2016/05/25(水) - 14:44
グルペットで完走を目指す選手たちにとって鬼門となった132kmの中級山岳ステージ。超ハイスピードな展開にも「フライングダッチマン(空飛ぶオランダ人)」の異名をもつクルイスウィクは落ち着いて対処し、むしろリードを奪った。ジロ第16ステージの現地レポート。
ジロ第16ステージのスタートを迎えたブレッサノーネの街 photo:Kei Tsuji
トロフェオセンツァフィーネが登場 photo:Kei Tsuji
ブレッサノーネの街に選手たちがやってくる photo:Kei Tsuji
今年のジロはここまで概ね天候に恵まれている。「そんなこと言うと天気が崩れるから言うな!」と怒られることもあるけど、例年よりも雨の日数も少なく、汗が滝のように流れる暑い日やごついダウンジャケットを着込むような寒い日も少ないのは事実だ。しかも休息日だけ雨で、その前後のステージは晴れるという幸運なジロ。
ドロミテで迎えた大会最後の休息日は冷たい雨が降り続け、場所によっては雪となり、昼間でも気温は5度まで下がった。もし仮に標高2000mオーバーを走る第14ステージや第15ステージがそんな悪天候に見舞われていたら、間違いなくUCIの悪天候時実施要綱(エクストリーム・ウェザー・プロトコル)が適用されていただろう。
休息日明けの第16ステージのスタート地点はイタリアの北端に位置するブレッサノーネ。オーストリア国境のブレンナー峠まで30kmちょっとの位置で、もはや街並みはオーストリアだ。住人のほとんどがドイツ語ネイティブであるため一般的にはブリクセンと呼ばれる。氷河が削り出した深い谷の底にあるこの街がスタートを迎えるのは2009年以来2度目。ジロ名物ドロミテを有する地域でありながら残念なことに街が大盛り上がりしているとは言い難く、広場が観客で埋め尽くされることはなかった。
緊張した面持ちでスタートを待つ山本元喜(NIPPOヴィーニファンティーニ) photo:Kei Tsuji
マリアアッズーラ「この道の先に」 photo:Kei Tsuji
FIGHT FOR PINK photo:Kei Tsuji
下り基調&追い風の渓谷をハイスピードで進む photo:Kei Tsuji
山本元喜(NIPPOヴィーニファンティーニ)は緊張感漂う神妙な面持ちで、すぐ近くの宿泊ホテルから自走でスタート地点にやってきた。逃げのミッションを与えられて緊張しているのかと思ったが、聞くとこの日が完走を目指すグルペットにとって最も厳しい戦いになると予想されているからであった。
確かにタイムオーバー(足切り)の基準が厳しいのは超級山岳ステージではなく中級山岳ステージだ。しかも第16ステージの距離は132kmと短く、つまりレース時間も短く、それだけタイムオーバーの猶予も短い(下記参照)。
具体的には、この日のステージ優勝時間は3時間半が予想されていたため、平均スピード35〜39km/hの場合のタイムオーバーは10%。つまり210分の10%で21分しか遅れることは許されない。平均スピードが39km/hを超えた場合は11%に伸びるが、そのぶんレース時間が短くなるので猶予が大幅に増えるわけではない。
逆にドロミテやアルプスの超級山岳ステージではタイムオーバーが17〜18%となり、しかもレース時間が5時間を超えるのでタイムオーバーは50分ほどにもなる。つまり、距離が短い中級山岳ステージほどグルペットに厳しいものはない。完走のカギを握るのは超級山岳ではなく中級山岳だ。
総合逆転を狙うモビスターやアスタナが攻撃を仕掛けたことでさらにレーススピードは上がり、グルペットには大層厳しいステージとなった。予想をはるかに上回る平均スピード44.270km/hという猛烈なスピードでフィニッシュしたため、ステージ優勝時間は2時間58分54秒。タイムオーバーはその11%なので19分41秒。山本元喜は17分57秒遅れ、そしてステージ優勝を争う選手たちの100倍苦しい表情で登りを追い込んだ最終グルペットの選手たちは18分19秒遅れでフィニッシュに辿り着いている。
グルペットがスピードを落とす暇もなく最後までプッシュしている様子は、ステージ2位クルイスウィクのSTRAVAログとステージ123位グレガ・ボーレのSTRAVAログを比較すると分かりやすい。グルペット内の様子は山本元喜のブログに詳しく書かれているので必読。
ジロ・デ・イタリア タイムオーバー規定
カテゴリーA(第2,3,12,17,21ステージ)
平均スピード40km/h以下 → 7%
平均スピード40〜45km/h → 8%
平均スピード45km/h以上 → 10%
カテゴリーB(第4,5,7,11ステージ)
平均スピード37km/h以下 → 9%
平均スピード37〜41km/h → 10%
平均スピード41km/h以上 → 11%
カテゴリーC(第6,8,16,18ステージ)
平均スピード35km/h以下 → 9%
平均スピード35〜39km/h → 10%
平均スピード39km/h以上 → 11%
カテゴリーD(第10,13,14,19,20ステージ)
平均スピード30km/h以下 → 16%
平均スピード30〜34km/h → 17%
平均スピード34km/h以上 → 18%
カテゴリーE(第1,9,15ステージ)
平均スピードに関係なく30%
集団前方に位置する山本元喜(NIPPOヴィーニファンティーニ) photo:Kei Tsuji
2級山岳パッソ・デッラ・メンドラに向かうプロトン photo:Kei Tsuji
2級山岳ファイ・デッラ・パガネッラの急勾配区間を走るステフェン・クルイスウィク(オランダ、ロットNLユンボ)ら photo:Kei Tsuji
2006年5月24日、当時リバティーセグロスのマノロ・サイス監督の逮捕を機に、スペインのドーピングスキャンダル「オペラシオンプエルト」の情報が公になった。オペラシオンプエルトで名前が挙がり、ドーピングへの関与の疑いが持たれたバルベルデは当時26歳。2009年にはツール・ド・フランスのイタリアステージで採取した血液サンプルがオペラシオンプエルトで押収されたサンプルのDNAと一致したとしてCONI(イタリア五輪委員会)がバルベルデのイタリア国内でのレース活動を2年間禁じた。そのためバルベルデはイタリアを通過する同年ツールを欠場。その翌年、バルベルデは2年間の出場停止処分を受けている。
その日からちょうど10年が経った2016年5月24日、バルベルデがジロでステージ初優勝を飾った。これでバルベルデはすべてのグランツールでステージ優勝を果たしたことになる(ブエルタでステージ9勝、ツールでステージ4勝、ジロでステージ1勝)。なお、「すべてのグランツールでステージ優勝」の達成者はバルベルデが史上84人目。現役選手としてはカヴェンディッシュ、グライペル、ロドリゲス、キッテル、ベンナーティ、ジルベール、ファラー、ゲランスに次ぐ快挙だ。また、5月24日はスペイン人が初めてジロでステージ優勝した日でもある(今から61年前の1955年にベルナルド・ルイスがステージ優勝)。
クルイスウィクは3日連続ステージ2位で、ステージ初優勝を僅差で逃し続けているが、確実に総合ライバルたちとのタイム差は広がっている。確かにライバルたちが言うようにロットNLユンボの総合力は低いが、それを補って余りあるほどクルイスウィクは好調だ。この日もチームメイトから孤立したものの、すべてのアタックを落ち着いた表情で封じ込めた。
マリアローザを着ていることでレース後の記者会見やドーピング検査などで少なくとも1時間はリカバリー時間を削られるが、それでも焦りや疲れを一切見せない。ニーバリが失速し、シャベスがタイムを失ったことで、バルベルデが言うように「このジロはクルイスウィクが勝つ」可能性がこの日ググッと増した。「フライングダッチマン」のニックネームが定着しつつある。
ジロでステージ初優勝を飾ったアレハンドロ・バルベルデ(スペイン、モビスター) photo:Kei Tsuji
text:Kei Tsuji in Andalo, Italy
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今年のジロはここまで概ね天候に恵まれている。「そんなこと言うと天気が崩れるから言うな!」と怒られることもあるけど、例年よりも雨の日数も少なく、汗が滝のように流れる暑い日やごついダウンジャケットを着込むような寒い日も少ないのは事実だ。しかも休息日だけ雨で、その前後のステージは晴れるという幸運なジロ。
ドロミテで迎えた大会最後の休息日は冷たい雨が降り続け、場所によっては雪となり、昼間でも気温は5度まで下がった。もし仮に標高2000mオーバーを走る第14ステージや第15ステージがそんな悪天候に見舞われていたら、間違いなくUCIの悪天候時実施要綱(エクストリーム・ウェザー・プロトコル)が適用されていただろう。
休息日明けの第16ステージのスタート地点はイタリアの北端に位置するブレッサノーネ。オーストリア国境のブレンナー峠まで30kmちょっとの位置で、もはや街並みはオーストリアだ。住人のほとんどがドイツ語ネイティブであるため一般的にはブリクセンと呼ばれる。氷河が削り出した深い谷の底にあるこの街がスタートを迎えるのは2009年以来2度目。ジロ名物ドロミテを有する地域でありながら残念なことに街が大盛り上がりしているとは言い難く、広場が観客で埋め尽くされることはなかった。
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山本元喜(NIPPOヴィーニファンティーニ)は緊張感漂う神妙な面持ちで、すぐ近くの宿泊ホテルから自走でスタート地点にやってきた。逃げのミッションを与えられて緊張しているのかと思ったが、聞くとこの日が完走を目指すグルペットにとって最も厳しい戦いになると予想されているからであった。
確かにタイムオーバー(足切り)の基準が厳しいのは超級山岳ステージではなく中級山岳ステージだ。しかも第16ステージの距離は132kmと短く、つまりレース時間も短く、それだけタイムオーバーの猶予も短い(下記参照)。
具体的には、この日のステージ優勝時間は3時間半が予想されていたため、平均スピード35〜39km/hの場合のタイムオーバーは10%。つまり210分の10%で21分しか遅れることは許されない。平均スピードが39km/hを超えた場合は11%に伸びるが、そのぶんレース時間が短くなるので猶予が大幅に増えるわけではない。
逆にドロミテやアルプスの超級山岳ステージではタイムオーバーが17〜18%となり、しかもレース時間が5時間を超えるのでタイムオーバーは50分ほどにもなる。つまり、距離が短い中級山岳ステージほどグルペットに厳しいものはない。完走のカギを握るのは超級山岳ではなく中級山岳だ。
総合逆転を狙うモビスターやアスタナが攻撃を仕掛けたことでさらにレーススピードは上がり、グルペットには大層厳しいステージとなった。予想をはるかに上回る平均スピード44.270km/hという猛烈なスピードでフィニッシュしたため、ステージ優勝時間は2時間58分54秒。タイムオーバーはその11%なので19分41秒。山本元喜は17分57秒遅れ、そしてステージ優勝を争う選手たちの100倍苦しい表情で登りを追い込んだ最終グルペットの選手たちは18分19秒遅れでフィニッシュに辿り着いている。
グルペットがスピードを落とす暇もなく最後までプッシュしている様子は、ステージ2位クルイスウィクのSTRAVAログとステージ123位グレガ・ボーレのSTRAVAログを比較すると分かりやすい。グルペット内の様子は山本元喜のブログに詳しく書かれているので必読。
ジロ・デ・イタリア タイムオーバー規定
カテゴリーA(第2,3,12,17,21ステージ)
平均スピード40km/h以下 → 7%
平均スピード40〜45km/h → 8%
平均スピード45km/h以上 → 10%
カテゴリーB(第4,5,7,11ステージ)
平均スピード37km/h以下 → 9%
平均スピード37〜41km/h → 10%
平均スピード41km/h以上 → 11%
カテゴリーC(第6,8,16,18ステージ)
平均スピード35km/h以下 → 9%
平均スピード35〜39km/h → 10%
平均スピード39km/h以上 → 11%
カテゴリーD(第10,13,14,19,20ステージ)
平均スピード30km/h以下 → 16%
平均スピード30〜34km/h → 17%
平均スピード34km/h以上 → 18%
カテゴリーE(第1,9,15ステージ)
平均スピードに関係なく30%
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2006年5月24日、当時リバティーセグロスのマノロ・サイス監督の逮捕を機に、スペインのドーピングスキャンダル「オペラシオンプエルト」の情報が公になった。オペラシオンプエルトで名前が挙がり、ドーピングへの関与の疑いが持たれたバルベルデは当時26歳。2009年にはツール・ド・フランスのイタリアステージで採取した血液サンプルがオペラシオンプエルトで押収されたサンプルのDNAと一致したとしてCONI(イタリア五輪委員会)がバルベルデのイタリア国内でのレース活動を2年間禁じた。そのためバルベルデはイタリアを通過する同年ツールを欠場。その翌年、バルベルデは2年間の出場停止処分を受けている。
その日からちょうど10年が経った2016年5月24日、バルベルデがジロでステージ初優勝を飾った。これでバルベルデはすべてのグランツールでステージ優勝を果たしたことになる(ブエルタでステージ9勝、ツールでステージ4勝、ジロでステージ1勝)。なお、「すべてのグランツールでステージ優勝」の達成者はバルベルデが史上84人目。現役選手としてはカヴェンディッシュ、グライペル、ロドリゲス、キッテル、ベンナーティ、ジルベール、ファラー、ゲランスに次ぐ快挙だ。また、5月24日はスペイン人が初めてジロでステージ優勝した日でもある(今から61年前の1955年にベルナルド・ルイスがステージ優勝)。
クルイスウィクは3日連続ステージ2位で、ステージ初優勝を僅差で逃し続けているが、確実に総合ライバルたちとのタイム差は広がっている。確かにライバルたちが言うようにロットNLユンボの総合力は低いが、それを補って余りあるほどクルイスウィクは好調だ。この日もチームメイトから孤立したものの、すべてのアタックを落ち着いた表情で封じ込めた。
マリアローザを着ていることでレース後の記者会見やドーピング検査などで少なくとも1時間はリカバリー時間を削られるが、それでも焦りや疲れを一切見せない。ニーバリが失速し、シャベスがタイムを失ったことで、バルベルデが言うように「このジロはクルイスウィクが勝つ」可能性がこの日ググッと増した。「フライングダッチマン」のニックネームが定着しつつある。
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text:Kei Tsuji in Andalo, Italy
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