2016/05/23(月) - 18:11
まるでドイツのような南ティロル。イタリア色の薄いドロミテの山岳タイムトライアルでロシア人サポーターは歓喜し、オランダ人サポーターは複雑な表情を浮かべながらも喜び、イタリア人サポーターは意気消沈した。休息日を前にしたジロ第15ステージの現地レポート。
フィニッシュ地点は標高1844mのアルペ・ディ・シウージ photo:Kei Tsuji
4賞ジャージがフィニッシュストレートを歩く photo:Kei Tsuji
イタリアの期待を背負うヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、アスタナ) photo:Kei Tsuji
大会マスコットのルーポ・ウルフィー photo:Kei Tsuji
トレンティーノ=アルト・アディジェ特別自治州のいわゆる南ティロルはイタリアでありながらイタリアではない。この地域にジロが訪れるたびに説明している気もするが、ここは完全にドイツの文化圏だ。建物の形から言語、食文化、ビールの種類までドイツ色が強い。というかイタリア色が限りなく薄い。
人口の半数以上がドイツ系で、主にドイツ語が話されている。イタリア語に関してはネイティブというよりも「学校で習った言語」という印象。ドロミテ語とも呼ばれるラディン語も公用語の1つであり、街の名前がドイツ語、イタリア語、ラディン語の3ヶ国語表記だったりする。
標高1800mオーバーの高地に52平方キロメートルの牧草地が広がるアルペ・ディ・シウージが個人タイムトライアルのフィニッシュ地点。標高のある牧草地としてはヨーロッパ有数の規模であり、夏場はトレッキングやサイクリングの場に、そして冬場は良質な雪に恵まれたスキー場となる。
気温23度の下界(と言っても標高1060m)からゴンドラに乗って天上界のようなフィニッシュ(標高1844m)に着くとそこは気温14度の世界。アルペ・ディ・シウージには涼しげな風が吹く。標高2563mの岩山シュラーンに見下ろされた10.8kmコースがマリアローザ争いの明暗を分けた。
青い空にピンク色のガゼッタバナーが映える photo:Kei Tsuji
観客が集まったアルペ・ディ・シウージの残り1km地点 photo:Kei Tsuji
ステージ94位・4分37秒遅れ 山本元喜(NIPPOヴィーニファンティーニ) photo:Kei Tsuji
観客から奪ったビール缶をボトルケージに入れて走るアダム・ハンセン(オーストラリア、ロット・ソウダル) photo:Kei Tsuji
4.4km地点の中間計測ポイントでヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、アスタナ)がマリアローザのステフェン・クルイスウィク(オランダ、ロットNLユンボ)から30秒ものビハインドを食らっていると知った観客は、イタリアのエースに何が起こったのかと互いに顔を見合わせた。
残り1km地点の最終コーナーに設置された大型スクリーンに映し出されたニーバリとクルイスウィクの姿。マリアローザのペダリングが正確かつ軽快で、ニーバリのペダリングからは苦しみが伝わってきた。
そして「ここから」という残り2km地点でニーバリがアウターに入れるとチェーンがチェーンリングから脱落し、ペダルが空を切る。バイクを沿道に投げ捨てた瞬間に会場では悲鳴が上がった。スペアバイクで走り出したニーバリが最終コーナーを通過して1分も経たないうちに、3分遅れでスタートしたはずのマリアローザがやってきた。この日もクルイスウィクの走りは冴えていた。
オランダ人サポーターが見守る中、クルイスウィクがフィニッシュするとそのすぐ横でロシア人サポーターが歓声を上げる。ステージ優勝はほぼ無名と言っていい24歳のアレクサンドル・フォリフォロフ(ロシア、ガスプロム・ルスヴェロ)が勝利した。ノーマークの選手だっただけに「写真撮ってない!」なんてフォトグラファーも中にはいた。
「山岳TTは自分の得意分野」というフォリフォロフは身長180cm/体重61kgのクライマーで、昨年ロシアで行われたGPソチの山岳TT(10.3km)で優勝。2011年のジロ・デッラ・ヴァッレダオスタの山岳TT(9.2km)では、19歳ながらアル、エリッソンド、ドンブロウスキー、ザッカリンに次いで5位に入っている。
申し訳ないがトップライダーを全員打ち負かす走りには懐疑的な視線が送られ、記者会見では遠回しにドーピングを疑うような質問も飛んだが、フォリフォロフは「自分の名前を聞くのはこれが最初で最後にはならない」と実力での勝利を落ち着いた表情で主張した。
後半にペースを上げる走りでステージ優勝を飾ったアレクサンドル・フォリフォロフ(ロシア、ガスプロム・ルスヴェロ) photo:Kei Tsuji
大歓声を受けて走るヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、アスタナ) photo:Kei Tsuji
クルイスウィクの様子をスクリーンで眺めるオランダ人の観客 photo:Kei Tsuji
ベランダにオランダカラーを施してステフェン・クルイスウィクを応援 photo:Kei Tsuji
28分39秒という優勝タイムの30%がこの日のタイムリミットで、8分36秒以上遅れればタイムオーバー扱いになる。フォリフォロフから10分14秒遅れたチームメイトのアルトゥール・エルショフ(ロシア)がタイムオーバーで失格となった。
そのエルショフを3km地点で抜いたという山本元喜(NIPPOヴィーニファンティーニ)は4分37秒遅れでフィニッシュした。5番手スタートなので本人も「参考にならない」と言いながらもジロの個人TTでトップタイムを更新している。最終的にステージ94位で、チームの中ではクネゴとジリオーリに次ぐ3番目のタイムだった。
ドロミテステージは天候に恵まれたものの、大会最後の休息日は冷たい雨が降っている。休息日明けの第16ステージは天候が回復すると見られているが、週末にかけて再び天気が崩れる予報が出ており、標高2700mオーバーの峠を越えるアルプスステージを心配する声が大きくなっている。
最後に、Jsportsの放送でも話題になっているようなので、マリアローザを着るステフェン・クルイスウィクの読み方についてオランダ語話者に聞いてみた。オランダ人ジャーナリストの発音と、ベルギー人フォトグラファーのオランダ訛りの真似を分析した結果、クルイスファイクとクライスヴァイクの間ぐらい。さらにステフェンではなくスティーフェンとスティーヴェンの間ぐらい。
カタカナ表記の話を始めると、クネゴじゃなくてクーネゴじゃないですかとか、プリモス・ログリッチじゃなくてプリモシュ・ログリッチェじゃないですかとか、ジロ・デ・イタリアじゃなくてジロ・ディターリアじゃないですかとか、とにかく悩みは尽きない。そもそも日本語にはLとRの書き分けができないので、カタカナ読みでは全く伝わらないパターンも多い。1シーズンは同じ表記で通したいので、また編集部と名前会議を行って2017年シーズン前にアップデートします。
慣れない手つきでプロセッコを開けるアレクサンドル・フォリフォロフ(ロシア、ガスプロム・ルスヴェロ) photo:Kei Tsuji
マリアローザのステフェン・クルイスウィク(オランダ、ロットNLユンボ)に群がるフォトグラファー photo:Kei Tsuji
text&photo:Kei Tsuji in Alpe di Siusi, Italy
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トレンティーノ=アルト・アディジェ特別自治州のいわゆる南ティロルはイタリアでありながらイタリアではない。この地域にジロが訪れるたびに説明している気もするが、ここは完全にドイツの文化圏だ。建物の形から言語、食文化、ビールの種類までドイツ色が強い。というかイタリア色が限りなく薄い。
人口の半数以上がドイツ系で、主にドイツ語が話されている。イタリア語に関してはネイティブというよりも「学校で習った言語」という印象。ドロミテ語とも呼ばれるラディン語も公用語の1つであり、街の名前がドイツ語、イタリア語、ラディン語の3ヶ国語表記だったりする。
標高1800mオーバーの高地に52平方キロメートルの牧草地が広がるアルペ・ディ・シウージが個人タイムトライアルのフィニッシュ地点。標高のある牧草地としてはヨーロッパ有数の規模であり、夏場はトレッキングやサイクリングの場に、そして冬場は良質な雪に恵まれたスキー場となる。
気温23度の下界(と言っても標高1060m)からゴンドラに乗って天上界のようなフィニッシュ(標高1844m)に着くとそこは気温14度の世界。アルペ・ディ・シウージには涼しげな風が吹く。標高2563mの岩山シュラーンに見下ろされた10.8kmコースがマリアローザ争いの明暗を分けた。
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残り1km地点の最終コーナーに設置された大型スクリーンに映し出されたニーバリとクルイスウィクの姿。マリアローザのペダリングが正確かつ軽快で、ニーバリのペダリングからは苦しみが伝わってきた。
そして「ここから」という残り2km地点でニーバリがアウターに入れるとチェーンがチェーンリングから脱落し、ペダルが空を切る。バイクを沿道に投げ捨てた瞬間に会場では悲鳴が上がった。スペアバイクで走り出したニーバリが最終コーナーを通過して1分も経たないうちに、3分遅れでスタートしたはずのマリアローザがやってきた。この日もクルイスウィクの走りは冴えていた。
オランダ人サポーターが見守る中、クルイスウィクがフィニッシュするとそのすぐ横でロシア人サポーターが歓声を上げる。ステージ優勝はほぼ無名と言っていい24歳のアレクサンドル・フォリフォロフ(ロシア、ガスプロム・ルスヴェロ)が勝利した。ノーマークの選手だっただけに「写真撮ってない!」なんてフォトグラファーも中にはいた。
「山岳TTは自分の得意分野」というフォリフォロフは身長180cm/体重61kgのクライマーで、昨年ロシアで行われたGPソチの山岳TT(10.3km)で優勝。2011年のジロ・デッラ・ヴァッレダオスタの山岳TT(9.2km)では、19歳ながらアル、エリッソンド、ドンブロウスキー、ザッカリンに次いで5位に入っている。
申し訳ないがトップライダーを全員打ち負かす走りには懐疑的な視線が送られ、記者会見では遠回しにドーピングを疑うような質問も飛んだが、フォリフォロフは「自分の名前を聞くのはこれが最初で最後にはならない」と実力での勝利を落ち着いた表情で主張した。
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そのエルショフを3km地点で抜いたという山本元喜(NIPPOヴィーニファンティーニ)は4分37秒遅れでフィニッシュした。5番手スタートなので本人も「参考にならない」と言いながらもジロの個人TTでトップタイムを更新している。最終的にステージ94位で、チームの中ではクネゴとジリオーリに次ぐ3番目のタイムだった。
ドロミテステージは天候に恵まれたものの、大会最後の休息日は冷たい雨が降っている。休息日明けの第16ステージは天候が回復すると見られているが、週末にかけて再び天気が崩れる予報が出ており、標高2700mオーバーの峠を越えるアルプスステージを心配する声が大きくなっている。
最後に、Jsportsの放送でも話題になっているようなので、マリアローザを着るステフェン・クルイスウィクの読み方についてオランダ語話者に聞いてみた。オランダ人ジャーナリストの発音と、ベルギー人フォトグラファーのオランダ訛りの真似を分析した結果、クルイスファイクとクライスヴァイクの間ぐらい。さらにステフェンではなくスティーフェンとスティーヴェンの間ぐらい。
カタカナ表記の話を始めると、クネゴじゃなくてクーネゴじゃないですかとか、プリモス・ログリッチじゃなくてプリモシュ・ログリッチェじゃないですかとか、ジロ・デ・イタリアじゃなくてジロ・ディターリアじゃないですかとか、とにかく悩みは尽きない。そもそも日本語にはLとRの書き分けができないので、カタカナ読みでは全く伝わらないパターンも多い。1シーズンは同じ表記で通したいので、また編集部と名前会議を行って2017年シーズン前にアップデートします。
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text&photo:Kei Tsuji in Alpe di Siusi, Italy
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