與那嶺恵理(エフデジヌーヴェル・アキテーヌフチュロスコープ)へのロングインタビュー前編。日本からアメリカ、フランスに渡り、オリンピックや世界選手権へ出場した25歳の全日本王者に、大いに語ってもらった。



與那嶺恵理(エフデジヌーヴェル・アキテーヌフチュロスコープ)與那嶺恵理(エフデジヌーヴェル・アキテーヌフチュロスコープ) レース会場ではしばしば顔を合わせ、記事用のコメントをもらったりはしていたが、長く話をしたのは3年前のインタビュー以来だった。3年間のうちに全日本タイトルの返上と奪還、落車による大怪我、オリンピック出場、そして海外挑戦と様々な経験を経てきた彼女だったが、いざ話をしてみれば、ある意味拍子抜けほど自然体で、その雰囲気は3年前と全く変わっていなかった。

インタビューを行ったのは、彼女のオフシーズン真っ只中である昨年末。緊張感を緩めすぎないように、と参加しているシクロクロスの練習日に同行し、その後に時間を割いてもらった。「大好きなんですよね」と言うビールをあおるスピードはなかなかに早く、ここでもスポーツ選手たる胃の強さを見せつけられたりも。



全日本チャンピオンジャージをまとった與那嶺恵理(エフデジヌーヴェル・アキテーヌフチュロスコープ)全日本チャンピオンジャージをまとった與那嶺恵理(エフデジヌーヴェル・アキテーヌフチュロスコープ) (c)www.cyclisme-pch-futuroscope-86.comリオオリンピックでは落車に伴うメカトラに見舞われたものの、日本勢歴代最高の17位でフィニッシュしたリオオリンピックでは落車に伴うメカトラに見舞われたものの、日本勢歴代最高の17位でフィニッシュした photo:Bettini

2016年世界選手権はファーストアタックからの単独逃げを敢行。「ヨーロッパでは評価してもらえた」2016年世界選手権はファーストアタックからの単独逃げを敢行。「ヨーロッパでは評価してもらえた」 photo:Kei Tsuji
マドリードチャレンジ・ラ・ブエルタでも逃げたマドリードチャレンジ・ラ・ブエルタでも逃げた (c)POITOU-CHARENTES.FUTUROSCOPE.86だからこそ、無理なものは無理で、例えば2016年の世界選手権なんか、あんまりど平坦で私が入賞するのは最初から無理って分かっていました。だから結果を狙わずに逃げた。なんの躊躇もなくファーストアタックしましたし、それが後にも繋がりました。

あれだけ逃げれたら、チームが平坦レースでも逃げ要員として呼んでくれますし、ステージレースだったら逃げ切り勝利の可能性だって見えてくる。あの逃げはナショナルチームでは全く評価されなかったのですが、所属チームでは評価してもらえました。私はナショナルチームよりも自分が身を置いている環境での評価を優先したいですし、だからこそ私はもっとチャンスに繋げるための独走力とパンチ力が欲しいんですね。

ずっと練習データをパワーメーターで管理していますが、数年前と比較して向上し続けているのですか?

「ワールドツアーで戦うなら、最低でも体重の5.5倍のFTPは欲しい」「ワールドツアーで戦うなら、最低でも体重の5.5倍のFTPは欲しい」 photo:Bettiniそうですね。でも別に出力が上がったから勝てるというものでもなく、いわゆる「レース勘」も同じくらい大事です。フィジカルと、経験をどう戦略に繋げるかの分析がどちらも求められますね。オフトレに関してですか?私の場合飛行機移動がすごく多いので、器具を使わないコアトレーニングを多く取り入れています。使ってもヨガマットとバランスボールくらいで、ジムに通ったりとかは特にしないかな。

FTPで言えば、今は体重の5.4倍の数値くらいですが、ワールドツアーで戦うなら最低でも5.5倍は欲しいところです。私はある程度斜度と距離のある登りが得意ですが、そこで撃ち合えるパンチ力がない。来年のラ・コース・バイ・ツール・ド・フランスは超級山岳のオービスク頂上フィニッシュで、現時点ではチームのマネージャーにエリ!出るぞ!と言われているんです。だからそこで戦えるようにしたいですし、登りでエースを任されるような地位を確立することも大事。「エリが狙え」って言われたレースはホントに狙わないといけませんし、でも一方で変なプレッシャーはありませんね。あんまり責任感を背負いすぎると潰れちゃいますし…。

なるほど。現在のチームに入った経緯を教えてもらえますか?いくつかのチームからオファーがあったと聞いていますが。

現チームとそれからもう一つ、アメリカのチームからもオファーがあったんです。アメリカチームの年間スケジュールは春のクラシックをヨーロッパで走って、4〜6月はアメリカのUCIレースに出場、それから予算を見ながらヨーロッパに戻るという感じで、ステージレースの総合エースに据えて、しかもお給料も相当に高かった。でも上を目指す意味ではそろそろヨーロッパで走ってもいい時期かなと思ったので、最低限のお給料ですがフランスを選んだんです。

全日本チャンピオンジャージでチームプレゼンテーションに臨む全日本チャンピオンジャージでチームプレゼンテーションに臨む (c)www.cyclisme-pch-futuroscope-86.com
でも、アメリカのレベルが低いわけではなくって、人数こそ少ないけれど強い選手は本当に強いから、勝負所に残ったらヨーロッパと同じ展開になる。そしてアメリカのUCIレースに遠征してくるヨーロッパチームも少ないので、UCIポイントを稼ぎやすいというメリットもあるんです。男子も状況が同じかと聞かれれば分からないですが、女子選手としてレベルの高いレースをするのであれば、アメリカでも全然良いと思いますね。実際にフィラデルフィアで開催されたレースは物凄くハイレベルでしたし、自分としてもアメリカをステップにできたことで、ヨーロッパへの順応も早くできているように思います。だからアメリカでの経験はとても財産になっています。

昨シーズンは成功でしたか?

現地メディアのインタビューに応じる與那嶺恵理(エフデジヌーヴェル・アキテーヌフチュロスコープ)現地メディアのインタビューに応じる與那嶺恵理(エフデジヌーヴェル・アキテーヌフチュロスコープ) (c)www.cyclisme-pch-futuroscope-86.comFacebookの投稿は全部ポジティブに書いていて、成功した風(笑)。もちろん総合的にはポジティブなことの方が多いんですが、自分では結果、走り含めてもっとやれただろって思うことが多いですね。チームで動いた以上自分の調子の波をチームスケジュールに合わせることは難しくて、それが去年はあまり上手くいかなかった。でもノウハウは得たので、今年はもっと上手くできるだろうと感じています。

話していていつも思うのですが、すごく自然体ですよね。重圧なんかはその辺にポンと浮かべているようにも思います。

だって、いつも上手くいくことなんてあり得ないじゃないですか(笑)。失敗したら怒られれば良いし、スッキリするから迷惑掛けてしまった人も怒れば良いと思います。カッコつけなくて良いんですよね、私の場合。昔からそうですし、ヨーロッパに行ってもこれは変わらないかな。

今の自分自身に必要なことは何だと感じていますか?

2016年のジロ・ローザに出場。「すごくキツかったけれど、手応えも感じた」 2016年のジロ・ローザに出場。「すごくキツかったけれど、手応えも感じた」  photo:Hiroyuki.Azuma「短い登りのパンチ力やタイムトライアルの力を伸ばしたい」「短い登りのパンチ力やタイムトライアルの力を伸ばしたい」 photo:Hiroyuki.Azuma短い登りのパンチ力だったり、タイムトライアル力を強化したいっていうのは常にありますよね。でも例えば「今日のレースがダメだったから次は絶対に勝つ!」みたいなのって、ないんです。モチベーションの上下は常にありますし、例えば1週間のステージレースの後なんか何もしたくなくなる。でもそこで変な責任感に駆られて練習してもダメですし、何もしない方が次のレースにはコンディションは良く望める。自分の身体に正直であることが大切で、それはチームにも「今日は走れないからエースを他に回してくれ」とかって正直に言うようにしています。それをカッコつけて背負いこまない方が良いですし、そうすれば他の選手にもチャンスが回るじゃないですか。チームとしてその方が結果的に良いはずだと思いますね。

あ、そうそう。ヨーロッパレースに参加して驚いたのが、ダウンヒルの速さですかね。これはもう少し私が慣れていかないといけないものかと。「いやー、こいつら全員頭狂ってるな!」って思うほど速いですよ。でもここで千切れたら頑張りがパーになる!と思って必死についていくんですが、どうしても遅れちゃって。でもかっ飛ばしていたチームメイト3人が速すぎて結局集団から抜け出した、とか(笑)。私が心を無にしてついていく後ろで他チームの選手が何人も転んだ、とかもありましたし、ちょっと正気の沙汰じゃないです。

それからステージレース中、1日にTTとロードレースが用意されているのを私が知らず、午前中のTTで出し切っちゃって大変な思いをした時もありましたね。午後のロードレースも90km以上あるんだって分かって、ロードマップをそっと閉じて絶望しました(笑)。まぁそんなことも経験していますね。

いつもブログやFacebookの締めには「全てを力に変えて、與那嶺恵理は進みます」の言葉がありますよね。すごくポジティブに感じます。

ある意味、私は周りの流れを掴んで現在に至っています。そういう意味で、「全てを力に変えて」なんですね。だからこそ色々と経験してきましたし、そのノウハウは他の日本人選手、特に女子選手やそのサポートの方々にから聞いてきて欲しいことでもあるんです。方法や資金に関しても全く隠すつもりはなくって、でも正直私から伝えるのは苦手ですし、ちょっと攻撃的に捉えられてしまう部分もあって。あんまりネット上で反論されちゃうと、私ももういいや、ってなっちゃうんですが、でも伝えたいところもあるし…と、もどかしい気持ちはいつも持っていますね。

なるほど。一番に伝えたいことは何でしょうか?

うーん、一言にまとめようとすると難しいですね(笑)。選手として上を目指す人に対して言うのであれば、楽しまないと強くならないし、でも楽しんでるだけじゃ何にもならない、ということ、かな。私は何に対しても「最初から上手くいくわけないじゃん?」ってダメ元精神なので、「何が何でも成績を出す!」と意気込んでいる人よりは気楽に選手生活を送れているのがある意味強みですね。そういう部分って、どんなことにも通じるんじゃないかな。

昔ヨーロッパで走ってた方々からは「ヨーロッパは色々な面で凄く厳しい」とよく聞くんですが、私の考えはちょっと違いますね。もちろんレースは厳しいけれど、選手の生活時間の大半はそれ以外の時間。私のチームメイトはみんな若い女の子たちで、別にそれ以上でも、それ以下でもない。

2016年の世界選手権前には笑顔で試走を重ねた2016年の世界選手権前には笑顔で試走を重ねた photo:Kei Tsuji
私はフランス語ができませんが、実はそんなのあまり関係なくって、大事なことはそのレースで誰が結果を出すか。目標がシンプルなので自分の役割が分かりやすいから、意思疎通もやりやすいし、意地悪もない。みんなとも仲良しですしね。寮での練習は基本的に個人に任せられていて、部屋も自由に使って良い。ある程度一人の時間が必要な私にとってはものすごくやりやすい環境だと感じました。チームでは選手のパワー管理や体調管理はエフデジ男子チームと同じコーチングチームがプログラムを組んでくれるので、すごく安心できますし、そういったことは女子チームでは珍しいので、私自身楽しみだったりします。

インタビューは後編へと続きます。

interview:So.Isobe

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