2018/04/10(火) - 07:29
「勝てる」と言われ続けて獲れなかったルーべのタイトル。言いたい放題の発言が災いして批判を受け、プレッシャーのなか臨んだ北の地獄。勝負を決めたのはゴールまで50km以上を残したタイミングのアタックだった。虹色の王者サガンは風格の走りで念願のパヴェのトロフィーを手にし、批判を吹き飛ばした。
コンピエーニュ宮殿前でのチームプレゼンテーション photo:Makoto.AYANO
第116回パリ~ルーベのスタートを迎えるのは今年も変わらず王宮の街コンピエーニュ。第一次世界大戦の休戦協定が結ばれたこの街に、25の出場チームは前日の午後14時半から行われるチームプレゼンテーションのため集結する。今大会がオマージュを捧げるWW1当時のコスチュームを着た兵士が、登壇する選手たちをステージ脇で迎えた。明日のスタート後は街外れの休戦協定記念公園を通過するとのこと。
BMCレーシングとディフェンディングチャンピオンのグレッグ・ヴァンアーヴェルマートが登壇 photo:Makoto.AYANO
クイックステップフロアーズの強さは観客たちもよく知っている photo:Makoto.AYANO
北の地獄パリ〜ルーベをフォローする関係者が合言葉のように交わすのは「明日は暑くなる」という一言だった。前日ですでに眩い日差し。すでに上がり始めた気温。ドライなルーベになる? しかし試走を終えたチームや選手たちに訊けば、そうでもなさそうだ。
酷暑に見舞われたルーベといえば2007年大会。ステュアート・オグレディ(当時チームCSC)が勝ったそのレースも季節外れの真夏日のように暑くなったことが思い出される。乾いたパヴェの砂煙で集団のなかほどは10m前が見えないほどだった。(その年は今回の優勝候補フィリップ・ジルベールが初めてパリ〜ルーベに出場した年でもある)。一昨年も乾ききったドライなレースだったが、今年はコースがややウェットな状況になっているという。
フランスでもチームプレゼン一番人気はペテル・サガンとボーラ・ハンスグローエだ photo:Makoto.AYANO
プレゼンで一番人気だったペテル・サガン(ボーラ・ハンスグローエ)が、ステージ脇で記者の質問に応える。ロンド・ファン・フラーンデレンとルーベの走り方や作戦の違いとは?と訊かれると、「ロンドは坂で脱落するけど、ルーベはパンクで脱落するんだ」と、豪快に笑い飛ばす。なるほど、サガンは昨年のルーベはアタックしたタイミングを含めて2度に渡るパンクでホイール交換に手間取り、有力選手たちによる闘いの最前線から脱落している。
ヴィラージュには好きな選手へのコメントが書き込めるメッセージボードが photo:Makoto.AYANO
パリ〜ルーベのコース保存会「Les Amis de Paris-Roubaix(友の会)」の活動も紹介されている photo:Makoto.AYANO
ジャケットを着込む寒さだったフランドル地方からやって来てみると(両地は200km圏内)、Tシャツ1枚で過ごせるほどの暑さ。4月ですでに夏日。しかし数日前の「北の一帯」は冷たい雨が降ったばかりで、フランスだからというわけじゃない。前週から繰り返し降った雨で、パヴェにはところどころ水溜まりができていて、路面には泥が被っているという。
コルトレイクで筆者と同じホテルに宿泊していたUAEチームエミレーツのフィリップ・モデュイ監督は、木曜にコースを下見してきた状況を教えてくれた。スマホで見せてくれた動画には、幾つかの難箇所で深い水たまりをチームカーが泥水を跳ね上げながら走る様子が映っていた。
スタートの朝。パリ〜ルーベのスタート地点コンピエーニュ 宮殿の前はすでにパヴェだ photo:Makoto.AYANO
「部分的とはいえウェットでマッドなコンディションのルーベは、今となっては選手にもスタッフにも経験がある人が少ない。きっと近年にないほど困難な状況で難しいレースになる。エキサイティングだね」と、いたずらっ子のように笑うフィリップ氏。まるで観戦ファンのように喜ぶ様子もなんだか可笑しい。ちなみに最後に雨になったルーベは2002年にまで遡る。
私がレース撮影で後席に載るモトパイロットのフランク氏もすでに木・金と試走する選手のTV取材でパヴェ区間を走ってきたという。連日の泥が落としきれないブーツを指差して、もう替わりが無いと笑う。「愛車のBMW(オートバイ)も泥まみれになって何度もスリップしたけど、ルーベ本番前に練習になったのは良かった」と話す。「取材側もトラブルが多くなるよ」と。
クイックステップから移籍したジュリアン・ヴェルモート(ディメンションデータ)も北のクラシックに意欲を燃やすひとり photo:Makoto.AYANO
スタートを待つプロトン。11時が迫ると急に気温も上がってきた photo:Makoto.AYANO
主催者A.S.O.のプレス担当者からは、大会前夜遅くに直前インフォメーションがメールで届いた。セクター29、28、20、15のパヴェが泥で滑りやすく、28は下りでスピードが出るためさらに危険。そして悪名高いアランヴェール、モンサンペヴェル、カルフールドラルブルのパヴェ3つは「非常に困難」と、改めて記されていた。そこに挙げられたパヴェは泥で非常に滑りやすくなっている状態で、関係車両の通行も困難であることが予想されるためできるだけ早く(プロトンが来る前に)通過すること。そう注意喚起されていた。
スタート前に質問攻めにあうフィリップ・ジルベール(クイックステップフロアーズ) photo:Makoto.AYANO
グレッグ・ヴァンアーヴェルマートのファン photo:Makoto.AYANO
大会当日の朝のコンピエーニュには深い霧が立ち込めていた。空気にたっぷり水分を含んでいたが、スタート時間の11時近づくと霧は消えて快晴に。そして気温はぐんぐん上昇しだす。しかし湿気を含む重い暑さになる。昨夜のうちにお湿り程度の雨が降り、いくつかのパヴェ区間にも局所的に降ったという情報。すなわち濡れて泥を呼ぶ。
ディレクトエネルジーはウィリエールのディスク仕様バイクCento10を揃える。リムブレーキを使うことができるモデルだ photo:Makoto.AYANO
スタート前にはチームのバイクのセッティング状況を取材するのが恒例だ。トレック・セガフレードやEFエデュケーション・ドラパックのキャノンデール、ジャイアントに乗るチームサンウェブ、ウィリエールに乗るディレクトエネルジー、そしてKTMに乗るディルコ・マルセイユらがチームメンバーの大半をディスクブレーキバイクでセットアップしている。やはりホイール交換の点ではノーマルブレーキのホイールが依然として早く、簡単だ。チーム全体で統一してディスク選択をするケースは出てきているようだが、ノーマルホイールにこだわる選手の主張は通るもので、選択の権利は未だに選手にあるチームが多いようだ。監督たちも他のチームの状況を調べつつ、メカニックやスタッフたちとレース中のホイール交換などトラブルの対応について話し合っている。しかしチームを越えて話し合い、機材を揃える方向に向かうといった動きはまだ無いようだ。
ペテル・サガンのゴールドに塗られたスペシャライズドroubaixはサスペンション機構を備える photo:Makoto.AYANO
チームサンウェブはジャイアントのDEFYディスクブレーキ仕様バイクを全選手に揃えた photo:Makoto.AYANO
ロンドに続きバイクスポンサーのスペシャライズドから金色のバイクが用意されたペテル・サガン。クイックステップフロアーズのフィリップ・ジルベールやニキ・テルプストラにもヘッド部にサスペンション機構が内蔵されたバイクが用意された(今年はロックアウト機構が追加された)が、市販モデルにはない、プロだけのために造ったリムブレーキ仕様のバイクをわざわざ使用する。サガンに至っては電動変速機も使用せず、ケーブル引きの機械式変速機を使用する。
朝日のなかコンピエーニュの街をスタートしていくプロトン photo:Makoto.AYANO
マヴィックのニュートラルサポートモトはディスクとノーマルタイプのホイールをほぼ半々の割合で積載していた。選手たちは依然としてリムブレーキ派が多くを占めるなか、ディスクにやや手厚い状況になってきたといえるだろう。ちなみにタイヤはサードパーティのハンドメイドメーカー製品を使うチームこそ減りつつあるが、未だにチューブラー一択だ。ルーベの機材は革新と保守とが混じり合う不思議な世界となっており、つくづくバイクメーカーが望むマーケティング通りにはいかないものだと思う。
パヴェの各地で活躍するマヴィックのニュートラルモト部隊 photo:Makoto.AYANO
マヴィックのニュートラルモトが積むホイールはリム/Discブレーキ半々の割合 photo:Makoto.AYANO
主催者の注意喚起を受け、最初のセクター29のパヴェ、トロワビルには時間の余裕を持って入った。しかし、ただでさえ集団の密度が高い状態のこの最初の数区間が変更されたことで、動き方の分からないチームがいくつかあり、状況はちょっとしたカオスに。そしていきなり大きな落車が起こった。パヴェの出口に居た、ディスクブレーキホイールを手にしたEFエディケーションのチームスタッフたちと談笑していたが、彼らもラジオツールを聞いてすぐ青ざめた。大きな落車発生に、最初のパヴェでいきなり緊張がマックス状態になる。幾つもに分断し、長く長く伸びた集団となって通過する選手たち。
滑りやすい濡れたパヴェにプロトンは混乱する photo:Makoto.AYANO
昨年覇者ヴァンアーヴェルマートも分断された後方集団にとらわれていた。この先が荒れる展開になることは十分に想像できた。チームスカイのエースナンバー、ゲラント・トーマスが大きく遅れてひとり走る。ジャージは泥にまみれ、脚からは血を流している。「G」は少し走ったが次のパヴェ前にリタイヤしたという情報。
チームスカイのエース、ゲラント・トーマス(イギリス)が最初のパヴェで落車し、遅れる photo:Makoto.AYANO
新たに通過するパヴェを行くプロトンだが、すでに落車で大きく分断が発生している photo:Makoto.AYANO
パヴェを撮影して次の区間へと向かうエスケープルートでも、まだ車両の通過を受けていない真新しい泥がチームカーのタイヤを滑らせる。すぐ横を走っていた通信社カメラマンのモトが横滑りして転倒してしまう。真っ直ぐに走っていても、2輪車はタイヤが滑り出すと為す術無く転んでしまうのだ。体重の軽さや機材の重さでも転びやすさに差がついてしまうようだ。この日は取材仲間のモトの転倒を3度見ることに。
アグレッシブな逃げグループがパヴェを行く photo:Makoto.AYANO
ロンドで戦列な2位デビューを飾ったマッズ・ペデルセン(デンマーク、トレックセガフレード) photo:Makoto.AYANO
パヴェに被った泥でスリップして転倒した通信社のカメラマンモト photo:Makoto.AYANO
昼を過ぎて暑さを増すが、曇り空となり日差しがなくなったことで終盤のパヴェの泥の表面は乾かなかったようだ。むしろ水たまり部を容赦なく通過する車両の跳ね上げる水で、コース表面には泥が流れる。少人数で逃げる先頭集団は滑らないようにラインを選んで走れるが、大きな集団の中に居ては自分のコースを選ぶのも難しい。終日、レースラジオには落車の情報がひっきりなしに飛び交っていた。
アランヴェールでスリップして転んだモト。パヴェ表面は浮いた泥で滑りやすくなっている photo:Makoto.AYANO
落車したマイケル・ホーラールツ(ベルギー、ベランダスヴィレムス・クレラン)についての情報は、その時は「動かない」「緊急の救命措置中」という断片的な情報から重大な事故ということが伝わった。ヘリでの搬送先で蘇生に成功したというメディアの情報もあり、いったんは安堵できたが、それは後に誤報だったことがわかる。ただしこの不幸な死亡事故は心臓発作が原因で、落車がその原因となったわけではないということだ。
アランヴェールでペテル・サガンの近くを走るイヴ・ランパールトやマッズ・ペデルセン photo:Makoto.AYANO
メイン集団は数を減らしつつ、しかしクイックステップのジャージが目立つ位置に数を揃えている。アランヴェールでの本命ジルベールのアタックに続き、スティービー(ゼネク・スティバル)も動きだし、いよいよTHE WOLF PACK(=狼の群れ)の支配が始まるかに思えたが、いずれも決定的な差を付けるに至らず。逃げる集団の力強さもなかなか衰えない。他のアタックも頻発し、クイックステップはそのカバーにまわることに。サガン曰く「クイックステップは何回もアタックをしていたけど、踏んでは止め、踏んでは止めを繰り返し、その先に何があるのかわからなかった」とレース後に話した。
5つ星の難所オルシのパヴェを行くプロトン photo:Makoto.AYANO
グレッグ・ヴァンアーヴェルマート(BMCレーシング)のアタックとペースアップにより集団の人数が絞られると、次に仕掛けたのはサガンだった。サガンがアタックしたのはフィニッシュまでおよそ54kmを切ったところ。2012年に優勝したトム・ボーネンが独走に持ち込んだのと同じ、セクター13とセクター12の間だった。ヴァンアーヴェルマートは自分が動いた直後で動けず。ヤスパー・ストゥイフェン(トレック・セガフレード)とワウト・ヴァンアールト(ヴェランダヴィレムス・クレラン)が追走するも、届かない。
残り54kmの「ボーネンのアタックポイント」で追走を仕掛けて飛び出したペテル・サガン(ボーラ・ハンスグローエ) photo:Makoto.AYANO
勢いのある走りのサガンだが、しかしコーナーではミスをしないように慎重だ。泥を避けるライン取りの上手さに余裕があることも伺わせる。他の選手とはひと味違う身のこなし、テクニックの鮮やかさが光る。他の有力選手たちが「まだ早い」と考えていたタイミングで抜け出したサガンは、早々に3人にブリッヂをかけることに成功した。
サガンを追走するヤスパー・ストゥイフェン(トレック・セガフレード)とワウト・ヴァンアールト(ヴェランダヴィレムス・クレラン) photo:Makoto.AYANO
サガン、ストゥイフェン、ヴァンアールトを追う有力選手たちによるグループ photo:Makoto.AYANO
後方では次々にトラブルが発生していた。ロンドで2位の脅威の22歳マッズ・ペデルセン(トレック・セガフレード)も、勇敢な走りでお隣のベルギーから詰めかけたファンたちを沸かせたワウト・ヴァンアールト
も、タイミングの悪いメカトラ、パンクで最前線から脱落した。「ジャケットに引っかかった悪夢」の経験からか、サガンはコーナーでもイン側ギリギリは攻めず、マージンを取る。パヴェ区間の多すぎる観客で、その先が見えないのだ。
シルヴァン・ディリエ(アージェードゥーゼール)を従えてパヴェを行くペテル・サガン(ボーラ・ハンスグローエ) photo:Makoto.AYANO
サガンの速いペースに、やがて逃げグループで残れたのはシルヴァン・ディリエ(アージェードゥゼール・ラ・モンディアル)のみに。サガンとディリエは、すでにお互い協力して行く合意に達していた。サガンはパヴェ区間で多く仕事をして、ディリエは舗装区間で前を引く。少し速度が落ちようが、ディリエを置き去りにしないサガン。そのギブ・アンド・テイクで、最後まで一緒に逃げ切るというユニオン(連合)が成立していた。サガンにとっては距離が長いため、ひとりでは不利。後方との差を詰めさせないためにディリエを利用する。ディリエはサガンとなら逃げ切れるチャンスが生まれる。利害は一致していた。
アタックしたシクロクロス世界選3連勝王者ワウト・ヴァンアールト(ヴェランダヴィレムス・クレラン)だが、チェーン外れで遅れを喫する photo:Makoto.AYANO
マヴィックのニュートラルモトはホイールを抱えきれないぐらい持ちサポートする photo:Makoto.AYANO
ディリエはタイムトライアルを得意とするスイスのルーラーだ。昨年のジロ・デ・イタリア第6ステージでも逃げ切りでステージ優勝を挙げている。北のクラシックも好み、2年前のヘント〜ウェヴェルヘムでは勝利こそできなかったものの、少人数の逃げであわや逃げ切りかという走りを披露している。昨年はBMCに所属したが、今季はその力を買われて、オリバー・ナーセンのアシスト役としてアージェードゥーゼルに移籍。クラシックでの走りを期待されていた。もっとも、ストラーデ・ビアンケでの落車による負傷がもとでロンドには準備が間に合わず、このパリ〜ルーベに間に合わせた形だ。2年前の勝者であるマシュー・ヘイマンのエピソードに習い、Zwiftを使った室内トレーニングで体調を上げてきたという。
出遅れたグレッグ・ヴァンアーヴェルマート(BMCレーシング)らがサガンら2人を追走する photo:Makoto.AYANO
出遅れたニキ・テルプストラらがカルフール・ド・ラルブルでペースを上げる photo:Makoto.AYANO
序盤から逃げ続け、最終局面になっても強さを失わないディリエに、「経験上、他の誰かを過小評価してはいけない。パヴェ区間では自分が前を引いたけど、彼はまったく脱落する様子はなかった」とサガンは警戒を緩めなかった。ディリエもトラックの経験を活かし、サガンに先行させられながらも後方への注意を欠かさないスタイルでゴール勝負に挑んだ。サガンがいち早く掛けたスプリント。ディリエは遅れずに反応したが、サガンの力強い加速には敵わなかった。
後方のサガンに睨みを効かせながらスプリントのタイミングを図るシルヴァン・ディリエ(スイス、アージェードゥーゼール) photo:Makoto.AYANO
ディリエをスプリントで一蹴、勝利の雄叫びを上げるペテル・サガン(ボーラ・ハンスグローエ) photo:Makoto.AYANO
ディリエを一蹴するスプリントでフィニッシュラインに先着すると、両手を広げて咆哮したサガン。このゴールスプリントには自信があったが、ルーベ競技場に到達するまでに脚を攣らせていたとも明かした。泥に汚れつつも王者にふさわしい輝きの金色のバイクを持ち上げて歓喜。ポディウムそばに陣取っていたサガンファミリーを遠くから見つけると、「やったぜ」とばかり両手の拳を振り上げ、ガッツポーツでサインを送る。
ポディウムに駆けつけた親戚友人一同に勝利のサインを送るペテル・サガン(ボーラ・ハンスグローエ) photo:Makoto.AYANO
ペーター・サガンの親戚友人一同がサガンの勝利に歓喜する photo:Makoto.AYANO
ルーベ競技場に向かう2人の逃げ切りが決まったその後ろで、ヴァンアーヴェルマートらの有力選手グループを抜け出したテルプストラが独りで競技場に向かっていた。「サガンのアタックは、それこそが”Descisive Moment”=勝負を決める瞬間だった」とレース後に振り返ったテルプストラ。その発言は、そこに乗らなかった後悔とともに、自身がロンド・ファン・フラーンデレンでの勝利のときに仕掛けたタイミングが正しかったことを説明した際のコメントにかけているのだろう。勝負を決める瞬間は、勝者にしか分からない。
観客たちの声援に応えるペテル・サガン(ボーラ・ハンスグローエ)、シルヴァン・ディリエ(スイス、アージェードゥーゼール)、ニキ・テルプストラ(クイックステップフロアーズ) photo:Makoto.AYANO
今年は表彰セレモニーからポディウムガールを廃止したA.S.O.だが、代わりに用意したのが火炎放射による派手な演出。しかしこれが距離のあるカメラマンエリアに居ても熱くて顔を背けざるえをえないほどだった。(撮影に支障あり)。しかし渡されるパヴェのトロフィーは変わらないシンプルさ。それを手に喜々としておどけ、喜びを表現するポーズをとるサガン。
おどけたポーズで念願のパリ〜ルーベの勝利を祝うペテル・サガン(ボーラ・ハンスグローエ) photo:Makoto.AYANO
パリ〜ルーベの石畳をシンボルにしたトロフィーはサガンにとって待ちに待ったものだ。2016年のロンド・ファン・フラーンデレンに続く自身2つ目のモニュメントタイトル。世界チャンピオンの証アルカンシェルを着てルーベを制したのはベルナール・イノーの1981年の勝利以来、37年ぶりのこと。
もしロンドやルーベのタイトルを、「すでに3つある世界選手権のタイトルのひとつと交換してと誰かに言われても、いやだと断るよ!」と笑うサガン。今までのルーベ参戦は6回。いずれも苦しみ、トラブルに見舞われ、2014年の6位がそれまでの最高位だった。北の地獄の女王はサガンに対し、頑なに微笑んでくれなかったのだ。
ペテル・サガンの駆ったゴールドのスペシャライズドRoubaixバイク photo:Makoto.AYANO
「なぜそんなに早く逃げたって? いや、その瞬間を選んだわけじゃない。その瞬間が僕を選んだ。他の選手には一緒に行こうぜと声を掛けたけど、誰も来なかったんだ。OK、なら独りで行くよ」と。また、勝利できたこのレースは「今までトラブルに苦しんだ他のすべての年のレースよりも楽だった」と振り返る。
昨年は2度のパンクで勝機を逃したサガンが、前日に「ロンドは坂で、ルーベはパンクで遅れる」と話したとおり、ミス、不運がレースを左右したパリ〜ルーベ。今年のサガンは遅れにつながるメカトラもパンクもなく、逃げ出してから一度、自分でアーレンキーを使ってステムを締め直すマイナートラブルがあっただけだ。
トラブルは起こらなかったが、しかし2人にはレース後、UCIからお咎めがあった。ラスト20kmを切ってから路上のスタッフから(禁止されている)補給を受け取ったとして、それぞれ1,000スイスフラン(約11万円)の罰金が課される通知がなされ、ボーラ・ハンスグローエとアージェードゥーゼル・ラモンディアルの監督2人にもそれぞれ同じ金額のペナルティのコミュニケが出された。合計すると実に44万円に登る高額な罰金。しかしステージレースでのペナルティーとは異なり、順位やタイムには影響がない罰金のみのペナルティーだった。
くだけた笑顔で記者会見に臨むペテル・サガン(ボーラ・ハンスグローエ) photo:Makoto.AYANO
サガンの勝利はこれまでの批判をすべて吹き飛ばすものだ。ミラノ〜サンレモとE3ハーレルベーケでは勝負できるポジションに残ることが出来ず、「北のクラシックに向けて体調は間に合っていない」と批判を浴びた。2週前のヘント〜ウェヴェルヘムをゴールスプリントで勝利してなお、「石畳のクラシックに臨むには最高の調子ではないだろう」とも言われていた。
サガン、ディリエ、テルプストラ、そして4位集団を逃がした7位争いの集団がスプリントに向かう photo:Makoto.AYANO
また、先週のロンドの終了後には他のライバルチームの選手たちに対し、「自分ばかりをマークしていたらクイックステップのやりたい放題になるぞ。寝てないで起きろ」と言い放ち、その発言についてトム・ボーネンからメディア上で「言い過ぎれば他の選手からの協調が得られなくなる」とも揶揄された。
しかし記者会見でのサガンは、くだけた表情で笑いながら受け答えに応じるが、今や発言には相当気を遣っているのが判る。それはどのコメントも同じになるように話をすることからだ。フィニッシュ直後のインタビュー、各国TVカメラによる独自インタビュー、プレスセンターに連れてこられての記者会見の席上インタビュー、それらによる代わる代わるの違う質問に対しても、あえて変化をつけることをせず、同じような内容をオウム返しに話す。サガン流の自己防衛術? いや、前例にあるように、それこそ過去の偉大なチャンピオンたちが身につけてきた処世術といえるだろう。ただし、気持ちをストレートに隠さず話すコメントは変わらず刺激的で魅力的だ。
ボーネンに言われたことに憤慨したのがモチベーションになったのではないか?との質問はさらりと受け流した。「ボーネンは子供の頃からTVで観て憧れてきた。尊敬する彼に何も言うことはないよ」。
11年ぶり2度目の出場のパリ〜ルーベを15位で終えたフィリップ・ジルベール(クイックステップフロアーズ) photo:Makoto.AYANO
今大会最大の優勝候補に挙げられていたジルベールは15位に終わった。11年ぶりの出場で、2度めのルーベの経験を積んだが、優勝争いには絡むことができなかった。
「タフなレースだった。とにかくハードで、速くて、困難だった。レース前に言っていたとおり、経験のないルーベでどれだけの走りができるかは分からなかったし、期待すべきでもなかった。他の皆と同じようにとても苦しんだ。ボトルを失ってしまって、長いこと水分を摂れなかった。40kmで限界近かった。少しづつ回復したけど、もう遅かった。前にどれだけの選手がいるのかも、最後は何位に向けてスプリントしているのかも分からなかった」と話す。「ある時点で自分を見失った。レースの経験がなかった。容易じゃなかったね」。
ジルベールはレースの後、すでにほとんど誰も使う選手が居なくなっている競技場の付帯施設のシャワー室でシャワーを浴びたようだ。歴代優勝者の名前を刻む金属プレートが仕切りに取り付けられているという、伝統のシャワー室。Twitterに「もっともタフなレースのひとつ、それはパリ〜ルーベ」と、(古くからおなじみの写真に模した)更衣所で燃え尽きる姿の写真を投稿している。
フィリップ・ジルベール(クイックステップフロアーズ)のゼッケンは13だった photo:Makoto.AYANO
「#StriveForFive」のスローガンで5つのモニュメントレースすべてに勝つことをキャリア後半の最大目標に据えるジルベール。ロンド・ファン・フラーンデレンとリエージュ〜バストーニュ〜リエージュに各1回、イル・ロンバルディアに2回勝っているから、残るはミラノ〜サンレモとパリ〜ルーベだ。続くアルデンヌクラシックはアムステルゴールドレースとリエージュには出場を決めている。得意なアルデンヌのアップダウンレースで勝利数を伸ばすことも期待されるが、自身の気持ちはリスクの多いパリ〜ルーベを制することに向いている。シャワー室で過ごした時間は、2回めのルーベの経験を深め、勝利への欲求をより高めたことだろう。
photo&text:Makoto.AYANO in Kortrijk, BELGIUM
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酷暑に見舞われたルーベといえば2007年大会。ステュアート・オグレディ(当時チームCSC)が勝ったそのレースも季節外れの真夏日のように暑くなったことが思い出される。乾いたパヴェの砂煙で集団のなかほどは10m前が見えないほどだった。(その年は今回の優勝候補フィリップ・ジルベールが初めてパリ〜ルーベに出場した年でもある)。一昨年も乾ききったドライなレースだったが、今年はコースがややウェットな状況になっているという。
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コルトレイクで筆者と同じホテルに宿泊していたUAEチームエミレーツのフィリップ・モデュイ監督は、木曜にコースを下見してきた状況を教えてくれた。スマホで見せてくれた動画には、幾つかの難箇所で深い水たまりをチームカーが泥水を跳ね上げながら走る様子が映っていた。
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私がレース撮影で後席に載るモトパイロットのフランク氏もすでに木・金と試走する選手のTV取材でパヴェ区間を走ってきたという。連日の泥が落としきれないブーツを指差して、もう替わりが無いと笑う。「愛車のBMW(オートバイ)も泥まみれになって何度もスリップしたけど、ルーベ本番前に練習になったのは良かった」と話す。「取材側もトラブルが多くなるよ」と。
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主催者A.S.O.のプレス担当者からは、大会前夜遅くに直前インフォメーションがメールで届いた。セクター29、28、20、15のパヴェが泥で滑りやすく、28は下りでスピードが出るためさらに危険。そして悪名高いアランヴェール、モンサンペヴェル、カルフールドラルブルのパヴェ3つは「非常に困難」と、改めて記されていた。そこに挙げられたパヴェは泥で非常に滑りやすくなっている状態で、関係車両の通行も困難であることが予想されるためできるだけ早く(プロトンが来る前に)通過すること。そう注意喚起されていた。
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
大会当日の朝のコンピエーニュには深い霧が立ち込めていた。空気にたっぷり水分を含んでいたが、スタート時間の11時近づくと霧は消えて快晴に。そして気温はぐんぐん上昇しだす。しかし湿気を含む重い暑さになる。昨夜のうちにお湿り程度の雨が降り、いくつかのパヴェ区間にも局所的に降ったという情報。すなわち濡れて泥を呼ぶ。

スタート前にはチームのバイクのセッティング状況を取材するのが恒例だ。トレック・セガフレードやEFエデュケーション・ドラパックのキャノンデール、ジャイアントに乗るチームサンウェブ、ウィリエールに乗るディレクトエネルジー、そしてKTMに乗るディルコ・マルセイユらがチームメンバーの大半をディスクブレーキバイクでセットアップしている。やはりホイール交換の点ではノーマルブレーキのホイールが依然として早く、簡単だ。チーム全体で統一してディスク選択をするケースは出てきているようだが、ノーマルホイールにこだわる選手の主張は通るもので、選択の権利は未だに選手にあるチームが多いようだ。監督たちも他のチームの状況を調べつつ、メカニックやスタッフたちとレース中のホイール交換などトラブルの対応について話し合っている。しかしチームを越えて話し合い、機材を揃える方向に向かうといった動きはまだ無いようだ。


ロンドに続きバイクスポンサーのスペシャライズドから金色のバイクが用意されたペテル・サガン。クイックステップフロアーズのフィリップ・ジルベールやニキ・テルプストラにもヘッド部にサスペンション機構が内蔵されたバイクが用意された(今年はロックアウト機構が追加された)が、市販モデルにはない、プロだけのために造ったリムブレーキ仕様のバイクをわざわざ使用する。サガンに至っては電動変速機も使用せず、ケーブル引きの機械式変速機を使用する。

マヴィックのニュートラルサポートモトはディスクとノーマルタイプのホイールをほぼ半々の割合で積載していた。選手たちは依然としてリムブレーキ派が多くを占めるなか、ディスクにやや手厚い状況になってきたといえるだろう。ちなみにタイヤはサードパーティのハンドメイドメーカー製品を使うチームこそ減りつつあるが、未だにチューブラー一択だ。ルーベの機材は革新と保守とが混じり合う不思議な世界となっており、つくづくバイクメーカーが望むマーケティング通りにはいかないものだと思う。


主催者の注意喚起を受け、最初のセクター29のパヴェ、トロワビルには時間の余裕を持って入った。しかし、ただでさえ集団の密度が高い状態のこの最初の数区間が変更されたことで、動き方の分からないチームがいくつかあり、状況はちょっとしたカオスに。そしていきなり大きな落車が起こった。パヴェの出口に居た、ディスクブレーキホイールを手にしたEFエディケーションのチームスタッフたちと談笑していたが、彼らもラジオツールを聞いてすぐ青ざめた。大きな落車発生に、最初のパヴェでいきなり緊張がマックス状態になる。幾つもに分断し、長く長く伸びた集団となって通過する選手たち。

昨年覇者ヴァンアーヴェルマートも分断された後方集団にとらわれていた。この先が荒れる展開になることは十分に想像できた。チームスカイのエースナンバー、ゲラント・トーマスが大きく遅れてひとり走る。ジャージは泥にまみれ、脚からは血を流している。「G」は少し走ったが次のパヴェ前にリタイヤしたという情報。


パヴェを撮影して次の区間へと向かうエスケープルートでも、まだ車両の通過を受けていない真新しい泥がチームカーのタイヤを滑らせる。すぐ横を走っていた通信社カメラマンのモトが横滑りして転倒してしまう。真っ直ぐに走っていても、2輪車はタイヤが滑り出すと為す術無く転んでしまうのだ。体重の軽さや機材の重さでも転びやすさに差がついてしまうようだ。この日は取材仲間のモトの転倒を3度見ることに。



昼を過ぎて暑さを増すが、曇り空となり日差しがなくなったことで終盤のパヴェの泥の表面は乾かなかったようだ。むしろ水たまり部を容赦なく通過する車両の跳ね上げる水で、コース表面には泥が流れる。少人数で逃げる先頭集団は滑らないようにラインを選んで走れるが、大きな集団の中に居ては自分のコースを選ぶのも難しい。終日、レースラジオには落車の情報がひっきりなしに飛び交っていた。

落車したマイケル・ホーラールツ(ベルギー、ベランダスヴィレムス・クレラン)についての情報は、その時は「動かない」「緊急の救命措置中」という断片的な情報から重大な事故ということが伝わった。ヘリでの搬送先で蘇生に成功したというメディアの情報もあり、いったんは安堵できたが、それは後に誤報だったことがわかる。ただしこの不幸な死亡事故は心臓発作が原因で、落車がその原因となったわけではないということだ。

メイン集団は数を減らしつつ、しかしクイックステップのジャージが目立つ位置に数を揃えている。アランヴェールでの本命ジルベールのアタックに続き、スティービー(ゼネク・スティバル)も動きだし、いよいよTHE WOLF PACK(=狼の群れ)の支配が始まるかに思えたが、いずれも決定的な差を付けるに至らず。逃げる集団の力強さもなかなか衰えない。他のアタックも頻発し、クイックステップはそのカバーにまわることに。サガン曰く「クイックステップは何回もアタックをしていたけど、踏んでは止め、踏んでは止めを繰り返し、その先に何があるのかわからなかった」とレース後に話した。

グレッグ・ヴァンアーヴェルマート(BMCレーシング)のアタックとペースアップにより集団の人数が絞られると、次に仕掛けたのはサガンだった。サガンがアタックしたのはフィニッシュまでおよそ54kmを切ったところ。2012年に優勝したトム・ボーネンが独走に持ち込んだのと同じ、セクター13とセクター12の間だった。ヴァンアーヴェルマートは自分が動いた直後で動けず。ヤスパー・ストゥイフェン(トレック・セガフレード)とワウト・ヴァンアールト(ヴェランダヴィレムス・クレラン)が追走するも、届かない。

勢いのある走りのサガンだが、しかしコーナーではミスをしないように慎重だ。泥を避けるライン取りの上手さに余裕があることも伺わせる。他の選手とはひと味違う身のこなし、テクニックの鮮やかさが光る。他の有力選手たちが「まだ早い」と考えていたタイミングで抜け出したサガンは、早々に3人にブリッヂをかけることに成功した。


後方では次々にトラブルが発生していた。ロンドで2位の脅威の22歳マッズ・ペデルセン(トレック・セガフレード)も、勇敢な走りでお隣のベルギーから詰めかけたファンたちを沸かせたワウト・ヴァンアールト
も、タイミングの悪いメカトラ、パンクで最前線から脱落した。「ジャケットに引っかかった悪夢」の経験からか、サガンはコーナーでもイン側ギリギリは攻めず、マージンを取る。パヴェ区間の多すぎる観客で、その先が見えないのだ。

サガンの速いペースに、やがて逃げグループで残れたのはシルヴァン・ディリエ(アージェードゥゼール・ラ・モンディアル)のみに。サガンとディリエは、すでにお互い協力して行く合意に達していた。サガンはパヴェ区間で多く仕事をして、ディリエは舗装区間で前を引く。少し速度が落ちようが、ディリエを置き去りにしないサガン。そのギブ・アンド・テイクで、最後まで一緒に逃げ切るというユニオン(連合)が成立していた。サガンにとっては距離が長いため、ひとりでは不利。後方との差を詰めさせないためにディリエを利用する。ディリエはサガンとなら逃げ切れるチャンスが生まれる。利害は一致していた。


ディリエはタイムトライアルを得意とするスイスのルーラーだ。昨年のジロ・デ・イタリア第6ステージでも逃げ切りでステージ優勝を挙げている。北のクラシックも好み、2年前のヘント〜ウェヴェルヘムでは勝利こそできなかったものの、少人数の逃げであわや逃げ切りかという走りを披露している。昨年はBMCに所属したが、今季はその力を買われて、オリバー・ナーセンのアシスト役としてアージェードゥーゼルに移籍。クラシックでの走りを期待されていた。もっとも、ストラーデ・ビアンケでの落車による負傷がもとでロンドには準備が間に合わず、このパリ〜ルーベに間に合わせた形だ。2年前の勝者であるマシュー・ヘイマンのエピソードに習い、Zwiftを使った室内トレーニングで体調を上げてきたという。


序盤から逃げ続け、最終局面になっても強さを失わないディリエに、「経験上、他の誰かを過小評価してはいけない。パヴェ区間では自分が前を引いたけど、彼はまったく脱落する様子はなかった」とサガンは警戒を緩めなかった。ディリエもトラックの経験を活かし、サガンに先行させられながらも後方への注意を欠かさないスタイルでゴール勝負に挑んだ。サガンがいち早く掛けたスプリント。ディリエは遅れずに反応したが、サガンの力強い加速には敵わなかった。


ディリエを一蹴するスプリントでフィニッシュラインに先着すると、両手を広げて咆哮したサガン。このゴールスプリントには自信があったが、ルーベ競技場に到達するまでに脚を攣らせていたとも明かした。泥に汚れつつも王者にふさわしい輝きの金色のバイクを持ち上げて歓喜。ポディウムそばに陣取っていたサガンファミリーを遠くから見つけると、「やったぜ」とばかり両手の拳を振り上げ、ガッツポーツでサインを送る。


ルーベ競技場に向かう2人の逃げ切りが決まったその後ろで、ヴァンアーヴェルマートらの有力選手グループを抜け出したテルプストラが独りで競技場に向かっていた。「サガンのアタックは、それこそが”Descisive Moment”=勝負を決める瞬間だった」とレース後に振り返ったテルプストラ。その発言は、そこに乗らなかった後悔とともに、自身がロンド・ファン・フラーンデレンでの勝利のときに仕掛けたタイミングが正しかったことを説明した際のコメントにかけているのだろう。勝負を決める瞬間は、勝者にしか分からない。

今年は表彰セレモニーからポディウムガールを廃止したA.S.O.だが、代わりに用意したのが火炎放射による派手な演出。しかしこれが距離のあるカメラマンエリアに居ても熱くて顔を背けざるえをえないほどだった。(撮影に支障あり)。しかし渡されるパヴェのトロフィーは変わらないシンプルさ。それを手に喜々としておどけ、喜びを表現するポーズをとるサガン。

パリ〜ルーベの石畳をシンボルにしたトロフィーはサガンにとって待ちに待ったものだ。2016年のロンド・ファン・フラーンデレンに続く自身2つ目のモニュメントタイトル。世界チャンピオンの証アルカンシェルを着てルーベを制したのはベルナール・イノーの1981年の勝利以来、37年ぶりのこと。
もしロンドやルーベのタイトルを、「すでに3つある世界選手権のタイトルのひとつと交換してと誰かに言われても、いやだと断るよ!」と笑うサガン。今までのルーベ参戦は6回。いずれも苦しみ、トラブルに見舞われ、2014年の6位がそれまでの最高位だった。北の地獄の女王はサガンに対し、頑なに微笑んでくれなかったのだ。

「なぜそんなに早く逃げたって? いや、その瞬間を選んだわけじゃない。その瞬間が僕を選んだ。他の選手には一緒に行こうぜと声を掛けたけど、誰も来なかったんだ。OK、なら独りで行くよ」と。また、勝利できたこのレースは「今までトラブルに苦しんだ他のすべての年のレースよりも楽だった」と振り返る。
昨年は2度のパンクで勝機を逃したサガンが、前日に「ロンドは坂で、ルーベはパンクで遅れる」と話したとおり、ミス、不運がレースを左右したパリ〜ルーベ。今年のサガンは遅れにつながるメカトラもパンクもなく、逃げ出してから一度、自分でアーレンキーを使ってステムを締め直すマイナートラブルがあっただけだ。
トラブルは起こらなかったが、しかし2人にはレース後、UCIからお咎めがあった。ラスト20kmを切ってから路上のスタッフから(禁止されている)補給を受け取ったとして、それぞれ1,000スイスフラン(約11万円)の罰金が課される通知がなされ、ボーラ・ハンスグローエとアージェードゥーゼル・ラモンディアルの監督2人にもそれぞれ同じ金額のペナルティのコミュニケが出された。合計すると実に44万円に登る高額な罰金。しかしステージレースでのペナルティーとは異なり、順位やタイムには影響がない罰金のみのペナルティーだった。

サガンの勝利はこれまでの批判をすべて吹き飛ばすものだ。ミラノ〜サンレモとE3ハーレルベーケでは勝負できるポジションに残ることが出来ず、「北のクラシックに向けて体調は間に合っていない」と批判を浴びた。2週前のヘント〜ウェヴェルヘムをゴールスプリントで勝利してなお、「石畳のクラシックに臨むには最高の調子ではないだろう」とも言われていた。

また、先週のロンドの終了後には他のライバルチームの選手たちに対し、「自分ばかりをマークしていたらクイックステップのやりたい放題になるぞ。寝てないで起きろ」と言い放ち、その発言についてトム・ボーネンからメディア上で「言い過ぎれば他の選手からの協調が得られなくなる」とも揶揄された。
しかし記者会見でのサガンは、くだけた表情で笑いながら受け答えに応じるが、今や発言には相当気を遣っているのが判る。それはどのコメントも同じになるように話をすることからだ。フィニッシュ直後のインタビュー、各国TVカメラによる独自インタビュー、プレスセンターに連れてこられての記者会見の席上インタビュー、それらによる代わる代わるの違う質問に対しても、あえて変化をつけることをせず、同じような内容をオウム返しに話す。サガン流の自己防衛術? いや、前例にあるように、それこそ過去の偉大なチャンピオンたちが身につけてきた処世術といえるだろう。ただし、気持ちをストレートに隠さず話すコメントは変わらず刺激的で魅力的だ。
ボーネンに言われたことに憤慨したのがモチベーションになったのではないか?との質問はさらりと受け流した。「ボーネンは子供の頃からTVで観て憧れてきた。尊敬する彼に何も言うことはないよ」。

今大会最大の優勝候補に挙げられていたジルベールは15位に終わった。11年ぶりの出場で、2度めのルーベの経験を積んだが、優勝争いには絡むことができなかった。
「タフなレースだった。とにかくハードで、速くて、困難だった。レース前に言っていたとおり、経験のないルーベでどれだけの走りができるかは分からなかったし、期待すべきでもなかった。他の皆と同じようにとても苦しんだ。ボトルを失ってしまって、長いこと水分を摂れなかった。40kmで限界近かった。少しづつ回復したけど、もう遅かった。前にどれだけの選手がいるのかも、最後は何位に向けてスプリントしているのかも分からなかった」と話す。「ある時点で自分を見失った。レースの経験がなかった。容易じゃなかったね」。
ジルベールはレースの後、すでにほとんど誰も使う選手が居なくなっている競技場の付帯施設のシャワー室でシャワーを浴びたようだ。歴代優勝者の名前を刻む金属プレートが仕切りに取り付けられているという、伝統のシャワー室。Twitterに「もっともタフなレースのひとつ、それはパリ〜ルーベ」と、(古くからおなじみの写真に模した)更衣所で燃え尽きる姿の写真を投稿している。

「#StriveForFive」のスローガンで5つのモニュメントレースすべてに勝つことをキャリア後半の最大目標に据えるジルベール。ロンド・ファン・フラーンデレンとリエージュ〜バストーニュ〜リエージュに各1回、イル・ロンバルディアに2回勝っているから、残るはミラノ〜サンレモとパリ〜ルーベだ。続くアルデンヌクラシックはアムステルゴールドレースとリエージュには出場を決めている。得意なアルデンヌのアップダウンレースで勝利数を伸ばすことも期待されるが、自身の気持ちはリスクの多いパリ〜ルーベを制することに向いている。シャワー室で過ごした時間は、2回めのルーベの経験を深め、勝利への欲求をより高めたことだろう。
photo&text:Makoto.AYANO in Kortrijk, BELGIUM
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