2016/03/10(木) - 19:41
チームスカイのマヨルカ島キャンプを訪問した宮澤崇史さん。今回はメカニックトラックの中に招き入れてもらった。清潔、整然としたトラック内部はメカ作業へのこだわりが感じられた。アパレルについても説明を受けた。
広々とした内部で作業が行えるスカイのメカニックトラック photo:Makoto.AYANO
チームSKYのホテルに到着すると、真っ先に目に入るのはメカニックトラックの存在だ。通常このメカトラックは後部を開けると内部に直結している印象だが、SKYのチームトラックはガラスの引き戸があるため、まるでエグゼクティブルームのような作りになっている。
トラック壁面にはずらりとTTバイクが並ぶ photo:Makoto.AYANO
そして、通常はトラックは機材の収容庫としてしか機能しないが、スカイのメカトラックは室内に作業スペースを設け、その中で作業ができるという余裕を持ったレイアウトになっている。暑い日も寒い日も、雨の日でも、室内で作業ができるのだ(もちろんある程度、ではあるが)。
まるで移動実験施設のような見た目は、防犯上も抑止力があるかもしれない。見た目にも機能的な、他に類を見ない作りに圧倒される。
「マサは友達だ!」というスペイン人メカニックのイバン。昨年まで宮島正典マッサーと同じサクソ・ティンコフに居たそうだ photo:Makoto.AYANO
今回はチームSKYのメカニックであるフィリップ・テスマ氏にお話を聞いた。
チームスカイのメカニシャン、フィリップ・テスマ氏(右) photo:Makoto.AYANOこのマヨルカキャンプでは、TTバイクとロードの2種類が持ち込まれ、その中には新たに導入されたディスクブレーキの自転車もあるという。
トラックの中に1歩足を踏み入れると余計な物は無く、自転車とメカニック工具だけのまさに神聖なる空間だ。ずらっと並べられた自転車の列は、何度見ても美しく、圧巻のオーラさえ感じさせてくれる。
クリス・フルーム選手のTTバイクはハンドメイドの特殊ハンドルを使用し、ミリ単位での調整をしていることが伺える。ほかにも、置かれている自転車を眺めると気づくことが多くある。
TTバイクは完全なレース仕様で、シーズンを通して戦うバイクの最終調整をした後のようだ。1年を通じて選手は大幅にポジションを変えることをほとんどしないので、春先の2回のトレーニングキャンプ内でほぼ自分のポジショニングを済ませる。フルームは私達が訪れた2日前までに実走での調整を終え、いったん自宅に帰った後だった。
整然とバイクが並ぶチームスカイのメカニックトラック内部 photo:Makoto.AYANO
小さな作業を行うテーブル photo:Makoto.AYANO
ロードバイクを見てみると、統一されたあることに気がつく。すべての選手がシマノの電動メカを使用している。メカニシャンは「チームスカイはすべての使用メカを100%電動化した初めてのプロチームだ」とのことだ。
トップ選手の中にはファビアン・カンチェラーラ(トレックセガフレード)のようにDi2を好まない選手もいるが、統一された自転車はやはり美しい。
Di2を制御するノートパソコンももちろん備え付けで用意される photo:Makoto.AYANO
「クフィアトコウスキーのホーム用」のクランクセット」 photo:Makoto.AYANO
アナログ式(つまりケーブル式)の方がレース中にトラブルが起きても少々のことなら選手自身で対応できるが、昨今メカニカルな部分を調整できる知識を持った選手は昔のように多くはないし、それよりも電動化のメリットをとったのだろう。これも時代の流れということなのか。
ディスクブレーキに関しては、今回1日だけ雨天時に選手が試乗できたと言う。
チームスカイのメカニシャン、フィリップ・テスマ氏(右) photo:Makoto.AYANOブレーキの引きしろや制動力の調整の感覚をつかみさえすればすぐに慣れることができるディスクブレーキだが、いきなりレース投入というのはリスクも高い。しかし、今回試乗した選手からも特に問題点は上がらなかったと言う。
テスマ氏に聞いてみた。「ディスクブレーキって、メリットがあるの?」。答えは「明快に何かのアドバンテージがあるかといえば、無いね」だった。
それよりも挙がった心配の声は、落車時にディスクローターが身体に接触しないか?ということだったり、メカニックが調整をする際に時間がかかるといった問題だったそうだ。
通常ワイアードのものであれば3分もあればケーブル交換などの作業は終了するが、油圧ディスクブレーキともなると1台の調整交換に20分ほどの時間がかかると言う。
「個人的にはディスクは歓迎しない。できることなら採用には”No”と言いたいね」とメカニシャンは言う。
「もちろんディスクが必要なレース状況というのは稀にではあるが、ある。そのときに使用するのはメリットになるだろう。しかし、もしすべてのバイクがディスク化して、グランツールなどの移動が長く、20日以上も続くステージレース中にこの点検作業や調整作業をすることは、時間的に無理があり、チームにとっても良い影響は与えないだろう」とメカニックは言う。
このスプロケットの保管方法はすでにおなじみだろう photo:Makoto.AYANO
ツールが収められたスライド式ケース。几帳面な様子が見て取れる photo:Makoto.AYANO
チューブラータイヤが馴染みだしのためにリムに嵌められて保管されていた photo:Makoto.AYANO
シューズの拡幅作業が行われていた photo:Makoto.AYANO
日本人の感覚では、デイリーの仕事が終わるまでは働き続けるというのが常識だが、ヨーロッパのチームメカニックなどのスタッフは決められた時間までに仕事を終わらせ、全員で夕食を食べるというのが習慣化されており、夕食後はほぼ仕事をしない。
チームの輪や個人のプライベートを仕事によって乱されることを嫌うヨーロッパならではの習慣かもしれない。いや、それ以上に作業時間は無限にないという事情もあるのかもしれない。
メカニックは通常選手と交わることが少なく、仕事としてはソワニエ(いわゆるマッサー兼雑務をこなす係)より距離がとりやすいと言う。
カスク製ヘルメット、PROTONEとMOJITOを使い分ける(写真はホテル内の保管室) photo:Makoto.AYANOソワニエはレース前のマッサージ、補給食の配布、ゴール後の出迎え、レース後のマッサージがあり、選手との過ごす時間や距離が近いため、選手から愚痴や感情的な話を訊くことも多い。
私の選手時代も、メカニックとはふざけた話で笑い合うことばかりで、一方のソワニエたちとはシリアスな話が多かったことを思い出す。
その代わり、メカニックは選手自身が勝手に自転車をいじることを嫌がる。すべてのバイクを同じ状態に保つために、ひとりひとりのバイクについてミリ単位のデータをまとめているからだ。
メカニシャンは「レース中のトラブルに直接的に関わる責任の重い仕事ではあるが、やりがいはある」と言う。
こうしてチーム内での役割をスタッフがきっちりこなすことで、チームがうまく回ることがわかった。縁の下の力持ちは常に冷静で、100%の仕事をしなければならないのだ。
Raphaがフルサポートするアパレル
峠でウェアを着こむ選手たち。新しいアパレル類すべてがテストできるのも冬期キャンプならでは photo:Makoto.AYANO
チームのウェアに関しては、Raphaがスポンサーになっている。イギリスのチームであるスカイにイギリスのアパレルブランドであるラファがアパレルスポンサーにつくのは、我々からして当然と捉えがちだが、Raphaのスタッフに訊く限り、それは「同郷のよしみ」というような事情ではないようだ。
やはり「1%の違いが勝利を分ける」というスローガンどおり世界一ディテールに拘るチームの要求は厳しく、レースウェアに対するリクエストは非常に高いレベルを要求されると言う。
ダウンヒルに備えて着込んだクフィアトコウスキーら photo:Makoto.AYANO
チームカーの脇には獲得したマイヨ・ジョーヌが描かれていた photo:Makoto.AYANO
今年、チームジャージには胸に青と白のストライプが入り、袖には青い帯が入る。そこにRAPHAの大きな文字。これはチームとの関係がさらに強化された証であり、同時にチームもRaphaの供給するウェアという「仕事」を評価してくれてのことだという話を聞けた。
今回の期間中にレイン系ウェアの新作Shadow(シャドウ)ジャージを雨の中のライドで試す機会があったので、そのことについてはまた別記事で詳しく触れよう。チームからのフィードバックを受け、アパレルもまた進化していくのだ。
チームスカイに供給されるラファのシャドウシリーズを着て雨の中を走った photo:Makoto.AYANO
雨を弾き、内部も濡れないというシャドウジャージの実力をたっぷり感じた photo:Makoto.AYANO
チームギア保管ルームより
選手ごとに用意されるスタッフバッグ。識別しやすいネームタグが入る photo:Makoto.AYANO
フルームのネームタグはFROOMEY photo:Makoto.AYANO
ここはレッグ+アームウォーマーが入るスペース photo:Makoto.AYANO
「shoes」から出したのに違うものが入っていた!とならないように photo:Makoto.AYANO
チームスカイの今年度のサポートカーはフォード製となる photo:Makoto.AYANO
文:宮澤崇史
写真:綾野 真
story:Takashi.MIYAZAWA
photography&edit:Makoto.AYANO
宮澤崇史さん photo:Makoto.AYANO宮澤崇史プロフィール
1978年2月27日生まれ 長野県出身 自転車プロロードレーサー(2014年引退)
高校卒業後、イタリアのチームに所属しロードレーサーとしての経験を積む。しかし23歳の時に母に肝臓の一部を生体移植で提供、成績振るわず戦力外通告によりチーム解雇される。その後フランスで単独活動、オリンピック出場や 日本チャンピオン、アジアチャンピオンなど実績を重ねる。イタリアのアミーカチップス、ファルネーゼヴィーニを経て34歳の時にUCIプロチーム サクソバンクに所属。在籍中にリーダージャージ(個人総合時間賞)・ポイントジャージ(スプリントポイント賞)に日本人選手として唯一袖を通した。18年間の海外レース活動を経て、2014年に引退。現在はチームマネジメントやコーチング、スポーツサイクリング関連のアドバイザーやメディア出演など多方面で活躍。
【主な戦歴】
2006年〜2007年 ツール・ド・おきなわ 大会史上初の2年連続優勝
2007年 アジア選手権ロード優勝 アジアチャンピオン
2008年 北京オリンピック出場
2008〜2009年 ツール・ド・北海道 大会史上初2年連続総合優勝
2010年 全日本選手権ロードレース優勝
2010年 アジア大会ロード出場(アジアオリンピック)銀メダル獲得
オフィシャルサイト:bravo
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チームSKYのホテルに到着すると、真っ先に目に入るのはメカニックトラックの存在だ。通常このメカトラックは後部を開けると内部に直結している印象だが、SKYのチームトラックはガラスの引き戸があるため、まるでエグゼクティブルームのような作りになっている。
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そして、通常はトラックは機材の収容庫としてしか機能しないが、スカイのメカトラックは室内に作業スペースを設け、その中で作業ができるという余裕を持ったレイアウトになっている。暑い日も寒い日も、雨の日でも、室内で作業ができるのだ(もちろんある程度、ではあるが)。
まるで移動実験施設のような見た目は、防犯上も抑止力があるかもしれない。見た目にも機能的な、他に類を見ない作りに圧倒される。
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今回はチームSKYのメカニックであるフィリップ・テスマ氏にお話を聞いた。
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トラックの中に1歩足を踏み入れると余計な物は無く、自転車とメカニック工具だけのまさに神聖なる空間だ。ずらっと並べられた自転車の列は、何度見ても美しく、圧巻のオーラさえ感じさせてくれる。
クリス・フルーム選手のTTバイクはハンドメイドの特殊ハンドルを使用し、ミリ単位での調整をしていることが伺える。ほかにも、置かれている自転車を眺めると気づくことが多くある。
TTバイクは完全なレース仕様で、シーズンを通して戦うバイクの最終調整をした後のようだ。1年を通じて選手は大幅にポジションを変えることをほとんどしないので、春先の2回のトレーニングキャンプ内でほぼ自分のポジショニングを済ませる。フルームは私達が訪れた2日前までに実走での調整を終え、いったん自宅に帰った後だった。
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ロードバイクを見てみると、統一されたあることに気がつく。すべての選手がシマノの電動メカを使用している。メカニシャンは「チームスカイはすべての使用メカを100%電動化した初めてのプロチームだ」とのことだ。
トップ選手の中にはファビアン・カンチェラーラ(トレックセガフレード)のようにDi2を好まない選手もいるが、統一された自転車はやはり美しい。
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アナログ式(つまりケーブル式)の方がレース中にトラブルが起きても少々のことなら選手自身で対応できるが、昨今メカニカルな部分を調整できる知識を持った選手は昔のように多くはないし、それよりも電動化のメリットをとったのだろう。これも時代の流れということなのか。
ディスクブレーキに関しては、今回1日だけ雨天時に選手が試乗できたと言う。
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テスマ氏に聞いてみた。「ディスクブレーキって、メリットがあるの?」。答えは「明快に何かのアドバンテージがあるかといえば、無いね」だった。
それよりも挙がった心配の声は、落車時にディスクローターが身体に接触しないか?ということだったり、メカニックが調整をする際に時間がかかるといった問題だったそうだ。
通常ワイアードのものであれば3分もあればケーブル交換などの作業は終了するが、油圧ディスクブレーキともなると1台の調整交換に20分ほどの時間がかかると言う。
「個人的にはディスクは歓迎しない。できることなら採用には”No”と言いたいね」とメカニシャンは言う。
「もちろんディスクが必要なレース状況というのは稀にではあるが、ある。そのときに使用するのはメリットになるだろう。しかし、もしすべてのバイクがディスク化して、グランツールなどの移動が長く、20日以上も続くステージレース中にこの点検作業や調整作業をすることは、時間的に無理があり、チームにとっても良い影響は与えないだろう」とメカニックは言う。
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日本人の感覚では、デイリーの仕事が終わるまでは働き続けるというのが常識だが、ヨーロッパのチームメカニックなどのスタッフは決められた時間までに仕事を終わらせ、全員で夕食を食べるというのが習慣化されており、夕食後はほぼ仕事をしない。
チームの輪や個人のプライベートを仕事によって乱されることを嫌うヨーロッパならではの習慣かもしれない。いや、それ以上に作業時間は無限にないという事情もあるのかもしれない。
メカニックは通常選手と交わることが少なく、仕事としてはソワニエ(いわゆるマッサー兼雑務をこなす係)より距離がとりやすいと言う。
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私の選手時代も、メカニックとはふざけた話で笑い合うことばかりで、一方のソワニエたちとはシリアスな話が多かったことを思い出す。
その代わり、メカニックは選手自身が勝手に自転車をいじることを嫌がる。すべてのバイクを同じ状態に保つために、ひとりひとりのバイクについてミリ単位のデータをまとめているからだ。
メカニシャンは「レース中のトラブルに直接的に関わる責任の重い仕事ではあるが、やりがいはある」と言う。
こうしてチーム内での役割をスタッフがきっちりこなすことで、チームがうまく回ることがわかった。縁の下の力持ちは常に冷静で、100%の仕事をしなければならないのだ。
Raphaがフルサポートするアパレル
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チームのウェアに関しては、Raphaがスポンサーになっている。イギリスのチームであるスカイにイギリスのアパレルブランドであるラファがアパレルスポンサーにつくのは、我々からして当然と捉えがちだが、Raphaのスタッフに訊く限り、それは「同郷のよしみ」というような事情ではないようだ。
やはり「1%の違いが勝利を分ける」というスローガンどおり世界一ディテールに拘るチームの要求は厳しく、レースウェアに対するリクエストは非常に高いレベルを要求されると言う。
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今年、チームジャージには胸に青と白のストライプが入り、袖には青い帯が入る。そこにRAPHAの大きな文字。これはチームとの関係がさらに強化された証であり、同時にチームもRaphaの供給するウェアという「仕事」を評価してくれてのことだという話を聞けた。
今回の期間中にレイン系ウェアの新作Shadow(シャドウ)ジャージを雨の中のライドで試す機会があったので、そのことについてはまた別記事で詳しく触れよう。チームからのフィードバックを受け、アパレルもまた進化していくのだ。
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文:宮澤崇史
写真:綾野 真
story:Takashi.MIYAZAWA
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1978年2月27日生まれ 長野県出身 自転車プロロードレーサー(2014年引退)
高校卒業後、イタリアのチームに所属しロードレーサーとしての経験を積む。しかし23歳の時に母に肝臓の一部を生体移植で提供、成績振るわず戦力外通告によりチーム解雇される。その後フランスで単独活動、オリンピック出場や 日本チャンピオン、アジアチャンピオンなど実績を重ねる。イタリアのアミーカチップス、ファルネーゼヴィーニを経て34歳の時にUCIプロチーム サクソバンクに所属。在籍中にリーダージャージ(個人総合時間賞)・ポイントジャージ(スプリントポイント賞)に日本人選手として唯一袖を通した。18年間の海外レース活動を経て、2014年に引退。現在はチームマネジメントやコーチング、スポーツサイクリング関連のアドバイザーやメディア出演など多方面で活躍。
【主な戦歴】
2006年〜2007年 ツール・ド・おきなわ 大会史上初の2年連続優勝
2007年 アジア選手権ロード優勝 アジアチャンピオン
2008年 北京オリンピック出場
2008〜2009年 ツール・ド・北海道 大会史上初2年連続総合優勝
2010年 全日本選手権ロードレース優勝
2010年 アジア大会ロード出場(アジアオリンピック)銀メダル獲得
オフィシャルサイト:bravo