2016/07/15(金) - 16:23
フランス革命記念日「キャトーズ・ジュイエ」のステージに設定されたのは「プロヴァンスの巨人」の異名を持つ魔の山モンヴァントゥーへのフィニッシュ。しかし前日からの天気予報では、山頂には時速100kmの風が吹くと伝えていた。
モンペリエの凱旋門をくぐり抜けスタートしていくプロトン photo:Makoto.AYANO
スタートへと向かうクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ) photo:Makoto.AYANO
モンヴァントゥーに期待が集まるナイロ・キンタナ(コロンビア、モビスター) photo:Makoto.AYANO
ラングドック=ルシヨン地域の大都市モンペリエの、大理石造りの街の中心部を発つプロトンはミニ凱旋門を通り、一路プロヴァンスへと向かう。風の吹く一日だ。
フィニッシュラインは6km短縮。森林限界を越える手前のシャレ・レイナールに変更された。この変更に心躍らされた選手たちは逃げる。本来なら15.7kmの登りが9.7kmに。山頂までは難しくとも、タイム差をつけて逃げ切って登ってしまえばモンヴァントゥーの覇者の称号がもらえるのだ。
フランス革命記念日を祝う国旗があちこちに photo:Makoto.AYANO
キャトーズ・ジュイエの休日と重なり大勢の観客が観戦する photo:Makoto.AYANO
南仏の小さな街マンデュエルを抜けていくプロトン photo:Makoto.AYANO
13人の逃げにはアンドレイ・グライペル(ロット・ソウダルが)紛れ込んだ。中間スプリントポイント以上にチームメイトのトーマス・デヘントのアシストのため。スプリンターであり、平坦路の強力なルーラーでもあるグライペルの献身的なアシストによって、デヘントはモンヴァントゥーへと配達された。
デヘントは言う。「グライペルはレース中ずっとボトルを運んでくれ、アドバイスを与えてくれ、そして風よけとなって走り続けてくれた。普段自分がしていることの逆だった。彼がどれだけ素晴らしい人物なのか分かってもらえると思う」。
応援の旗をくぐり抜けたトーマス・デヘント(ベルギー、ロット・ソウダル) photo:Makoto.AYANO
追走メイン集団では先頭を走っていたサイモン・ゲランスが下りコーナーでスリップして落車。シャレー・レイナールまで走りきったゲランスだが、肋骨の骨折が判り自身11回めの出場となった今ツールのリタイアを決めている。
グライペルの献身的な牽引を受け継ぎ、登り口に突入するとデヘントが勝負に出た。ダニエル・ナバーロ(スペイン、コフィディス)とセルジュ・パウエルス(ベルギー、ディメンションデータ)からいったんは遅れるものの、マイペースを保って追いつき、3人の勝負を制した。2012年ジロ・デ・イタリアのステルヴィオ峠の覇者&総合3位のデヘントは、ツールを象徴する難関山岳モンヴァントゥーの覇者の称号も手に入れた。当然、ふたつの山の勝利の違いに質問が及ぶ。
トーマス・デヘント(ベルギー、ロット・ソウダル)がセルジュ・パウエルス(ベルギー、ディメンションデータ)を引き離してフィニッシュへ photo:Makoto.AYANO
有力勢の集団をファビオ・アル(イタリア、アスタナ)が牽引する photo:Makoto.AYANO
「ステルヴィオでの勝利はジロの総合表彰台につながるものだったし、今回よりもエモーショナルだった。でもこれは世界最大のレースであるツール・ド・フランス。キャリアの中で最高の勝利だと言える。両方を天秤にかけるのは難しい。残るはブエルタ・ア・エスパーニャでのステージ優勝だけ。来年以降はジロとツールをスキップしてブエルタに出場し、全グランツールのステージ優勝を狙いたい」(デヘント)。
残り1kmを切ったところでモーターバイクに衝突したクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)ら photo:TDWsport/Kei Tsuji
デヘントら3人が優勝争いを繰り広げる後方では、混沌とした状況が起きていた。ラスト1kmで起こったクリス・フルーム、リッチー・ポート、バウク・モレマの落車。TVの中継モトと衝突して転倒してしまう。
足止めされる選手たち。自転車を担いで、やがては自転車をおいてランニングで走りだすマイヨ・ジョーヌの姿。その横をすり抜けていく、フルームのアタックに置いて行かれていた選手たち。詰めかけた観客たちの人混みの凄さに状況が見渡せず、まさにカオスのラスト1kmとなった。
後続のモーターバイクに踏まれて割れたクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)のバイク photo:TDWsport/Kei Tsuji
壊れたバイクをもって走るクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ) photo:TDWsport/Kei Tsuji
原因はフルームら3人の前を走るTVカメラモトが前方の観客に行く手を阻まれ、突然停止してしまう。そこにポートがまず突っ込み、フルーム、モレマも相次いで突っ込んで落車した。そこへ後方から来たモトがフルームの自転車に乗り上げ、フレームが折れてしまう。
モレマはすぐ自転車に乗って復帰。ポートはチェーンをかけ直して復帰。しかしフルームは折れたバイクには乗れず、しばしバイクを抱えてランニングで走るが、やがてランニングに切り替えた。
マヴィックから受け取ったニュートラルバイクが明らかに小さいクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ) photo:Makoto.AYANO
落車から復帰したバウク・モレマ(オランダ、トレック・セガフレード) photo:Makoto.AYANOフルームを呼び止めたマヴィックのサポートクルーからマヴィックのニュートラルバイクを受け取り、それに乗ってフィニッシュを目指した。しかしそのバイクは明らかにサイズが小さく、かつマヴィックのペダル(タイム製と同様)はフルームの使用するシマノ製ペダルのクリートとは嵌め合いができないものだった。
落車から復帰してフィニッシュを目指すリッチー・ポート(オーストラリア、BMCレーシング) photo:Makoto.AYANO脚が余るほどサドルの低いバイクで、かつシューズが固定できない状態でとにかくペダルを漕いでいたフルームの横を、選手たちが追い抜いていく。スカイのチームカーはフィニッシュ手前400mほどでようやくフルームのもとに駆けつけ、自身のスペアバイクに交換することができた。
落車の混乱で足止めを食らい5分24秒遅れの扱いとなったナイロ・キンタナ(コロンビア、モビスター) photo:Makoto.AYANO問題の1kmの間を、転びながら、シクロクロス(担ぎ)スタイルで、ランニングで、小さなバイクで、そしてスペアバイクで前に進み続けたフルームだが、総合ライバルたちから1分40秒ものタイムを失うことになった。
フルームは復帰に手間取ったが、モレマとポートは復帰できた。そして後方で足止めされた選手たち(フルームらがアタックして置き去りにした選手たち)は、先にフィニッシュに駆け込んだ。
「ラスト1kmでの落車に集団や同グループに居たタイムが適応される」という救済措置は、タイムトライアルと今回のような登りフィニッシュの場合には通常は適応されない。フィニッシュ後すぐに出された暫定リザルトには、フルームの遅れがそのまま反映され、アダム・イェーツ(オリカ・バイクエクスチェンジ)がマイヨジョーヌに。
もしそのままのタイム差がつくなら、フルームは総合6位に脱落し、マイヨジョーヌを失うことになる。「自転車を捨ててランニングしたのはUCI規則に違反するのでは?」という、フルームの失格を心配する声も飛び交う(自転車とともにフィニッシュさえすれば、少し歩くのは問題ない)。
表彰式を待つ間、脇のコンテナ小屋ではチーム監督とUCI審判団、A.S.Oの間で長い審議が続けられた。その間、「いったいどうなるのか、大きなサスペンスです」と会場MCが繰り返す。決定までには長い時間を要した。
長い審議の末マイヨジョーヌはクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)の手に photo:Makoto.AYANO
マイヨジョーヌ表彰が始まると、登壇したのはフルーム。一部の心ないファンからブーイングが聞こえた。安堵の表情でマイヨジョーヌを着るフルーム。モトとの接触による落車という今回のケースは、不可抗力による例外として扱われることに。遅れたフルームとポートは、落車時に同じグループを走っていたモレマと同じトップから5分05秒遅れ、そして落車の混乱で足止めを食らったキンタナやバルベルデはイェーツと同じ5分24秒遅れという扱いとなった。結果、キンタナが総合3位、モレマが総合4位に浮上した。
モンヴァントゥー頂上付近はひどい強風で立っていられなくなるほど photo:Makoto.AYANO
ツールを象徴するモンヴァントゥーフィニッシュ、そして革命記念日のステージが最初から最後まで混沌とした状況で幕を閉じた。表彰を終え各チームが下山を急ぐのは山頂を経由する本来のレースコースを通過するルートだった。
モンヴァントゥーの登りで死去したトム・シンプソンの石碑が立つ photo:Makoto.AYANO森林限界を超えた途端に風は吹きっさらしの状態となり、山頂が近づくに連れて暴風となる。チームバスは大きく揺れ、モトで越えようとした関係車両が風に煽られて前に進めなくなり、立ち往生していた。徒歩や自転車で登ろうとした観客たちは吹き飛ばされないように耐えることに精一杯という恐ろしい状況。やはり山頂はレースができる状態ではなかった。
コース上の路肩には、前日から置かれたバリアが頂上まで倒した状態で置かれていた。このバリアをシャレ・レイナールのフィニッシュ手前に設置できていたら事故は防げたのかもしれない。しかしこの吹き荒れる風を前にして、その移設作業を行うことは不可能だったはずだ。
結局、この日は本来モンヴァントゥー頂上までの路上に分散されるファンたちが、ラスト9.7kmに圧縮された状態で詰め込まれていたのだ。密度を高めた観客は路上に溢れ、バリアもラスト600mにしか設置できなかった。そしてユニークな振る舞いを楽しむファンたちには、ときに酔っ払いのような輩も含まれていた。A.S.O.はこの日から観戦マナーの向上を呼びかけるキャンペーン動画の配信を開始したというのも皮肉な話。
今ツールの重要なステージが大きくスポイルされる結果に。ファンたちの観戦マナーの向上はもちろん、コース上の観戦人数の規制や柵の設置、コース上に多すぎるメディアのモトの数、運営側の問題点は今後も続けて問われることになる。
photo&text:Makoto.AYANO in Orange, France
photo:Kei.TSUJI, TimDeWaele
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ラングドック=ルシヨン地域の大都市モンペリエの、大理石造りの街の中心部を発つプロトンはミニ凱旋門を通り、一路プロヴァンスへと向かう。風の吹く一日だ。
フィニッシュラインは6km短縮。森林限界を越える手前のシャレ・レイナールに変更された。この変更に心躍らされた選手たちは逃げる。本来なら15.7kmの登りが9.7kmに。山頂までは難しくとも、タイム差をつけて逃げ切って登ってしまえばモンヴァントゥーの覇者の称号がもらえるのだ。
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デヘントは言う。「グライペルはレース中ずっとボトルを運んでくれ、アドバイスを与えてくれ、そして風よけとなって走り続けてくれた。普段自分がしていることの逆だった。彼がどれだけ素晴らしい人物なのか分かってもらえると思う」。
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グライペルの献身的な牽引を受け継ぎ、登り口に突入するとデヘントが勝負に出た。ダニエル・ナバーロ(スペイン、コフィディス)とセルジュ・パウエルス(ベルギー、ディメンションデータ)からいったんは遅れるものの、マイペースを保って追いつき、3人の勝負を制した。2012年ジロ・デ・イタリアのステルヴィオ峠の覇者&総合3位のデヘントは、ツールを象徴する難関山岳モンヴァントゥーの覇者の称号も手に入れた。当然、ふたつの山の勝利の違いに質問が及ぶ。
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足止めされる選手たち。自転車を担いで、やがては自転車をおいてランニングで走りだすマイヨ・ジョーヌの姿。その横をすり抜けていく、フルームのアタックに置いて行かれていた選手たち。詰めかけた観客たちの人混みの凄さに状況が見渡せず、まさにカオスのラスト1kmとなった。
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フルームは復帰に手間取ったが、モレマとポートは復帰できた。そして後方で足止めされた選手たち(フルームらがアタックして置き去りにした選手たち)は、先にフィニッシュに駆け込んだ。
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もしそのままのタイム差がつくなら、フルームは総合6位に脱落し、マイヨジョーヌを失うことになる。「自転車を捨ててランニングしたのはUCI規則に違反するのでは?」という、フルームの失格を心配する声も飛び交う(自転車とともにフィニッシュさえすれば、少し歩くのは問題ない)。
表彰式を待つ間、脇のコンテナ小屋ではチーム監督とUCI審判団、A.S.Oの間で長い審議が続けられた。その間、「いったいどうなるのか、大きなサスペンスです」と会場MCが繰り返す。決定までには長い時間を要した。
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結局、この日は本来モンヴァントゥー頂上までの路上に分散されるファンたちが、ラスト9.7kmに圧縮された状態で詰め込まれていたのだ。密度を高めた観客は路上に溢れ、バリアもラスト600mにしか設置できなかった。そしてユニークな振る舞いを楽しむファンたちには、ときに酔っ払いのような輩も含まれていた。A.S.O.はこの日から観戦マナーの向上を呼びかけるキャンペーン動画の配信を開始したというのも皮肉な話。
今ツールの重要なステージが大きくスポイルされる結果に。ファンたちの観戦マナーの向上はもちろん、コース上の観戦人数の規制や柵の設置、コース上に多すぎるメディアのモトの数、運営側の問題点は今後も続けて問われることになる。
photo&text:Makoto.AYANO in Orange, France
photo:Kei.TSUJI, TimDeWaele
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