固いアスファルト上で停止しているのが変な感じで、ふらふらと眩暈がしました。完全に水浸しになった防水グローブは乾いたものと取り換え、酷く寒かったので更に1枚レイヤーを追加し、燃料補給。その間チェーンには注油、ボトルも交換。ほんの少し息をついただけでしたが、かなり気分が良くなり元気に再出発しました。
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町を出て舗装路が終わると、綺麗になったドライブトレインも前の状態に逆戻りです。「コース後半は、前半より泥の具合が酷い」と地元の住人が言っていましたが、正にその通りでした。泥沼シクロクロスレースも何度も体験していますが、クロスは機材交換・パワーウォッシュ使用が毎周回可能ですし、レースそのものが1時間かそれ以下です。悲惨さを比較すればザ・ミッドサウスの足元にも及びません。
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その上、懸念していた通りのことが起こりました。まだまだ先は長いので雨が止んだこと自体は良いのですが、同時に地面の水っぽさが減り、ベタベタ感が増してきました。赤土は、その粘土質の威力を更に大発揮。容赦なくありとあらゆる部分にこびり付き、非常に厄介です。
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誰もが自転車から降りて歩くことを強いられた場所も後半で2か所程ありました。歩く度、べったり付着した泥でシューズが重くなります。フレームのタイヤクリアランスが大きければ大きい程、泥詰まりが起こりにくく、最小限の時間しか歩かずに走り続けることが出来るため、そういった機材を走らせているライダーに圧倒的に有利な状況でした。私は残念ながら、自転車を担いで歩くことを余儀なくされた場面が一日を通して何度もあり、その間に追い抜かれたり、引き離されたり、後方とのギャップが狭まったりしました。しかし変えられないものはどうしようもないので、前進あるのみです。
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特に最後の25kmは、午前中に比べ気温そのものは1〜2℃上がっているはずなのに、風も出てきたのか一気に寒くなって、スピードもパワーも落ちたのが直ぐに分かりました。「ちょっとヤバいけど、絶対完走出来る、大丈夫、大丈夫」と何度も自分に言い聞かせながら、最後の最後まで走り切りました。
要した時間は去年の3時間増しでしたが、無事に帰還・完走しました! 笑顔で帰ってこれて、とても嬉しいです。今年の100マイル完走者は365人だったそうです。
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ザ・ミッドサウスは、シーズン序盤のレースとして挑戦し甲斐があるだけでなく、グラベルコミュニティー仲間が大集結するポジティブさ満載のイベントです。ここ数年で出来たグラベル仲間との再会の場で、会場にいた時間でお喋りが尽きることはありませんでした。
このレポートを書いている今は、COVID-19自宅滞在命令が出てから暫くしていて、何週間も誰とも自転車に乗っていませんし、人と会うことも少ないので、まるでイベント週末が夢だったかのようです。
次にまた皆んなと会って、ライドやレースをすることが出来るがいつになるのかは分かりませんが、その日まで、自宅トレーニング、バーチャルライド、自宅の近所ソロ走行で、健康とモチベーションを維持していきたいと思っています。また来年このレースに参加出来るのを楽しみにしています。
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北海道札幌市出身。
パナレーサー・ファクター p/b バイシクルエクスチェンジ(アメリカ)所属
2019年 女性グラベルライダー・オブ・ザ・イヤー (米国グラベルポッドキャスト、グローディオ主催)、2019年 グラベル・ランキング女子1位 (米国自転車メディア、ピュア・グラベル主催)
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