2018/05/23(水) - 14:56
その差、56秒。デュムランは逆転を逃したが、差はぐっと縮まった。マリアローザを守ったイェーツの口から出た「守りの走りに徹する」作戦は疲れている証拠?平均50km/hオーバーの高速バトルが繰り広げられたジロ第16ステージ個人TTを振り返ります。
スタート後しばらくは石畳が続く photo:Kei Tsuji
メカニックトラックの中でレース前の最終調整 photo:Kei Tsuji
クリンチャータイヤを選択したロット・フィックスオール photo:Kei Tsuji
ディスクブレーキの投入に積極的なEFエデュケーションファースト・ドラパック photo:Kei Tsuji
アップ開始時間と終了時間、レーススタート時間が記されたホワイトボード photo:Kei Tsuji
出番を待つトム・デュムラン(オランダ、サンウェブ)のTTバイク photo:Kei Tsuji
58Tを用意したサイモン・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット) photo:Kei Tsuji
サイモン・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット)のTTバイク photo:Kei Tsuji
イタリア北部のオーストリア国境に面したトレンティーノ=アルト・アディジェ州。そのど真ん中を、アルプス山脈からアドリア海に注ぐ水量たっぷりのアディジェ川が貫いている。第16ステージの個人タイムトライアルはそんなアディジェ川に沿って南下するほぼ真っ平らなレイアウト。スタート地点はドイツ語とイタリア語が入り混じる同州最大の都市トレント(人口11万人)に置かれた。
ほぼ無風。アディジェ川の両岸に広がるブドウ畑やリンゴ畑の樹々は揺れていない。どちらかと言われれば追い風。天気予報に反して、朝方にかけて降った雨はレース開始とともにほぼ止んだ。第1走者がスタートする頃にはまだ路面が濡れていたが、後半にかけて状態はよくなっていく。気象条件によって有利不利が出る個人TTだが、概ねイコールコンディションが保たれた。
ステージ6位に入ったアレックス・ドーセット(イギリス、カチューシャ・アルペシン)はパワー数値や心拍データを赤裸々に毎日STRAVAにて公開している。第16ステージのログを見ると、体重75kgのドーセットの平均出力は395Wで平均スピード50.1km/h、最高スピード73.4km/h。ステージ中盤の平坦区間をドーセットは60km/h前後で淡々と踏んでいる。ステージ優勝を狙う選手たちは56Tや58Tといった巨大なフロントチェーンリングを装備してこのハイスピードコースに挑んだ。機材に関して言うと、TTでは「直進時の抵抗の少なさ」を理由にチューブラータイヤではなくクリンチャータイヤを使用するチームがちらほらある。
ステージ優勝したローハン・デニス(オーストラリア、BMCレーシング)が記録した51.3km/hという平均スピードは、ジロ史上14番目に速い記録だった。ちなみにジロの個人TT史上最速記録は2001年の7.6kmプロローグでリック・ヴェルブルッヘ(ベルギー)がマークした58.874km/h。
ステージ全体のデータは公開されていないが、Velonのデータによると、体重71kgのデニスはラスト5kmを平均出力400W、ラスト2kmを平均出力440Wで踏んでいる。パワー出力に興味や知識がない人でも、デニスが終盤にかけて追い込みをかけたことがよくわかるはず。
デニスは無線を通して計測タイムを聞きながら走り、第1計測でマルティンから15秒リード、第2計測で6秒リードしていたことを把握していたという。そして最後はマルコ・ピノッティ監督の叫び声を聞きながらフィニッシュした。スポンサー撤退によって存続が危ぶまれるBMCレーシングにとってデニスの勝利は追い風となるか。新スポンサーに関しては現地で様々な噂が飛び交っているものの、もちろん全て未確認情報であり、発表はまだまだ先になりそうだ。
ぶどう畑に覆われた直線路を走る photo:Kei Tsuji
ぶどうやリンゴがなる直線路を走る photo:Kei Tsuji
イタリア国旗を掲げ、窓から観戦 photo:Kei Tsuji
ところどころ石畳が敷かれたコース photo:Kei Tsuji
石畳が敷かれた街中を走る photo:Kei Tsuji
田舎町の細い石畳路を走る photo:Kei Tsuji
山岳ステージで全くいいところのなかったファビオ・アル(イタリア、UAEチームエミレーツ)がステージ上位に入って周囲を驚かせた。「第15ステージで遅れたのは、彼がTTスペシャリストに進化していたからか、なるほど」とイタリア人ジャーナリストが冗談交じりに頷いたが、アルにはレース後に20秒のペナルティが課せられている。前を走る警察バイクに近づきすぎたというのがその理由だ。
アルを含めてこの日はスリップストリームに入ったと判断された6名にタイムペナルティと100スイスフラン(11,200円)の罰金が課せられた。6名の選手は以下のとおり。
ベン・ヘルマンス(ベルギー、イスラエルサイクリングアカデミー)30秒ペナルティ
レミ・カヴァニャ(フランス、クイックステップフロアーズ)30秒ペナルティ
マッズ・ペデルセン(デンマーク、トレック・セガフレード)30秒ペナルティ
ファビオ・アル(イタリア、UAEチームエミレーツ)20秒ペナルティ
ヴァレリオ・コンティ(イタリア、UAEチームエミレーツ)2分ペナルティ
ディエゴ・ウリッシ(イタリア、UAEチームエミレーツ)2分ペナルティ
UCIチーフコミッセールを務めるアメリカ人のランダル・シャファー氏によると、ヘリコプターからの空撮映像とモーターバイクに乗るUCIコミッセールの報告がペナルティの判断につながった。現在ジロではフィニッシュ地点のバンの中でUCIコミッセールがテレビ映像を常時チェックしており、映像から違反行為を取り締まる仕組みができあがっている。
アルは20秒のペナルティによりステージ6位からステージ8位にダウン。UAEチームエミレーツは故意のスリップストリーミングを否定しているが、UCIコミッセールの判断に抗議することなくペナルティを受け入れると発表している。アルが復調の兆しを見せていただけに、なんとも後味の悪い結果となった。
また、この日はクイックステップフロアーズのチームカーの屋根からフォトグラファーが上半身を出して撮影していたため、運転していたダヴィデ・ブラマーティ監督に1,000スイスフラン(112,000円)の罰金が課せられている。
幹線道路を離れ、田舎町の中を走る photo:Kei Tsuji
街中はテクニカルな細い道が続く photo:Kei Tsuji
ゆるい起伏のある石畳路を走る photo:Kei Tsuji
軒先に椅子を出してゆったりと観戦 photo:Kei Tsuji
ステージ8位/58秒差 ファビオ・アル(イタリア、UAEチームエミレーツ) photo:Kei Tsuji
40分ジャストのトップタイムで優勝したローハン・デニス(オーストラリア、BMCレーシング) photo:Kei Tsuji
サイモン・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット)は、「エベレスト」に例えていた最大の難所を無事に乗り越えた。これまでアンダー時代から数えてイェーツとトム・デュムラン(オランダ、サンウェブ)は同じ個人タイムトライアルを11回走っており、デュムランが負けなしの11戦11勝。その11回の成績をざっくり平均すると、1kmにつき3秒差がついている計算。今回の個人タイムトライアルでついたタイム差は1分15秒。デュムランの言う通り少し追い風基調だったこともあり、1kmにつき2.2秒しか差がつかなかった。
レース後の記者会見で、イェーツは「ここまでオフェンシブ(攻撃的)な走りを見せてきたが、今後はディフェンシブ(防御的)に走る」と宣言している。オフェンシブに走らなければならないのは、追う立場のライバルたち。イェーツとデュムランの総合タイム差は56秒まで縮まっており、バッドデーがやってくればまだ何が起こるかわからない。イェーツは「ジロの最終週はいつも変なことが起こるから」と警戒している。実際、2016年のジロで誰も寄せ付けない強さを見せたステフェン・クライスヴァイク(オランダ、ロットNLユンボ)は、3分以上の総合リードを得て迎えた第19ステージで雪壁に突っ込んで落車。5分近くを失って総合4位まで下がった前例がある。
記者会見で「身体が疲れきっている」と、3つの山岳ステージを残してわざわざ弱みを見せたイェーツの狙いは何なのか。ディフェンシブに走ると宣言して、オフェンシブに走るライバルたちを利用することでリードを広げる考えなのかどうか。
波がありながらも確実に最終週にコンディションを上げているクリストファー・フルーム(イギリス、チームスカイ)の動きも鍵を握ることになりそう。総合4位に浮上したフルームは、総合3位ドメニコ・ポッツォヴィーヴォ(イタリア、バーレーン・メリダ)とのタイム差を39秒まで詰めた。イェーツとのタイム差3分50秒をひっくり返すのは難しいかもしれないが、総合表彰台を狙える場所まで戻ってきている。
スプリンター向きの第17ステージを挟んで、プラートネヴォーゾ(第18ステージ)、フィネストレ&バルドネッキア(第19ステージ)、チェルヴィニア(第20ステージ)では激しい戦いが繰り広げられるはず。イェーツがディフェンシブ宣言をしたことで、そろそろ逃げ切りが1回ぐらいは決まってもいいと思う(まだ1回も決まっていない)。
ステージ5位/35秒差 クリストファー・フルーム(イギリス、チームスカイ) photo:Kei Tsuji
ステージ3位/22秒差 トム・デュムラン(オランダ、サンウェブ) photo:Kei Tsuji
ステージ20位/1分37秒差 サイモン・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット) photo:Kei Tsuji
最終ストレートに入ったサイモン・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット) photo:Kei Tsuji
フィニッシュラインまで追い込むサイモン・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット) photo:Kei Tsuji
マリアローザにミッチェルトン・スコットのロゴをプリント photo:Kei Tsuji
text&photo:Kei Tsuji in Rovereto, Italy
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ほぼ無風。アディジェ川の両岸に広がるブドウ畑やリンゴ畑の樹々は揺れていない。どちらかと言われれば追い風。天気予報に反して、朝方にかけて降った雨はレース開始とともにほぼ止んだ。第1走者がスタートする頃にはまだ路面が濡れていたが、後半にかけて状態はよくなっていく。気象条件によって有利不利が出る個人TTだが、概ねイコールコンディションが保たれた。
ステージ6位に入ったアレックス・ドーセット(イギリス、カチューシャ・アルペシン)はパワー数値や心拍データを赤裸々に毎日STRAVAにて公開している。第16ステージのログを見ると、体重75kgのドーセットの平均出力は395Wで平均スピード50.1km/h、最高スピード73.4km/h。ステージ中盤の平坦区間をドーセットは60km/h前後で淡々と踏んでいる。ステージ優勝を狙う選手たちは56Tや58Tといった巨大なフロントチェーンリングを装備してこのハイスピードコースに挑んだ。機材に関して言うと、TTでは「直進時の抵抗の少なさ」を理由にチューブラータイヤではなくクリンチャータイヤを使用するチームがちらほらある。
ステージ優勝したローハン・デニス(オーストラリア、BMCレーシング)が記録した51.3km/hという平均スピードは、ジロ史上14番目に速い記録だった。ちなみにジロの個人TT史上最速記録は2001年の7.6kmプロローグでリック・ヴェルブルッヘ(ベルギー)がマークした58.874km/h。
ステージ全体のデータは公開されていないが、Velonのデータによると、体重71kgのデニスはラスト5kmを平均出力400W、ラスト2kmを平均出力440Wで踏んでいる。パワー出力に興味や知識がない人でも、デニスが終盤にかけて追い込みをかけたことがよくわかるはず。
デニスは無線を通して計測タイムを聞きながら走り、第1計測でマルティンから15秒リード、第2計測で6秒リードしていたことを把握していたという。そして最後はマルコ・ピノッティ監督の叫び声を聞きながらフィニッシュした。スポンサー撤退によって存続が危ぶまれるBMCレーシングにとってデニスの勝利は追い風となるか。新スポンサーに関しては現地で様々な噂が飛び交っているものの、もちろん全て未確認情報であり、発表はまだまだ先になりそうだ。
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アルを含めてこの日はスリップストリームに入ったと判断された6名にタイムペナルティと100スイスフラン(11,200円)の罰金が課せられた。6名の選手は以下のとおり。
ベン・ヘルマンス(ベルギー、イスラエルサイクリングアカデミー)30秒ペナルティ
レミ・カヴァニャ(フランス、クイックステップフロアーズ)30秒ペナルティ
マッズ・ペデルセン(デンマーク、トレック・セガフレード)30秒ペナルティ
ファビオ・アル(イタリア、UAEチームエミレーツ)20秒ペナルティ
ヴァレリオ・コンティ(イタリア、UAEチームエミレーツ)2分ペナルティ
ディエゴ・ウリッシ(イタリア、UAEチームエミレーツ)2分ペナルティ
UCIチーフコミッセールを務めるアメリカ人のランダル・シャファー氏によると、ヘリコプターからの空撮映像とモーターバイクに乗るUCIコミッセールの報告がペナルティの判断につながった。現在ジロではフィニッシュ地点のバンの中でUCIコミッセールがテレビ映像を常時チェックしており、映像から違反行為を取り締まる仕組みができあがっている。
アルは20秒のペナルティによりステージ6位からステージ8位にダウン。UAEチームエミレーツは故意のスリップストリーミングを否定しているが、UCIコミッセールの判断に抗議することなくペナルティを受け入れると発表している。アルが復調の兆しを見せていただけに、なんとも後味の悪い結果となった。
また、この日はクイックステップフロアーズのチームカーの屋根からフォトグラファーが上半身を出して撮影していたため、運転していたダヴィデ・ブラマーティ監督に1,000スイスフラン(112,000円)の罰金が課せられている。
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レース後の記者会見で、イェーツは「ここまでオフェンシブ(攻撃的)な走りを見せてきたが、今後はディフェンシブ(防御的)に走る」と宣言している。オフェンシブに走らなければならないのは、追う立場のライバルたち。イェーツとデュムランの総合タイム差は56秒まで縮まっており、バッドデーがやってくればまだ何が起こるかわからない。イェーツは「ジロの最終週はいつも変なことが起こるから」と警戒している。実際、2016年のジロで誰も寄せ付けない強さを見せたステフェン・クライスヴァイク(オランダ、ロットNLユンボ)は、3分以上の総合リードを得て迎えた第19ステージで雪壁に突っ込んで落車。5分近くを失って総合4位まで下がった前例がある。
記者会見で「身体が疲れきっている」と、3つの山岳ステージを残してわざわざ弱みを見せたイェーツの狙いは何なのか。ディフェンシブに走ると宣言して、オフェンシブに走るライバルたちを利用することでリードを広げる考えなのかどうか。
波がありながらも確実に最終週にコンディションを上げているクリストファー・フルーム(イギリス、チームスカイ)の動きも鍵を握ることになりそう。総合4位に浮上したフルームは、総合3位ドメニコ・ポッツォヴィーヴォ(イタリア、バーレーン・メリダ)とのタイム差を39秒まで詰めた。イェーツとのタイム差3分50秒をひっくり返すのは難しいかもしれないが、総合表彰台を狙える場所まで戻ってきている。
スプリンター向きの第17ステージを挟んで、プラートネヴォーゾ(第18ステージ)、フィネストレ&バルドネッキア(第19ステージ)、チェルヴィニア(第20ステージ)では激しい戦いが繰り広げられるはず。イェーツがディフェンシブ宣言をしたことで、そろそろ逃げ切りが1回ぐらいは決まってもいいと思う(まだ1回も決まっていない)。
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text&photo:Kei Tsuji in Rovereto, Italy
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