2020/04/16(木) - 11:10
米国の5大グラベルレースのうちの一つ、ザ・ミッドサウス。アメリカでプロの女性グラベルレーサーとして活躍する竹下佳映選手(パナレーサー・ファクター p/b バイシクルエクスチェンジ)が参戦したレポートをお届け。雨によって粘土質になった赤土のグラベルが容赦なく襲います。
竹下佳映 (たけした かえ)プロフィール
竹下佳映(パナレーサー・ファクター p/b バイシクルエクスチェンジ) photo:Salsa Cycles
北海道札幌市出身
パナレーサー・ファクター p/b バイシクルエクスチェンジ(アメリカ)所属
2019年 女性グラベルライダー・オブ・ザ・イヤー (米国グラベルポッドキャスト、グローディオ主催)、2019年 グラベル・ランキング女子1位 (米国自転車メディア、ピュア・グラベル主催)
ザ・ミッドサウス(旧名ランドラン100)は、COVID-19の影響を受け、各地で自宅滞在令が発行される前の3月上旬に行われました。
数年遡り、2017年3月。
目が覚めると暖かいベッドの中にいました。部屋は明るく、機械の緑と赤のライトが点滅していました。腕には点滴、乾いた病院のガウンを着て、毛布に包まれている私を、旦那とチーム監督と知らない人(看護師と誰?)が覗き込んでいる状況が全く理解出来ずに、私の口から出た第一声は、「レースはどうなったの?」
私にとって初出場だった2017年のランドラン100は最悪なコンディションで、参加者は皆んな苦戦を強いられ、その年以降も含めた大会の歴史の中で、完走者率が最低な年となりました。私は、女子リードで中間地点に辿り着きましたが、ゴールの2ブロック手前で意識不明で倒れ、病院の救急室で目覚めて終わりました。
レース序盤に降り始めた雨は止むことなく、出来る限りの装備をしたものの、後半一気に寒さが増しました。勝利することだけを念頭に、振り返ることなく走り続けました。過去に氷点下10℃スタートの極寒レースを走ったこともありますが、今まで経験した中で、ここまで骨の髄まで冷え切ったのは、この日でした。
いつの間にか身体の震えは無くなり、身体の芯に灯っている小さな蝋燭がどんどん小さく弱くなっていくような感じでした。熱が完全に消えたのを感じた瞬間を覚えています。
レース2日前に完成したばかりの新車のブレーキパッドは、使用する間も無くまるでヤスリで削られたかのように完全に消耗。冷たい指は全く動かず、ギアシフトが出来ない状態でした。途中から視界がぼんやりしてきて、沢山のライダーが私を追い越していきました。一人また一人、後ろを見ると誰もいないのに、次の瞬間誰かが走り抜けていきます。
視界が狭くて周りは真っ黒になり、ある時点で自分のペダルの片方しか見えませんでした。シューズがペダルにクリップインせず「このままじゃ進めない」と、悲しい思いでいっぱいでした (それ以外の考えが頭に浮かばなかった)。数分後かそれ以上か暫くして、「私はアンディです、大丈夫ですか」という声がどこからか聞こえてきて、横から抱き上げられたところで、私の記憶は途切れました。
低体温症でした。顔も完全に血の気が失せ、意識朦朧で立っていられない状態だったのに、自転車に乗ろうとするのをやめなかったそうです。冷たい雨と外気温5℃との組み合わせに長時間晒されているのが致命的となりました。この年、登録者数は1000人、当日朝の雨模様によりスターターは850人、完走者数は低体温症または機材故障が原因で僅か165人に留まりました。
2020年、雨レース 今回は絶対に同じ目に遭わない!
表通りの軒下で、開始直前まで雨宿り photo:241Photography
全国から大勢のライダーの集まる米国グラベル界のスプリング・クラシック、去年まで「ランドラン100」として知られていた「ザ・ミッドサウス」は、オクラホマ州の赤土を駆け抜ける約100マイル(160キロ)のレースです。
2013年から開催されているこのイベントは、100マイルレースに加え、50kmウルトララン、50マイルライド、ライド&ランのダブル、主催者自らも参加するバンド生演奏、エキスポ、レース前日・翌日のグループライド等、今では数日間続くグラベル祭です。私にとっては4度目の出場で、参加者数が多く男女共に強豪が集まるのと、2018・2019年と二度準優勝を手にしていたこともあり、ワクワクしながら準備を進めていました。
レースの2日前は、現地では26℃まで気温が上がり、晴れ。しかし私が宿舎に到着した前日には一気に気温が下がり、どんより曇り空の寒い日でした。エキスポに参加した後、天気予報を何度も見ながら、翌日に備えてタイヤ交換と最終ギアチェック。日が暮れてから降り始めた雨は一晩中降りしきりました。
チームメイトのクリスティーと photo:Daniel-san
当日朝、まだ暗いうちに宿舎を出た時は一時止んだものの、会場駐車場に着いてからまた雨が降り始めました。春先の天気は予測不可能で、レース日になって全然違う天気だった、という経験が何度もあり、遠征時はクローゼットの中身を全部持参することにしています。
特に長距離グラベルイベントは、天候が直に地面状態を左右しますし、脱出可能地点も少なく、サポートも決められた場所でしか受けられません(無い場合もあります)ので、準備万全に越したことはありません。どんなに高性能透湿防水性のウェアを身に纏っても、完全防水は不可能、人よりかなり寒がりですし、出来るだけ長くドライで快適な状態で過ごせるように、レイヤーの上にレイヤーを重ねました。
100マイル参加者のラインアップ。いよいよレースが始まる photo:241Photography
いつもならウォームアップに行くところですが、無駄に動いて濡れる必要も無いので、ラインアップぎりぎりの時間までヒーターを利かせた車内に留まることにしました。雨だけでなく雷もあちこちで轟き始め、開始時間が30分遅れました。なかなかワイルドな一日になりそうな予感です。
友人も大勢で、やる気・元気共に満々だ photo:TBL Photography
約1000人がぎゅうぎゅう詰めになりながら100マイルコースのスタート地点に並びました。イベント主催者のエネルギッシュなスピーチで、会場の盛り上がり度がマックスに達したところでスタートです!
町を抜けるまではジープが先導してのニュートラル走行 photo:241Photography
町を出て舗装路が終わるまではジープに先導され、ニュートラル走行です。グラベルに突入した瞬間、まるで正面から泥水をバケツで掛けられたかのように、頭のてっぺんから爪先まで泥だらけになってしまいました。直ぐにサングラスも泥で何も見なくなり、フレームを少し下げると上の隙間から泥が入ってきて、内側まで泥だらけです。サングラスを外すとそれはそれで目に直接泥水が入ってきます。視界半分以下で前進している感じでした。コンピュータ画面も泥を被っているので、データも地図も何も見えません。
交通封鎖はグラベルには当てはまらない photo:241Photography
ドライコンディション時と違い、先頭集団がバラけるまであっという間でした。なだらかな丘が続くコースは、雨で柔らかくなった地面のせいで抵抗力があり、出力に対し速度が追い付きません。去年猛スピードで駆け抜けたのが嘘の様です。途中には、両端のセメントが破壊されて積みあがっている橋、牧草地を通るシングルトラック、足首までどっぷり浸かる大きな水溜り、短いけれど壁の様に急な登り坂もありました。
数少ない砂利のグラベルを走る photo:241Photography
後編へつづく。
竹下佳映 (たけした かえ)プロフィール
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北海道札幌市出身
パナレーサー・ファクター p/b バイシクルエクスチェンジ(アメリカ)所属
2019年 女性グラベルライダー・オブ・ザ・イヤー (米国グラベルポッドキャスト、グローディオ主催)、2019年 グラベル・ランキング女子1位 (米国自転車メディア、ピュア・グラベル主催)
ザ・ミッドサウス(旧名ランドラン100)は、COVID-19の影響を受け、各地で自宅滞在令が発行される前の3月上旬に行われました。
数年遡り、2017年3月。
目が覚めると暖かいベッドの中にいました。部屋は明るく、機械の緑と赤のライトが点滅していました。腕には点滴、乾いた病院のガウンを着て、毛布に包まれている私を、旦那とチーム監督と知らない人(看護師と誰?)が覗き込んでいる状況が全く理解出来ずに、私の口から出た第一声は、「レースはどうなったの?」
私にとって初出場だった2017年のランドラン100は最悪なコンディションで、参加者は皆んな苦戦を強いられ、その年以降も含めた大会の歴史の中で、完走者率が最低な年となりました。私は、女子リードで中間地点に辿り着きましたが、ゴールの2ブロック手前で意識不明で倒れ、病院の救急室で目覚めて終わりました。
レース序盤に降り始めた雨は止むことなく、出来る限りの装備をしたものの、後半一気に寒さが増しました。勝利することだけを念頭に、振り返ることなく走り続けました。過去に氷点下10℃スタートの極寒レースを走ったこともありますが、今まで経験した中で、ここまで骨の髄まで冷え切ったのは、この日でした。
いつの間にか身体の震えは無くなり、身体の芯に灯っている小さな蝋燭がどんどん小さく弱くなっていくような感じでした。熱が完全に消えたのを感じた瞬間を覚えています。
レース2日前に完成したばかりの新車のブレーキパッドは、使用する間も無くまるでヤスリで削られたかのように完全に消耗。冷たい指は全く動かず、ギアシフトが出来ない状態でした。途中から視界がぼんやりしてきて、沢山のライダーが私を追い越していきました。一人また一人、後ろを見ると誰もいないのに、次の瞬間誰かが走り抜けていきます。
視界が狭くて周りは真っ黒になり、ある時点で自分のペダルの片方しか見えませんでした。シューズがペダルにクリップインせず「このままじゃ進めない」と、悲しい思いでいっぱいでした (それ以外の考えが頭に浮かばなかった)。数分後かそれ以上か暫くして、「私はアンディです、大丈夫ですか」という声がどこからか聞こえてきて、横から抱き上げられたところで、私の記憶は途切れました。
低体温症でした。顔も完全に血の気が失せ、意識朦朧で立っていられない状態だったのに、自転車に乗ろうとするのをやめなかったそうです。冷たい雨と外気温5℃との組み合わせに長時間晒されているのが致命的となりました。この年、登録者数は1000人、当日朝の雨模様によりスターターは850人、完走者数は低体温症または機材故障が原因で僅か165人に留まりました。
2020年、雨レース 今回は絶対に同じ目に遭わない!
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全国から大勢のライダーの集まる米国グラベル界のスプリング・クラシック、去年まで「ランドラン100」として知られていた「ザ・ミッドサウス」は、オクラホマ州の赤土を駆け抜ける約100マイル(160キロ)のレースです。
2013年から開催されているこのイベントは、100マイルレースに加え、50kmウルトララン、50マイルライド、ライド&ランのダブル、主催者自らも参加するバンド生演奏、エキスポ、レース前日・翌日のグループライド等、今では数日間続くグラベル祭です。私にとっては4度目の出場で、参加者数が多く男女共に強豪が集まるのと、2018・2019年と二度準優勝を手にしていたこともあり、ワクワクしながら準備を進めていました。
レースの2日前は、現地では26℃まで気温が上がり、晴れ。しかし私が宿舎に到着した前日には一気に気温が下がり、どんより曇り空の寒い日でした。エキスポに参加した後、天気予報を何度も見ながら、翌日に備えてタイヤ交換と最終ギアチェック。日が暮れてから降り始めた雨は一晩中降りしきりました。
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当日朝、まだ暗いうちに宿舎を出た時は一時止んだものの、会場駐車場に着いてからまた雨が降り始めました。春先の天気は予測不可能で、レース日になって全然違う天気だった、という経験が何度もあり、遠征時はクローゼットの中身を全部持参することにしています。
特に長距離グラベルイベントは、天候が直に地面状態を左右しますし、脱出可能地点も少なく、サポートも決められた場所でしか受けられません(無い場合もあります)ので、準備万全に越したことはありません。どんなに高性能透湿防水性のウェアを身に纏っても、完全防水は不可能、人よりかなり寒がりですし、出来るだけ長くドライで快適な状態で過ごせるように、レイヤーの上にレイヤーを重ねました。
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いつもならウォームアップに行くところですが、無駄に動いて濡れる必要も無いので、ラインアップぎりぎりの時間までヒーターを利かせた車内に留まることにしました。雨だけでなく雷もあちこちで轟き始め、開始時間が30分遅れました。なかなかワイルドな一日になりそうな予感です。
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約1000人がぎゅうぎゅう詰めになりながら100マイルコースのスタート地点に並びました。イベント主催者のエネルギッシュなスピーチで、会場の盛り上がり度がマックスに達したところでスタートです!
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町を出て舗装路が終わるまではジープに先導され、ニュートラル走行です。グラベルに突入した瞬間、まるで正面から泥水をバケツで掛けられたかのように、頭のてっぺんから爪先まで泥だらけになってしまいました。直ぐにサングラスも泥で何も見なくなり、フレームを少し下げると上の隙間から泥が入ってきて、内側まで泥だらけです。サングラスを外すとそれはそれで目に直接泥水が入ってきます。視界半分以下で前進している感じでした。コンピュータ画面も泥を被っているので、データも地図も何も見えません。
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ドライコンディション時と違い、先頭集団がバラけるまであっという間でした。なだらかな丘が続くコースは、雨で柔らかくなった地面のせいで抵抗力があり、出力に対し速度が追い付きません。去年猛スピードで駆け抜けたのが嘘の様です。途中には、両端のセメントが破壊されて積みあがっている橋、牧草地を通るシングルトラック、足首までどっぷり浸かる大きな水溜り、短いけれど壁の様に急な登り坂もありました。
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後編へつづく。
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