2017/07/14(金) - 15:34
果たして単純にチームスカイの牙城が崩れたと言えるのか。ただ間違いないのは例年よりも僅差で、最後まで行方が分からないマイヨジョーヌ争いになりそうだということ。フルームが初めて首位を明け渡したピレネー初日を振り返ります。
平野を抜けて山間部に入ると、ピレネーらしい濃い灰色の石屋根民家が並ぶ。この日の空を覆っていたのはまさにその屋根と同じ鉛色の雲。標高1,000m以下は案外晴れていてもそれ以上は完全に霧の中だった。
スペイン国境のすぐ近くを通るため観客の半分はスペイン人で、残りの半分の半分が海外からやってきたバカンス客。沿道ではスペイン語が飛び交う。厳密に言えばカタルーニャ語とバスク語が飛び交う。ちなみに灰色の石屋根の町並みはピレネー山脈を越えてスペイン側に入ってもあまり変わらない。
この日と同じエリアを走る2016年の第7ステージで独走勝利を飾ったスティーブ・クミングス(イギリス、ディメンションデータ)の逃げは1級山岳ペイルスルド峠で終わった。ペイルスルド峠と言えば2016年にフルームが下りアタックを炸裂させた場所。今回は逆側からの登坂で、1年前にフルームがハンドルに覆いかぶさって身をかがめ、ペダリングしながらコーナーを攻めた下りを選手たちは登る。下りでフルームに引き離されたキンタナが、今度はペイルスルド峠の登りで引き離された。この日2分を失ったキンタナは「ジロとツールのダブルツールは機能しなかった」と認めている。
最後の2級山岳ペイラギュードは過去にツールやブエルタ・ア・エスパーニャに登場しているが、山の斜面に作られたペイルスルド・バレスタス空港の小型機専用滑走路を通過するのは今回が初めて。映画「007トゥモロー・ネバー・ダイ」の撮影にも使用された滑走路は当然まっすぐで、残り350mからフィニッシュまでの勾配は最大16%。勾配が変わらないため平均も16%ある。
ロードレースにおいて16%という勾配は際立って厳しいわけではない。ラ・フレーシュ・ワロンヌに登場する「ユイの壁」は最大勾配26%で、イル・ロンバルディアに度々登場する「ソルマーノの壁」は最大勾配27%もある。それらと比べると「ペイラギュードの壁」はイージーに思えてしまうが、空に向かって直線的に伸びるため視覚的なダメージが大きい。延々と続いているようにも見える。長さは300mちょっととはいえ、早めに仕掛けるためには大きな勇気が必要、そんな壁だった。
ステージ優勝を飾ったロマン・バルデ(フランス、アージェードゥーゼール)は5月にサイクリストとして初めて滑走路を試走。そのテストが功を奏してか、スプリント開始のタイミングは完璧だった。スペイン人が多いコース沿道もバルデの勝利を喜んだ。
結果的にマイヨジョーヌを失ったが、チームスカイのレース運びは完璧だった。ゲラント・トーマス(イギリス、チームスカイ)がリタイアした今もチームスカイが最強チームであることに疑いの余地はない。ライバルたちが丸裸になったレース終盤にも、フルームは3人のアシスト(クウィアトコウスキーコウスキー、ニエベ、ランダ)にサポートされていた。
ツアー・オブ・カリフォルニアの総合優勝者ジョージ・ベネット(ニュージーランド、ロットNLユンボ)のアタックも吸収。チームスカイのレースは残り300mでアルがアタックするまで完璧だったと言える。想定外だったのは、激坂のスプリントでファビオ・アル(イタリア、アスタナ)からフルームが22秒も失ったことと、ランダがフルームを置き去りにして5秒差のステージ4位に入ったこと。2012年ツールのペイラギュードでフルームがウィギンズを何度も待ったシーンを引き合いに出して「チームスカイのエースとアシストの確執再び」と書き立てるメディアも。単純にフルームが激坂での短時間高出力スプリントが苦手なのだという声もある。
終始笑顔のアルはジロ・デ・イタリアとブエルタ・ア・エスパーニャに続いてツール・ド・フランスでも総合リーダージャージを獲得した。全グランツールでリーダージャージを着たのは史上20人目。一方で、2013年に初めてマイヨジョーヌを手にしたフルームが山岳ステージで総合ライバルに首位を明け渡すのはこれが初めて。改めてここで第12ステージを終えた時点の総合タイム差をおさらい。
個人総合成績
1位 ファビオ・アル(イタリア、アスタナ) 52:51:49
2位 クリストファー・フルーム(イギリス、チームスカイ) 0:06
3位 ロマン・バルデ(フランス、アージェードゥーゼール) 0:25
4位 リゴベルト・ウラン(コロンビア、キャノンデール・ドラパック) 0:55
現状このままのタイム差でピレネーとアルプスを終えることになれば、フルームが最終個人タイムトライアルで全てをひっくり返すことになるだろう。それを阻止するためにアルやバルデ、ウランは攻め続けなければならない。そして、翌日からアスタナはリーダーチームとしてレースをコントロールしなければならない。
その一方で、勝負の3週目に向けて、ここまで集団を徹底コントロールしていたチームスカイのアシストたちは休むことができる。マイヨジョーヌを失いながらもフルームの言葉には焦りや不安を感じない。例年よりも僅差のマイヨジョーヌ争いではあるが、フルームが依然として好位置につけているのは間違いない。
この日、残り8kmを切ってからボトルを受け取ったセルジュ・パウェルス(ベルギー、ディメンションデータ)とジョージ・ベネット(ニュージーランド、ロットNLユンボ)、リゴベルト・ウラン(コロンビア、キャノンデール・ドラパック)の3名に対して200スイスフランの罰金と20秒のタイムペナルティが与えられた。
確かにUCI規約には「補給は登坂および降坂区間あるいはスタートしてから50km、ゴール前の20km間に行なってはならない(2.3.027)」と記されている。この日は特別措置として残り10km地点までの補給が認められていた。
マイヨジョーヌに手が届きそうなウランに与えられた20秒のペナルティは大きい。当然キャノンデール・ドラパックのジョナサン・ヴォーターズGMはUCIコミッセールに抗議。UCIチーフコミッセールのフィリップ・マーリアン氏は「たとえボトルを渡したのが子供であっても20秒のペナルティを与える」と返答している。
ステージ優勝を飾ったバルデもペイルスルド登坂中に沿道からボトルを受け取っている(しっかり映像が残っている)が、お咎めはなし。これは身内(フランス)贔屓なのかなんなのか。ペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)の失格といい、位置取り中にパンチしたナセル・ブアニ(フランス、コフィディス)への緩いペナルティといい、今大会は何かとUCIコミッセールの判断が物議を醸すことが多い。
※翌日になってペナルティの取り消しがアナウンスされた。詳細は別記事を参照して欲しい。
text&photo:Kei Tsuji in Bagnères-de-Luchon, France
平野を抜けて山間部に入ると、ピレネーらしい濃い灰色の石屋根民家が並ぶ。この日の空を覆っていたのはまさにその屋根と同じ鉛色の雲。標高1,000m以下は案外晴れていてもそれ以上は完全に霧の中だった。
スペイン国境のすぐ近くを通るため観客の半分はスペイン人で、残りの半分の半分が海外からやってきたバカンス客。沿道ではスペイン語が飛び交う。厳密に言えばカタルーニャ語とバスク語が飛び交う。ちなみに灰色の石屋根の町並みはピレネー山脈を越えてスペイン側に入ってもあまり変わらない。
この日と同じエリアを走る2016年の第7ステージで独走勝利を飾ったスティーブ・クミングス(イギリス、ディメンションデータ)の逃げは1級山岳ペイルスルド峠で終わった。ペイルスルド峠と言えば2016年にフルームが下りアタックを炸裂させた場所。今回は逆側からの登坂で、1年前にフルームがハンドルに覆いかぶさって身をかがめ、ペダリングしながらコーナーを攻めた下りを選手たちは登る。下りでフルームに引き離されたキンタナが、今度はペイルスルド峠の登りで引き離された。この日2分を失ったキンタナは「ジロとツールのダブルツールは機能しなかった」と認めている。
最後の2級山岳ペイラギュードは過去にツールやブエルタ・ア・エスパーニャに登場しているが、山の斜面に作られたペイルスルド・バレスタス空港の小型機専用滑走路を通過するのは今回が初めて。映画「007トゥモロー・ネバー・ダイ」の撮影にも使用された滑走路は当然まっすぐで、残り350mからフィニッシュまでの勾配は最大16%。勾配が変わらないため平均も16%ある。
ロードレースにおいて16%という勾配は際立って厳しいわけではない。ラ・フレーシュ・ワロンヌに登場する「ユイの壁」は最大勾配26%で、イル・ロンバルディアに度々登場する「ソルマーノの壁」は最大勾配27%もある。それらと比べると「ペイラギュードの壁」はイージーに思えてしまうが、空に向かって直線的に伸びるため視覚的なダメージが大きい。延々と続いているようにも見える。長さは300mちょっととはいえ、早めに仕掛けるためには大きな勇気が必要、そんな壁だった。
ステージ優勝を飾ったロマン・バルデ(フランス、アージェードゥーゼール)は5月にサイクリストとして初めて滑走路を試走。そのテストが功を奏してか、スプリント開始のタイミングは完璧だった。スペイン人が多いコース沿道もバルデの勝利を喜んだ。
結果的にマイヨジョーヌを失ったが、チームスカイのレース運びは完璧だった。ゲラント・トーマス(イギリス、チームスカイ)がリタイアした今もチームスカイが最強チームであることに疑いの余地はない。ライバルたちが丸裸になったレース終盤にも、フルームは3人のアシスト(クウィアトコウスキーコウスキー、ニエベ、ランダ)にサポートされていた。
ツアー・オブ・カリフォルニアの総合優勝者ジョージ・ベネット(ニュージーランド、ロットNLユンボ)のアタックも吸収。チームスカイのレースは残り300mでアルがアタックするまで完璧だったと言える。想定外だったのは、激坂のスプリントでファビオ・アル(イタリア、アスタナ)からフルームが22秒も失ったことと、ランダがフルームを置き去りにして5秒差のステージ4位に入ったこと。2012年ツールのペイラギュードでフルームがウィギンズを何度も待ったシーンを引き合いに出して「チームスカイのエースとアシストの確執再び」と書き立てるメディアも。単純にフルームが激坂での短時間高出力スプリントが苦手なのだという声もある。
終始笑顔のアルはジロ・デ・イタリアとブエルタ・ア・エスパーニャに続いてツール・ド・フランスでも総合リーダージャージを獲得した。全グランツールでリーダージャージを着たのは史上20人目。一方で、2013年に初めてマイヨジョーヌを手にしたフルームが山岳ステージで総合ライバルに首位を明け渡すのはこれが初めて。改めてここで第12ステージを終えた時点の総合タイム差をおさらい。
個人総合成績
1位 ファビオ・アル(イタリア、アスタナ) 52:51:49
2位 クリストファー・フルーム(イギリス、チームスカイ) 0:06
3位 ロマン・バルデ(フランス、アージェードゥーゼール) 0:25
4位 リゴベルト・ウラン(コロンビア、キャノンデール・ドラパック) 0:55
現状このままのタイム差でピレネーとアルプスを終えることになれば、フルームが最終個人タイムトライアルで全てをひっくり返すことになるだろう。それを阻止するためにアルやバルデ、ウランは攻め続けなければならない。そして、翌日からアスタナはリーダーチームとしてレースをコントロールしなければならない。
その一方で、勝負の3週目に向けて、ここまで集団を徹底コントロールしていたチームスカイのアシストたちは休むことができる。マイヨジョーヌを失いながらもフルームの言葉には焦りや不安を感じない。例年よりも僅差のマイヨジョーヌ争いではあるが、フルームが依然として好位置につけているのは間違いない。
この日、残り8kmを切ってからボトルを受け取ったセルジュ・パウェルス(ベルギー、ディメンションデータ)とジョージ・ベネット(ニュージーランド、ロットNLユンボ)、リゴベルト・ウラン(コロンビア、キャノンデール・ドラパック)の3名に対して200スイスフランの罰金と20秒のタイムペナルティが与えられた。
確かにUCI規約には「補給は登坂および降坂区間あるいはスタートしてから50km、ゴール前の20km間に行なってはならない(2.3.027)」と記されている。この日は特別措置として残り10km地点までの補給が認められていた。
マイヨジョーヌに手が届きそうなウランに与えられた20秒のペナルティは大きい。当然キャノンデール・ドラパックのジョナサン・ヴォーターズGMはUCIコミッセールに抗議。UCIチーフコミッセールのフィリップ・マーリアン氏は「たとえボトルを渡したのが子供であっても20秒のペナルティを与える」と返答している。
ステージ優勝を飾ったバルデもペイルスルド登坂中に沿道からボトルを受け取っている(しっかり映像が残っている)が、お咎めはなし。これは身内(フランス)贔屓なのかなんなのか。ペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)の失格といい、位置取り中にパンチしたナセル・ブアニ(フランス、コフィディス)への緩いペナルティといい、今大会は何かとUCIコミッセールの判断が物議を醸すことが多い。
※翌日になってペナルティの取り消しがアナウンスされた。詳細は別記事を参照して欲しい。
text&photo:Kei Tsuji in Bagnères-de-Luchon, France
フォトギャラリー
Amazon.co.jp